魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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呪術師

 

 

 

 エーデルパーティは、零落の王墓の2番目の入口を潜り、薄暗い石廊を進んでいた。

 

 生温かい風が石畳を這い、頬を撫でる。まるで古の呪いが囁くようだった。エーデルが先頭を切り、サリーが忠犬のように無言で寄り添う。ブライとドゥンストが後ろで杖を握り、警戒を緩めない。ここに来るまでにトラップやガーゴイル程度なら対処できた。

 

 エーデルたち精神操作魔法を主とする魔法使いは、いわば斥候としての役割に適した先遣隊としての能力に優れている。だが、どうしてもメインの魔法が攻撃系である魔法使いとは異なり、火力に劣る。そのことは自分たちがよくわかっていた。

 

 だからブライは焦れて聞いた。禿げた頭に汗がにじむ。

 

「なあエーデル、本当によかったのかよ。他のパーティと組まず、単独で突っ込むなんて、捨て石同然じゃねえか」

 

「あるいは、アナリザンドの()()に乗ればよかったと、おぬしはそう考えておるのか?」

 

「いや、それは……」

 

「おぬしも心の底ではわかっておるのじゃ。儂らは所詮、はぐれ者。時に優しさが毒にもなりうる。特に幼子のような素直な優しさは効果覿面じゃろう。儂らは誰とも組めん」

 

 エーデルなりの解釈だった。だがブライの内心は言い当てられていた。

 この試験では、単純な戦闘能力が物をいう。精神魔法は戦術的に組みこめず、お荷物にしかなりえない。むしろ、エーデル達の影が現れた場合、プレイヤー側にとっては厄介なことこのうえない。だから、ていよく切り捨てられる前に、自ら切り捨てたのだ。

 

 人の心を解析することに長けた一族である。

 

「しかし、このままだと試験合格は――」

 

「難しいじゃろうな。複製体には精神魔法が効かんとなれば、儂らの得意な領域は封じられているに等しい。シャドーに逢えば、どのパーティであっても苦戦は必至じゃろう」

 

「では、心無き敵にどう立ち向かいますか?」髭紳士ドゥンストが聞いた。

 

「ひとつ試してみたいことがある。アナリザンドが言っておったのじゃが……、待て!」

 

 エーデルが会話を打ち切った。

 

――カツン。

 

 その時、廊下の先に気配。優雅な足音が、硬質な石畳に響く。

 

 パーティ全員が息を呑む。

 

 ついに現れた複製体。しかし、その予想は見事にはずれた。

 二次試験参加者のいずれかが現れるものだと考えていたのだ。

 

 蝋燭を模した魔力灯に照らされて、ゆっくりと闇の中から無言で現れる姿。

 

 ぼんぼり頭に、突き出た角。馬鹿みたいな恰好をした異形の少女。シャドーの体が土くれ色をした影のようなものなので、色合いはわからなかったが、その特徴的な姿は、広く人間にも知られている。

 

――断頭台のアウラ。

 

 かつてグラナト地方において、人間と和睦を結ぼうとしたとされる元七崩賢。

 

 そのシャドーが、無言で歩みを進めている。メスガキめいた笑みを浮かべ、つまんだ天秤をオモチャのように揺らす。言葉はないが、その存在感だけで空気が凍る。

 

「儂らは、運だけはいいと思っておったが、最悪じゃのう」

 

 エーデルが呟く。一次試験はほぼ運だけで突破したといってもよかった。あのフリーレンに失格の烙印を押されなかったのは、エルフの温情であると、エーデルは理解していたのだ。

 

――だが、運だけではどうしようもない相手もいる。

 

 シャドーには躊躇がない。アナリザンドが言っていたことだ。

 

 そして、死んだはずの七崩賢の複製体が顕現したということは、この魔法はおそらくアナリザンドの魔法なのだろう、と。

 

 その推察は、正しく今の状況を言い当てていた。アナリザンドは『肉の本』つまり、物理的な物体としての魔族を再生することができる。

 

 そこに魂があるかわからないから、ただの姿かたちのよく似た別人になると考え、そうしてこなかったのだが、シャドーであるアナリザンドには、そういった躊躇がない。

 

