まぁ……飯炊きに専念しとけば大丈夫かなって 作:スターク(元:はぎほぎ)
───バーダックさんを案内した時点で、もう限界だった。
「お、おい。一体全体どうしたってんだ」
後ろ手にドアを閉めれば、密室。男女。二人きり。何も起きない筈が無く。
午前中だけで溜まり切った疲労に任せ、倒れるように目の前の異性へしなだれかかる。触れた皮膚は固く厚く、その下に眠る筋肉に脈動が強く熱い。あーあ…ギネさんがいなければ、ファン感情が本当に恋に変わってただろうなぁ。
「最後の日なんだから、これぐらい許してくださいよ」
「しかしなぁ……」
「ほら、こんな邪魔なもの外して。思い出を下さい」
耳元に這わせた手で、スカウターの電源を切る。これから先の事は誰にも聞かれたくない、聞かせたくない。それこそギネさんにだって。
さぁ、バーダックさん……
「…で。本題は?」
「お分かりでしたか」
「当たり前だ。降伏して股開いたフリして殺しに来るザコどもはよく相手してんだよ、テメェじゃなかったらモツをぶち抜いてたぜ。なんでこんな似合わねェ真似なんかしたんだ」
「あ、はは。スカウターってフリーザ側に常に傍受されてるんで、それっぽい会話で切らせて貰ったんです」
「マジか!?」
……分かってくれた。殺されるのだって覚悟してたけど、ひとまず第一の賭けには勝てたみたいだった。
震える足で2歩半ほど後ずさり、改めてその顔を見る。訝しげな表情を浮かべつつも、歴戦の戦士は話を聞く姿勢に入っていてくれていた。
「フリーザ様に、会いました」
「へぇ、そんで気に入られたから転属って運びか」
「そうですね。ルール②にだって従って貰えましたよ、食堂じゃなくて宮殿だったのに」
「マジかよ。そりゃぁめでたいお話だ、宇宙の帝王様さえ屈服させる料理人ってお墨付きが…」
「バーダックさん」
半分皮肉だという事は分かっている。あんな暴君の直下に配属だなんて、ベジータ王を更に上から押さえつけられる力の化身のご機嫌取りだなんて、職場環境としては今より酷いだろう。どんなに金を積まれたって御免だ。
でも、力だけの、問題じゃないんです。
「“いただきます”、“ごちそうさま”……この二つを私に言わされる際、その意味について考えた事はありますか?」
「そりゃあ……無いっつったら嘘になるが」
「どれくらいの頻度で、考えました?」
「あー……テメェの飯を軽く50回は食ってきたが、最初の時を含めてその内5回ぐらいか。それ以外の時は流れ作業で呟く程度で、考えた時は内心苛立ちながら言ってるぜ。なんでテメェはともかく食材如きに感謝なんかしねぇといけないんだ、ってな」
「フリーザは全く考えませんでした」
バーダックさんの目が丸くなった。
唐突に敬称を省いた私の口調に拍子を抜かれたんだろう、でも私はそのまま続ける。あんな
「きっとこれからも考える事は無いでしょう」
“考える価値も無い”というナチュラルな侮蔑が目に浮かんでいた。あの人にとって、他者を見下すのは至極
だから一片の感謝も乗せず、薄っぺらい言葉を吐く事が出来る。フリーザとはそういう存在なのだと。
───そんな奴の支配下じゃ、例え母星ごと破壊されなくったって、サイヤ人に未来なんかある訳無い。
「お願いしますバーダックさん。ギネさんをどうか、フリーザから遠ざけて下さい」
「……俺は所詮下級戦士だ。権力って意味ならベジータ王をアテにしな」
「あの人は元よりフリーザに対し不穏な動きを見せています、既に監視下に置かれてるかもですし。それを考えるとやっぱり、彼女の夫である貴方しか頼れません」
「………」
「どうかお願いします。フリーザの下にいたらサイヤ人は碌な事にならないんです。ギネさんだけでも、助けて……!」
土下座する事に躊躇なんて無かった。もとより奴隷の身、なけなしのプライドなんてとうに捨てていた。
それでも精いっぱいの誠意を捧げる。今なら、フリーザがサイヤ人撲滅に本腰でない今ならまだ、間に合うかも知れないから…っ。
「幾つか聞きたい」
そんな私への応答は、質問という形で。
「ギネが心配なのは分かる。だが他の連中は?」
「っ……」
