「いやぁー、僕の指示で佐藤先生には直ぐに出張行ってもらってしまったからねー。彼から報告する暇もなかったんだよ。すまないね東先生。」
電話越しのその声は謝罪を口にするも全くもって反省の色は伺えない。
「……分かりました。行ってしまわれたのなら今更どうしようも無い。報告感謝します。……次回からは先に教えて頂きたい。」
「もちろんだとも。須藤の名にかけて誓うさ。」
貴様の名前にそんな権威は無い、という言葉が出かけたがなんとか胸の内に留めておく。
「……それでは失礼します。」
「あー、あと、もうひとつ。」
「……なんですか?忙しいので早くして頂きたい。」
「すまんすまん。例の条約についてだ。」
須藤先生の声が少し真剣なものとなる。
「ほう、条約がどうしたのです?」
「例の条約の裏で何者かが動いている、そうは思わないかい?」
「……何が言いたいのですか?」
「いや、これは私の直感だが……恐らく第三者の介入が予想される。そしてその第三者は私たち、あなたを含む先生方に接触を試みてくるはずです。」
「……。」
「どうかご注意を。」
ガチャリ。
そこで電話は途切れる。
(……あの狸め。)
心の中で悪態をつく。例の条約に触れることで今回の件をうやむやにしようという魂胆が丸見えだ。
しかし、あながち無視できないような内容を伝えてくることが尚のこと腹が立つ。
(そもそも佐藤先生をシャーレに留めておきたかったのはその第三者から先生を保護するためでもあると言うのに。)
佐藤先生は【先生】としては非常に優秀であると思う。生徒、キヴォトスの住人、また我々のような他の先生の心情を常に把握する視野の広さ。助けを求められればすぐに動く行動力。失敗を恐れない勇敢さ。
しかし他の先生と比べ、身体能力や知識が突飛している訳では無い。佐藤先生自身が危険に晒された時、彼自身で命を守ることは難しいだろう。
だからこそ、例の条約締結には必要不可欠であろう彼には安全なシャーレにいて欲しかったのだ。須藤先生の言う第三者に危害を加えられる前に。
「東先生?またそんな怖い顔して…まるで鬼の様です。…少しは休んだらどうです?」
「……天雨、何度も言うがそんな暇は無い」
ゲヘナ風紀委員行政官の天雨アコはよく私に休むよう諭してくる。
今日だけでこのやり取りは3度目だ。
「ヒナ委員長も先生もそんなに働き詰めて……身体を壊されては本末転倒です。何かそんなに大変なことでも?」
「……佐藤先生がアビドスへと出張した。これで構想を練っていた本来の計画通りにいかなくなる可能性が出てきた。……例の条約まで大人しくして欲しかったのだが、よりにもよってそんな僻地へと出張とは警護のしようも無い……」
「佐藤先生がアビドスに、ですか……」
「まぁ行ってしまったからには後の祭りだ。無事帰還することを願おう。」
そう言いながら私は制帽を被り、上衣を着る。
「どちらへ?」
「こうなっては私がどうこうできる話ではない。計画の再構想を兼ねて天雨の言う通り少し休むことにする。……空崎も少し休憩させるから、留守は任せた。」
「どうにかしなければいけませんね……」
「……アコちゃん、何か嫌な予感がするけど変なこと考えてない?」
イオリが怪訝そうな顔をしてこちらを見てくる。
「大丈夫ですよイオリ。今はまだどうしようか考えているだけです。それにまさかとは思いますが、私が東先生とヒナ委員長の負担を減らすために考えた作戦に口答えする気ですか?」
イオリはビクリと肩を震わす。
「わ、私だって先生と委員長の負担を減らすためになら命令従うに決まってる!」
「そうですよね、その言葉を聞いて安心しました。……さて、それではどうしましょうかね。」
「いやぁ~まさか勝っちゃうなんてね。ヘルメット団もかなりの覚悟で仕掛けてきたみたいだったけど。」
「まさか勝っちゃうなんて、じゃありませんよ、ホシノ先輩……勝たないと学校が不良のアジトになっちゃうじゃないですか……。」
「先生の指揮が良かったね。私たちだけの時とは全然違った。これが大人の……。すごい量の資源と装備、それに戦闘の指揮まで。大人ってすごい。」
「今まで寂しかったんだね、シロコちゃん。パパが帰ってきてくれたおかげで、ママはぐっすり眠れまちゅ。」
「いやいや、 変な冗談はやめて ! 先生困っちゃうじゃん 。それに委員長はその辺でしょっちゅう寝てるでしょ !」
「そうそう、可哀そうですよ。」
「み、みんな賑やかで楽しそうだね……。」
私は思わず勢いに負け、苦笑する。
「あはは……少し遅れちゃいましたけど、あらためてご挨拶します、先生。」
「私たちは、アビドス対策委員会です。私は、委員会で書記とオペレーターを担当している1年のアヤネ…。」
眼鏡をかけた利発的な少女、アヤネは猫耳の少女を示す。
「こちらは同じく1年のセリカ、」
「どうも。」
セリカと紹介された少女は素っ気なく応える。あまりしんようされていないのだろうか。
「2年のノノミ先輩とシロコ先輩。」
「よろしくお願いします、先生~。」
挨拶をするノノミ。フワフワとした印象を受ける。
「さっき、道端で最初に会ったのが、私。……あ、別にマウントを取ってるわけじゃない。」
「え、あ、うん。」
マウント……?
