渋谷喰種《シブヤグール》   作:千生鉄斗羅

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プロセカと東京喰種のクロスオーバー的な小説のChapter1です。
フォントについては、奈須きのこ先生の『DDD』を参考にしています。


Chapter1

 それは、本当に偶然のことだった。

 朝比奈まふゆは、横断歩道を渡っている最中、交通事故に遭ってしまったのだ。──被害者として。臓器のいくつかは使い物にならず、左目も失明してしまった。彼女自身も、意識不明の重体に陥ってしまった。

 そんな中、一人の人物が、臓器提供の意思表示をしていることが判明した。同じ病院に入院している、とある少女の父親だ。彼は、故あって記憶喪失となっていたが、断片的にその記憶を──大事な一人娘のことを、思い出せていた。そして、その娘の大切な友人が、危機に陥っている。ならば、飢えによって後先が短くなってしまった自分の体を、誰かの役に立つ形で使ってほしい。そう願ったのだ。

 その願いは聞き届けられ、臓器移植の手術が始まった。

 まふゆは、無事に意識を取り戻し、数週間のリハビリを経て元の生活に戻ることができた。左目は、まだ眼帯で隠しているが、概ね元の生活といえよう。明日から、また元の穏やかな生活に戻る。まふゆも、その家族も、疑いなくそう信じていた。

 ──微かな違和感に、気づくことのないままに。

 

 

 

渋谷喰種(シブヤグール)

 

 

 

 

「・・・・・・あれ?」

 異変に気づいたのは、起床して朝食を摂りに降りた時だった。いつもは置いてあるはずの朝食が、置かれていなかったのだ。

 それだけではない。

「お母さん?」

 呼びかけてみたが、反応はない。家中を探してみたが、影も形もなかった。

 冷蔵庫の中に、いくつかの食材があったので、簡単に目玉焼きとサラダ、汁物を作って食べた。今までは、味というものがよくわからなかったが、今はそうではない。なんだか、とても不味く感じてしまう。それでも、何も食べないわけにはいかないので、完食した。吐き気がしたが、無理やり飲み込んだ。

 

 今日は、本当に何もない日だ。予備校もないし、部活もない。私──朝比奈まふゆは、奏の家に行くことにした。家事代行の望月さんがいるとはいえ、彼女の来ない日に奏がどうなるか──下手すればミジンコ以下の生命力の奏がまともに生存できているか、心配になってくるからだ。・・・・・・今のは、少しだけジョーク。

「奏、いる?」

「まふゆ・・・・・・? うん、いるよ。いらっしゃい」

 優しい声が、聞こえてくる。私の心を清らかなものにしてくれる、天使のような声だ。この声を聞くだけで、私は()()()()だろう。

「珍しいね、私のうちに来るなんて」

「・・・・・・なんとなく、来てみたくなったから」

 嘘ではない。行くあてもないので、奏の様子を見に来た、というのが正確な動機だからだ。奏と話したいだけなら、ナイトコード(ディスコードのようなもの)でもできる。でも、私は肉声を聞きたかった。その顔が見たかった。私を救ってくれる、聖女の姿を。

「・・・・・・何かあったの?」

 鋭い。奏は、私の、私にはわからない変化を見ることができる。きっと、焦燥が顔に出ていたのだろう。お母さんがいなくなっていたことに対する焦りが──。

 私は、今朝の出来事を話した。

「そう、だったんだ・・・・・・」

 奏も、驚いたらしい。私も奏も、お母さんにいなくなって欲しいとは思っていなかった。特に奏は、お母さんを早くに亡くしている。だからこそ、私とお母さんとの関係を修復したかった。でも、それはもう叶わぬ夢になってしまった。

「昨日は、なんともなかったの?」

「うん。でも、昨日寝る前は、なんだか無性にお腹が減っていた気がする」

 そう。

 昨日は、とにかく様子がおかしかった。お母さんの料理が、味を感じないはずなのに不味く感じたり、お母さんを見て()()()()()だと思ったり・・・・・・。なんだか、変になってしまった。

