煩わしい音で私は目を覚ます。デバイスの表面に映し出されたAM6:00の文字を見てからその下にあるアラームの停止ボタンを押す。寝る前に時計を見たのがAM3:00だから一応3時間は寝れている。
普段ならめんどくさいと感じるのだが、今日は違う。デバイスのロックを解除し、今日の予定を改めて確認する。
--シャーレ当番--
モモトークにも特に新しいメッセージは届いてはいない。だけど私の指は最後に会話をした相手とのメッセージ欄を開いてしまう。
<【じゃあ、明日は早めにおいで。朝ごはん作って待ってるから】
【ありがとう、先生】>
これが、昨日の最後の会話。先生に迷惑を掛けるのは嫌だけど、その分しっかりと先生の業務を手伝おう。だから遅刻しないように身支度を手早く済ませて外へ出ることにした。
寮の自室の玄関を開けるといつものような騒音はなく、歩く人の姿も殆どない。私がシャーレに行くことを知れば、一部問題児たちがまた、煩くなる。だから人目がないのはとてもありがたい。
私のデバイスが小さな音を立ててメッセージの受信を知らせる。
<【シャーレの裏口の番号、今ヒナに変えたから着いたらそれで入ってきてね】
先生が既に起きている事を知らせるメッセージに対して私は大まかな到着時間を返すと、シャーレに向かうその足の速度を速めた。道中、眠たそうな顔の猫が居たけど今日は我慢することにした。
シャーレ前に着くと大きな正門の前はまだ閉まっている。言われた通り裏手に回り、早めに来た当番の生徒や、夜間先生が使う用の入口の前に立つ。電子ロックがかかったその扉は、ちょっとミレニアムの生徒に言われて付けたものらしい。先生は大げさだと苦笑いしていたけど、そのミレニアムの生徒の言うことはもっともだと思う。
そんな事を考えつつ電子ロックを解除するために数字を4桁、打ち込んでいく。先程のヒナに変えたとメッセージに従い0219の順に打ち込み認証のボタンを押すと、小さくロックが解除された音が聞こえた。
ドアノブを捻り、中に入る。ここから先生のいる部屋まではエレベーターを使えばすぐたどり着くので私は▲のボタンを押した。
そして押してから、エンジェル24で何か買った方がいいだろうか?という疑問が頭の中でよぎる。飲み物を買っていった方がよかったと思いつつ、先生の飲みたい物はなんだろうという考えを巡らせていたら、エレベーターは何処にも止まることなく、私のいる1階へと来てしまった。
時間切れとに若干の悔しさを考えながらエレベーターへ乗り込み対象の階のボタンを押す。デバイスに目をやると時間は先生に送った到着予定時刻より15分ほど早い。そしてモモトークにはアコから今日1日はこっちの仕事は忘れて欲しいとの連絡があった。こういう時は前に教わった通りメッセージではなく、スタンプで返した方が可愛いと言われたのでその通りに返す。
エレベーターは道中止まることなく、目的の階までの直通となり、ドアが開かれる。コツコツと目的地までの部屋へと足を進める。先生がいるその部屋は既に開けられており、来客である私を迎え入れる準備を整えている。その部屋に入る前に髪を少し触り崩れていないかを確認する。朝早いからと言って抜けた姿を見せたくはない。髪の次は腕につけられた風紀委員の腕章にもずれがないことを確認してから私は扉をくぐる。
「先生、おはよう」
シャーレにある簡易キッチン。そこに彼は立っていた。私が入ってきたタイミングで丁度あくびをしており、私の声を聞くなりバツが悪そうに片手で口を覆い隠し、もう片方の手で私に向かって手を振る。
その姿がなんだかおもしろくて、思わず口元がほころびてしまう。
「お、おはようヒナ。少しだけ待っててね。朝ごはんあと、これ焼くだけだから」
大切な人が私の為に食事を作ってくれる。嬉しいと思う反面、じっとはしてられない。
「私の我儘だから、手伝わせて」
キッチンへ行く際に邪魔になるであろう銃を近くへ立てかけ、先生の元に向かう。先生の持つ小さなスキレットから小気味よく何かが焼ける音がする。そして私の鼻に対して激しく主張をしてくるのは風紀委員でもよく飲んでいるコーヒーの匂い。でも普段よりその匂いもいいものだと感じる。
「じゃあ、お皿を出してもらおうかな。あと、オーブンにあるそれも取り出して置いといて」
熱いから気を付けてね。一言足され、オーブンの近くにあるトングを借りる。1つ目を皿を出し、オーブンの中を開けるとそこに居たのは2組のマフィンとハッシュポテト。それをまずは1組ずつ掴んで皿の上に置いていく。それを先生に指定された場所に持っていくとアルミホイルの皿に丁寧に焼かれた目玉焼きが別のフライパンに2つ、固焼きにされていた。
