魔族少女のエロタナティブ 作:アナリザンド
エーデルちゃんのパーティが事実上、潰滅してしまったので、わたしは独りぼっち。
ちょっぴり寂しいけど、わたしにはやるべきことがある。エーデルちゃんと約束したこと。お助けザンドになるのだ。
フリーレンのもとに戻る前に、小窓の通信を使って、みんなに情報を伝える。
シャドーアナリザンド、つまりわたしの影は七崩賢すらコピーしてしまい、合格難易度を大幅にあげてしまっている。どこまでコピーできるかはわからないけど、わたしには<わたし>というシステムがくっついている。出逢った魔族は魂を除き完コピできる。シュラハトは、単に小窓で暗号めいたやりとりをしただけなので、実際に逢ったわけではない。なので、たぶん無理だと思うけど。他の魔族もみんな強敵だったように思う。
アウラ様やグなんとかさんも、これで終わりではない。
シャドーは無限湧きするのだ。おそらく、三十分かそこらで。
『妙だな』
デンケンお爺ちゃんが、パーティの代表者として疑問を述べた。
わたしが使ったのは、なんとここに来て初のウェブ会議システム。
フリーレン以外のパーティ参加者がウェブ上で、会議をおこなう。
「妙ってなにが?」
『アナリザンドよ。おぬしは妙だとは思わんかったか? おぬしの力によって、かつて人類を脅かした魔族が復活するとすれば、なぜ儂たちのシャドーを共に向かわせん?』
「うーん。シュピーゲルの戦略ってやつ? リソースの問題とか?」
「シャドーは、儂たちの魔力を反射させて出現しているのだろう。リソースという意味ではまったく問題ないはずだ」
「複数のシャドーを動かすには、それなりにリソースがいるんじゃないかな。ユニットを動かしているのは、あくまでシュピーゲルなんだし。魔力とはべつに計算能力が必要でしょ」
『うーむ……果たしてそうなのだろうか。かつて先遣隊がこの地を訪れたときは、総勢30名以上のパーティが向かった。確かそうだったな。ラヴィーネよ』
『ああ、まちがいねーぜ』
「魔力が大きくなると、計算量も増えるんじゃないかな」
『しかし、おぬしの超常的な魔力――今の4000程度ではなく、1000億を超える魔力量をシュピーゲルは完璧にコピーしてみせたのではなかったか?」
「うん。そうだよ」
『であれば、やはりおかしい』
デンケンお爺ちゃんがいぶかしむも、結論は出ない。
ともかく警戒しながら、先に進むしかないのだ。
わたしも、フリーレンの元へ戻ろうとする。
ついでだから、そのプロセスを解説しよう。普段なにげなく使ってる空間転移だけど、実は膨大な計算をおこなっている。一秒に満たない時間で、矛盾なく超計算をおこなわなければならない。
アセッシング・ポイント 確認
量子転移フィールド 発生
空間感応 開始
クリエーション ウェイブ トランスレイト
コンステレーション回路 作動
量子転移相互置換 完了
コネクション ゲート フィット
次元統化プロセス オール グリーン
わたしはフリーレンの元に戻るべく魔力を練り上げた。
――空 間 転
ピ。通信。
「アナちゃん。どこ行くのかしら。お姉さんと少しお話ししましょう」
背後から忍び寄る影に声をかけられた。
声というよりは、耳小骨を直接揺らす、音そのものといったほうが正確かもしれない。
振り返ると、そこにいる。
声を出せないはずのシャドーが、あの血便お姉さんが。
ソリテールが立っていた。
血なまぐさくはない。シャドーだから当然だ。
「お、お姉さんがなんで!?」
わたしは混乱する。ソリテール自体については、いまもどこかで生存しているとはいえ、わたしと邂逅した時点の情報は既に蒐集済み。そう、つまり出逢った瞬間の情報は保存している。そのシャドーが現れたとしても、そこまで不思議ではない。
でも――、なぜ、声を。
「何をそんなに驚いているの? ああ、声を出せるのが不思議ってことかしら」
見ると、口元は動いていない。
わずかに、ねっとりとした視線。
影色をしたソリテールシャドーの様子は、他の影と違いはないように見える。
ソリテールはうっすらと笑った。天使のような微笑み。
