魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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宴の始まり

 

 

 

 わたしは地面に突っ伏していた。

 まさか、こんなところでわたしが負けるなんて。

 計画は完璧なはずだった。

 でも、フェルンちゃんという最終兵器の前に、なすすべはない。

 他のみんなもわたしの超速降伏に、あっけにとられている。

 フリーレンですら、目を見開いて、少し驚いているようだ。

 

「アナリザンド様。汚れます」

 

「うん。大丈夫だよ。魔族の服は――魔力でできてるから、すぐに換装可能」

 

 魔族少女は魔法少女でもあるのだ。

 この場合は、変身を解くという風情であるが、かわいらしい黒セーラーにしてみた。

 

 さて、換装した感想ですが。

 あいかわらず、フェルンちゃんの視線は冷たい。

 

 わたしの悪評価を覆すため、フェルンちゃんにすりよる。

 雨にうたれて震える子猫のように、憐憫を引き出すのだ。

 すりすりザンド。

 

「ねえ。これで、わたし悪い子じゃないよね」

 

 あ、ダメだ。

 フェルンちゃんのお怒りはまだ収まらない。

 なんでや、おかしいやろ!

 

「私ではないですよね」

 

 視線だけで促される。フリーレンだ。

 あとで、ゼーリエ先生に詰問されたときに、フェルンちゃんに負けたのであって、フリーレンには負けてないって言うつもりだったのに! くそう!

 

「ま、まいりました……」頭を下げるザンド。

 

「……」無言のフリーレン。

 

「ごめんなさいは?」

 

「ごめんなさい」屈辱ザンド。

 

「アナリザンド様。フリーレン様にかけた、この不快な臭いを消していただけますか?」

 

「はい! 喜んで!」

 

 もはや、勝者に抵抗するわたしではない。

 

「フリーレン。手をつないでいい?」

 

「おまえは馬鹿なのか? もしかして――」

 

「妹に勝てる姉はいないってだけだよ」

 

 ズイっと手を差し出す。

 そうしたら、フリーレンはイヤイヤながらも手を握った。

 フリーレンと握手したのは、これが初めてかもしれない。

 

 わたしは、全神経を集中させて、フリーレンにかけた術式を解除していく。

 

「……ふぅ。これで、大丈夫、かな?」

 

 やがてフリーレンから漂っていた強烈な焼肉の香りが、すぅっと消えていくのが分かった。焼肉エルフの汚名が消えるかはわからないが、フェルンちゃん最強伝説が上書きすると信じて。

 

 今度こそフェルンちゃんにすりよる。

 

 え、まだダメ? そうですか。

 

「雨に濡れて、少し寒いですね」

 

「はい。ワカリマシタ」

 

 わたしは魔力をひきあげて、天空に向かって極太ゾルトラークを放つ。

 雨雲を貫き、強引に霧散させる。雨雲がなければ雨も降らない。

 

「これでいかがでしょうか?」おずおずザンド。

 

「アナリザンド様」

 

「ご、ご要望にはできるだけお応えする所存です。そうだ。いい魔法があるんだよ。"服の汚れを綺麗さっぱり落とす魔法"っていうんだけど、洗濯いらずになるすごい魔法なんだ。フェルンちゃんにもかけてあげようか」

 

 この魔法は、面倒くさがりのゼーリエ先生が、たまに使っていた伝説級の魔法だ。魔法図書館にも載ってない。見て覚えるを旨とするわたしが、必死に覚えたとっておきでもある。

 雨に濡れなくなったとはいえ、フェルンちゃんの胸部装甲は、ぴっちり肌に張りついていて寒そうだった。わたしはフェルンちゃんが風邪をひかないか心配だったのである。

 

「今はまだ試験中です。そこまでしていただく必要はございません」

 

「そうですよね」

 

「私達は、シュティレを捕獲していない他の皆さん方にとっては潜在的に敵です」

 

「あ、わたしは違うよ! ナカーマ!」

 

 シュティレの入った鳥籠を見せて、仲間アピール。

 

「それは、この状況に集まった方々のものですよね?」

 

「まあ……はい」

 

「それでは、失礼いたします。フリーレン様、行きましょう」

 

 フェルンちゃんの意図は、わかりきっていた。

 どうやら、シュティレを捕獲しているパーティどうしで組もうといっているのだ。

 もちろん、ほとんどフリーレンを助ける意味合いが大きい。

 

「フェルン。肩……貸してくれないかな。ちょっとだけ疲れたんだ」

 

「はい」

 

 あああああああああああああああああああああああああああああああ!