 魔族をただの戦闘マシンと捉えれば、いくらでも復活させることができる。

 そして、シャドーアナリザンドは倫理もなにもなく、ただ侵入者を排除するのに効率的だと計算し、躊躇なく実行したのだろう。

 

 冷や汗が背中を流れ、ブライとドゥンストが硬直する。サリーが無言でエーデルを守ろうと前にでようとするが、エーデルはそれを押しとどめた。

 

「退け!」

 

 エーデルが叫び、踵を返す。だが、その思考を読まれたかのように後ろに新たな気配。濃霧のような魔力が立ち込め、亡魂の如き姿が浮かぶ。

 

 それは痩身痩躯の魔族だった。手には何も持たず、こちらも何者も寄せつけない恐ろしい気配をまとっている。HUDの観測結果は、シャドーアウラと同等。あるいはそれ以上。ここにいるエーデル達がおよそ、150から200程度だとすれば、だいたい500前後の魔力値である。

 

――奇跡のグラオザーム。

 

 幻影――いや、幻想魔法の担い手。本当の姿を見たものは誰一人としておらず、今見えてる姿も仮初のもの。エーデル達は、その正体を知る由もなかったが、その実力だけは一瞬で理解した。理解させられたと言った方が正しいか。

 

「あいつは……!?」

 

 ブライが、その異様なプレッシャーにのまれかける。

 後退は許されない。見知らぬ魔族だったが、突破できるイメージが湧かない。

 前も後ろも塞がれて、エーデルたちは追い詰められている。

 

「横道じゃ!」

 

 エーデルが叫び、パーティは脇の細い通路に飛び込む。何とか視線を切り、アウラとグラオザームの魔力から逃れる。

 

――走る。

 

 全力疾走だ。わずかばかり運がよかったのは、アウラもグラオザームも、いずれも積極的に前に出るようなタイプではないということ。少しずつ獲物を追いこみ、弱らせてから確実にしとめるという戦法をとることだった。シャドーはアウラたちの戦い方を正確に模倣して、エーデル達をすりつぶそうとしている。

 

 やがて、吹き抜けの回廊のような場所に出た。

 二階と一階が空間的につながっており、エーデル達は二階の柱の影に隠れている。

 

 アウラとグラオザームは、一階で索敵をしているようだ。

 

「なんなんだよ。いったい」ブライが息を整え、囁く。

 

 感情を高ぶらせ、つい大声を荒げそうになるが、必死に抑えた。

 

「あの男の魔族は誰なのでしょうか。アウラに比肩する凄まじい魔力でしたが」

 

 ドゥンストも、息を落ち着かせながら言った。

 

「おそらくは奇跡のグラオザーム。最強の幻想魔法の使い手じゃろう。シュピーゲルとやらも趣味が悪い。儂らをおちょくっておる」エーデルが目を細める。

 

「どうする。エーデル。俺たちの攻撃は効かない。向こうは――いや、服従させる魔法(アゼリューゼ)を使えるのか? 心がないということは魂もないってことだろ」

 

 ブライが汗をぬぐいながらも冷静に分析を試みる。

 

「いや、おそらく、アゼリューゼもアンシレーシエラも発動可能じゃろう。魔法をすぐに使わなかったのは、単に運がよかったか。それがあやつらの行動パターンだからか。もしくは、魔族の性向――なぶって愉しむ奢りか」

 

 エーデルは静かに答える。

 ブライとドゥンストは、意味が分からず沈黙する。

 エーデルは時間がないとばかりに、考察を続ける。

 

「アナリザンドの話を聞いておかしいとは思わんかったか。魔法とはイメージの世界。ならばなぜ、心無きシャドーに魔法が放てる? アナリザンドが相対した自身のシャドーはゼンゼを打倒しうるほどの魔法を放ったのだろう?」

 

「魔法は魂とは無関係。心とは無関係だからじゃないか?」

 

「いいや、ブライ。おぬしの考えは少し違う」

 

 エーデルは、階下で無機質に獲物を探すシャドーたちから目を離さずに言った。

 

「シャドーは、我らの魂も心も、その大部分を模倣しておる。魔法を使いたいという衝動も、それを実行する判断力もな。じゃから、奴らは躊躇なく魔法を放てる」

 

「心がないんじゃないのか?」

 

「違うな。正確には、やつらには()()()がない」

 