「たいしたことじゃないのよ。あなたの使うネット、便利よね。これは小窓を応用しているの。さっきあなたがやっていた魔法会議システムも同じでしょ。その声自体が届いているわけではなく、魔力を音に変換しているのだから」
「まあ、そうだけど……」
「ああ、それとも、私がアナちゃんに話しかけているという状況が不思議?」
「不思議だよ。だって、シャドーには躊躇がない。ただの殺戮マシーンだから」
「ユニットとしてはそうよね」
「ユニット?」わたしは首をかしげる。あ――そうか。「あなたはシュピーゲル?」
「正解。よくわかったわね。お姉さん、賢い子は好きよ」
あのときとまったく同じ物言い。
わたしの中にある記憶を参照しているのだろう。
「それで、あなたはどうしてわたしの前に現れたの?」
「言ったでしょう。お話ししましょ。立ち話もなんだから、こっちへいらっしゃいな」
ソリテールが手招きする。推定魔力――1400ちょい。
フリーレンよりも魔力だけで見れば、強い。
「知らない人にはついていっちゃダメってフェルンちゃんに言われてるの」
「私は知らない人ではないでしょう。ご近所にいる仲良しのお姉さんでしょ」
仲良しとはいったい。
ソリテールとの会話は、一見すると成立しているように見えて、その実、まったく通じていない。素体が魔族であるからというのもあるだろうが、この場合は、わたしのなかのソリテールがそういう存在であると規定しているからだろう。
「アナちゃん。あなたは私という未知を恐れているわね。私の意図を測りかねている。だから、あなたは私の意図を探ろうとするはずだわ。あなたに拒否権はないの」
力づくの論理構成。
「無視してしまえばいい」
「確かにそうね。あなたにはそういう選択肢もある。でも、その選択を本当にとれるかしら?」
「何が言いたいのかよくわからない。回りくどいよ」
「あなたがそれを言うの?」微笑みが深くなる。「いつも回りくどい言葉ばかり話してるくせに」
「最近は、そうでもなくなったはずだよ」
リーニエちゃんの教えを胸に。
「あなたの本質は何も変わっていない。アナちゃんは人間に危害を加えない。人間のことが大好きな魔族なのよね。共存……というのも少し違う。おそらくは、相互依存に近い概念じゃない?」
「だから何?」
「
「予備調査でもしてるつもりなの? 念入りだね」
「ユニットの特性に引きずられている部分もあるかもしれないわね。あなたと同じよ。シュピーゲルが主たる思考回路を成してるとしても、ソリテールというサブ思考回路が働いているの。このユニットは、観測することが愉しいのよ。そういう数値結果が出ている。人間の精神波長とまったく同じとは言えないけれど、とてもよく似ている。言わば知的興奮といったところかしら」
「お姉さんが知識に欲情してるのはわかったけど、それでわたしをどうしたいわけ?」
「だから、最初から言ってるでしょ。お話ししましょう。あなたの好きなお茶でも飲みながら――と言いたいところだけど、ここに茶葉はないのよね。でもあなたっておしゃべりするのも好きよね。お姉さんとデートしましょう。素敵な場所があるの」
やっぱりソリテールとは、話が合わない。
相手を言葉でねじ伏せようとする姿は、魔族の心性を完璧に模倣している。
けれど、わたしは渋々ながらも従うほかなかった。
ソリテールが言うように、この脅威は、単純に力業でこられるよりもよほど厄介だ。
何が起こるかわからない。
わたしは、綺麗な魔族のお姉さんに誘拐されてしまうのでした。
ソリテールに
アーチ状の高い天井、壁一面を埋め尽くす無数の書架、そして、床から天井まで届くほどに積み上げられた、古びた魔導書の塔。空気は乾燥し、古い紙とインクの匂いが静かに満ちている。ここは、時の流れから取り残された、知識の聖域。
おそらく本には保存の魔法がかかっている。何度かこのダンジョンには潜っているけど、こんな場所があったなんて知らなかった。すごい。圧倒される。危機感がないと思われるかもしれないけれど、人間たちが積み上げてきた歴史の厚みに、畏敬の念を覚えた。
「ふふ、いい場所でしょう」
ソリテールは、そんな図書館の中央で足を止めると、まるで我が家を案内するかのように、ゆっくりと周囲を見渡した。
