魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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パーティ解散!?

 

 

 

 エーデルとフリーレンが決闘にしゃれこもうとしていた、ほんの少し前。

 

 アナリザンドはどうしていたかというと、どうもしていないのだった。

 小さな泉の傍らにぺたんこ座りをして、腕はだらりと垂れ流し、全身を脱力させている。

 眼をとじて、まるで昼寝をしているようにも思えるが、さすがにこんな恰好では寝れない。

 

 リーニエもつきあって同じ姿勢をしている。

 

 アナリザンドは同じ行動をするよう促し、リーニエも人間らしい何かしらの所作かと思い、意味もわからず従ったのである。

 

 しかし、もう半日近くこうしていた。

 リーニエは飽きてしまい、小石を泉に投げこんだ。

 魔族はエルフとは違い、飽きが早い。半日近くもよくもったほうだろう。自然と同化できるエルフなら、川の流れに身を任せながら、最後は下流のほうまで行ってしまいそうであるが、基本的に魔族は自己研鑽が好きな魔法狂いな生命体なのだ。

 

 薄目を開けて、小石のポチャンという音を聴いたアナリザンド。

 

 ファンタジー世界だけれども。

 

――金の小石を授けてくれる女神様は現れなかった。

 

 残念。

 

「も~う。リーニエちゃん。じっとしてなきゃダメじゃん」

 

「昨日からずっとその調子だけど、いったい何がしたいの?」

 

「無の境地だよ。リーニエちゃん」

 

 一本指をたてて、ドヤ顔で語るアナリザンド。

 

「無の境地ってなんだよ?」

 

「んー。リーニエちゃんにはまだ難しいかぁ」

 

 ニヤつく顔が憎らしい。憎悪を既に知っている(アイゼンにネトラれる展開で覚えた)リーニエとしては、こういうときどうすればいいか知っている。

 

 ほっぺをつまんで、ふにーん。

 

 加減がわからないので、数秒くらいやってからパっと手を離す。

 どうやら、アナリザンドは痛みというよりも驚きを感じているようだ。

 

「り、リーニエちゃんにまでほっぺふにーんされるなんて」

 

「いい加減真面目にしたらどう?」

 

「真面目な話をするとね。いま、フリーレンがわたしの魔法でシュティレの警戒心をあげている状態なんだよ。それでも、シュティレも生物だから水を飲まなければ生きていられない。つまり、フリーレンから離れている水場が、絶好のシュティレ捕獲のスポットなの」

 

「つまり、ここみたいな場所か。それはわかる。でも、無の境地って何?」

 

「結論を急ぎすぎないでよ。無の境地っていうのはね。つまり、意識を無にすることなんだよ」

 

「わけがわからない。じゃあ、無ってなんだ?」

 

「無っていうのはね。何もないことなの」

 

「さっぱりわからないんだけど」

 

「説明が難しいんだけど、考えないことすら考えないって言ったら少しは伝わる? ヒンメルとハイターが、小説の中で、いたしてしまって、その結果、果てちゃう。そのときの忘我の感覚が近いかな」

 

「つまり、死の感覚ってやつか」

 

「まあ、そうかな」

 

 タナトスの使者である魔族どうしでは通じる感覚だろう。

 それを人の言葉に翻案しているのは、戯れのようなものである。

 人間と魔族の間を揺れる彼女たちだからこそできることだ。

 

「でも、おまえ、涎たれてたぞ」

 

「え?」

 

「どうせ金のことでも考えてたんだろ」

 

「ち、違うし! わたしはリーニエちゃんに無の境地を覚えてほしかったの」

 

「あのさ……。聞いているとなんとなくわかったんだけど、それって魔力隠匿のことだよね」

 

「うん。まあ、そうともいうかな?」アナリザンドは小首を傾げる。

 

「それさっきからしてる」

 

「え?」

 

「おまえみたいにステルスとかいう魔法をわざわざ使わなくても、魔族なら誰でも魔力隠匿くらいできる。そんなの常識でしょ」

 

「ガーン」

 