 いくら言ってもつれなかったフェルンちゃんが、フリーレンとあんなにくっついている!

 まさか、これがネトラレザンドってやつ? 脳が震える!

 

 そして、二人でゆっくりと空へと飛び立っていく。

 その姿は、まるで嵐の後に現れた、二羽の美しい鳥のようだ。

 

「……ごめん。フェルン……いや、ありがとう」

 

「フリーレン様。私、少しは強くなれましたか?」

 

「最初からフェルンは強い子だよ。だから私も強くならなきゃって思ったんだ」

 

 とかなんとか言っちゃって。

 師弟愛が美しい。美しすぎて涙がでちゃう。だって魔族だもん。

 

「やだー! フェルンちゃん行かないでー!」

 

 涙にくれるわたしを尻目に、他の誰かが呟いた。

 

「いったいなんだったんだ。この戦いは……」

 

 その言葉は、みんなの気持ちを代弁していた。

 

 

 

 

 

 わたしはしばらくの間、その場でしくしくと泣いていたんだけど、いつまでもこうしているわけにもいかなかった。

 

 だって、わたしはアナリザンド。

 七転び八起き、いや、八転び九起きくらいの不屈の精神を持つ魔族なのだ。

 

 まだ、戦いは終わっていない。

 試験終了まで、あとわずか。二時間くらいかな。

 雨はあがったとはいえ、周囲は急速に暗くなっている。

 いよいよクライマックスが近い。

 

 わたしの最後の策が残っている。

 ゼンゼ先生には看破されちゃったけど、まだ終わってはいない。

 

――ヨシ!

 

 わたしは勢いよく涙をゴシゴシと拭い、シャキッと立ち上がった。

 大丈夫、まだわたしにはやるべきことがある。

 

「アナリザンドよ。おぬしのその手に持っておる鳥籠。それは、どうされるおつもりかな?」

 

 デンケンお爺ちゃんが言った。

 そうだよね。気になるよね。

 わたしはこの状況をつくりだした責任がある。

 もちろん、争え! なんて言うつもりはない。

 アナリザンドは、平和の使者なのである。平和的に解決する。

 

「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました!」

 

 わたしは、デンケンお爺ちゃんの言葉に、芝居がかったように恭しく一礼してみせる。

 そして、ゆっくりと顔を上げ、集まった全ての受験者たち――フリーレン包囲網に参加してくれたハラペコちゃんたち9人と、満身創痍のデンケンパーティの3人に向けて、とびっきりの笑顔を振りまいた。

 

「皆さーん。長い。長ーい一次試験。本当にお疲れ様でしたー! 色々あったけど、みんな、よく頑張ったよね! 特に、わたしに協力してくれたみんなには、感謝してもしきれないくらいだよ! 本当にありがとう!」

 

 わたしは、わざとらしく涙ぐむような仕草をしながら、感謝の言葉を述べる。うん、こういうのは大事。人心掌握の基本だよね。感謝ザンド。

 

「そして、そんな頑張ったみんなに、わたくしアナリザンドから、ビッグな、超ウルトラビッグなプレゼントがありまーす!」

 

 わたしは鳥籠を掲げて見せた。

 中では、オレンジ色のシュティレちゃんたちがキョトンとした顔でこちらを見ている。可愛い。

 

「見ての通り、獲れたてピッチピチのシュティレちゃんだよ! これさえあれば、一次試験合格は間違いなし! ……なんだけど」

 

 しょんぼりザンド。

 

「残念ながら、一匹しか獲れなかったの。鳥籠を他の受験者さんから買うのにも経費かかったし……。ゼーリエ先生には借金漬けにされてるしさ。だからね。わたし閃いちゃった。この状況を最も公平かつ平和的に解決する方法を」

 

 にっこりザンド。鳥籠置きザンド。くるくるザンド。

 片手を下に、もう片方の手をわずかに掲げ。

 劇の始まりとかに、プレゼンターが観客に注目を促す、あの独特のジェスチャーをする。

 

 ひひひ、うぇるかーむ!

