魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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おかしな事態

 

 

 

 わたしは弁明していた。

 

 一次試験も無事合格し、ゼーリエ先生にその報告を兼ねて、フリーレンとの戦いの結果を報告していたのだ。その過程で3050万APはとられてしまったが、それでいい。むしろ()()()()()

 

 ゼーリエ先生はわたしからお金を受け取ったのだから、いまさら、その結果を覆すことは、先生のお立場上できないはずだ。頭の中には、そういう合理的な計算があったのである。

 いつの日か、智謀のアナリザンドと呼ばれる日も近いかもしれない。

 

 ただ、ここからはわたしがフリーレンにいかに勝利したかということを主張する場面だった。

 そもそも、わたしが一次試験を受けた動機はというと、先生に褒められたかったからというのがあるので、わたしの鮮やかなる勝利を、ぜひ先生にアピールしなければならなかったのである。

 

「それで? 一次試験も無事合格か。実に喜ばしいな。アナリザンド」

 

「うん。そうでしょ。褒めてくれるよね? 先生」

 

「おまえは私との約束を忘れたのか? フリーレンに勝てと言ったよな?」

 

 じーっと見つめてくるゼーリエ先生。

 少しまぶたが垂れてて、感情はあいかわらず読み取りにくい。

 もはや、フランメ式ポニテも、素足でミラーリングも、媚び媚びザンドも効かない。

 ここは、ネゴシエーターとして、自己弁護をつくすほかない。

 

――フリーレンに勝つべし。

 

 その命題の答えはこれだ!

 

「もちろんですとも。私はきちんとフリーレンに勝ってきましたよ」

 

「ほう。言ってみろ。どういう観点から勝ったと言ってるんだ?」

 

「まずは、試験合格に対する()()という観点です」

 

「余力か。遊びの部分があったと言いたいのか?」

 

「そうです。遊びです。わたしには遊ばせておく力がありました。他方、フリーレンのほうはというと、試験終了時にはへとへとになってて、フェルンちゃんに肩を借りないとまともに飛べぬ有様でした。いかがでしょうか。これはもうわたしの優勢勝ちですよね」

 

「その喋り方はなんだ? 私の忍耐力でも試しているのか」

 

「うん……。でも、そうだよね? 先生」

 

「まずひとつ言っておくが、おまえはずいぶんと余裕そうだったな。試験会場から出たら失格だと言われておきながら、悠々と出ていって、街中で遊んでから帰ってきてただろう?」

 

「う」

 

 バレてる。なんとなくシュタルク君のことが気になって、様子をうかがってると苦しそうだったから、ちょっと転移して介抱してきたのだ。三十分くらいの出来事だし、ゲナウ先生にもバレてなかったのに。

 

「ふざけるなよ。試験中に外に出たのはおまえ……と、あとひとりか。そいつぐらいしかいない」

 

 あ、これラント君もバレてるな。

 まあ、それはいいか。

 いずれにしろ、試験官にバレていない以上、それを理由に失格にはしないのだろう。

 それも実力のうちという考え方っぽいからな。先生との付き合いも長いからなんとなくわかる。

 

「でも先生。結果的にルールは破っちゃったかもしれないけど、それもバレてないんだし、フリーレンと違って、わたしに余裕があったのは確かだよね? 楽勝だったよ楽勝!」

 

「おまえの代わりに、多くの受験者たちがフリーレンに立ち向かっていったおかげでな」

 

「まあ、それはみんなの考えなんだし」

 

 ナッジという肩肘をつつくような微細な影響は与えたかもしれないが、そうなったのはみんなの自由意志の結果だと思う。わたし悪くないよね?