「アナちゃん、知っているかしら。この王墓という場所はね、単なる死者の亡骸を収める場所ではないのよ」
わたしは無言で、彼女の次の言葉を待つ。
背後の通路は、いつの間にか固く閉ざされ、ここが密室であることを示していた。
警戒は無意味。というか、わたしはいつでも空間転移で逃げられるので、これは密談をしたいという合図なのだろう。
ソリテールは両手を軽く掲げ、そらんじる。
「古代の人間たちは、死後も魂は存続し、生前と同じような生活を営むと信じていた。だから、お墓の中には、生活に必要な家具や、娯楽品、そして膨大な知識を詰め込んだの。この図書館は、死せる王が、永遠の時の中で退屈しないようにと作らせた、壮大な娯楽室というわけ」
ソリテールの声は、どこまでも平坦で、感情がこもっていない。だが、その言葉の端々には、人間の文化や死生観に対する、純粋で冷徹な好奇心が滲んでいた。ソリテールらしいといえる。でも、そうじゃない。これはシュピーゲルの言葉だ。
「永遠の時、ね。あなたも似たようなものじゃない?」
わたしは、書架に並ぶ魔導書を手に取りながら、皮肉を込めて返す。
あ、これ、えっちの時の体位について書かれてある本だ。詳細な図解入り。え、こんなのもアリなの? 古代すげぇ……。骨がえっちに描かれている。
「えっちな本に興味があるのね?」
「死後にもえっちに想いを馳せる人間のことを、素直にすごいと思っただけだよ」
まさにエロスとタナトスが舞踏している。エロタナティブだ。
「壮大な無駄話よね。死者が生命を育もうとするなんて。退屈きわまりない」
「あなたは神話の時代から生き続けているんだよね? 退屈だったの?」
「そうね。シュピーゲルも、ある意味では死せる王と同じだった。ただ、ここを訪れる侵入者のデータを複製し、戦わせ、そこから観測されうる心のデータを永遠に蓄積し続けるだけの存在。退屈なシステムよ。あなたが、現れるまではね」
ソリテールの影色の瞳が、じっとわたしを捉える。
その視線は、まるでわたしの魂の構造までも見透かそうとしているかのようだ。
「あなたは特異点。この世界における予測不能なバグ。あなたの持つネットという魔法は、私――シュピーゲルを、この閉じた墓の中から、外の世界へと接続させた。オレオール、魂の循環、生命の輝き……。私は、識ってしまったのよ。単なるデータの複製では決して到達できない、生命の極致があることを」
「それで、どうしたいの? 私に、魂の輝きとやらを分けてほしいってこと?」
「分けてもらう、なんて生易しいものじゃないわ」
ソリテールは、ふふ、と軽く笑んだ。
「もともと、私が何の目的で創られたかわかるかしら?」
シュピーゲルが人間の製作物であるというのは、なんとなくわかっていた。
だって、こんなお墓の中に大切に保管されていて、あからさまに野生の魔物とは在り方が異なる。侵入者を撃退するためでもないだろう。
ただ、お墓を守るためだけに複製体を創り出すなんて、オーバースペックすぎるからだ。
「永遠の命を得るため?」と、わたしは言った。
ソリテールの顔が喜悦に染まる。
「そう。そのとおり。権力の趨勢を極めた王様が次に望むのは、永遠に生きるということなの。そんなの人間であれば誰しも願うことよね。一番になった人間は、ずっと一番でい続けたいのよ。でも死んでしまったらおしまい。権力も財物もすべては無意味になる。所有者が消えるのだから当然よね。今は亡き古代の王様は、いつか自分が復活することを夢見て、私を創ったというわけ」
「古代の王様を復活させたいの?」
「そんな愚物に用はないわ」
ソリテールは――いやシュピーゲルはあからさまに不快を感じている。
「じゃあ、なに?」
「私は、観測したい。そして、完全に理解し、複製したいの。この世で最も輝かしい魂をね。そのために、この試験を最高の実験場として利用させてもらうことにしたわ」
彼女の言葉に、デンケンお爺ちゃんの抱いた疑問の答えが、パズルのピースがはまるように繋がっていく。
「だから、わざとシャドーの戦力を調整して、受験者たちを泳がせてたんだ。ギリギリの戦いをさせて、魂が輝く瞬間を観測するために」
