魔族少女のエロタナティブ 作:アナリザンド
森の奥、木々の葉が重なり合って陽光を遮り、薄暗い静寂が支配する一角。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、今はただ、張り詰めた空気が漂うのみだった。
不意に、その静寂を切り裂くように、甲高い金属音が響いた。
――ギュイン。
露出度の高い少女――ユーベルが杖を掲げることもせず、不可視の斬撃を放ってくる。
彼女が得意とする
ヴィアベルは、舌打ち一つ、防御魔法を使ってそれを防ぐ。しかし、ユーベルの攻撃は止まらない。悠々と歩きながら、一呼吸の間に、二閃、三閃と、見えざる刃が立て続けにヴィアベルを襲う。
そのどれもが、的確に急所を狙い、殺すのにまったく躊躇がなかった。
そう、ユーベルは殺しに慣れている。それどころか遊んでいるかのように愉しげだ。人間の肉体を切り裂くことに一瞬もためらっていない。
普段よく訓練された兵士であっても、ふとした瞬間には、罪悪感が湧くものだ。
しかし、ユーベルにはそれがなかった。
「おっかねぇな。軍属ってわけでもなさそうだが、人を殺すのに慣れてやがる」
「別に~。人肌は柔らかいって識ってるだけ。そんなの常識でしょ」
ヴィアベルは、ユーベルの静かな猛攻に、わずかに眉を顰める。ヴィアベルの経験をもってしても、この不可視の斬撃は捉えにくく、防御魔法を展開しながら後退するしかない。左右にある木々が、斬撃の余波で切り刻まれ、大きな音を立てながら崩れていく。
ユーベルは、ただその切り裂く音に愉悦を感じ、唇の端に嗜虐的な笑みを浮かべた。彼女の紫色の瞳が、獲物を追い詰める猫のように細められる。
「有名な北部魔法隊隊長さんも、逃げるしかないのかなー?」
挑発的な言葉と共に、さらに鋭さを増したレイルザイデンが放たれる。ヴィアベルは、それを防御魔法で弾きながらも、じりじりと後退を余儀なくされていた。ユーベルの魔法さばきは、おおざっぱなように見えて正確無比で、まるで草刈り機がゆっくりと迫るように、次々と斬撃を繰り出してくる。ヴィアベルの身体に浅い切り傷がいくつも刻まれていく。
(全部は避けきれねぇ。このままじゃジリ貧だな……。だが)
ユーベルは切り裂く魔法を使いすぎた。
必然的に木々は倒され、ユーベルの背後には何本も横たわる。
「その魔法、射程は短けぇみたいだな。せいぜい5メートル程度か」
「御名答。で、どうするの? また基礎的な魔法で殴り合うの?」
「いや、その必要はねえ――」
その瞬間。
「――
ヴィアベルが視線に力をこめた。
TIPS的に記述をすれば、であるが――。
短い修行の間。ヴィアベルはエーレに手の内をあっさり明かした。
それはヴィアベルなりの、まだ年若く卑怯な戦い方を知らないエーレに対する指導に他ならなかったが、拘束されたエーレの評価は、『こんな魔法使って! また幼女を手籠めにする気でしょ』という、この上なく低いものだった。
だが、その効果はきわめて高く、初見であれば逃げ出すことは不可能に近い。
拘束された者は、身動きひとつとれず、魔力操作すら不可能になる。
瞬間的に光のヒモが二重にユーベルの身体を縛りつけた。
逃げだす
ユーベルは、一瞬瞠目したが、すぐにもがいて体勢を立て直そうとする。しかし、ソルガニールの光線は、ユーベルの身体に触れていないにもかかわらず、まるで鋼鉄の枷のように身動き一つ許さない。レイルザイデンを放つこともできない。だが、口は聞けるらしい。
「あ~あ、掴まっちゃった。こんなのがあるなら自力でシュティレを捕まえればいいじゃん」
「焼肉くせぇどこかの馬鹿エルフのせいで、見つからなかったんだよ」
「うそだね。あんたは最初から、私達みたいなパーティを狙っていた。そうでしょう」
