斯の存在の名を述べよ   作:千里亭希遊

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斯の存在の名を探れ。

 降谷にとって不安要素しかないその女性は数日目を覚まさなかった。

 訳も分からず見つめるくらいしかできない降谷の視線は、どうしても胡乱なものになってしまう。

 

 彼女は、打ち身、擦り傷切り傷、骨折及び罅、等々、全身のあちこちに多数傷を負っていたという。大きな血管や臓器が傷ついていなかったのは幸いか。

 

 担当医は傷の新しさから直前に交通事故に遭ったものと判断していたが、あの周囲でそんなことは起きていなかった。轢き逃げの痕跡もない。

 足が向いていた方向はより重点的に浚ったが、怪しい何かは欠片も見つからなかった。

 

 悶々としながら病室に足を運ぶこと幾度目か、ようやく彼女が目を開いた所に居合わせ、彼はひとまず安堵する。

 しかし彼がナースコールで彼女の覚醒を伝えている間、彼女は瞬きと呼吸をする以外は何も動かなかった。

 お陰で別の不安を覚える。心が無事ではない可能性を。

 

「…………おい、聞こえてるか」

 

 少し迷ったが彼はそう声を掛けてみる。

 数秒の間を置いて彼女の瞳だけが彼のほうへと動いた。ああ、きちんと自身が呼ばれている認識はできているらしい。

 

 彼には彼女に聞きたいことがいくらでもあった。が、数日振りのお目覚めということで医師や看護師があれこれと世話してくれているのを大人しく待つ。

 そして看護師の一人が去り際に「良かったですねえ」なんて優しく笑ったものだから、彼は表面上「ええ」と笑顔を綻ばせ、内心で「やはりそう(・・)見えるのか」と溜め息をつく。訳が分からな過ぎて「良かった」なんて丸きりは思ってやれないのに。その心苦しさがもう奇妙だった。

 

 傍らの椅子に座り、彼は再び彼女に声を掛ける。

 

「君の名前を教えてくれないか」

 

 彼女はまたちろりと彼に視線を向けた。しかしそれはやがてぼんやりと天井を見上げるものに戻ってしまう。

 

「...May I ask your name?」

 

 一応と言語を変えてみると、再び彼女の目が彼を捉える。やがて小さく口が開いた。

 

「……に、ほんご、で……構わ、ない……」

 

 やっと聞けた声は掠れていた。数日寝ていたせいだろうか。

 

「すまない、声が出づらかったのか……」

 

 医師や看護師に声を掛けられても目しか反応していなかったのはそのためだったのだろうか。

 首を回したり頷いたりも上手くはできないようだったから、もしかしたら頸椎捻挫(むち打ち)なのかもしれない。

 

 彼女は自身の喉のあたりに軽く右の手のひらを当てた。そして具合を確かめるかのように数度呼吸を行っていた。

 やがて。

 

「……あ、あー……あー、あーあー。……大丈夫そうだ」

「無理はするなよ」

 

 彼女はふっと笑った。

 

「気遣いをありがとう」

 

 降谷は内心で顔をしかめる。当たり前の労わりはするが、彼は彼女に全力で不審感を募らせているというのに。

 

「名前は、言えるか? 医師(せんせい)たちも身元が分からず少し困っているようなんだ」

「それはそうか……。……しかし……すまない、どうも思い出せないらしい……」

「え」

 

 絶句する。

 ようやく色々聞ける筈が、まさか、である。

 

「じゃあ、ほかには……?」

 

 聞かれて彼女は数秒思考を巡らせるように視線を宙に彷徨わせていたが、やがて、

 

「……っ」

 

 首を振ろうとしたらしい。そこで表情を歪めて息を詰まらせた。

 

「むち打ちじゃないか? 医師が交通事故に遭った可能性を挙げていた」

 

 レントゲン等では発見できないそれは、自己申告があるまでは治療も行われないだろう。

 

「そう、なのか……」

 

 彼女の眉間に少し皺が寄った。

 何も覚えていない中、事故に遭った可能性があると言われれば不安にもなろう。

 

「脳への損傷は見られなかったそうだから、解離性健忘だろう。事故のショックから立ち直れたら戻るさ」

 

 降谷は自身でも早く戻ってくれと心底願いながら微笑んで言った。彼女が彼のほうに目線をくれる。そして一瞬何かを思案するように目線が天井に戻り、そして再び彼に向けられた。