――超自我(スーパーエゴ)

 

 その行動が『道徳的に正しいか』『やりすぎていないか』『仲間を巻き込まないか』といった、社会的なルールや倫理観に基づいて、自我の行動にブレーキをかける抑制装置のことをいう。

 

 シャドーは、魂のデータと、衝動(エス)実行機能(エゴ)は完璧にコピーしている。だから、彼らは魔法を使いたいと思い、それを実行することができる。

 

 単なる数値計算として、魔法というプログラムを走らせることができる。

 

()()()()()ことへの一瞬の躊躇いすらなくな」

 

 現に、アナリザンドの魔法によって、アウラとグラオザームという魂の模倣を成しえている。

 それが、まさに証拠といえるものだった。

 

「であれば、こちらの精神魔法も効果があるということですか」とドゥンスト。

 

「理論上はな。ただし、超自我のない心など観測した試しがない。心とも呼べぬソレを解析するには本来膨大な時間を要する。あやつらの攻撃をかいくぐりながらとなると、並の精神魔法使いなら、ほぼ不可能じゃろうな」

 

「打つ手なしってことかよ」ブライが吐き捨てるように言った。

 

「意地を見せるしかなかろう。プロトコルが異なるとしても――あるいは、()()()()()()()()()()()()近づけば、可能かもしれん。儂に時間をくれ」

 

 エーデルの決意に、ブライとドゥンストは覚悟を決めたように頷いた。彼らにできることはそれしかなかったというのが実情であるが、たとえ物理的な攻撃――あるいはゾルトラークのような一般攻撃魔法をいくら放ったところで、火力に劣るエーデル達では七崩賢を倒すことは土台無理なのだ。

 

 分家の姫君を守る騎士のように、ブライとドゥンストは杖を握る手に力をこめた。サリーも、いつでも幻影魔法を放てるように臨戦態勢をとっているが、彼女の魔法も心に作用する魔法なので、効果は皆無だろう。いまのサリーはまったく役に立たない。

 

 階下のシャドーアウラとシャドーグラオザームは、依然として獲物を嬲るかのように、ゆっくりと、しかし確実に回廊を巡回し、こちらの位置を探っている。エーデルは全神経を集中させ、彼らの心なき心の隙を窺う。

 

 張り詰めた空気が、肌を刺す。

 その、一触即発の均衡が破られたのは、全く予期せぬ方向からだった。

 

「――なんだ、この気配は!?」

 

 最初に異変を察知したのはブライだった。彼の鋭敏な危機察知能力が、背後――彼らが駆け込んできた細い通路の奥から、急速に接近してくる複数の魔力の気配を捉えたのだ。

 

 それは、アウラたちの魔力とは明らかに質の異なる、もっと生々しく貪欲な気配。

 生きている人間を喰らおうとする魔物の気配。

 

 ギィ、ギィ、ギィ……。

 

 木製の家具が軋むような、不快な音が響き始める。一つではない。十、二十……いや、それ以上の数の音が、通路の闇の奥から、じわじわとこちらへ迫ってくる。

 

 やがて、暗がりからその異形の姿が現れた。

 

 それは、古びた木製の宝箱だった。大きさも形も様々。小さな宝石箱のようなものから、屈強な男でも抱えきれないほどの長持まで。それらが、まるで巨大な芋虫の群れのように、床をはいずりまわるように、こちらに迫ってきている!

 

「ミミック……だと!? 馬鹿な、なぜこんな場所にこれほどの数が!」

 

「どうやら、儂の予測はあながち的外れというわけでもなさそうじゃのう。アウラがアゼリューゼを使い、無数のミミックを服従させたのじゃ」

 

 もはや絶望的すぎて笑いすらこぼれてしまう。

 

 もともと、アウラの戦い方は空母のように、戦闘機体を直掩させ、自分は一歩も動かないような王者の戦いをおこなう。一匹一匹はたいして強くもないミミックであるが、床を覆いつくすほどの量になれば、その脅威度は計り知れない。鋭い牙が並ぶその顎は、鉄の鎧すら容易く噛み砕く。

 

 どこぞのエルフのように、想像を絶するほどの魔力に守られていなければ、ミミックに食べられて『暗いよー怖いよー』というようなギャグシーンなどありえるはずもないのだ。

 

 そして――アウラと目が合った。

 アウラは嗜虐の笑み3を浮かべていた。最初から位置はバレていた!?

