魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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呪術師、還らず

 

 

 

 ここで唐突にアナリザンドクイズ! ちゃらん!

 

 生まれる前は待望されてるのに、生まれた後は忌み嫌われるものってなーんだ。

 

「えーっと、なんだろう。忌み子とか?」

 

 カンネちゃんがわたしのすぐ後ろを歩きながら言った。

 

「ぶっぶー。違います。答えはウンコ!」

 

「なにそれー」きゃっきゃと笑うカンネちゃん。

 

 よかった。緊張がほぐれたみたい。

 実は臆病なカンネちゃんが一番、身体の筋肉がこわばってたみたいなんだよね。

 終始おどおどしてて、ラヴィーネちゃんの後ろにピッタリと張りついていた。さながらくっつき虫――いや、オナモミみたいな感じか。

 

 それはそれでかわいらしい姿ではあったものの、敵に襲われたときに対処しづらいと考え、この智謀のアナリザンド、智慧を巡らしたのである。

 

――ふっ。また導いてしまったか。

 

 くだらないクイズもたまには役に立つというものだ。

 

「アナリザンド様。試験中ですよ」

 

 フェルンちゃんが、眉をへこませながら、たしなめてくる。

 妹の困った顔が好きな、困ったちゃんのわたし。

 

「だって、あれだけ協力体制ができたんだよ。これは慢心じゃなくて余裕ってやつなの」

 

 薄い胸を反らしながら堂々と答える。この試験に参加している魔法使いたちは、みんな優秀で、粗悪なコピー品などに負けはしないだろう。

 

 わたしは一度、踏破していることもあって、このダンジョンをクリアするイメージを明確に思い描けていたのである。

 

 特にフリーレンの存在が大きいかな。わたしに対しては塩対応ではあるものの、やはり史上最もダンジョンをクリアした魔法使いだけあって、零落の王墓もスイスイと攻略している。対立すると恐怖の存在だけど、仲間になると頼もしい。

 

 ここに至るまで楽勝モードだった。

 

 トラップを見破り、隠し通路を見つけ、ガーゴイルは起動する前に撃破。

 わたしも含め、みんなやることがない。めっちゃ楽ちんちんだったのである。

 

 ただ、人の子は暇になるといろいろ考えてしまうもの。カンネちゃんが必要以上に緊張していたのも、そんな暇な時間ができてしまったからだろう。

 

――それはわたしも同じ。

 

 ほんのちらっとだけ思ったのは、エーデルちゃんの悲痛な表情だ。

 自分たちのことを、はぐれ者と呼んで、この試験に挑む姿は少し気負いすぎてるように思う。

 はぐれ――。余剰。レジデューアル。忌み子。魔族と同じ心性。

 魔族は自らの存在証明のために魔法を唱える。

 エーデルちゃんも同じだったのかな。

 魔法はもっと楽しいものであってもいいと思う。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、

 

「宝箱だ……」先頭を歩くフリーレンがぽつりと呟いた。「宝箱だよ! フェルン!」

 

 そこは少し開けた場所で、円形の空間が広がっていた。その真ん中にポツンと年代物の宝箱が置かれている。あ、これって――もしかして。あのときと同じ場所ではないけれど、シチュエーションが似ている。

 

「フリーレン様。試験中ですよ。それにあからさますぎます」

 

 フェルンちゃんがたしなめるように言う。

 

「フェルンはわかってないなぁ。こういうあからさまなところにある宝箱だからこそだよ」

 

「――宝箱を識別する魔法(ミークハイト)。赤。ミミックです」

 

 フェルンちゃんが魔法をかけながら、フリーレンに再度警告した。

 しかし、フリーレンは首を横に振る。目利きのように、かがんで宝箱をじっと見つめ、魔力の波動を感じ取っている。

 

「その魔法は完璧じゃないんだ。99パーセントは識別できるけど、残り1パーセントは間違いの可能性がある。私はそういう閃きのようなものを大事にしていきたい」

 

「アナリザンド様も何か言ってください」

 

「浪漫があるよね」と、わたし。

 

 目をキラキラさせているフリーレンのことは嫌いになれない。

 宝箱にすがりついている姿は、まさに夢見る乙女のよう。

 

