魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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メルクーアプリン密室消失事件

 

 

 

 フェルンちゃんとカンネちゃんの究極VS至高のお菓子対決は、つつがなく終了した。

 

 それをいま語ってもいいのだが、ここではかいつまんで説明させてもらおう。

 まず、フェルンちゃんはフリーレン用にメルクーアプリンを買ってきていた。フリーレンの好みを熟知しているのであるから当然だ。そして、カンネちゃんも同じものを買ってきていた。

 

 ラヴィーネちゃんがプリンを買っているのを知っていただろうに、このあたりは、勝負を優先したのだろう。

 

 ちなみに、プリンがそれぞれの店で違うように、一口にメルクーアプリンといってもそれぞれ異なる。申し訳程度のベリーで彩られたやつもあれば、ほぼノーマルプリンかなといったものもある。そのあたりは概念の差延として吸収されるか否かによる。

 

 フリーレンは、()()()()()()()()()()()という概念そのものに、好意を寄せたのだ。本当は、フェルンちゃんが買ってきたような真っ赤に染まったプリンのほうが好みなんだろうけどね。

 

 そして、勝負はわたし、アナリザンドの手に委ねられたのだが、ここは本当に甲乙つけがたかった。わたしは正直言うと、好物という好物がないのだ。あえて言えば、お金のかかった豪華なスイーツが好みなのだが、フェルンちゃんもカンネちゃんもそのことは知っている。

 

 そこで、フェルンちゃんは、どこぞの高級店で見つけたらしい芸術品のように美しいフルーツタルトを、対するカンネちゃんは、地元民しか知らない路地裏の小さなスイーツ店の新作シフォンケーキをそれぞれ購入してきたのである。

 

 フェルンちゃん――生活費使ってないよね?

 などと不安になるわたしだったが、スイーツは嘘をつかない。

 どっちもおいしかったよ。うん。

 

 それで、いがみ合っていたフェルンちゃんとカンネちゃんも、互いのお菓子を「美味しいですね」「そっちのも、なかなかやるじゃん!」と認め合い、いつの間にか和やかな空気が流れていた。

 

 あれだけ喧嘩してたのに、ふたりはすぐに仲良くなったのだ。

 本当にスイーツの魔力はすごい。

 あのフリーレンすら、ほんの少しだけ顔をほころばせていた。

 いや、それはフェルンちゃんとカンネちゃんという庇護すべき対象が、仲良くなれたことに対する安堵感だったのかもしれない。

 

 と、ここまではよかったのだが――。

 

「そういえば、ラヴィーネからもらったプリンがあるんだよね。あれいっしょに食べようか」

 

 フリーレンが言った。

 スイーツは別腹。スイーツ自身にとってもそう。

 女の子の胃は、スイーツの前にはブラックホールになりえるのだ。

 

「フリーレン。それは……」

 

 ラヴィーネちゃんの顔がさっと曇る。

 

「どうしたの?」とフリーレンが問いかけながら紙袋を開ける。見る。

 

 だが、そこには()()()()()()

 

 カラメルとベリーの匂いが染みついた紙袋の中には何もなかったのだ。

 空っぽだった。

 

「…………ない」

 

 フリーレンの、魂が抜けたような呟きが、静かな部屋に響き渡る。

 その一言で、和やかだったお茶会の空気は一変した。

 メルクーアプリンは、跡形もなく消えていたのだ。

 魔法の痕跡も、外部から侵入された形跡もない、宿屋の一室で。

 

 後に、メルクーアプリン密室消失事件と呼ばれた事件の開幕である。

 

 事件は人知れず、既に起こっていたのだ――。

 

 ひとつだけヒントを言うと、()()()()()()()()()()よ。

 これだけは真実です。

 

 

 

 

 

「状況を整理しよう……」

 

 フリーレンが冷たい眼差しでわたし達をひとりひとり見つめる。

 誰かがごくりと喉奥を鳴らす。それぐらいフリーレンの威圧感がすごかった。

 好物のプリンを盗まれたのだ。スイーツは女の子を狂わせる。

 そして、フリーレンもああ見えて、一応は、まあ女の子なのである。

 

「まず、プリンの入った紙袋は、私が座っているこのベッドの脇に置かれていた。というより、私が置いていたんだ。後でみんなで食べようと思っていたからね」

 

「フリーレン様。そもそも、その紙袋はどこで?」フェルンちゃんが聞いた。

 

「ラヴィーネからもらったんだよ。試験のお礼だってさ」

 

「フリーレンには世話になったからな」ラヴィーネちゃんが言った。

 

「ともかく――、プリンの入った紙袋はこの部屋にずっとあったんだよ。フェルン達がお菓子を求めて外に行ってる間も、この部屋には誰かしらいた」

 

「確かにな」

 

「うん。そうだね」わたしも肯定する。

 

 先回りして答えておくけど、わたしはわたしが犯人じゃないことは知っている。

 だから、この状況はちょっと謎だ。

 

「部屋への侵入経路として考えられるのは、窓とドア。でもいずれも侵入の痕跡はない」

 

 フリーレンが淡々と現場検証をしている。

 

「魔法が使われた痕跡もないかな」

 

「そもそもプリンだけを盗むというのがありえなくない?」とカンネちゃん。

 

「そうだね。それに魔法使いはほとんど誰でもストレージが使える。貴重品は身に着けてることが多いから、あまり狙う意味はないよ」

 

――ストレージ。

 

 言わずと知れた収納魔法だけど、フリーレンはその言葉を言うときに、ほんの少しだけ躊躇のようなものを感じた。魔族なりの勘ってやつだ。

 

 たぶんだけど、フリーレンはフェルンちゃんだけでなく、わたしを除いたみんなを疑いたくないのだろう。けれど、わたしはかすかに魔法の残滓を感じ取っていた。頻繁に誰かしらが使うストレージの魔法の気配はわずかにあったのだ。

 

 誰が使ったかは特定できないし、いつ使ったかもわからない。みんなの持ち物検査をすれば、犯人は明らかになるかもしれないが、誰の容疑も固まっていない状況では、それは明らかに越権行為。人権侵害。いよいよとなれば、しょうがないけれど、いまはまだその段階じゃない。

 

「魔法使いが女子会してるとか知らなくて、たまたま目についたプリンを盗ったとか」

 

 カンネちゃんが顎のあたりに手を当てて言った。

 

「だからな。()()()()はいたんだよ」ラヴィーネちゃんがガシガシと頭をかいた。

 

「でも、一瞬くらい部屋の中に誰もいない時間とかあったんじゃない。トイレとかで」

 

「泥棒がたまたま偶然、一瞬の隙を狙って、プリンだけ盗んでいったのかよ。そんなことをするよりは、宿屋の金でも盗んだほうがマシだろ」

 