「ほかの奴らに気を許してないってのならまぁ分かるさ。だが俺に頼むってんならラディッツ、そして生まれたっていう第二子──まだ名前も聞いてねぇが──を案じねぇってのは、俺の知るテメェの人物像からはちっと考えにくい」
「それは、」
「
「……ラディ君は、殺されは、しません」
「そうか」
核心を掴んだ。確信を得た。
ファム、お前───
「未来を知ってんのか」
「───は、い」
……引っかかる部分はあった。出会った時からコイツは、まるで俺やラディッツの事を知っているようだったから。
ベジータ王がどんな奴か。
サイヤ人がどういう種族で、どんな気質で、どんな生業をしているか。
母星の前の主、ツフル人の存在まで……そういや、パラガスについても何か知ってる風だったけなァ。
(まだこの星に来て間もない頃に、既に
どういう絡繰りかは分からない。だが付き合いも長いんだ、コイツの言う事は基本疑う要素は無ぇ。つまりガキ共の未来を急いで憂う必要は無いって事。
問題は……ギネや仲間たち、そして。
「
「……言えません」
「その返答はもう言ってるようなモンだろ」
「あっ!」
相変わらず、鬼女じゃない時の鈍さは一周回って面白い女だ。ギネが執心するのも頷ける程度にはな。
だが、そうか。滅ぶのか。
(冗談じゃねぇぞ糞がッ)
宇宙の地上げ屋ことサイヤ人。多くの敵を討ち滅ぼし、今の地位を築いた蛮の一族。恨まれる自覚はあったし、殺し殺されの因果に立っている自負もあった──が、ハイそうですかと素直に受け入れるほど殊勝な血は流れてねぇ。
今すぐ仲間を集めて、既に反骨心を持ってるらしい王を下から突き上げて、フリーザ軍に下克上する!先手必勝だ!
……と、外に出ようとした俺に、ファムが立ちはだかった。
「駄目です!フリーザには勝てません!!」
「サイヤ人が屈したのは発展途上の頃だ。人口が増えた今なら、当時のコルドに毛が生えた程度の奴なんざ袋叩きで殺し切れるッ!」
戦闘民族の意地を見せてやる。そういきり立って、痩躯を押し退ける俺。貧弱なファムに抗う術なんざある訳も無ぇ。
……だが。
「あ゛?」
次に奴の口から出てきた言葉は。
そんな俺に冷や水をぶっかけるには、あまりにも効果的過ぎた。
「……嘘だろ?」
「本当です!」
せんまん?おく?
あり得無ぇ。スカウターが何回爆散すりゃ測れるんだ、そんな数値。
「彼は“変身型”。今が第1形態で、あと4回の変身を残しています」
「第5形態で億を、超えるってのか」
「……
疑問に返されたのは頷き。流石に信じられねェ……が、あまりにもまっすぐなファムの視線によって信憑性を叩きつけられる。この目をしてる時の彼女に、偽りも間違いもあった事は無かった。
120000000。その途方もない数字は、全サイヤ人の戦闘力を安直に足してもなお届かない高み。
「それで……フリーザは何年後に、サイヤ人を?」
「詳しくは分かりませんが、悟く──貴方の第二子が、下級戦士として飛ばされるのとほぼ同タイミングです」
「2年も無いってか」
そうか。そうなのか。
「
んな短期間じゃ、逆立ちしたってサイヤ人はフリーザ一人にさえ勝てん。奇跡でも起こらない限りは。
俺が一人ならその奇跡に賭けてただろう。最後まで抗って、たった一人になるまで戦って、最終決戦に臨んだだろう。
……だが、残念ながら、俺にはもう。
「ギネには伝えてんのか?」
「……っ」
首が振られた方向は横。アイツは知らないんだな、分かった。
「───期待はすんなよ」
日没。それがこの星にいられる最後の時間。調理器具とかの私物はとっくの昔に詰め込まれて、食堂だって泣き咽ぶサイヤ人達の目の前で幕を下ろされた。
ギネさんと話せる、本当に最後の時だ。
「姐さん、元気でね。夜更かしして風邪ひいちゃダメだよ。洗濯は定期的にやって溜め込まないように。それと掃除もサボっちゃダメ!厨房はあんなに整頓できるのに、自室が地獄絵図なの未だに意味分かんないんですから」
「分かったよ分かったから!お母さんじゃないんだから……いや二児の母だったかぁ」
「とっくの昔に青二歳の小娘は卒業してますから!」
そう言って胸を張るギネ。会った時は同じくらい、下手すると私より低いぐらいの背丈だったのに、今じゃこっちが若干見上げるくらいだった。
この瞬間だけは……不老の身が恨めしい、かも?