 

「……自分のことは分からないのに聞いてすまないが……君は、どうしてここに居てくれてるんだ……?」

 

 雰囲気こそぼんやりしているが、話しかたまで自分に似ている気がして降谷は内心げっそりする。

 

「ああ……記憶が無いんだったな……」

 

 降谷は自身の鞄からコンパクトミラーを取り出し彼女の上で開く。

 それをぼんやりと眺める彼女だったが、ふと目を丸くすると彼に目線を遣った。一度首ごと向こうとして呻いたのはこうした状況の様式美なのかもしれない。

 

「……ええと……私の身元は、分からない、んだろう……?」

「僕は君を知らない。だから気になって君が目を覚ますのを待っていた」

 

 絶句した様子の彼女が再びぼんやりと鏡を見つめる。彼女の真ん前に在るよう彼が掲げているから、必然的に目に入るだけなのかもしれないが。

 あまりだらだらと見せ続けるのもどうかと思い、彼はやがて鏡を元のように仕舞った。

 

 彼女がぽつりと呟くように言う。

 

「……君のご親戚に、過去行方不明になった女性等は……?」

「いない」

「そうか……」

 

 降谷の迷いなき即答に多少当惑した様子をみせる彼女だったが、あっさりと引いた。

 

 どこか諦めのような淋しさのような何かを浮かべて彼女は微笑む。

 

「……知らないのなら、捨て置いてくれて構わない。私だって……知らない人のお荷物になるのは、堪らないよ……」

 

 瞬間、降谷は真顔になった。

 

 今のお前にとっては周りの全てが『知らない人』だろうが。

 

 彼は小さな怒りのようなものを持て余し席を立つ。

 

「……とにかく今は傷を治せ。使えるものは何でも使え。……行く当てがない内は俺がお前を使ってやる」

 

 きょとりとした目が歩き去ろうとする彼の姿を追う。

 病室の扉に彼が手を掛けた時、ふはっと彼女の笑う声がして彼はそちらを見遣った。

 

「ふふ、あぁ、承知した……」

 

 答えながらくすくすと笑い続ける彼女に、彼は不足感と充足感を同時に憶えて閉口する。

 

「あと、その首はきちんと医師に伝えろ」

 

 扉が閉まる直前に捨て台詞のように放たれる言いつけ。閉まった扉を振り返りもしない彼は、それに返事があったかどうかも知り得なかった。

 

 

 その後彼女は三日で退院した。眠っていた時間のほうが長い。しかし降谷自身も似たような経験はあるから何も言えない。

 

 彼が彼女を引き取るとなっても、外見のせいで疑念を向ける者はいなかった。

 

 しかしその外見という大枠が似すぎている以上に、彼と彼女にはハッキリ異なる要素が少なすぎる。

 

 明らかな差異は髪の長さと体脂肪率と性別にまつわる諸々(骨格や遺伝子等)と声と雰囲気(ぼんやりしている感があるのは消耗のせいではなく素であったらしい)くらいで、他の数値的な何もかもが限りなく近い数字を示した。

 各種生体認証でさえ彼女は『 降谷零 』のものをすんなり解除できてしまう。

 

 音楽系の練度は彼女のほうが高いように彼は思った。

 静物画を描けば似たような仕上がりになり、ではデフォルメはといえばそれも似たようなものが出来上がった。後者のほうが感性の似通いかたが見て取れて薄ら寒い。

 好みの傾向、何かしらの配分、洗濯物の畳みかた、仕草、etc...。

 

 復調までを見込み少し時間を置いて行われた体力テストでは、概ね彼の数値のほうが高めであるものの、幾つかは彼女のほうが微妙に高いものもあったことに彼は正直凹んだ。

 各種組手を始めると永遠に終わらずことごとく審判役が音を上げた。

 

 そんなような、『降谷零に近すぎる人間』を降谷本人が安易に野に放ちたくなく、時短(と少しの違法作業)目当てに公安に報告を上げたところ、そちらもやはり放置できないと判断したらしく、色々と便宜を図ってくれたなど。

『降谷零にとって全く知らない人間だが、外見のせいで無関係とは凡そ思えない記憶喪失の人間』という割と真実に沿った設定でそれらしき身分も作られた。

 

