魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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零落の王墓再び

 

 

 

 一次試験を乗り越えた者たちが再び集う。

 

 その顔には、選抜試験初日のような浮ついた興奮はなく、代わりに次なる試練への覚悟と緊張感があらわれていた。

 

 総勢二十一名。彼らが集められたのは、オイサースト近郊にある、古代の遺跡――いつしか『零落の王墓』と呼ばれるようになったダンジョンの前だった。

 

 時を経て表情さえもわずかに風化した巨大な石像が立ち並んでいる。ダンジョンへの入口は、その石像の合間に等間隔で開いている。つまり、入口は複数あった。

 

 門の前に静かに佇むのは、二次試験の試験官、ゼンゼ一級魔法使い。

 

 ゼンゼはひとりひとりの顔を確認した。アナリザンドに視線を向ける際に、少しだけ頬が緩んだように見えた。かつて、この零落の王墓をクリアした際の記憶が甦っているのだろう。

 

 だが、そのことは明らかにされてはいない。

 アナリザンドも、カンニングになったらいけないと思って、お口にチャックしている。

 

「これより、二次試験を開始する。舞台は、この零落の王墓」

 

 ゼンゼがよく通る声で言った。

 背後にある零落の王墓からは、死者の魂が、静かに語りかけてくるようだ。

 そんな雰囲気に飲まれたわけではないが、受験者たちの幾人かは、手のひらを握りしめた。

 

 この零落の王墓は難攻不落とされているからだ。

 ゼンゼとアナリザンドは、試験の下見に来た際に、このダンジョンを、()()()()()()攻略してしまったのだが、そのことはネットでは伏せられていた。

 

「試験内容は単純明快だ。24時間以内に、このダンジョンの最深部に到達すること。最奥に辿り着いた者は、その時点で合格とする。パーティでの行動を推奨するが、最終的には個人の到達をもって合否を判定する」

 

 一次試験とは異なる個人単位での合格条件。

 そのことに、安堵する者、そして新たな戦略を巡らせる者の思惑が交錯する。

 

「一次試験と同様に、レルネンのゴーレムは君達を命の危機から守る。安全性については君達のほうがよく知っているだろう。一次試験での実証試験は実に有意義だった。レルネンも喜んでいたよ。まあ君達は使わなかった側だがね」

 

 ゼンゼが人形のように無表情のまま、髪の毛を伸ばして、それぞれに瓶に入った小型のゴーレムを渡した。

 

「ちっちゃ」カンネがその瓶を不思議そうに見つめる。

 

「瓶が割れると巨大化する。だが――、一次試験と異なるのは、ゴーレムの使用は君達の判断に委ねられるということだ。この瓶を、自らの意志で破壊した時、ゴーレムは起動し、君達をすぐさま安全な場所へと退避させるだろう。だが、それは同時に、試験からの脱落を意味する」

 

 ざわ、と受験者たちの間に動揺が広がった。自動的な救済はない。

 自らの限界を、自らの手で見極めろというのか。

 

「致命傷を負ったとき、撤退の判断もできないようでは、一級魔法使いには到底なれない。君達の賢明な判断を期待する」

 

 冷徹な宣告。しかし、ゼンゼはそこで一旦言葉を切り、どこか遠い目をして続けた。

 

「ひとつ忠告しておく。このダンジョンは、私が知る限り、いまだ()()()()を成し遂げた者はいない。かつて、大陸魔法協会の先遣隊ですら、多大な犠牲を払って撤退を余儀なくされた。……私自身も、ここで一度、殺されかけている」

 

 その告白は、どんな脅し文句よりも、このダンジョンの危険性を雄弁に物語っていた。一級魔法使いであるゼンゼですら、死の淵を覗いた場所。受験者たちの顔から、血の気が引いていくのがわかる。実力のある者ほど、ゼンゼの魔力の気配すら感知できないことに、畏れを抱いていたからだ。

 

 その、張り詰めた空気を打ち破ったのは、一人の男の無謀なまでの自信だった。

 