「……また会おうね、ギネちゃん」
そう思うと、言わずにはいられなかった。呼び方も会ったばかりのそれに戻って。
もし全部上手くいって、ギネちゃんが惑星ベジータから逃げ延びれたら。私がフリーザの機嫌を損ねず、殺されないでいられたら。
「きっと、いつか」
「…えぇ、また!」
時を経て、歳をとった貴女を、見たい。
それが最後。衛兵達に遮られて、親友の姿がその影に隠された。
連れて行かれた母船、ドラゴンボールにおける悪の象徴。そこから伸びる階段を昇り、誘われた大広間にて。
「ようこそ、ファムさん」
帝王が座していた。
屈強な配下を従え、並べ、私をその坩堝の中へ引き込んだ。
「ギニュー!」
「リクームッ!!」
「バータァ!!!」
「ジィース!!!!」
「グルドォ!!!!!」
知っている。未来で悟飯達を絶望に突き落とす猛者達。
コミカルな様相に反して、震えが、止まらない。
「特戦隊はいつも派手にうるせぇな」
「まぁ良いじゃないか。私の美貌と同様、アレが彼らのアピールポイントなのだから」
「よく言うぜ、
「……いくらお前でも言って良い事と悪い事があるぞ」
「すまん」
知っている。ベジータに真実を突きつけ、戦慄を齎した使者達。
悪辣さなど無い気心の知れた談笑に、吐き気すら催した。
「みんなそろって!ギn「お控えなさい!フリーザ様がお立ちになられましたよ!!」……コホン。フリーザ様、大変失礼致しました」
知らない。あの小さい宇宙人は誰だろうか。いや、考えている暇なんかもう無い。
「良いんですよキコノさん。彼らなりの歓迎、無下にするのも可哀想でしょう……さて」
重圧に、意識が、
目の前に降り立った、矮躯とさえ形容出来る小さな影。けれどそこから発せられる、ベジータ王なんか遥か過去のものにするような威力で既に、私は。
「改めまして、ようこそファム女史。フリーザ軍を代表して、貴女を歓迎して差し上げましょう」
「は……ひ……」
「貴女にはこれから彼ら、また彼らの部下の胃の腑を満たして貰います。腹が減っては戦はできぬ、とはどこの言葉でしたか」
限界だった。
「
拒否権など無い。
身も心も隷属した身に、ある筈も無い。
その絶望を噛み締めて、何十回も頷いた。生き残る手段はそれだけだった。
今すぐ出来る事は無い。
命以外、本当に大事に出来る物も無い。
ただ職務に従事する。飯炊きに専念していれば大丈夫だと信じて、ただ従順に主人へ尽くす。
情報を遮断されようと。
孤立させられようと。
そう信じる事で、己を保つ。
………やがて、惑星ベジータが滅亡したという報が入った。1年の月日が経とうという折、突然の事だった。
ギネちゃんがどうなったかなんて知らなくて。ラディ君の無事を祈りバーダックの末路に想いを馳せ……枕を濡らした。
それでも出来る事など無い。だから私は、ただ待つ。
次回──『DB-1.0』。