「何処かの誰かのお陰で想定よりコースが大きく反れた上にユーラシアの馬鹿騒ぎで損耗した我々は修理と補給を兼ねてオーブに寄港することになった」
身を縮めて顔を思いっきり反らす。カッコつけた所為で機体を中破させて、パックが吹っ飛んで地球の重力を振りきれずに落ちたのだから。隊長と艦長が拾いに来てくれなかったらここに居なかっただろう。
「おそらくだが、1週間は時間がかかるはずだ。その間、クルーには半舷休息と上陸許可が降りることになった」
休暇に皆が喜びの声を上げる。オレも久しぶりに実家に帰れることに喜ぶ。
「今回は外泊許可も下りる。必要なら書類を提出するように。半舷休息の割り振りはこちらでしてある」
オレは隊長と一緒で前半か。後半はデルタの調整が入るのか。スカイパックの改良、へぇ、テストパイロットみたいでカッコいいな。おっと、調子には乗らないようにしないと。またヘマをやらかしたら流石に見捨てられるまでは行かなくても特訓づけにされる。
「なお、現在ユーラシアの連中、先のプラント襲撃に関わっていると思われる部隊が入港している疑いがある。だが、オレ達は彼らの事を知らない。いいな」
無視しろか。まっ、制服を脱いでれば分からないよな。
「向こうも面倒を起こす気はないはずだ。それからオーブの連中には気を付けろ。端末は港から出る際に渡される物と緊急ビーコンのみだ。それ以外の物は艦に残していけ。絶対に基地の外に持ち出すな。一般人はともかく氏族には絶対に気を許すな。エクリプス事件の事を忘れるな」
隊長の言葉にMS隊の全員が嫌そうな顔をする。オーブの闇の塊とも言える事件であり、オーブ侵攻作戦の火種になった事件であり、結果としてオーブの上層部の大半が処刑されることになった。生き残ったのはエクリプス計画に全くの関与を持たず、未成年であった者や最低限の国家運営に必要な人員に監視を付けた執行猶予状態の者などだけだ。
エクリプス計画、オーブの氏族の大半が関わった各国の軍事技術の無断盗用による条約無視の量産型核動力・核攻撃MS開発計画。
この条約無視の部分がとある傭兵からの情報で世界に漏れ、ユーラシアによる制裁戦争が勃発。大西洋連邦の仲介もあり、国民への被害をできる限り抑えるために事前に戦闘区域を告知して避難に十分な時間を与えてから交戦に入った。
だが、オーブ政府は避難指示を出すことなく戦闘が起こり、市民にも多くの被害が出た。また、オーブ軍は劣勢に陥ると市街戦を展開したことで被害は更に拡大した。その際にユーラシアが民間人のシェルターを積極的に攻撃したことで大西洋連邦が介入することにもなった。
オレがオーブから出ていったのもこの事件が切っ掛けだ。
「油断するな。つい先日も孤児院の地下からMSの整備ドックと組み立て中のエクリプスが発見された。バッテリー駆動だが、性能は核動力駆動と変わらないそうだ。保護された孤児達から未知の薬物と催眠の痕が残されていた」
「オーブの奴らそこまでやるんですか!?」
「生き残るのに必死だということだ。小島も多いからな、他にも秘密ドックが幾つも見つかっている。中には税金を横領して作られた物も見つかっている」
「オレ、オーブ出身で家族が住んでるんですけど移住を勧めた方が良いですか?」
「キマイラ隊の福利厚生には移住のサポートもある。実際に移住した者もいるから話を聞いてみろ」
この後すぐにでも話を聞きに行こう。
ナガイ艦長に呼ばれて艦長室に入る。応接セットのソファーに座っており、誘われて対面に座る。
「ヤマト隊長、シンは?」
「今のところは問題ありません。ですが、日常に戻った瞬間がどうなるか」
「こればかりはな、大人でも耐えられない者がいる。バックアップチームは用意してある。悪いがフォローを頼む」
「了解です。それにしても随分とシンに親身ですが」
「まあ、な。私にも子供が居たはずなんだ。産まれていれば、ちょうどシンと同い年だ。私の方の問題で、あの子は奇形児として、それに耐えられずに妻は自らの腹を切り裂き帰らぬ人になった」
「それは…お悔やみ申し上げます」
「いや、私も悪かったのだ。私が原因だとは話せなかった。だから、奇形児でも愛そうと覚悟を決めようとして妻を見ていなかった。コーディネートはこういった不幸を無くすために使うべきだと思っている。あくまでも治療目的で、整形手術だとは思いたくない。自分の才能を引き継いで貰いたい?生まれてきた子供に押し付けるものではない。才能はあるに越したことはないが、努力である程度はカバー出来る。あとは折れぬ心こそが大事だと私は思っている」
