黙々と食事を取り、先生と他愛もない話をした後、気が付けば時計は20時を回り外はすっかりと暗くなっていた。そんな夜道を歩いていると、楽しい一日もそろそろ終わりを告げようとしている。
「先生、シャーレまで送るわ。残念だけど今日の当番はそこで終わりね」
先生は自分のタブレットを少し眺めた後、私にその画面を見せてくる。その内容はゲヘナ行きの列車が全線運転見合わせになっているというニュースだった。
「このままじゃ帰れないだろうし、仮にこんな夜遅くにヒナを返したら大人失格だから、今日はシャーレに泊っていきなさいヒナ」
幸いにも仮眠室にベッドは沢山あるし。と先生は付け足す。とても魅力的な話ではあるのだけど先生と同じ屋根の下で寝るのはまだ心の準備が...
「ちなみに私もシャーレに泊るよ。どうせ明日も仕事だし少しでも睡眠時間を取るためにシャーレに泊るよ」
笑ってないない顔で先生が乾いた笑いを見せる。同時に私のデバイスに見知らぬアドレスからメッセージが届く。
ーお願いです。一緒に居て先生を休ませてあげてください。
その謎のメッセージが一体誰のものなのか分からないけど、次にデバイスを見たときはそのメッセージは無かった。
「先生、今日はシャーレに泊るわ。その代わり先生もしっかりと休んで」
先生の服の袖を掴みそのまま前えと歩く。自分でも恥ずかしいことをしている。顔が熱くなるのが解り、思わず視線を下げてしまう。
「うん、じゃあ今日はもうシャーレに帰って休もうか」
最初は私に引っ張られるように歩いていた先生の足取りが、私と同じ歩幅に揃えられる。ゲヘナでは夜でも騒がしい日は少なくない。だけど今日この時は、とても静かで、横にいる人の事を考えると、静かであるより騒がしい方が嬉しい。せめて虫の鳴き声でもあればいいのだが、今この時はひたすらに静かだな空間が広がるだけだった。
シャーレに戻ると出かける時には色々な音が交じり合っていたはずのゲームセンターもすっかりと静かになってしまっている。足音だけがしっかりと響くその空間に先生が呼んだエレベータの音が緊張しているであろう私の心を少しだけほぐしてくれる。
「ああ、そうだ。制服のまま寝ると皺がついちゃうから外来用の寝巻使ってね」
この一言が逆に私の心を落ち着かせてしまった。この人は多分いつもこういうことをしているんだろう。自分が普段どう思われてるかも知らないで、ただ単純に、生徒が心配だからの理由だけでこういうことをしているのだろう。
エレベータの中に入り対象の階のボタンを押す。扉を閉めるボタンを押す前に先生が私の顔を見て、察したのであろう。気まずそうな顔をする。私だって先生を困らせたいわけじゃない。だけどこの人と話していると自分の幼さを嫌でも自覚してしまうのが辛い。もし、私がもっと大人びた体つきだったら、先生と見劣りしない人間だったら。と思ってしまう。
「私にとってヒナはいつでも頼りになる優しい生徒だよ」
心を見透かされたような一言に再び胸の鼓動が早くなるのを感じる。自分でも情けないぐらいに解り易いと思う。
「あと、貴重な、仕事の辛さを言い合える生徒だしね。。。うん、本当はヒナの年じゃわかったらダメなんだけど」
たまに先生はこうやってよくわからないけど、ひたすらに辛そうな面を見せる。多分これは大人にならないと解ることは無いのだろう。
居住区のある階への扉が開く。エレベーターから降りて最初に目に入ったのは利用者名簿。そこに自分の名前を書こうとしたのだが、どうにも前?の使用者がおかしい。名前の欄に【暇です。】【ピースピース】など同じ筆跡で書かれたその文字はざっと見る限りここ最近何回も使用した形跡がある。
「ごめん、本人にはキチンと話をしておくよ」