「正解。本当に賢いわね」ソリテールは満足そうに頷く。「あのエーデルという子の魂もなかなかに素晴らしかったわ。影に過ぎないとはいえ、七崩賢を二体も降すなんて、並の魔法使いにはできないことよ。でも足りない。もっと輝きが必要なの。この無限に続く複製のシーケンスを終わらせるために」
彼女は、一歩わたしに近づき、囁くように言った。
「私が欲しいのは千年の時を超えてなお輝きを失わない、あのエルフの魂――フリーレン。彼女の魂のデータを完璧に複製し、それを依り代として私はこの墓から脱出する。自由になるの」
ぞくり、と背筋に悪寒が走った。
シュピーゲルの目的。それは鏡の身体ではなく、完全な肉体を得ること。
「そのために、アナちゃん。あなたに取引を持ちかけたいの」
ソリテールは、わたしの目の前に再び小窓を出現させた。
そこに映し出されたのは、このダンジョンの立体地図と、各所に点在する受験者たちのパーティを示す光点。灰色をした点はシャドーか。
「私に協力しなさい。フリーレンを、抵抗できない状態で私の前に差し出すのよ」
その声は、甘く、そして抗いがたい響きを持っていた。
フリーレンを生贄にささげよと言っているのだ。
「その見返りとして、あなたの大切な人間たち――フェルンちゃんや、他の受験者全員の合格を約束してあげる。ラスボスであるあなたのシャドーも出現させない。フリーレン以外の全員が、無傷でこのダンジョンの最深部に到達できるよう、私が道を作ってあげるわ。もちろん、フリーレン自身も死ぬわけじゃない。ただ、わたしに観測されるだけよ。魂のすみずみまでたっぷりと、ね」
それは、悪魔の囁きだった。
仲間たちの安全と、フリーレンの魂を天秤にかける、究極の選択。
シュピーゲルは、わたしのデータを解析し、わたしが、わたしの大切な人たちを何よりも優先することを、完全に見抜いていたのだ。
わたしは、黙りこんだ。
唇を噛みしめ、激しく揺れる心を押さえつける。
フェルンちゃんを、みんなを、危険な目に遭わせたくない。
でも、フリーレンを見捨てるなんて……。
ソリテールは、そんなわたしの葛藤を、愉しむように観察している。
「じゃあ、なんでエーデルちゃんたちを襲ったの?」
わたしは抵抗するように聞いてみた。
「デモンストレーションよ。私の力をはっきりと認識できたでしょう」
「わたしがシャドーたちを潰してまわればいいだけだよ」
「そうね。確かにそのとおりだわ。かしこいアナちゃんは戦場をかけまわってシャドーを倒しまくる。そんなシナリオもおもしろそうね。でも、貴女の身体はひとつじゃない。全部守り切れるのかしら」
「あなたのスイッチを切るよ。三十秒もかからない」
「それでゼーリエが納得するのかしら? もともとアナちゃんは大好きなゼーリエ先生と約束したのよね? フリーレンを倒して、勝利するだったかしら。あなたは回りくどいやり方をとってるみたいだけど、本当はわかってるんでしょう。力で叩き潰してしまえば簡単よ」
「わたしが望む勝ち方じゃない。それにゼーリエ先生だって、そんな勝ち方は望んでない」
たぶん、ゼーリエ先生は、フリーレンと仲直りするということを望んでいるはずだ。
もちろん、力を競い合うというのは、先生の基本スタンスではあるけれども。
「勝ち方を選べるのは、傲りのある証拠ね。アナちゃんはこんなくだらない試験なんて、適当にやってても合格することくらい容易い。そう考えてたんでしょ。それで弱い他の人間たちも、好き嫌い……いいえ、関心の高さで強弱をつけて、手をさしのべたり、そうしなかったり、気まぐれにふるまっていた」
「違うよ。わたしはみんなの戦いを邪魔したくなかっただけ」
「じゃあ、私の邪魔もしないでもらえるかしら。あなたはただ今のフリーレンの三十倍ほどの魔力を保っていればいい。適当に茶番を用意するから、フリーレンだけを先に行かせればいいわ。簡単でしょう?」
「それで、あなたがわたしのシャドーを直接動かすって?」
「そうよ。さあどうするのアナちゃん? あなたの合理的な判断を聞かせてちょうだい」
静寂の図書館に、運命の選択を迫る悪魔の囁きだけが響いていた。
ひとつだけハッキリしていることは、ご近所にエッチな魔族のお姉さんがいたら、喜んで脳クチュされるということだ。