魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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デコイ作戦

 

 

 

 夜の帳がグローブ盆地の森を深く包みこみ、日中の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 

 しかし、その静寂は、張り詰めた糸のように脆く、いつ切れてもおかしくない緊張感をはらんでいた。焼き肉パーティは昼も夜もなく続いているのだ。

 

 試験合格の希望がまったく見えない状況で、焦りとともにフリーレンというスメルハラスメントな存在への憎悪が風船のごとく膨れあがっている。

 

 いよいよ、その風船が割れようとしていた。

 

 突如、森の一角が閃光に包まれた。

 

「そこか! あの焼肉エルフは!」

「全魔力、叩き込め!」

「バラクーダ、シュート!」

 

 数条の攻撃魔法が、夜空を切り裂き、木々を薙ぎ倒しながら一点に集中する。

 それは大木の上のほう。

 生い茂った葉を優雅に揺らす木々に向けて、あまたの攻撃魔法が炸裂する。

 

――それはまさしく急襲爆撃。

 

 容赦のない飽和攻撃が、漆黒の森を真昼のように照らし出した。着弾の轟音と衝撃波が、眠りについていた鳥たちを叩き起こし、森全体が揺れる。

 

 土煙がもうもうと立ち込める中、攻撃を仕掛けたパーティの者たちは、息を荒げながら結果を待った。手応えはあったはずだ。これだけの威力、これだけの魔法。いくら伝説の魔法使いといえど、無傷では済むまい。

 

「やったか?」

 

 とある、ひとりの受験者が呟いた。

 それがフラグになったかはわからないが、脱兎のごとく抜け出す小さな影の姿を見た。

 小さい? それは大慌てで逃げ出すシードラットたちだった。

 

「おいおいマジかよ。このシードラットから、フリーレンと同じ匂いがするぞ!」

「フリーレンの仕業か」

「デコイ作戦か……。くそ、まだ近くにいるはずだ。探せ!」

 

 雑魚丸出しなセリフを吐き捨てながら、魔法使いたちは周囲を探索しはじめる。

 

 あまりにも警戒心の薄い。あまりにも惰弱な行動である。

 夜、人間の視界はきわめて悪い。

 明かりという手段を得てから、数万年という時を過ごしてきた人間に、夜目が利く者は少ない。

 

「きゃあああ!」

 

 まず、一人目。

 おさげを垂らした小さな女の子の魔法使いが犠牲になった。

 

――屍誘鳥(ガイゼル)

 

 止まり木で眠っていたところを叩き起こされ、イライラマックスな魔物は、手ごろな獲物に怒りの尻尾をふるう。杖がはじきとばされ、恐怖に震える顔。

 

 あ、と思う間もなく、巨大な足にわしづかみにされた。ユーフォ―キャッチャーで捕まれた賞品のようにガッチリと固定され、おさげの少女は失禁する。鳥がよくする動作で、首を高速でかしげ、そしておもむろに近づいてくる嘴。

 

――死。

 

 次の瞬間、ガイゼルの姿はそこにはなかった。

 いつのまにやら現れたゴーレムが、ガイゼルの横っ面を殴り飛ばしていたからだ。

 そのまま、かつぎこまれ、戦闘領域の外へと運ばれていく。

 

「あたい。まだ戦える! 戦えるってばぁぁぁぁ」

 

 高速でフェイドアウトしていくおさげの女の子。

 失格は誰の目から見ても明らかであり、戦闘は無情だった。

 小窓が開いて、【失格】を告げる通知が、同パーティメンバーにも表示される。

 肩をがっくり落としながら、ふたりの魔法使い――男だが、もはやどうでもいい情報だろう。

 彼等の戦いは終わったのだから。

 

「クッソ。あの性悪エルフ。何考えてやがんだ」

「円陣を組め。魔物にも魔法をかけてやがるぞ」

「周りに警戒しながら、探索を進めろ。なんとしてでも探しだせ!」

 

 もはや夜の静けさはどこにもなかった。

 襲撃したパーティ組は、逆に魔物の襲撃に怯えながら、フリーレンを探す。

 泣く子を起こしたのは自分たちだというのに、もはや彼等は止めることができなかった。

 

 覚悟をもって襲撃した。多大なリスクを冒したのだ。

 

 ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな歪んだ不公平感に彼らは囚われていた。

 

