魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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お祭り騒ぎ

 

 

 

 

 夕暮れ時、オイサーストの街の宿屋の一室。

 シュタルクは、簡素なベッドの上に大の字になっていた。

 

 手足を思い切り伸ばし、木製の天井の木目をぼんやりと眺める。窓の外からは、街の喧騒と、どこかの酒場から漏れ聞こえてくる陽気な音楽、そして微かに香ばしい何かの匂いが漂ってくる。

 

(あー……平和だなぁ……)

 

 こんなに平和でいいのだろうか。

 いいのだろう。平和は尊い。なぜなら平和とは心の平和なのだから。

 

 普段小言を言ってくるフェルンもいない。フリーレンとフェルンは、今頃、一級魔法使い選抜試験の真っ最中だろう。あの二人ならきっと大丈夫だとは思うが、それでも少しは心配だった。いや、心配というよりは、自分だけがこうしてのんびりしていることへの、ほんの少しの罪悪感のようなものかもしれない。

 

 だが、それも今のこの自由の前では些細なことだ。

 そう、シュタルクはここ三日間、とてつもなく自由だったのだ。

 

 酒場でしこたま酒を飲んでも叱られない。二日前には飲みすぎで二日酔いになるくらいまでべろんべろんになるまで酔っぱらってしまい、最後には気持ち悪くなって吐いてしまったが、誰にも叱られない。

 

 それどころか、どこからともなく現れたアナリザンドに「魔族はウンコみたいなものだから、つまりこの便器はお姉ちゃんだよ。吐いたらスッキリするよ」と言われ、「お姉ちゃんの中に全部出しちゃっていいからね」と優しく背中をさすさすされる。吐いたら本当に楽になった。

 

――アナリザンドは姉という名の魔性の女である。

 

 優しいお姉ちゃんであるアナリザンドは、かなりのところ甘やかしてくれる。

 

 ごろごろと寝っ転がって御菓子を食べながらマンガを読んでも怒られない。

 夜遅くまでゲームをしてても「目が悪くなります」なんて怒られない。

 身を清めることなく寝入ってしまっても怒られない。

 首をコキと鳴らしても怒られない。

 寝ぐせがついてても怒られない。

 大あくびをしても怒られない。

 怒られない。怒られない。

 怒られない。

 

「なんかオレってフェルンに怒られてばっかじゃね?」

 

 まあいいか。なぜなら今の自分は自由なのだから。

 

「自由って最高……」

 

 魂が解放されている。

 

 シュタルクは、ベッドの上で至福の表情を浮かべ、この一瞬の幸福を噛みしめる。

 

 ああ……、このまま時が止まってしまえばいいのに。

 

――時よ止まれ、おまえは美しい。

 

 いやむしろ、このままフェルンとフリーレンが帰ってこなければ、この自由は永遠に……。

 

(いやいや、それはさすがにダメだろ)

 

 慌てて不謹慎な考えを打ち消す。二人には無事に帰ってきてほしい。

 でも、できればもうちょっとだけこのままで……。

 

 そんなシュタルクのささやかな願いを打ち砕くように、部屋のドアが、コン、コン、と控えめにノックされた。

 

(ん? 宿の人か?)

 

 シュタルクは、ベッドから身を起こし、怪訝な表情を浮かべる。何か頼んだ覚えはない。

 

「いま、寝てまーす」

 

 気の抜けた返事をしながら、シュタルクはドアには向かわず、再びベッドに寝転がった。どうせ、部屋の掃除か何かの確認だろう。そのうちいなくなるはずだ。

 

 コン、コン、コン。

 

 再びノックの音。今度は、先ほどよりも少しだけ強く、そして間隔が短い。

 

 シュタルクは、少しだけ眉をひそめる。

 

(しつこいな……。もう寝てるフリしとこ)

 

 彼は、布団を頭まで深くかぶり、完全に無視を決めこむことにした。

 

 コン、コン、コン、コン!

 

 ノックの音は、さらに激しさを増す。

 もはや、それはノックというよりも、ドアを叩いているに近い。

 

 ドンドン! ドンドン! ドンドン!

 

(うわっ!? なんだよ一体!? 取り立て屋か!?)

 

 シュタルクは、あまりの音の激しさに、思わず布団から飛び起きた。ドアが、ミシミシと悲鳴を上げている。このままでは、ドアが破壊されかねない。

 

「わ、わかった! わかったから! 今開けるって!」

 

 シュタルクは、慌ててベッドから転がり落ちるようにして、ドアへと向かう。

 恐る恐る、ドアの取っ手に手をかけ、ゆっくりと開ける。

 ギィ、と古びた蝶番が鳴る。

 

 そこに立っていたのは――。

 

 紫色の髪を揺らし、いつも以上に無表情に、まっすぐにシュタルクを見つめるフェルンだった。

 

――絶対に怒られる三秒前のやつだ、これ。

 

 後ろにはフリーレンが、わずかに緊張した面持ちで立っている。頬には、ほんの一滴だけ汗。その視線は、フェルンに向けられている。連行されてきたのだろう。

 

「フェルン。一級魔法使いの試験に行ってたんじゃ」

 

「第一次試験が終わって、昨日の夜に帰ってきました」

 

 スゥ……。来る。戦士の勘が警鐘を鳴らす。

 だが、その口撃を避ける術は――ない! 哀しいことに!

