斯の存在の名を述べよ   作:千里亭希遊

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斯の存在の名を伏せよ。

 赤井が()取られずライとして潜入を続けたことで、宮野明美が組織に消されることはなくなった。

 ライが双子(仮)と共に幹部としての地位を不動のものにしてからは、寧ろ丁重に扱われる程になる。明美本人は少し不本意そうではあった。犯罪組織に丁重にされても喜んでいいのか分からないのはそうだろう。

 

 姉妹の監視役もジンからライに代わり、好きな時に姉と会えるようになった志保は、比較的穏やかな気持ちで過ごせていた。

 

 しかし自身が両親から引き継いだ研究を悪用され、未完成品が毒薬として使用されたことを知り、彼女は絶望の底に沈む。

 

 己もその薬を服毒した旨したためた遺書を残した彼女について、組織は死亡と扱わざるを得なかった。

 

 ジン派とライ派で組織は割れた。

 

 暫く泣き崩れていた明美だったが、数か月で持ち直しはしたようで、それに伴い組織内の対立構造も多少和らぐことになる。

 以後例の薬はタブー扱いになった。志保がいないため研究も立ち行かない。

 

 この、明美が気を持ち直したのは時間が解決したものではない。

 バーボネラが彼女に『 灰原哀 』という少女と『 江戸川コナン 』という少年を紹介したからだった。

 はっきり二人の正体を伝えることはしなくても、灰原=志保であることなど明美にとっては分かりすぎるものだった。

 

 江戸川少年については遊園地でバーボネラが拾ったものの、親戚探しを依頼する態で近くの探偵事務所に厄介払いしたものらしい。

 しかしそれでもちょくちょく面倒を見てやっているのは、自身の境遇に似たところがあるからだという。

 江戸川少年も記憶喪失らしかった。

 それは工藤新一が安室(すすぐ)に勧められた設定を受け入れただけのものではある。

 

 彼がこんな形であれ生きていたのは、灰原にとっては希望のようなものだった。

 そしてそれは雪にとっても似たようなものだった。

 

 二人の幼児化は結局回避できなかった。

 命があることだけがまだ希望ではあった。

 

 江戸川少年が大人しくできない(・・・・)のはもうどうしようもないのだろう。

 

「死にたいなら、あの子に累が及ぶ前に私が君を殺してやろうか?」

 

 子供に向けたくない殺気をこれでもかと込めて脅しても、それで彼本人が控えようと、結果的には彼は絶対巻き込まれた。

 こんな小さな肩に少年はどんな運命を背負っているのだろう。

 

 江戸川少年がFBIに接触したのを切っ掛けに、世界中の警察にツテのある工藤優作が、雪の口添えで秘密裏に対策本部の立ち上げを呼びかける。

 声がかけられたのは、雪の知る範囲で組織に潜入捜査官を送り込んでいる各国の捜査機関だった。

 このことで、日本国外の機関からは捜査の正式な届け出がなされることになる。

 

 もちろん、誰が潜入者なのかなんて情報は危険すぎるため交換されない。

 対策本部の進捗は、会議に顔を出した各機関の者から、潜入している捜査官たちに伝えられることになる。

 雪も優作氏とは情報のやり取りをしながらも表には出ない。

 

 そんな中ついに志保が解毒剤を完成させる。

 小さな二人は小学生として接した周囲に別れを告げた後、元に戻って組織壊滅に向け行動を開始する。

 

 それからベルモットは早々に捕らえられることになった。

 彼女が投降したのは、バーボンによってボスとベルモットとの関係を明かすと脅され、バーボネラによって解毒の取引を持ち掛けられたことによる。彼女は自身が不老になってしまったことを何よりも忌み嫌っていたから、どちらもクリティカルヒットしたらしい。

 

「貴女がこちら側に着いて下さるなら貴女が本当はシャロンであることを公開しません。そのシャロンの夫が実は生きていて、しかも日本の財界に根を張る烏丸グループの総帥であることも。……逆に、二人の娘であるクリスが幼い頃既に亡くなっているということも」

「……!」

「貴女も薬の被害者ではある。だけど、貴女が時の流れに沿って自然に生きられる方法は、貴女が殺そうとしたシェリーが作ってくれたんだ」

 

 ベルモットはただただ息を詰まらせ、驚愕の表情を浮かべている。

 

「情報の秘匿と、解毒薬。これらを欲するなら、警察に協力してください」

 

 ベルモットは少しの間難しい表情で俯いていたが、やがて泣きそうな表情で苦笑した。

 

「……やっぱりアナタたちは、私の『Jewels』だったわね」

 

 降谷が組織を探るにあたって始めに目を付けて目を付けられた人物が、組織壊滅作戦を詰めるためのキーマンとなった。

 

 

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 ひっそりとじわじわと進められた組織壊滅計画によって、世界中で関係者が次々と炙り出され、世界に散っていた幹部もほとんどが逮捕(及び、そう見せかけた潜入捜査官の回収)された結果、残った幹部と構成員とで鳥取にある烏丸の本拠地を固めるしかなくなる。

 

