まぁ……飯炊きに専念しとけば大丈夫かなって 作:スターク(元:はぎほぎ)
その日も食堂は開いていた。しかしそこにファムの姿は無かった。レシピは書き留めてあるので営業に支障こそ無いものの、心なしか皆、黙々とそれぞれの仕事と飯にありついていた。
何故か?───ギネの出産日である。
「……まだですか」
「難産ですじゃ」
「2人目は1人目の時より楽って聞いたんでんが」
「噂は噂に過ぎません。コンピュータによりますと、今現状で母子共に健康でいられる確率はえーと」
「悠長な事言ってる場合かいっ!!……あっごめんなさい許してくださいなんでもしますから」
怒り出したかと思えば土下座。バーダックにあれほど啖呵を切っておいて、この情緒不安定なザマを晒すのは他ならないファムである。
強気を取り繕ったところで所詮、前世が日本社会の負け組。その限界をこれでもかというレベルで露呈していた。端的に言って無様だった。
「気をお鎮め下さい。ワシもよその星から雇われた医者ですし、全然に気にしてませんですじゃ」
「ありがとうございますタコさん」
「キャコタですじゃ」
「やっぱりタコじゃないですか」
何はともあれ、分娩室の扉は尚も開かない。無事でいて欲しい……というその願いが届いたのは、それから60分を経た折の事だ。
「ギネ!」
「姐さん……だいぶ手こずっちゃったよ、あはは」
「生きてるだけで丸儲けだよぉ……!!」
台車に乗せられ力無く笑う親友。その両手の中で、息をしている新たな命。
男児。髪型はバーダック、目元はギネからそれぞれの遺伝子を受け継いで、その子は初めての空気に微睡む。
(……あ、ぁ)
ファムはこの瞬間、実感した。
ツフル人から惑星を奪って幾分か経った頃合いだった、姐さんと出会ったのは。
その頃まだ戦闘員だったアタシは、闘争心の無い性分が祟って失敗続き。バーダックに助けられたばかりで、情け無くて、生きる意味すら見失いかけた──そんな時に通りがかったのが、姐さんの配属された食糧配給所だったんだ。
でも当時、下級戦士の食い扶持は基本的に狩猟なり略奪なりで自給自足するのが常。配給所に通うのはそれが出来ない
戦士としての外聞などどうでもいいやと、投げやりになって入った店内。奇遇にも、その日が初出勤かつ最初の客対応だったらしい姐さんと目が合ったのは一瞬後の事。恐怖に縮こまる彼女の姿が、戦場で震える自分自身の姿と重なって気が抜けて。
ありついた暖かい“ご飯”の美味しさに、感動したんだった。
「それが食堂の始まりでしたよね〜」
「アレからギネちゃんはバーダックと結婚して、今じゃ二児の母。時の流れも残酷だよ」
「それを言ったら、姐さんなんか何も変わらないじゃないか」
生まれた我が子を抱いてくれたその姿に、ふと昔を思い出す。当時ですらアタシの方が歳上に見えるくらいだったのに、今なお若い姐さんの腕の中で眠る新しい命。まるで時間が彼女を置き去りにしてるみたいだ。
「しっかし、ラディ君の時もそうだったけどバーダックはまた間に合わなかったね。ざーんねん」
「サイヤ人は大なり小なりそういうモンだよ。姐さんも慣れなよ、もう何年目なのか分かんないよ」
「ギネ以外怖い大人のサイヤ人しかいないんだもん、慣れっこ無いよぉ」
「ぅう……っ?」
よく言うよ、という言葉を呑み込みながら「君は大人どもみたいになったらダメだよ〜、主人公なんだからねぇ」と赤子の頰を突く姐さんを見る。
そんな彼女からの祝福を、肝心の我が子はどことなくうざがるようにグズリだす。ああもう、2人ともしょうが無いなぁ……
……そうだ。
「姐さんが名付けてよ」
「ヘァアッ!?」
「っとと」
唐突な提案に聞こえたのか、硬直する姐さん。そんな彼女の腕から子を返して貰いながら私は続けた。
「本当はラディッツの時に
「う、うん。お世継ぎって事で浮かれた王が毎日食べに来てマジで心壊れかけた」