 

「シュタルク様。今、夕方ですよね」

 

 じっと、哀しみと静かな怒りをたたえる眼差しで、こちらを見てくるフェルンママ。

 

「寝てたでしょ」

 

 echo "Are you done? (yes/no)"

 

 絶句するほかない。

 

「夜遅くまでゲームしてたの?」

 

「……はい」

 

「他には?」

 

「マンガも読んでました……」

 

「歯磨きは? お風呂はちゃんと入りました?」

 

「し、してないです……っ!」

 

 フェルン、怒涛のポカポカ殴打。

 

 年頃の少女らしく、その威力は戦士のシュタルクからすれば、まったくたいしたことはないが、魂が痛い。自由の女神様は、脆くも崩れ去ってしまった。たとえ、この場にアナリザンドがいたとしても結果は変わらなかっただろう。アナリザンドはフェルンにも甘く、フェルンのお怒りを鎮めるほどの効果はないのだ。

 

「ごめん。ごめんってば」

 

「あーあ、怒らせちゃった」フリーレンが自分は関係ないとばかりに言うが。

 

「フリーレン様もさっき起きたばかりですよね?」

 

 フェルンママはフリーレンも逃がさない。

 

「飛び火した……」

 

 

 

 

 

 ムッスゥ顔で、前をズンズン歩くフェルンは目に見えて怒っている。

 肩をいからせながら、ノッシノッシと街中を歩いている。

 フリーレンたちは、フェルンを刺激しないように後方から見守るように付き従っている。

 怒れる猛獣の気が晴れるように、気の向くまま散歩させてる気分だ。

 

 夕方、そろそろ晩御飯の時間である。

 街中は、市場が終わって一段落ついた様子。

 オイサーストは夜の街へとその表情を変えつつある。

 

「こりゃ、今日はフェルンのご機嫌とりだね」

 

 フリーレンが言った。

 

「なんか、いつもより沸点低くないか?」

 

「たぶん試験が苛酷だったからだね。フェルンもいつもよりストレスが溜まってたんじゃないかな。導火線に火をつけたのは、シュタルクだけど」

 

「フリーレンも同罪だろ。どうするんだよ?」

 

「美味しいものでも食べにいこうか? 前にヒンメル達と来た時に、いい店を見つけたんだよね」

 

「それって80年以上前のことだろ? 今もあるのかよ」

 

「だから確かめに行くんだよ。だって、約束したからね」

 

「約束?」

 

「料理人のレッカーって言ってね。家宝の包丁を魔族から取り返したことがあるんだ。そのときに、ヒンメルとの約束で、後世まで自分の味を遺すって言ってた」

 

 それが家宝の包丁を取り返した報酬だったのだ。

 フリーレンの視線が、現在を歩くフェルンと、遠い過去のヒンメルを同時に映し出す。

 

 その店で、フリーレンは山盛りのステーキを注文した。あまりの量に、ハイターが「すごい量ですね」と驚いていたのを、今でも覚えている。

 

『一度にそんなに食べなくても、また来ればいいじゃないか』

 

 そんなふうにヒンメルは言ったけれど、フリーレンの時間はそれを許さない。

 エルフにとって、すべての事象は気づかないうちに過ぎ去ってしまう。

 だから、『そう思って二度と食べられなくなった味が沢山あるから』と言った。

 

 そうしたら、レッカーという料理人は、その味を後世まで遺すと言ったのだ。

 

 でも、きっとその味は遺らないだろうと思った。

 人間たちが物理的に遺せるものは、なにひとつなかった。

 思い出や記憶さえもいつか消え去ってしまう。

 

 フリーレンは自身の観察結果を、誰に言うでもなく伝えた。

 料理人は爪痕を残そうとする。人間は誰しもが何かを遺したいと思う。

 でも、爪痕なんて残らない。

 そう、主張したいわけではなかったけれど。

 

『そのときはもっと美味しい味を探しにいけばいい』

 

 ヒンメルは言った。

 どうして、ヒンメルはあのときあんなに寂しそうだったのだろう。

 

 天才料理人レッカーは、勇者の言葉にも力強く反論し、『自分を超える味など存在しない』と言った。

 

『ならしっかり未来(フリーレン)まで届けるんだ』

 

 勇者との約束。

 腕のいい料理人なら、きっと今もその約束を守り続けているはずだ。

 彼自身はいなくなっているとしても。

 

――そして、フリーレンは思う。

 