「なにそのオノマトペ。私が聞きたかったのは最終的にどうやって捕まえるかなんだけど。たぶん、魔力隠匿をして近づいても、羽をつかんだらさすがに逃げるでしょ。服従させる魔法を使えばできるかもしれないけれど、おまえは私に捕まえさせたいんだよね?」

 

 リーニエの圧がすごい。

 アナリザンドの勘違いによって半日も無駄にしたのだから、当然だ。

 

「あ、あのそこはですね……深淵なるプランがございまして」

 

 アナリザンドが長すぎるローブの袖で汗をふきふき釈明する。

 

「魔力は視えないけど、嘘をついているのはわかる。考えてなかったよね」

 

「馬鹿な……魔族に嘘を見破られるなんて」

 

「結局、ノープランじゃないか。もう、おまえが見つけたら捕まえろよ」

 

「できれば、リーニエちゃんに捕まえて欲しかったんです……」

 

 めそめそザンドになる。

 アナリザンドは、年上のリーニエのことも、妹のように扱っている節がある。

 妹の成長を見守る姉のような心持ちというべきか。

 リーニエも肌感覚ではなんとなくわかるから、あまり強く言う気は起きなかった。

 リーニエの情緒はびーえるによって成長しまくっているのである。

 

「とりあえず、待つか……」

 

 結果として、リーニエはアナリザンドに対して呆れながらも現実的な選択をした。

 とりあえず、シュティレがいなければ始まらない話ではあった。

 

 

 

 

 

 しばらくの後。

 遠くのほうから怒号と喧噪が響いてきた。

 中央にある湖のほうに受験者たちが集まっている。

 

「空気が変わった……。このあたりに静寂が戻ってきた感じだね。相対的にだけど」

 

「リーニエちゃんも気づいた? 結界内に完全に焼肉の匂いが充満しちゃったから、もうどこでも同じ状態だよ。シュティレも警戒するのに疲れて、比較的安全な場所へ飛んでくる。ほら……」

 

 アナリザンドがゆっくりと指さすと、オレンジ色のシュティレが泉のほとりまで飛来してきていた。彼我の距離は五メートル程度。小声で話す程度であれば、森のざわめきと同化して問題ないらしい。今のリーニエは、魔力を極限まで抑えており、無に近い状態。つまりは、激しく動かなければ、木々のようにシュティレには視えているはずだ。

 

「試してみるか」

 

 リーニエが、シュティレの魔力を観測する。

 頼りにならないアナリザンドではなく、最後にすがるのはやはり自分の魔法。

 それが魔族の矜持。

 

――模倣する魔法(エアファーゼン)

 

 HUDを使った、超精密な模倣の魔法で、シュティレの魔力の流れを視る。

 高等生物である魔族に比べれば、やはり魔法を使えるといっても所詮は鳥。

 大は小を兼ねる理論で、リーニエは自身の魔力のカタチをシュティレに寄せた。

 

 リーニエの魔力が静かに変質していく。周囲の自然と調和していた彼女の気配が、さらに微細に、そしてある特定の指向性を持って変化する。

 

 アナリザンドがHUDで捉えたその姿は、シュティレそのもの。

 

 突然、近くに出現した同族の気配に、シュティレは水を飲んでいた動きをとめて、リーニエのほうを見る。きょとんとした表情の中にわずかに興味。戸惑い。恐れ。そして、やはり興味。

 

 最終的には好奇心が大部分をしめたようだ。

 

 トトト……と、もちろん音などはしないのだが、小さな鳥がよくするような小ジャンプを繰り返しながら、少しずつリーニエに近づいてくる。

 

 そして、手。

 羽のように見えたであろう、自分の同サイズのそれに、シュティレは頭をすりつけ――。

 

 突如、バサリと翼をはためかせたかと思うと、リーニエの白い真っ白な手の甲の上に飛び乗った。見ようによっては鷹匠。あるいは少女漫画でよくあるような感動的シーンであるが、この場合はそうではない。

 

 次の瞬間、シュティレはリーニエの指先に向かって奇妙な行動をとり始めた。小さなくちばしで軽く突き、足でリーニエの手をつかみこんで――それから。

 

――シュティレは猛然と翼をはためかせている!

