「うん────私は、『シーナ』。今後ともよろしく……まぁ、生きていればね?」
「ウェンティ……どうにかならないのか?」
改めて、両手を挙げながらの姿勢で自己紹介をする。
というか、本音を言うとそろそろ腕を上げ続けるのもしんどいのだけれども……私を生かすかどうかという重要な決断を前に、気を緩めては駄目だろう。
私個人としては、別にまぁ、どうだっていいや、という気分ではあるんだけどさ。
……親身になってくれている、タビビトさんとパイモンさんは、そうはいかないんだろう。
「……」
判断を下すウェンティさんは弓を降ろしたままで、エメラルドの瞳は何かを見透かしているかのように、じっと私を見詰めてくる。
私をずっと観察しているもんだから、動けないままなんだけど……何か遠くからこちらに向かって来ている複数の足音が聴こえるから、そろそろ時間切れになるんじゃないかと思わなくもない。
まぁ、私がそんな事を言った所で、状況は好転どころか悪化しそうだから言わないけどさ。
「ウェンティ」
「……分かった」
タビビトさんが再度声を掛けて、それでウェンティさんはようやく頷いて、諦めたように深い溜め息を吐いた。
ただ、そこから繋がった言葉は、許す許さない、というよりも……結局の所、事態の先送り、というような内容だった。
「騎士団が来たから、そこで重要参考人として突き出すよ」
「よし! ……えっ?」
事実、クレーターの外の遠くの方からは、多人数がこちらに向かっている足音が聞こえているし、それらよりも早くこちらに向かっている、斥候目的の人物も居るみたいだ。
まぁ、ここまで敵意を私に向けていて、いきなりそんな態度をするのは何か変だな、とは思っていた。
「おい! ここまで来て無責任すぎるぞ吟遊野郎!」
「流石に僕もそこまで無責任じゃないさ。彼女は危険な存在だ。それは間違いないよ」
弓をいつの間にか消し去り、先程に比べればリラックスした状態で彼は喋り出す。
表情には微笑が含まれていて、手振りも交えて笑っているように見える。
ただ、やっぱりその眼差しは、私を強く警戒している。
「ボク以外からの監視も付けよう、って話さ。『私についてのことで、嘘は言わない、黙らないと、誓う』……だよね?」
「……意地悪だねぇ、私はその前に『この三人に』って付けた筈だけど?」
「そうだっけ? じゃあそれ以外の人へは黙秘権までは認めてあげようか。モンドの法に従って、ね?」
執念深いと言うか、それとも抜け目ないと言うか、ウェンティさんはあくまでも私を認めないつもりらしい。
まぁ、さっきまでの敵意から察するに、生かすだけでも十二分に配慮、というか、融通を利かせているっていうことなんだろう。多分。
こんな怪しい奴、殺してしまうか、あるいは解剖でもしてしまうかしてしまった方が良いと思うんだけどねぇ……。
「やぁれやれ……なんだっていいよ。私について分かった事や気付いた事、記憶についても取り戻したらすぐに報告すること。それ以外でも悪意や害を振りまかないこと。以上を約束する。よろしい?」
「……君達は約束なんてできない種族だと思うけどね。約束が守られている間は、ボクも手出しはしないよ────でも」
「でもこれは、私を信用した訳じゃなくて、タビビトさんに免じてのこと、でしょ?」
「あははっ、よく分かってるじゃないか」
互いに敵意を込めて笑い合う。
私は、私自身が別に死んだってどうでもいいけど、それで悲しむ人が居るなら止める。
ウェンティさんは、私を排除したいけれども、それで悲しむ人が居て信頼を失うから止める。
そして多分互いに、互いが約束を守らずに死んで、あるいは殺してくれれば、と思っている。
うーん、見事に方針一致、ということかねぇ?
「う、うーん……これって一件落着、なのかぁ?」
「どうだろう……」
タビビトさんとパイモンさんも困っていらっしゃる。
いやぁ、どうしたもんかなぁ……?
そんなことをぼんやりと考えながら、ようやく両手を下ろす。
凝った肩をほぐすために腕を回しただけで、ウェンティさんからの鋭い視線を感じる。やれやれ。
私が単純にストレッチしているだけだと分かってから、彼は少し息を吐いてから、タビビトさん達に声を掛けた。
「旅人、そろそろ本当に『迎仙儀式』に間に合わなくなっちゃうよ?」
「え、あ、そうだった! そうだぞ! もしかすると明日がその日かもしれないぞ!」
「でも……」
そういってタビビトさんは、酷く心配した顔で私を見る。
そんな同じ言語を操れるってだけで、共通点なんかまるでないだろうに。そこまで心配しなくてもねぇ?