 そういえば、と私は不意に思い出した。

 この世界には、人間以上の存在がいる。喰種(グール)だ。姿形は、人間と変わらない。だけど、彼らは人を食べる。人の食べ物を食べることはできないけど、なぜかコーヒーだけは飲める・・・らしい。らしい、というのは、今まで喰種(グール)と出会ったことがないからだ。

「そういえば、夢を見た、かも」

「夢?」

「うん。なんだか、いっぱいものを食べられる夢。全部美味しくて、いくら食べても無くならない。そんな、よくわからない場所の夢だった」

 おうむ返しに訊いてきた奏に、私はそう答えた。

「あ」

「何か思い出したの?」

「うん、お母さんの部屋・・・・・・。お母さんを探しに行った時、すでに開いてた・・・。基本的に、自分がいない間は絶対に扉を閉めてるはずなのに・・・・・・」

 二つほど、おかしな点を挙げてみた。だけど、もう一つ。おかしなことがあった。

 お母さんの部屋に、血が飛び散っていたのだ。

「血が・・・・・・?」

「そう。正確には、ベッドに染み付いてた」

「そっか・・・・・・」

 そう言うと、奏は、部屋の奥から何かを取り出した。

「これが何かわかる?」

「・・・・・・肉、だよね?」

「まあ、そうなんだけど・・・・・・」

 奏は、肉の入った袋を破いた。美味しそうな匂いが、部屋に充満する。

「なんの肉かわかる?」

「・・・・・・わからない」

「そうだろうね。()()()()()()()()()()()()()──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 奏は、何を言っているのだろう。私が、どんな存在か・・・・・・? 人間、以外のなんだというのだろう。

「これはね、人間の肉」

「・・・・・・!」

「私はね、家ではいつもこれを食べてるんだ。望月さんに持ってきてもらうことが多くて、申し訳ないけど。──自分で獲りに行くのが、一番いいんだけど」

「何を、言って・・・・・・」

「だから、まふゆを見て我慢するのは大変だったよ。目の前に、無防備な獲物があったんだから」

「・・・・・・まさか」

 奏は──喰種(グール)

 そんなこと、あるはずがない。きっと、何かの冗談だ。一縷の望みにかけて、そう訊いてみた。

 奏は、

「そう。私は、喰種(グール)。お父さんも、お母さんも喰種(グール)

 と言った。

「・・・・・・!」

 奏は、私の頬に両手をかけた。

「そして、まふゆも。・・・・・・ねえ、誰から臓器提供してもらったか、知ってる?」

 もちろん知っている。

「宵崎、・・・・・・! まさか・・・・・・」

「そう。私のお父さん。血液型とか、色々まふゆに合ってたみたい」

 そう言って、奏は私の眼帯を外した。

「うん。お父さんと、同じ色」

 私は初めて、奏が怖いと思った。その事実を、口にしないでくれと思った。でも、声に出せなかった。

「・・・・・・ようこそ、まふゆ。喰種(グール)のセカイへ」

 私は、半分喰種(グール)になってしまったのだ。

 お母さんを喰べたのも、私。そうだ、昨日()()感じたのは、そういうことだったのか。言われてみると、腑に落ちる気がした。

 そして、奏と同じ──存在。

 もちろん、奏だけが喰種(グール)というわけではない。──彼女だけが、唯一というわけではない。唯一なのは、むしろ自分の方だろう。喰種(グール)から臓器提供を受け、その結果半喰種(グール)になってしまうなんて。

 それでも、奏と同じ存在でいられることは、嬉しかった。

 