 

「まあそれはいいだろう。他者の力を利用するのも力のうちだ。だが、私が求めていたのは、そもそも試験会場の場が、フリーレンという異常(アノマリー)によって歪められるのを抑えるためだ。物覚えが悪いおまえにもはっきりと伝えたはずだが、まさか忘れていたんじゃないよな」

 

「うーん」

 

 思いなおしてみると確かに、わたしってば、試験をしっちゃかめっちゃかにしてたような。

 焼肉のフリーレンという伝説上の存在を生み出しちゃったりもしたし。

 

「で、でも! フリーレンはこの試験で一銭も稼いでないでしょ。対するわたしはなんと3050万APも稼いだんだよ。経済的観点から見て、わたしの大圧勝まちがいなしなのでは?」

 

 腰に手をあてて胸を張る。

 この論理はいかに大魔法使いゼーリエといえども崩せまい。

 さあ、褒めるがいい。

 

「くだらんな。ゲナウがこの試験をパーティ戦だと言ったことを覚えているか?」

 

「うん。覚えてるけど」

 

 何が言いたいんだろう。

 

()()()()()()()()()()()()()ラヴィーネは私の魔法図書館から3億APの魔法を購入した。お前が稼いだ3050万APなど、フリーレンたちが動かした金の十分の一程度だ。経済的観点から見て、誰が敗北者なのかは誰の目にも明らかだと思うが」

 

 ゼーリエ先生が、ニチャっと笑う。

 趣味が悪い。最初から全部わかってて、そんなこと言うなんて!

 

 くそう。こうなったら、現実的なバトルの話に進めるしかない。

 フリーレンの誉れにも関わることだし、あんまり言いたくはなかったけど。

 それに実際のところ、『まいりました』宣言してるのはわたしなので説明が難しいが、ともかくやるしかないのだ。

 

「なんだその目は。言ってみろ?」

 

「えっとね。先生も見てたよね。フリーレンを最後の最後まで精神的に追いつめて、指一本、魔法ひとつも放たないで勝とうとしたんだよ。フェルンちゃんがあそこで介入してこなければ、わたし勝ってた!」

 

「では聞くが、おまえは何故フェルンに敗れた?」

 

「そ、それは……わたしお姉ちゃんだから。フェルンちゃんを傷つけるなんてできないし、フェルンちゃんとは絶対に戦いたくないから」

 

「しかし、フェルンはおまえに杖を向けた。この意味がわかるか? アナリザンド」

 

「妹は最強ってコト?」

 

 ゼーリエ先生がピクっと頬をひくつかせた。あ、少し怒ってる。

 

「違うな。おまえは意識の片隅でフリーレンを()()()()()んだ。自分のほうが人間の情には敏い。フリーレンは人間の情に鈍感だとな。だから負けた」

 

「でも、わたし魔族だから、どうしても傲慢になっちゃうの」

 

「種族的特性をいまさら理由にするな。わかっているんだろう。そのフェルンとかいう小娘はフリーレンを師として慕っている。私も弟子たちには慕われているからよくわかる」

 

 さりげに自慢するゼーリエ先生。

 でも、わたしにだって言い分はある。

 

「フェルンちゃんは優しいからだよ。フリーレンがどうこうって話じゃないと思うなぁ」

 

「どんな言葉を尽くしたところで結果は変わらん。おまえ自身が認めたくないのなら、私が代わりに言ってやろう。おまえはフリーレンたちの師弟の絆に敗れたんだ」

 

 ガーン。目の前が真っ暗になる。

 そんな、馬鹿なことって……。確かに少しは考えてた。あの冷静沈着なフェルンちゃんが単に判官びいきでフリーレンの味方をしたということは考えにくい。

 実利的には、フェルンちゃんがフリーレンの味方をする理由はなかった。

 あのとき、フェルンちゃんは自分のパーティのシュティレを確保していたし、フリーレンを助ける理由なんて、本当に『師匠が負けるのを黙って見ているのがイヤ』だったからに他ならない。わたしの戦い方は、おそらくフェルンちゃんのなかにある()()()()()()に反していたのだろう。

 

 そして、それは……それは……。

 

「先生、嘘だよね。わたしとフェルンちゃんの姉妹の絆が負けちゃうなんて……」

 

 選ばれたのはフリーレンでした。わたしじゃない?