「ハッ、脅しかよ。一級魔法使いさんもたいしたことねーな」

 

 トーンだった。彼は、ゼンゼの警告を鼻で笑うと、誰の制止も聞かず、真っ先に暗いダンジョンの入り口へと足を踏み入れようとする。

 

「おい、待て!」デンケンが鋭く声をかける。「この試験はパーティ戦ではない。逆に言えば、いくらでもパーティを組んでもよいということだ。単独行動は愚策だぞ!」

 

「あんたも自信がないんだな」トーンは言った。

 

「この状況では臆病なくらいがちょうどよい。それがわからんか」

 

「天国に片足つっこんでるような爺さんには言われたくねーな」

 

 まったく聞く素振りがなかった。

 トーンは自信家なのだ。一次試験もまったく頼りにならないように見えた、小さい女の子をかわいがってるメトーデ。されるがままのレンゲ。守らなければ、自分も失格になるから、やむをえなくフリーレン討伐にはのりださなかったが、単独行動のほうがよほど気楽だったのである。

 

「トーン君、ひとりで行っちゃうの?」

 

 アナリザンドが、心配そうに声をかける。

 しかし、トーンは忌々しげに彼女を睨みつけた。

 

「魔族の言葉なんか信用できるか。おまえのせいで、一次試験はメチャクチャになっただろうが! いまさら仲良しごっこなんかできるかよ。俺はひとりで行くぞ!」

 

 とてもフラグ。

 

 彼はそれだけ言い残すと、振り返ることなく、遺跡の闇の中へと姿を消した。

 面倒くさいので、先に結果を語るが、トーンは合格できなかった。失格である。

 

 その無謀な行動に触発されたのか、あるいは元よりそのつもりだったのか、他のいくつかのパーティも、互いに目配せをし、動き出そうとする。

 

 一次試験で芽生えた仲間意識が逆に全体の結束をはばんでいる。特に、エーデルとその付き人たちは、他の実力者たちと距離を置き、静かに独自のルートを探ろうとしているようだった。

 

 その、淡い結束が霧散しかけた、まさにその時――。

 

「みんな、待って!」

 

 アナリザンドの、凛とした声が響き渡った。

 

「トーン君の言うことも一理ある。でも、バラバラで動いたら本当に危ないよ。このダンジョンは、わたし達が思っている以上に厄介な何かが潜んでるような、いないような……そんな感じがするような、しないような……」

 

 アナリザンドが、言いながらゼンゼのほうを猛烈にちらちら見ていた。

 

 もちろん、それは試験のルールに抵触しないギリギリを狙っているアナリザンドなりの配慮だったのだが、当然みんなにはバレバレである。

 

 ゼンゼも、思わずクスっと笑ってしまった。

 

「アナリザンド、おまえは何を知っている?」フリーレンが静かに問いかけた。

 

「知っている、というか……」アナリザンドは一度言葉を切り、再度ゼンゼへと視線を送った。ゼンゼは、静かに頷き、発言を促す。

 

「うん。実はね。ここにはゼンゼ先生といっしょに来たことがあるんだ」

 

「マジかよ」とラヴィーネ。

 

「じゃあさ。アナお姉ちゃんにダンジョンのこと聞くのはオーケーなの? ゼンゼ先生?」

 

「かまわない」ゼンゼが静かに答えた。「ダンジョン攻略の鍵は情報を収拾し、分析する能力にあるといえる。君たちはその鍵を見つけた。共有することを許可する」

 

 その言葉を受け、アナリザンドは集まった全員に向き直った。

 

「このダンジョンの主は、水鏡の悪魔(シュピーゲル)。侵入者の記憶や能力を写し取る、鏡の魔物だよ。だから、中には罠や魔物だけじゃなくて、もっと厄介なものがいる。……私たちの()()()――シャドーがね」

 

 シャドー。不吉な響き。

 