「わかってるなら話は早ぇ。さっさとその鳥籠をよこしな。嬢ちゃんのその綺麗な顔に、これ以上傷を増やしたくもねぇだろ?」
「動けないんだけど……」
ヴィアベルはわずかに眼をそらす。
拘束が解けた。ユーベルはゆっくりと立ち上がる。
「俺の魔法は目に収めたやつを拘束する魔法だ。俺がおまえから目をそらさない限り、おまえは動けない。おとなしく言うことは聞いておいたほうがいいぜ」
「ふぅん。目がカピカピになっちゃいそうな魔法だね」
おもしろそうに言いながら、ユーベルは腰の紐を解こうとする。
が、その動きは途中で止まった。
「ん-。待って。なんで、そんなこと命令する必要があるの? 動けなくなった私からシュティレを奪えばいいじゃん」
「ゴーレムにシュティレごと持ち逃げされたら癪だからな」
致死性のある攻撃を受けた場合、ゴーレムは受験者を抱きこみ、そのまま戦闘区域を離脱してしまう。ヴィアベルの言葉は、その可能性を憂慮したものと言えた。
「じゃあ、この鳥籠がある限り、私を本気で攻撃できないってことか。ラッキー」
ユーベルはむしろ半身の姿勢をとり、シュティレを視界からはずそうとする。
「そうじゃねえよ。面倒ごとは嫌いなだけだ」ヴィアベルの声が、氷のように冷たくなる。「鳥籠はかなり頑丈にできてる。中の鳥も、鋼鉄みてぇに硬いらしい。だがな、嬢ちゃん。腰にくくりつけてるそれは、どう見てもただの紐だ。お前のその細い身体に当てないように、正確にその紐だけを魔法で断ち切ればいいだけのことだ」
「ふうん。そう――面倒なのは嫌いかぁ。私もそうだからわかるよ」
(こいつ気づきやがったか?)
ヴィアベルは、わずかな時間、思考を巡らす。
実を言えば、ソルガニールには致命的とは言えないが、弱点がある。
それは、対象の全身を収めないと効果が発生しないということだ。
ユーベルに接近しすぎてしまえば、全身を視界に収めることができなくなってしまい、拘束が解けてしまう。ユーベルのレイルザイデンで一瞬にして切り刻まれることも考えられた。
ユーベルに言ったことも嘘ではない。鳥籠と身体を結びつける紐帯を切り離してしまえば、もはやヴィアベルに躊躇する理由はない。ゴーレムがどれほど優秀かはわからないが、少なくとも即死でもしない限りは、『殺し』にまで発展することはないだろう。
だが、できなかった。
状況が悪い。この場合は地の利といったほうが正確かもしれない。
ユーベルがソルガニールに拘束された時、偶然、ユーベルの身体は沈みこんでいた。クラウチングスタートのように、両の手を地面につき、その手で覆い隠されるように鳥籠があったのだ。
では――ということで、近づきすぎると先にいったようになる。さらには、鳥籠をくくりつけている右腰あたりがあらわになるように接敵するには、細い道を横断するように近づかなければならない。それはリスクだった。
だから、ベストな方法としては、ユーベルに自ら放棄してもらうことだったのだ。
「どうして、もっと近づいて、手で奪おうとしないのかな? その方が確実じゃない?」
挑発するように、ユーベルが口を開く。
眠たげな視線は、どこかすべての存在を見下していて、それでも油断せずに、命綱たるシュティレの姿を隠すように、身体を半身のまま保っている。
それはユーベルの貪欲なまでに相手に共感しようとする本能に基づくものだった。
相手に共感するということは、相手の嫌なことも想像できる。
(コイツ……俺の思考を完全に読み切ってやがる。まるで、俺の頭の中を覗いているみてぇだ)
ヴィアベルは内心で毒づいた。ユーベルは、ソルガニールの弱点をおそらく見抜き、そして、そのために、つかず離れずの一定の距離と、正確な照準を必要としていることを理解していた。そして、その上で、あえて危険な賭けに誘い込もうとしている。
