警視庁警察学校1507期生連続死亡事件。
二百名ほどいた同期の中たった一人残された降谷零は、ある時ぱたりと狙われることがなくなってこの異様な事件の幕引きを悟った。
彼女の同期たちは、本当にその背後に『犯人』なんて呼べる存在がいるのかも分からない様々な原因で、決まって『七日』に死んでいった。
「……何故私一人が残った? こんなことは望んでない……」
警察学校時代に同じ釜の飯を食い、同じ訓練に耐え、笑い合い、夢を語った学友が全員死んだ。
皆、皆、人々を、この国を守りたいと願った素晴らしい人間たちだったのに。
中には降谷の容姿を揶揄ったりする不届き者も居はしたが、そういうのは女子全員を敵に回した。
男子の中にも、伊達のような叱り飛ばしてくれる人間も居た。
それで「降谷ちゃんのこと好きなの?」なんて聞いていた馬鹿もいたが、伊達には大切な彼女が居た。馬鹿にはいい薬だった。
その馬鹿も、色恋以外ではまともだった。どころか優秀でさえあった。だが一番に死んだ。
それから、全員死んだ。
明らかに異様だった。
しかし調べようもない。何から手をつけられるのかすら分からない。
殉職、事故死、病死、原因は様々で、犯人が既に捕まっているものもある。
偶然だと、若しくは何か人間には計り知れない何かが原因だと、探せるものではないと、そういう諦めるべきものというような扱いになっていた。
一応公安でも気にされていたが、国家を脅かす何かなのかどうかも分からない。
けれど十数年の間に二百名近くが亡くなって、自身もしばしば狙われている自覚があって、しかし彼女が三十七の時にそういうのがぱたりと無くなった。
『犯人』はいたのだ。
不可解すぎる事態の裏には、きっと『犯人』がいたのだ。
病死とされたものは全てが心臓発作。それは意図的に起こさせることが不可能ではない。
降谷も薬を盛られようとしたらしき時がしばしばあった。彼女は本当に安心できるものしか口にしないから被害に遭わなかっただけだ。
こうなれば事故だったものも偽装の可能性があるだろう。
事件性が無いとされ今更調べ直すことも叶わない者の方が多いが、絶対に追わなければならないと降谷の魂が叫ぶ。
降谷がぱったりと『妙な危機』に襲われなくなった時期に消息を絶った者、命を落とした者、身動きが取れなくなった者。そういう者を、警察や事件関係者以外も全て浚ったが、何も怪しいものが出てこない。
本来の職務の合間に休みもせずに奔走する降谷は、周りが見ていられない程だったという。
そんな中、過去壊滅させたとある組織の件を切っ掛けにして公安の協力者となっていた科学者が、とんでもないものを開発した。
阿笠博士を中心とした研究者たちが、思い詰める降谷のためにとタイムマシンを作り上げてしまったのだ。
といってもそれは過去にしか飛べないらしい。短いスパンではあるが複数回実験済で、安全も確認しているという。
充分だと降谷は涙を浮かべた。
しかしそれで過去に跳んだとしても解決する前に降谷が老いて死んでしまう可能性がある。
「……どうしても行きたいの?」
件の組織から解放されてやっと八年が経つ女性が彼女に問う。
降谷は頑なに頷く。
だから。
「……これを飲むと、十年前で身体の時が止まるわ」
APTX4869の本来の完成形の一歩手前。
これを服用しても死ぬようなことは無くなっているが、『悪い所だけを治す』という開発目的にはまだそぐわない。
科学者である彼女にとっては他人に服用を勧めるなんて苦痛以外の何物でもない未完成品。
「だから、解決したら絶対に私のところへ戻ってきなさい。いつの私だろうと解毒薬を渡してあげる」
それは宮野志保という人間の優しさと強さから来る、大きな、そして苦しい力添え。
「……ありが、とう……!」
そして彼女は、同期たちの死を事細かに記録し直した後、親しい者に見送られて過去に跳ぶことになる。
「『ヨシノ』はいつでもお前の帰りを待っている」
八年前から裏理事官をしている黒田は、珍しく微笑んでいた気がした。
そういえばあの当時はまだ『ゼロ』だった。
「降谷さんほんと無茶するよな。博士も博士だよ、なんてモノ作ってんだ」
「君にはちょっと言われたくないかもしれない」
かつて小さくなったことのある工藤に降谷は苦笑する。
「ほんとよ。お人好しもここまで来たら暴力だわ」
「そんな……志保君……」
肩を落とす阿笠博士を降谷は宥める。
「私は博士のお陰で一歩先に進むことができます。本当に感謝しているんです」
そんなことを言って本当に綺麗に降谷が笑うから、周りは何も言えなかった。
「絶対に解決してみせます」
引き締まった表情でそう言って、降谷は過去に旅立った。
タイムマシンが消えてしまったその場所を、彼女と親しかったその数名はじっと見つめた。
彼女がこれで解決できたなら、今ここに後ろからとかで現れてくれたっていいのにと、一同願う。
その気配はいっこうに現れない。
ぽつりと黒田が呟く。
「──サバイバーズ・ギルト。彼女がこうまで背負うことなど、同期の奴らも望みはすまいに」