「シャドーは、私たちの能力や戦い方を完璧にコピーしてくるんだよ。そして、躊躇いも心もない。ただ、私たちを排除するためだけに動くマシンみたいなものなんだ。ゼンゼ先生が殺されかけた相手は――わたしのシャドーだよ。先生が死んじゃうかと思って、すごく怖かった」

 

 アナリザンドの説明は、トーンの離脱とは比較にならないほどの衝撃を、受験者たちに与えた。自分自身と戦う。それも、一切の感情を持たない完璧なコピーと。その絶望的な構図を前に、誰もが言葉を失う。

 

「それと、もう一つ大事なことがあるんだけど……」アナリザンドは続けた。「シャドーの強さは、コピー元の魔力に左右されるんだよ。しかも、シュピーゲルは光の速さでコピーするから、魔力を抑えた状態から一気に魔力解放して倒そうとしても無駄かな。わたしが単独踏破しようとしてもできなかった理由がそれだよ」

 

 ちなみに、シュピーゲルのいる最奥へ直接空間跳躍すれば、ダンジョン踏破は可能である。そんなやり方はゼーリエもゼンゼも認めないだろうから、そのことは言わなかったが。

 

「つまり」デンケンが呟く。「最も魔力量の高い者が、事実上のラスボスになるというわけか」

 

 全員の視線が、自然と二人の存在へと注がれた。

 千年の時を生きた伝説の魔法使い、フリーレン。

 そして、その力の底が見えない、謎多き魔族の少女、アナリザンド。

 

 少なくともデンケンはアナリザンドの魔力量が数百万に達したことを知っている。

 直接見ておらずとも、あれだけの"呪い"をフリーレンにもたらした存在の魔力量は、少しでも魔法に心得があるものであれば、自然と了解しうるものだった。

 

 レンゲとカンネだけはちょっとだけ不思議そうな顔だったが。

 

「そのラスボスなんだけど、だいたい扉の前で出待ちしてることが多いみたいだよ」

 

「アナリザンド。おまえの魔力は普段、60くらいだよな。じゃあラスボスはフリーレンってことでいいのか」ヴィアベルが聞いた。

 

「ダンジョンの入り口でスキャンされてるみたい。つまり、ダンジョンに足を踏み入れる際にわたしの魔力値をひきあげておけば、フリーレンじゃなくてわたしがラスボスになると思う」

 

「じゃあ、フリーレンにも魔力を抑えてもらえば、フリーレン以外がラスボスになるのか? この爺さんあたりがなりそうだが、フリーレンよりはだいぶマシだろうぜ」

 

「それも違うかな。シャドーたちは現在の魔力値を参照してるけど、ラスボスの選定はもっと精密におこなってるよ。いくらフリーレンが魔力をゼロに抑えても、本質は隠しきれないと思う」

 

「じゃあ、おまえはどうなんだよ」

 

「わたしの場合は借り物の力だから。自由に設定が可能です。シュピーゲルにもバレません」

 

 胸を張るアナリザンド。借り物の力なのに偉そうである。

 

「つまり、儂らはどちらがラスボスになるか選べるというわけだな」とデンケン。

 

「そうなるね。フリーレンとわたし、どっちがいい?」

 

 どっちのが好き? と聞きたげな。あざとかわいいムーブをかますアナリザンド。

 試験の緊張感が台無しである。

 

「そういや、ゼンゼ先生はいかないのー」

 

 ユーベルがまったく別のところから意見を出した。

 ゼンゼのシャドーが闊歩するかしないかでは、試験の難易度はまったく異なってくる。

 

「私は行かない。ここで君達の帰りを待っているよ。それと言い忘れないうちに言っておくが、シュピーゲルは大陸魔法協会の備品として大切に保管されている。もしも破壊してしまったら、その時点で全員不合格とする」

 

「あの馬鹿がひとりで行っちまったが、それはいいのか?」ヴィアベルが聞いた。

 

「情報収集もできない馬鹿に、このダンジョンが攻略できるとは思えない」

 