 

「現実は非情だな。アナリザンド」

 

「うわああああああああああん。先生のばかーーーー」

 

 大泣きザンド。

 すすり泣きザンド。

 めそめそザンド。

 先生にも褒めてもらえない。

 

「ここでわめいたところで何も変わらんぞ」

 

「確かにそうだけど」

 

「ずっとフリーレンにやられっぱなしかと言っている。おまえは諦めが悪いんじゃなかったのか」

 

 先生はあいかわらず傲岸不遜だったけど、ほんの少しだけ声が優しかった。

 ああ、そっか。先生はわたしに発破をかけてるんだ。

 

――まだ、二次試験が残ってる。

 

「先生。がんばる……だから。ちょっと……ほんのちょっとだけでいいから褒めて」

 

 わたしは泣きはらした目で、先生を見つめた。

 やっぱりダメ? よわよわザンドは要らない?

 すると眼前、先生の腕が伸びる。撫でてくれる? と思ったが違った。

 ゼーリエ先生は、トンっとわたしの額を軽く押したのだ。

 

「おまえ以上に泣き虫だった弟子はいない」言ってフッと笑う先生。

 

 わたしは、額に残る先生の指先のぬくもりを、確かめるようにそっと手で覆った。

 わかるよ。これは先生なりの不器用な優しさだって。

 先生に()()だと言われて、わたしは少し安心した。

 

 だから、がんばらなきゃ。

 

 二次試験こそは、絶対にフリーレンに負けない。いや勝ってみせる。

 でもやっぱり、わたしなりという注釈はつくけれど。

 

 

 

 

 

 次の日のこと。わたしはラヴィーネちゃんに呼ばれた。

 大陸魔法協会北部施設の細長い尖塔の前で、ラヴィーネちゃんとカンネちゃんは待っていた。

 

「うわぁ。ラヴィーネちゃん。すごくかわいい服装だね」

 

 見ると、そもそも戦闘服もひらひらつきのお人形さんみたいだったのが、かわいさ120パーセント増しって感じ。今日はラヴィーネちゃんにあったワンピースに白ハットまでつけてる。

 

 いったいどこのお嬢様かな?

 

「おまえもかよ。アナリザンド」

 

「おまえもって?」

 

「ラヴィーネ。お兄ちゃんたちにかわいがられちゃったんだって」とカンネちゃん。

 

 なるほど、ラヴィーネちゃんもまた『妹』だったか。しかも天然モノ。

 妹をかわいがらない兄などいない。それもまた真理なのだ。

 

 わたしは、昨日の今日で少しだけしょんぼりザンドだったけど、ラヴィーネちゃんのかわいさに少しだけ癒された。やっぱり可愛い女の子は正義だよね。

 

「それでアナリザンド。おまえに話がある」

 

 ラヴィーネちゃんは、キッとわたしを睨みつけた。お嬢様ルックでも、その気の強そうな瞳は健在だ。むしろギャップがあって可愛い。つまるところ、その口調ってラヴィーネちゃんにとって防衛機制――とまでは言えないけれど、自我を守るための戦闘スタイルなのだろう。

 

「なにかな?」

 

「とぼけてんじゃねえ。おまえがフリーレンにかけた呪いのせいで、私達は死ぬほど苦労したんだぞ。いったい何考えてやがる」

 

「あの髭もじゃのお爺さんたちに負けそうになったよね~」

 

 カンネちゃんは笑ってる。そんなに気にしてないようだ。

 

「戦いは非情なんだよ」キリッとザンド。

 

 時に厳しい姿を見せることも、姉としての役目だ。

 

「おまえなぁ。私はそのせいで、向こう五年間は幸せモヤシ生活が確定したんだぞ」

 

 ラヴィーネちゃんは悄然としていた。

 3億APだもんね。わかるよその気持ち。

 わたしも実のところ、収支的にはマイナスなのでわかる。

 デンケンお爺ちゃんのお屋敷は、接収不可の黄金郷にあるのだから。

 見方によれば、1億AP損しただけとも言える。

 

「でも覚悟の結果だよね。ラヴィーネちゃんはそれでゼーリエ先生から魔法を買ったんでしょ。等価交換だったんだと思うんだけど」

 

「そりゃそうだけどよ。あの鳥を捕まえる魔法は、調べてみたら普段は3000万くらいが相場らしい。ゼーリエと示し合わせて、とかじゃないよな?」

 