 HUDを使っても、ありったけの集中力で魔力探知を試みても、あの忌々しい焼肉の主は見つからない。デコイの残り香と、魔物の気配が入り混じり、そこに彼等自身の魔法のニオイも加わって、彼らの感覚をさらに狂わせる。

 

 てんやわんやの焼肉狂乱パーティが始まっていた。

 結果として、彼等は夜通し、徒労に終わるであろう探索を続ける羽目になったのである。

 

 

 

 

 

 一方そのころ。

 

 フリーレンは、森の喧噪が遠のいていくのを感じながら、中央に広がる湖のほど近い場所にたどり着いていた。月明かりが湖面を淡く照らし、幻想的な光景を作り出しているが、今の彼女にそれを楽しむ余裕はない。手頃な大木の、人が一人隠れるには十分な大きさのうろを見つけると、フリーレンは静かにその中へと滑りこみ、意識を集中させた。

 

――フランメ式魔法結界。

 

 師フランメから受け継いだ数多の魔法の一つ。生命を持つ樹木に魔法的な繋がりを持たせ、その生命力を利用することで、極めて強固な物理結界を構築する。さらにフリーレンは、かつて七崩賢“不死なるベーゼ”を打ち破った際に解析した、結界の特性――空気すら通さぬ完全な遮断性――を、このフランメ式の結界に融合させていた。

 

 もはやそれは、単なる魔法というよりも、

 

――呪い

 

 に近い領域の力と言えた。

 

 完全にベーゼの結界を模倣できているわけではないが、この即席の結界が放つ異質な魔力の波動は、並の魔法使いでは探知することすら困難だろう。人間が呪いの本質を見抜ける確率は、限りなく低い。

 

 結界を展開すると、たちまち周囲の音が遮断され、絶対的な静寂がフリーレンを包んだ。同時に、うろの中の空気が急速に薄くなっていくのを感じる。酸素がなくなるのも時間の問題だろう。しかし、朝までは持つはずだ。魔力の消費は通常の結界よりも格段に激しいが、この状況ではやむを得ない選択だった。

 

 ついでに言えば、結界の中は、焼肉臭が耐えがたいほど充満し、めまいを覚えるほどだったのだが、それもいたしかたない状況なのである。

 

「あの魔族……絶対、あの角へし折って、ピーピー泣かせてやる……」

 

 普段のフリーレンなら絶対に言わないようなセリフを吐きながら、ゆっくりと目を閉じ、消耗した精神と身体を少しでも休ませようと努めた。瞼の裏に、数時間前の出来事が蘇る。

 

 そう、この隠れ家にたどり着く、ほんの少し前。カンネとラヴィーネ、あの二人の少女と交わした作戦会議のことを、フリーレンは思い出していた。

 

 

 

 

 

 日没が迫り、森に夕闇の帳が下り始めようとしていた頃。

 

 フリーレンは、カンネとラヴィーネを伴い、比較的安全と思われる木立の陰で作戦会議を開いていた。周囲には、依然としてフリーレンから放たれる焼肉の香りが漂い、パーティメンバー全員の表情は一様に険しい。安全という言葉とは程遠い状況なのだ。

 

「まず、現状を整理しよう」フリーレンが切り出した。「この匂いのせいで、私たちは他の受験者たちから集中的に狙われている可能性が高い。さっきカンネが見てくれた掲示板の情報も、それを裏づけている」

 

 カンネは頷き、手元の魔導端末を操作しながら補足する。

 

「うん、かなり不穏な書き込みが増えてる。『フリーレン包囲網』みたいな話も出てるし、『ヒャッハー! エルフ狩りの時間だぜぇ』って息巻いてる奴らもいたよ」

 

 エッチなことするつもりでしょと怒られてもいたが、それは単なる余録である。

 

「やっぱり、私と一緒に行動するのは危険すぎるね」フリーレンは静かに告げた。「事前に打ち合わせたとおり、ふたりには、私と別行動をとってもらうよ」

 

「えっ、でも……フリーレンは?」カンネが不安そうな声をあげる。

 

「大丈夫だよ。私には考えがある。この匂いを一時的に遮断する方法がね」

 

「それってまさか……」

 

 ラヴィーネが気づいた。

 

 カンネはきょとんとしている。

 

 フリーレンは言った。

 