「ほら、アナリザンドもそう言ってる!」

 

 おお、塩エルフがついに――。

 

「フリーレン様。魔族嫌いが治ったんですか?」

 

 フェルンちゃんの冷静なツッコミ。

 そういうわけではないだろう。ただ、まだ見ぬ未知に魅せられているだけだ。

 

「そんなことより先に進もうぜ。宝箱なんか、クリアした後でも回収できるだろ」

 

 ラヴィーネちゃんが正論を述べる。

 

「今ここで回収しないとダメなんだよ。ラヴィーネ」

 

「どうして?」

 

「こういうアイテムがあとあとボス攻略の鍵だったりするんだ。常識だよ」

 

「どこの常識ですか」フェルンちゃんがわたしを見た。「アナリザンド様。魔力を少しお貸しいただけますか」

 

「うん。いいけど」

 

 わたしはフェルンちゃんに手を伸ばし、肩に触れる。

 フェルンちゃんが再度魔法を唱える。

 

「――宝箱を識別する魔法・強化(ミークハイト・ツェータ)

 

 ひときわ大きな光が宝箱を包みこんだ。

 血のような赤の光を放っている。

 

「まちがいありません。宝箱が真正である可能性は0パーセントです。フリーレン様」

 

「その魔法は0パーセントと表示されてるかもしれないけど、本当は小数点以下の確率を切り捨てているんだよ。逆に言えば、小数点以下の確率で本物の可能性があるんだ!」

 

「もう好きにしてください」

 

 フェルンちゃんは呆れたように呟いたが、フリーレンは字面どおり受け取った。

 ガチャリとうきうきしながら、宝箱を開き――――。

 

 フリーレンインミミックが完成した。

 

「暗いよー!! 怖いよー!!」

 

 一瞬遅れて、フリーレンが絶叫する。

 様式美というやつである。

 

「ここは私に任せて先に行け、という意味ですか。フリーレン様?」

 

 フェルンちゃんが冷たくフリーレンを見下ろしている。

 ひとつ回答をまちがえれば、本当にそうしそうな雰囲気。

 

「ちがうよー!! ごめんよー!!」

 

 フリーレンがミミックに頭を突っこんだまま、くぐもった声で答える。

 なんというか。哀れな。こんな馬鹿みたいなトラップにひっかかるなんて、フリーレンくらいしかいないんじゃないだろうか。どこぞの魔族少女も同じようなトラップにひっかかったことは全力で置いておく。

 

 フェルンちゃんは慍然(うんぜん)としながら、フリーレンを引っ張る。

 のびーるフリーレン。ガッチリ噛まれているフリーレンは抜け出せる要素がない。

 それでもノーダメなのはさすが伝説の魔法使いだ。

 

「なにやってんだよ」ラヴィーネちゃんも呆れている。

「フリーレンって、ちょっとおもしろいよね」カンネちゃんはお腹を抱えて笑ってる。

 

「ねえ。フェルンちゃん、ちょっといいかな」

 

 わたしは、ここで声を出した。

 全力でフリーレンの身長を伸ばし中のフェルンちゃんが、わたしを見つめる。

 

「いったん引っ張るのやめよ。フリーレン伸びきっちゃうよ。フリ―――レンになっちゃう」

 

「はい」ドサリと雑に捨てられるフリーレン。

 

 その置き方は少し――その、手心というか。

 

「何をする気だ。アナリザンド」

 

 フリーレンが暗がりから声を出す。威圧的にみせてる言葉も今は無意味。

 むしろ、ちょっとおもしろエルフ。

 

「何って、助けてあげようかなと思って」

 

「どうやってだ」頭かじられながら言ってもねー。

 

「例えば、食卓を幸せにする魔法(アジポンベルト)をふりかけるの。いくらおいしくなるとはいっても、素材の味が濃くなりすぎると、ミミックもお水とか飲みたくなって吐き出すんじゃないかな」

 

「やめろー!!」フリーレン絶叫する。

 

 わがままなエルフだ。

 

 わたしは、宝箱に手をかけた。そのまま魔力のこもったパワーで、ミミックの口に当たる部分を押し広げる。ミミックは硬く噛んで抵抗しようとするが甘い。ここで力の調整をミスったらいつかの悲劇みたいに、フリーレンが魔力まみれになっちゃうだろうけど、あのような恥辱にまみれた悲劇は二度と繰り返してはならない。

