魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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接敵

 

 

 

 森の奥深く、蔦に覆われた岩壁の間に、ぽっかりと口を開けた小さな洞窟があった。

 

 昼なお暗いその場所は、身を隠すには格好の隠れ家と言えるだろう。ユーベル、フェルン、ラントの三人は、シュティレの入った鳥かごを慎重に抱えながら、その洞窟の浅いところに陣取った。

 

 正面からの攻撃には、防御魔法で対応することもできるし、すぐに飛び出せる。

 それから四方から不意打ちされる恐れもない。

 

「ここなら、簡単には見つからなさそうだね」

 

 ラントが岩肌に触れながら言った。

 ちょっとした出っ張りが壁際にあって、そこに彼は腰かける。

 まったく汗をかいておらず、緊張した様子もないのは、ラントの胆力によるものか。それとも。

 

 そんな様子を、ユーベルは興味深そうに見つめている。

 

「試験終了までここで潜伏していよう。下手に動き回るより安全だ」

 

「そうですね。ここなら比較的安全だと思います。どうも湖のほうがきな臭いですし」

 

 フェルンも同意する。焼肉臭いと言わなかったのは弟子の温情だ。

 さきほどから、湖のほうから感じる魔力は、見慣れたフリーレンのものだった。

 師が何かしようとしている。そう感じて、弟子としては不安も覚える。

 だが、ここで出て行っても、フリーレンにとって迷惑になるかもしれない。

 フェルンは自分の実力がどれほどのものかわかっていないのだ。

 

「潜伏とかつまんなくない? せっかくだから戦おうよ」

 

「ユーベル。君さ……無駄な戦いって言葉知らないの?」

 

「うーん」ユーベルは首を90度に迫るくらい傾けてラントを見る。「確かに眼鏡君って、潜伏が得意そうだよね。影に潜む正義の騎士って感じでさぁ」

 

 ラントはおもむろに眼鏡をクイっとあげる。

 

「なんのことやら。さっきから、僕を何かと勘違いしてるみたいだけど、僕は君が思ってるような男じゃないよ」

 

「ふぅん。へえそうなんだ」

 

 また、眼鏡をクイ。

 ラントの鋼鉄のような頬が、わずかばかり強張っている。

 

「君に何がわかるの。出逢って一日しか経ってないのに」

 

「いっしょに寝床をともにした仲でしょ」

 

 眼鏡をクイ。

 

「まぎらわしい言葉はやめてくれるかな。僕は君みたいな子、好みじゃないんだ」

 

「どんな子が好みなの。やっぱり正統派ヒロイン? フェルンちゃんみたいな。それとも、アナちゃんみたいなロリっ娘が好きなのかな」

 

「無駄話が多いって言われない?」

 

 眼鏡クイ。

 

「さっきから、ずーっと眼鏡をクイってしてるけど、サイズあってないの?」

 

「ユーベル。君さ……。もう少し真面目に試験に取り組んだ方がいいんじゃないかな。僕たちはまだ合格したわけじゃないんだから」

 

「ムキになっちゃって。眼鏡君ってさぁ……結構かわいいとこあるよね」

 

「君には人をイラつかせる才能があるみたいだね」

 

「んんっ」

 

 フェルンは、そんな二人の不穏な空気を察し、小さく咳払いをした。

 仲裁には慣れている。なにしろ、不穏な姉ふたりを取り持ってきたのは彼女なのだ。

 

「おふたりともそこまでにしませんか。今は仲間同士で詮索し合うよりも、警戒を怠らず、静かにしているべきだと思います」

 

「真面目ちゃんだなぁ」ユーベルがかすかに哂う。

 

「僕もその意見に賛同するよ」ラントはあいかわらず淡泊な反応だ。

 

 洞窟の中には無言の空間が満ちた。

 遥か遠くから、屋根に雨があたるようなパタパタとした音が届いている。

 だが、洞窟の外に雨は降っていない。

 ゼーリエの張った物理結界が雨粒すら通していないせいだ。

 

 そんな中、ユーベルは自身の水筒を取り出し、最後の一滴まで飲み干した。そして、空になった水筒を逆さまにしてフリフリと振り、わざとらしく大きな音を立てた。

 

「んー、なくなっちゃった」とユーベル。

 

「補給が必要だな」ラントも自分の水筒を下に向けた。空だ。

 

「私もあまり残っていませんが、危険ではないでしょうか」

 

