人も獣も草木も寝静まった丑三つ時。
月も星もなく、道端の灯りも消えて暗闇に覆われた街の中を一匹の薄汚れた白猫が疾走していた。普段の彼女の様子を知るものであれば驚く程の速さで、脇目も振らずに駆けて行く。さながら獲物を見定めた虎である。いや、白猫ならば白虎というべきか。守護者という意味では、白虎と同じ顔を持っているともいえる。
では彼女は何と戦うのか。実は白猫もよく分かっていない。分かっている事といえば、おかしな鳴き声を上げることとドス黒い体色をしていることくらいなもので、どこから来たのかも何をしにきたのかも分からない。突然現れて、ただただ暴れ回るだけだ。
しかし白猫にとっては、それだけで戦う理由としては十分だった。奴らが暴れ回るだけで、愛しい仔猫が危険に晒される。ならば問答無用で蹴散らすのみである。
「シャァァァァァァァア!」
遭遇した大鴉の怪物に白猫は咆哮する。
猫とも思えぬ鋭い声に気圧される鴉を睨め付けつつ、彼女は「銀の人」に姿を変える。数日前までよりも土埃で薄汚れていたものの、艶やかさの中に闘志をたぎらせた容姿はそのままだった。
そんな彼女に鴉は鋭い爪を広げて襲い掛かる。だが人1人軽く掴める程の大きさのそれも彼女に対しては何の役にも立たなかった。
爪を掴んだ銀の人は、地面目掛けて鴉を投げ飛ばしたのである。元々、腕など持たない奴に受け身など取れるはずもない。顔と腹を強かに打ち付け、身体の下敷きになった左の翼は見るも無惨にひしゃげてしまった。
もはや鳥としては死に体もいいところだが、それを見逃す程の慈悲は彼女にはない。苦し紛れに発射された鉄釘のような羽もバリヤーで弾き飛ばされ、地面に縫い付ける道具として利用されてしまった。
その苦痛にもがき苦しむ様子を目の当たりにしても、銀の人は全く動じなかった。寧ろ好機とばかりに頭に組み付き、爪を光らせた右手で額を貫いた。
鴉の骸を残し、銀の人は戦場から立ち去った。
背伸びしつつ、人の姿のまま東の方角へと足を進める。棲家があるのではない。待っている人がいる訳でもない。見たいものがあるからだ。
まだ太陽が出ていない暁の空。それを見て彼女はにんまりと笑った。まだ仔猫が起きる時間ではないからだ。安心して1日を過ごせるように、あの子が活動する時間までには怪物を倒しておきたい。その目標を達成できたので、安堵しているのである。
これで心置きなく休めると胸を撫で下ろしたのだろう。近くの草原に寝転び微睡みはじめた。元は野良猫だから、行き当たり飛蝗と共に草枕という講談のフレーズのごとく、その気になればどこでだって寝られるのだ。
だが寂しさを知った為か、昔よりも寝つきが悪くなってしまっていた。だからといって仔猫に会いに行くわけにはいかなかった。彼女が自分の領分を持った以上、それを壊そうとした自身が戻ってもいい事はない。そう考えてしまうからだ。
しかしながら寂しくて会いたい事のもまた事実で、時折顔を仔猫の家の方角に向けてしまう。
こんなアンビバレントに悩み、結局銀の人は一睡も出来ずに朝を迎えたのだった。