「気にしない気にしない。その何たら儀式が終わって、ここに帰ってきた時に逢えたら良し。逢えなかったらそのまま忘れてしまえば良いよ」
「よくそこまで無頓着で居られるな……」
「ん、無頓着かな?」
パイモンさんの言葉に首を傾げるも、こちらを見ているタビビトさんとパイモンさんが目を合わせて、やれやれとばかりに手を上に向け腰に手を当ててくるその二人。
そんな無頓着かなぁ……そこまでの価値がまだないから別に良くない? って感じなんだけど……。
そこまでして、ようやく件の騎士団が現場に着いたらしい。
甲冑の音なのか、金属がガチャガチャと鳴る音が聴こえてきたのか、タビビトさんとパイモンさんが揃って後ろへと振り向いた。
私としては、どちらかというと二人が向いた方向とは反対から聴こえる衣擦れの音が気になる。
盆地の底にいるため、荒々しい岩の向こう側はこの位置からは全く見えないけれど、息を潜めて隠密している存在が崖を登っている音が聴こえる。
そちらの方向を見てみると、丁度ウェンティさんもそちらの方向へ振り向いた所だった。まぁ、私も振り向いたのに気付いたのか、すぐに見られて眉を寄せられたけど。
多分、私はウェンティさんと同じくらいか、あるいはそれ以上に、耳が良いらしい。
彼から攻撃されてた時に出て来た、あの赤黒い粉塵のようなオーラも、邪悪な侵略者と呼ばれている現状も、全くよく分からないけれども、何はともあれ、少しずつ確かめていこう。
まぁ、何はともあれ、契約履行はしないとね!
「ウェンティさん」
「……なんだい?」
うわ凄い胡乱げな顔。
「どうやら私、耳が凄い良いみたい」
「……みたいだね」
「もうそろそろ斥候っぽい人が、反対側からこちらを見付けると思うんだけど」
「それが?」
「騎士団の人達に、私をどんな理由で突き出すつもりなの?」
「………………あ」
大丈夫なのかなこの人。いや、ヒト?
▼▼▼▼▼▼
結局のところ、どうやら旅人さんとパイモンさんの方が騎士団にかなり信頼されているらしく、重要な話は騎士団長とウェンティさんに任せるということになった。
私とウェンティさんとの話を聞いていた旅人さんが振り向いた時に、岩陰の上から顔を出した斥候役の──アンバーさん、と言うらしい──人を見付けて、それから彼女とパイモンさんが粗方を説明してくれた。
ウェンティさんはもしこの二人がその何たら儀式に先に向かっていたとしたら、この説明をどうするつもりだったのだろうとは思う。
そして、当然というか何と言うか、アンバーさんは私を凄い警戒していた。
旅人さんとパイモンさんと、それからウェンティさんの補足を聞いてから、ようやく手を上げて騎士団に合図を行い、クレーター内に案内したぐらいだ。
……まぁ、近付く人の殆どが武器に手を伸ばしている状態なのは、少し笑えるかな。
何にせよ、隕石として落下してきたのは生き物であることと、その落下によって何かヤバそうな爆風を生み出し、この地域一帯──この地方はモンドと言うらしい──に混乱を招いてしまったらしい。
少し前に、モンドを悪龍が襲ったという事件もあったために、騎士団は強く警戒を強めていたが、「こんな天変は予想出来ない……」とか騎士団の一人がボソッと呟いているのが聞こえた。
確かに周囲を見渡しても、すり鉢状の斜面とあとはそこから見える晴れた夕暮れの空しか、クレーターの中心に居る状態では見えない。
そして……まぁ、つまり、このクレーターは、私が作り出したらしい。
正直、気付いた時にはこちらを見ている旅人さんとパイモンさんのぼやけた顔が最初の記憶のため、空から降ってきたというのも、意味がよく分からない、というのが本音だ。
私の身体から湧き出る、他の人には一切見当たらない赤黒いオーラも、多分人体には良くない影響があるという予感があって、だからこそウェンティさんの言葉にも対応ができたし、────事実、より昔の記憶を思い出そうとしても、真っ暗な背景しか思い出せない状態なのは確かだ。