「ところで、絵名と瑞希は?」

 私には、それが気になっている。ニーゴのメンバーには、どれだけの喰種(グール)がいるのだろう。

「絵名は、人間だね。喰種(グール)は、絵名以外のみんな」

「そう・・・・・・なんだ」

 前までは──私が事故に遭うまでは、これが二分の一だった。でも、今は四分の三だ。人口比で言えば、圧倒的な多さだろう。総数が少なすぎるので、統計としては役に立たないが。

「・・・・・・そうだ、瑞稀といえば」

 奏が、思い出したように言った。

「やっぱり、仮面(マスク)は必要だよね・・・・・・」

仮面(マスク)?」

「そう。喰種(グール)は、どうしても人を食べなきゃ生きていけない。でも、顔を見られるのは色々と都合が悪いよね」

「確かに。・・・・・・だから」

「そう。こうやって素顔を隠して、人を食べてるんだ。・・・・・・私は、あんまりそういうことができないけど。体力ないし」

「・・・・・・」

 今すぐにジムと契約させるべきか? と思ってしまったのは、自然な反応だろう。最低限、一般的な人間が持っていて然るべきの体力はつけてもらいたい。奏が喰種(グール)であろうとなかろうと、それは変わらない。 

「とりあえず、連絡はしてみるね。もしかしたら、作業してるかもしれないから・・・・・・」

 そう言って、奏は瑞希にチャットを繋いだ。奏が自分以外と話すのをみるのは、なんだか辛い。これがヤキモチなのか、と思った。喰種(グール)というものは、執着心が強くなる生き物なのかとも思った。──獲物に対する執着なら、まだわかるのだけど。

 瑞希とのコンタクトは、上首尾に終わったようだ。「今から行くよ」、と奏は言った。私は、それに従って、瑞稀の家に──工房(ガレージ)に向かった。

 

「まさか、まふゆが喰種(グール)になっちゃうなんてね〜。いや、半喰種(グール)、と言ったほうがいいのかな?」

 私を、そう言って出迎えたのは、この工房の事実上の主である暁山(アキヤマ)瑞希だ。普段から飄々としているが、心の奥底に隠しているものは、計り知れない。

「・・・・・・よく、わからない」

「だろうね。ボクも、まふゆみたいなケースは初めてだもん。それで、奏。まふゆに、仮面(マスク)を作ればいいんだよね?」

「うん。そのつもりで来たからね。・・・・・・いいよね、まふゆ?」

 もちろん、異論はなかったので了承する。

「それじゃ、ちょっと測らせてもらうね」

 そう言って瑞希は、私の顔に定規を当てた。そして、メジャーでスリーサイズも測った。

「そうだ、参考程度に、奏の仮面(マスク)の写真でも見てて」

 瑞希が私に差し出したのは、奏の写真だ。確かに、仮面(マスク)は装着しているけれど・・・・・・。

「・・・・・・どう見ても、仮面(マスク)というより衣装(ドレス)だよね」

「あっはは、ついつい興がのっちゃって・・・・・・」

 写真に映る奏は、仮面(マスク)に調和した、人形のような衣装(ドレス)を纏っていた。その完成度はとても高く、興が乗ったどころの騒ぎではないだろう。スリーサイズを測られたということは、私も()()()()()ものを作られることになると考えるのは、自然なことだ。

 瑞稀曰く、完成には、最長でも半月ほどかかるという。

 私たちは、瑞希の工房(ガレージ)を後にした。

 

「そうだ、まふゆ。珈琲は好き?」

 奏が、そんなことを訊いてきた。何が好きなのかは、よくわからない。そもそも、喰種(グール)ならば人肉以外食べられないはず。好きも何もないはずだけど・・・・・・。そんなふうなことを、返した。

「ストリートの方にね、喰種(グール)の喫茶店があるんだ。互助組織みたいな面もあるから、顔合わせはしておいたほうがいいかも」

 というのが、奏の意図だったらしい。切羽詰まってやらなければならないこともないので、素直に従うことにした。

 その店には、数分歩くと到着した。名前は、『WEEKEND GARAGE』。入ってみると、四人の高校生がアルバイトに勤しんでいた。そのうちの一人に、私は見覚えがあった。たしか──