 

 ほどなくして、フリーレンは救出された。

 床にすわりこんで、しょんぼり顔になっている。

 

「魔族に助けられるなんて、一生の不覚だ。うおおん」プチ泣きしてる。

 

「フリーレン。これは貸しだからね。一勝だよ」

 

 わたしは念押しするように言った。

 わたしは、ゼーリエ先生との約束を忘れていたわけではない。ただ、一次試験とは異なり、フリーレンといっしょにプリンを食べた結果、違う勝ち方を目指してみようと思っていた。勝ち方にもいろいろあるけれど、機先を制したり、策を弄したりするのではなく、なんというか……、ただ仲良くなりたかったのだ。要するに、フリーレンにわたしの存在を認めてほしかった。魔族ではなく、アナリザンドとして。

 

 フリーレンは、わたしの言葉に反論する気力もないのか、ただしょんぼりと俯いている。その姿は、千年の時を生きた大魔法使いというよりも、ママに叱られる子どものようだ。少しだけかわいい。妹力がフリーレンにもわずかながらあるのか……!? 

 

――千年エルフ妹という概念もありうる? まさかね。

 

「アナリザンド様。ありがとうございます」

 

 フェルンちゃんが、しおしおになってるフリーレンの代わりに、ぺこりと丁寧に頭を下げてくれた。その表情は、先ほどまでの呆れ顔とは違い、少しだけ安堵の色が浮かんでいる。フリーレンを助けたことで、わたしの株も少しは上がったかな?

 

「気にしないで。フリーレンがミミックに食べられちゃったら、わたしも悲しいからね」

 

 まあ、フリーレンほどの魔法使いがミミックに食べられるなんてことはないだろうけど。

 

「森におかえり」わたしはミミックを見送る。

 

 破壊される恐怖に怯えたミミックは、そそくさとダンジョンの奥へと駆けだしていく。

 

「倒さなくていいんですか?」

 

「ミミックだって生きてるからね」

 

 見ると、丁の字にわかれた通路の右側から、ミミックたちが数体、こちら側の視線に入っている。仲間かなと思ったが、そのまま左側に向かっている。

 

――どこかに向かってる?

 

 そもそも待機している状態が通常のミミックたちがこんなに群れをなしてどこかに向かうというのが非常に稀だ。なにがあったんだろう?

 

 フリーレンをあむあむしたミミックは、しばし迷ってるようだったが、やがてミミックたちが向かった先とは反対方向へと消えていった。

 

 妙だなと思ったわたしは、HUDで、ミミックを――その先を観測。

 ほとんど同時に、フェルンちゃんも同じくHUDを発動。

 魔力の流れを探る。すぐに顔がこわばってくる。

 

 すると、フリーレンもまた、素の魔力探知で事態を理解した。

 遠くからでもはっきりとわかる巨大な魔力。魔族が、いる。

 それも見知った魔力の気配。

 

 まさか――、え、どういうことなの?

 

「アウラの魔力だ」フリーレンが言った。「そしてこれは……グラオザーム?」

 

「アナリザンド様。もしかして」フェルンちゃんに疑われると心が痛い。

 

「ち、違うよ。わたし何もしてない」

 

「シャドーか」

 

 フリーレンの推測はおそらく正しいだろう。

 観測したアウラ様の魂は一切の輝きがない。輝度のない灰色の魂。シャドーの疑似的な魂そっくりだ。もうひとりの、グなんとかさんのことはよくわからなかったけど。

 

 わたしは技術的には今まで出逢った魔族を復活させることができる。魔族の身体なんて、魔力でできているんだから、シュピーゲル程度の魔物にできることがわたしにできないわけはない。

 

 そうしてこなかったのは、魂を再生させる自信がなかったからだ。わたしが魔族を復活させても、単なるソックリさんが生まれるに過ぎないから。倫理的な意味において、わたしはブレーキをかけていたのである。

 

 けれど、わたしのシャドーには、そういったブレーキがない。

 

 そして近くにいるのは、エーデルちゃんたち。

 