「だからそれはたまたま。逃げようとするときに――」

 

「ここは二階だ。事務所は一階。たぶん宿屋の金庫とかも一階だろ」

 

「うーん。じゃあ、犯人は宿屋の人なんじゃない?」

 

「気のいいおばさんと、8才くらいの娘さんだっただろ。ありえねぇよ」

 

「他の従業員の人はいないの? 例えば掃除してくれるメイドさんとか」

 

 わたしは聞いた。人の気配くらいはわかるから、一応の確認だ。

 

「ああ、いねえよ。この宿屋はおばさんと、その娘さんがふたりで切り盛りしてるって話だぜ」

 

「どうしてラヴィーネちゃんが知ってるの? ここってカンネちゃんが泊ってる宿屋だよね」

 

「ああ、さっきお茶会の準備を手伝ってもらったんだ。そのときに聞いた」

 

 なるほどね。確かにフェルンちゃんたちが帰ってくるであろう一時間が経過する、その少し前かな。ラヴィーネちゃんがお茶会の準備をするとかいって、一階に降りていった時間帯がある。

 

「そのときは、フリーレン様とアナリザンド様はふたりきりだったのですか?」

 

 フェルンちゃんが聞いた。

 

「そうだよ」とフリーレン。

 

「うん。フリーレンといっしょだったよ」

 

「そのとき、おふたりはどのように過ごされていたのですか?」

 

「私は魔導書を読んでいた。こいつは、ネットでなんかしてた。会話はしてない」

 

「フリーレンの言う通りだよ」

 

 わたしも覚えている。確かにフリーレンはベッドの上で体育座りをして、魔導書を読んでいた。わたしもなにかしら声はかけたかったんだけど、完全に会話を拒絶しているフリーレンに対して、あと少しの時間ぐらい沈黙のうちに過ごすのがいいだろうと判断した。

 

「つまり、互いに互いのアリバイが成立してるという状況になるわけですか」とフェルンちゃん。

 

「いや――、それは違うよ。フェルン」

 

 フリーレンが否定する。

 

「魔族の魔法は呪いと呼ばれていて、人智を越えている。私が魔法と感知できないレベルのなんらかの魔法を使った可能性がある」

 

「わたしを疑ってるんだ……」

 

 まあ、しかたないことではあるけれども。

 なんてったって、魔族なのである。フリーレンにとっては不倶戴天の敵。

 最初から、わたしに疑いの目を向けているのは知っていた。

 けれど、繰り返しになるが、わたしは犯人ではない。

 

「そんなに言うなら自白する魔法でもかけてよ」

 

「自白する――というのとは少し違うけど、"考えていることを言ってしまう魔法"というのがある。ハイターには人間関係を壊すから使うなって言われてたけど……この場合はしかたないか」

 

 あくまでわたしへの配慮じゃなくて、ハイターがそう言ってたから使わなかったらしい。

 でも、疑いを晴らせるなら、むしろドンと来いだ。

 

「いいよ。やって」

 

「――考えていることを言ってしまう魔法」

 

「淡い光に包まれて、なにこれ、なんにも変わらないけど、これで魔法にかかったのかな。それにしても、フリーレンも人が悪い。ツンツンしている白猫さんみたい。黙っていれば美人さんなのに、消えたプリンのことがそんなに気になるのかな。食いしん坊エルフかよ。いや、そうじゃなくて、かわいいラヴィーネちゃんが買ってきてくれたプリンだからって面も大きいのかもしれない。フリーレンにとってはフェルンちゃんが一番大事な弟子なんだろうけど、ラヴィーネちゃんたちとも確かな師弟愛があるんだろうしなぁ。ん。どうしたの。フェルンちゃん。そんなにかわいらしく見つめて。妹アピール? お姉ちゃんを誘惑しているの? フェルンちゃんがかわいいことは知ってるよ。うん。うちの妹がかわいい。カンネちゃんもラヴィーネちゃんもかわいい。そうか。このパーティって実は妹パーティだったんだ。イモパだよ。イモパ! やったぜアナリザンド! この部屋、妹臭に包まれてるんですよ。みなさん。さすがにフリーレンは妹にできないけれど、フリーレンもまあ、かわいいよね。なんで仲良くできないかなぁ。魔族だからかなぁ。この事件を華麗に解決して、仲良くなる作戦とかどうだろう。それだ。フリーレン仲良し作戦を発動する。うーむ、しかしどうすればよいのか……わたしは犯人を知らないのだ」

 

「アナリザンド様……」

 

「フェルンちゃんが心配げに声をかけてくれた。フェルンちゃんは心優しい女の子なのだ。一次試験でわたしがフリーレンを焼肉臭くしちゃったから、たぶんそれがストレスになっちゃったんだと思うけど、フェルンちゃんが怒ってるとわたし哀しい。ごめんねフェルンちゃん。フェルンちゃんにすりすりしたい。撫でてほしい。甘えたい。甘えられたい。フェルンちゃん大好き」

 

「アナお姉ちゃん。なんかすごい早口だね」

 

「カンネちゃんが楽しそう。カンネちゃんの明るい表情を見てるとわたしも楽しくなる。カンネちゃんは太陽みたいだ。天真爛漫で、物怖じしなくて、ちょっとお馬鹿さんなところもあるけど、そこがいい。そこが最高にかわいい。無垢で無防備なところが守ってあげたくなっちゃう。一次試験の時も、わたしが仕掛けたフリーレン包囲網に、一番最初に楽しそうに乗っかってきてくれたし。いい子だ。本当にいい子。短いツインテール、ぴょこぴょこ動くたびにわたしの心をくすぐられちゃう。大好き」

 

「えー、もっと言って」

 

「このよくばりさんめ。カンネちゃんってお調子者だよね。でも、カンネちゃんの明るさに落ちこんだときには助けられている子も多いと思うよ。ラヴィーネちゃんもたぶんそう」

 

「おいやめろ。アナリザンド!」

 

「ラヴィーネちゃんって、お口わるわるだけど、そこがいいんだよ。妹プライス爆上がりなのまちがいなし。だって、メトーデも言ってたけど、お口わるわるの妹が、ぶっきらぼうに呼び捨てにしてくるって、姉としての期待値高い。メトーデの言ってたことは本当だったわー。こんなにかわいらしい容貌なのに、芯は強くて、カンネちゃんを守ろうとしてて、妹力と姉力があわさり最強に見える。控えめにいって神だね。あれれー。お顔が赤いぞ。どうしたんだろう。熟れたトマト状態ってやつ? 野菜のフリした果物さんなのかもしれない。大好き」

 

「魔族の思考様式は人類とかけ離れている。これは私のミスだね……」

 