「ちょっと待て」ラヴィーネが口を挟む。「確か、シュピーゲルは複製体を無限に生み出すんだよな。シュピーゲルを破壊しなかったら、何度も襲い掛かってくる複製体たちにすりつぶされちまうんじゃねーか」

 

「ボタンをつけてきた」

 

「ボタン?」

 

「シュピーゲルを設置してある台座に、押しボタン式の魔力制御装置をつけている。ワンプッシュでオンオフ可能だ。破壊するよりもよほど簡単で手間がないと思うが」

 

「神話時代の魔物になんてもんつけてんだよ」

 

「親切設計だろう。最奥に設置されたボタンを押せば、シャドーは消え、脅威は完全に去る。その時点で試験合格はほぼ確実だ。アナリザンドがどうせ言うだろうからあらかじめ言っておくが、このダンジョンは比較的短く階層も浅い。何事もなければ、3時間もあれば最奥に到達可能だ」

 

「ならば、パーティ分けは必須だな」デンケンが重々しく口を開く「あの先走った若造のように単独行動は無謀だ。シャドーの出現ポイントは予測不能。誰かが最奥のボタンにたどり着く可能性を高めるには、複数パーティで分散し、連携を取る必要がある」

 

「デンケンの言う通りだな。一次試験のしがらみもあるだろうから、全員が全員、相性がいいとは思わんが、一次試験のパーティを組んだ経験に、比較的フリーランスのものを割り振る形をとればどうだ」リヒターが言った。

 

「ならば話し合いだな」

 

 自然と輪になって話し合う。

 アナリザンドも人の輪にくわわる。フェルンの傍なのはご愛敬だろう。

 カンネが競うようにアナリザンドの傍にくわわる。

 妹サンドイッチでご満悦のご様子。

 

 結果、下記のようなパーティ分けが決まった。

 

 第1パーティ(フリーレン、フェルン、アナリザンド、ラヴィーネ、カンネ)

 フリーレンと愉快な仲間たち。ちゃっかりまぎれこむアナリザンド。

 そして、かわいい妹たちで囲うという、アナリザンドにとっては最高のパーティだった。

 だが、その実力は、全パーティ中最強だ。言うまでもなく、フリーレンは最強だし、フェルンもまた強い。アナリザンドは戦闘経験自体は少ないが、魔力を調整できるので、トリッキーな動きができる。ラヴィカンも、長年のつき合いがあるからか、連携力が高い。

 このパーティこそが本命といったところか。

 

 第2パーティ(エーデル、ブライ、ドゥンスト、サリー)

 エーデル騎士団と忠犬サリー。もともとエーデルはブライ(禿)、ドゥンスト(髭)とも繋がりがあったらしく、同じ精神操作魔法を操る一族の出身らしい。統率のとれた動きと、精神魔法を軸にした戦い方がメインであり、偵察部隊、あるいは斥候としての能力は群を抜いている。

 

 第3パーティ(デンケン、ラオフェン、リヒター、ヴィアベル、シャルフ、エーレ)

 実力者揃いの「大人」チーム。そこにふたりの子どもがついてきちゃった。

 デンケンとヴィアベルという指揮官が二人体制というのがどう作用するかが問題であるが、戦略的な幅は全パーティ中、最も広いといえるだろう。

 

 第4パーティ(メトーデ、レンゲ、リーニエ、ユーベル、ラント)

 ヤベー女たちに囲まれし、哀れなラントチーム。レンゲの戦闘力は低いものの、幼子を守ることで幼女パワーを補充するメトーデは最強である。もちろん、リーニエも神を守る腐った戦士。二重の守りによって、悠々と合格してしまうのか。ユーベル達は添え物感があるが、ラントが手綱を握っている限りは、問題ないだろう。

 

 会議は踊ったわけではないが、流れ的にはほぼリヒターの言ったとおり、一次試験組を上手い具合に組み合わせたことになるだろう。

 

 ただし、この組み分けには致命的な欠点がある。

 誰しもが気づいていた。だが、誰も何も言わなかった。

 

