放り上げられた水晶が地面に落ちて砕け散る。同時に俺は素早くバックステップし、銃の引き金を引いてプラスチックの弾を発射する。
銃が本物だと思った?残念、母親特製改造モデルガンでした。
銃口から放たれた無数のプラスチック製の弾がナチルを襲う。
ナチルはそれを素早く剣で弾き落とす。驚異の動体視力。しかし、全ての弾を防ぐは流石に困難。頬や腕に何発か弾がか。
「くっ!」
激痛。一体どういう原理で小さな弾がこれほどの威力を持つことができるのか……ナチルにはわからない。わからない以上、はやく武器を無力化するべきだと考えた。
が、そこまでの間に彼は次の手をうっていた。
*コロコロコロ*
床に転がる何個かの球体。瞬間、球体から勢いよく噴き出す濃い白煙。一瞬にして視界が奪われたことに驚き、ナチルの思考が止まる。
その間も彼は動く。
敵の武器の発射音に反応してナチルは我に帰り、すぐに防御に移る。受けきり、攻撃へ転じようとするが、攻撃された方向に気配すでにない。音で居場所を探ろうとしても全く音がしない。
彼は特殊な靴で足音を消していた。
色んな所から球体が床に落ちる音と煙の噴射音が聞こえ、ナチルは完全に敵の姿を確認できなくなる。
─── クソ、完全に出遅れた!
心の中で悔しがっていると、銃声が響いた。
次こそはと意気込み何発かは攻撃を食らう覚悟へ銃声のする方に走り出す。次の瞬間、別方向から銃声。そして、弾丸の雨。
それに反応したナチルは片足を軸に回転しながら、剣を大きく振るい、弾を弾き落とす。
息つく暇もなく、更に別方向から銃声。しかし、さっきから鳴り響く銃声。弾が飛んできた方向からも銃声。
「な、何が起こっている……ッくぅ!」
次々と増える銃声。ナチルは自分を中心に喧しく響き続ける銃声に気を取られ、先程より弾を防ぐことができないでいた。
このままでは狙いの的になるだけだと判断し、できるだけ音を消してその場を走り去った。
ナチルが逃げた先は南館の隅。ここなら、攻撃される方向を最大限に減らすことができると判断したからだ。
次に彼女は大声で叫んだ。
「二階で観戦なさっている皆さん!今すぐ窓を開けて換気してください!」
珍しく発せられた彼女の大声に二階で悠々としていた生徒たちは急いで窓を開ける。すると、館内中を白く染めていた煙が窓を通り、外へ出ていく。
ナチルは笑った。
───さあ、これで煙幕はすぐに消え、貴方は姿を隠すことができなくなります。私が移動したことにも気付かないようで、攻撃される気配がありません。どういう原理で四方から音が聞こえるのか分かりませんが、所詮は撹乱のための偽物。脅威にはなりません。
ナチルは息を殺して身を潜める。剣に手を掛け、いつ敵の姿を捉えても、すぐに斬れるようにする。
煙が少しずつ薄れていくなか、ナチルはさっきまで満たされていた感覚が嘘のように冷め始めていくのを感じていた。
焦らしに焦らされ、煽りに煽られた闘争心が戦いの終わりを悟り始めたのだ。
ナチルは体が重くなった気がした。まるで、敵を斬ることに躊躇しているようだ。今までこんなことはなかった。それほど、この戦いに期待をしていたのだ。
ナチルは戦いの果てに自分が知らない何かが得られると期待を寄せていた。
まだ終わらないでくれ、と無意識に願うがその時は訪れる。
煙の多くが外に逃がされると、その場の状況を知ることができた。
「な、なんだと!?」
ナチルは驚愕した。いまだに鳴り響く銃声がしきりなしに騒いでいると言うのに、本物が……転校生の姿がそこになかった。代わりに、今だに鳴り響く銃声の正体はわかった。
「これは……?」
偽の銃声を出していたのは小型のラジカセ。会場のあちこちにばらまかれリピート再生されていた。
「姑息な手をッ!」
ナチルは怒鳴り、ラジカセを壊す。
明らかに怒りに満ちた者の行動だが、彼女は笑っていた。
笑顔、笑顔、笑顔。顔が緩み、口の端は釣り上がる。
───まだ戦える!
