調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜   作:EAT

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第28話 二度目の決闘

 屋敷の裏庭、そこでの鍛錬が過去に戻って来てからの日課であり、こうして目の前の老兵と相対するのは約五カ月ぶりであった。以前のような観衆は無く、裏庭は静寂に包まれ、平穏そのものだ。しかし、今回の決闘を急に「やる」と言い出した元凶は異様なやる気に満ち溢れ、そんな雰囲気を一瞬でぶち壊す。

 

「よし、それじゃあどっからでもかかってこい!」

 

 場の雰囲気にそぐわない珍しくはしゃいでるような声に俺は付いていけない。

 

「……本当に全力でいいんだな?」

 

 体の具合を確かめる老兵に尋ねると彼は意気揚々と頷いた。

 

「慈悲など無用! 本気で来なければ返り討ちにしてくれるわ!!」

 

「そうかい……」

 

 右腕と魔法が使えない、と言う普通では考えられない不利を背負いながら、この爺さんは俺の魔法の使用を嬉々として許可した。そうでなければ意味がないと言わんばかりに彼は左腕一本で木剣を構えている。

 

 ──どうやらあの爺さんは本気らしい。

 

 何度目かの確認でようやくこちらも腹を括る。そこまで言うのならば本気で俺がどれだけ強くなっているか今一度確かめさせてもらおう。

 

「んじゃ、いくぞ……」

 

「おう、こい!」

 

 構えを取る。こうなればいつの日かのリベンジである。これまでどれだけ辛酸をなめさせられたことか。

 

 ──初っ端から容赦なく全力で行って、今日こそはあの爺さんを負かしてやる。

 

 卑怯とは誰にも言わせない。何よりこの状況で勝負を挑んできたのは爺さんの方なのだ。誰も文句のつけようがない。

 

「──」

 

「──」

 

 合図など不要。どちらともつかずに地面を蹴って、次の瞬間にはお互いの木剣が激しくぶつかり合った。互いの一振りが風を伴って地面の砂塵が舞う。鍔迫り合いの形と相成る。力は互角。

 

「また腕を上げたな、レイ!」

 

「なッ!?このバケモノめ──!!」

 

 そう、互角である。寧ろ、爺さんの方はまだ膂力すら感じられる。勿論、俺が手を抜いているわけではない。〈血流操作〉はまだ起動したばかりで血と魔力の循環率、馴染み具合は十全ではないが、大の大人を圧倒するほどの身体強化は施されている。対して眼前の老兵は魔法での強化は一切なく、本当の意味で素の状態だ。だというのに力は拮抗──いや、押されてすらいる。

 

「まだ手を抜いているのか? 容赦は無用と言ったはずだぞ!!」

 

「はなからそのつもり──だよ!!」

 

 防戦は一方的だ。勿論、攻め込んでいるのは魔法で十全に能力強化をしている俺でなく、爺さんの方だ。

 

 ──おかしいだろ!?

 

 思わず愚痴が零れそうになる。それぐらい眼前の老兵は規格外であり、常軌を逸していた。攻めに転じる隙を与えず、的確に爺さんはこちらの動きを読み取っている。現時点で魔法は使えずとも、それ以前に長い年月をかけて作り上げてきた鋼の肉体は裏切らない。素の状態でも今の俺を圧倒できるほどの膂力を備えている。

 

 ──わかっていたことだが、経験値が違い過ぎる……!!

 

 だからと言ってこのまま為す術なくやられるのは癪である。人生史上最大のハンデを与えられておいてこの体たらくは俺自身が許せない。許せるはずなんてない。

 

「ぶっ飛ばすッ!!」

 

 更に血流を加速させて、魔力を全身に浸透させていく。理論上、時間が経過するごとに魔法を使っているこっちの方が有利になる。ここは機が熟すまで無難にやり過ごすのが妙案だ。しかし、それが通じるのは常人相手の話であり、このクソジジイには当てはまらない。加えてこのジジイ、それらを全部分かった上でこちらを完膚なきまでに殲滅しようとしてくる。

 

「ッ──!!」

 

 更にジジイの剣速が跳ね上がる。訓練用の木剣がジジイの扱いに耐えかねてメキメキと悲鳴を上げるのがしっかりと聞こえてくる。

 

 ──本当にバケモンかよ!