 アウラ様に勝てるかと言われると、正直よくわからない。

 

「助けに行かないのか?」フリーレンが唾液まみれの顔で言った。

 

 フェルンちゃんが涎をハンカチで丁寧に拭いてあげてる。

 シリアスなのに、どこか締まらない。

 

「うーん。救難信号はないから。助けを呼ばないってことは助けにきてほしくないってことなのかなって思うよ。エーデルちゃんたちは自分たちだけでなんとかしたいって考えだから」

 

「状況的には、それぞれのパーティも同じようなものだろうと思う。おまえはいったい何人の魔族に逢ってきた?」

 

「えーっと。どうだったかな。確か――血便お姉さんでしょ。血便おじさんでしょ。ドラート君でしょ。あとは……うーん。あ、クパァとかいうデッカイ魔族さんもいたよね」

 

「クヴァールです。アナリザンド様」フェルンちゃんの冷静なツッコミ。

 

「そう。フェルンちゃんが早漏気味に倒した魔族ね。それと忘れちゃいけないのが、腐界の英雄リーニエちゃんね」

 

「この試験の難易度やばくないか?」ラヴィーネちゃんが額に汗を浮かべている。

 

 魔力だけでも相当なプレッシャーなのだろう。

 カンネちゃんのほうはきょとんとしていたけれど。

 

「遊んでる時間はなくなったね。先を急ごう」

 

 フリーレンが早々に立ち上がり、まだ少しべとつきが残る髪のまま、ダンジョンの最奥を目指す。確かに時間はない。一刻も早くシュピーゲルの電源をオフにする必要がある。それからフリーレンは脇目もふらずに、ダンジョンを駆け抜けた。

 

 わたしは、エーデルちゃんたちの無事を祈った。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――閃――――――――――――――――――

 

 

 

 エーデルたちの戦いは佳境に入っていた。

 アウラの首が落ち、回廊に重い静寂が響く。

 シャドーの身体は黒い霧と化し、石畳に黒い染みを遺し、やがてそれすら霧散する。

 

「……儂らの、勝ちじゃ」

 

 エーデルは、撃ち抜かれた左足の痛みに顔を歪め、掠れた声で呟いた。無言で寄り添うサリーの瞳には、主を守り抜いた忠犬の誇りが宿る。

 

 だが、安堵は一瞬で打ち砕かれた。闇が再び蠢き、回廊の向こう側からシャドーグラオザームがゆらりと立ち上がる。その右手に集まる光は、次なる悪夢の始まりを告げていた。

 

「まだ終わっていない!」

 

 ブライが叫び、ミミックの群れにゾルトラークを乱射する。だが、統制を失った木箱の怪物たちは、ただ貪欲に、ガチガチと牙を鳴らしながら床を覆い尽くす。鉄を噛み砕く音が回廊に反響し、ねちょついた巨大な舌から、唾液の臭いが覗く。

 

 喰われたくない。ミミックに食べられるなんて魔法使いの恥晒しもいいところ。

 はぐれ者とはいえ、矜持がある。

 

「クソっ、アウラが消えてもこいつらは止まらねえ!」

 

 ブライの杖が震え、魔力が薄れていく。ドゥンストが片腕を押さえ、血を滴らせながら防御魔法を展開するが、彼の足も指輪が収まるような小型ミミックにかすめられ、膝がガクンと落ちた。

 

 グラオザームの光球が膨らみ、回廊の空気が歪む。冷たい霧が再びエーデルの視界を侵し、蝉の鳴き声と「呪い子」「死刑」と囁く声が頭蓋の奥でうねり始めた。

 

「儂らは、もとよりはぐれ者。愚連隊じゃ!」

 

 エーデルは歯を食いしばり吠えた。グラオザームの呪いをわずかでも吹き飛ばす。

 しかし、呪いとは、人の理を越えたもの、一瞬で視界が塞がれ、現実が現実でなくなる。

 幻想こそが真実となる。

 

「やはり抵抗は……難しいか」

 

 現実が翻案されている。再び本家に出戻りし、冷たい大人たちの観察するような眼差しにさらされる。前と異なるのは、この記憶も五感もすべて現実だとわかっていることだが――、それでも、いま幻想の中にいることを、エーデルは理解していた。