 

「皆様、大変長らくお待たせしました! この過酷な試験を生き抜いた勇者たちに贈る、夢と希望とお金が飛び交う超エキサイティングなイベント! 第一回アナリザンドプレゼンツ! シュティレ争奪! 大オークション大会を開催しまーーーーーす!」

 

 高らかに、そしてどこまでも楽しそうに宣言すると、森の中は一瞬、水を打ったような静寂に包まれた。雨上がりの湿った空気に、わたしの声だけが朗々と響き渡る。

 

 そして、次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 という、受験者たちの魂の叫びにも似た、困惑と怒りと、ほんのちょっぴりの恐怖が入り混じったような大合唱が、森全体を揺るがした。

 

「オ、オークション……だと……!?」

「この状況で、何を言ってるんだアナ様は……」

「金金金! 魔族として恥ずかしくないのか!」

「フェルンちゃんに無様に敗北してたクソ雑魚魔族がなんか言ってる」

「ゼーリエ様の教えはどうなってんだ。教えは!」

「情操教育の敗北」

「控え目に言ってウンコです。アナ様」

「いや、待て……でも、残り時間はあとわずか……。今からシュティレを探すのは……」

「くっ……あの魔力……アナリザンドから直接奪うのは、フリーレン以上に無謀だぞ……」

 

 うんうん、みんな、わたしの意図をちゃーんと理解してくれてるみたいで嬉しいな。

 

 そう、わたしはわざと魔力をほんの少しだけ解放して、みんなにプレッシャーをかけてあげているのだ。わたしの魔力の前では、そこらの一般攻撃魔法なんて、蚊が刺したようなもの。HUDが計測不能エラーで【測定不能(アンノウン)】って表示されちゃうくらいにね。いや、わたしがそう表示させてるだけだけどね。

 

 かといって、残り二時間で、今からシュティレを探し出すのは至難の業。

 彼らに残された選択肢は、一つしかない。

 そう、わたしの掌の上で踊るほかないのだ!(邪悪ザンド)

 

「開始価格は、頑張ったみんなへの応援価格! なんと、()()()()()()()()()()からだよ! 借金や分割払いは認めないから、みんな現物一括購入でお願いね。あ、金貨とかは一般的なレートにしたがって交換してもいいよ」

 

 ざわつきが広がる。

 みんな、この異常な状況に困惑している。

 けれど、狂乱の彼方には、きっとハッピーエンドが待っている。

 

「さあ、一番最初に札を上げる、勇気と財力と、そして一級魔法使いへの熱い情熱を持った紳士淑女は、どなたでしょーか!」

 

 わたしの金貨ちゃんよ、来たれ!

 

 

 

 

 

 血で血を洗うオークションは、最初、静かな立ち上がりだった。

 

 みんな互いに探り合うように視線をやって、困惑と疑惑と、この異常な状況に、腹の探り合いをしている。もちろん、仲間同士で手持ちのお金を開示しあっているパーティもいる。

 

 やがて、ひとつのパーティが声を荒げた。

 

「こんな馬鹿げた競売に参加できっか。俺たちはシュティレを探しにいくぞ!」

 

 どうやら、開始価格すら持ってなかったらしい。

 最後まで足掻くという意味では、懸命な判断だ。

 でも、ひとり頭33万も持ってないって、生活大丈夫だろうか。

 まあ、まだ若いし、実家があるなら問題ないかな。

 

 三人ライバルが減ったことで、探るような目つきが鋭くなる。

 

「101」

 

 おずおずと手をあげたのは、やはり若い男の子。

 学生さんかな?

