暴虐と平成とスライムがわちゃわちゃする話 作:Stuffing
――それは、ソウゴとアノスが召喚された日に遡る。
「……ママ……どこ、ですか……?」
中央都市リムルを縦横に巡る路地の片隅で、一人の少女が膝を抱えながら涙混じりに呟いた。
少女の名はゼシア・ビアンカ。暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴードの配下にして、彼が所属する魔王学院と対を成す勇者学院の生徒である。
彼女もまた、気付いたらこの見知らぬ街に召喚されていた。
最初のうちはまだ良かった。一見すると恐ろしい風貌の魔物たちだが、ゼシアに対して危害を加えることもなく、むしろ優しくしてくれた。魔物だけでなく人間も大勢いて、自分と同い年くらいの魔物の子供たちと人間の子供たちが仲良く遊ぶ光景もあった。
――けれど、しばらく遊んでいるうちに、気付いてしまったのだ。
「……帰り道……分かり、ません……」
母の姿は見当たらず、他の仲間たちも、恩人である魔王アノスの居場所も分からない。
探し回るうちにどことも知れない道へと迷い込み、そして疲れと空腹のあまり動けなくなった――というのがゼシアの置かれた現状だった。
「……うぅ……ひっく……」
蹲って泣くゼシアに、行商人たちが時々視線を向けてくる。だが単純に忙しいのか、それとも誰かが助けると思っているのか、誰も話しかけようとはしなかった。ゼシアの格好――赤と白を基調とした勇者学院の制服が物珍しかったからかも知れない。
――その時だった。
「お嬢ちゃん、大丈夫?」
「……?」
優しそうな声に顔を上げる。
「もしかして、迷子になっちゃったのかな」
そう優しげな声で問いかけてきたのは、眼鏡を掛けた人間だった。おじさん、と呼んでも違和感のない年齢の、見るからに温和そうな面立ちをした男性である。
「……」
穏やかな眼差しに、ゼシアはコクリ、と頷いた。
「そっか……おじさんもね、迷子になっちゃったんだ。良かったら、一緒におじさんのお家を探してくれないかな?」
普通なら怪しむべき文言である。けれど、このおじさんが悪い人だとも思えなくて。
「……分かり、ました……」
だから、ゼシアは差し伸べられた大きな手を取った。
「おう、
「あ、カイジンさん」
大通りに出たとたん、 小柄なヒゲの男性がおじさんに声を掛けた。
「どうしたんだい、こんなところで……、その子は?」
「いやー、お恥ずかしながら迷子になってしまいましてね。帰り道を探していた時に、この子を見つけたんですよ」
見知らぬ男の登場に思わず隠れたものの、その豪放な笑みにゼシアはひょっこりと顔を出す。
「……ゼシア・ビアンカ、です……」
「ゼシアちゃんって言うのか。おじさんは常磐順一郎って言うんだ」
「俺はカイジン。この国で鍛冶工房をやってる者だ」
思い出したように名乗ったゼシアに目線を合わせて、ふたりも改めて自己紹介をした。
――と。
「「「…………」」」
どこからともなく響いたお腹の音に、ふたりの視線がゼシアへと向く。
「――とりあえず、クジゴジ堂まで案内してやるよ」
「ありがとうございます。……ゼシアちゃん、後ちょっとだけ頑張れる?」
「……分かり、ました……」
恥ずかしそうに俯きながら、それでもゼシアは順一郎の手をぎゅっと握ったのであった。
✿ ✿ ✿
「ただいまー」
数分もしないうちに、三人は軒先の暗い店へと着いた。
扉の鍵を開ける時、見上げた順一郎の横顔が少し哀しそうなことにゼシアは首を傾げた――が。
「……おじさん……時計屋さん、ですか……?」
「うん、そうだよ。時計の修理を主にやってるんだ」
壁面とショーケースに並ぶ時計の数々に、すぐさま目を輝かせた。
静かな店内に響く秒針の音。小さく、優しく、それでいて一定のリズムで時間を刻んでいくその音色は、自然とゼシアの心を落ち着かせる。
「ジュンイチロウの腕前はかなり良いんだぜ。仕事も丁寧だし、充分ウチでやってけるんじゃねぇか?」
「あの時はカイジンさんが足りない部品を作ってくれたからですよ」