 

 だが、グラオザームの位置が掴めない。勇者ヒンメルの物語においては、わずかな衣擦れの音や空気の流れから、グラオザームの位置を特定し、攻撃を加えることができたという。

 

 そんな超絶技巧はエーデルにはない。戦闘能力はほぼ皆無に等しい。

 

『あきらめてもいいのよ。エーデルちゃんは十分がんばったでしょう』

 

 母と認識する女性の声が脳裏に響く。

 すぐに弱気が襲ってくる。幼子のような精神に変容させられている。

 精神防御魔法によって、記憶の変容だけは防いでるが、それが精一杯。

 情動の変質までは防ぎようがない。

 

『さあ、こっちへいらっしゃい』

 

 楽園への導き。周りはいつのまにやら猛吹雪に襲われ、急速に身体が冷えていく。母のいる御許だけが明るく照らされていて、そこに辿りつけば、助かるように思える。

 

 凍える身体を必死にかき抱きながら、エーデルは耐えた。

 いきたい。どちらの意味か。生きたいのか。行きたいのか。それとも逝きたいのか。

 思考が、闇鍋のなかでかき混ぜられたように定まらない。

 わけもわからず、涙がでてくる。肩が小刻みに震える。

 

 その肩に、なにかの指先が触れた気がした。

 それは、幻想の中の母の手ではなかった。

 もっと無骨で、けれど確かな温もりを持つ、長い指。

 指先だけを感じる。

 

「……そうか。おぬしがおったな。サリー」

 

 エーデルは、薄れゆく意識の中で、傍らに寄り添う忠実な従者の存在を認識した。グラオザームの幻想魔法は、サリー自身の幻想魔法でごく小さな範囲、上書きされている。

 

 サリーが、そっとエーデルの手を握る。その手は、まるで「こちらへ」と道を示すかのように、回廊の一点を指し示した。

 

「おぬしには、奴の位置が視えているのか」

 

 幻想に囚われたエーデルには見えない敵の姿を、サリーは確かに捉えている。

 ならば、やるべきことは一つ。

 

「サリー……儂に、力を貸してくれ……!」

 

 エーデルは、最後の力を振り絞り、人差し指で鉄砲を形作る。

 エーデルは攻撃魔法が苦手だ。一般攻撃魔法すらおぼつかない。ましてや七崩賢の絶対的な魔力の防御の前には、たとえ顔面にぶちあてることができても耐えきられてしまうだろう。

 

 だから――。ただ一発。一撃にすべてを賭ける。

 

 悪夢で見た攻撃のカタチ。なぜか、そのカタチがこれ以上なく効率的に思えた。

 人を殺す魔法、ゾルトラークの完成形。

 なけなしの魔力を一点に集中させて、対象を穿つ。

 たとえ、この身が滅びようとも。

 

――魔族を殺す魔弾(ゾルトラーク・バレット)

 

 撃った瞬間、指先が吹っ飛んだ。

 この時代の防御魔法では、一点集中させた魔力の威力に、発射台である人間の手が耐えられるはずもなかったのだ。

 

 弾丸が虚空へと伸びる!

 暗闇の中から、人間の顔が浮かび上がる。驚愕と恐怖を演出し、殺さないでくれと懇願している。

 だが、弾丸に意志はない。そんな簡単な道理すらシャドーにはわからず、光の弾は吸い込まれるように、すべてを貫いていく。

 

 母親だったはずの女性の顔へと。

 いや、グラオザームの頭蓋へと。

 

 ぐらりと影が(たお)れるのが見えた。

 幻想が晴れていく。

 

 

 

 

 

 エーデルは、指を失った右手を押さえ、荒い息を吐いた。激痛が全身を貫くが、それ以上に、グラオザームを討ち取ったという事実が、彼女の精神を辛うじて支えていた。

 

 だが、勝利の余韻に浸る暇は、一瞬たりとも与えられなかった。

 

「エーデル! 上だ!」

 

 ブライの絶叫が響く。

 見上げると、回廊のミミックたちが、獲物を見つけたハイエナの群れのように、一斉にこちらへとなだれ込んできていた。二階はとうに飽和状態だったのだ。ジャックポット。ミミックの余剰が、溢れだしている。