 

「お、101万。初めて札があがりました! 他はぁ~?」

 

 その子の元に、半透明の小窓が表示され『101万AP』とみんなの前で主張される。

 オークションとは、競売意欲をかきたてる。なぜなら、欲望が欲望を加速させるからだ。

 

「120」

 

 手をあげたのは、ちょっぴり太目な男の子。

 でも身なりがいい。着ている服も刺繍が細かいし、魔力をこめて編みこまれているのがわかる。

 持ってる杖も、すごくお金をかけてそう。いいとこの坊ちゃんって感じかな。

 傍らにいる大人のローブ姿の男性と、これまた鎧を着た熟練の魔法使いは、お坊ちゃま君の雄姿を見守っている。護衛なのかな? あるいは、もしかすると友達だったりする?

 

「150」

 

「200!」

 

 徐々に熱を帯びてくる声。

 祭りだ! 祭りだ! わっしょい! わっしょい!

 

「んー。200くらいで終わりかなぁ?」煽りザンド。

 

「300!」

 

「500!」

 

 ひっひっひ。もっと上がれー!

 

 デンケンお爺ちゃんは、少し体力が回復したのか、その様子をじっと観察していた。

 政治家として最高値に近い能力を持つ彼は、当然お金持ちのはずだ。

 でも、そうしない。なにか考えているのかな。

 

「どうするんだ。デンケン。俺たちは全員満身創痍もいいとこだぞ。魔力も残っていない。シュティレを奪うことも見つけて捕獲するのも無理だ」

 

 リヒターが小声で、そんなことを言っている。

 

「爺さんがシュティレ買っても後で奪われそうだよね?」とラオフェンちゃん。

 

「購入したタイミングで、受け渡しの時間を試験終了間際にすればよい」

 

「でも、失格にさせようとしてくるんじゃ」

 

「ゆえに、待っておる。競売に敗れたものは、希望を求めてシュティレを探すほかなくなる。残った最後の一パーティ程度であれば、なんとか勝てるやもしれん」

 

 デンケンお爺ちゃんは、拳を強く握りしめていた。

 まだ諦めていない。目が爛々と燃え盛っている。

 

「最後に仕掛けるぞ。リヒター。おぬしも有り金すべて出せ。儂も老後の蓄えをすべて出す」

 

「おいおい。冗談だろ……」

 

「腹をくくれ。男だろうが!」

 

 ヒュー。男気カッケェー。

 札束での殴り合いじゃぁぁぁぁぁ!(この世界にお札はないけど)

 

「1000!」

 

 ボンボン君が、人差し指を天に突き刺すように高々と掲げ、自信満々に宣言する。

 その声は、森の静寂を切り裂き、相手選手たちの間に緊張と諦観の入り混じったどよめきを広げた。ついに大台。この金額は、多くの若き魔法使いたちにとって、手の届かない領域だった。

 

「おおっと、ついに大台1000万APが出ましたぁー! これは相手選手、苦しいかぁー!?」

 

 わたしもテンションマックスで、マイクパフォーマンスよろしく声を張り上げる。観客が少ない のが玉に瑕だけど、ゼーリエ先生が見ててくれればそれでいいのだ。

 

 どうぞ、存分に夢を追いかけて下さい!

 我々アナリザンド興行は、その熱い姿を心から応援するものであります! なんちゃって。

 

「く、くそ……。これ以上は……無理だ……」

 

「俺たちの冒険は、ここでおしまいか……」

 

 ついに、ボンボン君と対立していたパーティがへたりこむ。

 まるで、激戦を繰り広げたあとの、すべてを出し切った魔法使いのようだ。

 

「諦めるな! 俺たちもシュティレを探しに向かうぞ!」

 

 パーティの最後のひとりだけが諦めていなかった。

 

「そうだな……諦めたらそこで試合終了だよな」

 

「焼肉臭くない今なら、見つかるかもしれない。みんな行くぞ!」

 

 そう言って、最後まで足掻こうとする。

 すばらしい精神力。すばらしい根性だ。

 残念ながら、お金が足りなかったけれど、それもまた人生だ。

 心の中でそっとエールを送っておこう。

 今の彼らの魂は、絶望のさなかにあっても、なお輝き続けているのだから。

 

 これで、残るはデンケンお爺ちゃんとボンボン君のパーティだけになった。

 

「さぁ。残るはたった二つのパーティに絞られました! デンケンお爺ちゃんは札をあげないのかな。このままボンボン君のものになってしまうのかぁ~!」

 

「1500」

 

 威厳に満ちた声が響く。

 デンケンお爺ちゃんが、ついに札をあげた!