「それは違うよ。先生はわたしを利用しただけだと思う」

 

 そもそも、先生ってお金に興味はなさそうだし。

 単に、幼気な女の子を困らせるのが好きなサディストなのだ。

 

「ちっ。そうかよ」

 

「ごめんね。ラヴィーネちゃん。幸せモヤシ生活がんばってね」

 

「煽ってんのかよ」

 

「違うよ。いっしょに一級魔法使い選抜試験に合格しようねって言ってるの」

 

「次からは敵同士だろ」

 

「んー。そうかな?」

 

 二次試験の担当者は平和主義者のゼンゼ先生だ。

 仲間を切り捨てたり、いたずらに対立を煽ったりはしないと思う。

 けれど、その情報を渡すのも他の受験者との間に不公平を生むので、あくまで匂わせるだけだ。

 

「まあ、べつにアナリザンドに謝ってもらいたくて呼んだわけじゃない。おまえが謝ったところで、モヤシが肉に変わるわけじゃねーしな」

 

「モヤシからお肉を焼いた匂いがでるようにしてあげようか?」

 

 たぶん、体から良い匂いがでる魔法を応用すればいけると思う。

 極貧生活も耐えられるぞ。

 

「絶対やめろよ。それ」

 

 どうやらお気に召さなかったようだ。

 

「もー、ラヴィーネ。アナ姉ちゃんも謝ってるんだから、それくらいにしてあげなよ」

 

 隣でカンネちゃんが、わたしの腕に自分の腕を絡めて助け舟を出してくれた。

 カンネちゃんは本当に素直で、良い子だ。フェルンちゃんとは違う意味で、良い妹成分を有している。甘え上手なところとか。

 

「それに、お姉ちゃんのおかげでフリーレン、すっごく愉快なことになってたし!」

 

「焼肉臭いのは勘弁してほしかったけどな……」

 

「でも、伝説の魔法使いが焼肉の匂いをまとわせながら戦う姿なんて、一生見られないよ! 超レアじゃん! ある意味本当のSSRだったよね」

 

 カンネちゃんは、きゃっきゃと楽しそうに笑っている。

 君のそういうところが好きだよ。

 

「それで本題だが」ラヴィーネちゃんが話を戻す。「フリーレンに、今日の午後お茶でもどうかって誘いたい。フリーレンはネットをどうやら使いたくないみたいだからな」

 

「うん、そうだね。お婆ちゃんだから」わたしも頷く。それにしては健啖家ではあったが。

 

「だから、おまえに伝言を頼みたい。フリーレンとは一次試験で同じパーティだったし、私達はたぶん、フリーレンがいなかったら、一次試験すら合格してねぇからな」

 

「先生みたいだったよね、フリーレン」

 

 カンネちゃんはフリーレンに甘えられて嬉しかったのだろう。

 フリーレンは、ああ見えて面倒見がいいところもあるし、断らないかもしれない。

 でも、わたしに頼むというのは、結構ハードル高いぞ。

 

 言うまでもないが、フリーレンとわたしの相性は最悪。

 最近は、いきなり殺し合うとまではいかなくなったけれど、それでも、あえて言葉を交わすほど仲がいいわけじゃない。

 ラヴィーネちゃんたちは、おそらくそのことに気づいている。まあ、試験であれだけ対立しあってたのは確かだし、気づかないほうがおかしいだろう。

 

 それでもラヴィーネちゃんたちがわたしを利用しようとしたのは、ネット世代だからだと思う。ネット世代って、待ち合わせに駅前の掲示板を使ってた時代を経験していないからな。すぐに連絡がとれるのが当たり前になってるのだ。

 

「わかったよ。お姉ちゃんに任せなさい!」

 

 わたしは、ポンと胸を叩いて請け負った。可愛い妹たちのお願いを断る理由なんて、どこにもない。それに、わたしもフリーレンの様子が少し気になっていたからね。

 

「……あと、これもだ」

 

 ラヴィーネちゃんは、ちょっとだけ不機嫌そうに、小さな紙袋をわたしに差し出してきた。中からは、ひんやりとした氷の魔法の気配と、甘くて香ばしいカラメルの匂いが漂ってくる。

 

「これ、なあに?」

 

「メルクーアプリンだ。フリーレン、これが好物だって、試験中に言ってたからな」

 

「自分の焼肉臭にむせび泣きながらね」と、カンネちゃん。

 

 君、ちょっとおもしろがってない?

