月の下で白猫は腹を空かせていた。
数年のブランクがあったせいか、はたまた食物が見つかりにくいからか、このところ碌なものにありついていない。これでは1人で餌取りもままならない仔猫を守るどころではない。
しかしやっと捕まえたバッタ1匹で満足するほど、彼女の腹は小さくなかった。どうにかして肉か鮭を齧りたい。無理なら鼠でも良いが、どういうわけかこの街には鼠がいないから、それも叶わない。
人の姿ならば、手に入れようがあるかもしれないと、少女の姿に変身してみたものの手に入れる術を思いつかない。そもそも彼女は仔猫や仔猫の親がどうやって糧を手に入れているのか、よく知らないのである。
だからといって今更帰るわけにも行かない。どうしたものかと頭を抱えていると、地中から妙な音がしている事に気づいた。前にも聴いた事のある土を掘り返す音だ。薄気味悪い気配も漂ってきていることからして、前のハムスターもどきがこちらに向かってきているのだろう。
ちょうど良いと白猫は考えた。あれだけ大きいなら一食分くらいにはなるだろう。得体の知れないものなら食べ慣れている。拾われる前はゴキブリだの百足だの食べて凌いでいたのだ。怪物を腹に入れるなどどうという事はない。
穴から這い出てきた化けハムスターの顎を蹴り上げて、天高く吹き飛ばしたところで猫は「銀の人」に変身する。
そしてハムスターを追いかけるように自身も飛びあがり、空中で一回転してから体勢を整えてからドロップキックを彼の土手っ腹に叩き込む。勿論、ただ蹴り飛ばすのではない。街外れの空き地目掛けて蹴り飛ばしたのだ。そこならば仔猫はもちろんのこと、『紫の人』と『ピンクの人』もすぐにはやってこないと考えたからである。
精製したバリヤーを踏み台にして銀の人が後を追うと、ハムスターは積み上げられた自動車の上でもがいていた。どうやら廃車置き場に落っこちたらしい。
ガラ空きの腹にストンピングをかまし、更にヒップドロップで追撃をかける。堪らずハムスターも溶けかけのドングリと体液を吐き出した。
しかしそれで動きを止める彼女ではない。今度は後ろ脚を掴んでジャイアントスイングを仕掛けた。ロープとコーナーポストだけしかないリングならともかく、周りに廃車があるものだからハムスターも頭をしこたま打ち付ける羽目になった。これでは狙いが定まらず、得意の炸裂弾も奥の手も使い物にならない。
それでも車を支えによろけながら立ち上がったところで、懐に飛び込んできた銀の人に袈裟掛けに銀の爪で胴を斬りつけられる。
さらに左薙に唐竹と打ち込まれたところで、ハムスターは体当たりを仕掛ける。体格差を活かしたつもりだが、あっさりと担ぎ上げられた挙句、バックフリップで地面へと叩きつけられる。この時に散らばっていた車体の破片や機械の部品が背中や頭に刺さったものだから、目こそ醒めたものの身体の怪我はより酷いものになった。
更にうつ伏せの状態で持ち上げられ、腹を中心に身体をVの字に曲げられた。本来曲がるはずのない角度で身体を無理矢理反りかえらされたものだから無事で済むはずがない。
腰と腹が血を流したのち、とうとうハムスターは吐血して動かなくなった。これで終わりのようだ。
念の為に心臓を潰した後、破片塗れでとても食べられそうにないハムスターもどきをその場に残して、銀の人はその場を立ち去った。
小川で銀の人は身体を洗っていた。流石に返り血を浴びたままというのは、綺麗好きな彼女にとっては耐えられない事だったからだ。
「ホゥ……」
臭いはまだ残るが血は洗い流せた。万全な状態とは言えないが、これならゆっくりと休める。
猫の姿に戻り、草の上に横たわる。余裕も無いのに少し動き過ぎた。ただでさえ体力がないのだから、次からはそこも気をつけなくてはならない。
せめて終わり、つまりあの怪物の出所さえ分かればその事も気にしないで済むのだが、白猫にはそれを知る術もない。
しばらく考えたところで、ふと白猫は思い出した。「紫の人」が妙なトランクケースに浄化した動物を連れ込んでいた事に。
あれが何なのかは知らないが、あの鞄の中をなんとかしないことには恐らく堂々巡りになる。一度元に戻ったからと言ってまたああならないとは限らないからだ。
そうならないと保証できるなら、あの2人はその事を私に伝えたはずだ。
向こうに何があるのかは知らない。でも調べる価値はありそうだ。その為には……。
そこから先は白猫は考えられなかった。無理もない。それほどに疲れていたのだから。