少し困った顔をして、次にシャワー室の場所を教えて貰い、最後に寝室。何個か並ぶベッドは元から生徒の宿泊を想定されていたのだろう。こういうところはシャーレの謎である。
「あと、良かったらこれ、使って」
渡されたのは小さな箱。中には手のひらサイズのビンが1つ。どうやらヘアオイルのようだが
「それさ、この前、商店街の福引で当たったんだけど私には使う機会がなくて、気に入ったなら使ってね」
そういうと先生はシャーレの正面のシャッターを閉じるために小走りで去ってしまった。私はとりあえずシャワールームへ向かう。衣服をたたんでシャワーを浴びようとしたときにお風呂に必要な一式がないことに気付く。
近くに見つけたのはSRTと書かれた籠に入れられたシャンプー類とその横に置かれた小さい籠に入った男物のシャンプー類。これは多分じゃなくても先生のだろう。
結局私は悩んだ挙句、申し訳ないと思いつつも先生のものを使った。
一日の汚れを落としてもらったオイルを馴染ませながら髪を乾かしシャーレに支給されている寝巻へと袖を通す。いい素材で出来ているのだろう。やわらかい肌触りは快眠の手助けをするだろう。
寝室へ戻り、私を確認してから先生は入れ替わるようにシャワー室へと向かっていく。その間に私は少ない自分の荷物を先程先生が居た場所の近くのベットの付近に置き、貸出し用の充電器に自分のデバイスをつなぐ。映し出された時間はそろそろ22時になろうとしている。普段ならようやく不良生徒の取り締まりを終えているか、書類仕事を始めた辺りの時間だ。モモトークには特に新着メッセージはない。私が居ないからと言って私の代わりをやる必要もないし、皆にはあんまり遅い時間まで風紀委員の仕事をしてもらいたくはない。
改めてこうしてシャーレに滞在してこの時間まで居ると、風紀委員の合宿を思い出す。ただ、あちらは訓練の為だけど今回は違う。そういえばあの時はアコが大分手を回していたみたいだけど先生は私を休ませるために呼び出しがある以外はずっとそばに居てくれた。今日は色々あったお陰でこうして先生と一緒に居られる。
10分ほど経った頃、先生がこちらに戻ってくる。男性のシャワーの時間は短いって風紀委員の子が噂していたけど先生を例にしてみたら正解かもしれない。
「おかえりなさい。先生」
先生が私の横のベットに座る。私は許可を貰って自分の座っていたベットを先生が座るベットに横付けする。それを終えて再び座りなおすと今度は先生に手招きされ私はそれに応じて横に寄り添うように座る。
「シャワーの方は特に問題はなかった?」
問題はなかったが素直にシャンプーに関しては素直に先生のものを使ったことを伝える。あと別においてあったSRTと書かれた籠についても聞いておく。
「あーうん。あれはね。ちょっと話すと長くなるというか」
要約すると、今、学園が閉鎖されているSRTの子たちは訓練で掻いた汗をシャーレのシャワー室で流しているらしい。それで彼女たちにはそれぞれ好みのシャンプーがあり、それが置いてあるそうな。ただ、そのシャンプー代を先生が出す理由は何処にもない気がするのだが先生の事だ。また生徒の為などの理由から出しているのだろう。
「今日はせっかく早く業務が終わったしもう寝ちゃっおうか?」
その言葉に自分の瞼が重くなっているのを感じる。私が頷くのを見てから先生が近くにあったボタンを押すとゆっくりと照明が落ちて、掛け布団を手繰り寄せる。途中、先生の手と私の手が触れる。ごつごつとした硬い手は、子供の私とは違う大人を感じさせる。
「先生、手握ってもいい?」
どうして自分でもそんなことを言ってしまったのかわからない。だけど先生は何も言わずに私の言葉に対して手を握り返してくれる。
「おやすみ。ヒナ」
おやすみ先生。そう私は返して意識を手放した。
明日もまた、いい日でありますように。
(終)