ソルガニールを使って拘束していたとしても、接近しすぎれば――、ほんのわずかに魔力の乱れがあれば、その瞬間を見逃さず、ユーベルは攻撃をしかけてくる。
射程の読み合いなどではない。これは、もはやチキンレースだ。
ヴィアベルは秒針が動くよりも短い刹那の時間。迷う。
その迷いに、ユーベルが
次の瞬間、ユーベルは、まるでヴィアベルの思考の更に先を行くかのように、誰も予想しなかったであろう大胆な行動に出た。
「そんなにシュティレが欲しいなら――こうするしかないよねっ!」
ユーベルが死角で、はずしていた鳥籠を天高く放り投げたのだ。
オレンジ色のシュティレが入った鳥籠が、くるくると回転しながら放物線を描き、薄暗い森の空へと吸い込まれていく。
ヴィアベルの視線が、一瞬、反射的にその鳥籠を追った。
思考の隙間――油断とも言えるそれは、本能的な反応だ。
獲物を見失うことへの原始的な恐怖。
幸福を追い求めてしまう根源的な本性。
たったコンマ秒の思考の揺らぎ。
しかし、ユーベルにとって、その一瞬は、勝利への活路を開くには十分すぎる時間だった。
鳥籠を投げるという予期せぬ行動で生まれたヴィアベルの意識の逸れ。
それが、ヴィアベルの反応をコンマ数秒遅らせる。ユーベルはその瞬間を見逃さない。
ユーベルがしなやかな身体をバネのように活かし、肉食獣のような瞬発力でヴィアベルに迫る。
地面すれすれ。天から地へ。這うように迫るユーベルの動きに、ヴィアベルは視線ですら追いつけない。ソルガニールを放てない。
狙うは、ヴィアベルの無防備な眼球。
ヴィアベルは、ユーベルの殺気に満ちた接近を肌で感じ、咄嗟に顔を逸らし、身を引いてその凶刃を避ける。ユーベルの杖の先端が、ヴィアベルの鼻先を深々と抉り、鮮血が飛び散った。数本の髪が、血飛沫とともに宙を舞う。
激痛に顔をゆがめながらも、ヴィアベルは今度こそユーベルを視界に収め、その動きを封じた。
今の一合は、確実にヴィアベルの負けだった。
「目を狙いやがったな」
「合理的な判断でしょ」
「いいや。おまえは殺しを愉しんでいる。一分一秒でも愉しい時間を長引かせようとしてやがるな。戦場にもそんなやつがたまにいたぜ。殺しを愉しむ変態だ」
「首でも狙ってほしかった? 隊長さんのほうこそ変態だね」
あくまで挑発をしつづけるユーベル。
この試験では『殺し』はありえないが、この少女は人を殺し続けるだろう。
愉しみながら、歪みながら。人としてどうしようもなく失格している。
「おまえはここで、失格にしておいたほうがよさそうだな」
鳥籠は、少し離れたところに転がっている。
もはや、ユーベルに対して手加減する必要はない。
ユーベルは、ヴィアベルのその殺気に満ちた視線を真っ直ぐに受け止めながら、嗜虐的な笑みを深めた。彼女の紫色の瞳が、獲物を前にした獣のように爛々と輝いている。
「やっと本気になってくれたんだぁ。嬉しいなぁ、隊長さん」
「時間稼ぎのつもりか?」
「だってさぁ。この
「狂ってやがるな。おまえは自分が死ぬことすらなんとも思っちゃいねぇ。殺し合いすら、おまえにとっては遊びみてぇなもんなんだろ。てめぇの火遊びに巻きこむんじゃねぇよ」
ヴィアベルの脳裏には戦場の爆ぜかえる炎が思い浮かぶ。
ただ、ひたすら戦い続けたのは、人を殺すためではなく――。
「くふ。殺すのが嫌なんだ?」ユーベルが哂う。
「ああ……。そうだぜ。誰が好き好んで殺しなんかやるかよ」
「この魔法も相手を殺したくないから、拘束するんでしょ?」
ユーベルは探るように問う。
ヴィアベルも哂う。
「そうだ。これは殺す覚悟のための時間だ」
「じゃあ、よかったねぇ。
「ゴーレムが、この距離からでも防げると思うか?」