 

 ボンボン君は顔を真っ赤にして、すぐさま追加の声をあげる。

 

「1700……いや、2000だ!」

 

「2500」

 

 冷静に粛々と対応するデンケンお爺ちゃん。

 その顔は、完璧なポーカーフェイスをしており、さっきまで死にかけのムツゴロウみたいだったのが嘘のようだ。

 

「く……クソ。宮廷魔法使いのジジイが! いくら貯めこんでやがる! おまえが一級魔法使いになったところで、未来なんてないだろうが!」

 

「口が悪いな、小僧。だが、未来がないからこそ、使い道のない金を貯めこんでいる。このような老いぼれに残された未来など、一級魔法使いという名誉くらいしかない。そうは思わんか?」

 

 デンケンお爺ちゃんがブラフをまいた。

 ボンボン君は、梅干しみたいな渋面をつくっている。

 そろそろ、彼自身が動かせる限界なのだろう。

 なぜって、結局、実家が太いだけで、彼自身が勝ち取ったお金じゃないだろうからね。

 年季が違う。

 

「2700ぅうう!」

 

 ただ言葉を口にするだけなのに、ボンボン君はぜぇはぁと荒い息を吐いている。

 まんまるのお顔からはだらだらと脂汗がにじみ、今にも崩れ落ちそうだ。

 

「3000だ!」ここで追撃したのは、リヒターさんだった。

 

 推定貯蓄額500万。

 けれど、この意味はとても大きい。

 お爺ちゃんがいくらまで出せるかすらわからないのに、そこに仲間も加わったのだ。一方、ボンボン君のパーティは、やはり他のパーティがいっしょにお金を出すという構図ではない。

 

「さんぜん……いちぃ!」

 

 刻んでくるボンボン君。

 悪あがきは美しくないな。

 

「アナリザンド。これ!」

 

 ピンっと光り輝くお星様。

 シュトラール金貨が、ラオフェンちゃんから投げ入れられた。

 ひゃぁぁぁぁぁ。本当にお星様みたい。

 いや、もはや流星だ。流星が降ってきた!

 

「デンケンお爺ちゃんたちは3050だね。さぁ、お次はどうか!」

 

 わたしは、キラキラと輝くシュトラール金貨を指先で弾きながら、勝ち誇ったような表情のラオフェンちゃんと、それを苦々しく見つめるボンボン君を交互に見やった。

 

 いやー、盛り上がってきましたねぇ! これぞオークションの醍醐味!

 

 ボンボン君の顔は、もはや茹でダコのようだ。額の脂汗は滝のように流れ落ち、その大きな体はわなわなと震えている。傍らに控える護衛らしき大人たちも、心配そうに彼の顔を覗き込んでいるが、もはや彼に声をかけることすらできない雰囲気だ。

 

「さあ。いよいよ苦しそうだぞ。それとも何か隠し玉があるのかぁ!」

 

「くそおぉぉ。お小遣いを必死に貯めた3000万なのに……。なんで諦めないんだよ! 庶民どもにとっては、一生かかってもお目にかかれない金のはずだろ!」

 

 頭をかきむしるボンボン君。

 毛根にダメージを与えた彼の未来はいかに。

 

「いひひひひひ。あはははははははははは! はぁーっ!」

 

 彼は狂乱している。

 いよいよ、終わりか。

 いや、違う。

 ボンボン君の狂ったまなざしは、わたしをしっかりと見据えていた。

 

「なあ。アナリザンド」

 

「なあに?」

 

「金貨は交換できるんだよな」

 

