「先生、お昼もご馳走になってごめんなさい。だけど美味しかったわ」
先生に連れられて来たお蕎麦屋さんは、まるで昔のドラマに出てくるようなお店だった。木造の作りに、何個か置かれたテーブルと椅子。そしてカウンター席。
テーブル席に座ると店の奥に置かれたテレビが目に入り、ニュースを流し続けている。店主も愛想がよいとは言えず、私たちの注文を受け、それを出した後は新聞を広げ、次の客の注文まで動こうとしない。だけど、今の私たちにはテレビの音だけが流れるその時間はゆったりとしていいものだった。
昼からの業務を前に、まずは先生が作った一枚のプリントを見る。こちらに来る生徒が教えて欲しいといった場所を大まかに10問。基本的なものが6問、後は応用とひっかけ問題。
「ひっかけ問題は満点を取れないように入れてみたんだ。基本が出来れば応用はすぐに解るだろうし、もし9点で悔しいと思ってくれれば、それが勉強をするモチベーションにもつながると思ってね」
先生が使う参考書に目を通し、プリントと要点を見比べる。付箋が付けられた部分も含め範囲の場所を目でなぞっていく。
「先生、この範囲なら、ここの説明に重点を置いてやったほうがわかりやすいと思うわ」
付箋の付けられていないページを広げ先生に見せようとすると、先生が顔を近づけてくる。互いの体や顔を距離が近くなり、少し顔が熱くなる。
「えっちなのは駄目!死刑!」
私と先生の間に叫びのような声が割って入る。部屋の入り口にはピンク色の髪をした黒を基調とした子が、顔を赤らめがらこちらを指さしている。この子は確か、前に先生と一緒に居たところを見た気がする。確か、エデン条約の調印式前に美食研究会を引き渡してもらった時だったか。
「今!その人にえっちな事しようとした!」
どうやらこの子は誤解をしているようだ。確かに先生の顔が近くに来たので恥ずかしかっただけなのだ。
「コハル、誤解だよ。今は、コハルに渡す用のプリントの確認をしていただけだよ」
先生の言い分に私も頷く。ここで変な噂が立ってしまえば先生に迷惑がかかってしまう。
「安心して、先生の言う通りで、貴方の言うような変な事はされてないわ」
私が彼女にそう答えるとコハルと言われたその子は私の顔を見るなり、はっとしたような顔をし、すぐに俯いてしまう。彼女の顔を覆い隠すその羽を見て、少し後悔した。
「コハル、ヒナは悪い子じゃないよ。今もコハルが来る前にアドバイスをくれたりしたんだよ」
片方の羽がそっと持ち上がり彼女の片方の目が私を捉える。
「ありがとう...ございます...」
それはとても小さく、だけどしっかりと感情の籠った声だった。私は上手く笑えているか分からないけど、笑顔で返し彼女と先生が勉強できる様、場所の準備に向かう。
「あ、そういえば忘れてた。2人は初対面じゃないけど一応紹介しておくね」
そう言って先生は私たちの事を簡単にそれぞれに紹介する。先程コハルと呼ばれたこの子は下江コハル、補習授業部というところに身を置いているらしいけど、同時に正義実現委員会でもあるらしい。なんでも羽川ハスミのお気に入りの子らしい。
対する彼女は私の紹介に対して目をぱちくりとさせていた。
「ゲヘナの偉い人が私の為に、問題考えてたの?」
私は別にゲヘナの偉い人じゃないわ。とその質問に応えておく。きつく言ったつもりはないのだが、彼女の肩がびくりと跳ね、固まってしまう。怖がらせるつもりはなかったのだがどうやらそう捉えられてしまったらしい。
「じゃあ、コハル。今日は特別にヒナ先生も加えての勉強会にしようか」
彼女にとって私は集中を妨げる要因なのではないのだろうかと思っていたのだが、先生は違うらしい。
ただ、先生が頼ってくれるのだ、少しは頑張ってみよう。
下江コハルという生徒が羽川ハスミに気に入られているというのはあながち間違いではないようだ。少しの間、彼女の勉強を見て抱いた感想がそれだ。今回の範囲に対してわからないと言っていたこともあって、最初に先生に出された問題は全く解けてはいなかった。だけど自頭が悪いわけではなく、先生や私が教えれば、悩みながらもキチンと正解へとたどり着く。そして問題の解き方が分かったときの彼女は解り易い。頭の小さな羽が嬉しさを表すようにパタパタと揺れる。そして本人がむずかしいと思ってるであろう時にはその動きがぎこちなくなる。先生もこういう可愛らしい子が好きなのだろう。楽しそうに彼女に勉強を教えている。私はこういう時うまく感情を表に出せないので、そういう意味では彼女が少し羨ましい。
その後も彼女に対する授業は問題なく進み、先生が最後にプリントを手に取った時だった。
「先生、友達が変な奴らに襲われて!とにかく助けて!」
突如入ってきたその生徒の言葉にそれまで柔らかな雰囲気に包まれていた部屋がぴしりと凍り付く。
私は自分の銃を手に取り、先生へと目を移す。先生もそれに頷き返してくれる。
「行こうヒナ。あとコハルもよければ手伝ってくれない?」
少し緊張した顔で彼女は自分の銃を握る。見ればそれはカタツムリのストラップが付けられたスナイパーライフル。なるほど、そういった点でも羽川ハスミと同じなのか。この前会ったSRTのスナイパーも中々のものだったが、彼女もそうなのだろう。
「コハル、期待してるわ」
今度は怖がらせないように優しく言ったのだが、彼女の顔が緊張したままなのを見るとどうも自分にはこういうのは得意ではないらしい。