「そして、こちらは委員長の、3年のホシノ先輩です。」
「いやあ~よろしく、先生~。」
3年生で、委員長だというホシノ。しかしノノミ以上にのんびりとした印象だ。
「ご覧になった通り、我が校は現在危機にさらされています……
そのため「シャーレ」に支援を要請し、先生がいらしてくれたことで、その危機を乗り越えることができました。先生がいなかったら、さっきの人たちに学校を乗っ取られてしまったかも
しれませんし、感謝してもしきれません……」
「対策委員会っていうのは?」
生徒会とはまた違うのだろうか?
「そうですよね、ご説明いたします。対策委員会とは……このアビドスを蘇らせるために有志が集った部活です。」
「うんうん ! 全校生徒で構成される、 校内唯一の部活なのです !全校生徒といっても、私たち5人だけなんですけどね。」
「他の生徒は転校したり、学校を退学したりして町を出て行った。
学校がこのありさまだから、学園都市の住民もほとんどいなくなってカタカタヘルメット団みたいな三流のチンピラに学校を襲われてる始末なの。現状、私たちだけじゃ学校を守り切るのが難しい。在校生としては恥ずかしい限りだけど……」
「もし「シャーレ」からの支援がなかったら……今度こそ、万事休すってところでしたね。」
「だね一。補給品も底をついてたし、さすがに覚悟したね。なかなかいいタイミングに現れてくれたよ、先生。」
「うんうん!もうヘルメット団なんてへっちゃらですね。大人の力ってすごいです☆」
どうやらアビドスは相当疲弊していたらしく、ギリギリの状況だったようだ。間に合ったことは良しとするべきだろう。
「かといって、攻撃を止めるような奴らじゃないけど。」
「あ一、確かに。しつこいもんね、あいつら。」
「こんな消耗戦を、いつまで続けなきゃいけないのでしょうか……。
ヘルメット団以外にもたくさん問題を抱えているのに……。」
うーん、と渋い顔をする対策委員会の面々。ただ1人ホシノ覗いては。
「そういうわけで、ちょっと計画を練ってみたんだ一。」
「えっ!?ホシノ先輩が!?「」
「うそっ!?」
「いやぁ~その反応はいくら私でも、ちょーっと傷ついちゃうかな一。おじさんだって、たまにはちゃんとやるのさ一。」
ちっとも傷付いてなさそうだけど……
「……で、どんな計画?」
「ヘルメット団は、数日もすればまた攻撃してくるはず。ここんとこずっとそういうサイクルが続いているからね一。」
ホシノは「うへ〜」と笑い(?)続ける。
「だから、この夕イミングでこっちから仕掛けて、奴らの前哨基地を襲撃しちゃおうかなって。今こそ奴らが一番消耗しているだろうからさ一。」
「い、今ですか?」
「そう。今なら先生もいるし、補給とか面倒なことも解決できるし。」
「なるほど。ヘルメット団の前哨基地はここから30kmくらいだし、今から出発しよっか。」
「良いと思います。あちらも、まさか今から反撃されるなんて、夢にも思っていないでしょうし。」
「そ、それはそうですが……先生はいかがですか?」
正直今からとはおもってもいなかったが、ホシノの言うことには一理ある。言わば奇襲作戦ということだ。
「私も賛成だよ。」
「よっしゃ、先生のお墨付きももらったことだし、この勢いでいっちょやっちゃいますか一。
「善は急げ、ってことだね。」
「はい~それでは、しゅっぱ一つ!」
東先生(♂︎) 26 歳
キヴォトス外の軍事組織で教官だった凄腕の傭兵。運動神経抜群かつ、頭も切れる。その風貌と屈強な体格により「鬼人」と呼ばれていた。
常に冷静な様に見えて、実は激情家である。
生徒の事は仕事中は公私の区別をつけるため苗字で呼んでいる。
【大人とは子供達に責任とはどういうものかを背を見せて学ばせる】という理念をもつ。