「かつて七崩賢“不死なるベーゼ”が使っていた結界を応用する」

 

「ベーゼの結界?」カンネが聞き返した。

 

「そう、不死なるベーゼが使った魔法は、もはや呪いと言ってもいい代物だ。でも、解析は済んでいるから、私にもある程度は使える」

 

「解析済みってわけか。すげぇな……」ラヴィーネは素直に感心したように呟いた。

 

「完全に模倣できるわけじゃないよ。エルフと魔族じゃ、そもそも精神の構造や魔力の出力の仕方も違うからね。でも、この匂いを遮断することくらいはできるはずだ。空気を通さないから、匂いも外には漏れない」

 

「それって、窒息しないの? それとも、昔ハイターが使ってたっていう、無酸素でも活動できる魔法も一緒に使うとか?」カンネが心配そうに尋ねる。

 

「さすがに複数の高等魔法を同時に精密に展開するのは難しいよ。両手で丸と三角を同時に描くようなものだ。いや、それ以上に複雑で、消耗も激しい。ヒンメルとハイターの肖像画を同時に描くようなものかな。当然、長時間は持たないし、展開中は移動もできない」

 

「でも、それなら結界だけ使ってシュティレを捕獲したほうが早いんじゃない?」

 

 一番の経験者であるフリーレンに、結界を使ってもらい、一瞬で切り替えて鳥を捕まえる魔法を使う。言葉にするのはたやすいが、とんでもないことを言っていることにカンネは気づいていない。

 

「それができれば苦労はしないんだけどね」

 

「ダメなの?」

 

 カンネのすがるような視線に、フリーレンはフゥっと長めの息を吐く。

 

「まず、この結界は性質上身にまといながら移動はできない。もともとは対象を閉じこめるためのものだからわかるよね」

 

「まあそれくらいは……」

 

「待ち伏せても、静から動にいきなり切り替えるのは難しいだろうな」ラヴィーネが言った。

 

「それに、人間には探知されにくくてもシュティレにはバレるよ。鳥には魔族もエルフも関係ないからね。さらにつけ加えるなら――」

 

 フリーレンは目を細める。

 

「シュティレを捕獲維持している時間が長ければ長いほど、ふたりが攻撃される可能性が高まる」

 

「つまり、時間稼ぎが必要ってわけだ」ラヴィーネが確認するように聞いた。

 

「そうだよ。私のところに集まってきた小動物や魔物に、いい匂いにする魔法をかけたのも、時間稼ぎが理由。他の受験者たちもそっちに気をとられて、私を躍起になって探そうとするはずだからね」

 

 人間という存在は、世界で最も諦めの悪い生物なのだ。

 後悔したくないという特性が、そうさせてしまう。

 

「つまり陽動作戦ってわけだな」

 

「そういうことだよ」

 

「でも、それじゃあ、シュティレ捕獲はどうするの?」カンネは不安そうだ。

 

「それは、ふたりに任せるよ」フリーレンは真っ直ぐにラヴィーネを見た。「ラヴィーネ、シュティレを捕獲する算段はついたの?」

 

 さきほど、ラヴィーネは誰かと連絡をとりあっていた。

 年頃の若い女と思ったが、実は、永遠の十七歳なラヴィーネのママだった。

 年頃の娘らしくラヴィーネはママのことを嫌ってはいないようだったが、苦手そうだった。

 

「ラヴィーネちゃんがおねだりするなんて珍しい。いいわよぉ。一年間は毎日モヤシ生活になるわぁ。とか言ってたよね。ラヴィーネのママさん。実は怒ってたんじゃないの?」

 

 カンネがからかうように言って、ラヴィーネは無言のままカンネに馬乗りになる。

 あっという間のキャメルクラッチもどき。ツインテの髪の毛は容赦なく引っ張られた。

 

「あだだだだ。ラヴィーネ。ギブ。ギブ!」

 

「しかたねぇだろ。あのゼーリエ様も、このことを見越してたんだろうさ」

 

 淡々と下を見ながら、ラヴィーネが述べた。

 

――魔法図書館。

 

 ゼーリエは魔法インターネットを通じて、自身が覚えている()()()()()()を売っている。

 生ける魔導書とも呼ばれるゼーリエの知識は、広く深い。

 一級魔法使いを通過した者に与えられる特権と比べてラインナップは劣るものの、その魔法を、一瞬で覚え、使えるようになるという優れものだ。少々値段は張るが。

 