 

「でもラヴィーネちゃんって、幸せモヤシ生活なんじゃなかったっけ?」

 

 購入資金はいったいどこからだろう。カンネちゃんじゃなさそうだ。

 

 ラヴィーネちゃんのお耳がちょっと赤くなった。

 

「うっ……! そ、それは……兄貴たちに小遣いもらっただけだ」

 

「お兄ちゃんたちに、カワイイ妹光線を出して、お願いしたんだって」

 

 口ごもるラヴィーネちゃんの隣で、カンネちゃんがニヤニヤしながら暴露する。

 

「おいやめろ! なんでおまえが知ってんだよ」

 

「そんなの簡単」

 

――ラヴィーネママさんが教えてくれたらしい。

 

 いつのまにやら仲良くなってるのは、シュタルク君に通じるカンネちゃんの特技だ。

 

「それでね、小さい頃に買ってもらった大きな兎さんのぬいぐるみを抱きしめながら、お兄ちゃんたちに写真いっぱい撮られたんだってー! 写真見てみる? ラヴィーネママにもらったんだ」

 

 どうやらラヴィーネちゃんは、兄という名のスポンサーに、自らの可愛さを対価として差し出したようだ。おそらく不本意だったのだろうが、何もしなければ向こう5年はお小遣いもなかったろうから、ラヴィーネちゃんも必死だったのだろう。

 

 カンネちゃんが小窓に出現させた画像には、ファンシーな洋服を着た不機嫌の権化。

 おわかりかと思うが、ラヴィーネちゃんのあられもない姿(当人比)が映っていた。

 ママさんも容赦ない。カンネちゃんも容赦ない。

 そして、ラヴィーネちゃんも容赦なく、カンネちゃんに馬乗りになる。

 

「痛い。痛い。やめてラヴィーネ。離して! とれちゃう!」

 

 いつものように髪の毛を引っ張られて、むせび泣くカンネちゃん。

 うん。いつもどおりのテンプレ。

 世はなべて事も無しってやつかな。

 

 それにしても――。

 フリーレンもなかなか侮れない。

 あの氷のような冷たい態度でも、ふたりの女の子の心をきちんと掴んでいる。

 そして健気な仮弟子ちゃんたちからの差し入れまで受けるなんて。

 これを届けたら、フリーレンの心も多少は軟化するだろうか。

 

 一次試験が終わってから、フリーレンにはずっとガン無視されてたけれど、この子たちといっしょなら届けられる。

 

――甘いお誘いと宣戦布告。

 

 二次試験への布石はもう始まっているのだ。

 でも、御菓子臭くするとかはないから安心してね、フリーレン。

 

 

 

 

 

 でも、現実はそう甘くはなかった。

 フェルンちゃんが四角かった。これ以上ないムッスゥ顔だ。

 

 打ち上げパーティの時は、特盛パフェ効果で機嫌が治っていたと思ったのに、どうやらそれくらいではお怒りを鎮めるには足りなかったようだ。

 

 おそらくは地震みたいなものなんだろうな。地震は一度では終わらず、最初の揺れから断続的に何回か小規模の余震が続くとされる。マントル下のエネルギーは一回程度のムッスゥでは終わらないのだろう。一次試験における焼肉臭い極限状況が、ストレスの一因になった可能性もある。つまり、わたしのせい?