 関係性を安室とのものにできなかったのは、これからも絡んできそうな怪しいあの女の前で彼が取った態度に因る。降谷は過去の自分に多少苛立ったが、後々『たまたまどこかで見かけられ勝手に追いかけられた』として関係を作れば良いだけのことではある。

 今仮の名前として与えられている『 降谷(すすぐ) 』も、これはむしろ後に『 安室透 』と近づけて『 安室雪 』としたい意図が感じられる。そうでなければ単に『ユキ』と読ませたはずだ。

 

「仕事、くれるんだろう……?」

 

 にこにこと期待の目を向けてくる彼女に降谷は少しだけげんなりする。ワーカーホリック確定だ。助かりはするが世話が焼けるのも確定だ。

 

 いっそ生活だけ監視して好きな職に就かせることも考えたが、常に人手不足の公安が彼女を放っておかなかった。

 仕方なく表裏問わず機密に関わらない事務作業等内勤系を指示していると、仕事が進むと言って風見や作業班が泣いていた。彼らはもっと休むべきだと思う。

 公安の中では確実に一番身が軽いので、警視庁その他と行き来しなければならないような諸々もある程度任せられる点、重宝されているらしい。

 

「中身は見るな。ある程度姿を変えろ」

 

 などと指示を受け、前者はもちろんのこと、後者については髪を結ったり伊達眼鏡を掛けたり等毎日工夫しているらしい。

 

 しかし各届け先にひっそりとファン層が蓄積されているフシがあるとかで、降谷は頭痛がしそうだった。目立ってないか? いいのか?

 

 降谷は内心で宇宙猫を飼いつつ、度々接触してきていた例の怪しい女が真実怪しい組織に所属することを突き止める。

 正体がかのシャロン・ヴィンヤードであり、変装を得意とすることなど諸々見破っていることを本人に突き付ける。

 

「これ、貴女ですよねえ……ふふ」

 

 ベルモットが薄ら笑う彼に銃口を向ける。しかし。

 

「良いんですか? 僕を消したら……僕の知った貴女の情報全てが、貴女のご友人がたの目に晒される手筈です」

「見苦しい虚勢ね」

「虚勢じゃありませんよ……ほら」

「……ッ!?」

 

 提示されたそれは本部(・・)の情報だった。

 ボスやRUMが現れた試しこそ無いが、幹部たちやその直接の配下が活動拠点にしている雑居ビル。入念なカモフラージュがなされているのに、このまだ青い若者が辿り着いたというのか。

 そして、もしそんなところに彼女の本来の素性(・・・・・)が送り付けられたりしたら。

 

「……アナタ、そんな所まで……!」

 

 安室の目が更に細められた。

 

「だからもう、僕のことをこそこそと嗅ぎまわるのはやめていただけませんか。仕事の邪魔です」

 

 本気で邪魔だった。登庁どころか風見に接触もできない。探偵業務もやりづらいことこの上ない。

 ただ、些かしつこさが過ぎるにしても渡りに舟ではあった。こうなったタイミングで安室は(すすぐ)に『 安室透 』のストーカーをするよう指示した。

 

 ふっとベルモットが笑う。

 

「その私の情報とやら、全部回収して渡してもらえる? でないと彼女(・・)を消すわよ」

 

 安室は怪訝そうに首を傾げた。暫く何事かと考えているようだった。

 

「……彼女?」

「……とぼけても無駄よ。あの子よ。アナタが見捨てたフリ(・・)をした、アナタにそっくりな大切な家族よ」

「……はい? 僕の親類は皆亡くなっていますが」

 

 彼は本気で思い当たらない様子で眉をひそめベルモットを数秒見つめた後、少しも動じず背筋を伸ばす彼女の姿にむしろ更に首を傾げて考え込んだ。

 耐えかねるようにベルモットが口を開く。

 

「……ちょっと、アナタ」

「はい?」

「いくらなんでも薄情じゃない?」

「……ええと。……何ですか? まさか無関係な一般人を裏付けもなく捕えてたりしませんよね? そんな浅はかな真似を……」

 

 肩を竦め笑う彼に、しかしベルモットは顔色を悪くしていた。

 安室は少しの間を置いて大きく大きく目を見張った。

 

「………………嘘でしょう?」

「だって、アナタの周りをちょこちょこ着いて回ってたじゃない! かなり緩んだ表情で!」

 