 フェルンは持ち前の危機管理能力を発揮してふたりにリスク管理を促す。

 

「確かに、危険を冒す必要もないか。よし。我慢しよう」とラント。

 

「えー。喉からからになっちゃうよ。それに今なら、そんなにリスクはないって」

 

 ユーベルは視線だけをそちらに向けた。湖の方角だ。

 どうやら湖のほうでは、大規模な戦闘が始まっているらしい。

 魔力の流れが乱れている。

 

「かなりの数が集まってるね。半数くらいか」

 

 ラントは魔力を探っている。HUDを使った魔力探知をおこなっているのだろう。

 もちろん、ユーベルやフェルンも同じ結論に至っている。

 

「小さな水辺を探しましょうか」

 

 フェルンは妥協案を提出した。

 ユーベルがすぐに嫌な顔になる。

 

「えー、汚いよ。綺麗な湧き水が出てたら別だけどさぁ」

 

「煮沸すればなんとか……」とフェルンは妥協案を絞り出す。

 

「しかたないね。ずっと喉渇いたってどっかの誰かさんに喚かれるよりはマシだ」

 

 最後にラントが鶴の一声を述べることで、パーティの行動指針は決まった。

 それは、ある意味、ヴィアベルが企図した()()だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 三人は連れ立って歩いた。

 

 魔力探知をおこないながらであるが、堂々と道らしき真ん中を歩いている。魔法か何かがなぞったかのように抉られた土が、木々の合間を横断する線のように長く続いている。

 

 草の生い茂った森の中で突如、敵に邂逅するよりは、そちらのほうがマシだと考えたのだろう。それにHUDを使ってる限り、少なくとも魔力を隠蔽する能力すらない雑魚との接敵は抑えられる。

 

「道かと思ったけど、これって枯れた川だよね」

 

 ユーベルが座りこんで、道の中にある小石を手に取った。

 水気はないが、川の流れに身を任せていた小石は、尖ったところが少なくやや丸みを帯びている。

 

「確か試験区域を囲むように結界が張られているんでしたよね」とフェルン。

 

「ああ、試験では定番だね。塵すら通さない強力な対物理結界だよ」とラント。

 

「もしかして水も通さないんですか」

 

 フェルンは上を見上げながら言った。

 ゼーリエの張った結界は、雨も通さない。だから川が枯れている。

 

「枯れ具合から見て、結界を張ったのは一週間以上前だね」

 

 手の中の石をためつすがめつし、ユーベルは愉しそうに言った。

 これだけの大規模結界を一週間以上も張り続ける。それだけでゼーリエの底知れない魔力を窺わせる。そして、必然的に、そこからもう一つの事実が導かれる。

 

「では水のほとんどは、盆地の真ん中にある湖に集まっていますね。私達、受験者も生き物ですから、活動するにはある程度の水が必要です」

 

 フェルンの言葉に、ラントが頷く。

 

「ああ。そして、その湖は今、君の師匠であるフリーレンのせいで……、いや、フリーレンの周辺が最も危険な場所になっているはずだ」

 

 ユーベルが、小石を放り投げながらつけ加える。

 

「ってことはさー。湖を避けて水を確保しようとする賢い子羊ちゃんたちが、ちらほら出てくる頃じゃない? 私たちみたいにね」

 

 その言葉に、フェルンとラントの表情がわずかに曇った。

 

 中央の湖こそが、本来ならばシュティレ捕獲の最大の穴場だったはずだ。水場には多くの生物が集まる。しかし、フリーレンの存在がその前提を覆した。

 

 ならば、目端の利く他の受験者たちは、フリーレンのいない、湖以外の小さな水場を探すだろう。そして、水を求める者は、必然的にそのような場所に集まる。

 

(つまり、私たちのようなパーティは、()にとって格好の的になる可能性が!)

 

 フェルンがそこまで思考を巡らせ、背筋に冷たいものが走った、まさにその瞬間だった。

 

――ビュンッ!!

 

 鋭い風切り音と共に、一条の白い閃光が、木々の間を縫って三人の死角から正確にフェルンを狙って放たれた。それは、紛れもないゾルトラークの光。速射性に優れるもっともオーソドックスな殺しの道具。

 

「ッ!」

 

 フェルンは、思考よりも早く身体が反応していた。咄嗟に杖を構え、防御魔法を展開する。淡い青色の魔力の障壁が、ゾルトラークの着弾寸前に彼女の前面を覆った。

 

 ドォンッ!!