 ヒンメルは、ただ美味しいものを食べたかっただけじゃない。

 本当は、いつか一人になる私が、時を超えても変わらない味に出会えるように、そんなささやかな『思い出の場所』を、一つでも多く残してくれようとしていたのかもしれない。

 

 私に、忘れられたくなかったから。

 覚えていて欲しかったから。

 

 だから、フリーレンにはそうする理由がある。

 

 

 

 

 

 高級宿屋の一室で、デンケンは窓の外を流れる人々の営みを、静かに眺めていた。フリーレンに完敗し、アナリザンドの奇妙なオークションに翻弄された昨日の出来事が、まるで遠い昔のことのようだ。

 

(……それでも、儂らは勝ち残った)

 

 足掻いた結果だ。老後の蓄えと、妻との思い出の屋敷という、あまりにも大きな代償を支払うことにはなったが、後悔はなかった。むしろ、胸の内には、戦い抜いた者だけが味わえる、ある種の清々しさすら感じていた。

 

 コンコン、と部屋のドアが軽くノックされる。

 

「爺さん、いるー?」

 

 ラオフェンの快活な声だ。

 

「ラオフェンか、入れ」

 

 デンケンが応じると、ラオフェンがひょっこりと顔を覗かせた。その手には、街のパン屋で買ってきたのであろう、甘い香りを漂わせる大きな紙袋が握られている。中には、色とりどりのドーナツが山のように詰め込まれていた。

 

「爺さん、これ! おすそ分け!」

 

 おそらく端数の銅貨、あるいは銀貨で買ってきたのだろう。

 安宿に泊まる金すらなくなって、それで、デンケンも同じなのではないかと考えて、ここにきたのだろう。なんという孫ぢから……。もはや目に入れても痛くないほど。

 

「ふむ。釣りはこれで足りるか?」

 

 デンケンは懐から取り出したそれを、ラオフェンに握らせた。

 

「爺さん。これ金貨じゃん! どうして?」

 

「宮廷魔法使いがあの程度の財力しか持っておらぬわけなかろう」

 

「でも、あのときは――爺さん。確か屋敷を売ってたよね。売る必要なかったんじゃ」

 

「かもしれぬ。だが、あのときはアナリザンドの胸三寸次第でいくらでも結果が変わる可能性があった。あやつは甘いところもあるが、冷静に人間という存在を観察しておる。儂の覚悟のほどを見極めようとしていたのだ。ゆえに、儂は妻との思い出を売った」

 

 あの小僧が、どんな手を繰り出してきても、そうすれば、アナリザンドが忖度をしてくれるという確信があった。ただ、ヤケクソになって売ったわけではないのだ。

 

「ふうん……。じゃあ、爺さん。あのときの約束も叶えてくれる?」

 

 ラオフェンは期待のまなざしでデンケンを見ている。

 かわいい孫のお願いを無碍にする爺など存在しない。

 

「焼肉食べ放題だったな。もちろん果たそう。あの若造も誘ってやるか」

 

 デンケンとラオフェンは、リヒターに逢いに向かう。

 

 リヒターはオイサーストで、魔法具店を営んでいると言っていた。

 道行く人に聞けば、すぐに教えてくれた。腕の立つ魔法具店として有名らしい。

 デンケン達が店に到着すると、ちょうど店じまいの頃合いだったらしく、店先に置かれている杖を回収しようとしているところだった。

 

「悪いな。もう店じまいだ。イカれた爺さんに乗せられて、有り金全部とられちまったからな。パンの耳でもかじって餓えをしのぐしかないんだ」

 

「それは災難だったな。リヒター」デンケンはかすかに笑う。「なら飯でもいっしょにどうだ。探してる店があるのだが、儂とラオフェンでは土地勘が無くてな」

 

 どの口が、とでも言いたげだ。

 

「そもそもラオフェン。なぜデンケンと一緒にいる。そいつはなんだ?」

 

 リヒターの指先は、ラオフェンの持つドーナツの入った籠に向けられていた。

 

「爺さんに買ってもらった。あげないよ」

 

 ラオフェンのなかでは、最終的に、金貨で買い取ってもらって、そしておごってもらったということになるのだろう。ドーナツを守るように身を引く姿がすこぶる愛らしい。

 

 リヒターには、そこまでの事情を推察することはできなかったが、多少の違和感を覚えたらしく、

 

「デンケン、老後の蓄えを全部出すんじゃなかったのか」と言った。

 

「わかっておらんな。あれは余剰資金という意味だ」

 

「それで俺には有り金全部か。いい御身分だな」

 

「リヒターよ。おぬしは仮に儂から500万APをもらったとしても喜ばんはずだ」

 

「金に色はないだろ。なにがわかる」

 

「わかるさ。おまえは若い頃の儂そっくりだ」

 

「帰れ。俺たちはもうパーティじゃない」

 

 似ていると言われて怒ったのだろう。

 ますます似ている。養父を見上げる自分がそうだった。

 