「フリーレンとも仲良くしたいなぁ。さっき、ぬいぐるみ状態のわたしを抱いてくれて、うれしかったんだ。できれば、いっしょにお茶を愉しめるくらいにはなりたいな。ふたりきりでお茶したい。それでフェルンちゃんのかわいらしさを語り合おう! これぞ妹を肴に、魔女のお茶会作戦。完璧じゃね? いや、そのためにはフリーレンの心を開かせないといけないか。ヒンメルの遺言の件もあるし、なかなか難しいよね。ゼーリエ先生もフリーレンのことかわいがってるみたいだし、たぶん、わたしを利用して、なにか言いたいことを伝えようとしてるんだろうなぁ。わたしが勝ったら、フリーレンに研鑽を怠ったのかとかいいそうだし、それでからかうつもりなんだろう。もし、フリーレンが勝ったら、フリーレンをほめるつもりなのかもしれない。孫弟子だからなぁ。かわいくないわけがない。ゼーリエ先生は、ああ見えて情の深いところがあるからな。孫がかわいいお年頃なのだ。そういえば、孫と言えばラオフェンちゃんだけど、あの子とフェルンちゃんも相性よさそう。ラオフェンちゃんも呼んで、大パーティを開催したい。デンケンお爺ちゃんも呼ぼう。きっとラオフェンちゃんが参加するって言ったら――」

 

「とりあえずひとつだけ聞く。おまえは犯人じゃないということでいいのか?」

 

「わたしは犯人じゃないよ。いくらなんでもそりゃないぜ、フリーレンのばっつぁん。だいたい一緒の部屋にいるときに、フリーレンは最大限わたしを警戒していたよね。魔法一発でも放とうものなら、宿屋ごと破壊してでも、わたしを止めようとしてたんじゃない。魔族の呪いが感知できないといっても視認できないわけじゃないしね。つまり、フリーレン自身がわたしが犯人でないことの証人であって、こんな魔法をかける意義というのはあんまりなかったんじゃないかなって思う。もちろん、フリーレンの言いたいこともわかるよ。魔族はすぐに嘘をつくし、わたしなんか怪しさの権化に見えてるんだろうから。人は人の見たいものを見る。シェーマL。ああ、この言葉は使っちゃダメってリーニエちゃんに言われたんだった。なんていえばいいんだろう。鏡あたりが適切か。そう、人は人を鏡として自分という存在を確認するのだ」

 

「――もういい。解除」

 

 フリーレンが何か言いかけたけど、ほとんど慌てたように魔法を消した。

 ふぅむ。この魔法――なんか素直になる魔法ともいえるような気がする。

 人によっては恥ずかしいだろうし、人には言えない想いを抱いているのが人間だから、この魔法は禁呪に近いと言えるかもしれないな。ハイターが禁止してるのもわかる気がする。

 

 でも、わたしの溢れんばかりの妹愛は、恥ずべきところは一切ない!

 全人類の姉として、妹を讃えるのは、最高の誉れといっておこう。

 

 

 

 

 

「おまえが犯人じゃないことはわかった……いや。もうしばらくは口を開かないでいい」

 

「でも、捜査はふりだしに戻っちゃったね」とカンネちゃん。

 

「あの……ひとつ疑問があるのですが」

 

 フェルンちゃんが小さく手をあげた。思いっきりあげてるんじゃなくて、関節部分で折り曲げた小さな挙手だ。かわいらしい。

 

「なにフェルン。犯人がわかった?」とフリーレン。

 

「いえ、犯人というわけではないのですが、ラヴィーネ様。ひとつよろしいでしょうか」

 

「ん。なんだ? わたしか」

 

「はい。フリーレン様が紙袋を覗かれる前に、ラヴィーネ様はなにか気にされてお声をかけようとなされてましたよね。あれはいったいなんでしょうか」

 

 フェルンちゃんが敏い。実のところわたしも気になっていた。

 

 でも、それを言ったら、ラヴィーネちゃんが犯人だと疑ってるように見えるから、姉の立場上言えなかったんだよね。気づいてなかったのは、カンネちゃんくらいか。実をいうとフリーレンも気づいているんじゃないかって思ってる。

 

 彼女の観察眼は、人の機微にうとくても客観的事実を丁寧に拾う。あるいは、それくらいは、いくらニブチンのフリーレンでもわかっているだろうから。

 わたしは、フリーレンと談合して、イチャイチャ尋問バトルを繰り広げていたのである。

 

「ああ、それか……」ラヴィーネちゃんは重そうに口を開いた。「たいしたことじゃないんだがな、プリンの数についてだよ」

 

「プリンの数ですか?」

 

「最初、私とカンネのふたりはアナリザンドを介してフリーレンをお茶に誘うつもりだったんだ。フェルンが参加するとは考えてなかった。だから、買ってきたのは四つ。私、カンネ、アナリザンド、フリーレンの分だけだ」

 

 なるほど、四つ。()()()()()()()。あのままフリーレンが最後の締めとしてプリンを配れば、足りなくなってたんだ。

 

「そのあとは、お菓子での戦いになっちまっただろ。フリーレンがそのままおみやげとして全部食べてくれりゃいいかなと考えてたんだが……。せっかくいい雰囲気になったのに、ひとつ欠けるってのが言いだしづらかったんだよ」

 

 か、かわいい。

 ラヴィーネちゃんがものすごくかわいい。非常に女子力が高い。

 ラヴィーネちゃんは、みんなに配られるプリンが一つ足りない、誰かあぶれものがでる、そういう状況が嫌だったんだ。不公平感がでちゃうし、せっかくのいい雰囲気が台無しになっちゃうから。

 

 つまり、お菓子には瑕疵があったのだ! お菓子だけに!