「分かるつもりです」
「ヤマト隊長、君と話していると同年代、いや少し年上と話しているように感じるよ。何故かは分からんが、悔いの無いようにな」
「ええ。それでは失礼します」
軍港で借りた車を運転する隊長の隣で移住に関する書類に目を通す。
「アズラエル財閥に属する企業への斡旋、父さんはモルゲンレーテのマシンキーパーだからアナハイム関連の企業なら行けるか?母さんはパートだし、でもマユの学校がなぁ」
「学校に関しては本人とも確認するべきだな。将来に関わることだからな、なぁ、中卒のシン・アスカ君」
「軍大学って学歴に含まれますか」
「含まれるが、シンの場合は大尉にまで昇進した後に戦術もしくは戦略論文を最低2本、それに加えて上官から複数の推薦を貰う必要がある。教育課程は佐官教育だからかなり大変だぞ」
「えっ、士官教育は?」
「艦長に出されているレポートがそれだ。戦時登用での特別教育課程だ。学歴には含まれない。オレも似たような形で佐官教育を受けている最中だ」
「へぇ、やっぱり現場から離れられないからですか」
「ああ。MSはまだまだ産まれたばかりの兵器だというのに恐ろしい速度で進化を続けている。迂闊に現場から離れるとパイロットの練度の低下が激しくなると上層部は考えている。たぶん、10年は離れられないだろうな」
「10年も進化し続けるんですか?」
「予想だがな。その後は機体の性能にパイロットが追い付かなくなって、強化人間がメインになる。薬物や催眠で、専用コーディネートした上でそれらを行うかもしれないな」
「そこまでやりますか!?」
「ユーラシアは前半部分も後半部分も別々で既にやっている。まあ、大西洋も後半部分をやっていた過去がある。今はアズラエル理事が潰しているが。外で喋るなよ、消されるぞ」
「知りたくなかった。了解です、忘れることにします」
「それで良い」
これでオーブよりは闇が薄いのが泣けてくる。大国の余裕ってやつだ。真っ向から殴り合っても強いってこういうことだ。
シンを自宅に送るついでに母親にエマージェンシースイッチを内緒で手渡す。シンがPTSDを発症したならすぐに押すようにと説明しておく。押せば5分以内に制圧部隊が到着して安全を確保してくれる、新兵にはよくあること、親族の相談窓口の案内を伝える。
それを終えてから花屋に寄ってからとある場所に向かう。オーブに出来た新しい負の観光名所、通称首塚。
エクリプス事件で処刑された罪人は全てここに葬られた。ここ以外に葬ることを許されなかったが正しい。2m程の高さの石碑に名前が彫られただけのそれは、ゴミやペンキで汚された表側と花などが備えられた裏側とそれが守られるように警備員が駐在する小屋で構成される。
表向きは罵られても仕方の無いことではある。だが、裏向きにはオーブの未来のための備えであった。それを証明するために作られた。
ナガイ艦長から表側に酒瓶を投げつけるように頼まれていたので投げつけてから裏側に回ると先客が居た。
「君は、いえ失礼しました、アスハ代表」
「お前は、あの時ヘリオポリスに居た」
「大西洋連邦所属キラ・ヤマト少佐です」
先客である現オーブ首相カガリ・ユラ・アスハ代表に敬礼を行う。
「ああ、昨夜大西洋の艦が入港していたな。先程瓶が割れるような音がしたが」
「艦長の方から表側に酒瓶を投げろと。こちらは私の方から」
用意されている台の上に花を捧げて黙祷を行う。
「ヤマト少佐、少しだけ良いか」
「ええ、休暇中ですから」
「ありがとう。ヤマト少佐は彼らのことをどう思う」
アスハ代表が石碑を見ながら問いかける。それに対して率直に自分の意見を述べる。
「ある一定範囲までは認めます。だが、自分達が傲慢であったことを最後まで理解出来ていなかった。理念あっての国だとウズミ代表は述べられていましたが、国の基本は人です。人が集まり集団となり、その集団の方向性を決めるのが理念です。
その上、他者を尊重しなかった。これが致命的です。たかが傭兵相手、そういう思いがエクリプスの露見に繋がった。
また、量産も不味かった。2機位までならあそこまで酷くはならなかったはずです。それが完成品だけでも8機、建造中は6機、しかもまだまだ量産する予定だったとか。先日も持ち出されていたパーツから組み立て中でした。使われた技術もユーラシア、大西洋、ザフトの無断盗用。