「ねえ。エーデルちゃん」とアナリザンドが心配げに声をかける。

 

「なんじゃ」

 

「正直なところ、エーデルちゃんのチーム弱いよね」

 

「そんなことはわかっておる」

 

「だって、シャドーには心がないんだよ。エーデルちゃんの得意な精神魔法も効かないんじゃ」

 

「わかっておると言うとるだろうに!」

 

 エーデルは声を荒げた。視線を落とし、今度は静かに語りだす。

 

「儂らは――いや、精神魔法使いは人間社会においては評判が悪いというのは知っておるか?」

 

「そうなの?」

 

「そうじゃ。自白の強要。意思の簒奪。一歩間違えばゾルトラークよりも凶悪な兵器になりうる。じゃから、儂らはそもそもが――はぐれ者の集まりなんじゃ」

 

「カウンセリング能力高いよね。不安をやわらげたりとか、心を前向きにさせたりとか、そういう人の役にもたてるすごい魔法だと思うけど」

 

「そうじゃな。おぬしの言うこともまちがってはおらん。じゃが、染みついておる。はぐれ者の在り方がの。ブライとドゥンストも同じじゃ」

 

「はぐれ者って?」

 

「儂らは精神操作魔法を生業とする一族、その分家筋にあたる。本家からの命令に逆らうことはできん。使い捨ての操り人形のようなものじゃな」

 

 精神魔法使いが精神魔法をかけられているという皮肉。

 おそらく、一級魔法使いに選抜されて名をあげればそれでよし。

 潰えるのであれば、それもまたよしという考えだったのだろう。

 分家とはいえ、エーデルの精神魔法は一級魔法使いを超えている。

 つまり、本家からめざわりに思われた可能性はある。

 

「でも、エーデルちゃんってすごく気高いよ。サリーちゃんとも仲良くなっちゃうし、わたしじゃできなかったことをしてる」

 

「おぬしは儂を操ろうとしておるのか」エーデルは少し微笑みを浮かべた。

 

「そんな気はないけど……。一級魔法使いにはなりたいんだよね?」

 

「そうじゃな。一級魔法使いになれば、本家の者たちを黙らせることができる。それはなかなかに魅力的ではあったのじゃが……、儂は痛いのは嫌じゃ。正直に言えば、死ぬような思いをしてまで試験を続けようとは思わん」

 

「でも、フリーレンと戦った」

 

「……見ておったのか。あれは意地のようなものじゃな」

 

「今回のパーティ分けも?」

 

「そうじゃ。はぐれ者の意地というやつじゃな。他の魔法使いたちのお荷物にはなりとうない」

 

 自分たちの戦い方で自分たちの矜持を守る。

 そのためにエーデルはあえて独立の道を選んだのだ。

 もはやアナリザンドがかける言葉はなかった。

 ただ、「なにかあったら呼んでね」とだけ。

 

 

 

 

 

「さて、残る問題はラスボスだな」デンケンが輪の中心で腕を組む「フリーレンか、アナリザンドか。どちらにするか決める必要がある」

 

「私は、お姉ちゃんがいいと思うな」カンネが明るく言った。

 

「なぜそう思う?」

 

「えーっと、フリーレンより弱っちそうだから」「カンネちゃんのくせにぃぃぃ」

 

「……参考にしておこう」

 

 デンケンは、そっと息を吐いた。

 

「あの。ひとつよろしいでしょうか」

 

 丁寧に挙手して発言を求めるフェルン。

 もちろん、誰も異を唱えるものはいない。

 

「アナリザンド様は空間転移魔法が使えます。なので、複製体がラスボスでない場合、自由に動き回れるのではないでしょうか」

 

「つまり、最奥前にしばりつけておいたほうがよいということか」

 

「はい。そのとおりです」

 

「確かにそのとおりだな。ただでさえ、どの複製体と接敵するかはわからん状況だ。これ以上、変数を増やすべきではなかろう」

 