「うん。そうだね。最初に言ったとおりだよ」

 

「だったら不動産はどうだ?」

 

「不動産価格は流動的だからなぁ」

 

「きちんとした証拠もある。これを見ろ!」

 

 ボンボン君は小窓を出現させ、ひとつのファイルを表示させた。

 そこにあるのは、おそらく現代でいうところの不動産鑑定書。

 加えて、彼の生家である広大な屋敷と土地の権利証が、詳細な図面と共に記されていたのだ。その規模たるや、ちょっとした城砦にも匹敵するほど。鑑定士による評価額も添えられており、その額は3億APにも達する。

 

「俺は実家を売るぞぉぉ! アナリザンドぉ!」

 

「マジすか……」

 

 まさか、自分の生まれ育った家まで賭けるとは。このボンボン君、見かけによらず、なかなかのギャンブラーかもしれない。あるいは、それだけ追い詰められているということか。

 

「いくらだ? いくらで交換できる」

 

 歯をむき出しにして、迫るボンボン君。

 

「えっと、いいの? ボンボン君。実家の人に怒られたりしない?」

 

「俺は長子なんだ。いずれ土地も建物も自分のものになる」

 

「うーん。じゃあ、こっち来て」

 

 デンケンお爺ちゃんたちに知らせたら不公平なので、こそこそ話だ。

 ボンボン君の耳元で、わたしは囁く。

 

「8000万でどうかな」

 

「な、3億だぞ。それが8000万かよ。ボリ過ぎだろ。抵当もついてないんだぞ!」

 

「でも、不動産って売るのも大変だし、その手間を考えたらね。どうする?」

 

「わ、わかった! それでいい!」

 

「じゃあ、がんばってねー」

 

 ボンボン君のお財布の中に、ずしりとした重みと共に8000万APが入金される。

 

 実家を売った――(文字通りの意味だが)その事実が、彼の顔から血の気を奪い、代わりに異様な熱気を瞳に宿らせていた。

 

 もはや、後戻りはできない。

 ここでシュティレを手に入れなければ、全てが無駄になる。

 

「……ふ、ふふふ……ははははは!」

 

 ボンボン君は、乾いた笑い声を上げながら、ゆっくりと顔を上げた。

 その目は据わり、完全に何かが振り切れてしまっている。

 

「アナリザンド! 俺の入札額は5000万APだッ!! これでどうだ、貧乏人ども!!」

 

 ラオフェンちゃんも、リヒターさんも、そしてデンケンお爺ちゃんも、その金額に息をのむ。

 先ほどのラオフェンちゃんのシュトラール金貨一枚で、手持ちの資金はほとんど尽きていたはずだ。ここにきて、大きく引き離され、もはや言葉も出ない様子。

 

 デンケンお爺ちゃんは、しばらくの間、黙って目を閉じていた。

 

 終わり――だろうか。

 あの、ゼーリエ先生にも一歩も引かなかったお爺ちゃんが?

 不屈の闘志がここで潰えるはずもない。

 

 わたしの期待に応えるかのように、デンケンお爺ちゃんが目を見開く。

 

「……アナリザンドよ。儂も、最後の札を提示させてもらおう。黄金郷に没した故郷にある、妻との思い出が詰まった、ささやかな屋敷を」

 

 お爺ちゃんは後悔していた。

 ずっと奥さんのお墓参りに行かなかったことに。

 思い出に目を向けるのが怖かったとも言っていた。

 黄金郷に達するためには、北部高原を抜けなければならず、そのためには一級魔法使いの資格がいる。それが、デンケンお爺ちゃんの動機だったはずだ。

 

 その屋敷を、売るだなんて……。

 本末転倒じゃないだろうか。

 

「いいの? お爺ちゃん。大事なお屋敷がわたしのものになっても」

 

「かまわんとも。辿りつけん屋敷など、持っていてもしかたない。それにおぬしは言ってくれただろう。儂を妻の眠る地に導いてくれる、と。儂が故郷の地に辿りついた暁には、気が向いたらでかまわん。時折、儂と茶でも飲みながら思い出話を聞いてはくれんか……」