 

「うーん。これはちょっと話しかけづらいかも」

 

 こっそり街角で、フェルンちゃんを観察中のわたし達。

 

 わたしが先行してフリーレンの休んでいる宿屋に向かうと、ちょうどフェルンちゃん、フリーレン、そしてシュタルク君が外に出ようとしている時だったのである。

 

 だんご三姉妹みたいに、わたしが一番下。カンネちゃん。ラヴィーネちゃんと重なっている。

 そして、団子みたいに丸い顔のフェルンちゃん。

 しかし、だんご四姉妹になれるかは疑問だ。

 

 我が道を行くフェルンちゃんの顔はムッスリとしていて、やっぱり何かに怒っている。フリーレンがメソってるから、なにかしたのだろう。

 

 おそらく寝坊か、買い出し忘れか。そんなところか。

 

 たぶん、たいした理由じゃない。地震が起こるのは耐えしのいでいたストレスの蓄積によるもの。フリーレンの失敗は、ただのきっかけに過ぎない。

 

「なあ。あれってやめといたほうがよくないか?」

 

 ラヴィーネちゃんが、至極まっとうな意見を述べる。

 

「えー、せっかく来たのに。それに、フェルンが怒ってても私達には関係ないよね」

 

 そう言って、カンネちゃんが駆けだしていく。

 

「おい。よせ! 戻れカンネ!」

 

 ラヴィーネちゃんが焦った声をあげるが、もう遅い。

 カンネちゃんには、なんというか警戒心が足りない。

 そこがカンネちゃんのいいところではあるけれども。

 見えてる地雷だよね。いまのフェルンちゃんって。

 

「フリーレン()()()()!」

 

 手をふりふり、フリーレンの前にピタっと停まって、楽しげに語りかけるカンネちゃん。

 

「ん……カンネか。こんなところでどうしたの?」

 

「あのね。一次試験の時は本当に助かったよ。ありがとう。それを伝えたくて」

 

「べつにたいしたことはしてないよ」

 

「でも、フリーレンがいなかったら合格してなかったと思う」

 

「カンネたちが、がんばった結果だよ」

 

「へへ。やっぱりフリーレンって先生みたい。ねえ今度から先生って呼んでいい?」

 

 ビシっ。

 

 ああ、いかん!

 完全にフェルンちゃんの地雷を踏み抜いた!

 

 カンネちゃんがフリーレンに『先生』呼びを提案したことで、フェルンちゃんの顔が、もはや発酵完了したパンのように丸く膨らんでいる。ムッスゥマックス顔だ! まるで爆弾岩みたい。

 

「カンネさん、でしたよね?」

 

 フェルンちゃんの声が、極寒レベルで冷たかった。

 

 ついでに言えば、フェルンちゃんは相手を呼ぶときに基本的には『様』呼びをする。それが『さん』呼びということは、フェルンちゃんの中で、最大限の軽蔑と敵意がこめられているのだろう。

 

 つまりは『カンネ、このアマ!』くらいは言ってるつもりなのかもしれない。

 

 そんなことを知る由もなく、カンネちゃんは地雷原でタップダンスを踊る。

 

「お、フェルンちゃんじゃん。元気してた?」

 

「私は元気です」ムッスゥ。

 

「そんな不機嫌そうな顔して言わなくてもいいじゃない」

 

「失礼しました。でもフリーレン様が悪いんです」

 

「フリーレンが何かしたの?」

 

「今日、フリーレン様は寝坊されたんです」

 

「それくらいで怒ってるの?」

 

「買い出しの約束も忘れてたんですよ」「うぉぉん」

 

「フリーレンだって疲れてるんだよ。少しはいたわってあげなよ。師匠なんでしょ」

 

「カンネさんには関係ありませんよね」

 

「関係ないって何?」さすがにカンネちゃんもイラッとし始めた。

 

「師匠の体調管理をするのも弟子の務めです。部外者は黙っていてください」

 

「部外者じゃないよ。私だってフリーレンのパーティメンバーだったんだから」

 

「それはあくまで一次試験での一時的な関係ですよね? 今はもう違います」

 

「そういうのを屁理屈って言うんだよ!」

 

「事実を述べたまでです」

 

「独占欲強すぎ。アナお姉ちゃんのときもそうだったけど!」

 

「事実を述べたまでです」

 

 ああ、もう完全に子どもどうしの喧嘩だ。

 