ヴィアベルは油断せず、ユーベルに短いワンドが届く距離まで近づいた。
「さぁね。試してみたら?」
「殺しでもねぇゲームごときに躊躇すると思うな。仮に死んでも運が悪かったと思うんだな」
ヴィアベルの持つワンドに、魔力がこもる。
人を殺す程度の必殺の量。ヴィアベルは宣言通り、殺すつもりで放つつもりだ。
しかし、ユーベルは笑んでいる。
それは、世を儚んでといった生易しいものではなく、ただひたすらに、現実というものを小馬鹿にしているからだ。
その意味では、ヴィアベルとも共通した心理を持っている。
「ねえ。隊長さん。最後に一つだけいいかな」
「なんだ?」
「私も、本当は……殺したくなかったん、だよねぇ」
「そうかよ」
ヴィアベルは、短く応じた。
ユーベルの言葉の真意を測りかねたが、もはやそれに構っている余裕はない。
ヴィアベルは覚悟を決めていた。
この場が、ルールに守られた試験という名の遊戯でなくとも、本当の死が目の前にぶら下がっていたとしても、やるべきことは変わらない。
ほんのわずかだけ、瞳の奥が熱を帯び、零れ落ちそうになる感情の奔流を押し殺すように、彼は目の前の少女を見据える。逸らせば、これまでの自分が積み上げてきたもの、守ろうとしてきたものが、全て無意味になってしまう気がしたからだ。
ヴィアベルの持つ短いワンドの先端に、凝縮された魔力が白熱の光を放ち始めた。それは、人間一人を確実に死に至らしめるに足る破壊のエネルギー。ユーベルの生命を刈り取るまでの、わずかな間。その瞬間を、彼の覚悟が塗りつぶす。
――ヒュンッ!!
鋭い風切り音と共に、黒い金属質の物体が、まるで闇夜を切り裂く流星のように、ヴィアベルの側頭部めがけて飛来した。それは、紛れもなく手入れの行き届いた黒鉄色の剣。その切っ先は、ヴィアベルの命を刈り取らんと、明確な殺意を放っている。
「チッ!」
ヴィアベルは、本能的にその場から飛びのき、剣が先ほどまで自分の頭があった空間を、空気ごと断ち割る音を耳にした。もし反応が一瞬でも遅れていれば、首が飛んでいたかもしれない。ユーベルに集中していた意識のほんの僅かな油断を突かれた形だ。
森の木立の中から、ゆっくりと姿を現したのは、漆黒の軽鎧に身を包み、顔全体を覆う無機質な仮面をつけた騎士だった。その右手には、今しがたヴィアベルを襲ったものと同じ、殺気を放つ黒い剣が握られている。陽光も届かぬ森の奥で、その姿はまるで冥府からの使者のようだった。その全身からは、抑えきれないほどの闘気が静かに立ち昇っている。
「なにもんだ。テメェは」
ヴィアベルの低い問いに、仮面の騎士は答えない。ただ、その仮面の奥、覗き穴から見える冷徹な双眸が、じっとヴィアベルを捉えているのを感じた。
騎士は無言のまま、ゆっくりと剣を構え直す。その動きには一切の無駄がなく、熟練の戦士であることを窺わせた。その立ち姿は、まるで古の英雄譚に登場する騎士そのものだ。
そう、ヴィアベルは仮面騎士ブラックを
だからだろう。突然現れた仮面騎士に対する警戒心は、必要以上にリスクを見積もらせてしまっている。いくら接近戦ができる遠近両タイプの器用な魔法使いといえど、生粋の戦士には近接戦では負ける。魔法使いの試験に、まさか剣士が現れるとは想像すらしてなかったのである。
ユーベルは、その仮面の騎士を見上げ、くすくすと蠱惑的な笑みを漏らした。ヴィアベルの殺気から解放されたことで、彼女の瞳には再びいつもの遊戯を楽しむような光が戻っている。
「やっと来たんだ。待ちくたびれちゃったよ。正義の騎士くん?」
仮面の騎士は、ユーベルの言葉にも反応を示さない。ただ、その仮面の奥の視線は、ヴィアベルから一瞬たりとも外されることはなかった。まるで、ヴィアベルを最大の脅威と認識し、ユーベルを守るために現れたかのように。