 

「ラヴィーネ様のご配慮、うれしく思います」

 

 フェルンちゃんが感謝の意を伝える。ほんわか甘い雰囲気が流れる。

 ラヴィーネちゃんも「たいしたことじゃねーよ」と耳まで真っ赤。

 カンネちゃんが「今日もかわいらしいね。ラヴィーネちゃん」とからかえば。

 馬乗りになったラヴィーネちゃんに、「痛い痛いやめて」といつものご様子。

 

 さて、事件はまたも、ふりだしに戻った。

 新たな情報、プリンは四つだったということが判明しても、何も変わらない。

 むしろ、事件はより一層混迷している。

 

「もうさ。妖精さんが食べちゃったとかにしない?」

 

 カンネちゃんがそんなことを言う。

 

「誰が盗ったかわからないままだと、気持ち悪いだろ」ラヴィーネちゃん。

 

「それか――シュティレが盗っていたんだよ。魔力探知できないあの鳥なら、フリーレンも気づかないはずでしょ」

 

「ありえねえだろ」

 

「でもでも。二次試験の通達とかで、ゲナウが鳥を使って――それでとか考えられない?」

 

 自信ありげに主張するカンネちゃん。

 でも、そのイメージはかなりしにくい。

 

「あのなぁ。鳥がきたとして、窓は閉まってたんだぞ。どうやって閉めるんだよ。それに私たち三人のうち少なくとも、フリーレンとアナリザンドは、ずっとこの部屋にいたんだよな? 私がいない15分かそこらだったか」

 

「いたよ」わたしとフリーレンの声が重なる。

 

「あの――」フェルンちゃんが挙手する。「そのあたりをもう少し詳しく教えていただきたいのですが、今までの話を聞いてきて、どうも怪しいのはラヴィーネ様がいらっしゃらなかった、その空白の15分間のように思えますので」

 

「なるほどね」と、わたしは探偵のように頷く。

 

 フェルンちゃんの言うことはもっともだ。ラヴィーネちゃんが部屋を離れていた時間、つまり、容疑者が二人まで絞られる時間帯。そこにこそ、事件を解く鍵が隠されているはずだ。

 

 わたしもフリーレンも魔力には敏感だが、完璧な魔力隠蔽とステルスを併用されたら、気づかない可能性もゼロではない。ましてや、それがプリンだけを狙った、一瞬の犯行だとしたら――。

 

 

 

 

 

 まずは、フリーレンが尋問対象になった。

 尋問をするのは、もちろんフェルンちゃん。理知的な彼女は、粛々と事実のみを聞き取る。

 

「では、フリーレン様。ラヴィーネ様が部屋を出たあとの行動を教えてください」

 

「んー。とはいっても、さっき言ったことの繰り返しになるけど……」

 

 フリーレンは、少しだけ面倒くさそうに言った。

 しょんぼりエルフモードだ。

 

「例えば、この部屋のどこにいたのですか?」フェルンちゃんは冷静に問いを重ねる。

 

「ここだよフェルン。ベッドの上で、壁に背中を預けて、魔導書を読んでた。アナリザンドは、斜め左方向の窓際の椅子に座って、ずっと私に背を向けてた。それだけだ」

 

 フリーレンは、淡々と事実を述べる。その言葉に嘘はないように聞こえる。

 

「その15分間、一度も席を立たなかったのですか?」

 

「立ってないよ。魔導書の面白いところだったからね。集中してた」

 

 フリーレンはそう言うと、ふと、何かを思い出したように付け加えた。

 

「……あ、でも、一度だけ。アナリザンドが変な歌を歌ってたな。『小石がポチャンと池に落ちても、女神様は現れない~♪』とかいう、わけのわからない歌をうたってたかな」

 

「アナお姉ちゃん、どんな歌だったの?」カンネちゃんはおもしろがってる。

 

「え、えーっと……それは、その……」

 

「あれれー。あやしいぞー」

 

 カンネちゃんが迷探偵っぷりを発揮している。

 

 べつに言うべきこともない。

 あれは、金貨ちゃんへの愛をこめた即興のラブソングだ。

 ここで公表するのは、あまりにも恥ずかしいし、意味もない。たぶん。

 

「愛の歌かな?」と神妙な顔をしてわたしは言う。

 

「愛っていったい何?」カンネちゃんの追及は止まらない。

 

「魂の輝きのことだよ。時空の中で自己を調律し、魂の輝度をあげる行動律のことをいうの」

 

 オレオール先生に教えられたことだ。

 でも、フェルンちゃんはムッスゥ顔。

 

「アナリザンド様。話が逸れます」

 

 冷たい一瞥でわたしを黙らせる。はい、すいません。

 

「フリーレン様、その歌以外に、何か変わったことは?」

 

「他には特にないかな。強いて言うなら、アナリザンドが突然振り向いて私と目が合った。それから、独り言のように何やら呟いた。一瞬だけ、部屋の空気が甘くなったような気がしたかもしれない。でも、たぶん気のせいだと思う」

 

「甘い空気、ですか?」

 

「うん。ほんの一瞬だけ。プリンの匂いとは違う、もっとこう、花の蜜のような……。でも、すぐに消えたから。たぶん、アナリザンドが何かしたんだろう。わたしは気にも留めなかった。どうせフェルンたちを驚かせようとしているのかって思ったから」

 

 フリーレンは、ちらりと私に疑いの視線を向けた。

 

 花の蜜? そんなことあったかな。

 私の記憶には、そんな覚えはない。

 フリーレンの勘違いか、あるいは、これも事件の重要な手がかりなのか。

 独り言については、もちろん記憶にあるよ。

 実際には、ちゃんとフリーレンに伝えたつもり。これからフェルンちゃんとカンネちゃんの仁義なきお菓子対決が始まるけど、師匠として姉として模範にならなくちゃという意味をこめて『教範になろう』って伝えたんだ。

 

「それからは何もなかったのですか?」

 

「うーん。そうだね。特にはなかったと思うよ。そのあと約束の時間近くなって、アナリザンドが椅子からたちあがって、フェルンたちの到着を待っていたように思う。そしたら、ラヴィーネが部屋の外からノックをする音が聞こえてきた。アナリザンドはドアを開けて、ラヴィーネを招きいれていた。それからは、お茶を用意しながら、フェルン達の到着を三人で待っていたんだ」

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

 フェルンちゃんはフリーレンに一礼すると、次に、その鋭い視線を私へと向けた。

 きた。いよいよ私の番だ。

 

「では、アナリザンド様。空白の15分間の状況を教えていただけますか?」

 

「うん、いいよ!」

 

 私は、胸を張って、できるだけ明るく答える。

 

「フリーレンの言う通り、わたしは窓際の椅子に座ってたよ。2時41分くらいかな。フリーレンはずーっとベッドの上で、魔導書とにらめっこしてて、本当に一歩も動かなかった。わたしは、せっかくだからフリーレンと少しお喋りしたいなって思ったんだけど、なんか、話しかけるなオーラがすごかったから、諦めてネットで面白い動画を見てたんだ。2時43分13秒くらいから視聴開始したよ」

 

 ちなみに、この部屋には時計がない。

 なのになぜわかるかというと、ネットに接続しているからだ。

 小窓の隅っこにはきちんと時計が表示されている。

 フリーレンはネットに接続していないから、そのあたりは曖昧だ。

 

「面白い動画、ですか?」

 

「うん。猫ちゃん決死のジャンプ! わずかに届かず落下っていうタイトルのやつ。すっごく面白くてかわいくて、何回もリピートしちゃった。あ、あとね、ゼンゼ先生のブログもチェックしてたかな。新しい更新はなかったけど」