「そうですね。それと、フリーレン様より魔力値をあげるとしても、あげすぎなければ、十分に打倒可能です。アナリザンド様は、その……なんというか……戦いを好まれない方なので」

 

「それって、戦いが下手って言ってるよね。フェルンちゃん」アナリザンド猛抗議。

 

「違いますか?」

 

「違わないけど……」しょんぼりザンド。

 

「そもそもアナリザンド様ご自身は、どの程度魔力差があればフリーレン様に勝てるとお思いですか。おそらく二倍程度でも厳しいのではないかと思いますが」

 

「うーん。三倍くらいは少なくとも欲しいかな。わたし自身の自衛も兼ねてそれくらいは欲しいよ。これくらい魔力差があれば、ゾルトラークを不意打ちでくらっても大丈夫だろうし」

 

 アナリザンドは素直に言った。

 魔力値は単純に戦闘力数とイコールではないのだ。

 

「三倍かよ。さすがにそりゃラスボス戦が厳しいんじゃねーか」

 

 ラヴィーネがすかさず反論する。

 

 ついで、メトーデも、

 

「ラスボス幼女パワーは控え目にしていただけると助かりますね」

 

 レンゲとリーニエをダブルなでなでしながら言った。

 他の者も概ね同意見だった。

 

「みんなそれでいいの? シャドーフリーレンも徘徊してるんだよ。誰が遭遇するかはわからないけど、わたしはいざとなれば、みんなの助けにまわれる。でも同じ魔力数だと絶対にフリーレンには勝てないよ。断言できる!」

 

「おまえは、私に三倍程度の魔力で勝てると思っているのか?」

 

 フリーレンは、ジッとアナリザンドを観察している。

 

「思ってないよ。フリーレンの強みは千年以上かけて積み上げてきた()()()()と、そこから導き出される()()()だよね。たかが三倍程度ではたぶん無理だと思う。でも、少なくとも時間稼ぎくらいはできるんじゃないかな」

 

「むしろフリーレンの複製体対策という意味では、三倍と言わず、五倍、十倍のほうがよいかもしれんぞ。ラスボスが必ず扉の前にいるのならばな」

 

 デンケンが髭を撫でながら言った。

 

「うーん。それはそれで危険かもしれないよ。魔力の量が増えると、影響範囲が広がるでしょ。ダンジョン最奥から、狙い撃ちとか、ダンジョンごと破壊してとかもできちゃうかもしれない」

 

「あくまで常識的な範囲でというやつか。もはや人間には想像もつかん領域だが」

 

「まあ、わたしの魔力はすぐにでも増減可能だから、ダンジョンに入るときだけフリーレンより高くして、あとから素の魔力のままいってもいいけど……」

 

「それはおぬしが殺される可能性があるのだろう」

 

「そうだよ。正直ミミックでもやばいかも」

 

「ならば、フリーレンの三倍程度の魔力をキープし、誰かがラスボスに辿りついたときに、一瞬だけでも魔力を激減させ、瞬殺すればよい。儂らにはネットという強力な武器がある」

 

 そう、通信すればいいのだ。各パーティで連絡をとりあえば、戦略的な動きが可能になる。

 デンケンの一言が決定打になった。

 かくして、アナリザンドがラスボスに選定され、その魔力量はフリーレンの三倍程度を維持することになったのである。

 

 だが――。

 

 アナリザンドも既に言ったことであるが、シャドー達には躊躇というものがない。

 その恐ろしさに気づいたものは、まだ誰もいなかった。

 

 そう、アナリザンドにとっても――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「儂らは、運だけはいいと思っておったが、最悪じゃのう」

 

 シャドーに初遭遇したのは、エーデルのパーティだった。

 みな、その圧倒的威圧感に動けない。

 相対しているだけで、冷たい汗が背中を流れ落ちる。

 

――断頭台のアウラ。

 

 そのシャドーが、目の前に現れ、メスガキめいた笑いをこぼしながら天秤を揺らしていた。




アウラ挨拶代わりに自害しろ!
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