斯の存在の名を述べよ   作:千里亭希遊

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斯の存在の名を紡げ。

 赤井はその時まで面白いと思っていた。

 

── ^v√γ ── ^v√γ ── ^v√……

 

 

 

 ()存在(モノ)の名を辿れ。

 

 

 

────  v√ν ── ^v√γ ── ……

 

 赤井がしばしば任務を共にする機会のある幹部に、男女の双子と思わしき二人がいる。

 

 コードネームをバーボンとバーボネラ。

 

 外見が瓜二つな彼らが何故『思わしき』かといえば、バーボンは彼女のことを知らないと言い、バーボネラのほうは記憶喪失、という何とも複雑な事情が存在した。

 事情を知らない者なら双子と信じて疑わないことだろう。事情を聞いてもその実双子、と予想する者のほうが多いだろうが。

 

 両者同時期にベルモットが拾って来たらしいが、出会った当初、ひたすら血縁を否定するバーボンにベルモットは頭の痛い思いをしたとか何とか。

 最終的に丸め込まれたバーボンは、名前の分からないバーボネラに、自身の『 安室透 』に因み『 安室(すすぐ) 』という名を与えたらしいが、未だに血縁とは認めていないらしい。コードネームまでセットのようにされたのには内心不満のようだ。

 

 初めの内、犯罪組織の幹部とそう仲良くする気の無かった赤井は、自身の正体を勘繰られたくないのもあって周りを邪険にしていた。

 

 しかしバーボネラがのほほんと穏やかに接してくれるのと、もう一人よく任務を共にするスコッチという男が懐いてくれたために、段々絆されていってしまった。

 彼らが優秀なお陰で仕事がやり易いのもあったが、犯罪組織の幹部の癖にその行動に正義感を読み取れる部分があり、感性が喧嘩しないのもあったかもしれない。

 他の幹部が正真正銘血も涙もなく共感できない分、尚更だった。

 

 他方、バーボンとはどうも反りが合わないため邪険にしたままになっていた。

 彼の言動も赤井の感性と喧嘩しないと感じる。しかしどうも、真面目過ぎる上に頑固だった。融通が利かない上、度々小言を言われて敵わない。

 

 ただしこの反りの合わなさこそが面白かった。外側はよく似ているバーボネラと真逆な部分がどこか楽しかったのだ。

 

 そういうイメージのせいか、赤井はどうも邪険にするだけでなくからかってしまいがちで、バーボンにしてみれば余計気に入らなかったことだろう。

 

 

 

 ──……だから。

 

 対峙するならバーボンだと思っていた。

 けれど赤井の前に立ち塞がったのはバーボネラだった。

 

「聞いただろう? 何故君が邪魔をする」

「君には手柄を取られたくないからだ。妹が兄に献上したいと思っても別におかしくはないだろう?」

 

 柔らかく笑って肩を竦める彼女の真意が分からない。

 

「随分健気だな。その兄は兄だと認めていないみたいだが」

「関係ない」

「……意地らしいじゃないか」

 

 赤井は薄く笑う。

 しかし困った。あの気の良い男を、自身を慕ってくれた本当は正義の心を持つ人間を、失いたくない。

 

 ……感性からして、バーボネラもスコッチと同じくNOCではないかと期待していたのに。

 

「だが君に譲ってはやれないな。こうしている間にバーボン以外がスコッチに辿り着くかもしれない。大体、何故俺一人を抑えようとする」

「バーボンは必ず真っ先にスコッチを見つける。それ以外では君が一番危険(・・)だと考える。よく一緒に居たからな。スコッチの行動は君も読みやすいはずだ」

「だとしても、まずは追い込んでからだろう」

 

 ふっとバーボネラが笑う。

 

「スコッチの目の前で取り合いをする、と? それこそその間に逃げられるだろう」

「俺たちなら、逃げられないよう拘束するくらいできるだろう」

「その拘束が手柄なんじゃないか」

「組織に差し出した時が手柄だろう」

 

 バーボネラはまた肩を竦めた。

 

「時間が惜しい。実力行使といこうじゃないか」

 

 言うが早いか彼女の姿が消えた(・・・)

 

 赤井は無意識に身を翻し、そして襲い掛かった彼女の利き手を勘で往なした。

 しかし矢継ぎ早に様々な攻撃手段を向けられる。

 単純な手刀や拳、払いや蹴り、懐に入って襟口を捕えようとされる、etc。

 赤井のほうも防戦一方になどならないが、それでも舌を巻いた。さすが前衛担当なだけある。

 