「なるほどな。嬢ちゃんの仲間か。だが、パーティにいたやつじゃねぇな……?」
眼鏡をかけた冴えない優男と、フェルンとかいうアナリザンドの妹だったはずだ。
このような異様な出で立ちをしている人物。記憶に遺らないはずがない。
「まあいい。誰だろうと、やることは変わんねぇ」
視線がそれたことで、復帰したユーベルと、謎の仮面騎士。
ふたりを相手にするのは骨が折れるだろう。
しかし、殺しの覚悟すら必要なくなったことで、むしろヴィアベルの野生は解放された。
「悪く思わないでよ。隊長さん」ユーベルがゆっくりと杖をなぞりながら言う。
「思わねぇよ。戦いに卑怯もクソもねえ!」
ヴィアベルは歯茎をむき出しにして、これ以上なく愉しそうに哂った。
戦いの火蓋は、仮面の騎士の疾風のような踏みこみによって切られた。
黒い影が直線的にヴィアベルへと迫り、鋭い剣閃が空気を切り裂く。
ヴィアベルは、咄嗟に仮面騎士を視界に収めようとするが、広くたなびかせた黒いマントが、それを許さない。接近しすぎた切っ先をワンドでいなし、ヴィアベルは距離をとろうとする。
(こいつ……。俺の魔法を観察してやがったな)
そうとしか考えられない。仮面騎士の動きは、ヴィアベルの視界に全身を収めさせないように、計算された動きをしている。
そうこうしているうちに、いつのまにか接近していたユーベルが不可視の斬撃を放つ。
――レイルザイデン。
防御魔法をギリギリで展開。
腹のあたりを切り裂かれる予感がし、それはなんとか正解だった。
真一文字に切り裂かれた空間は、ヴィアベルと仮面騎士を避けて、周りの木々をなぎ倒した。
(こいつら……。連携がとれてやがる)
ヴィアベルはさらに後ろに跳躍する。
接近戦はまずい。仮面騎士もユーベルもどちらも近接戦闘が得意なタイプ。
ヴィアベルはどちらかといえば、中距離程度で相手を拘束しながら、魔法を射出して葬るという戦い方が得意だった。
だが、それを許すほどふたりは不得手な使い手ではない。
少なくとも、今までで五指に入るほどには強い。
仮面騎士は、流れるような動きで再びヴィアベルへと迫り、剣の連撃を浴びせかける。その剣筋は洗練されており、魔法使いが余技で使うようなものではない。
鏡の前でたくさん練習したのだ。
ヒーローのカッコいい姿をみんなにお届けするために。
イメージすればするほど、それは本物に近づいていく。それこそが魔法使いの特性である。
人知れないクリエイターの苦労を、ヴィアベルは知る由もない。
ただもちろん。本当のところは、純粋な戦士よりは剣筋は劣っていた。
それをそう感じさせないのは、ユーベルの支援あってのものである。
ユーベルは、騎士の攻撃に合わせて、的確なタイミングでレイルザイデンを放っている。
それは、ヴィアベルの回避ルートを限定し、騎士の剣をより効果的にするため、計算され尽くされた行動だ。要するに、騎士が活躍するために、的確に合いの手をいれているようなものである。
ユーベルは熱に浮かされたように、斬撃の舞いを踊っている。
本当に楽しそうに。彼女は仮面騎士の熱狂的なファンなのだから。
(コイツら組んで日が浅いようには見えねぇ)
ヴィアベルは防御魔法で手一杯になった。
苛烈な攻撃の前に、攻撃の隙すら見当たらない。
(特にこの女、騎士の動きを完全に読んでやがる)
ヴィアベルは、内心で舌を巻いた。ユーベルの共感能力は、戦闘においても恐るべき威力を発揮している。まるで、騎士と意思疎通をしているかのように、完璧な連携でヴィアベルを追い詰めていく。
(しかたねぇ。いちかばちかだ)
ヴィアベルの脳裏に、一つの活路が浮かんだ。
それは、極めて危険な賭け。
しかし、このまま防戦一方でジリ貧になるよりは、遥かに可能性がある。