 

 お爺ちゃんは、わたしならいいって思ってくれてるんだ。

 なんだか、胸の奥がムズムズする。

 けれど、そうは思わない子がいた。

 

「馬鹿らしい! 不動産の価額は、ほとんどが地価だ。黄金郷の地価なんてゼロに決まってるだろ。それに――、黄金とはいっても、加工もできないなんの交換価値もない代物。建屋の価値も当然ゼロだ。こんなくだらない取引。成立するはずがない!」

 

「確かにね。経済的合理性の観点から言えば、ボンボン君の言うこともまちがってないかな」

 

 わたしは、あっさりと認めた。

 ボンボン君の顔が喜悦に歪む。

 お爺ちゃんたちは、悔しそうに目を伏せている。

 

「でもね。ひとつ忘れていることがあるよ」

 

「なんだ?」

 

「わたしってば魔族なんだよね。魔族に人間の言葉は通じない。フリーレンもそう言ってる」

 

「なんだと!」

 

 激昂しかけるボンボン君。

 でも、わたしはボンボン君を無視するように、デンケンお爺ちゃんに向きなおった。

 

「デンケンお爺ちゃん。ちょっと、いいかな?」

 

 わたしは、デンケンお爺ちゃんを手招きし、他の受験者たちには聞こえないように、そっと耳打ちをする。もちろん、最高の笑顔と、ちょっぴり上目遣いも忘れずにね。

 

「お爺ちゃん。そのお屋敷、もし黄金じゃなかったとしたら、普通の場所にあったとしたら、だいたいどれくらいの価値があると思う?」

 

 デンケンお爺ちゃんは少し驚いたような顔をしたが、すぐに真剣な表情で答えた。

 

「そうだな。広さや造りを考えれば、高く見積もっても5000万といったところか」

 

 真面目だな。5億くらいの価値があるって言えばいいのに。

 

「思い出の価値は?」

 

「それは……」

 

「つけられないよね。だったら、話は簡単だよ。わたしには――魔族には理解できない付加価値を信じて、1億APで買っちゃおうかな。投資ってやつ?」

 

「すまん……アナリザンド」

 

「温情だと思った? 残念。ただの計算だよ。()()()()()()()()()()()()()()()()。絶対高く売れるよね。だから、お家に帰ったら、いっしょにお茶しようね」

 

「その時には買い戻させてもらおう」

 

「うんいいよ。わたしが競売にかける前に、絶対だよ」

 

 わたしの言葉を受けて、デンケンお爺ちゃんの魂が燃え上がる。

 冷静沈着な政治家の殻を脱いだデンケンは、血気盛んな男の顔になっていた。

 ちょっとカッコいい。最初からデンケンお爺ちゃんはカッコよかったけどね。

 

 そしておもむろに口を開く。

 それは、何者をも寄せつけない孤高の宣言。

 

「1億3050万!」

 

 放たれた魔法の言葉は、ボンボン君の魂を確実に穿った!

 顔面蒼白になり、その大きな身体をわなわなと震わせている。

 そして、気の抜けた風船みたいに、しおしおとその場にくずおれた。

 

 負けを悟ったのだろう。

 デンケンの不屈の精神と、覚悟の前に、培養育ちのお坊ちゃまが勝てるはずもなかったのだ。

 

「はい、そこまでー! 見事、このシュティレちゃんをゲットしたのは、不屈の宮廷魔法使い、デンケンお爺ちゃんです! おめでとうございます! パチパチパチパチ!」

 

 手が痛くなるくらい拍手する。

 なんてったって、100万が1億に化けたのだ。100倍だよ。100倍。

 今夜はハンドレッドバーガーだ!

 花畑を出す魔法。風で花吹雪を創り出す魔法。

 デンケンお爺ちゃんの周りは、祝福の光景でフワワっと華やいでいる。

 これぞ感動のフィナーレ! 皆様、またのお越しをお待ちしておりまーす!