 フリーレンを間に挟んだ熾烈なマウントの取り合い。当のフリーレンは「やめてよー」と完全に蚊帳の外でオロオロしている。シュタルク君は空気だ。

 

「おい、カンネ! もうやめろ。相手はあのフリーレンの弟子だぞ!」

 

 見かねたラヴィーネちゃんが、ついにカンネちゃんの腕を掴んで引き留めようとする。しかし、頭に血が上ったカンネちゃんは、その手すらも振り払った。

 

「ラヴィーネは黙ってて! これは私とフェルンの問題なんだから!」

 

「おまえの問題は私の問題でもあるんだよ、この馬鹿!」

 

 事態は収拾不能。もはやカオスだ。

 

 えー、これ行かなきゃダメですか? そうですか。

 なんだかさらに事態がややこしくなりそうだけど、みんなが参戦している状況で、こっそり覗いているだけなのは、心苦しい。

 

 わたしは、ひたひたと影の中から歩き出た。

 

「ふたりとも喧嘩しちゃダメだよ」天使の笑顔2を選択。

 

 しかし、わたしの姿を認めたカンネちゃんは、ガバっと飛びついてわたしを抱きしめた。

 まるで、砂場での旗取り競争みたいな、素早さだった。

 な、なにがしたいの。

 

「アナお姉ちゃんは私がもらった!」

 

 えー!?

 

「なっ……!?」

 

 フェルンちゃんは、目の前の光景が信じられないといった顔で、目を見開いてる。フリーレンの所有権を争っていたはずが、なぜか論点がすり替わり、今度はわたしが『戦利品』になっているのだ。いったいなんの争いをしてるの、カンネちゃん。

 

 ラヴィーネちゃんは、額に手を当てて天を仰いだ。

 

「こいつ、本当に馬鹿だ……」

 

 その呟きは、もはや諦観に満ちている。

 

「お離しください。アナリザンド様は、あなたのものではありません。あのときの不適切接触を繰り返すおつもりですか」

 

 不適切接触――ああ、あのときの耳かき事件のことか。

 フェルンちゃんがカンネちゃんを警戒してたのって、それが理由か。

 気にしてないふうだったけど、ずっとお姉ちゃんのこと取られるって心配だったんだね。

 だから、今度はフリーレンがとられるって思って、二度までもって気持ちだったんだろう。

 普段は見せないかわいらしい嫉妬心ともいえるけど、ちょっと攻撃的すぎるかなぁ。

 嬉しいは嬉しいんだけど、フェルンちゃんには怒りを鎮めてほしい。

 フリーレンもそう言ってる。「うぉぉん」いやエルフ顔だ。

 

「フェルンにはフリーレンがいるんだから、いいでしょ!」

 

 カンネちゃんが駄々をこねた。

 

「よくありません。そもそも、アナリザンド様は私の姉です」

 

「また独占欲! もうこうなったら……」

 

「なにをするつもりですか?」

 

「なにってマーキングだよ」

 

 うお。カンネちゃんの顔が迫ってきてる。

 もしかして、マーキングって……キスのことぉ!?

 

「おやめください!」

 

 フェルンちゃんが、悲鳴に近い叫び声を上げた。

 

 もうこうなったら、道はひとつしかない!

 わたしは、カンネちゃんの唇がわたしの頬に触れる寸前、最後の魔力を振り絞った。

 うおおおおおおお、ピカっと光るわたし。

 

――抱き枕になる魔法。

 

 ふわり、とわたしの身体が光の粒子に包まれ、次の瞬間には、柔らかな感触とともに、別の場所に転移していた。しかして、その設置場所は、フリーレンの腕の中だ。

 

「え、なにこれ? アナリザンド、おまえか」

 

 フリーレンが、若干嫌そうな声をだす。それはやむを得ないが、今回の戦利品はひとまとめにしたほうがわかりやすい。状況整理ってやつだ。

 

 わたしの身体は、全長約120センチの可愛らしいぬいぐるみ型の抱き枕へと変貌していた。

 

 わたしはつぶらな瞳で、フリーレンを見つめる。今すぐにでもビタンって地面に叩きつけられそうだったので、すぐさま、

 