 

 ああ、これって!

 

「えっ、ちょっ、リーニエちゃん! 大変! 大変だよ! リーニエちゃんの手をメスのシュティレだと思って、腰振っちゃってる! 性の喜び知っちゃってるー!」

 

 まさしく生命の神秘だった。

 

 リーニエが模倣したところで、素の性別までは模倣できなかったのだろう。

 つまり、リーニエの細い指先は、シュティレからしてみたらちょっとデカいメスのように視えたのだ。もともと、外形に違いがほとんど見受けられない鳥である。

 

 アナリザンドが絶叫したにもかかわらず、翼を振るのに夢中になっているシュティレは気づかない。まさに無の境地。忘我の神髄。今まさにシュティレは宇宙と融合しようとしているのだ。

 

 リーニエはリバって、もう片方の手で無造作に鳥をわしづかみにすると、そのままサッと鳥籠の中にいれた。

 

 シュティレの熱烈なアプローチとは真逆の、あまりにもあっさりとした幕引きだった。

 

「り、リーニエちゃん。おめでとう?」

 

 何と言葉をかけてよいかわからず、とりあえず褒めてみるアナリザンド。

 

「何を驚いているの?」

 

 リーニエは無表情のまま、アナリザンドを観察している。

 

「え?」なかなかに説明が難しい。「その……生命の神秘と申しますか……」

 

「ああ、私と交尾しようとしたんだよね。こいつ」

 

 リーニエは何事もないふうに、鳥籠のシュティレを見た。

 どうやら不快の感情はそれほど持ってないらしい。

 魔族にしては珍しいと思われるかもしれないが、実のところ魔族は常時逝きっぱなしの精神状態が常態であるし、人間から欲望されることを旨とする。

 

 ゆえに、交尾対象と見られることに対して、いわば当たり前。

 常時発情している人間とは、情動からして異なるのである。

 

 リーニエは手の甲を泉の水でさっと洗うと、何事もなかったかのように立ち上がった。

 そして一時的に地面に置かれていた鳥籠を、アナリザンドの前に突き出す。

 アナリザンドはハテナ顔のまま、籠を受け取った。

 

「これで、いいでしょ」

 

「いいって何が?」

 

「約束は果たした。鳥は捕まえた。捕まえ方も覚えた。私のやるべきことは終わった」

 

「レンゲちゃんの元に行きたいの?」

 

 アナリザンドが核心を突くと、リーニエは僅かに口角を上げたように見えた。

 魔族特有の微細な表情変化。

 まるで神の御許へと馳せ参じようとする聖なる騎士のようだ。

 

「神を護衛するのは、私にだけ与えられたミッションだ」

 

 意訳すると、もう辛抱たまらんといったところか。

 ここまでアナリザンドの言葉にしたがって、リーニエは我慢していたのだ。

 

「同じパーティで合格しようって言ったじゃん」

 

「もうあとは、それ持って適当に隠れてれば合格できるでしょ」

 

 それだけ言うと、リーニエはくるりとアナリザンドに背を向けた。その足取りは軽く、迷いがない。もはやアナリザンドの言葉など耳に入っていないかのように、一直線に森の奥へと進んでいく。

 

 敬愛するレンゲ神へシュティレ捕獲という成果とそこで得た知見を報告しに行くのだろう。

 あるいは、単に神の御顔を拝し、その存在に触れたいだけなのかもしれない。

 

 短い間であったが、旅の中でふたりは、かなり仲良くなっていたから。

 

「リーニエちゃん、自由すぎる……」

 

 もともと魔族とは、個人主義者の集まりだ。

 群れて行動するほうが稀で、それなりの努力というものを必要とする。

 ここまでつきあってくれたことを御の字と考えるべきなのである。

 