 いったいどんな表情をしてたんだ雪は。

 内心のツッコミを押し隠し彼は眉根を寄せた。

 

「知りませ……あ、いやそれって僕のストーカーだったんじゃないですか? 撃退ありがとうございます」

「は、はぁ!?」

「お礼にまだ情報の拡散はしないであげますよ。それでは」

「ま、待ちなさい!」

 

 焦ったベルモットが彼女の車に走り寄ったのが見えたが、彼は気にも留めない様子で踵を返す。

 

「待ちなさいって言ってるでしょう! この子がどうなってもいいの?」

 

 安室はゆるりと足を止め、盛大に溜め息をついて振り返る。

 そして少しだけ目を瞬かせた。

 ベルモットは後ろ手に縛られているらしい雪を連れていた。

 

「……おや、本当にそっくりですね」

「アナタねえ!? あれを本当に覚えてないわけ!?」

「『あれ』、って……?」

 

 首をかしげてばかりの安室にベルモットが痺れを切らす。

 

「この子が道端で倒れてたでしょう」

「知りませんけ、ど…………いや、ああ、思い出しました、すみません。何せ随分前のことでしょう?」

「まだ一年も経ってないわ」

「いえ申し訳ありません。あれって貴女に会った直後とかでしょう? 僕にとってはそちらのほうが印象深くて」

「……今更ゴマをすったところで意味はないわ」

「何故そんなことをする必要が?」

「ああもう、まだるっこしいにも程があるわ! ほら!」

 

 ぐい、とベルモットが雪の髪を引っ張った。痛む程なのか雪が少し眉根を寄せた。

 

 サク、と耳障りの良くない音が生じる。

 

「こうしたら! 本っっっっっ当に!! ソックリなのよ!」

 

 サク、サク、ざり、ざりり、さく、サク……。

 

「これで赤の他人だなんて有り得ないわ!」

 

 あっという間に雪は『 安室透 』と全く同じ髪型になった。

 

 さすが変装の名人だなんて言うべき所なのだろうか。

 腰まであったような女性の髪を本人の承諾もなくバッサリと短く切った点に憤りたいものだが、積み重なった種々の要素が怒りよりも呆然を呼んでくる。

 雪当人もぽかんと立ち尽くしていた。

 

 少しの間その場に沈黙が漂う。

 

 やがて安室が大きな溜息とともに天を仰いだ。片方の手のひらで目を覆ってさえいる。

 

「……無暗に傷害事件を起こさないで下さい……」

 

 通行人などいない底辺(ソコ)のほうだったのはまだマシなのだろうか。

 

「情報を渡さないならこれだけじゃ済まないわよ」

 

 不敵に笑われるが少しも圧を憶えられない。

 

「お好きにどうぞ。僕もストーカーがいなくなって万々歳です」

「なっ!? アナタ人の心がないのっ!?」

「間違えないで下さい。彼女に危害を加えようというのは貴女ですよ」

 

 ……俺は。

 俺は、雪にここまでさせて、望む以上の答えを得ずに止まろうなんて思わない。

 

「ええそうね。そしてそう動かそうとしてるのがアナタよ」

 

 ハァ、と安室は心底面倒そうに、億劫そうに、大きく大きく溜息をついた。肩を下げさえした。そして軽く肩を竦める。

 

「イタチごっこですね。いいでしょう。『ソノジョセイヲキズツケナイデクダサイー』、でいいですかね。はい、譲歩してあげたことですし、僕は本当にこれでお暇します。そもそも、件の情報そのものはここにはありません。こんなタイミングでお披露目する気なんてありませんでしたし」

「……この……ッ」

「今ここで僕を消しても……今後どこかで僕をコソコソ狙い撃っても……その情報は勝手に貴女の周りにリークされます。でも今は何もしません。お互いにそれが賢明でしょう?」

「賢明ですって?」

 

 世紀の大女優が顔を怒りでどす黒く染め、地を這うような声音で()った。

 

「そんな甘いことで幹部の名なんか貰ったわけはないのよ。……安室、透。アナタ……私に付きなさい」

「……は?」

 

 胡乱な目で不遜に反目するが、その内心で彼は身構えた。受け入れ(・・・・)の態勢を整え始める。しかしまだだ、まだ、飛びついてはいけない。

 