名前の『音』については……これは、記憶とは呼べないだろう。
このように腕を動かせば球を遠くに投げれる、そんな感覚でしかない不確かなものは、当てにできない。
いや、当てにせざるを得ない状況なんだけど……。
そんな状態で、私が『墜落』した跡がこの場だと言うのだから……なんか、ヤベェな、という感想しか出てこない。
まぁ、そのヤベェ天災の一つだった、悪龍についても栄誉騎士が解決したらしくて、騎士団の皆は彼女を信頼しているらしい。
……あと、周囲にいる騎士団とアンバーさんとの会話を聴いていたんだけど、『タビビト』さんっていう名前じゃなくて、名詞の旅人+『さん』付けで、名前は『ホタル』なんだね……。
私てっきり、『タビビト』って言う名前かと思ってたよ……あー、よかったバレなくて……恥ずかし……。
「とりあえず……その重要参考人? のシーナさんと吟遊詩人さんをジンさんに会わせれば、良いの……? 本当に……?」
「いやぁ、オイラたちも変な説明をしてるとは思うんだけど……」
「ジンさんなら話も分かってくれるから」
「う〜ん、栄誉騎士の蛍がそこまで言うなら……」
その栄誉騎士────もとい、蛍さんは先程後ろで潜んでいたアンバーさんに不審がられながらも何とかうまく説明している。
不審がっているのは私、というよりも、私の肉体から湧いて出ているこの赤黒い粒子だろう。さっきからチラチラと見られているのを感じる。
まぁ、その不審な奴に対してのボカしてる部分が、私が彼らに排除されないようにするための、邪悪ではないという部分を強調した物であって、記憶がないとか、隕石として落ちてきたとか、その辺りはそのまま喋っているのはどうなのだろうかと思わなくもない。
「ねぇウェンティさん、この世界で隕石って普通なの?」
「……」
「ははっ、お嬢ちゃん、お前も中々面白い奴だな」
そして、隣で私を拘束しているウェンティさんに話し掛けても反応してくれない。
さっきまで普通……いや、普通ではないか……それでも話し掛けたら返事が返ってきてたのに、騎士団が現場に到着した途端にこれだ。
しかも騎士団の人に手錠を借りて、私の両手に施錠までしてくれた。
信頼ないねぇ……いやほんと、あからさまに私の皮膚に触れないように、最新の注意を払ってる辺りが本当に。
それと、さっきから私らの隣で笑ってるやや濃い肌で高身長の男性は誰なんだ。
その男性に反応しようかどうしようかでまた迷っている内に、旅人さん達がこちらに向かってきた。
……あのアンバーさんとやらが隣の大柄な男性に、これまた呆れた視線を向けている……。
え、なに? この人誰なの?
「ええっと、それで、その、見知らぬ……尊敬……んんっ、拘束されてる、旅人さん?」
「アンバーの奴、オイラたちと初めて逢った時からかなり酷くなってるぞ……」
「も、もう! 急いでるんじゃないの!?」
「そうだけど……」
そう言って、蛍さんは少し困った顔をしてこちらを伺ってくる。
あれだけ言ったのに、どうしてもこちらを心配したいらしい。
顔に出さずに若干呆れていると、隣に居た大柄な男の人がようやく口を開いた。
「蛍にパイモン、要するに俺たちは彼女たちを騎士団へ連れ帰り、そして隔離すれば良いわけか?」
「か、隔離……ガイアがそう言うと、迫力あるな……」
「いや、シーナさんの保護をお願いしたくて……それにウェンティはそこまで付き合わなくても」
「あはは、そうだね。でも、ボクは今後どうなるのかを知っておきたいから、しばらく着いていくだけだよ」
「そうか。ま、モンドの新たな英雄、栄誉騎士からのご依頼だ。キチンと請け負わないとな」
そう言って彼は、周囲の騎士団員に指示を出し始めた。ああ、ガイアって名前なのね?
アンバーさんは少し不満げな顔をしているけれど、蛍さんとパイモンさんは、彼の動きを驚きながら見つめている。
一体彼らはどういう力関係、信頼関係になっているんだ……?
え、肩書は騎兵隊の隊長じゃないの? それなりに高い役職だよね?
……私が聞き間違えた……?