 

「その間、フリーレン様が何か特別な行動を取ったということは?」

 

「んー、特別ってわけじゃないけど」

 

 私は、顎に指を当てて、考える。

 

「一回だけ、フリーレンがすごく小さな声でヒンメルって呟いたのが聞こえたかな。2時51分くらい。たぶん、魔導書を読んでて、昔のことを思い出したんじゃないかなって思ったよ。切ない声だったから、ちょっとだけ、キュンとしちゃった」

 

「そのときは偶然、昔ヒンメルに見せた魔法が魔導書の中に出てきてたんだよ」

 

 フリーレンがせつなそうに言う。

 

「どのページですか」

 

「えっと、ここかな」

 

 フリーレンが魔導書をフェルンちゃんに見せる。

 そのページには、『考えていることを言ってしまう魔法』が掲載されていた。

 わたしにその魔法を使ったのは、その記憶が鮮明に甦っていたからだろう。

 

「ありがとうございます。それでアナリザンド様。そのあと特に変わった様子は?」

 

「んー。それくらいかなぁ。フリーレンは、本当に真面目に本を読んでたよ。2時55分32秒くらいに、ちょっとあくびして、それから眉をぎゅっとしてから、ふむふむなんて言ってたりもしたけど。わたしもそろそろフェルンちゃんたちふたりが到着するかなーって思って、『教範になろう』って伝えてから、椅子から立ち上がって出迎えようとしたよ」

 

「教範になろうとは?」

 

「師として無様に争ったりしないようにしようって意味だったんだけど、フリーレンには伝わらなかったみたい」

 

「フリーレン様がおっしゃっていた花の匂いは?」

 

「しなかったと思う」

 

「それからはどうしました?」

 

「それから――、えっと確か3時くらいになって、ドアを叩く音がしたんだ。ラヴィーネちゃんが足でドアを蹴ってる音だって気づいた。お盆を持ってるラヴィーネちゃんはそうせざるをえなかったんだよね。だから、わたしがドアを開けたの」

 

「ラヴィーネ様?」フェルンちゃんが裏をとる。

 

 ラヴィーネちゃんは軽く頷く。

 

「何時ってのはわからないが、アナリザンドがドアを開けてくれたのは確かだ」

 

「それから、お茶の入ったポットと空のカップの乗ったお盆をラヴィーネちゃんがベッドの上に置いて、お茶会の準備が完了したの。3時5分30秒くらいかな。約束の時間は3時10分くらいだったから、余裕をもって準備したといえるよね。さすがラヴィーネちゃん、お嬢様って思ったよ。それからふたりが部屋の中に到着したのはわかるよね。3時8分42秒ジャスト。ふたりともほぼ同時だったかな。べつに早いもの勝ちってわけじゃないのにって、少しおもしろかったって覚えてるよ」

 

 どうだろう。

 わたしの詳密なデータにぐうの音も出ないはずだ。

 言うまでもないが、ここまで、フリーレンもそしてわたしも一切プリンには触れていない。

 

 あえて言えば、ドアを開けた瞬間とかのわずかな時間においては、フリーレンの行動を観察しきれていないところはあるけれど、いくらなんでも同じ時間に同じ部屋にいたのだから、なんらかの異常行動があれば、すぐにわかると思う。

 

 それに、ストレージという魔法も、魔法である以上、絶対に発動したら探知可能だ。

 魔族は魔法に敏感なのである。わたしだって魔族の端くれだ。それくらいはわかる。

 

「それまでの間に、おふたりは魔法を一切感知されなかったのですよね」

 

「うん」ふたりとも頷く。

 

「そして、誰かが訪れた気配もなかった」

 

「そうだよ。部屋の中にはフリーレンとわたししかいなかったと思う」

 

「窓からもですか?」

 

 フェルンちゃんが窓辺に近づく。

 綺麗に磨かれた小窓は、陽光が入りこみ、向こう側をはっきりと見せている。

 ここは二階。よじのぼってくるようなベランダというものがない。

 あえて言えば、鳥は普通に窓ガラスをつっつくことぐらいはできるだろうが、普通の鳥なら、小窓を開けてということはできないだろう。ガイゼルのような大型の鳥だったら可能かもしれないが、わたしもフリーレンもそんな鳥は見ていない。

 

「もちろん、窓からは誰も入らなかったよ」

 

「ここで、アナリザンド様は窓の外を観察していた。と、そういうことですか」

 

「うん。そうだよ」

 

 窓辺に設置された椅子。ちょうど壁を背にする形になっているから、お行儀が少し悪いかもしれないが、わたしは、椅子の背もたれ側にお腹をくっつけるようにして窓を望んでいた。フェルンちゃんたちがいつ帰ってくるかなーと、そわそわしていたのだ。

 

「なるほど……わかりました」

 

 フェルンちゃんは委細承知というふうに答えた。

 

「私、犯人がわかったかもしれません」

 

 名探偵フェルンちゃんの頭脳の前には、犯人の姑息な罠などお見通しだったのである。

 

 

 

 

 

【メルクーアプリン密室消失事件・解決編】

 

 

 

 

 

 まず状況を説明してみます。

 

 繰り返しになりますが、この部屋は一時間ほどの間、私とカンネ様は不在でした。こっそり帰ってくるということも可能かもしれませんが、いずれにしろ、フリーレン様やアナリザンド様がお部屋の中にいる状況で、私やカンネ様が魔法の妙手であるお二方に気づかれずにプリンに到達する可能性は無いと言ってもいいでしょう。

 

 もちろん、お望みとあれば菓子屋で購入した時間と宿屋までの距離をアリバイとしてご提示してもよいです。少なくとも私は、カンネ様に勝つために必死でした。時間いっぱいギリギリまで使って、最高のお菓子を購入しようとしていたのです。カンネ様も同じだったのではと思います。どうやら地元では有名なお店らしいですし、その新作のケーキ。並ばなければ買えないものだったのではないでしょうか?

 

 そうですか。いえ、カンネ様のお言葉を疑っているわけではありません。ひとつひとつ可能性をつぶしているだけなのです。これで、私とカンネ様は犯人候補からひとまずはずれたと考えてよいでしょう。

 

――外部犯の否定。

 

 それで、次に考えたのはラヴィーネ様ですが、ラヴィーネ様は、アナリザンド様の証言によれば、2時41分頃から、3時頃まで、正確には15分ではなく20分ほどおひとりで行動していたわけですね。

 

 では、その20分の間に、ラヴィーネ様が部屋に戻り、プリンを隠したという可能性はいかがでしょうか。この点については、動機という点では説明がしにくいですが、その点はひとまず置いておいて、物理的なあるいは魔法的な可能性だけで考えてみます。

 

 結論から言うと、ラヴィーネ様の実力では、失礼ながらフリーレン様やアナリザンド様の魔力探知をかいくぐり、おふたりから気取られずに、プリンを奪うというのは絶対に無理とは言えないまでも、月を破壊するくらい難しいことなのではないかと思います。

 

 では――、三人が共犯なら?