「私はもうアナタから目を離すことができないわ。だから、ウチ(・・)で情報屋をやりなさい」

「……いったい何を仰るんですか?」

 

「……アナタ、女性(ヒト)を探してるんでしょう?」

 

 そこに有った微妙なニュアンスに、彼は目を見張る。釣られたフリをする。

 

「何の話でしょう?」

 

 彼がうっそりと笑んでみせると、ベルモットも似た表情を浮かべる。

 

「裏に顔が利けば、探せる範囲は広がるわよ」

「何を仰りたいのやら……危ない橋は渡らない主義なんですよ」

「一人だったら、橋すら作れないんじゃないかしら」

 

 にこにこ。にこにこ。

 

 二人はどれ程(にら)み合っていたのだろう。

 

 ふっと、安室透は笑った。しかし直ぐに表情を消し去る。

 

「……それで、僕に何をしてほしいんですか」

「ひとまず──」

 

 ベルモットは如何にも不味そうな顔をした。

 

「この子を引き取って頂戴」

「……はい?」

 

 安室は拍子抜けの表情を浮かべる。目も丸い。

 

「疲れたの。後はアナタが煮るなり焼くなりなさい」

「……押し付けられ……」

「何か言ったかしら?」

「いえ、何でも」

 

 貼り付いたような笑みを浮かべて多少引き攣った笑いを浮かべる彼を他所に、ベルモットは自身のスマホを操作していた。

 すると震えたのは安室のスマホ。

 

「こっちで登録し直して頂戴。もちろん、名前もね」

「これはこれは、貴女のような有名人の連絡先を教えて頂けるなんて」

 

 ふっとほんの小さく息をつくような嘲笑を吐いて慇懃に言う彼に、ベルモットは渋面になる。

 

「こっちはとんだ拾い物よ。puppyとkittyだと思って構ってたら手痛く噛みつかれたんだから」

「……って……ひたすらセットにしようとしてくるんですね。……しかし、貴女の痛みになんてなれたのなら、とても光栄ですよ」

 

 薄い笑みで言ってのけるどう見てもティーンの若人に、ベルモットは口をへの字に曲げた。東洋人は幼く見えると言えども、多く見積もっても二十そこそこにしか見えない。

 

「そういうのが薄っぺらに聞こえないくらいの経験を身に着けてほしいものね。まずは、私が望む情報はすぐに持ってきて頂戴?」

「それは保証しかねますね」

「何ですって?」

 

 迷い無き即否定にベルモットは眉をひそめた。

 

「僕は予めストックされた情報を売る者ではありません。探偵ですからね、欲しい情報は自ら探り偵わなければ得られないんです。だから多少のお時間は頂きます。その代わり──」

 

 ニィ、と歪められた唇に、幼さに不釣り合いな妖艶さを見て取ってベルモットは眉間の皺を深くする。

 だから、そういうのはアナタに求めていないのよ。

 けれど。

 好きな者は好きなのかもしれないわね。

 

「必ず本物(ホンモノ)をご提供して差し上げますよ」

 

 元より、興味を惹かれなければ任務だろうと跳ね付けるのがベルモットだ。

 その彼女がオーダー通り探ろうと思えた、小さいけれど確かに光る、空色の原石。

 本当はこれを手中に収められれば何でも良かった。

 想定外のオマケまで着いてきたかもしれないけれど。

 

「そうだといいと思うわ」

 

 byeと小さくそれだけ言って彼女は傍らの車に乗り込み、走り去る。

 それをただ何となく見送って、『 安室透 』は名も知らぬ厄介者(ストーカー)に向かい合う。

 

「それで、貴方はどうしたいんですか」

 

 名の無い彼女はふわりと笑った。

 安室は僕にはできない笑顔だとぼんやり思った。

 

「分からない。だが、まずはこの髪の山をどうにかしたい」

 

 彼女は自身の足元にうず高く纏いつく金色を見下ろして苦笑いする。安室も同様に笑った。

 

「三十一センチ以上は確実にあるでしょうし、乾いてますし、問題ない部分は集めて、あとは……そうですね、燃やしましょう」

「承知した」

 

 ヘアドネーションを行える可能性の想定。

 髪に限定するとそこから得られる様々な情報は、この二人の場合性染色体以外が同一人物のものでしかなくなる。

 その二つなどを含めて説明もせず理解し合い、二人はそれぞれ行動に出た。

 