「単なる"鳥を捕まえる魔法"が3000万AP。"視線の先にいる鳥を捕まえる魔法"が3億APだ。こんな金額を設定してやがるのは、あのエルフ様、マジで性格が悪ぃ……」

 

「でも買ったんだよね」

 

「ああ……。財力の勝利ってやつだ。向こう五年間はお小遣いなしだろうけどな」

 

「どっちを買ったの?」

 

「3億……」ラヴィーネがボソっと呟く。

 

「すっご。ちょっとくらい私にも分けてよ。ってあだだだ。許して、冗談だから!」

 

「なんとかなりそうだね」フリーレンを顔を弛緩させた。幼い人間がこんなにも努力して、力の限りを尽くしてがんばっている。「期待しているよ。ラヴィーネ」

 

「ああ……。けど、あんたはどうなんだ?」

 

「私?」

 

「このまま、時間ギリギリまで受験者や魔物をひきつけて囮になるってんだろ」

 

「私のことは心配しないでもいいよ。こう見えても、勇者一行の魔法使いだからね」

 

「フリーレン頼もしい。ってあだだだだ。今のは全然悪くない発言でしょ。なんで」

 

 カンネが抗議する。

 

「なんかむかついたから」ラヴィーネの声は冷たい。

 

「仲がいいね、ふたりとも」

 

「よくない!」ふたりは同時に叫んだ。

 

 しかし、最後の懸念材料は残る。

 それは、結局のところ、シュティレはいずれ捕まえなければならないということだ。

 ジョーカーを握った瞬間、他の受験者たちは目の色をかえて襲ってくるだろう。

 そしてふたりの実力は、お世辞にも高いとは言えない。

 伸びしろはあるし、一級魔法使いの受験者たちの中でも、平均よりは上だろうが、本当の実力者たちが襲ってきたらひとたまりもないだろう。

 そのときにフリーレンがいなければ、どうなるか。

 

「私が離れてる間に、シュティレを捕まえるのに成功したら、ふたりはすぐに隠れていたほうがいいね。時間と場所を決めて落ち合おう」

 

 懐から周辺地図を取り出して、縦線と横線をひいていく。

 縦にアルファベットに近い数字。

 横にはアラビア数字に似た、この世界の数字を書いている。

 ものすごくアナログな手法だ。

 

「F3に明日の日没前に集まるってのはどうかな?」

 

「なあフリーレン」ラヴィーネがカンネに馬乗りのまま真面目な顔をつくった。

 

「なに?」

 

「ネットを使って連絡とりあえばいいよな?」

 

「それはできない相談だよ」

 

「なんで?」

 

「ネットを使うのは苦手なんだよ」

 

「フリーレン。お婆ちゃんみたい」とカンネ。

 

「ラヴィーネ。やって」フリーレンは代執行を求めた。

 

「あだだだだだだ。取れちゃう。取れちゃうから!」

 

 

 

 

 

 わずかに夢うつつの中。フリーレンは目を開けた。

 朝だ。陽光が水面に反射し、キラキラと光の絨毯のように輝かせている。

 

「さて――行動開始だね」

 

 フリーレンは焼肉全開で、湖面の上空へと躍り出る。

 

 こんなにおいしいエサの匂いを漂わせたエルフが、かつていただろうか。

 これからはもっとおいしくなる予定だ。

 魔物も魔法使いも、わんさか集まってくるだろう。

 フリーレンは負けないように戦い続ける必要がある。

 

 果たしてラストウーマンスタンディングになれるのか。

 

 それは、今から相まみえる魔法使いの実力次第。

 かつてのゼーリエの姿を思い出し、フリーレンは哂う。

 今を生きるアナリザンドの姿を思い出し、フリーレンはムッスゥ顔になる。

 

 今の状況は、アナリザンドとゼーリエによって創りだされた状況といえるだろう。

 いわば、彼等は魔族とエルフによってもたらされた使者なのだ。

 

 使者たちの攻撃が()んだとき、最後の最後には必ずあいつが現れるはずだ。

 

――絶対に負けない。

 

 開幕の合図は、湖に向けられた特大級の雷撃。

 強烈な電圧が、湖全体を覆いつくし、電荷によって空気までビリビリと震える。

 

「対人戦の始まりだ」

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