 

 耳をつんざくような衝撃音と共に、フェルンの防御魔法とゾルトラークが激突し、周囲に眩い光と熱風を撒き散らす。フェルンは衝撃で数歩後ずさったが、なんとか攻撃を防ぎきった。

 

 と思った次の瞬間、追撃のゾルトラークが三度、フェルンを襲う。

 

 戦闘において一撃必殺なんて浪漫は本来存在しない。人はゾルトラーク程度の魔法でも油断していたら死ぬし、その可能性を最大効率で狙うなら、三発程度は撃つというのが最も効率的な戦闘行動だからだ。

 

 よく訓練された軍隊に所属する者の行動といえた。

 

 だが、フェルンはその反応すら凌駕する。

 今度は幾分の余裕をもって、同じように防御魔法で防ぐ。

 的確な防御、それは彼女の師匠譲りの冷静さと、類稀なる魔力操作の賜物だった。

 

 しかし、追撃は終わらない。

 

 ゾルトラークの閃光が消えやらぬうちに、茂みの中から三つの影が躍り出た。

 

 ザザザ。風を切り裂くようなスピードで先頭を駆けるのは、獰猛な笑みを浮かべたヴィアベル。その手には短いワンドが握られている。彼は一直線にユーベルへと突進し、鋭い踏み込みと共にワンドを突き出した。

 

 対するユーベルは、攻撃を予期していたかのように、低い姿勢でヴィアベルの攻撃を躱し、カウンター気味に自身の長い杖を薙ぐ。

 

――ギィィン。

 

 金属同士がぶつかり合うような甲高い音と共に、ヴィアベルのワンドの先端とユーベルの杖の先端が、互いの首元、ほんの数センチの間で静止した。一瞬の攻防、それは互いの実力を測るような、じゃれつきあい。両者は突如始まった戦闘に、これ以上ない笑みを浮かべている。

 

 その背後では、シャルフが両手を広げ、周囲の木の葉や花弁を無数の鋼鉄の針へと変成させて宙に漂わせている。そしてエーレは、足元の土くれをいくつも魔法で浮き上がらせ、それらを圧縮し、硬質な弾丸へと変えていた。二人とも、いつでも攻撃に移れる体勢だ。

 

「面倒くせぇな。殺すつもりで撃ったんだぜ、あれに反応できるのかよ」

 

 ヴィアベルは、ユーベルの首元にワンドを突きつけたまま、獰猛な笑みを崩さずにフェルンを一瞥した。

 

「うーん。私と同じ年齢くらいだからまあいいわ」

 

 エーレもフェルンを観察した。しかし、胸部の膨らみは圧倒的だ。

 同じくらいなのにどうしてそこまで差がついたのだろう。慢心。環境の違い……。

 少し残念そうな顔つきだった。そして幼女じゃないことに少し安心もしていた。

 複雑そうな乙女の表情。

 

「またかよ、お前は……」ヴィアベルは舌打ちしつつ、視線をユーベルに戻した。「まぁいいや。シュティレの入った籠を置いていけ。そうすりゃ、見逃してやらんでもないぜ。一度は捕まえたんだ。運が良けりゃ二度目もあるかもしれねぇだろ。どうだ?」

 

 ユーベルは、ヴィアベルのワンドを自身の杖で受け止めたまま、挑発的に唇の端を吊り上げた。彼女の腰元には、例の鳥かごがぶら下がっている。

 

「嫌だって言ったら?」

 

「なら、言葉は不要だな」

 

 ヴィアベルの瞳に、明確な殺意が宿る。

 

 この試験では、思いっきり殺意をぶつけることができるのだ。躊躇は要らない。

 だが、ゴーレムによって、シュティレごと試験区域外に脱出されてしまえば、それはそれで面倒くさい。だから、ヴィアベルは降伏を勧めたのだ。

 

 まさに両者が再び動き出そうとした、その時だった。

 

――ゴォォォォォッ!!