「処世術がなっておらんな」

 

 過去の自分を見ているようで、ある種の歯がゆさのようなものを感じる。

 

「魔法使いとして生きていくなら、儂の機嫌はとっておいて損はないぞ」

 

「飯屋なんかいくらでもある。適当に入れ」

 

 やはり反発。その姿も、若い頃の自分と重なる。

 大人たちの――汚い世界に反発して、だが自分も汚くならなければ通用しないと知って、少しずつ汚れることを覚え始めた時期だ。なにもかも遠い昔のように感じる。

 

「生前の妻といっしょに行った店でな。その味が忘れられん」

 

 リヒターが横目にデンケンを見た。

 そのすぐあとの言葉を、デンケンは予想できる。

 

――()()()()()()()まで似なくてもよかろうに。

 

 若い頃の自分に生意気なところがそっくりだ。そして甘さを棄てきれないところも。

 

「奢りだろうな?」と、リヒターは言った。

 

 まるで反抗期の息子のようだ。

 デンケンは「当たり前だ」と短く返した。

 

 

 

 

 

 オイサーストの街が、夕暮れの橙色から夜の藍色へと姿を変え始める頃。

 ラントは、人通りの多い大通りを避け、建物の影が落ちる石畳の道を一人、静かに歩いていた。

 

 目的地は、彼が遠い昔に祖母といっしょに行ったこともある思い出の店。

 老舗ではあるが、流行の店というわけではないので、飯屋も多くある、ここオイサーストでは客の出入りは少ない。騒がしいところを好まないラントにとってはむしろ都合がいい。

 

 その時、背後から、間延びした声が聞こえた。

 

「あれぇ、メガネくん。どこ行くのー?」

 

 ラントは、振り返ることなく、歩みを止めずに答える。

 

「君には関係ないだろう。ユーベル」

 

「つれないなぁ。同じパーティの仲間なのに」

 

 ユーベルは、音もなくラントの隣に追いつくと、彼の顔を覗き込むようにして歩調を合わせた。その瞳は、まるで獲物を見つけた猫のように細められている。

 

「もう仲間じゃないでしょ」

 

「えー、いっしょに戦った仲じゃん」

 

「それで、何の用。僕は少し急いでいるんだけど」

 

 ラントは、あくまで冷静な態度を崩さない。

 どうしても、歩行スピードは少しだけ速くなってしまったが。

 

「んー、べつに大したことじゃないよ」ユーベルは、ラントの行く手を塞ぐように、ふわりと彼の前に回りこんだ。「ただ、ちょっとだけ、動かないでいてほしくてさ」

 

「……何?」

 

 ラントが眉をひそめた、その瞬間だった。

 

「――見た者を拘束する魔法(ソルガニール)

 

 ユーベルの口から、冷ややかに紡がれた詠唱。

 ラントの身体が、不可視の枷がはめられたかのように、ピタリと動きを止めた。

 不意打ちだった。街中で、何の脈絡もなく、いきなり拘束魔法をかけられるとは、言うまでもないが逮捕罪の構成要件に該当する。犯罪行為である。

 

「あ~あ、掴まっちゃったね」

 

 ユーベルは、満足そうにラントの周りをくるくると回り、その動けない身体を興味深そうに観察している。うざい。死ね。クソ女。

 

 そう思うが、煽ったら逆に嬉しがりそうなので黙っている。

 

「それじゃあ、確認タイム。いきますかぁ」

 

 ズイっと顔を近づけ、しかし近づきすぎると拘束が解けてしまうから、絶妙な距離だ。

 そして、くんくんと、ラントの首筋あたりに鼻を寄せている。

 

「なんの真似? 犬のつもり?」

 

「……うん。やっぱり、同じ匂いだ」

 

 ユーベルは、確信したように呟いた。

 その紫色の瞳が、恍惚とした光を宿している。

 

「男の匂いをかいで喜ぶなんて、君って変態なの?」

 

「とぼけちゃって。……ねぇ、メガネくん」妖しい瞳そして囁くように。「君さぁ、あの時の仮面騎士くん、でしょ? 嫌な匂いじゃないよ。むしろ私好みの匂い。そして()()だ」

 

「鼻でも詰まってるんじゃない? 耳鼻科にいったほうがいいよ」

 

「自白するまで、ここで鑑賞するのも楽しそうかな。もうすぐメガネ君にも共感できそう」

 

「マンガの読みすぎだよ、君」

 

「マンガは低俗な趣味なんじゃなかったっけ?」

 

 ラントは溜息をついた。それぐらいの身動きはできるようだ。

 

「君さ。僕……いや、影騎士のマンガをきちんと読んでないよね?」

 

「えー、なに言ってるの? 私ちゃんと読んでるよ。仮面騎士の活躍を、毎週ウキウキしながら読んでるんだ。なぜか今週は休載らしくてとってもガッカリしてるんだぁ」

 