「けど、だからこそ二人目の時には絶対姐さんにって。そう決めてたんだよ」
「どうして……」
「だって姐さん、
なんで。ギネさんに問い掛けられた時、思い浮かんだのはその3文字。
私が転生者だとバレた?いや流石に無い、無いはずだけど、じゃあどうしてそこんな事を言い出したんだろうか。口をパクパクさせながら思考を巡らせど答えは無く、次に口を開いたのはまた彼女の方からだった。
「ソワソワっぷりがラディッツの時の比じゃなかったもん。そんな姐さんの挙動を見てたらアタシ、頑張って産まなきゃって張り切っちゃって」
「そんな……」
「でも嬉しいんでしょ?その子に会えてさ」
嬉しいに決まってる。この子供は運命の子供で、この子の誕生は宇宙の転換点で、何より私たちに夢を見せてくれた未来のヒーロー。でもまさか、そんな分かりやすく狼狽えてたなんて思ってなかったのに。
「だから、姐さんも“親”になって欲しいんだ。ラディッツが妬むかもだけど、この子の……」
「……名付け親に」
「そういう事っ」
大役過ぎる。こんな
このバーダックの撥ねっ
いずれ龍の球を巡る戦いにて最強への道を辿る事になる、この子の名前は───
───これは、言い訳に聞こえるかもだけど。
きっと“原作”を知らなかったとしても、私はこの子にこう名付けていたと思う。
「カカロット」
「………やっぱり、姐さんなら間違いは無いね」
サイヤ人が本来の母星、惑星サダラで発祥した際の古代言語。
その意味は、“絶えない歩み”。
(この子の道が、どうか、続いていきますように)
私の知る“彼”に繋がるにせよ、繋がらないにせよ。理不尽に立ち止まる事の無い未来を、願って。
そんな私達を嘲笑うように。
巨大な
その者は矮躯だった。この場にいる誰より背が低く、痩せていて、吹けば飛びそうだった。
しかし、誰よりも濃く、重く───何より、強い。
「久しいですね。面と向かい合うのは5年前、私が軍を引き継いだ時以来でしょうか」
「え、えぇ……」
「貴方から面会の申し出があったのは知っていましたが、生憎諸用が立て込んでおりまして。いやはや、お待たせしましたとも」
来賓はテーブルを挟んで謝罪するが、それはつまりベジータ王との案件など二の次であるという事。真正面から軽んじられた彼の目元がピクリと引き攣るものの、対する相手が気に止める素振りは無い。
「ところでベジータ王。私はですね、最近気になっている噂があるのです」
「何でしょうか」
「下級戦士の
「……!」
サイヤ人は星の地上げ屋であるため、様々な星に遠征する。もちろん現地の多種多様な生物と出会い、敵対する機会も比例して増える訳だが……それは“未知の病原体”に冒される危険性と隣り合わせだ。
現地で倒れるならまだしも、無症状のまま保菌者として帰還するパターンが一番不味い。実際サイヤ人の上役であったコルド軍も、サイヤ人とは別の星を侵略していた部隊などが度々その憂き目に遭い、少なくない損害を被っている。
………しかしこの件において、いくらか不可解なケースが散見されており。
「おかしいとは思いませんか?。下級戦士達が
「まっ、まさか我々が毒か何か撒いたとでも!?」
「それも疑いはしましたよ?ですがご安心ください、病原体は紛う事なくその星固有の物だと判明しましたから」
その言葉に、とばっちりの粛清の可能性が消えて安堵。しかし同時に王は確信した、彼がこの星に来たその理由を。
「是非とも拝見したい物ですねぇ……下級戦士の御用達の、“鬼女”さんとやらの腕前」
「フリーザ、貴様……!」
「敬語が取れてますよベジータ王」
宇宙の帝王は厭らしく嗤う。下等な猿が歯噛みする姿を、それはもう愉快げに。
「………お持ちしまし、た」
当のファムが現れたのはその時の事。
邪悪な覇気に当てられ、皿を持つその手は哀れな程に震えていた。