 餌場に哀れな仔羊たちが罠に堕ちるのを、アウラはただ笑って眺めていたのだ。

 

「クソっ! シュピーゲルめ、どこまで儂らを追い詰めるつもりじゃ!」

 

 エーデルは悪態をつきながらも、即座に判断を下す。

 

「ブライ! ドゥンスト! 儂が、あのシャドーどもを一時的に引きつける。その隙にミミックの群れを何とかしろ!」

 

「しかし!」

 

「問答無用じゃ! 行け!」

 

 エーデルの叱咤に、ふたりは歯を食いしばり、ミミックの群れへと向き直る。

 

 間髪を入れず、言いざまエーデルが二階から飛びおりる。戦闘力としては明らかに他の受験者たちに劣るエーデルとしても、運動能力としてはそこそこのもの。ブロック塀に一瞬だけ片手をついて、軽い身体を浮かせる様は、あきらかに跳躍というレベルを超えて、浮遊に近かった。

 

 重力に従って落ちる。

 

 その瞬間を待っていたかのように、階下のアウラが動いた。彼女は天秤を掲げるでもなく、ただ無感情に右手をかざす。光が見える。明滅。

 

 一瞬だけ脳裏をかすめたのは、本来、魔族とは他の魔族の魔法を使わないということ。変なプライドなのか、あるいは固有の魔法に対するこだわりなのかはわからないが、ともかく。

 

 だが、シャドーにはそういった魔族すら持っている抑制の心がない。

 

――ゾルトラーク。

 

 一条ではない。つるべ打ちの要領で、身動きのとれないエーデルを対空射撃で叩き落とそうとしている。アウラはただの魔族ではない。比較的、自身の戦闘力は七崩賢の中では下から数えたほうが早いとはいえ、その潤沢な魔力量はフリーレンにすら肩を並べることができる。

 

 エーデルは奥歯を噛んだ。

 

――六式防御魔法陣。

 

 防御魔法を使いながら、一瞬だけ飛行魔法を使い降下スピードを和らげる。

 

 ガリガリと嫌な音が響いたが、アウラの攻撃はただの牽制。

 あるいは、アウラ自身の火力はさほどでもないからか、耐えることができた。

 しかし、その一瞬の意識の途切れ。致命的な隙。

 いや、隙とすら言えないほんのわずかな意識の間隙。

 エーデルの精神防御は、ぷつりと途絶えた。

 グラオザームが、無言のまま、光球を右手に集中させている。

 

「まずい!」

 

 

 

 

 

――次の瞬間。

 

 

 

 

 

 視界が変わった。いや、視界が変わったという感覚はない。

 失認。失見当識。昼間に、突然夢から覚めたような、ふわふわとした感覚がする。

 

 エーデルは本家の豪奢な家にいた。夏――、蝉の鳴き声がどこからか聞こえてくる。

 この大陸は、北半球の北よりに位置し、実のところ蝉などという生き物は存在しない。

 だが、なんとなく蝉という生き物がわかるのだ。記憶のはざまにぼんやりと思い浮かぶ。

 短い時を生きる虫――虫か? 宇宙生物?

 

 体中が嫌な汗で満たされている。服がまるで水でべったり侵されているようで気持ち悪い。

 椅子に座らされていた。部屋の中は夏の光とは裏腹に、黒い濃淡の濃い影に満たされていた。今の自分は十歳で、大人たちが何人も見下ろしている。顔が見えない大人たち。

 そいつらが、口々に喚きたてる。獣が吠えるように威圧的に。

 昔ドラマで見た刑事の尋問シーンのように、光がエーデルの顔にあたる。

 

「呪い子」

「呪い子じゃ」

「恐ろしい。魔族の呪いをこれほどたくみに操るとは」

「産褥により母の命も奪った呪われた子」

「呪われた人形」

「いつ儂らにその牙が向けられるか」

「恐ろしい」

「恐ろしい」

 

 エーデルは頭を抱える。聞きたくなかった。

 ノイズを大音響でまき散らされてるようなものだ。

 記憶も、思い出も、これが現実だと伝えてくる。

 