「君のような読者がいるから、作者は苦労するんだ」

 

「どういうこと?」

 

「初めに言っておくけど、僕は影騎士でもなければ仮面騎士でもない。ただ、彼の漫画のアシスタントをしている。だから、彼の言葉を代弁する権利くらいはある」

 

「ああ、そういう()()ね」

 

 ラントはユーベルの言葉を無視した。

 

「マンガは、言葉や絵を使って、作者が意図した意味(シニフィエ)を読者に伝えようとする。ヒーローの正義、悪の非道さ、仲間との絆。それらの概念を、分かりやすい言葉(シニフィアン)に置き換えて、読者の心に()()()させる。それが、大衆に向けた創作物の役割の一つでもある」

 

 マンガの特性は、論文よりも小説よりも、()()()()()()という点にある。

 そのため、大衆の共感を得やすい。

 

「固定化ねぇ」ユーベルは不敵に微笑んでいる。

 

「でも、君は違う。君は、僕が……いや、作者が提示したシニフィエを、ことごとく無視している。君は、仮面騎士の活躍を見て、描いてもいない葛藤や迷いを勝手に深読みしてるだろ」

 

「まあ、そういうところがあるのは否定しないかな」

 

「そんなのは共感じゃない。ただの誤読だ」

 

「でもさー。シニフィエだっけ? 言葉の意味をどんどん固定化させていったら、泣いてないから哀しんでいないんだ。怒ってるから怒ってるんだって、単純化しちゃわない? それって意味のシュリンクだよね?」

 

「――だから、作者は考えて描いている」

 

「そんな、子ども向けみたいな顔をして、本当の気持ちを隠すのが、作者さんの本当にやりたいことなのかなぁ? 仮面をかぶらないと創作ってできないものなの? 創作者って自殺でもしようとしてんの?」

 

 ユーベルの言ってることは、ある意味正しいだろう。

 アナリザンドも言っていた。マンガはハイコンテクストなものだと。

 つまり、創作物はいずれすべて二次創作的になる。だんだんとネタ――ネットミーム的なものに汚染され、だいたい『こういうもの』という文化が共有されてきてしまう。

 

 それは、ラントにもわかっている。だからこそ、作者は考えて描く。

 自分という爪痕を遺すために、シニフィエの固定化からわずかに逃れるためのスペースを創る。

 だが、そんなことを権力者側に主張したところでダサいだけだ。

 

「君ってさ。感覚で魔法を使うタイプでしょ」

 

 代わりにラントは言った。

 

「そうだよ。よく知ってるね」

 

「君は、作者が込めたメッセージや物語性なんて、本当はどうでもいいんだろう。ただ、そこにあるシニフィエを、自分の感覚で切り取って、蝶の標本のように眺めて楽しんでいるだけだ」

 

 シニフィエに対する超流動性。シニフィエの固定化とは真逆の作用。

 それこそがユーベルの魔法の特性といえる性質だろう。

 ユーベルは結果(シニフィエ)に共感さえできれば、過程(シニフィアン)を、自分の流動的すぎる共感能力で、飛び越えてしまえるのだ。

 

「こう見えて、私の中にも正義の心があったりして?」

 

「別にいいよ。君がどう思おうが、どう読もうが、それは君の自由だ」

 

「そんなに冷たくされると、殺したくなっちゃうな」

 

「別に僕を殺したっていいよ。そんなことをしたら二度と共感できなくなると思うけど」

 

 ついでに言えば、マンガも永久に読めなくなる。

 

 そう――、ラントがいう共感とは――作者が必死に隠している苦しみを()()()()()()()()()()()()()()だった。メタ読みなんかノーサンキューだ。創作物を純粋に読んでほしい。

 

 人間が人間に共感する生物である以上、それが難しい願いであることは知っているけれども。

 

「あはっ、そっか。そうだよね。そんなことしたら、つまんなくなっちゃうもんね」

 

 ユーベルは、まるで飽きた玩具を放すかのように、あっさりとソルガニールを解いた。

 身体の自由を取り戻したラントは、何事もなかったかのように服の乱れを直し、ユーベルに背を向けた。

 

「……少しだけ、君という人間のことが、わかった気がするよ」

 

 背後から聞こえてきたユーベルの声に、ラントは足を止めずに答える。

 

「気のせいじゃないか?」

 

「もっと、知りたいかな。君のこと」

 

 その言葉には、もはや返事をしなかった。

 

「ところで、どこに行くの?」

 

 ユーベルが、再び音もなく隣に並ぶ。

 

「さあね。ついてくるなよ」

 

 ラントは、心の底からの本音を、冷たく吐き捨てた。

 こんな厄介なファンがいる限り、意味がシュリンクする日は遠い。

 

 

 

 

 

 わたし、アナリザンドはオイサーストにある老舗のBELLという名のレストランにお呼ばれしていた。呼んでくれた子は、わたしが100万APで鳥籠を買った、イケメンのあの子だ。

