魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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神の一手

 

 

 

 わたしはシャルフ君の胸のあたりに手をあてて、回復魔法を唱えていた。女神様の日記帳もとい聖典を膝の上に置き、もう片方の手で、魔力の原液を流す。魂というデータセットの中の、肉の本にまつわる部分だけをロールバックする。

 

 ヴィアベル君が、わたしの目の前でウンコ座りをして、視線を落とした。

 

「おい、シャルフのやつ。くたばったんじゃねぇだろうな」

 

「死んではいないよ。でも……」

 

 わたしの回復魔法も今では出力が落ちてしまって、一瞬で回復させることはできない。けれど、魔力をひきあげることもできない。そうなれば、せっかく倒した魔族たちがまた復活してしまう。

 

 ヴィアベル君たちの努力が無に帰してしまう。

 

 このまま傷を塞いで、じわじわと回復させることしかできない。

 まともに戦えるようになるには、何日も何か月もかかるかもしれない。いつ目を覚ますかもわからない。それだけの激闘だった。魂を燃やしつくすほどの死闘。でも、常識的に考えて、一度だけの奇跡。ヴィアベル君たちの魔力はほとんど残っていない。いくら魔族のシャドーが復活しないといっても、これでは二度目の襲撃があったらあっさりやられてしまいかねない。

 

「命を拾っただけでも儲けもんだろ」とヴィアベル君は言う。

 

「そうだけど……。もっとうまくやれたのに」

 

「泣くな。泣いても現実は変わらねえ」

 

 ヴィアベル君が、わたしを慰めてくれている。

 すごく不器用で、ぶっきらぼうだけど、彼の言葉は優しい。

 ずびび。わたしは涙をぬぐった。

 

「他のパーティはどうなったの?」

 

 エーレちゃんが聞いた。その足は痛々しくも、血で染まっている。

 回復をしようとしたら、止められた。

 

「今はシャルフを優先して」

 

 わたしはそのままシャルフ君を回復させつつ、現状を語る。

 

「レンゲちゃんのパーティは、ヴィアベル君たちに比べたら軽傷だったよ。ドラートとリュグナーのシャドーがいたんだけど、ほとんど瞬殺だった」

 

 もちろん、レンゲちゃんたちのシャドーも配置されていたんだけど、ここでシュピーゲルの誤算だったのは、ラント君の存在だろう。

 

 わたしも意識していなかったんだけど、ラント君は分身を遠隔操作しているんだよね。つまり、分身には魂はないわけで、シャドーラント君はいなかったんだ。

 

 それだけなら、戦力的な差異は、まだいいところ五分五分。いやまだラント君側が不利だったのだけど、そこに謎の影騎士さんたちが十数人以上、突如として加勢に加わったのだ。

 

 ラント君の分身魔法って、ほんとチートじゃねって思う。

 もう、ラント君ひとりでよかったんじゃないかな。

 

 ともかく多勢に無勢で、なすすべなくシャドー達は殲滅されたのである。

 

 ちなみにフリーレンパーティについては、わたしがここにいることからもわかるとおり、まだ誰とも接敵していない。それだけ奥深くに、ひきこもうとしているのかもしれないが、魔族のシャドーは全滅している。さしむける戦力がなかったのだろう。

 

「ソリテール。嘘をついてたのね。他のパーティも危ないって言ってたのに」

 

 エーレちゃんが憤慨していた。ソリテールはおそらく魔族の中でもかなり嘘がうまい部類だと思う。嘘というよりは、欺罔といったほうが正確かな。ソリテールの言葉は意図的に、相手の動揺を誘うもの。魔族全般がつく嘘は、必ずしも意図的なものじゃない。

 

「デンケンの爺さんはどうなった?」

 

 ヴィアベル君が聞いた。

 

 そちらについては説明するまでもなかった。

 実際に見てもらったほうが早い。わたしが視線だけを通路の向こう側にやると、ちょうどデンケンお爺ちゃんが向こう側からこちらに来るところだった。

 

「辛くも生き残ったというところだな」

 

 デンケンお爺ちゃんが、少しだけ呼吸を乱している。

 そしてお爺ちゃんに背負われている気絶したリヒターさん。

 それを心配そうに見やるラオフェンちゃんだった。

 

「そいつはどうした?」

 

「儂らをかばってな。紙一重だった」

 