けれど、何故自分だけが残ったと嘆く彼女に、せめてどうにかカタをつけたいと日に日に擦り切れていく彼女に、どうにかできるかもしれない手段を周りが提供できてしまった。
「お前が納得の行く結末に辿り着くよう、願っているよ」
今の自分たちにとっては、『偶然』と片付けることしかできないような、不可思議な『事件』。
だけど彼女がいつか足を止めて休めるように、それに『正体』があればいいのにと願う。
そこに『何か』があるのであれば、彼女ならどんな相手であれ制圧する。それは信頼しているから。
「行ってらっしゃい、安室さん。……また会えるって信じてるよ」
八年経っても未だそちらのほうが口に馴染む名を、現代のシャーロック・ホームズは呟いた。
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彼女は色んな時期へ跳び、がむしゃらに同期たちの情報をかき集めた。
殺されるのは警察学校の同期たちということだけは分かっているのだから。
過去に飛んでは調べ、時が経ち『 降谷零 』が三十七になる年までに解決できなければまた過去に跳ぶ。
その繰り返し。
そのうち彼女はどこかおかしいことに気づく。
いたはずの同期がいないことがある。
知らない者が『 降谷零 』の同期に混じることがある。そしてその者も『 降谷零 』が三十七になるまでに死ぬ。
性別が変わる同期もいた。性別の違う自分も見た。
降谷は悟った。
降谷が跳んでいる『過去』は────『並行世界』のそれだ。
それはタイムパラドックス回避のための理屈。
タイムマシンで過去に飛んで過去を変えても、己が居た未来へは影響することができない、という仮説。
降谷はもちろんその仮説は知っていたから、『事件』の真相に触れられなくなるのを避けるためもあって、できるだけタイムマシンの中で過ごしてきた。その中から同期たちの死を見守ってきた。健康と清潔等を保つ以外の目的で出歩くことはしなかった。
それでも違うところに来てしまったなら、『過去に戻る』ということ自体が世界を渡る行為になっていたのかもしれない。
もしこの先原因を突き止められたとして、『送り出してくれた皆』に結果を持ち帰ること自体がもうできないのかもしれない。
だとしても。
──だとしても。
一人だけ、自分一人だけ生き残ってしまったのだから、いつもいつもそうなるのだから、そうならないために動かなければいけないのは『 降谷零 』なのだ。
そうやってただひたすらに過去に跳び続ける中、どういう訳か同期たちがあまり死ななくなっていった。
原因は分からないし、並行世界である認識も持つため降谷は芯からは喜べない。
そして更に繰り返すうち、同期たちの中で死ぬのは、萩原、松田、諸伏、伊達、降谷の五名だけになっていった。
降谷以外はいつもいつも二十代で死んでしまっていた人間たち。それを追うようにして『 降谷零 』も二十代で死んでしまうようになった。
諸伏なんて最初からずっと毎回『 降谷零 』の幼馴染だ。あいつは何でこうも死ぬんだ。
致命的なのは、『 降谷零 』が男であれば彼と一番仲が良いのがこの四名だった。
──やっぱり私のせいなんだ。同期が死ぬのは『 降谷零 』のせいなんだ。
しかし遡っても遡っても、どうしたら解決するのかが分からない。
一度たまらなくなって、一番初めである萩原の件で本部にタレコミを入れてしまった。
してはならないことの筈だった。『過去』へは『調べる』以外の干渉をしてはいけないはずだった。降谷が生きるためにする何か以外では無限の演算空間側に隠れて眺める以外してはならなかった。パラドックスで因果が消えてしまうから。もう手を出せなくなってしまうから。
彼女は逃げるようにまた過去へ跳んだ。
何度も何度も。
何度繰り返しても分からない。
犯人が、原因が、分からない。
そうしているうちに、タイムマシンが壊れてしまった。
その大事故で投げ出されたのが、ベルモットの目の前だった。
事故のショックで彼女の記憶はしばらく戻らなかった。
けれど、警視庁で松田の呟きを聞いてしまってから彼女は全てを思い出す。
ああ、タイムマシンが壊れてしまったから私はもう過去に戻れない。
志保さん、ごめんなさい。私は約束を守れない。
阿笠博士、皆、ごめんなさい。せっかく作ってくれたのに。
黒田さん、期待に応えられなかった、ごめんなさい。こんな無茶な遡行を許してもらったのに。
だから、それなら、せめて。
あの五人を、助けるために。
この『並行世界』の中では『 降谷零 』ではなく誰でもない私が、『 降谷零 』の代わりに。
この命を使わせてほしい。
腹を決めた彼女は、その日仮眠室で休んでいた『 降谷零 』のスマホを一瞬掠め取り、一言だけ松田に送信しそれを削除した。
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ふっと、長く見ることのできなかった空色が覗く。
降谷は既視感を覚えた。
ああ、出会ってすぐの頃のことだ。
