調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜   作:EAT

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第5話 変化

 大叔父様から可能な限り稽古をつけてもらう約束を取り付けてから俺の生活は一変した。

 

「いつまで寝てんだこのクソガキィ!!」

 

 まず朝の目覚めは大叔父様こと──()()()()()の乱暴すぎるモーニングコールから始まる。

 

「あだぁああっ!?」

 

 まだ陽が昇って間もない早朝にクソジジイは安眠していた俺を叩き起こして、そのまま朝の鍛錬が始まる。

 

「朝飯前に素振り500本だ!もちろん〈血流操作〉で身体強化して全力の素振りだ!!」

 

「朝から鬼畜過ぎる……」

 

 鍛錬場所はもちろん裏庭。眠気眼で意識は朧気、こんな寝起き直後の状態で体を動かすなんて馬鹿げている。それでも、このクソジジイは少しの妥協も許しはしない。手を抜けば容赦なくクソ硬い拳骨と罵声が飛んでくる。

 

「んだそのへなちょこな素振り!? やる気あんのか、ああ!?」

 

「こんのクソジジイ……」

 

 いつも素振りを終える頃には全身泥だらけの汗だく。地面には軽い水たまりができている。仮にもこの爺さんはこのクロノスタリア王国の騎士団の指南役であり、結構多忙なはず。なのに、俺が稽古をつけてくれと言った次の日から毎日欠かさず顔を出して指導をしてくれた。最初はその献身ぶりに感謝をしたが、そんな感謝も稽古が始まって三日目で消え失せかけていた。

 

 ──稽古をつけてくれるのは大変ありがたいのだが如何せんこのジジイ、教え方がスパルタすぎるんだよ。

 

 そして何より俺の闘争本能を刺激して、思わず直すべきと取り繕っていたいい子ちゃん形態(ハリボテ)が剝がれるくらいにはキツかった。

 

 ──やっぱり血が高ぶると一度目と同じ荒い口調が戻ってしまう。

 

「調子に乗らず、謙虚に穏やかに生きる」を今生のモットーにしている俺としてはこれまで何とか普段からの口調に気を使い、うまくやれていた。それが糸も簡単に剥がされてしまうとは……何たる不覚か。

 

「ほれ、飯を食い終わって午前は座学、午後はいつも通りの鍛錬を俺が戻るまでしておけ。さぼるなよ?」

 

「誰がさぼるかクソジジイ……さっさと仕事してこいや……」

 

「……うむ。まだまだ元気なようだな。それじゃあ午後の鍛錬は素振り100本追加だ」

 

「うっ……」

 

 口調が戻ったことによってこうした弊害も出始めている。早急にこの悪癖を直す必要が出てきた。

 

 ──これは自己強化よりも重要視するべきか……。

 

 漸く仕事に行った爺さんを見送って、俺は勢いよく地面に倒れ込んだ。本当はすぐに汗を拭ったり、着替えをして朝食を取るべきなのだがどうにも体は言うことを聞いてはくれない。もうクタクタだ。

 

 しかし流石は騎士団の指南役を任されるだけのことはあって、一見メチャクチャに思える朝の鍛錬だが、たったの三日間で確実に強くなっていることは実感できているのでぐうの音も出ない。もともとのポテンシャルもあるのだろうけれど、鍛錬がキツイと思う反面で顕著に出る成果にやる気は衰えるどころか湧いて出てくる。

 

 ──努力するのってこんなに楽しかったんだな。

 

 そんな気づきすらあった。

 

「それにしたって毎朝頭をぶん殴られて叩き起こされるのは解せない。いつか絶対にボコってやる……」

 

 ・

 ・

 ・

 

 無事に家族との穏やかな朝食に間に合い、そのまま俺は家庭教師であるジニア先生の話を聞き流していた。

 

「であるからして──」

 

「……」

 

 朝の鍛錬に比べれば午前中の座学なんてのは楽なもので、加えて一度目で学んだことばかりなので大したことない。しかし、ずっと座りっぱなしですぐに眠くなるのでそれだけが難点だ。もしこの座学中に居眠りでもしようもならばあのクソジジイの耳に届き、午後の鍛錬が更にきつくなる。

 

「聞いておりますかな?」

 

「も、もちろんです」

 

 なので鋼の意思で睡魔と格闘し、そうして睡魔と座学を乗り切れば長い一日の間で何もしない短い休憩時間が訪れる。

 

「やはり平和が一番だな……」

 

 クソジジイはまだ王城で騎士団の鍛錬中で、お付きのメイドであるカンナに見守られながら裏庭で無心で体力回復に勤しんでいると妹のアリスが俺の元まで近寄ってきた。

 