「小豆沢さん・・・・・・?」

「朝比奈先輩・・・・・・?」

 やはり、宮女──宮益坂女学院の生徒だったようだ。委員会に入っているということもあり、名前だけは聞いたことがあった。その時は大人しそうな子だと思ったが、今見てみると、むしろ内に炎──情熱(パッション)と言い換えてもいいかもしれない──を秘めているように見えた。

 

「宵崎さん。今日は、どうしたんですか?」

 奏に声をかけたのは、ほぼ中心で髪の毛の色が二分されている(といっても、青の濃さが違う程度だが)少年だ。

「青柳くん。実はね、まふゆが半喰種(グール)になったのもあって、この店を紹介しに来たんだ」

 そう言うと、奏は、慣れた手つきで珈琲を注文した。

「お待たせしました」

 髪の毛を橙に染め、黄色のメッシュを入れた少年が、珈琲を運んできた。見たところ、砂糖やシロップは付属していないようだった。今の所、不快な味しかわからない私にとっては、どうでもいいことだが。

 珈琲に、口をつけてみる。喉越しはよく、不快な感じはしなかった。

「美味しいでしょ?」

 奏が、そう訊いてくる。確かに、不味い、と感じることはない。

「不思議だよね。珈琲だけは飲むことができるの」

 喰種(グール)最大の謎といっていいかもしれない。

「初めてかい? お気に召したようなら満足だ」

 と、野太い男の声が聞こえた。この店の主なのだろう。彼は、白石謙と名乗った。

「人間の匂いと、喰種(グール)の匂いが混じっている・・・? なるほど、半喰種(マザリモノ)、か」

「マザリモノ・・・・・・?」

「基本、ここに来るのは喰種(グール)だけだ。たまに、人間が来ることもあるが・・・。喰種(グール)がいるとわかっても来続け、バイトまでやってるのは本当に変わり者だよ。なぁ、彰人」

「あー・・・・・・。確かにそうっすね。おかげで、いつ食われんのかヒヤヒヤしてます」

「まあ、お前はあの三人共通の獲物だからな・・・・・・。食われるってことはないだろう。最後にお前を食うのは誰か、ちと興味があるが」

「やめてくださいよ、そういうのは」

 彰人と呼ばれたオレンジ髪の少年は、その発言を揶揄いと受け取ったのか、軽く流していた。それと同時に、私は、背筋が凍るようなことに気づいた。

──もしかして、彰人くん以外はみんな喰種(グール)

 その現実を、受け入れるのには少し時間がかかった。今日起きてから──いや、あの日交通事故に遭ってから、現実味のない出来事に溢れている気がする。

「ってか、まふゆ、って・・・・・・。こはねも知ってるみたいだったが、もしかして朝比奈まふゆ?」

「はい、そうですけど・・・・・・」

 不思議と、()()()でいなければならないと言う気はしなかった。

「やっぱり。絵名のやつが、いつも愚痴ってたんすよ。『あいつの無愛想なことと言ったら・・・・・・! もう本ッ当にムカついてきた・・・・・・!』とかって」

 もしかして。

「絵名の、家族の・・・・・・?」

 彼は、それを肯定した。自分は、東雲絵名の弟であり、暁山瑞希の同級生だと名乗った。

「絵名は、このことを・・・・・・」

「俺がバイトしてるってことは知ってますけど、喰種(グール)の店ってとこまでは知らないっすね」

 それから、私たちは、世間話をしつつ、時間が過ぎるのを待った。その時、私たちは、東京のどこかにあるという、喰種(グール)の喫茶店のことを教えてもらった。

 会話の中で、マスターが言っていたことが、嫌に耳に残った。曰く──「人間と喰種(グール)は、根本的に違う。真に共存なんて、できやしないんだ」。

 それは、自分の娘──ここで働く学生の最後の一人、白石杏──を取り巻く状況、人間と一緒にアルバイトに励んでいる姿を知っていれば到底出てきそうにもない発言だった。

 