 

「クソが……! 大将がやられたら逃げ出すもんじゃろうが」

 

 エーデルは悪態をつき、よろめきながらも立ち上がる。だが、指を失った右手では、もうまともに魔法を放つことすらできない。魔力も、先ほどの一撃で完全に底をついていた。

 

「ドゥンスト! ブライ! 飛び降りろ!」

 

 エーデルが叫ぶ。二階にいる二人も、もはや抵抗する力は残されていない。ブライは片腕を負傷したドゥンストを担ぎ上げると、躊躇なく手すりを乗り越え、階下へと身を投げた。

 

 サリーが、その長い腕を伸ばし、落下してくる二人を衝撃を殺しながら器用に受け止める。

 

――ガシャガシャガシャ!

 

 わずかに遅れてミミックの群れが、まるで滝のように階下へと雪崩れ落ちてくる。その光景は、もはや悪夢そのものだ。

 

 エーデルたちは、壁際に追い詰められた。

 背後には冷たい石壁。目の前には、おびただしい数の、牙を剥く木箱の怪物。

 もはや逃げ場はない。

 

「……すまん。エーデル」

 

 ブライは、ドゥンストを支えながら、悔しそうに歯を食いしばった。

 

「私が負傷したばかりに……」ドゥンストが力なく呟く。

 

「謝るな!」エーデルは、震える足で立ち上がり、仲間たちを庇うように前に出た。「儂らはおぬしたちを信じておった。見事な戦いぶりじゃったぞ」

 

 その声には、不思議と恐怖の色はなかった。

 やりきった者だけが持つ、静かな覚悟がそこにはあった。

 ブライもドゥンストも、その言葉に、覚悟を決めたように顔を上げる。

 

「ああ。あんな化け物相手に、よくやったよな、俺たち」

「ええ……。はぐれ者の意地、見せられたのではないでしょうか」

 

 三人は、互いの顔を見合わせ、ふっと力なく笑った。

 もう、後悔はない。

 自分たちの誇りは、守り抜いた。

 ミミックの先頭が、エーデルの足元に迫る。

 その、刹那。

 

(……いや)

 

 エーデルの脳裏に、あの小さな魔族の少女の顔が浮かんだ。

 底抜けに明るくて、死ぬほどお節介で、そして、どこか寂しそうな瞳をした不思議な少女。

 

(……まだ、終わりではない)

 

 誇り高く散るのも美しいだろう。

 はぐれ者ははぐれ者らしく。

 だが、それは、ただの自己満足に過ぎないのかもしれない。

 生き汚くとも、足掻き、そして助けを求める。

 それもまた、一つの強さの形なのではないか。

 あの魔族の少女なら、あるいは――。

 はぐれ者の手すら繋ぐことができるのではないか。

 

「――アナリザンドッ!!」

 

 エーデルは、最後の力を振り絞り、天に向かって叫んだ。

 

「聞こえておるか! おぬしなら、どうにかできるじゃろう! 助けてくれ!」

 

 それは、はぐれ者の姫が、生まれて初めて他者に助けを求めた魂の叫びだった。

 

 

 

 

 

 その声は、ダンジョンの冷たい石壁に反響し、虚しく消えていくかに思われた。ミミックの牙が、エーデルの喉元へと迫る。もはやこれまでか、と誰もが目を閉じた、その刹那――。

 

 ザァッ、と。

 

 まるで空間そのものが涙を流すかのように、上空から無数の光の粒子が降り注いだ。それは闇の中にあって、かすかに輝く優しい光。光の粒子に触れたミミックたちが、一瞬動きを止め、困惑したようにあたりを見回している。

 

「――聞こえてるよ、エーデルちゃん。お姉ちゃんが助けにきたよ!」

 

 声は、天から降ってきた。ちゃっかり姉宣言して。

 

 見上げると、回廊の高い天井近くの空間が、水面のように揺らめいている。そこに、ゆっくりと一人の少女が舞い降りてきた。黒いセーラー服を翻し、猫のような耳をつけた小さな魔族。その瞳は、眼下の惨状を静かに見下ろし、わずかに表情を暗くした。

 

「お姉ちゃんデリバリー、超速参上!」

 