 情報のバーボン、狙撃のスコッチとライ、そして前に出て拳、時には多少の色香も交えて戦うバーボネラ。

 この四人で組む仕事は本当にやり易かった。

 ──……四人で居た時間は、悪くなかった。

 

「……俺は、なかなか気に入っていたんだ」

 

 この激しい肉弾戦の応酬にはそぐわぬセリフが口をつく。

 

「これが終わってしまったのは、惜しいな」

 

 するとバーボネラが後ろに跳んで距離を取った。

 息も乱さず構えも解かず、しかし彼女はライへの攻撃をやめた。

 

「……情でも移ったか。スコッチに」

「君は何とも思わないのか?」

「……残念だとは思うさ。同時に、ほっとした」

 

 ライは目を丸くした。

 

「あの男にはここは、向かない」

 

 ライは苦笑した。

 

「君こそ情が移ってるじゃないか」

「……そうかもしれない」

 

 だと言うなら、彼女が赤井をとめに来た理由は──。

 

「……バーボネラ。君がもし──」

 

 だが彼女は再び踏み込んできた。一気に距離を詰めてきた。

 

「それ以上、言うな」

 

 赤井が敢えて襟首を掴ませた彼女は、硬い表情で言う。

 

「それ以上は、君が(・・)危ない」

「……バーボンもか?」

「さあな。……ライは動くな。それで一番うまくいく」

 

 赤井は苦笑いする。

 

「俺としてはそうしたいと思った。だが、鵜呑みにもできない」

 

 硬い表情のまま、バーボネラが掴んだ襟首を引き寄せた。

 耳元で、小さな小さな声がする。

 

「──私の名は降谷零。警察庁警備局警備企画課所属、指揮管理センター・ヨシノ擁する潜入捜査官の一人。この場は君は退()け」

 

 赤井はこれ以上なく目を見張り硬直する。

 

「……そんな情報、俺に──……」

「君が私を売れば、親しい幹部が二人もNOCだったって、君の立場も危うくなるだろう?」

 

 硬かった彼女の表情が、薄い笑みに変わる。目の細められたそれは、どこかミステリアスだった。

 

「なあ? ──FBI捜査官の、赤井秀一君」

「!!」

 

 赤井は彼女の手を振り切って後ろに跳び退った。

 

「心配せずとも私も同じだ。君が売らなければ売る気はないし、困ったことがあれば力になると約束するよ」

 

 変わらずミステリアスな笑みを浮かべるバーボネラに、赤井は冷や汗をかく思いで問う。

 

「……あいつ(・・・)は、本当に、大丈夫なのか?」

「外部に借りを作るくらいならむしろ死を選ぶだろう」

「……ああ、そういう奴だろうな……」

 

 赤井は口元を押さえ、眉根を寄せる。

 スコッチは孤立無援の可能性があった。だから赤井は走った。

 しかし彼が独りではないのなら。どころか、指揮官自らが側に居たのなら。

 

「手筈は整ってるってことか?」

「トリガーとする言葉が決めてある」

「そうか……」

 

 ふっと小さく息を吐いて、赤井はゆっくりと踵を返した。

 

 その後ろで、「ありがとう」と、小さく聞こえた気がした。

 

── ^v√γ ── ^v√γ ── ^v√……

 

 

 

 

 ()存在(モノ)の名を紡げ。

 

 

 

────  v√ν ── ^v√γ ── ……

 

 赤井はその時から、恐ろしいと思った。

 

 

─────────────────────

 

 

差出人:諸伏景光

- 「逃げ場はもう、あの世にしかないようだ」

 

 あの世──その符丁は、往年あの世(アンフェール)の名を冠していた廃ビルの屋上を指す。

 不吉ともとれるそんな名前をつけたかつてのオーナーは物好きだったのかもしれない。そう珍しいからこそ符丁として機能するのではある。

 

 追っ手なら足音を殺して近づくところを敢えて音を立てて駆け上がるのも、予め決めていた合図だ。

 想定通り一人でそこに居てくれと願いながら、降谷は走った。

 

 その片隅で顔を青くした幼馴染が身を潜めていた。降谷は一先ず安堵の息を吐く。

 

「追っ手がいない道は確認してきた。信用できる仲間が安全確保に動いてる。ジャケットは脱いでけよ。あと、これと、これ……」

 

 小さく小さく伝えて、服の下やポケットに隠してきたウィッグや帽子、伊達眼鏡等を取り出す。

 

「……悪い……」

「多分君のせいじゃない。それは追々。この端末を使え。ただ古巣は避けろ」

 