 WEEKEND GARAGEを後にして、私たちは今後のことを話し合うことにした。

「そういえば、まふゆのお父さんって、たしか喰種(グール)捜査官だったよね・・・・・・?」

「うん。もう一ヶ月ほど、家に帰ってきてないけど。多分、死んでることはない・・・・・・と思う」

 そう。私のお父さんは、CCG──喰種(グール)対策局(Commission of Counter Ghoul)に所属している。なので、今一番会いたくない人物だ。実の娘が喰種(グール)だからといって、駆除を躊躇うような人物ではない。したがって、会えば間違いなく殺されるだろう。それは避けたい。

「・・・・・・でも、見かけだけでわかるものなの?」

「お父さんが家に帰ったら、必ずお母さんに挨拶するの。その時、当然部屋も見るはず。血の匂いはまだ残ってるはずだし、もしかしたら気づいていないだけで見えないところにたくさん血痕があるかもしれないし、そもそもお母さんはお父さんに何も言わずいなくなるようなことはしない。一日二日ならまだ大丈夫だろうけど、何日も帰ってこなかったら、きっと喰種(グール)に食べられたと思うだろうね。そして、もし部屋の血痕を見つけられたら──」

「・・・・・・まふゆがやったって疑われるかもしれない」

 奏は、顎に手を当てた。

「・・・・・・ねえ、赫子は使ってないよね?」

「・・・・・・わからない」

 奏は、勢いよく崩れ落ちた。

「赫子を使ったらね、その痕跡は絶対に残るんだ・・・・・・。CCGは、そこから喰種(グール)を特定することだってできる・・・・・・」

「・・・・・・家にいないほうがいい?」

「リスクを、避けたいのなら」

 こう言う理由から、まふゆは、奏の家に避難することになった。

 ・・・・・・そして、彼女らの考えた通り。

 まふゆの父は、最愛の妻を喰われてしまったことを、間も無く知ることになる。

 

数日後・夜

 

 その日、彼は、抱え込んでいた喰種(グール)捜査官としての仕事をやっとこさ終えることができた。

「く・・・・・・っ、あぁ・・・・・・。やっと、家に帰れる・・・・・・」

 彼は、朝比奈まふゆの父親である。妻子を残して、CCGとしての仕事に精を出している。ただ、本音としては、週に一回くらいは家族サービスをしてやりたいと言う思いを抱えていた。しかし、喰種(グール)とCCGは、彼の都合など酌量してくれない。今回も、大量殺人を犯した喰種(グール)を巡って、二十一連勤を終えたところだ。その間、彼はずっと仮住まいのアパートに住んでいた。家賃をCCGが払ってくれたことだけが、唯一の救いと言ってもいいだろう。

「ただいまぁ・・・・・・」

 疲れ切った彼は、一刻も早く妻の手料理を食べたいと思った。すでに、メッセージアプリでそのことを連絡してある。既読がつかなかったが、きっと彼女も疲れて眠っているのだろうと気にしなかった。もしかしたら、作り置きがあるかもしれない、そう思い込んだのだ。

 しかし、彼が妻の手料理を食べることは、生涯不可能となった。

「・・・・・・血の匂い?」

 何度も何度も、人の血が滴る現場に足を運んだ。そのおかげだろうか、彼は血の匂いに敏感になった。

──すでに数日経っている・・・・・・? 一体、何が・・・・・・

 警戒しつつ、妻の顔を見に行こうと、彼女の部屋に足を運んだ。

 そこに、彼の最愛の妻はいなかった。代わりに、付着してから数日は経過したであろう血痕が、残っていた。

──誰の仕業だ? 処理が甘い、素人の犯行か・・・・・・?