「あ、あの、お兄様……」

 

「ん?どうしたアリス?」

 

 まだどこか俺に会うときは不安げなアリスに優しく笑いかける。それをするだけで彼女は不安が晴れたように表情を明るくさせて質問をしてきた。

 

「お兄様はどうしてそんなにタンレンを頑張っているのですか? 前まではその……」

 

「──なにもしてなかったのに?」

 

「は、はい……」

 

 気まずそうに頷くアリスに俺は自嘲的な笑みがこぼれる。幼いながらに我が妹は良い所に目を付ける。この数日だけでも色んな人間が俺に「なんでこいつ急に頑張ってんだ?」的な視線を向けきた。その理由は簡単に言ってしまえば今のアリスと全くの同じものだろう。

 

 少し離れて様子を伺っているカンナも気になっている様子だ。俺は少し言葉を選んでアリスの質問に答えることにした。これを機に彼女発信で俺に向けられる奇異の視線がなくなれば行幸である。

 

「怖い夢を見たんだ」

 

「夢……ですか」

 

「うん。その夢で俺は死んじゃうんだけど、死んじゃう間際に俺を助けてくれる人は誰もいなくて、寂しくて、苦しくて、とても悲しかったんだ」

 

「……」

 

「今まで好き勝手に生きてきて、色んな人……カンナやそれこそアリスにたくさん嫌なことをしてきた。そんなことをこれからもずっと続けていけば俺はきっと今話した夢みたいに一人寂しく死んじゃうんだ。そう考えたらさ、このままじゃだめだと思ったんだ」

 

「そうなんですか……?」

 

 まだ幼いアリスには話の内容が難しすぎたかもしれない。それでも感じる部分があるのだろう、彼女は不安げに眉根を顰める。

 

 本当に俺は彼女に──色々な人に酷いことをしてきた。たくさん迷惑をかけて、不快な気持ちにさせてきた。死んでようやくそれに自覚出来て、死んで過去に戻ってきて彼女に謝っても何の意味もない。

 

「うん……だからさ、今更こんなこと言っても遅いと思うんだけど、それでも言わせてほしい──」

 

 自分が楽になりたいだけの懺悔の言葉なんて吐くつもりはなかった。言葉にしてはいけないと分かっていた。けれども不意に気が緩み零れてしまう。

 

「──今までたくさん酷いことしてごめん、アリス」

 

「え?」

 

 深く頭を下げて謝るとアリスは更に呆けた声を出した。当然だ、それでも一度動いてしまった俺の口は止まろうとしない。

 

「こんな頭を下げた程度で許してくれるとは思ってないし、許さなくてもいいと思う。けどこれだけは言っておきたかったんだ」

 

 所詮はただの自己満足、独りよがりな謝罪である。けれど言葉にした瞬間、思った以上に胸の内が軽くなって、罪悪感から解放されてしまう。

 

 ──やはりクレイム・ブラッドレイと言う人間の根本はここまで浅ましく、腐っているのだな。

 

 自分のことながら吐き気がする。それを紛らわすかのように俺は立ち上がって鍛錬を再開しようとすると──

 

「ゆ、許します!」

 

 不意に服のすそが掴まれる。

 

「え?」

 

 今度は俺が間抜けな声を出してしまった。アリスは言葉を続ける。

 

「確かに、お兄様にはたくさん嫌なことをされて、たくさんイタズラもされました、大事なお人形も隠されたし、泣かされもしました……けど! お兄様は変わろうとしています! アリスは今の優しいお兄様が大好きです! だからそんな寂しそうな顔をしないでください! アリスがお兄様を夢のような一人ぼっちにはさせません!!」

 

「ア、リス──」

 

 まっすぐなアリスの言葉に思わず喉が詰まる。上手く呼吸ができなくなってしまう。彼女の優しさに甘えてもいいのか、俺がこんな簡単に許されていいのか?

 一瞬躊躇ってしまうがいつもより裾を掴まれる力が強くて、俺は無意識にアリスを抱きしめていた。

 

「ありがとう……アリス」

 

 やはりクレイム・ブラッドレイと言う人間は浅ましく、愚かであり、どうしようもないクズだ。そんな俺を幼く一人の小さな少女の大きすぎる慈悲の心で許してくれるという。

 

「はい!!」

 

 それがどれだけ嬉しくて、救われることだろうか。この慈悲に俺は報いなければならない。その日、俺はようやく彼女(アリス)と向き合えた気がした。

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