 しかし――、どうやって、レンゲ神のもとへと辿りつくつもりなのか。

 信仰への導きが、それとなく自然に、神の御許へとリーニエを送り届けるのか。

 それは、アナリザンドにもわからないことだった。

 わたしに聞けばいいのにと、ちょっとだけ拗ねるアナリザンドである。

 

――リーニエの姿が森の中から消えると同時に。

 

 今まで傍の木陰でシュティレを刺激しないようじっと息を潜めていた幻影鬼サリーが、堪えきれないといった様子で、ゴソゴソと動き出した。その大きな体躯が、切なげに湖の方角を向き、長い腕が何度もそちらを指し示す。

 

 その目が、リーニエも行ったんだから、自分もと言っているように見えた。

 

「サリーちゃんもなの?」

 

 グルルル……。

 

 サリーの喉奥から、ここにはいない主を案じるような低い唸り声が漏れた。

 

 巨体には似つかわしくない、まったく可愛らしさの欠片もない恐ろしい唸り声だったが、アナリザンドの耳には、大きなワンコが、アナリザンドという仮の主にすがりついてくるように思えた。

 

 もしかすると、とてもかわいいかもしれない。

 

「そっか。エーデルちゃんのことが心配なんだね」

 

 アナリザンドは、鳥籠をそっと地面に置き、サリーの腰のあたりを撫でた。

 本当は頭を撫でたいところだったが、そこまでしか手が届かなかった。

 サリーは最初ビクっと身体を震わせたが、なされるがままになる。

 

 サリーはアナリザンドとの力の差を嫌というほど理解している。

 つまり、サリーはアナリザンドに対して交渉しているのだ。アナリザンドの理解を得られなければ、エーデルの護衛という自らの政治的目標を達成できないと理解している。

 

「あの戦いの音……。フリーレンと、他の魔法使いたちがやり合っているね。エーデルちゃんも、もしかしたら巻きこまれてるかもしれない。そう考えているんでしょ」

 

 アナリザンドの言葉に、サリーは大きく頷いた。

 

 幻影鬼は北部高原に多く生息している中程度の魔物だ。その実力は三級程度の魔法使いでも屠ることができる程度。精神攻撃は厄介だが、熟達した魔法使いには敵わない。

 

 ここでサリーを行かせたところで、フリーレンには負けるだろう。

 サリーがやられてしまったら、アナリザンドのパーティは全員不合格だ。

 合理的に考えるならば、少なくともアナリザンドがいっしょについていったほうがいい。

 

 けれど、サリーはひとりで行きたいのだ。

 行って、本当の主であるエーデルを助けたいのだ。

 

 魂の懇願を無碍にすることはできない。

 それが、単なる愛玩動物程度の知能しか持っていない存在だとしても。

 

「いいよ。行っておいで」

 

 アナリザンドは優しげに声をかけた。

 

 グルル。

 

 サリーは嬉しげに喉を鳴らすと、なぜかアナリザンドの頭をなでくりまわした。

 

「ちょ、待って待って。折角の猫耳が崩れるから」

 

 ピタっと停まり、それからサリーは腕で大きな丸をつくった。

 

「まったくもう。早く行ったほうがいいよ」

 

 サリーは力強くうなずくと、スカート状になっている黒い部分をたくしあげて、わりと早いスピードで駆け出して行った。後ろ姿だけで見ると、爆走するお嬢様のように見えなくもない。

 

「走れるんだ。サリーちゃん……」

 

 またひとつ生命の神秘を知った気分になるアナリザンドだった。

 

 こうして、魔物と魔族といういびつな構成の第20パーティは、あっけなく空中分解し、パーティ解散とあいなったのである。結果として、ぼっちザンドが完成してしまった。

 

 ひとりぼっちは寂しい……とは思うものの、ひとりぼっちの静謐さも嫌いではない。

 離れてはいるが、パーティ同士はつながっている。

 

「わたしが行っても、他の受験者さんの迷惑になるだろうしな。もう少し待っとこうか」

 

 鳥籠の中のシュティレに話しかけるようにして、アナリザンドもまた森の中に消えていった。

 

 

 

 




次回、エーデルVSフリーレン
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