「や、やめるのじゃ……」

 

 それから別の思考の脈絡が訪れた。ここには叱責されるために呼ばれた。

 自分は呪われた人形で、できそこないの失敗作。ゴミのように捨てられてもしかたのない罪を犯した。罪? なんのだろう。それすら覚えていない。自分はおかしくなっている。

 逃げたい。でも、どこへ。現実逃避したところで、声はやまない。

 

「死になさい」

「死ね」

「おまえの存在自体がわが一族の恥」

「忌み子」

「恥知らずめ」

「処刑だ」

「処刑しろ」

「殺せ!」

 

 わけもわからず。

 しかし、呪いの輪唱が、エーデルの精神をむしばんでいく。

 

「ああああああああああああああああああ!」

 

「死刑!」

「死刑!」

「死刑!」

「死刑!」

「死刑!」

「死刑!」

「死刑!」

「死刑!」

 

 光。光。光。音。音。音。

 わからない。断続的に続く。なにか―――ともかく。逃げなければ。

 

 エーデルが防御魔法を展開する。ガインガインと削れる音が続く。

 何か得体の知れない事態が起こっている。

 でも、ともかく自分が殺されようとしているのはわかった。

 

 顔の見えない大人たちが、懐から何か黒くて長い筒のようなものを取り出した。砲弾を撃ちこむ大砲を小さくしたようなそれは、携行するような小さな暗器のように思える。

 

――銃。

 

 それとは知らずとも、とてつもなく嫌な予感がし、エーデルは椅子から転げ落ちるように身をひるがえす。

 

――パ、パ、パ。

 

 と、やはり光と音がこだまし、弾痕の列が硬い石床に一直線に伸びる。ドシュ。そのうちの一発が、エーデルの足を貫いた。

 

「あぐっ!」

 

 まるで焼きごてを、直にあてられたような鈍くて耐えようのない痛みが走る。エーデルは呻き声を上げ、その場に崩れ落ちた。撃ち抜かれた左足からは、ありえないはずの生々しい血の匂いと、熱い奔流が溢れ出す感覚。

 

――幻想じゃない。これは、本物の痛みだ。

 

 いや、待て。なぜ儂はこれが幻想だと考えた?

 

 理解した瞬間、全身の毛が逆立った。『       』の魔法は、ただ記憶を再生するだけではない。その記憶に付随する五感――痛み、熱、匂い、音――その全てを、寸分たがわぬ精度で精神に刻みつける、まさしく呪いの領域の力なのだ。

 

「儂は……呪われておる……」

 

 いま、まさに。この瞬間――。

 

 エーデルは、必死に痛みをこらえ、後ずさる。だが、顔のない大人たちの包囲網は狭まるばかり。彼らの手にする黒い筒――銃口が、一斉にこちらを向いている。

 

――死ぬ。

 

 あの時と同じだ。何もできずに、ただ嬲り殺される。

 無力な子どもだったあの頃と、何も変わっていない。

 

 脳裏に、幼い頃の記憶がフラッシュバックする。一族の者たちから向けられる冷たい視線。蔑みの言葉。そして、母親が息を引き取った瞬間の、あのどうしようもない絶望感。

 

――私のせいだ。私が生まれたから、母様は……。

 

 罪悪感が、黒い泥のように心を覆い尽くしていく。思考が、麻痺していく。

 銃口が火を噴く。今度こそ、終わりだ。

 そう覚悟した、その時だった。

 

『―――しっかりなさい、エーデル!』

 

 凛とした、しかしどこか懐かしい声が、頭の中に直接響いた。

 それは、今際の際に聞いた、母の声によく似ていた。

 振り向くと、母が立っていた。女神のような微笑みを浮かべて、両の手は開かれている。

 

『貴女は私の誇り。決して、呪い子などではありません。だから生きなさい』

 

 楽園はここにあった。一瞬で幸福感がみちあふれる。

 エーデルは安堵に崩れ落ちそうになった。片足をひきずるようにして、母の幻影に近づく。

 

「かあ……さま」

 

 涙が――、あれ、どうして泣いているのじゃろうか。

 そもそもの話。なぜ、この女性が母親だとわかったのじゃろうか。

 産褥したという()()なら、顔などわかろうはずもない。

 肖像画? 写真? いや、そもそも生きているはずもないのに、なぜ。

 