やりすぎとしか…」
それを聞いてアスハ代表は溜め息をついた。
「私もそう思う。傀儡とは言え、1年も代表をやっていればエクリプスの様な力を用意しておく必要性は理解できる。だが、やりすぎた。国家解体になっていないのが不思議な位だ。失礼、私だ。そうか、許可する。念のためアメノミハシラにスクランブル待機を要請してくれ。すまないヤマト少佐、急用が入った」
「いえ、私は何も聞いておりません」
「すまないな。またこういった場で会えることを祈っている」
走り去るアスハ代表を見送り、しばらく待機しておく。十数分後に宇宙へと飛び立つシャトルがオーブ軍の主力戦闘機によって撃墜されたのが見えた。恐らくは先日の一件の関係者が逃亡しようとしたのだろう。
アザゼルから連絡が無いということは問題は発生していないということだ。もう一度石碑に黙祷を行い、その場を後にする。
予約しておいたホテルに荷物を預け、繁華街に出掛けて両親への土産物を物色する。オーブから移住してアズラエル財閥のコロニー、ロンデニオンに住居を移した両親に故郷の物を届けるぐらいのことはしないとな。海産物を送ろうと思うと恐ろしい金額になるが、普段はほぼ使わないので良いだろう。
そのまま昼食も済ませてから電気街で書籍データを漁り、話題の怪獣映画を鑑賞してからチェックインを終わらせて仮眠を取る。
夜中にエマージェンシーコールが入ると同時に飛び起き、車をアスカ家に向けて飛ばす。外には既に制圧部隊の車とアスカ家の方々を保護するように2名の軍人が控えている。
「キラ・ヤマト少佐だ。状況は」
「はっ、目標は異常な興奮状態ですが意識ははっきりしているようで近づかないで欲しいと訴えております。現在は扉越しに話しかけて鎮静化を行っております」
「分かった。ここからはオレも加わる」
シンの元へ向かおうと歩き出すと声をかけられる。
「あの、お兄ちゃんは、お兄ちゃんは大丈夫なんですか!」
パジャマの上に毛布を羽織っている少女がこちらに向かって叫んでいた。
「説明は?」
「まだです。ご家族の方も落ち着いたばかりです」
「わかった。こちらで説明する。大尉も来てくれ」
シンのご家族の元へ向かい、声をかける。
「大西洋連邦第19独立機動部隊キマイラ隊旗艦アザゼル所属MS隊隊長キラ・ヤマト少佐です。シンの直属の上司になります」
出来るだけ不安を与えないように柔らかい表情を見せる。
「現在、シンは初陣を済ませたばかりの新兵がよくかかる病気に侵されています。これはよくあることで、こちらの兵士はこの見た目ですが救護兵になります」
「ホーランド・メイザス医療大尉であります。心療内科医の資格を有しております。ご子息のシン・アスカ准尉でありますが、症状としては軽度の物で投薬治療とカウンセリングで十分に寛解すると思われます」
「その、寛解とは?」
父親がホーランド医療大尉に尋ね返す。
「寛解とは完治とは異なり、症状が収まっていると言う状態を指します。つまり状況によっては再発する可能性があるということです。現場から離れたとしてもフラッシュバックから再発する可能性があります。
繰り返しになりますが、これは兵士には普通の病気なのです。なので、必要以上に恐れる必要はありません。今もちょっとリアルな怖い夢を見てしまい、興奮しすぎているだけです。大丈夫です。問題ありません」
「そういうわけなのでご安心下さい。軍でも対処法が確立されています。むしろ、発症して貰わなければ困るところでした」
「なんでですか?お兄ちゃん、あんなに苦しんでいるのに!」
「苦しむのが正しいだからだよ」
妹さんの視線に合わせるように膝をついて話す。
「人を、正しい理由でも殺しておいて何も感じない。そんな人に隣に居て欲しいかい?」
「…いや、かな」
「だから苦しんでくれて良かったとオレ達は思っている。分かってくれるかい」
「…なんで軍人なんかになっちゃったのかな?」
「それは本人に聞くしかないな。まあ、今日のところは話せないだろう。落ち着いたら連絡できるように手配しよう。安心すると良い、入隊してから面倒を見てきたが、アレで結構心が強い。立ち直ってくれるさ」
最後に頭を撫でてやり立ち上がる。
「あの、お兄ちゃんを、よろしくお願いします!」
「ああ、任せて欲しい」
アスカ家に足を踏み入れてシンの自室前に向かう。そのままドアをノックして声をかける。
「シン、オレだ、キラだ」
「た、隊長?あの、オレ、大丈夫です!やれますから!」