 わたしはちゃんと見ていた。

 デンケンお爺ちゃんは『儂ら』と言ったけれど、本当は違う。

 リヒターさんは、ラオフェンちゃんをかばって瀕死の重傷を負ったのだ。

 それでも、天井を崩落させて、シャドー達をまきこみ全滅させた。

 ちなみに、シャルフ君を回復させる前に、応急処置的な回復魔法はかけている。

 

「そっちもそっちでフラフラじゃねえかよ。どうする?」

 

 ヴィアベル君が言っているのは、撤退についてだろう。

 もはや魔力もほとんど残っていない。シャドーはまったくもって手加減なんてしてくれないから、最初からこちらも全力でいくしかない。よって、消耗戦になってしまう。

 

 いま、ヴィアベル君がいる地点は、ちょうど中間くらいで、メトーデ達も同じくらい。フリーレンのパーティだけは三分の二くらいに到達している頃か。まだまだ人間のシャドーの襲来は続く。

 

 向こう側も魔力という意味では、戦力が落ちるだろうけど、ただのゾルトラーク一発で、今度は命を奪われるなんてこともありうる。防御魔法が無ければ、魔法使いの肉体なんて紙屑のように脆いのだから。

 

「撤退するほかあるまい」

 

 デンケンお爺ちゃんは苦渋の決断を下した。

 その声には、長年戦い抜いてきた老獪な魔法使いらしからぬ、深い無念が滲んでいた。

 

「でも、試験合格が……」

 

 わたしは知っていた。デンケンお爺ちゃんが、どれほどの想いをこの試験に懸けていたのかを。一次試験のオークションで、彼は亡き奥様との思い出が詰まった屋敷を躊躇いなく賭けた。それは、ただ一級魔法使いという名誉が欲しいからじゃない。帝国の経済を憂いたからでもない。もちろん、そういった心の動きもないとはいえないけれど。

 

――黄金郷に眠る奥様のお墓参りに行くために。

 

 ただ、それだけのために、お爺ちゃんは全てを捧げる覚悟で試験に臨んでいた。

 

 その想いを、こんな形で諦めなければならないなんて。すごく悔しい。

 ラオフェンちゃんを守ったリヒターさんの覚悟も、シャルフ君の自己犠牲も、ヴィアベル君とエーレちゃんの魂の輝きも、全部、全部、無駄になっちゃう。

 

「そんなのやだ」

 

 いつのまにか、元の泣き虫ザンドに戻っていた。

 嗚咽が止まらない。わたしは、ただの子どものように、その場で泣きじゃくった。

 

 そんなわたしの姿を、デンケンお爺ちゃんは、どこか穏やかな、孫娘を見守るような瞳で見ていた。ヴィアベル君は、少し呆れているのかもしれない。甘々ザンドとか思われてるのかも。

 

――重苦しい沈黙が、大広間を支配した。

 

 残る脅威は、無数に再生し続ける人間のシャドーと、最奥にいるであろうラスボス、シャドー・アナリザンド。そして、いまだ現れていないフリーレンのシャドー。

 

 実のところ、フリーレンのシャドーがどこにいるのか、HUDを使っても捉えきれていない。まだ出現していない状況なのか、つまり将棋のように手持ちの駒を温存しているのか、それともどこかに潜んでいるのかわからないけれど、ヴィアベル君たちが一番危険な状況なのは確かだ。

 

 百戦錬磨のデンケンお爺ちゃんとヴィアベル君が、撤退のほうがいいと判断したのなら、それは確かに正しいのだろう。いくら魂の輝きが、計算不能な結果をもたらすといっても、現実的に考えて、そっちのほうが無難だ。

 

 シュピーゲルは今度こそ必ずヴィアベル君たちをしとめようとしてくるはず。必ずしもリポップする相手が、ヴィアベル君たちのシャドーとは限らないし、より不利な組み合わせでマッチングさせようとしてくるかもしれない。フリーレンのシャドーが現れたら、全滅の可能性もある。

 

 頭のなかではちゃんとわかってる。

 でも、わたしのせいだ。わたしというイレギュラーが、この結果を生んでしまっている。

 

「悪いことばかりじゃねえぜ。俺達がダンジョン入口まで戻っちまえば、シュピーゲルの戦力は落ちる。そいつのルールだと、侵入者のシャドーを創り出すってんだろ。要するに、撤退したやつらのシャドーは現われなくなるんじゃねーのか?」