 だが、優しく抱擁しようとする姿には惹かれるものがある。

 もう、どうでもいい。ただ、疲れた。

 エーデルは母の手に招かれて、楽園へと誘われる。

 

 

 

 

 

 一方、ブライとドゥンストは、迫りくるミミックの群れとの死闘を繰り広げていた。

 二人は互いの背中を守り合い、左右から殺到する木箱の怪物たちに、休むことなくゾルトラークを撃ち続ける。

 一体一体は弱くとも、その数は圧倒的だ。撃てば当たる。だが、倒しても倒しても、通路の奥から次々と新たなミミックが湧いて出てくる。まるで、無限に続く悪夢のようだった。

 

「くそっ! キリがねえぞ!」ブライが吐き捨てる。

「このままでは、魔力が尽きるのも時間の問題です!」ドゥンストも焦りの声を上げた。

 

 二人の魔力は確実に消耗していく。ゾルトラークの威力も、連射速度も、徐々に落ち始めている。その隙を、ミミックたちは見逃さない。

 

 一際大きな長持型のミミックが、大きくバウンドし、ドゥンストの死角である天井近くから襲いかかった!

 

「ドゥンスト、上だ!」

 

 ブライの警告と、ミミックの牙がドゥンストの左腕に食らいつくのは、ほぼ同時だった。

 

「ぐあああああっ!」

 

 肉が裂け、骨が砕ける鈍い音。ドゥンストの左腕が、無残にも食いちぎられた。鮮血が噴き出し、彼の顔が苦痛に歪む。

 

「ドゥンスト!」

 

 ブライは、相棒の絶叫に我を忘れ、怒りのままにゾルトラークをミミックへと叩き込んだ。至近距離からの最大出力の一撃。ミミックは木っ端微塵に吹き飛んだが、ドゥンストの失われた腕は戻らない。

 

「こ、の……化け物どもがぁ!」

 

 ブライは、片腕で傷口を押さえ、苦痛に呻くドゥンストを庇いながら、鬼の形相でミミックの群れを睨みつけた。サリーも奮闘している。長い腕を鞭のようにしならせながら、魔物らしい膂力で、一撃のもと木箱のようなミミックを粉砕していた。

 

 だが、多勢に無勢。絶望的な状況は変わらない。

 

「くそっ! エーデル!」

 

 ブライが階下にちらりと視線をやった。

 先ほどからエーデルの様子がおかしい。

 おそらく、グラオザームの幻想に捉えられた。

 アウラが児戯のようにたわむれにゾルトラークを撃ち、エーデルがかぼそい防御魔法で防いでいる。おそらく、エーデルの精神防御は多少なりとも抵抗しているのだろう。

 

 だが、ジリ貧。このままでは自分たちと同様に、いつかは――。

 

 ふと、アウラが、幅広の巨大な剣を出現させるのが見えた。

 エーデルの細い首など一撃で断頭されるような剣。しかし、エーデルはうつろな瞳のまま、ふらふらとアウラに吸い寄せられるように近づいていく。

 

「エーデル!」

 

 聞こえていないのか、ブライの声は届かない。

 このままでは一分もしないうちにエーデルの首はおちる。

 ミミックの猛攻を防ぐには手数が足りない。よしんばかけつけたとしても、エーデルと同じく幻想に捉えられるだけ。ミイラとりがミイラ。この墓にはいなかったが、そうなることは容易く予想できる。負傷したドゥンストを庇いながら、颯爽と解決するスーパーヒーローのイメージは、さすがに現実主義者であるブライにはできそうになかった。

 

「ブライさん……行ってください」冷や汗を浮かべながらドゥンストが言った。

 

「そんなことを言ってる場合じゃないだろ。ドゥンスト、瓶を割れ!」

 

 そのときだった。

 サリーの、人の心を持たないはずの瞳に、赤い光が灯った。

 

――主の危機。

 

 はぐれものとして、孤独に生きてきたサリーにとって、初めて人の温もりというものを感じた相手。最初は、アナリザンドという理不尽な暴力から逃れるためだったが、いまでは人に飼われるのもまんざら悪くはないと思っている。そんな彼女は、ブライたちの横をすり抜け、回廊の手すりから、音もなく階下へと飛び降りた。