 まず疑うのは、人間の犯行だ。人を殺すのは、当然ながら喰種(グール)だけではないのである。しかし、すぐにその考えは捨てざるを得なくなる。

「これは・・・・・・」

 彼は、赫子痕を発見した。喰種(グール)が赫子を使用した時、必ず付着するものだ。

 「お前の妻は、喰種(グール)に喰われたのだ」と、状況が否応なしに伝えてくる。事実、単なる殺人であれば、遺体はそこに残るか、遺棄するにしても、運び出そうとした際に血痕が付着するはずだ。そのどちらにも当てはまらないのならば、これは喰種(グール)によるものと考えて良い。

 そして、彼は、最悪の可能性に思い至る。

「まふゆ・・・・・・!」

 娘の身は無事なのか? それが、現時点で最大の気掛かりだった。

 急いでまふゆの部屋に向かった。だが、彼女の部屋は──

「これは・・・・・・まさか・・・・・・」

 もぬけの殻となっていた。

「喰われたのか・・・・・・? だが、それならなぜ、まふゆの部屋には血痕が残っていない? ・・・いや、それだけじゃない。赫子痕もなかった。・・・・・・待てよ?」

 そこで、彼は、あることを思い出す。

──そうだ、まふゆは・・・・・・。()()()()()()()()()・・・・・・! ありえないかもしれないが、それがもし喰種(グール)のものだったら?

 ヒトと喰種(グール)は、体の作りだけでいえば、非常によく似ている。臓器移植も、条件さえ揃えば可能なのだ。

 ・・・・・・最悪の場合、彼は、自分の娘をその手で殺さねばならなくなってしまったのだ。

 

 

 

 まふゆが奏の家に住むようになって数日が経ったある日、瑞希から連絡が入った。仮面(マスク)が完成したのである。

「じゃーん! どう、まふゆ。いいでしょこの衣装(ドレス)!」

「・・・・・・ちっとも隠す気配がなくなったね」

「あっははは! いやー、やっぱりさ、仮面(マスク)だけじゃダメなんだよ。なんていえばいいのかな、全体的なバランスというか、そういう感じ。袴にジャージだととってもダサいのと同じだよ。和服なのにスニーカーとか、逆にタキシードに下駄とか、そういうのと同じ。普段着に仮面(マスク)ってさ、ちょっとカッコ悪いと思わない?」

『よく・・・・・・わからない』

 私たちは、同じ反応を同時に返した。動きやすければなんでもいいのでは? と思う。

「うわー綺麗な異口同音。でもねー、こればっかりはもう癖だから。直せない。・・・おっと」 

 瑞希の携帯に、着信があった。電話だ。私たちに断りを入れ、瑞稀は通話を開始した。

「もしもし、類? ・・・・・・ふんふん、なるほどなるほど。オーケーオーケー、それで、どんなものがお望みだい? ・・・・・・ははあ、こりゃあまた結構なものを・・・・・・。え? できないのか、だって? まっさかあ。ボクをなんだと思ってるのさ。まっかせといて、最高のものを作ってみせるよ。それじゃねー」

 瑞稀は、早々に会話を切り上げた。

「誰だったの?」

「類。いやー、ボクはね、喰種(グール)だけじゃなく人間にも衣装を提供しているのさ。だから、そこそこ忙しいんだよねー」

 後で聞いたところによると、WEEKEND GARAGEの若手の喰種(グール)や類という人物の所属するショーユニット(もちろん、喰種(グール)が所属していることはバレていない)など、瑞稀は主に若者に大人気らしい。確かに、この年代としてはトップクラスの腕と言って過言ではないだろう。じっくり時間をかけている分、仕上がりはとても丁寧だ。ほつれもなく、安心して纏える。