 深夜、武器庫やラボも含まれる広大な敷地を丸ごと囲まれているのを察し、ジンは舌打ちした。

 

「遂にここもバレたらしいな」

「言ってる場合じゃないですよ、ただちに構成員たちで人の通れるような箇所を固めないと」

 

 緊張に顔を歪めるバーボンに、フンとジンが鼻を鳴らす。

 

「……俺ぁお前はNOCだと思ってたよ。……何なら今も思ってる」

「失礼ですね。だったら逃げてますよこんな状況」

 

 バーボンは表情を歪める。

 

「くだらないこと言ってないで動いて下さい。このままじゃ終わりです」

 

 そう言って、厳しい表情を浮かべながら敷地内地図を広げ、通信で構成員に指示を出すバーボンに、ジンはまた鼻を鳴らして周りを眺めた。

 

「接近戦が得意な奴……は、バーボネラくらいか? ハ、淋しくなったもんだな」

「俺も少しはやれる。狙撃はキャンティとコルンと末端で充分だろう」

「フン……ウォッカとライとバーボネラは俺に続け」

 

 ジンが身を翻し、ウォッカがそれに続き、そのあとをライとバーボネラが着いていく。

 

「足止めは任せるぞ、バーボン」

「任されました」

 

 ジンにそんなふうに任されることに奇妙な達成感を覚える。しかしまだそんな所ではない。 

 バーボンは気を引き締めて様々な図面と配置図に目を走らせた。

 

 組織としてはボスを逃がすことだけが今の勝ち筋だ。

 ジンとライが前、ウォッカとバーボネラが後を固め、歩みの遅いボスを気遣いながら一行は隠し通路を歩く。

 誰も一言も話さない。

 

 暫く歩いた後。

 

「……どうしたバーボネラ。ソワソワしやがって」

 

 後ろを振り返りもせずジンが言う。

 

「……妙に嫌な予感がする。このまま進んでいいのか?」

「何だと?」

「いや、予感なんかでとやかく言うべきじゃないんだろうが……鳥肌が」

 

 ジンが振り返ると、バーボネラが縮こまって自身の二の腕のあたりをさすっていた。

 彼女のこんな様子は見たことが無かった。

 ジンが足を止めたことで全員その場に留まる。

 

「……女の勘は恐ろしい、とかいう奴ですかい?」

「ライ。こいつのソレは信用できるのか」

「鋭いと感じるよ」

「ホォー」

「……横道なんかはないのか?」

 

 バーボネラが眉をひそめながら問う。

 

「そんなものはない」

「……隠し通路なんかにそんなのを求めてもな……」

 

 即答するジン。肩を竦めるライ。

 

 そこへ。

 

「──……な!」

 

 大勢の、それも、とんでもない数と予想できる足音が近づいて来た。

 前からも、後ろからも。

 

「おいおい……素晴らしい勘をしてやがる……」

 

 ウォッカが嘆息混じりに言う。ジンが舌打ちする。

 

「クソが。戻るぞ!」

 

 言うが早いかボスを抱き上げて後方に走り始めるジンに周囲は慌てて続く。

 

「後ろにか!?」

 

 ライが聞くのにジンは面倒そうに答える。

 

「どういう訳かここを知られてたってんなら出口側の布陣はかなりの物になるだろう……そこにおめおめ突っ込むだの、ここで前と後ろに合流されるだのより、戻ってバーボンと合流したほうがまだマシだ」

「そうか……」

 

 ここで戻らなければあのまま入り乱れた銃撃戦となり、犠牲者が多数出てしまうだろう。

 バーボンと合流することもできない。

 だからバーボネラは察知したことを素直に報告した。

 

 五名は来た道を戻り、出くわした部隊をどうにか往なして、部屋にてボスに丁重に休んでいただき、そして──。

 

 そのボスの部屋の扉が勢いよく破られた。

 

「クソが!」

 

 ジンが扉に向かって銃を構えるが、盾を掲げた警察部隊が並んで入って来てはただの玩具のようなものだ。

 

「……仕方がない」

 

 嗄がれた声がする。

 これまで全く喋ることのなかったボスのものだった。

 

 その手に握られていたものは──どう見ても起爆スイッチだった。

 

 息を呑む一同を他所に、見えた時には既にそれは押され、轟音が部屋を揺るがす。

 

 その動揺を突いてジンが警察部隊を蹴散らし始めた。

 床が大きく揺れてはこう崩れても責められはしない。通常通り動けるジンがおかしいのだ。

 

 今度はウォッカがボスを抱えて、ジンが切り開いた道を駆けて行く。

 

 この警察部隊たちは潜入しているのが誰かを知らされていない。

 隠し通路やボスの現在位置等の漏洩をおこなってくれている者が居た点、そこに居る誰かが該当することは理解していても、色んな理由で『幹部の誰か』を見逃すことができない。

 だから、ライとバーボネラもジンたちを追って素早く駆ける。ここで警察側に捕まれば、ボスと幹部の位置情報を作戦本部に送れなくなってしまうから、重装備の警察部隊を必死に往なして幹部たちと共に逃げる。

 