 

 そこには、全員じゃないけど、ほとんどがフリーレンと交戦して儚く散っていった敗北者ちゃんたちが傷をなめ合い、まあ単なる打ち上げパーティみたいなのを開いていた。

 

 宣言どおり、100万APを使ってどんちゃん騒ぎをするつもりらしい。

 テーブルにはいくつものパーティ料理とアルコールの瓶が並んでいる。

 

 まずはかけつけ一杯。

 ミニ樽にそそがれた『とりあえず生』を持ち上げて、乾杯の音頭はイケメン君がとった。

 

 ひさしぶりのお酒。おいしい。甘いワインならわたしも飲めるみたい。

 飲みすぎにならないようにちびちび飲んでる。はぁ、ちょっとだけチート。

 

――お酒からアルコールだけ抜く魔法。

 

 ふむこれで……はぁはぁ。大丈夫だよね。

 ちょっとだけ吐息が熱い気がするけど。

 

 でも、みんなの様子がおかしい。折角の楽しいパーティなのに、お葬式みたいにみんな沈痛な面持ち。それは当然だろう。試験に落ちたという事実は、彼等を打ちのめしているに違いない。

 

 だから、わたしは――お酒を飲んだ。もはやそれはお酒ではなかったけれど!

 酒にのまれた性悪魔族の煽り顔3!

 

「なぁに皆、暗い顔してるの? 弱ぁい♡ ざぁこ♡ そんなんだから負けちゃうんだよー♡」

 

 そう、これぞメスガキ煽り!

 

 最初はみんな「うっせぇ、このクソ魔族!」「お前だって妹にタコ負けしてたじゃねーか!」「おまえも今日から敗北者だ!」なんて反発してた。

 

 わたしはニコニコ笑顔を浮かべる。

 

「みんなと一緒に試験を受けることができて、わたし楽しかったよ」

 

 それに――。

 

「みんな生き残れたってだけでもすごいよ。魔族やエルフは3年だとほとんど成長しないけど、人間は違う。次は絶対に今よりも成長している。だからね。みんなあきらめないでね」

 

「アナ様がゴーレムの手配してくれたんだよね?」

 

「答えは――」わたしがいうよりも早く。「ゼンゼ式!」みんなが口をあわせて言う。

 

 みんな顔の凝りが少しずつほぐれてきたみたい。

 わたしは、みんなのお酒をついでまわり、わたし自身も食事を勧められたりした。

 

「はいはーい、そこのお兄さん! グラス空いてるよー! お姉ちゃんが注いであげるね」

「うおお、アナ様! ありがとうございます! 一生の思い出ができたぞ」

「殺してでも奪い取る」

「思い出は消えない!」

「アナちゃん、こっちのオムレツも食べなー!」

「もー、みんな優しいんだからー!」

 

 今ではみんな、すっかり出来上がっちゃって、武勇伝という名の敗北談で大盛り上がりだ。

 

「いやー、フリーレンのゾルトラーク、マジでエグかったよな!」

「わかるわぁ。俺、気づいたらゴーレムに担がれてたもん!」

「ゴーレム君のたくましい二の腕に包まれて、不覚にもときめいちまったぜ」

「美少女ゴーレムはないのか。美少女ゴーレムは!」

「俺なんて、アナ様のオークションで全財産失いかけたぜ……」

「お前は自業自得だろ!」

 

 どっと笑いが起こる。なんだかいい雰囲気だ。

 負けた悔しさも、こうやってみんなで笑い飛ばせば、きっと良い思い出になるはず。

 

「でもよー、アナ様。一つだけ、トラウマになったことがあるぜ……」

 

 一人の男の子が、遠い目をして呟いた。

 

「んー? なあに?」

 

「焼肉の匂いだ」

 

 その言葉に、テーブルにいた全員が、深く深ーく頷いた。

 

「わかる……」

「もう一生分の焼肉の匂いを嗅いだ気がする……」

「今日の晩飯、肉料理はやめようぜ……」

「ってか、誰も頼んでなかったけど、みんな心はひとつだよな!」

「おう! 魚! 魚がいい! 頭もよくなるぞ!」

 

「焼肉だけは頼むなよー!」が、この宴会の合言葉になりつつあった。

 

 わたしは、ジョッキになみなみと注がれたリンゴジュースをごくごく飲み干す。アルコールは入ってないけど、このお祭りみたいな雰囲気に、なんだかちょっとだけ酔っちゃいそうだ。

 

 楽しい。ザイン先生、いまどうしてるかな?