そう言いながら、ゼシアとカイジンを窓際に座らせた順一郎は奥に引っ込んでいく。
「……すごい、です……」
「だろ?」
楽しそうに時計を見つめる少女の背を、カイジンは孫を見るような目で眺める。
どんな種族であれ、純粋な子供は好ましいものだ――特に自分や、自分が認めた職人を無邪気に慕ってくれるような子供は。
「ゼシアちゃん、お腹空いてるでしょ。おやつにしようか」
そうこうしているうちに、順一郎が戻ってきた。
「……それ……もしかして……」
「あれ、ゼシアちゃん苦手だった?」
心配そうな順一郎の言葉に慌ててぶんぶんと首を振るゼシア。
その眼差しの先には、ほかほかと湯気を立て輝くアップルパイがあった。
「……おいしそう、です……」
「お前さん、料理も出来たのか」
「ええ。男手ひとつで親戚の子を育ててきたもので」
感心するゼシアとカイジンに、苦笑いする順一郎。
「それじゃあ、食べよっか。カイジンさんも良かったらどうですか?」
「ああ、そう言うことなら遠慮なく」
「……いただき、ます……!」
こうして、少し遅めのお茶会が始まった。
「……おいしい、です……!」
時計を見ていた時以上に目を輝かせ、もぐもぐと口いっぱいにアップルパイを頬張るゼシア。
「いや、本当に旨いな。パイもだが、茶もなかなかだ」
紅茶を一口啜り、ニヤニヤと笑うカイジン。
「この腕前なら、料理人や菓子職人としても充分生きてけるんじゃないか?」
「いやぁ、それは……ウチ、時計屋なので」
「っと、そいつは失礼した」
鍛冶師とはいえ同じ職人――思うところがあったのかカイジンは素直に謝罪を述べる。
その横で、ゼシアは夢中でアップルパイを頬張っていた。
――と。
「ゼシアッ?!」
弾かれるように扉が開き、ゼシアを大人にしたような女性がクジゴジ堂に飛び込んできた。
「……ママ……!!」
「「えっ」」
大人ふたりの声が重なったと同時、少女と女性は互いに駆け寄り抱き合った。
「ゼシア!!」「……ママ……!!」
ママ、と呼ばれた女性の目には涙が浮かんでおり、ゼシアに至っては半泣きだ。
まさに感動的な母娘の再会だった――娘の頬いっぱいにパイの欠片がついていることを除けば。
「えっと……ゼシアちゃんのお母さん、ですか?」
「あ、うん。エレオノール・ビアンカだぞ。ゼシアがお世話になりました」
どちらかというと大人しめなゼシアとは違い、快活な笑みで頭を下げるエレオノール。
「常磐順一郎です。このクジゴジ堂で時計屋をしてます」
「俺ぁカイジン。
「ジュンイチロウさんに、カイジンさん。ふたりとも、ゼシアをありがとうなんだぞ」
互いに自己紹介をしたところで、話題は自然とビアンカ母娘の今後に移った。
「――行き場所がない?」
「うん……気づいたら、こっちの世界に呼ばれてたんだ」
「ジュンイチロウと同じ、か……」
真剣な眼差しで考え込むカイジン。
紅茶の香りと秒針の音だけが、クジゴジ堂を満たし始めた頃――
「――じゃあ、うちに住むかい?」
「え?」
順一郎の申し出に、同じく考え込んでいたエレオノールが顔を上げた。
「……おじさんと、一緒……ですか……?」
「うん。……部屋なら空きがあるし、大丈夫だよ」
なぜか少し懐かしむような表情の順一郎に、エレオノールは困ったように眉根を下げる。
「でも、ゼシアを保護してもらっただけでも充分なのに……」
「だけど、女の子ふたりじゃ危ないでしょう?」
「俺からもおすすめするぜ。ジュンイチロウの家なら俺も顔を出せるし、ある程度なら面倒も見てやれるから安心だな」
順一郎に続けてカイジンも笑う。すっかり懐いたらしいゼシアを間に挟みながら。
――やがて、根負けしたようにエレオノールが微笑んだ。
「……分かったぞ。今日からよろしくお願いします、ジュンイチロウさん」
「……お願い、します……」
「うん。よろしくね、ゼシアちゃん、エレオノールちゃん」
こうして、クジゴジ堂に新たな仲間が加わった。
そのことを魔王たちが知るのは――少し先のお話。
おじさんとゼシアちゃんの組み合わせが書きたかっただけ。
次回からも配下(仲間)たちの交流編。