「落ち着け。今の興奮状態のお前の言葉は信じてやれない。だが、チャンスはちゃんと用意してやる。自分の状態は分かるな?」
「…PTSDって奴ですか?」
「そうだ。まあ、軍人にとってはちょっと酷い風邪程度のものだ。だが、風邪で死ぬ者もいる。適切な治療を受けないとな。さあ、アザゼルに戻るぞ。とりあえず服だけ着替えろ。通信機器も忘れるな」
「…了解です。あの、帰って、これますよね?」
「今回の寄港中は無理だな。だが、帰れるさ。それともちょっと錯乱した程度で受け入れてくれないような家族なのか?」
「そんなことない!」
「なら大丈夫だ。通信程度ならオーブに居る間なら許可を出してやる」
「はい」
暫く待っていると、昼間に送ってやった時と同じカバンを持って部屋から出てくる。護身用の拳銃を預かり、外に出る。離れた場所にいるアスカ一家に頭を下げ、シンも隣で同じように頭を下げてから車に乗り込む。
アザゼルに戻った後、すぐにMPに囲まれて医務室に連行された。規則だそうでそのまま精密検査とカウンセリングを受けて営倉に入れられる。24時間はこのままだそうだ。
カウンセリングを受けて、初めて人を殺したという事実に震えた。ユニウスを地球に落とそうとする奴らで、声も姿も知らない奴と、声だけは知っている奴。地球を、オレの家族を、オレを殺そうとしてきた奴ら。殺したのは正しかったと言える。でも、それでも、人を殺した。
それが無意識にオレを苦しめる。これが隊長達が背負っていた物。これとどう向き合っていくのか。それがオレの人生を決めることになる。
24時間が経過し、営倉から出されると艦内が慌ただしいことに気付いてブリーフィングルームに走る。
「隊長!」
「シンか、世界情勢が動いた。補給と修理が終わり次第、アラスカ基地に帰投する。ユーラシアがプラントに対して制裁戦争を仕掛ける。月では着々と準備が進んでいる」
「何があったんですか」
「詳しくは後で情報部がまとめた資料が配られる。簡単に言えば、ユニウスの管理不足とその後の対応の不足、更には戦力の増強からプラントがユニウス落下のテロを援助していたと。フリーダムの件もあってあまり否定できない。どうなるか分からないので戦力を再編することになるだろう。宇宙に上がるか、地上を回るかは不明だ。半舷休息は切り上げで艦内待機が発令される。連絡を入れるなら今だけだ。急げよ」
時計を見れば7時前、今ならまだ家族は家の筈だ。通信室の利用許可を取り、実家に通信を入れる。
『はい、シン。大丈夫なの?』
「とりあえずだけど。ニュースにもなってると思うけど、新しい任務に就くことになる。本当はもっとゆっくり話したかったんだけど、ごめん」
『…謝らないで。それよりも無事で帰ってくるのよ』
「うん、絶対に生きて帰ってくる」
『...本当は軍人なんて辞めて欲しい。だけど、もう遅いのよね』
「…うん、辞めても、あまり変わらないと思う。間違ったことはしていない。任務だからだけじゃない。皆を守りたいって、そういう気持ちがあったから。そう、うん、守りたいんだ。オーブはダメだって思ったのも、そこだな。母さん、オレは家族に生きていて欲しい。理念だとかの綺麗事よりも、命の方が大事だ。移住の件、詳しい資料を送って貰うけど、真剣に考えておいて欲しい。オーブに火種はまだ残ってるんだ」
『それは、分かるわ。でも、オーブを放れても同じことよ。それなら故郷を捨てたくないわ』
「同じじゃない。火種の量も、それを打ち消せるだけの力も全然違う!絶対に安全な場所は何処にもない。だけど比較して安全な場所は存在するんだ!オーブの火種の多さは軍に入ってからよく分かるようになった。カガリ・ユラ・アスハ代表は頑張っているとは思うけど、危険なんだ」
まだまだ話したいことがあったけど、サイレンが鳴り響き、シフトが切り替わる。
「ごめん、任務が発令された。また、暫く連絡できない。元気でいて。父さんとマユによろしく」
『…シンも、気をつけてね』
通信が切れて、モニターが真っ暗になり、そこに自分が映っている。守ることの難しさに顔をしかめている自分に声をかける。
「守りたいんだろう、シン・アスカ。そのために銃を手に取り戦え。平和ボケした者を守るのは大変だぞ」
たぶん、母さん達は移住してくれないだろう。危機がすぐ近くに迫らないと理解出来ないと思う。それは、良いとも悪いとも言えない。だからオレが支える。それしか出来ないと思う。