 

 遠く、湖のある方角から、凄まじい魔力の奔流が天へと立ち昇るのが見えた。それは、まるで火山の噴火を思わせるほどの圧倒的なエネルギー。フリーレンが、本格的に力を解放したのだ。その余波は、ここまで届くほどに強大で、森の木々をざわめかせ、空気を震わせた。

 

 その一瞬の隙に、全員の意識が湖の方へと向いた。

 

 ヴィアベルもユーベルも、互いに牽制し合ったまま、わずかに視線をそちらへ動かす。

 

「散開しよう!」

 

 ラントの鋭い声が響いた。彼はこの一瞬の膠着状態を好機と見たのだ。

 

 その号令と共に、フェルン、ユーベル、ラントの三人は、それぞれ異なる方向へと散っていく。ヴィアベル組も、即座にそれを追い、森の中での三対三の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 シャルフ。第8パーティ。三級魔法使い。

 他人と触れ合うのがちょっとだけ苦手な彼は、人間強度が落ちるので我流で魔法の腕を磨いている。そんな彼の得意魔法は、花弁を鋼鉄に変える魔法。舞い散る花びらを鋼鉄の針のように吹き荒れさせ、対象は切り刻まれる。もしも、花びらが鋭い金属であれば、花弁の嵐を避けきれる人間などいないというイメージ。

 

 もちろん、花という特殊な舞台が必要なため、準備段階として花畑をつくる魔法も併用している。

 

 森の中の一角。やや開けた場所に、乙女が夢見るような花畑が出現した。

 

 既に、魔法によって目の前の青年の頬には花弁による手傷を負わせている。まだまだ致命傷とはいいがたいが、戦局はこちらの圧倒的有利だ。

 

(勝ったな)

 

 シャルフは知らず慢心する。

 魔法使いは得意なフィールドでは絶対に負けないというイメージを抱きやすい。

 花畑を出現させた時点で、それを見送った時点で、ラントに勝ちはないと信じている。

 

「何、余裕そうな顔してるの?」

 

 眼鏡をおしあげて、ラントは冷たくシャルフをにらんでいる。

 どうやら戦意は衰えていないらしい。

 

「ふ……。嵐の中、おまえは雨粒をすべてかいくぐれるイメージが持てるか?」

 

「やってみればいいでしょ」

 

「いいだろう」

 

 シャルフは再び、花弁を空中に浮かせ、束ね鋭い銛のように突きあげる。

 ラントは繊細な魔法捌きで、防御魔法を多重展開し、花弁の猛攻を防ごうとしている。

 

 だが、無意味!

 シャルフの魔法は、その圧倒的ともいえる手数が利点だ。一枚一枚は小さな花弁でも、それが何百、何千と襲いかかれば、いかなる防御魔法といえどもいずれは限界を迎える。

 

 防御魔法を全面展開すれば、いずれ魔力が尽きるし、そうでなければ、傘のように一面でしか守れない。それでは、横殴りの雨で濡れるように、いずれは予期せぬ攻撃にさらされる。

 

 バキィン!と甲高い音を立てて、ラントの防御魔法の一部が砕け散った。その隙間を縫って、数枚の鋼鉄の花弁がラントの肩口を深く切り裂く。鮮血が飛び散り、ラントの服がみるみる赤く染まっていく。

 

(よし、致命傷だ)

 

 いや、ゴーレムが現れる様子はない。まだ戦闘能力を保持していると判断されたか。

 しかし、片腕がつかえないというのは、かなりのハンデだ。

 手から魔力伝導体である杖を通じて魔法を放つ場合、その肝心の手があがらないというのは攻撃力の大部分を削いだことになるからだ。

 

 見た限り、眼鏡をかけた青年の攻撃はオーソドックスな一般攻撃魔法くらいしか使っていない。それどころか、積極性があまりなかった。自分の攻撃が苛烈なため、相手に反撃の余地を与えなかったのだろう。シャルフはそう考えた。もちろん、油断はしない。そう気を引き締めるも、わずかな慢心が彼の中に生まれる。

 

 この試験においては、殺意をもって攻撃しても、ゴーレムが生命維持を優先するといっていた。だから、躊躇する意味は薄い。

 

 あれだけの傷を負っては、もはやまともに戦うことはできまい。あとは、このまま攻撃を続けて失格に追い込めばいいだけだ。

 

 シャルフは、勝利を確信し、さらなる花弁をラントに向ける。

 

「終わりだ!」

 

 しかし、致命傷のはずのラントは、顔色一つ変えず、ただ静かにシャルフを見つめている。その瞳には、痛みや苦悶の色はなく、むしろどこか冷めたような、全てを見透かしているかのような光が宿っていた。

 

 嫌な、予感がする。

 