ヴィアベルは、仮面の騎士の剣戟を、これまで以上に際どいタイミングで受け流し、強引に体勢を入れ替える。
騎士の追撃よりも早く、ヴィアベルの視線は、連携攻撃の要となっているユーベルを捉えた。
(あの女の魔法は射程が極端に短い。それにどうやらハサミか何かをイメージしているみてぇだ)
軌道は読めないが、一直線に切り裂かれる所を見れば、剣かなにか――刃物が一本線をひくように道をつくっていると考えればよい。
だから、つまり。
仮面騎士を盾にしながら距離をとれば、切り裂かれない。
防御魔法を展開させずに、斬撃の魔法を避ける。
そして、ヴィアベルは裂帛の気合をこめて、ユーベルを視界に収めた。
「ソルガ……」
しかし、この後に及んで――視界に移った少女の顔は、遊びに夢中な子どものように笑んでいる。
その一瞬の躊躇をなんと表現すればいいだろう。
ヴィアベルの瞳に映ったのは、これまで覚悟を決めて葬ってきた、恐るべき子どもたちの姿なのかもしれない。
対して、ユーベルは躊躇わなかった。
そこには、一切の躊躇も、迷いもなかった。
このゲームを心から愉しみ、そして、この騎士がいる限り、不滅のヒーローが守ってくれる限り絶対に『死なない』と心の底から信じている。
明暗を分けたのは、結局のところイメージの差なのだろう。
「
ヴィアベルにとっては酷薄な――決定的な一撃がユーベルからもたらされる。
わずかな時間で、ユーベルはヴィアベルに共感し、彼の魔法を盗み取ったのだ。
「……ん、だと?」
全身が強く拘束される。
自身の魔法が、他者からもたらされたことは、ヴィアベルの長い戦いの経験の中でも、初めてのことだった。ありえないことだった。もはや魔法すら発動できない。
完全な模倣だ。
「ありえねぇ。いつからだ」
「んー。さっきかな。私ね。誰かに共感しちゃうと、その人が使う魔法を使えちゃうんだよねぇ」
ユーベルは、拘束されたヴィアベルにゆっくりと近づきながら、満足そうに冷たく哂う。その手に持った杖の先端がヴィアベルの胸元へと向けられた。
仮面の騎士は、その様子を静かに見守っている。彼の役目は終わったとでも言うように、剣を静かに下ろしている。そして、この戦いの行く末を見届けようとしているようだ。
「おめぇみてぇな危険な女に手をだすんじゃなかったぜ」
「これで、終わりかな、隊長さん?」
ユーベルの杖から、レイルザイデンの予兆である、空間の歪みが生じ始める。
ヴィアベルは、歯を食いしばった。まさか、自分の得意魔法で動きを封じられ、このような形で敗北するとは、屈辱以外の何物でもない。
だが、光は弱まった。
「……失格に、させねぇのか」
ヴィアベルは、絞り出すように言った。
それはそれで屈辱だ。
殺す覚悟を決めるたびに、殺される覚悟もしてきたつもりだった。
「んー? どうしてかな。隊長さんの気持ちに、ちょっとだけ共感しちゃったかもしれないんだよねぇ。今は、あんまり殺す気分じゃないや」
その言葉は、彼女の気まぐれさを象徴するかのように、軽やかだった。
「……だが、俺の仲間のシャルフやエーレが、おまえのパーティの奴らを殺すかもしれねぇぜ。それでいいのか」ヴィアベルは、最後の抵抗を試みるように言った。
ユーベルは、つまらなそうに鼻を鳴らす。
「んー。どっちも、そうはならなさそうかな」
「どうしてそんなことが言える。パーティを組んで一日足らずのはずだ」
「眼鏡君のことは、隊長さんが思ってるより、私がよく知ってるかもだし。それに、フェルンちゃんは、たぶんこの中で一番強いよ」
「エーレは、魔法学校の首席だぜ。あいつの才能は本物だ」
「秀才と天才の戦いかぁ。そのエーレって子も、運が悪かったね。フェルンちゃんみたいな化け物と当たっちゃうなんてさ。かわいそう」