『フリーレン。いっしょに』内蔵マイクで言葉少なに語りかけた。

 

 フリーレンもこのカオスな状況を打開するにはひとつしかないことに気づいているはず。

 

――そう、わたし達がふたりで()()する。

 

 かわいい弟子であり妹である、ふたりの暴走を止めるには、それしかないのだ。

 呉越同舟というやつである。

 

 フェルンちゃんとカンネちゃんは、師と姉という二つのトロフィーが、今や一つの『フリーレンに抱かれたアナリザンド抱き枕』という、極めて複雑な概念の塊になったことで、処理能力の限界を超え、完全にフリーズしている。

 

 ここが好機!

 

『ふたりとも、聞いて』

 

 傾聴!

 

『そんなに喧嘩したいならしてもいいよ。ただし、暴力や魔法での喧嘩は禁止! わたしとフリーレンを、どれだけもてなすことができるかで勝ち負けを決めよう』

 

「意味わかんないよ。お姉ちゃん」カンネちゃんが言った。

 

「べつに喧嘩なんかしてません!」フェルンちゃんも不満そう。

 

 なかなかに手ごわい妹ちゃんたちだ。

 わたしが次の手を考えていると、黙っていたフリーレンがおもむろに口を開いた。

 

「……お菓子食べたい」

 

「え?」反応したのはフェルンちゃんだ。

 

「フェルンは言ったよね。わたしもこの際だから、美味しいお菓子を食べたいって思ってたんだ」

 

 なるほど、フェルンちゃんのお怒りを鎮めるため、美味しいお菓子を振舞う予定だったのか。

 それを逆に利用するとは、このエルフちゃっかりしてる。

 

『カンネちゃん。わたしもお菓子食べたいかも。オイサーストで一番おいしいお菓子。なんなのかすごく気になるなぁ。この街に住んでるカンネちゃんなら知ってるよね』

 

「その勝負なら、私の方が断然有利だよ」

 

 カンネちゃんの声が弾んでいる。

 

 よし。これでふたりの視線が定まった。

 

「フェルンなら、勝てるよね?」とフリーレン。弟子を見守る視線は普段のエルフとはかけ離れていて、どことなく温かい。というか、フリーレンとこんなに近くで接触したのは初めてだけど、フリーレンも生物だったんだね。ちゃんと温かいよ。

 

「わかりました。フリーレン様がそこまでおっしゃるなら、受けて立ちます」

 

 こうして事態は思いもよらぬ、お菓子争奪戦へと様相を変えたのである。

 

 おかしいな。最初はフリーレンといっしょに女子会でも開いて、楽しくキャッキャウフフするつもりだったのに。お菓子なだけに、おかしな事態だ。

 

 勝負は一時間後に、宿屋に集結ということになり、フェルンちゃんとカンネちゃんは駆けだしていく。わたし達は生暖かい目で見送った。

 

「おい。これどうすんだよ。プリンはお菓子に含まれるのか? フリーレン」

 

 ラヴィーネちゃんが持ってるのはメルクーアプリンの入った紙袋。フリーレンの好物だ。

 

「え、そうなの? じゃあ代わりにコレあげるよ」

 

 フリーレンがウキウキして言った。

 そして、コレ扱いされるわたし。

 ラヴィーネちゃんが持っていた紙袋とわたしは交換されてしまった。

 わたし、フェルンちゃんたちの景品なのに、勝手に譲渡していいんだろうか。

 これってもしかして、勝負はラヴィーネちゃんの勝ちなのでは?

 

「んなのどうでもいい!」

 

 ちなみに、シュタルク君だけど、女の子どうしのキャットファイトに心をすり減らしていたらしく、ふらりと現れたヴィアベル君の「一狩り行こうぜ」という言葉に、心の底から安堵の表情を浮かべて、連れられていった。

 

 男の子は男の子どうし。仲がいいのはよいことだ。

 レンゲちゃんがどこかでシュバってるかもね。

 

 女の子は女の子どうし。仲良くできるだろうか。

 そんなことを思うわたしである。

 

 

 

 




後半に続く(ちびまるこちゃん並感)
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