 私が作ってもらった衣装(ドレス)は、ちょうど奏と対になるように作られていた。瑞稀曰く、「どうせ一緒に行動するんでしょ? だったら、ペアルックの方がいいかな〜と思ってね」とのこと。確かに、私は奏から離れたいとは少しも思っていない。でも、いつも一緒にいてくれるとも限らない。・・・・・・奏が、私を捨てないとも限らないし、私を置いていかないとも限らない。私は、そうなるのが怖かった。・・・・・・でも、そんなことは、今考えても仕方がない。今は、素直に仮面(マスク)の完成を喜ぼう。

「さて、と。これでボクの仕事は終わり、ってことでいいかな?」

「うん、ありがとう、瑞希」

 奏は、瑞希に報酬を渡した。偽札や新聞紙が含まれていないことを入念に確認し、瑞稀はそれを受け取った。

「そんなに確認する必要、あるの?」

「いやー、奏はそんなことしないってわかってはいるんだけどねー。それ以外のお客さんは、こういう代金をまともに払ってくれないことが多いから」

 ま、そういう時はしっかりと()()()()()()けどね。そう瑞稀は付け加えた。瑞稀の「取り立て」がどんなものかは、ちょっと聞きたくない。猛烈に嫌な予感がするからだ。

 そこで、ふと、あることが気になった。少々メタな発言にはなってしまうが、このメンバーの中で、まだ一度も登場していない人物がいる。そう、絵名だ。彼女は今、何をしているのだろう。瑞希に訊いてみた。瑞希は、

「えななんなら、ボクが飼っている、ってことになるのかな」

 と言った。

 ・・・・・・? ちょっと、何を言ったのかがよくわからなかったのでもう一度訊き直してみたけど、瑞稀の答えは変わらなかった。どうやら、本当に絵名を()()()いるらしい。でも、どういうことだろう?

 瑞希によると、絵名はどうも喰種(グール)に好かれやすい体質らしい(これは、彼女の弟とも共通している)。理性のある喰種(グール)ならともかく、頭の螺子が何本か外れたような喰種(グール)に遭った場合、確実に食べられてしまうという。そうなると、最悪の場合、全世界の喰種(グール)を巻き込んだ戦争に発展しかねないのだそうだ(曰く、この世で一つしかない宝を失わせようものなら、誰だって怒るだろう、ということ)。だから、瑞希があくまで()()()として匿っているのだという。

「おーい、えーななーん」

 軽い調子で、瑞希は絵名を呼んだ。絵名は、黒いインナーにオーバーオール、読者の皆にわかりやすくいうと「ひつじがいっぴき」における絵名の弟と同じ(厳密には、口籠だけ装着していない)衣装を纏っていた。

「どうしたのよ、瑞希。私は今、いいアイデアが浮かんできたから、それを実践するためにはどんな構図でどんな色使いで描けばいいかを考えてたところなのに、なんで呼び出したのよ。くっだらない用事だったらアンタ首絞めるからね?」

「ふっふふ〜えななーん、喰種(グール)のボクに勝てるとでもあ待って無言で首を絞めないでちょっとタンマギブギブギブ!」

 これはひどい。瑞希が煽ったことで、絵名はこれをくっだらない用事だと判断したようだ。

「飼い犬に手を噛まれる・・・・・・」

 私は、ぼそっと呟いた。

「なんか言った!?」

「いや、何も」

 と、絵名は私たちの存在に気づいた。

「・・・・・・って、まふゆじゃない。どうしたのよ」

「半分喰種(グール)の体になったので、瑞希に仮面(マスク)を作ってもらって、今受け取りに来たところ」

 はァあああ!? と、絵名は絶叫した。気持ちいいくらいの驚愕っぷりだった。

 

Chapter1 完




いかがでしたか?
本作は、実は一話で完結させる予定だったのですが、流石にそりゃあ無理だ! 絶対途中で飽きられる! と思ったので、ここで一度ぶった斬りました。
まふゆママには死んでもらいましたが、これはまふゆが人間のセカイにいる理由を無くす根拠の一つになります。
結末はすでに考えてありますので、どうかご期待ください。
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