 そんな中、爆発は連鎖しているのか、恐ろしい音が遠くからも近くからも複数上がっていく。

 

「バーボン! 状況を言え!」

 

 彼が居た大部屋のドアを蹴破るようにして駆けこんだジンが叫ぶが、そこで待ち構えていたのは『警察部隊に囲まれたバーボン』という図だった。

 

「クソが! 役に立たねえ!」

「酷いですね、たった一人に指揮を任せておいて」

 

 両手を軽く上げた状態で囲まれている彼の声音はしかし冷静だった。

 

 踵を返そうとしたジンだったが、既に部屋の外も固められてしまっている。

 

 また爆発で床が揺れるが、もうそれで体勢を崩す者は居なかった。

 

 おびただしい数の銃口が残る幹部たちとボスに向けられている。

 

 この巨大な犯罪組織を完全に潰すためには、幹部やボスは生け捕りにして情報を吐かせる必要がある。

 だからできるだけ命を奪わないように作戦が進められてはいたが、状況次第では絶対に生かされるとは限らない。

 

「状況はこうです。残った我々の数よりも、押し寄せてきた敵の数が多すぎました。構成員たちが頑張ってくれましたが、ほぼほぼ制圧されました。キャンティとコルンには逃走経路を指示しはしたのですが、敵にも腕の良いスナイパーが居たようで、手も足もやられて捕まったようです。お手上げです」

 

 淡々と言うバーボン。ジンの舌打ち。

 

 そして。

 

「────……ぉおおお! 俺は! お前らに娘を殺されたんだあああ!!」

 

 この隊員の暴走をバーボネラは知っていた(・・・・・)

 しかし他国の警察機関のことにまではどうしても手を回せないから事前にどうこうはできない。

 

 あらかじめじわじわと距離を詰めていた彼女はひと息にバーボンに走り寄って突き飛ばし、盾にするには小さすぎる机でなけなしの影を作ると、更に庇うようにして彼の上に被さる。

 

「おい(すすぐ)っ、どけ! やめろ!!」

 

 いくら降谷君がゴリラだろうと、私も同じなんだ、だからそうそう君に競り負けはしないよ。

 

 この混乱に乗じて赤井がジンとウォッカを制圧してくれるのも知っている。

 

 背中からたくさんの衝撃を受ける。

 だけど、用意はしていたんだ、どんな物だろうと貫通なんてさせないから。

 

『ヤメロォオオオオオオ!!!』

 

 大きな声がハウリングを伴って何かのスピーカーから響く。

 

『その人は……! その人だけは!!! 絶対違う!!!』

 

 作戦本部からのその悲痛な叫びが耳に届いたのか、銃撃が収まる。

 そしてガシャンとそれを取り落とす音が聞こえた。

 

「……言うんじゃ、ないよ……工藤君……」

 

 クスりと笑ったつもりが、彼女の口から出ていったのは大量の赤だった。

 

「早く!!! 誰か! 誰でもいい!!! 雪を運んでくれ!! 頼む!!!!」

 

 雪が隠しきれなかった足を撃たれて自身では動けない降谷の絶叫が、聞こえた気がした。

 

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 ()存在(モノ)の名を伏せよ。

 

 

 

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二人と合わせた件、『明美さんに江戸川少年を会わせた』というより、『工藤君に明美さんを会わせた』と書いたほうが雪の目的に合うのかもしれません。
江戸川少年ははじめ灰原さん自身の言動も相まって『犯罪者』という目で見ていますからね。
姉妹の再会に立ち会わせることで、血の通った人間であること、彼女たちも組織の被害者であると、きちんと江戸川君に認識してほしかったようです。

赤井さんの潜入は継続され米国での炙り出しなんてことが起きませんでしたが、別件で「Angel」と「Cool Guy」は生まれていたかもしれません。AngelとCoolGuyと普通に接することができる世界があるかもとなったらベルモットにとっては夢のようでしょうね。
降谷さんの捜査力と志保さんの成果が本当は組織になくなってほしかったベルモットに響いた。
赤井さんが疑われず『ライ』として居続けているので、『Silver Bullet』という呼びかたは生まれていないのかもしれません。

ベルモットから組織が関与する団体や事業等、幹部や関係者、本拠地や要注意の施設、等々の情報を受け取ることになります。

『敵にも腕の良いスナイパーが居たようで』はお察しの通り諸伏さんです。
ここでは鳥取にしてますが、規模が規模なので警視庁の爆発物処理班やSITも駆り出されていたかもしれません。
犠牲が少なく済むように、というのをあまりにも明らかにやると疑われるので、この局面での指揮はかなりの神経を使うものだと思います。

RUMが行方を眩ませる中ボスと残る幹部を確実に生け捕りにするため、潜入組はきちんと最後まで幹部らしく振る舞いました。本来仲間のはずの者にどこまで敵視されようと全うする気だった。そういう覚悟で彼らはここに来ています。
ベルモットからのを含め自分たちが内部情報をかなり把握しているにしろ、烏丸という存在を思えば他にどんな手勢や手段が残っているかも分からないため、居る位置が分かったならサクッと捕まえなさいよ、なんて訳にはいかなかった。
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