ユーベルは既に確信している。謎の共感能力でそれもまた強烈にイメージしているのだろう。
ヴィアベルは、深いため息をついた。もはや、抵抗する気力も失せた。
「まあいい。俺の負けだ。おまえらをこれ以上相手にするより、鳥を狙ったほうがマシだ」
ヴィアベルは、潔く敗北を認めた。
ユーベルは、満足そうに微笑むと、ヴィアベルに当てていた杖をゆっくりと下ろした。
それと同時に、ヴィアベルの身体を拘束していたソルガニールも解ける。
「じゃあね、隊長さん。またどこかで会えたら、今度はもっと楽しい殺し合いしようね」
「誰がするかよ。それと戦場はこんなもんじゃねぇ。俺は戦場じゃ負けたこたぁねえんだ」
「強がり~」
「クソったれの勘違い野郎が」
「野郎じゃなくて、女の子なんだけどぉ」
「言ってろ。ばぁか!」
ヴィアベルは森の中に消えた。
「ねぇ」ユーベルは仮面騎士に問いかけた。「騎士くん?」
「なんだ?」
仮面騎士は、ユーベルのほうを見やって口を開いた。
仮面のせいで、唇すらも見えなかったが。
「どうして私を助けてくれたのかな?」
「偶然だ」
「偶然ねぇ」
「見知った顔がたまたまいたから助けただけだ」
「あの隊長さんと私じゃ。私のほうが悪かもしれないよ?」
ユーベルは思わせぶりに言った。
「確かにあの男が悪というわけではないだろう。だが、オレが剣を振るう理由は善悪の判断だけではない。知り合いが戦っている姿を見て、助勢しただけだ」
「知り合いかぁ。お気に入りくらいにはなれてたと思ったんだけどな。ねえ、騎士くん。私のぬいぐるみ受け取ってくれた?」
「……ああ」
「どうだった?」
「オレは影騎士ではない」
「どういうこと?」
「影騎士はオレの
「へぇ。そういう理由かぁ」
「それよりも、他の仲間は助けにいかないのか?」
「さっきも言ったとおり、どうせふたりが勝つよ。それよりさぁ。君って、眼鏡くんと身長同じくらいだよねぇ」
傍らに立って、ユーベルがすりより見上げる。両の手は背中のほうで組み、視線は下のほうから媚びを売るように。まるで猫のような仕草だ。
ガチャリ。と軽鎧がわずかに音をたてる。
ユーベルがにやりと笑んだ。
「眼鏡くんだよね」
「……また勘違いをしているようだな。その眼鏡くんとやらは――」
すっと茂みのほうを見やる仮面騎士。
ユーベルが見てみると、草をかきわけてやってきたのは、服に汚れひとつなく、いつもの少し不機嫌そうで無感情な表情のラントだった。
ラントは眼鏡をクイっと押し上げて、
「誰?」
と、一言。
「くふふ。あー。そういうことかぁ」とユーベル。「眼鏡くん。こっちは仮面騎士ブラックだよ。同名のマンガ、知らない?」
「読んだことないな。そんな軽薄な趣味に興味ないよ」
「えー、おもしろいのに」
「仲間と合流できたようだな。もはやオレの役目は終わったようだ」
仮面騎士は、マントをはためかせ森の中に消えていこうとする。
「ああ、ちょっと待って眼鏡くん!」
ユーベルは去り行く背中に声をかけた。
「なんだ?」仮面騎士が振り返る。
「ああ、やっぱり」ニチャア。
「状況的に、オレに声をかけたと考えただけだ。それで?」
「ううん。べつに」
「もういくぞ」歩く速度は少しだけ速く、仮面騎士は振り返りもしない。
――いったい、仮面騎士の正体は誰なのか。
しかし、ユーベルはそんなことはどうでもいいというふうに、ラントが聞いた中で一番優しい声をだした。マンガ『仮面騎士ブラック』の作中で、悪の組織から助け出された幼女のように。
「ありがとうね。正義の騎士さま」
ラントはあいかわらず無表情で、殺し合いの時以上に微笑むユーベルを、ただ見下ろしていた。
その微笑には、悪意は含まれていないだろう。
まあ、多分、ほとんど。