あの時も彼は彼女が起きることをひたすら願った。
けれど今のこの願いの裏にある思いはその時のものとは全く違う。
「……
思わず彼は彼女の手を握る。
情けないほどに涙が出た。
「馬鹿野郎、お前……お前っ、あんなことして……!」
馬鹿野郎、バカ、と、降谷の口から繰り返しそればかりが吐き出される。
違う、そんなことを言いたいんじゃない。
「……良かった……っ!」
ぼろぼろと、涙が零れる。
「目を覚ましてくれて、良かった……」
そう伝えても、雪はただじっと降谷の方を見つめるだけだった。
それにも既視感を覚える。
「……雪?」
彼女の名を呼ぶ。
しかし彼女は何も返してくれない。
不安が胸を過る。
「……また、声が出づらいのか?」
見つめるばかりで何も言わない彼女が怖い。
「……雪」
いや、彼女が怖いんじゃない。
……忘れられているかもしれないことが、怖い。
雪、雪、と、彼は無意識にその名を呼び続けてしまう。
そのうちに、ふっと彼女が笑った。
「……何て顔をしてるんだ。君こそ、生きててくれて、良かった……」
その笑顔はこれまでに見た何時よりも綺麗で、温かかった。
けれどそれはどうにも儚くて、今にも消えてしまいそうで。
「そっくりそのまま返すよ……もう、あんなことはしないでくれ。僕は自分でよけられる」
「嘘吐き」
「え」
雪は知っている。彼は敢えて避けなかった。
『お前らのせいで』と言った暴走者の弾丸を、この人は敢えて受けるのだ。
この日組織を潰すためとはいえ、これまでおこなってきたことは紛うことなき『悪』だから、と。
それで、組織による被害者の一人の気が済むのなら、それでもいいと。そうされても仕方が無いと、彼は自分の命を諦める。
彼女の強い目から、それを悟られていることを理解して降谷は口を噤む。
やがて、彼はきゅっと彼女の手を握る指に少しの力を込める。
「……君は一体、僕の何なんだ」
ふわりと彼女は笑った。
「……『 降谷零 』だったよ。だけどそれは君の名前だ。私は誰でもない。何者でもない。君が己の所業に心を痛めるなら、それと一緒に消えてやれる唯一だ」
降谷は息を詰まらせる。
彼の生体認証をことごとく解除できるような彼女が何なのかは、本当はもうどうでもいいんだ。
「……君は、俺じゃない」
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──── v√ν ── ^v√γ ── ……
「僕の妹の、降谷
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かなり突飛ですが、性転換タグは女主自身がこの通り降谷さんだったからです。
降谷さんはどことなくそれに気付いてて、けれど時を越えてきた別の自分とまでははっきり判断するのを避けています。
現実主義者だからというのもありますが、この後もしばしば降谷さんの代わりに死のうとするこのどうしようもない誰かさんを、誰の代わりでもない『雪』という個人だと言ってあげるためかもしれません。
何期生だったのかについては、現実が現在1300代みたいなのでそれより先にしたかったのと、アニメで彼らの卒業証書に何のだか分からないけど『第五~』みたいな文字が見えたのと、皆七日に死ぬためです。
身体は二十七。精神は自主規制。
測定値等で高く出た諸々は年の功な部分。
今後降谷さんが根掘り葉掘り雪に話を聞いた場合、志保さんに解毒薬を貰いに行くことになるでしょう。
志保さんは「待ってたわよ」って口を突いて出て自分で首を傾げる。
同じ世界には二度と行けない。
萩原さんの件で思わずタレコミしてしまったため『そうできた誰か』が存在する世界群が生まれてしまった。その世界の降谷さんご本人がたまたま怪しい奴らを見かけてマークしてって流れに。タレコミ主が妙に有能なのはきっと降谷さんなせい()。
報道については降谷さんご自身が考えて危機感を憶えた物。
変な電話のつもりはない。
女主がこういう世界群にいたうちにタイムマシンが壊れた。
他の世界にはもう行けない。
元々の敵は恐らく『因果』のような人智を超えたナニカ。普通太刀打ち出来ません。だけど彼女とその周囲が訳わからん頑張り方したおかげで解れてった。努力は報われてほしい。
彼女が最終的に何者でもないと『自分』を捨てまでしたのも大きいかもしれない。
多分最初から同期が死ぬのを防ぐよう動いていたら『因果』は余計惨い仕打ちをしてきたと思われる。
『雪』がほんわかした雰囲気なのは、何度も何度も繰り返し二百名近い同期たちが死ぬのをじっと観察し続けた上でもいっこうに解決できない、という地獄を過ごした反動かもしれません。
赤井さんの件のように色んな真実を目にして、何周も回って全部愛しくなった。手当たり次第愛を返そうとする人誑しが爆誕した。問題しかない。
赤井さんが雪に会いたそうにしても多分降谷さんがガルガルして会えない。労わりたいだけなのに。可哀想。
完。
お付き合いありがとうございました。