 

 この部屋にいた三人、つまり、フリーレン様、アナリザンド様、そしてラヴィーネ様が共犯だったとしたら、どうでしょうか。

 

 この可能性はわずかながらも常にありえます。そして多くのことが説明可能です。

 

 動機として見ると不可解なことこのうえないですが、少なくとも物理的な面でみれば、いくらでもやりようがあるでしょう。私とカンネ様が帰ってくる前に、三人でプリンを食べてしまえばいいのです。そして、誰かしらのストレージの中に隠してしまえばいいのですから。

 

 ですが――、この見解もすぐに消えました。

 

 なぜかと言えば、アナリザンド様の証言ですね。少なくともアナリザンド様自身はご自身が犯人ではないと、フリーレン様の魔法によって証明されています。魔法の真贋くらいは私でも可能ですから、アナリザンド様が嘘をついていないということは、アナリザンド様が犯人ではないという発言が真ということになり、お三方が共犯関係ではなかったということが証明されています。

 

 そして、ラヴィーネ様とフリーレン様が共犯だった場合についてですが、これも難しいと言わざるをえません。ラヴィーネ様とフリーレン様が共犯だった場合、アナリザンド様の視線をそらすことができたのは、ラヴィーネ様がドアを開けた一瞬だったかと思いますが、その一瞬でもフリーレン様がアナリザンド様に気づかれずにストレージの魔法を使えたでしょうか。

 

 それは無理なのです。いかなる魔法使いも魔法を使った瞬間に、その魔法は探知されうる。その場にいたら、必ずバレます。ましてや魔力に敏感な魔族です。アナリザンド様が気づかないわけがございません。

 

 そういった次第で、ラヴィーネ様とフリーレン様が共犯であったという仮定も、あえなく潰えました。

 

 となると、やはり、この()()()()()()()()()()()()()でプリンを消すことができたのは、この部屋にいたおふたりのうちのどちらか、ということになります。しかし、おふたりとも魔法を使った形跡はない。魔法を使わずに互いに気づかれずにプリンを隠すことはできそうにありません。

 

――矛盾しています。

 

 ですが、この矛盾こそが、真相を指し示しているのです。

 

 ここからは、フリーレン様とアナリザンド様、おふたりの証言を、もう一度、丹念に検証させていただきます。

 

 まず、フリーレン様にご質問です。

 

 アナリザンド様が『変な歌』を歌い終わるのとほぼ同じタイミングで、アナリザンド様が振り向いて独り言をつぶやき、その後『花の蜜のような甘い空気』を感じたと証言されました。ですが、その匂いはプリンとは違う、と。そして、アナリザンド様が何かしたのだろうと推測なさいましたよね。

 

――肯定。

 

 あくまで、アナリザンド様が()()()()()()()、フリーレン様はその動きにつられて魔導書から視線をはずしたのですよね。

 

 では、アナリザンド様。その時間帯、午後2時55分頃に、フリーレン様が『ふむふむ』と呟くのを聞いた、と証言されました。その時、アナリザンド様は窓の外を見ていたはずです。なぜ、背後のかすかな呟きまで、正確に聞き取れたのでしょうか。

 

 魔族は耳がいい?

 確かに、アナリザンド様は情報蒐集能力に優れております。

 ネットの創始者として、耳が良いということは私も識っております。

 

 ですが――、なぜ動画を見ながら、『ちょっとあくびして、それから眉をぎゅっとして』なんて詳密なフリーレン様のご様子をうかがい知ることができたのでしょう。

 

 フリーレン様は魔導書を集中して読まれておりました。そして、アナリザンド様が振り向いたからこそ、いったん魔導書を読む手を止めたのです。フリーレン様が『ふむふむ』と魔導書になんらかの知見を得たのかはうかがいしることはできませんが、少なくともそのお言葉は、まったくの自然です。ですから――、つまり、アナリザンド様が振り向く前に、フリーレン様のお姿が見えてきたことになるのです。

 

 窓に映ったかもしれない?

 

 いいえ、それもありえません。なぜなら、昼下がりの窓は輝度がきわめて高いからです。屋外から室内に入ってくる透過光の量が、室内で反射して窓に向かう反射光の量よりも遥かに多くなります。陽光に照らされた窓は、反射するよりもまず、向こう側を映してしまいます。鏡のようにはなりえないのです。

 

 物理的にありえない状況がどうして生じているのか。

 

 ここで思い出してみたいのは、アナリザンド様が犯人ではないという見解は、あくまでフリーレン様がかけた"考えていることを言ってしまう魔法"の効果を信じたためです。ですが、この魔法には限界があります。ハイター様が『人間関係を壊すから使うな』と警告したように、完全な真実を保証するものではありません。人の記憶には曖昧な点が数多くありますし、時には真実と反している事実も思いこむことができますから。

 

 アナリザンド様。あなたが教えてくださったことです。

 人は人の見たいように見る。人間は幻想の世界を生きている。

 

 この考えに至ったとき、私はひとつの魔法を思い出しました。あの名もなき村でフォル様をお救いなさろうとした魔法。そして、エーレ様の創った乙女ゲームにかけられた呪い。

 

 そう、

 

――楽園へと導く魔法(アンシレーシエラ)

 

 記憶すら改竄し、現実の認識をねじまげる魔族の呪いです。

 

 ええ、もちろん、アナリザンド様がおっしゃるように、フリーレン様の目の前で呪いを使えば、いくら魔力探知ができずとも視認は可能なはずです。

 

 ですから、アナリザンド様は、ご自身とフリーレン様、おふたりに同時にアンシレーシエラを使い、記憶を改竄したのだと思います。

 

 証拠?

 

 簡単なことです。アナリザンド様。ストレージをご確認ください。

 それで、私の推理がただの妄言か、ハッキリするはずですから。

 

 

 

 

 

 ポト。ポト。ポト。ポト。ポト。

 でてきちゃった。プリンの器。あれ? でも5つ?