 降谷は風見への発信画面を表示させながら真新しいスマホを渡す。

 

「……まさか……っ」

 

 幼馴染がますます青褪めた。

 

「ああ。どうも怪しいよ。……さあ、行くんだ。上手く逃げ切れよ」

「……うん。一応これは君が預かっててくれ」

 

 諸伏は自身のスマホを降谷に差し出す。

 そんなものをバーボンに渡すと降谷も危なくなると言えばそうだが、古巣が信用ならないとなるとむしろ安全度は上がる。

 

「……分かった。後日僕のほうからその端末に連絡する」

 

 頷いた諸伏が静かに去った後、しばらくして降谷もそこを後にした。

 

 数日後、とある山中で身元不明の遺体が発見されたという事件が小さく報道された。

 本当に遺体があった訳ではなく、公安が情報を作ったものである。

 遺体の情報はスコッチのものに寄せてあり、情報提供を求めるにあたっては着ていたジャケット等が公開された。

 

 組織もそれがスコッチの物だと見当をつけたが、では誰がやったのかという話になる。

 

「手柄目当てに誰かが名乗り出たところで、証拠がありませんからねえ。これじゃ情報を取れなかったってことでしょうから、知らないフリしてるんじゃないですか?」

「なっさけないねぇ。アタイなら頭ブチ抜いて死体から色々漁ってやったのに」

「漁って何も出なかったんじゃない? 警視庁の身元不明死者情報には服装しか載ってないわ。何も持ってなかったんでしょ」

「コイツのヤサは見つかってねえのか」

「残念ながら」

「お前ら一緒に行動してただろ」

「一緒に行動させられてた、んだろう。NOCなどと組まされていたとはな」

「……粋がるなよ」

 

 以降、一緒に行動することの多かった三名には厳しい任務が次々と舞い込んだ。

 しかし理不尽だと憤慨した様子を見せながらも迅速に完璧にこなされたことで、この嫌がらせのような制裁は次第に止む。

 

「……スコッチのことは知っていたのか?」

 

 ある日(すすぐ)がそんなことを聞いて来て、降谷はそういえば伝えていなかったなと思う。

 

「僕の所属を考えたら分かるだろう」

「……そうだな。私に伝えていなかったのも妥当だとは思う」

「……拗ねてるのか?」

 

 バックミラーに映る彼女がつと小さく顔を逸らして、降谷はクスっと笑った。

 そして彼はすぐに表情を引き締める。

 

「この件に関して君にも色々と動いてもらうことになると思う。頼めるか?」

 

 少しだけ、ほんの少しだけ不満そうにしていた彼女が、ぱっと前を向いたのが見えた。

 その表情は真剣なものに変わっている。

 

「……もちろん」

 

 頷く彼女に、降谷はふっと笑った。




/

前回松田さんの呟きを耳にして彼女は自身の記憶を取り戻しています。

スコッチの件に関しては支部で拝見した『二人は落ち合う筈だった説』をお借りしました。
こういうの考えられる人すごいですね。

降谷さんは指揮官だからこそ現場で潜入していて、こういう火急の時の采配もぱっとできるようにゼロに居る、みたいな。
阿吽の呼吸で行けるように幼馴染が同じとこに潜入させられた……とかは苦しいですね。

女主が赤井さんに対して事実を開示する範囲の妥協を重ねていった流れ。
最初はのらりくらりと実の無い会話を重ねて時間を稼ぐつもりでした。
しかし根が短気()なのでグダグダしているとつい本音を明かしてしまいそうになります。
だから殴り合っての時間稼ぎにシフトしました。
しかし赤井さんのほうから何だか本音らしきものをこぼしたために女主は考えを改め始めます。

色々小出しにつついてみて、彼がFBIのためにスコッチに貸しを作ろうとしてる訳じゃないと把握して、女主はきちんと名乗ることにしました。
ただし降谷さんを守るための防衛線にする意図もあります。
もし『 降谷零 』の存在が辿られたとして自身がダミーになれるように。
『お互いに知ってる』という状況にするのは、険悪な仲だと危険でしかないけれど、今の赤井さんと自分ならお互いに売るような状況になどならないと思って踏み切った。
そうするメリットもあると考えた。明美さんのためにも。

降谷さんは雪にスコッチのことについて何一つ明かしていませんでした。
一方まだ雪も記憶が戻ってることを降谷さんに伝えていません。
お互い様だとは雪も思っているし、機密を考えれば妥当だとも思うけど、ちょっと拗ねてます。
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