「外に行けば簡単に食べられるけど、自作するのもいいと思わない?」
子供の様にはにかむ先生。だけどその顔には隠そうとしても隠しきれない疲れも見えている。きっとこの人は昨日も、いやさっきまで書類仕事に追われていたのであろう。それを思うと昨日の夜、先生に甘えて朝食をごちそうになると言ってしまったのは失敗だったかもしれない。
「うん、先生。とても素敵な朝食だと思う」
だけどここで謝ってしまえばそれはこの人の厚意を無下にしてしまう。だから私は昨日頑張ったご褒美として受け取ることにする。きっとその方が先生も私にもいいだろうから。
マフィンに薄くバターを塗り、それを先生に渡す。それを受け取った先生はそこにベーコン、目玉焼きの順に乗せていき、それを皿の上に置く。2組それを作り私はそれを机に持っていく。
「ヒナ、悪いけど冷蔵庫からケチャップも出しておいて」
わかったわ。と返事をし、机にお皿を置いてから、冷蔵庫へ向かう。視界の端では先生が2つのマグカップに先程のコーヒーを注いでいる姿が見える。頼まれたものを机に置き先に椅子へ座ると、少し遅れて先生が2つマグカップを持ってくる。
「おまたせ、じゃあ頂こうか」
互いに手を合わせ、いただきますを言ってからまずはマフィンを口に運ぶ。一口目はあえて何もかけずに食べたがベーコンの塩気だけでも私の食欲を煽るには十分だった。次にマグカップに目をやるとそこに注がれていたのはコーヒーではなく、カフェオレだった。
「もしかして、ブラックの方がよかった?」
首を横に振り、マグカップに口を付ける。甘くてほっとする味だ。
「実はさ、最近ブラックで多量に飲んでたら、胃荒らしちゃって、それ以来量を減らしたり、飲むときはカフェオレにしたりして飲んでるんだよね。まあ、元から飲みすぎって怒られてはいたんだけどね」
その言葉を聞いて前にセナと話した時に、先生がずっとブラックコーヒーばかり飲んでいるから心配だと話していたのを思い出す。私も気が付けば飲んでいる気がする。
「ヒナはまだ若いから大丈夫かもしれないけど、一応ね」
そう言われると今後は私も気を付けた方がいいのかもしれない。だけど
「まず、私たちは睡眠時間の確保からじゃない?」
なんてことを言ってみたが、先生には思いのほか好評らしく、違いないね。と笑顔を返してくれた。
朝食を終え、その片づけを終えた後、先生から当番用の入館証を受け取りシャーレの始業を手伝う。まずは各部屋の点検から。シャーレのオフィスは広く、他の学校と比べても質のいい備品が揃っている。これに関しては問題はない。そして始業前から入り込んでいる生徒も居なければ猫も居ない。これは当たり前。ただ、前から少し気になっているのがシャーレの居住区。主に先生が泊まり込んでいるここにそれ相応の設備があるのはまだ、理解できる。ゲームセンターがあるのは前から不思議で仕方がない。
先生に前に一度聞いてみたけどわからないと言っていた。ただ、あるおかげで多くの生徒が遊びに来てくれるから嬉しいとも言っていた。
私はゲームセンターへ殆ど行ったことがないからわからないけど、こういった場所はキララ達のような女の子かミレニアムの天童アリスが来ているイメージだ。
先生から貰ったチェックリストの欄に備品の欠損がないことを確認し✓のマークを付ける。毎日大勢の生徒が来ているのに未だに綺麗な状態であるのもきっとここで思うことは一緒なのであろう。
「先生、こっちは終わったわ。そっちはどう?」
返事がないのでこちらから歩いていくと、先生はタブレットを操作していた。先生は人気者だから、他の生徒とのモモトークを返しているのだろう。
「あ、ごめんねヒナ。午後からだけど勉強教えて欲しい子が来るからその調整をちょっとね」
1年生の子だからヒナにも手伝ってもらおうかな。と付け足す先生の言葉に私も頷き返す。私が持っていたリストを先生に返すと先生はそれを確認する。
「うん、流石ヒナ。抜けは無いし、最後に入口開けに行こうか」
シャーレの始業、その最後の仕事は正面シャッターの開放。といってもボタン一つで開閉できるのだけどそれでもシャーレでの1日を始めるのを実感できる仕事だと思う。
私と先生、2人の足音がゆっくりとシャーレの玄関へと近づいていく。電気だけで照らされた廊下はまだちょっと暗さを残している。
「ヒナ、今日1日よろしくね」
シャッターが少しづつ上がっていき日の光が廊下に差し込み始める。眩しさを覚えるその日差しに先生は少し辛そうに目をしかめていた。その姿を見て、私は今日先生を早く休ませることを誓ったのだ。