 

「サリー! よせ! おまえが敵う相手じゃない」

 

 狙うは、エーデルをまやかしに誘っている男の魔族。

 なんだかチャラい男風のそいつに、主人が騙されてるようで怒りが湧いた。

 

 ここで、サリーがアウラを攻撃対象に選んでいたら、結果は違っただろう。

 魂というデータセットを、比較衡量するアゼリューゼは、その心のありようを比べるものではないからだ。

 

 対して、楽園へと導く魔法は、魂というデータセットのうち、心というオペレーティングシステムに作用する魔法なのである。つまりは心の隙間に、クラッキングを仕掛ける魔法といえた。

 

 グラオザームの影は、突如現れた奇妙な魔物に気づき、面白がるように視線を向けた。そして、同じようにアンシレーシエラをサリーへと放つ。

 

――だが、効かない。

 

 サリーの心は、ただ一つ。主を守る。それ以外のノイズがない。グラオザームの呪いが入り込む隙間は、どこにもなかったのだ。

 

――グルルルルルァァァァァァァ!!!!

 

 咆哮!

 サリーは、その細長い腕を、まるでゴムのようにしならせ、鞭のように振るった!

 

 バキィッ!!!!

 

 シャドーグラオザームは、予想外の物理攻撃に反応できず、顔面をまともに殴打された。シャドーの身体が、くの字に折れ曲がり、後方へと大きく吹き飛ぶ。

 

 その衝撃で、グラオザームの集中力が一瞬、途切れた!

 

――悪夢が、晴れる。

 

「ようやく、つかまえたぞ」

 

 エーデルが、アウラの影に触れた。

 

 瞬間、クラッキングを開始。

 精神操作魔法は、ここにきて、心という不可解を操る魔法ではなく、極めて高度で冷徹な()()()()()()として定義しなおされる。

 

 アウラはふりあげた剣を降ろし、すぐに後ずさった。

 エーデルは足を負傷しているので、本当のところは剣をふりおろされていれば、そのまま敗北していただろう。それくらいに危うい、賭けだった。アウラは元来、慎重な性格である。

 単なる行動パターンともいえる行為であるが、その顔には一瞬の翳りと恐れが見える。

 

 そして、絶対の信頼をおく、自身の魔法、すなわちアゼリューゼを唱える。

 それすらも折り込まれたパターン。所詮、疑似的な灰色の魂では、現実に対応できるほどの即自的な進化――魂の輝きがない。

 

「乗せたな。愚か者!」

 

 HUDが、アウラの正確な魔力値を計測。

 500前後――。対して、エーデルは150。

 が、上乗せする。大量のダミー情報が、アゼリューゼのプロセスをかき乱す。

 

――魔力値の()()()()()が制御権を得る。

 

 そのように魔法を書き換える。

 

「アゼリューゼ返しじゃ! アウラ、自害しろ!」

 

 シャドーには、躊躇がない。

 

 ()()()()()

 

 アウラは微笑みを浮かべながら、まったくの躊躇なく、あっさりと自らの首をはねた。

 

 

 

 

 




わたしの宇宙ではそうなんだよという魔法!

魂=高次元データセット。全部を包摂する闇。
心=魂の中に格納されるОSのようなもの。エス(イド)と自我(エゴ)と超自我(スーパーエゴ)によって成立する。
超自我=心のブレーキ。カンタンに言えば、良心や道徳、倫理などのこと。
複製体の心がないという点について=魂はコピーされていて、心もコピーされているが、超自我がない。あるいは根本のシュピーゲルが意図的に切っている状態。
服従させる魔法=魂というデータセットに付属した魔力量の多寡によって、制御権を得る。
楽園へと導く魔法=魂ではなく心と記憶に作用する魔法。基本的には人間に特化した魔法であり、獣のようなリアル=楽園な魔物には効果が薄い。
魔族の超自我について=もともと構成過程に不具合がある。だが超自我のない生物は存在しないと考えられる。生物にとっての血塗られた歴史そのものが超自我であるから。
精神操作魔法=魂へのクラッキングを行う魔法として再定義される。もはや呪いの領域。

それにしても再登場してすぐに首チョンパとは、アウラ様おいたわしや。
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