 まあ、数はどうでもいい。空の器。それが動かぬ証拠でした。

 

 わたしは床につっぷしながら、証拠をつきつけられた犯人のように動くことができない。

 

「食いしん坊魔族」

 

 ボソっとフリーレンが呟く。

 

「うう……」

 

「いえ――、おそらく私の推理が正しければ……」

 

 フェルンちゃんが何か言いかけて言葉を止めた。

 もしかするとわたしを弁護してくれようとしたのかもしれないけれど、誰が犯人かは明白。責任の所在はわたしにある。

 

 もはやこれまで。

 

 まったく覚えてないけど、フェルンちゃんが言う通り、わたしは自分自身とフリーレンの記憶を改竄したのだろう。

 

 何故なのかは、わたしにもわからん! 本当に覚えてないの。

 

 これはすごく気持ち悪い状況だ。フリーレンもまさか自分に呪いがふりかかってるとは思わなかったらしく、すわ焼肉の再来かと、不機嫌そうにわたしをにらんでいた。

 

「お騒がせしてごめんなさい。すぐに思い出すよ」

 

――解呪。

 

 わたしは自分自身と、そしてフリーレンに向かって、そっと手をかざした。淡い光がふたりを包みこみ、まるで霧が晴れるかのように、私たちの脳裏にかけられていた薄い靄が消えていく。

 

 フリーレンのほうは、何年も積層された記憶が、わずかに解呪の難易度をあげていたけど、ほんのちょっと前の呪いを解くくらいは簡単だ。ヨシ。

 

「解呪、完了。……じゃあ、ここからは、事の顛末をお話しするね」

 

 

 

 

 

 ラヴィーネちゃんが部屋を出て、お茶の準備に向かった2時40分頃。

 

 わたしは、フリーレンに話しかけようかずっと迷っていた。

 話題はいくらでもある。二次試験に向けての抱負。宣戦布告。フェルンちゃんたちのいさかいを止めるために一時的にでも仲良くしようとか。あるいは、ヒンメルのこととか。

 

 でも、フリーレンはものすごく塩対応だった。

 わたしが、じっと見つめていても、魔導書から視線をはずさない。

 

 最初は気のないフリして、猫の動画とかを見て気をまぎらわせてたんだけど、やっぱりフリーレンのことが気になってしかたがなかった。

 

 だから、フリーレンの気を惹くために、わたしはフリーレンが無視できない行動をとることにしたんだ。わたしはベッドに座るフリーレンに近づき、

 

「ねえ、フリーレン。いっしょにプリン食べようよ」と言った。

 

「これは、ラヴィーネが私のために買ってきてくれたものだ」

 

「違うよっ! これはそもそもラヴィーネちゃんがみんなで食べようと思って買ってきてくれたんだよ。ほら、数も5つあるし!」

 

 紙袋をあけて中を覗き込むと、プリンの容器が底のほうに5つ並んでいる。

 カラメルとベリーソースの香りが一気に部屋中に広がり、わたしは甘い空気に酔いしれた。

 

「おまえが食べたいだけだろう。好きにすればいい。私は食べない」

 

「じゃあ好きにするね。おお、サービスいいな。木のスプーンつきだよ。かわいい」

 

 小さなスプーンつき。そして、器は……なんだろう。プラスティックではないと思うけど、超薄いワイングラスか何かかな。まあ魔法的な何かで創りだしたんだろう。魔法サイコー。

 

 プリンはあっという間になくなっちゃった。

 

 ふぅ。満足――。

 

「ふっふっふ。フリーレンも甘いねー」

 

「なにがだ」

 

「ここにプリンが全員分あって、対決が終わったあとどうなると思う」

 

「みんなで食べる。おまえの分はない」

 

「そうだね。でも、わたしは哀しげな顔をして、こういうの。我慢できなくて食べちゃった。優しいフェルンちゃんたちはどうすると思う?」

 

「おまえまさか。フェルンたちにせびるつもりか」

 

「まあ、そんな感じかなっと――」

 

 この知将アナリザンドの策謀に、フリーレンはドン引きしてた。

 ともかく、フリーレンが食べないというのならしかたない。

 少し残念だったけど、わたしはフリーレンとわずかばかり話せて満足。そういう意味での満足でもあったのだ。

 

「そうはさせない――」

 

 それは驚くべき光景だった。

 フリーレンはむんずっと、紙袋の中からプリンを取り出して、おもむろにプリンを食べ始めたのだ。わたしの策謀を破壊するために。もしくは、単純にわたしが食べている姿を見て、自分も食べたくなったのか。真相はわからない。答えは藪の中。いや、胃の中。

 

 ともかく、数が三つになってしまえば、順当に配れば、残りをフェルンちゃん、カンネちゃん、ラヴィーネちゃんたちで配るほかない。

 

「なかなかやるね。フリーレン。30年もかけた我が策謀を打ち砕くとは……」

 

「私は千年以上生きた魔法使いだ」

 

 そこで年齢マウントとらんでも。

 

 でも、そこでひとつ問題に気づいてしまったんだ。

 

「あれ……。え、まさか! あーーーっ!」

 

「うるさい。気が散る」

 

「見て、フリーレン。プリン5つだと思ってたけど、違った!」

 

 わたしはプリンだと思っていたひとつの器を取り出して見せた。

 それは追いベリー。つまり、プリンにあとからかけるベリーソースだけが入った器だった。

 もとからプリンは4人分しかなかったことに気づいた。

 わたしとフリーレンがひとつずつ食べちゃったから、残りは2つしかない。

 

「え……? な、アナリザンド、おまえまさか」

 

「ち、違うよ。本当に知らなかったの。いくらなんでも妹ちゃんたちが哀しむことをするはずないでしょ。それにフリーレンだって食べたじゃん」

 

「おまえのせいだ」

 

「フリーレンも悪い!」

 

 一歩も引かないライバル関係。フェルンちゃんとカンネちゃんの戦いを想起させる。

 でも、いがみあいながらも罪悪感を押しとどめることはできない。

 

 これではお菓子対決のあとに、すべてが丸くおさまっても、あとからプリンの話になったら、また不和が生じてしまいかねない。

 

「ここでいがみあっててもしょうがないよ。もうこうなったら、ふたりで残りを食べちゃって、このプリンは最初から()()()()()()にしよう! それしかないよ。共犯関係になろう!」

 

「べつに食べなくても、残りをストレージに収納しておけば問題ないだろう」

 

「対決前に食べる流れになったらどうするの? 対決のノイズになるかもしれないから食べてってお願いされたら? ラヴィーネちゃんはある意味、今回の対決ではわたし達よりも公正な審判役なの。その可能性だってあるよ! そうしたら、プリンの数が足りなくて、誰に配るかという決断をフリーレンが担うことになる。だって、プリンの所有権はフリーレンに移ってるから!」

 

「私が全部食べたことにすればいい。問題にはならないはずだ」

 

 フリーレンは、あくまで一人で罪を被ろうとする。

 

「ダメだよ!」

 

 わたしは、即座にその提案を否定した。

 