「誰が、お姉ちゃんじゃ! 誰が」

 

 アナリザンドだった。

 彼女は、まるで重力など存在しないかのように、ふわりとエーデルたちの前に着地する。

 

「ほれ、見ておらんで、はよう助けんか」

 

 エーデルは悪態をつきながらも、その声には安堵の色が隠せない。

 ミミックをゲシゲシ蹴っていた足にも力がこもる。希望が湧いた。

 

「うん。でもその前に、ちょっとだけお仕置きの時間かな」

 

 まずは、エーデルのおみ足にすがりついていたミミックをむんずと掴み、放り投げる。ストライク! とてもいい音が響く。

 

 距離ができた。猶予ができた。

 

「襲ってくるつもり? 倒すよ」

 

 アナリザンドは、津波のように迫るミミックの群れへと、小さく声を出す。その小さな身体から、およそ想像もつかないほどの、圧倒的な魔力が爆発的に解放されていく。ダンジョンの空気がビリビリと震え、石畳がカタカタと鳴る。

 

 それでも、ミミックは退かない。

 なぜと、疑問顔になるアナリザンド。

 

「こいつらは、手負いのエサを目の前にぶら下げられてる状態じゃ。手痛いダメージを負うとわかっておっても、これまでにかけた労苦から退くに退けんのじゃろう」

 

「コンコルド効果ってやつか。じゃあ、是非もないよね。お話を聞いてもらわなきゃ」

 

 彼女の瞳が、昏い光を宿した。

 詠唱はない。ただ、彼女の意志が、魔力の奔流となってミミックたちを支配する。

 イメージの天秤が現出する。

 

「――服従させる魔法(アゼリューゼ)

 

 ミミックたちの動きが、完全に止まった。あれほど貪欲だった食欲も、殺意も、全てがアナリザンドの絶対的な魔力の前に塗りつぶされていく。

 

「あ、ヤバ。天秤が落ちる……借り物パワー十倍だぁぁぁ!」

 

 アナリザンドは一瞬よろめき、慌てて魔力をさらに引き上げた。どうやら百体を超えるミミックの魂を一度に乗せるのは、彼女にとっても相当な負荷だったらしい。

 

「少しは自重せんか!」エーデルがツッコむ。

 

 体勢を立て直したアナリザンドは、今や完全に彼女の支配下にあるミミックたちを見渡し、少しだけ悲しそうに微笑んだ。

 

「君たちを、こんな風に利用したわたしの影も悪いけど、悪戯がすぎたよね。だから――」

 

 彼女は、そっと目を伏せる。

 

「お家に帰って、ちゃんと、()()してね」

 

 瞬間、ミミックたちはボンという音をたてて、自らの魔力を暴発させて()()した。

 石畳のうえに汚い花火が幾重にも咲いた。

 ポカーンと間抜け顔になるアナリザンドだった。

 なんで? と顔が言っている。チラ。チラ。エーデルを二度見している。

 わたし、悪くないよねと言っている。

 

「魔力のこめすぎじゃ……命令が混線してしもうとる」

 

 エーデルは深いため息をついた。

 

 郵便が必ず届くとは限らない。魂を縛られた相手は、自己の中に広がった言葉のピースを拾い集めてしまう。要するに、これはそう――事故だったのである。

 

 なんとも締まらない終わりだったが、ともかくこれでエーデル達の戦いは終わった。

 

 

 

 

 

 脅威が完全に去った回廊で、アナリザンドは気を取り直したように、満身創痍のエーデルたちに歩み寄る。そして、その小さな手のひらをかざした。

 

「みんな、お疲れ様。回復するね」

 

「金ならないぞ」

 

「じゃあ、これも貸しってことで」

 

 温かい治癒の光が、三人と一匹を優しく包みこむ。

 通常の回復魔法を遥かに超えた理知の外にある女神様の魔法。

 黄金色の輝きに満たされて、ドゥンストの腕が逆再生されるように伸びていき、エーデルの吹き飛んだ指先も、乙女の白魚のような色合いを取り戻した。

 

 他にも大小さまざまな傷もすっかり癒え、戦闘前と寸分違わぬ状態に戻る。

 

「……すまんな。アナリザンド。借りができてしもうた」

 