 

 涙がひっこむ。

 ヴィアベル君は何を言おうとしているんだろう。

 聞きようによっては、他のパーティのために試験合格をあきらめると言ってるように聞こえるけど、なにか奇策があるみたいだ。必死に思い出す。シュピーゲルのルールを。

 

「シュピーゲルが創りだしたシャドーは、時間経過とともに崩れ落ちるって言ってた。けど、それがどれくらいなのかはわからない。それに、ヴィアベル君たちはそれでいいの?」

 

「他力本願になっちまうが、他のパーティがシュピーゲルをぶっ壊すまで、外で待ってりゃいい。試験時間は24時間だ。なんとかなるんじゃねえか?」

 

――戦略的撤退。

 

 ヴィアベル君は、試験合格をあきらめていない。

 あきらめの悪さは、人間の強さだ。

 

「シャルフは不合格だろうがな……」

 

 悔恨の混じる視線。シャルフ君は瓶を割ってしまっている。エーレちゃんの判断だけど、ゴーレムの応急処置がなければ、命を失っていただろう。その決断は褒められこそすれ、非難されることはない。それでもやっぱり、エーレちゃんは顔をしかめていた。

 

 ゴーレムは正座状態で、待機している。

 

「なるほど、ルールの穴をついた巧妙な作戦だ。しかし――、儂らの撤退が遅れれば遅れるほど、他のパーティが不利になる。シャドーが復活する前に、瓶を割ったほうがよい。一次試験で見ただろう。このゴーレムの運動性能は相当なものだ。うまくいけば、復活前にダンジョン入口に辿りつけるかもしれん」

 

「あんたはそれでいいのかよ」

 

「かまわんさ。()はな」

 

 デンケンお爺ちゃんは、おもむろに懐から瓶を取り出すと、躊躇なく割った。

 みんな、驚き固まっている。

 ゴーレムは正座の状態で、命令を待っている。

 

「やはりな。シャルフのゴーレムがここで待機状態であるから、もしやと思ったが――」

 

「どういうことだ?」ヴィアベル君が聞く。

 

「このゴーレムは一次試験のように、問答無用で儂らをダンジョンの外に連れていこうとはしない。その理由は、おそらく、ゼンゼ殿。おぬしにあるのではないか?」

 

 デンケンお爺ちゃんの視線が空中に向けられる。

 わたしのネットを通じて、話を聞いていたゼンゼ先生が小窓で現れる。

 

『デンケンの言う通りだ。このゴーレムは、私の指揮下にある。今は緊急事態と判断し、現場にいる君達の判断を優先するように命令している』

 

「であれば、このゴーレムを護衛代わりとし、ダンジョンを撤退するということも可能だな?」

 

『可能だ。しかし、それはあなたの失格を無にするものではない』

 

「覚悟の上だ。この場で、撤退戦を成功させるには少なくともシャルフとリヒター、ふたりを担いで逃げるだけの戦力がいる」

 

「お爺ちゃん……」わたしはぽつりと言う。

 

「心配するなアナリザンド。言っただろう。政治とは七つの道を遺しておくもの。これで道が潰えたわけではない。それに帝国が三年程度で滅ぶわけがなかろう」

 

「でも、お爺ちゃんは……」

 

「長生きしてみせるとも。どうせ老い先短い命だ。三年程度では何も変わらん」

 

 デンケンお爺ちゃんは選択したのだろう。

 自分の願望より、今ここにいる若者たちの命を優先した。

 それが瓶を割るという行為だったのだ。

 

『少しよろしいでしょうか』

 

 通信が入った。メトーデだ。

 後ろには、影騎士さん達がずらりと並んでいる。圧巻の一言。

 

『私達は、このまま最奥を目指します。フェルンさんたちが挟撃される形になるのを防いだほうがよいでしょうから。それに、私達がいたほうが、エーレさんやラオフェンさんがシャドーに襲われる確率を下げることができると思います。影騎士さんたちもついてますし』

 

 さりげにロリファーストなメトーデである。

 でも、言ってることは順当だ。

 ヴィアベル君たちは、謎の影騎士軍団を見て、ちょっと引いていたが、何も言わないところが逆にすごい。空気読んでる。

 