「そんなことしたら、フリーレンだけが悪者になっちゃうじゃない! フェルンちゃんはフリーレンを責めないかもしれないけど、カンネちゃんやラヴィーネちゃんは、きっとフリーレンのことを食いしん坊の意地悪エルフって思うよ! それはダメ! 絶対にダメ!」

 

 わたし、少し泣いちゃってるかもしれない。

 このエルフは誤解されることを恐れていない。というか、人からどう思われようが、自分にしっかりとした芯があればそれでいいというか。だから氷のように冷たいと思われがち。

 

「おまえには関係ないだろう」

 

「関係あるよ。だって、ヒンメルなら絶対にフリーレンを助けようとするはずでしょ。わたしの中にもヒンメルは、ちゃんといるんだから!」

 

「……じゃあ、どうしろって言うんだ」

 

 フリーレンの声にも、迷いの色が浮かんだ。

 

「だから共犯だよ! ふたりで食べれば、それはもう事故みたいなものだよ! ね?」

 

 わたしは、半ばヤケクソで残りのプリンの一つを手に取ると、フリーレンに無理やり握らせた。そして、自分も最後の一つを手に取る。

 

 時計の針は、午後2時57分を指していた。もう、時間がない。

 

 フリーレンは、しばらくの間、手に持ったプリンと、必死の形相のわたしの顔を交互に見つめていた。そして、諦めたように、ふぅ、と長い息を吐いた。

 

「……おまえは、本当に、馬鹿な魔族だ」

 

 その言葉とともに、ふたりはまるで示し合わせたかのように、最後の一つを、それぞれの口へと運んだ。

 食べ終わった後、フリーレンは、『フェルンの分も食べちゃった』とメソメソ、らしくもなく俯いていた。順当にいけばフェルンちゃんも食べられたかもしれない未来が潰えてしまったこと。そして仮弟子とはいえ、ラヴィーネちゃんの想いを踏みにじってしまった罪悪感に苛まれていたのだ。

 

「……このままじゃ、お菓子対決どころじゃないよね」

 

 わたしは、後先を考えなかった。

 

 民間魔法で、要介護状態のフリーレンのお口の中をウォッシュし(フローラルの香り)、もちろんわたし自身もマウスウォッシュ。それから禁呪へ手を伸ばす。

 

 いずれ、わたしは断罪されるだろう。

 いずれ、罪は、追いつくだろう。

 それでもいい。

 誇り高き妹ちゃんたちのお菓子対決に瑕をつけるわけにはいかない。

 

「――楽園へ導く魔法(アンシレーシエラ)

 

「ちょ、ま」

 

 光がふたりを包み、罪悪感も、焦りも、後悔も、そして食べたプリンの記憶さえも、全てが都合のいい物語へと書き換えられていったのである。

 

 完。

 

 

 

 

 

「勝手に終わらせないでください。それで、フリーレン様。今の話は本当ですか?」

 

 フェルンちゃんが裏取りしてる。

 罪はついにわたしに追いついてしまった。わたしもフリーレンもメソってる。

 

「まあ概ね本当だよ。でも、こいつの言葉に乗ったわけじゃない。私も確認不足でプリン一個食べちゃってたから……それで……焦ってたんだ。正常な判断ができなかった」

 

「焦ってると計算力落ちるからね。しょうがないよね」

 

「やっぱり、アナリザンドが悪い」

 

「フリーレンも悪いよ。わたしは絆を深めるアイテムとして使おうとしただけ」

 

「おまえが煽ってくるからだ」

 

「煽られて食べちゃったんだ。食いしん坊エルフだね!」

 

「食いしん坊はおまえのほうだろ」

 

「おやめください」フェルンちゃんがピシャリと言い放つ。

 

「はい」わたし達。ベッドの上で正座です。

 

「アナリザンド様。プリンを食べようという流れにならなければ、どうなされるおつもりだったんですか」

 

「えっと、紙袋は残してるし、最悪フリーレンが気づくでしょ。そうしたら、わたししか犯人はいないってわかるだろうから、わたしもいずれは呪いの存在に気づく。で、こっそりあとから呪いを解除しておけば、なにも問題はないかなーって」

 

「ずいぶんと杜撰な……」

 

「しかたなかったの。本当に時間がなかったんだから」

 

「怒られてやんの」ふ、フリーレン!? このエルフぅ!

 

「フリーレン様も同罪です」

 

 見ろよぉ、あの顔を。

 

「怒られてやんの! へへっ」

 

「アナリザンド様、怒りますよ」

 

「はい。申し訳ございませんでした」謝罪ザンド。

 

 しばらくの間、フェルンちゃんによる、それはもう丁寧で、理路整然とした優しいお説教が続いた。わたしとフリーレンは、ただ「はい」「ごめんなさい」と繰り返す機械のようになっていた。

 

 その様子を、カンネちゃんたちは、最初は面白そうに、やがて、どこか微笑ましそうに見守っていたように思う。真の支配者は誰なのか。姉と師を思いのままに動かす姫君は誰なのか。カンネちゃんも気づいたのだろう。

 

 やがてフェルンちゃんは、今まで抑えていた微笑を浮かべた。

 叱るときに笑ってちゃサマにならないからね。我慢してたんだ。

 

「でも……。おふたりが、そうやっていがみ合いながらも、私達を誰一人傷つけず、守ろうとしてくれて、私は、少しだけ嬉しかったです」

 

「フリーレンもお姉ちゃんも優しいよね。案外、相性いいのかもよ」カンネちゃんも同調する。

 

「それは絶対にないと思うな」フリーレンはやはりエルフの塩。

 

 でも、わたしはそうだったらいいなと思ったりもしてる。

 

 そんな私たちの様子を見て、今まで黙っていたラヴィーネちゃんが、ちょっとだけ面倒くさそうに、たぶん照れ隠しをしながら、提案する。

 

「ったく。しょうがねぇな。こうなったら、みんなでカフェにでも行くか。プリン食べに」

 

「お、いいね。ラヴィーネのおごりだよ」カンネちゃんのお調子者。

 

「いいですね。行きましょうか。フリーレン様もアナリザンド様もいかがです?」

 

「私も行っていいの」

 

「もちろんです。いっしょに行きましょう」

 

 スイーツは、やはり別腹なのである。スイーツにとっても。

 

 気づけば、密室の中で消えてしまった4つのプリンは、5つに増えて目の前にあった。

 まるで魔法のように不可解な出来事だけど、このミステリの答えは簡単だ。

 

 わたしはいつのまにか手に入れていたらしい。

 かけがえのない人たちとの、賑やかで、ちょっぴり騒がしい時間を。

 

 あなたは、小さな果実に囲まれて、甘い卵の匂いがする。

 

 

 

 




なんか唐突にミステリを書きたくなっちゃいまして……。
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