「どこだ!出でこい!隠れて次の手を準備しているのでしょう?受けてたちます!さあ、かかってきなさい!さあ!」
ナチルの素敵な戦いは終わらない。
・
・・
・・・
「遅くないですか!?」
ナチルの間抜けな声。会場のどよめき。
司会のエンジェルの声が響く。
「え~、煙幕もなくなって時間が随分と経っていますが……何故か人間が出てきませんね……どうなってるんでしょ?」
観客が思っているだろうことを代弁するエンジェル。その答えを持つ人物が南館の出入口から入ってきた。
「失礼するよ」
その者はガイル・スロープ。遥の従兄であるワーウルフだ。
「なんの用ですか?忙しいので後にしていただけません?」
冷静を取り繕うナチルだが、その声色は怒りが見えて取れる。口では選択をさせて貰える風に言うが、明らかに邪魔だと表している。
しかし、ガイルは気することなく自分の用件を述べる。
「急ぎなんでね。今言わせてもらう。転校生からの伝言なんでな」
「なに!?」
転校生からの伝言、と聞いてナチルの態度は一変してガイルに早く話せと急かすようになった。
その様子に苦笑しているガイルには司会のエンジェルから拡声器の石を渡される。
咳払いを一つすると、ガイルは伝言を会場中に言った。
「バァァァアアアアアアカ!!」
突然の罵倒。しかも、やけに声が転校生に似ている。
あまりの出来事にナチルはポカンとした表情で固まってしまう。
ガイルは気にするとなく続ける。
「へいへい、ナチルちゃんよ~。お前まだ南館ですか~?俺はそこからとっくに出てっていって校舎の中ですよぉ?あー!もしかして、俺が律儀に正面から正々堂々向かって行くと思ったのかなぁ?残念っしたー!俺はそんなことできる力もないし、なによりそんな度胸なんてありましぇん!!あれですか?やっぱりバトルジャンキーなナチルさんはまんまと俺の逃走策に嵌まってくれると思ったよ~。ナチルパイセンあざーッス!まじチョロかったっすよ!ケケケケッ!ねぇねえ、今どんな気持ち?今どんな気持ち?校舎に隠れてるから教えにきてちょ♪待ってるよ~♪……以上だ」
会場中に伝わったこれでもかと言う挑発的な伝言。ナチルだけに向けられた言葉であるのに、観客の多くが「うぜぇ」「イラッときたぜ」など、怒りの言葉を漏らしていた。
しかし、そんな中で突如聞こえる笑い声。
六芒星の五人の内、四人が大笑い。
「少年ッ、それは……それはないぞ、プクッこ、これではあまりにナチルが可哀想ではないか……クッククククク!」
「フーハハハハハハハハ!あれだけ吾輩が己の肉体で戦う術を享受し、鍛え上げてやったと言うのに。まさか別の戦いの道を選ぶとは!やはり、若い果実の成長を見るのは面白い!」
「あひゃひゃひゃひゃ!ダメじゃダメじゃ!は、腹が!捩れる!千切れる!ふぅふぅ、小僧め、悩んだ末の選択がそれか!ヒヒヒヒヒッ!」
「アハハハハ、人間のボウヤがなにをするか見物だったが、まさかあれだけ啖呵切っておいて、逃げるなんてねぇ。なかなか面白いじゃないか。まったく、雄としてのプライドはないないのかい?……いや、決闘の場でこれだけのことをしたんだから、ある意味では大物かもしれないねぇ」
「なにが面白いんだか……僕にはジジババの壺がわからないや」
大物達の爆笑。そうそう見れるものではない光景に見物人達の意識はそっちに向いていた。故にナチルの目の前にいるガイル以外、気付いていないのだ。
ナチルが今までにない憤怒の形相になっていることに。
「ぶち殺す!!」
「っとと!」
ナチルはガイルを横に押し飛ばすと扉を抜けて校舎に向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふぅ……生きた心地がしなかった~」
俺は寮にある自分の部屋で一休みをしていた。
冷静沈着の戦闘マニアであるナチルを倒すには作戦が必要だ。しかし、その作戦を失敗へと導く要因はただ一つ。
ナチルの培っている経験による冷静な思考力。
だから、この作戦の第一段回目はナチルを煽って怒らせ、常に落ち着いた情態にさせないこと。
確実に望ましい展開になるように。
ただ、これには問題がある。怒ると言うことは加減ができないと言うこと。そんな状態のナチルを相手にするのは非常にマズイ。
「ま、最初からいつ死んでもおかしくないんだし、やるしかないんだよなぁ」
息を整え終えた俺は腰を上げ、そこらにあったものをリュックやポケットにいれる。
「人間と魔物の戦いは遥か昔から人間が勝つってことを教えてやる」
リュックを背負い、扉を勢い開ける。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「え~皆様、映像班がナチル選手を捉えるまで間の時間を拝借したいと思います。
さあ!遂に始まりましたナチルVS人間の決闘。戦いは優勢だと思われた人間が突如姿を消して、ナチル選手がそれを追っていると言う状況です。
申し遅れました!司会はわたくし、天使のヴィクトリカでございます。そして急遽!このかたに解説をしてもらうことになりました!」
「うぬ。解説はワシ、シェリルことシェリーちゃんじゃ!よろしく頼むぞ♪」
「いや~♪こんな大物を解説に司会ができるなんて、司会者冥利につきます!」
「まあまあ。今回は互いに対等な立場。司会者と解説者なんじゃから、楽に仲良くゆこうぞ」
「はい!では、さっそく……シェリルさん。ずばり、この試合どちらの勝利で幕を閉じると思いますか?」
「ほほう……思いきりのよい質問じゃな。そうじゃなぁ、ワシはずばり、人間の小僧が勝つと思おとる」
「わお!まさかまさかの答え!そ、それはどうしてでしょうか?」
「奴はな、ワシのお気に入りなのじゃ」
「ええ!!?」
「ほっほっほ、驚くのはまだ早いぞ。奴は紫電とテオのお気に入りでもあるんじゃよ」
「あ、それは割りと有名ですよ。新聞とかで伝わってると思います」
「なんじゃつまらんの。まあ良い。ワシの話の種はまだまだあるからのぉ」
この後、映像班がナチルを見つけるまでの間、シェリルの一人話が長々と続いたそうだ。