 

 悪態を吐こうにもクソジジイはそんな余裕すら与えてはくれない。だというのにこちらの集中力を削ごうと呑気に話しかけても来る。

 

「こんな様子じゃあ龍を殺すなんて夢のまた夢。アリスを護る守護者にはなれんぞ!!」

 

「ッ──」

 

 聞き覚えのある単語に反応せざるを得ない。「守護者」それはあの〈影龍〉がクソジジイに対して使っていた単語だ。

 

「その守護者ってのは一体なんなんだ!? あの時から訳の分からないことだらけだ! どうしてアリスが〈影龍〉なんかに狙われてるんだ? ”血”の姫君ってのは何なんだよ!!」

 

 一度目の人生ではそんな単語は一度も聞いたことなどはなかった。何か血縁に関係があることだけは何となく分かるが、それが分かったところでだ。結局のところ情報量が少なすぎる。けれど今回の騒動とは切っても切れないその単語、明らかに爺さんは訳知り顔だ。その秘められた何かが突然目の前にチラつけば嫌でも気になってしまう。

 

 激しく斬り結ぶ中、爺さんはしかして神妙な面持ちで言葉を続けた。

 

「俺の口からは何も言えないが、いずれ分かることだ。それでも言えることがあるとすれば、それはこれからお前たちに降りかかるであろう血の運命(さだめ)であり、果たさなければならない責務だ」

 

「まったくわけわかんねえよ! 珍しく小難しい話しやがって……俺をおちょくってんのかクソジジイ!!」

 

 だというのにはぐらかすクソジジイに怒りは募るばかり。言葉がどんどん汚くなっていく。無理に血の循環率を加速させた弊害で、例のごとく自分の調子に乗った(良くない)部分が出てくる。それでも気にせず俺は言葉を続けた。

 

過去(ここ)に戻って来て、未来を変えるために必死になればなるほどに意味の分からないことばっかりだ! 一度目では耳にもしなかったことばかり起きやがる!」

 

「ッ! レイ、お前やはり……」

 

「それでも必死に上手くやろうとしたらこの様だ! ようやく大切だと思えた……守りたいと思えたものも守れずに見ていることしかできない! これじゃあ前と同じなんだ! それじゃあダメなんだよ!!」

 

「そうか、あの龍の言っていたことは本当だったのか……」

 

 気が付けば俺は何もないところですっころんで地面に倒れていた。息も絶え絶えで、すぐに立つこともできない。どうやら無理をしすぎたようだ。青く澄み渡る空が憎らしい。

 

 一度は踏ん切りをつけて、二度としないと決めて進みだしたというのに、こんなに早く情けない愚痴がぶり返すことになろうとは。しかも、今までずっと隠してきていたことをベラベラと話してしまった気もする。

 

 ──ダメだ、頭がぼうっとする。

 

 まだ血は十全に温まってはいない。〈影龍〉の眷属と戦った時を考えればまだ本調子にもなっていない。それでも俺の体はもう動けそうにない。

 

 ──この程度……ってことか。

 

 そうだ、眷属竜との戦闘の時の方がおかしかったのだ。状況が状況と言うのもあるが、あの時の俺は正に決死の状態と覚悟でようやく眷属竜一匹を辛うじて倒せた。本来、俺の戦闘に於ける許容限界はこの程度だということだ。極限状態の数々が俺の限界を一時的に引き延ばしていたにすぎない。

 

「まだまだだ……!!」

 

「ならば強くなれ」

 

 頭上から爺さんの低く重たい言葉が降ってきた。

 

 足りない。本当に何もかも足りない。

 

「守りたいものを必ず守り抜けるほど強くなれ、お前にはその資格も資質も十分にある」

 

 剣先が目前へと迫る。やはりいつになく真面目な爺さんの声が頭上から聞こえてくる。

 

「俺は──まだ強くなれるか?」

 

「なれるとも。俺がこれからみっちりと今まで以上に鍛え上げてやる。いずれ、お前は俺を必ず超えることになる。そうなれば釣りがくるほど色んなものが守れるはずだ──」

 

 無意識に尋ねるとすぐに答えは返ってきた。老兵は自嘲的に笑う。

 

「──とは言っても、最後の最後で俺は守れなかったんだがな」

 

「……そこは最後まで自信を張り通せよ」

 

「確かにな。でもその慢心が不意の油断を生む。だからレイ、お前は俺のようには絶対になるなよ」

 

 本当に悲し気に、今も後悔を続けているような爺さんの口ぶりに俺は思わず笑ってしまう。こんなうじうじとした姿は俺の知る、いつの間にか憧れになっていたフェイド・グレンジャーなんかではない。

 

「……ハッ! 成れると言われても絶対にならないね! 俺はあんたほど誇り高い人間なんかにはなれない……なる必要もないさ。俺は全ての柵を綺麗さっぱり清算した後は、大切な人たちと平穏な日々を過ごせればそれで十分なんだ。別にたくさんの人から称賛されるほどの英雄にはならねぇよ」

 

「そうか……そうだな、それがいい。英雄なんかなるものじゃない」

 

「けど自慢ぐらいはしてもいいぜ? 『俺の弟子が龍を殺した』ってな」

 

 だから俺は陰ながらこの英雄を超えて見せよう。決して歴史に名を残すことはなくともただ誰かの心に残る凡人に。

 

「……はは!そいつはいいな。そうだな自慢くらいはさせてもらおうか、それぐらいの役特はあってもいいだろうさ。なにせ俺はお前の師匠だからな」

 

 漸くいつもの調子が戻ってきたようだ。呆れたように笑う爺さんに俺は笑い返した。

 

 そうして決闘は終幕する。結果は見ての通り、クソジジイの圧勝である。

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