 そんなことを考えながら、ほんのちょっとだけノンアルワインに手を伸ばす。

 

 カランコロン、と、店の扉が開く音。

 

 そこに立っていたのは――。

 

 

 

 

 

 もちろんザイン先生じゃない。ボンボン君だった。

 まんまるに膨らんだパンのような顔を泣きはらして、一直線にこちらにやってくる。

 

「アナリザンドさまぁ」スライディング土下座。「お願いだ。お家返して!」

 

 焼肉焼いても家焼くなっていうしね。

 まあわからないでもない。あのオークションは競売という形式をとっている以上、最終落札者以外は、そこにベットしたお金は払い戻される仕組をとっている。

 

 けれど、不動産売買という法律行為は、競売とは別。

 わたしは、まずボンボン君からお家を買い取り、その対価として8000万APを振り込んだのだ。その時点で、契約は完了しており、あとはわたしがお家を引き取るだけとなっている。

 

 もちろん、魔法でお家にベタベタと『SOLD OUT』の札を張りつけさせてもらったよ。

 

 絶対に剥がれない呪いの札をね。

 

「あのさぁ。ボンボン君。覚悟して売ったはずだよね」

 

「そうだけど……さぁ……」

 

 泣きはらした豚といった風情だけど、案外かわいく感じる。

 どんなに太っちょでも、わたしにとってはかわいい弟のように思えてしまうのだ。

 姉心とはかくも因果なものなのである。

 

「ママに叱られちゃったんだよ。このままだと俺、ママに勘当されちゃう」

 

「ママに叱られちゃったかー」

 

 なぜかフェルンちゃんの顔が想起される。あの子に「めっ!」て言われるのは、勘当されるより辛いかもしれない。うん、ボンボン君の気持ち、ちょっとだけわかるよ。

 

「でも、わたしは君のママじゃないんだけどな」

 

 わたしは、わざと冷たく言い放つ。他の子たちは、このやり取りを面白いお芝居でも見るかのように、固唾をのんで見守っている。「やっちまえーアナ様」「やめなよー、かわいそうでしょ」なんて、ヤジも飛んでくるけど、今は無視。

 

 このボンボン君の、狂気を帯びた覚悟は、わりと好きだった。

 実家を売ってでも夢を掴もうとする、その無謀なまでの情熱。

 そして、今こうしてわたしの足元で泣きついてくる、クッソ情けない姿も、なんだか嫌いになれない。結局のところ、わたしは人間が好きなので。

 

 でも、なにかしらの覚悟――交換条件がほしいな。

 ただで転ぶ魔族じゃないんだ。

 

「わたしは魔族だよ。温情だけじゃ動かないのは、君も分かってるよね?」

 

 わたしの言葉に、ボンボン君はビクリと肩を震わせた。

 

 しかし、彼はただ泣きつくだけでは終わらなかった。涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、確かな意志を持って交渉を切り出してきたのだ。

 

「俺がオークションに敗れたことで、手元に戻ってきた1億1千万を購入資金にしたい」

 

 わたしは、少しだけ感心した。

 実家を売ったお金8000万と彼のお小遣いの3000万。

 しめて1億1千万。ほぼ彼の持つ全財産を購入資金に当てたいといってきている。

 お小遣いも含めたのは、いい覚悟。でも――足りない。

 

「えー、でもお家の価値は3億だよね。たった三分の一で買い取るのは虫がよすぎない?」

 

「う、それは……」

 

 絶句するボンボン君。

 最初から手の内をすべて見せるのは悪手だ。

 やはりデンケンお爺ちゃんには及ばない。

 ここまでかな。

 

 でも――人間の成長は思ったよりも早い。

 キッと目を見開いて、わたしを見つめる視線は、餓えた狼のようにギラギラとしていた。

 庇護されるボンボン君は、商人として覚醒しようとしている。

 

「俺は――俺の一族は商人を生業としている。俺が商会の当主になった暁には、アナリザンド姉様と、他のどこよりも有利な条件で、事業提携を結ばせていただく! 我が商会の販路と、姉様のその類まれなる発想力……必ずや、大陸中の富を独占できるはずだ。将来への投資として、今回の件は見逃してはいただけないだろうか!」

 

 必死の形相で、商人特有の確かな熱意を宿して、ボンボン君はわたしに訴えかける。

 

(……事業提携か。おもしろいかも)

 

 それは、なかなか魅力的な提案だった。ゼーリエ先生への借金返済のためにも、安定した収入源は確保しておきたいってのはあるし。彼の商会がどれほどの規模かは分からないけど、あの屋敷の大きさを見る限り、相当なものだろう。

 

 そして何より――。

 

「アナリザンド姉様」

 

 その言葉の響きが、わたしの心の柔らかな部分を、優しくくすぐった。

 

 わたしは、しばし天を仰いで考えるフリをする。

 

 周囲の受験者たちも、この高度なビジネス交渉の行方を、固唾をのんで見守っている。

 

 やがて、わたしは、ふぅ、と一つ大きなため息をついた。

 

「んもぉ、しょうがないにゃぁ~。8000万でいいよ。3000万はオマケしてあげる」

 

 わたしは、わざと猫撫で声で、少しだけ仕方なさそうに、両手を広げてみせた。

 