「それより、旅人さん。本当に『迎仙儀式』に間に合わなくなっちゃうよ?」
「へ? あんたたち、『迎仙儀式』は明日だよ?」
「そうそう、それでオイラたち急いで璃月に……って、ええ!? 明日!?」
少し混乱している私をよそに、ウェンティさんの問い掛けに続く、アンバーさんの具体的な日付で、パイモンさんの叫びが周囲に響く。
周りの騎士団員の方々は何だ何だとこちらを見てくるし、当の蛍さん達は顔を真っ青にしている。
……そんな重要な日の前に、私を救おうとしてたのか……ああ、まぁ、ウェンティさんと言い合ってた時に、旅を再開する云々もチラッと言ってたかな……?
何にせよ、完全に呆然とした様子の二人に、ウェンティさんは苦笑いしながら話を続ける。
「ここからなら璃月港まで、徒歩で大体半日程だよ。道を知っていてその通りに進んでいれば、だけど」
「あ、あはは、もう日が暮れちゃうから、それなりに急がないと……朝から開催だったら、徹夜で参加になっちゃうよ?」
「ま、まずいぞ蛍!!」
「……分かった」
アンバーさんの補足で更に慌てるパイモンさんに、軽く溜め息を吐いて蛍さんは頷いた。
じっとこちらを見つめて、それから視線を外して、ウェンティさんに、
「ウェンティ、頼んだよ」
「……アハハッ」
蛍さんの言葉に、彼は酷く不似合いな乾いた笑いを返した。
▼▼▼▼▼▼
それから、蛍さんとパイモンさんはすぐにクレーターを乗り越えて行ってしまった。
パイモンさんはなんかふわふわ浮いてるから良いとして、あの急な坂をあの速度で一気によじ登れるというのは、中々の身体能力を持っているんじゃないかと思う。
……そう思うけれど、こう『感じた』って言うには、記憶の抜けがどうも怪しい。
自分の名前を思い出せない。起きる前の事、夢で見た、というようなことも思い出せない。
にも関わらず、日常会話はできる。身体を動かすことに支障はない。人の身体能力を判断できる。
それ以外にも、ウェンティさん達の行動・反応にある程度予測ができることとか、記憶が飛んでいたらその辺りも飛ぶのが普通じゃないだろうか。
私は感覚として自分自身を知っていて、人体やコミュニケーション能力を把握している。
それにも関わらず、概念そのものを思い出すことができない。手段は知っていても目的や動機が分からない。その手段も何と言うべきなのかも知らない。
物を投げるには腕をこう動かせばいい。
さっきはそんな感覚としか言えない記憶しか残っていないと例えた。
けど、もっと言い換えるならば────水面から水を掬った直後に水は蒸発して、水に触れたという感覚しかないような────目から入ってきた光景がそのまま体を通り抜けて溢れていくような────実感があるのに、体感できていないと分かってしまうというか。
ああ、言語化できないのがもどかしい……。
「さて、シーナさんとやら。これからモンド城へとお連れする。道中の安全は騎士団が保証しよう」
「あー……ありがとうございます」
「手錠については、とりあえず掛けたままね。記憶がないって聞いたけれど……安全のためにね」
アンバーさんが途中までは心配そうに、けれども、私の身体をじっと視て警戒を強めたのが分かる。
多分、私の身体から薄っすらと出てる赤黒いオーラのことだろう。このオーラが視えている人と視えてない人が、騎士団にはそれぞれいるみたい。
恐らく視えているだろう人が、恐らく視えていなくて、そこまで私を警戒していない人に耳打ちをして注意している雰囲気がそこかしこである。
ガイアさんは、多分オーラは見えている。けれど反応を一切変えてない辺り、多分策士タイプだろうと勝手に予測している。
アンバーさんの言う『安全』も、どちらかと言うと私に対してではなく、ウェンティさんが危惧しているような人外の、危険な存在だからと認識しているから、『騎士団の安全のためにも』という意味だろう。
まぁ、仕方ない。
「仕方ないとは言え、クレーターを登るのに、誰も手を貸してくれないのは、どうなの……!」
「隔離のためだよシーナ」
「ありがとうウェンティさん、はじめて名前で呼んでくれて……でも、こちとら手錠されてほとんど動けないんだけど……いや触れるのもまずいのは分かるけどさぁ!」
「よくお分かりで。さっさと登りなよ」
「アンバーさん、ウェンティさんがすっごい冷たい……!」
「あ、あはは……」
私の地獄耳は、アンバーさんが「あんな対応の吟遊詩人さん、始めてみた……」と呟いたのを聞き逃さなかったぞウェンティさん……!