 安室は車を近くに回すために愛車のもとへ。

 雪は髪のうち綺麗なものを丁重に集めた。人様に使って頂けるかもしれないのだ、ついさっきまで彼女自身の一部だったものとはいえ雑には扱えなかった。

 

 安室が合流し、彼女が足で押さえていた少しの髪に火を点す。

 どうやら彼女はかなり丁寧に取捨選択をしたようで、地面に残されていたものは少なかった。

 

「一本も一片も、取り溢していないでしょうね?」

「恥ずかしいことにはじめは本当に驚いたから、その間に少しばかり飛ばされていたらすまない」

「ふふ」

 

 安室は思わず笑ってしまった。やはりあれは素だったのか。

 

「風もないですしそうそう散らばりはしてないでしょう。……しかし、気分的に大丈夫ですか? 髪って大事なものでしょう」

「長い状態しか知らないし、少し首と背中も淋しいが、短いのも悪くない」

 

 顔の横に片方の手のひらを当てながら自身の髪を横目で見遣る彼女の微笑みは、どこか可愛らしかった。

 髪型まで同じになってしまったからいよいよ鏡を見ている気分もするのに、どこか違うと感じる部分がこう確かにある。

 

 この人物は確かに『(すすぐ)』という個人で、色々と謎はあるものの『 降谷零 』や『 安室透 』とは別人だ。

 

 金糸が全て燃え尽きたのを確認し、二人は安室のRX-7に乗り込む。

 安室は運転席に、雪は後部座席に。

 

「後ろ、狭くないか?」

 

 もう他人の振りも『 安室透 』の顔も必要ない。

 

「こんな車の中でこんな顔が横に二つも並んでたら、騒がしいにも程があるだろう」

「酷いことを言う」

「降谷君はそう思わないのか?」

「……ふっ」

 

 降谷はしばらくクスクスと笑い続けた。

 雪も、良く分からないがつられて笑った。

 

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 ()存在(モノ)の名を探れ。

 

 

 

────  v√ν ── ^v√γ ── ……




/

自分に似てる奴に遠慮を向けられた理由がはっきり推察できたから降谷さんは怒る。
多分こいつは悪いモノじゃない。
だけどタチの悪いモノだ。

主に体力テストでとても不満な結果を目にすることになったが、色々調べる過程で接したかぎりではますます『悪いモノ』ではないと判断する。
ただ記憶が戻ったらどうなるか分からないとしてまだ警戒はしている。
有能みたいだから使える所では使ってしまおう。
え、公安彼女に気を許し過ぎじゃないか?
周りはきっとその容姿に引きずられまくっています。分けて考えるのは容易じゃない。
見た目は超人降谷さんそのものなのに中身がほんわかしてるとかもうノックアウトされてます。

降谷さんはベルモットの秘密を有効な送付先も含めて早々に暴いてた設定です。
それで目を離すわけにいかなくなって任務を共にしたり融通利かせてあげたりしてるうちに絆されもする中、彼女は彼の人となりを見定める。

ベルモットは降谷さんがわざと他人のフリをしてるんだと思ってます。
いくらはぐらかされようと瓜二つすぎるのでさすがに信じられない。
そうであろうと降谷さんは雪の余地を失くさないために否定し続けます。
彼にとっては正真正銘知らない人ではありますが。
明らかにバレバレなのにそれでもはぐらされるという構図は、ベルモットにとって実はかなりストレスだった。
でも残念、彼は本当に知らないだけです。

降谷さんは雪にわざと隙を見せてベルモットに捕まるよう指示していました。
目に見えて分かるはずの泣き所が全く利かないことでクラッシュしてる様子のベルモットは、逆にそれ以外の弱点を探そうとはできないという魂胆。
雪が自分の身は自分で守れる能力を持ってるのが分かっているため行えた作戦でした。
でもバッサリいかれるなんて思ってなかったので雪も降谷さんも呆然。ぽかーん。
雪本人より降谷さんのほうが衝撃を受けてるかもしれない。

また、エレーナ先生のことを探す時間を増やして、それがベルモットの目に留まるように仕向けていました。
弱みを掴んだと思わせなければ。
このあたりは全部計算ずくです。

降谷さんが極稀に『俺』って言うの好きです。

以降、髪の長さも一緒にするようになった。
雪は少し楽しい。
降谷さんは少しむずがゆい。
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