 

「あのさぁ……これって一級魔法使いの試験なんだよね? ちょっと理解できないんだけど」

 

 ラオフェンちゃんの的確すぎるツッコミが、わたしの耳にも届いたけど、今はそんなの気にならないくらい嬉しい。

 

 なんてったって、100万APの元手が、なんと1億3050万APに化けたのだから!

 

 今夜は、うんと高級な、そう、トリュフとフォアグラとキャビアが全部乗った、ハンドレッドどころじゃない、ミリオンバーガーを食べよう!

 

 わたしは不思議な踊りを踊りまくる。

 

 お金なんて、なんぼあってもいいですからね。

 

 

 

 

 

 こうして、わたしの仕掛けた前代未聞のシュティレオークションは、ゲナウ先生も、ゼーリエ先生も、そしてきっとフリーレンすらも予想しなかったであろう、愛と涙と、そしてちょっぴりの金銭と、たくさんのドラマが飛び交う最高にエキサイティングな結末を迎えたのだった。

 

 めでたし、めでたしってことで、いいよね、ゼーリエ先生?

 わたし、ちゃんと約束、果たしたはずだよね?

 フリーレンよりもいっぱい稼いだし、経済的観点から言えば圧勝したはずだ。

 わたしは、やればできる子、稼げる女なのだ。

 いっぱい褒めてくれるかなぁ……ふふっ。

 

――そして、第一次試験終了の時がきた。

 

 それまでに、エーデルちゃんたちはなんとかシュティレ捕獲に成功し、リーニエちゃんはきちんと神と邂逅できたみたいだ。なぜかメトーデに愛でられているけれど、レンゲ神の代わりに撫でられると思えば、彼女も嬉しいだろう。神を守ってるよ!

 

 終わりの式で。

 

 ゲナウ先生は生き残った受験者たちの顔を一人ひとり、厳しい目つきで確認していく。その視線は、まるで獲物を品定めするかのように鋭い。

 

 そして、ついにわたしの番が来た。ゲナウ先生は、わたしの顔をじっと見つめ、その鉄面皮のような表情をほんのわずかに動かすと、おもむろに口を開いた。

 

「……アナリザンド」

 

「ん? なあに」

 

 もしかして、先生も褒めてくれるとか?

 

「貴様が先ほどオークションで売りさばいたシュティレの鳥籠。あれは、試験開始時に当協会から受験者全員に貸与した()()だ」

 

「……え? び、備品……ですか……?」

 

 わたしの頭の中に、クエスチョンマークが乱舞する。

 え、あれって、あげたんじゃないの? レンタルだったの?

 

 ゲナウ先生は、そんなわたしの動揺など意にも介さず、淡々と続ける。

 

「よって、貴様がデンケン二級魔法使いから得た代金のうち、鳥籠の元々の調達費用、および備品を許可なく商業利用したことに対するペナルティとして、しめて3050万APを、試験終了後、速やかに大陸魔法協会に返還するように」

 

 ガーン。ムンクの叫びのポーズでわたしは固まる。

 わたしのミリオンバーガーが一瞬にして塵と化したんですけど!?

 

「な、なにかの、間違いじゃないでしょうか。あれはわたしが正当な交渉で得たものだよ!」

 

 わたしは必死に抗弁しようとするが、ゲナウ先生の視線は氷のように冷たい。

 

「交渉の余地はない。これは決定事項だ。異議があるなら、ゼーリエ様に直接申し立てるがいい。……まあ、結果は変わらんと思うがな」

 

 ゲナウ先生は、フンと鼻を鳴らし、次の受験者へと視線を移した。

 わたしは、その場でガックリと膝から崩れ落ちた。

 ラスボスはフリーレンじゃなかった。ゼーリエ先生だったんだ。

 

 わたしの戦いはまだ始まったばかり。

 アナリザンドのさらなる活躍にご期待ください!

 いくぞおおおおおおおおおお、せんせー。お金は1APも渡さんぞぉぉぉぉ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 全部とられた。無慈悲。

 

 

 

 

 




というわけで、一次試験終了のお知らせでした。
ちょっとペース落とすね。少し考えて書いたほうがいいかもって思うから。
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