「ありがとうございます! アナ様!」

 

 その瞬間、「おおーっ!」という歓声と、「さすがアナ様!」「俺たちのアナ様!」「粋すぎぃ!」「さすマゾ」「さすアナ」という称賛の声が、宴会の席から湧き上がった。

 

 わたしは、得意げに胸を張り、ヒーローインタビューを受けるアスリートのように、みんなに手を振って応えるのだった。

 

 いやぁ。モテる女はつらいにゃぁ。

 

 

 

 

 

 宴もたけなわ。

 わたしは、ヒーローインタビューを受けるアスリートのように、勝利の余韻に浸っていた。

 

 ボンボン君は、感極まってわたしの足にすがりついて泣いているし、周りのハラペコちゃんたちは「アナ様!」「アナ様!」の大合唱。みんなすっかり酔っぱらってるな。

 

 わたしのAPは終わってみれば、ちっとも増えてないけど、まあ、こういう縁を結んでおくのも悪くはないかもしれない。

 

 縁はいつか徳になって、徳は良い子につながる。

 そんな気もするしね。

 

 カランコロン、というベルの音が再び店内の空気を新しくする。店の入り口に立っていたのは、デンケンお爺ちゃん、リヒターさん、そしてラオフェンちゃんだった。

 

「いつもは静かな店なんだがな」

「爺さん、こっちの席開いてるよ」

「うむ。楽しそうでよいではないか。昔はこれくらい繁盛していた。懐かしいものだ」

 

 カランコロン。

 また、ベルの音。

 次に現れたのは、ユーベルちゃんと、その背後に影のように佇むラント君だった。

 てか、ラント君が死にそうな顔になってる!?

 ユーベルちゃんは、このどんちゃん騒ぎを見て、面白そうに唇の端を吊り上げている。

 

「ユーベル。この店はダメだ。もっと静かな場所にいこう」

「へえ、私とふたりきりになりたいんだ。大胆」

「やっぱり、ここでいい」

 

 そんなやりとり。

 

 そして――。

 カランコロン。

 最後の客人が、店へと足を踏み入れた。

 

 一瞬、店の空気が変わった。

 さっきまで騒いでいた敗北者ちゃんたちが、ピタリと動きを止める。

 

――フリーレンだった。

 

 その後ろには、大きな身体を縮こまらせているシュタルク君と、そして――ものすごーく、不機嫌そうな顔をしたフェルンちゃんが続いている。

 

(うわ、フェルンちゃん、まだ怒ってる……)

 

 わたしは、思わずテーブルの下に隠れたくなったけど、ぐっと堪える。ここで怯んだら、お姉ちゃんの名が廃るというものだ。

 

「フェルンちゃん! こっちこっちー!」

 

 わたしは、いつも通りの、屈託のない笑顔で手を振ってみせる。

 

「アナリザンド様? どうしてここに」

 

 よかった。わたしに怒っていたわけじゃないみたい。

 シュタルク君のせい? 強く生きろ!

 でも、ここはフェルンちゃんのご機嫌を少しでもとっておいたほうがいいだろう。

 

「あのね。一次試験に落ちちゃったみんなでパーティしてたの。今日は彼のおごりだから。店内全商品無料サービスだよ。特盛パフェ頼む?」

 

「いいんですか!? お誕生日でもないのに。それに私は――」

 

「いいのいいの。みんな苛酷な試験を受けた仲間じゃない」

 

 もし、みんなが手をとりあっていたら――フリーレン打倒じゃなく、シュティレ捕獲を目指していたら、また違った結果になったかもしれない。そんなことを思わなくもない。

 

 フェルンちゃんは目に見えて機嫌がよくなり、いつもの愛らしさ抜群の笑顔を見せている。

 

 フリーレンたちは、わたしたちのいるエリアへと歩いてきて、空いている席に腰を下ろした。これで、図らずも、一次試験を巡る主要なパーティが、このレストランに集結したことになる。

 

 店員さんがおずおずと注文をとりにくる。

 みんなの注目は――当然、ほとんどすべての受験者を打倒したフリーレンただひとりに向けられている。べつに街中でいきなり魔法をブッパしてくるとか思っているわけじゃない。

 

 ただ、なんとなく――予感。

 そう、魔法使い的な予感がしたのだ。

 

 フリーレンなら、そうする。

 フリーレンなら空気を読まない。

 

 さあ、果たして――。

 

「焼肉ステーキ。超ウルトラ特盛で」

 

「ふ、フリーレン様? まさか。え。嘘ですよね」

 

「なに? フェルン。なにかおかしなこと言った?」

 

「いえ、べつに……。フリーレン様がいいならいいです」

 

 そんなやりとりもどこか遠く。

 みんなの心は、図らずも一致していた。

 

――やっぱり、焼肉のフリーレンなんだ……。

 

 それは100年も200年も続く、新たなる伝説の始まり。

 

 

 




そして伝説へ……
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