「君の魔法、確かに厄介だね。無数の花弁を正確に操って防御をかいくぐった。かなりの修練とイメージがないとできないことだ。でも、一つ見落としがある」

 

「なんだと?」

 

 花弁の嵐の中、ラントは魔法防御を全面展開している。

 あと、数十秒。いや数秒で防御魔法は消えるはず。それだけ燃費が悪い魔法なのだ。

 だが、ラントは追いつめられてなお、声色を変えない。

 

「君ってさ、我流でしょ」

 

 ピキ。防御魔法に罅が入る。

 あと、わずか。

 

「だからどうした? これから逆転の手でも悠長に考えているのか」

 

「我流の人って、基礎がおろそかになってることが多いんだよね。僕はさ、知らない相手と戦う前に必ず様子見をするようにしている」

 

 魔法学校で習う基礎中の基礎。未知に対する科学的態度として、観察から始めるというのが常なのだ。シャルフは我流で、一匹狼で、ずっと研鑽を続けてきた。それはそれでひとつの魔法を極めるという意味では、悪くない選択なのかもしれない。

 

 だが、ラントが言ったとおり、基礎がおろそかになる。

 シャルフは十になる前から、磨き上げてきた自らの魔法を否定することはできない。

 

 力を籠め、殺意とともに防御魔法を打ち砕く。

 バキン。先ほどと同じようにラントの防御魔法は砕かれた。

 そのまま、今度こそ、ラントの腹部を貫通し―――。

 

 完全な致命傷だ。そのまま放置すれば、数分で死に至る。

 だが、ラントは平然と立ち尽くしている。

 

 ゾクリ。

 

「な、なぜゴーレムが現れない! 不具合か!」

 

「心配してもらってありがたいけど……。君、魔力探知苦手でしょ」

 

 背中を凄まじい悪寒がかけぬけた。

 シャルフの首筋には、ヒヤリとした人間の手の感覚が吸いついている。

 それは、先ほどまで目の前で致命傷を負ったはずの男――ラントの手だった。

 

「な……馬鹿な……お前は、確かに……!」

 

 シャルフは混乱し、振り返ろうとするが、首筋を掴む力は強く、身動き一つ取れない。目の前にいるはずの、腹部を貫かれ血を流すラントの姿が、まるで陽炎のように揺らぎ始める。

 

「……いつから」

 

 答えを聞くことはできなかった。

 次の瞬間、シャルフの全身を強烈な電撃が貫いた。視界が白く染まり、意識が急速に遠のいていく。抵抗する間もなく、シャルフはその場に崩れ落ち、完全に意識を失った。

 

「最初からだよ。第一次試験が始まったときから、僕は他人を信じていない。特にあの勘違い女に正体を知られないか心配だったからね」

 

 ぐったりと倒れこむシャルフを、ラントはじっと観察した。

 気絶させただけで、致命傷は負わせていない。ゴーレムがいるとはいえ、無用な殺生は彼の主義ではなかったし、何より、万が一にも手違いで命を奪ってしまっては、後味が悪い。

 

 シャルフの傍らには、彼が作り出した美しい花畑が、皮肉なほど静かに広がっている。

 彼は乙女ゲームのワンシーンのように、花に包まれて眠っている。

 

 ラントは、ふぅ、と一つ息をつくと、おもむろに眼鏡の位置を直した。そして、その視線は、自然と別の方向へと向けられる。

 

 森の奥、木々が激しくざわめき、時折、甲高い魔法の衝突音が響いてくる方角。そこでは、ユーベルとヴィアベルが、未だ激しい戦闘を繰り広げているはずだ。

 

(あの女の方が、よっぽど厄介かもしれないな)

 

 ラントの表情には、シャルフを倒したことによる安堵感はほとんど見られなかった。むしろ、その視線の先にある、予測不能な少女――ユーベルに対する警戒心が浮かんでいた。

 

 ただし、負けてもらっても困るのだ。

 

 わずかに観測した限りでは、どちらも殺しを厭わないタイプ。いや……。殺しを躊躇しないように、自分に言い聞かせているタイプかもしれない。少なくともこの試験においては、喜んで殺しにかかるだろう。幸いなことに、この試験で命を落とす確率は相当に低いのだから。

 

「殺しの天才と、殺しが仕事の軍人の戦いか。本当なら関わりたくないところだけど、()()を使うときが、そろそろ来たのかもしれないな」

 

 ラントは静かに、そう予感していた。




あれってあれですよ。あれ。
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