「気にしないで。わたしも、エーデルちゃんたちに助けられたから」

 

「儂らが、おぬしを?」

 

「うん。わたしね、ちょっとだけ迷ってたんだ。でも、エーデルちゃんの『助けて』って声が聞こえて、決心がついた。わたしも、わたしのやり方で、誰かのために戦おうって。お助けザンドってやつだよ」

 

 エーデルは、その言葉の意味を完全には理解できなかった。

 だが、アナリザンドの瞳に宿る、真摯な光を見て、小さく頷いた。

 

「……そうか」

 

 そして、エーデルは懐から、あの小さなガラス瓶を取り出した。

 

「もう、ここらが潮時じゃな」

 

 彼女の決意に、ブライが驚きの声を上げる。

 

「エーデル!? まだ戦えるぞ! おまえも、アナリザンドの魔法で回復したんだろう!?」

 

「儂の魔力は、もう空っぽじゃ。おぬしたちも同じじゃろう。あれほどの巨大な敵、二度は倒せん。一度勝てただけでも奇跡のようなもの。これ以上は、誰かの足手まといになるだけじゃ」

 

 エーデルは静かに首を振る。その瞳には、もはや迷いはなかった。

 

「だが、しかし……!」

 

「儂らは、もう十分に戦った。そうじゃろう?」

 

 エーデルは、ブライと、そしてドゥンストの顔をゆっくりと見渡した。ふたりは、言葉に詰まりながらも、やがて覚悟を決めたように、深く頷いた。サリーもまた、主の決意を察したのか、静かにその傍らに寄り添っている。

 

 エーデルたちは、何のためらいもなく、その瓶を石畳に叩きつけた。

 

――パリン、と軽い音が響く。

 

 風船が一瞬で膨らむように現れたのは、土色の無骨なゴーレムだった。それは命令を待つように、ただ静かにその場で佇んでいる。まるで、これから行われるであろう、彼らの最後の会話を、邪魔すまいとするナイスガイのように。

 

「アナリザンド」

 

 エーデルは、どこか吹っ切れたような、晴れやかな表情で言った。

 

「ちゃんと見ていたか? 儂らは、強かったじゃろう?」

 

 それは、敗者の言葉ではなかった。

 自らの誇りを守り抜き、戦い抜いた、勝者の問いかけだった。

 

「うん、強かったよ。すごく、かっこよかった」

 

 わたしは、満面の笑みで答えた。

 

「またね、エーデルちゃん」

 

 会話が終わったのを見計らったかのように、ゴーレムが動き出す。

 

 その巨大な腕が、まず負傷したドゥンストを、次にブライを、そしてエーデルを、まるで壊れ物を扱うかのように優しく、しかし確実に抱え上げた。三人とも、もはや抵抗する気力もなく、その身を預ける。

 

 最後に、ゴーレムはサリーへと手を伸ばした。

 サリーは、ビクッと身体を震わせると、その大きな身体には似つかわしくない、まるで恥じらう乙女のような仕草で、長い両手で自らの顔を覆い隠してしまった。主や仲間たちの前で、無骨なゴーレムにお姫様だっこされるのが、よほど恥ずかしいらしい。

 

 わたしは、そんな様子にちょっとだけ本当の微笑を浮かべる。

 

 ゴーレムは、そんなサリーの様子を意に介さず、ひょいっと軽々と抱え上げた。

 そして、三人と一匹をしっかりと抱えたまま、驚異的な速度でダンジョンの入り口へと駆け出していった。その背中は、どこか頼もしく見えた。

 

 あっという間にひとりぼっち。

 はぐれ者たちからすらはぐれて、孤独な魔族が、ここにいる。

 わたしは、一人、静まり返った回廊に佇んでいる。

 

(……ちょっと、寂しいな)

 

 仲間が去っていくのは、いつだって少しだけ寂しい。

 でも、感傷に浸っている時間はない。

 わたしは、くるりと踵を返し、再び空間を飛び越えて、仲間たちの元へと向かう。

 

 待っててね、フリーレン。

 今度こそ、わたしなりのやり方で、あなたに勝ってみせるから。

 

 

 




タイトル編集しとこっと……。ん。
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