「そいつらが何なのかは知らねーが……。悪くはねー策だな」

 

 対シャドー戦略としては、ラント君の魔法はこれ以上ない上策だ。

 本当のところは、みんな撤退して、ラント君だけが突っこめば、シュピーゲルはなすすべなくやられるだろうけど、フリーレン達は撤退が難しい状況にある。

 

 それに、フリーレン自身は撤退を好んでいないようだった。事実上、最大戦力であるフリーレンがラスボスであるわたしを打倒できる可能性は最も高い。シュピーゲルの目的はフリーレンの魂を観測することにあるから、リスクのある行為ではある。

 

 けれど、聞きやしないのだ。あの千年エルフは!

 

 さっきだって、フェルンちゃんの隣で、これ見よがしに「瞬殺だよ」なんて言ってたし。あんまりじゃない(アウラ様風味)。

 

 まあ、実際は、フリーレンが試験に参加した最大の目的はフェルンちゃんの試験合格を手助けすることにあるのだろう。撤退戦というのは、全員がしんがりみたいなもので、消耗を抑える難しさがある。それよりは、敵を撃破するほうが簡単だと考えたのかもしれない。

 

「勝機は十分と見た。メトーデの提案にのろう。武運を祈る」とデンケンお爺ちゃん。

 

『ええ、あなたがたも、ご無事で』

 

 メトーデの優しげな声。

 少女のことが大好きな、やべー女であるとは誰も気づかない。

 

 それで終われば、秩序だった綺麗な会議だったといえるだろう。

 レンゲちゃんの爆弾発言がなければ――。

 

『筋肉……。筋肉はいい……。筋肉はすべてを解決するかもしれない』

 

 しーん……。

 誰もが聞かなかったことにした。

 こんな緊迫感のある状況で、何を言っているか意味がわからなかったからだ。

 

 けれど、小窓の中のレンゲちゃんがした行為は、さらにイカれていた。

 神の叡智に比べれば、人間の智慧など、塵芥のごとし――。

 

 レンゲちゃんは、自分の瓶を「えい」と叩き割り、ゴーレムを出現させてしまったのである!

 ミスとか、撤退を念じたものではない。

 完全に意図的行為だった。出現したゴーレムの腕の中に包まれてご満悦な様子。

 

『……マッチョなゴーレム、かっこいい……。ヴィアベルとデンケンの組み合わせも、老獪な師と奔放な弟子のようで悪くない……。疑似師弟の輝き……。でも、ヴィアシャルの無言の絆……あれこそ王道……悩みどころ……』

 

 だからなに!?

 腐規則発言はおやめください!

 

『あ、そうだ……。ゼンゼは……さっき言ってたよね?』

 

 わたしのログを参照したのだろう。

 

『レンゲ四級魔法使い。君は何がいいたい』

 

 ゼンゼ先生も困惑気味。

 

『ん。シュピーゲルを倒すためなら、なんでもするって言ったよね?』

 

『なんでもとは言ってないな。どんな手段を使ってもとは言ったが』

 

『ルール、変わった』

 

 そういうことか!

 

 レンゲちゃんは、ゼンゼ先生とわたしの会話によって、試験のルールが上書きされたと言っている。確かに、どんな手段でもというルールと、瓶を割ってゴーレムを使役したら失格というルールは矛盾する。

 

 でも普通、そんなこと考えない。

 試験官の考え次第では、失格扱いにされちゃうし、リスクのある行為だからだ。

 けれど、レンゲちゃんにとって、この試験の真の目的とは合格することではない。

 

 それは、ネタの発掘という、神ならではの目的があったのである。

 

『私、やっぱり見ているだけのがいい。壁になりたい。神とは壁なり――』

 

 神の啓示にリーニエちゃんが目を輝かせている。

 

 神とは、壁なり――。

 意味不明なんだが?

 

 レンゲ神ならではの常軌を逸した考えに、一同黙っていた。

 でも、試験官としてゼンゼ先生は口を開かなきゃいけない。

 

 真面目な話、ゼンゼ先生は迷っている。

 すでに試験はメチャクチャで、一級魔法使い選抜の試験としては難易度が高すぎる。

 完全に管理しえたと考えていたシュピーゲルが明確な目的をもって牙を剥くなんて、考えていなかった。大陸魔法協会の管理が行き届いていなかったと言われてもしかたのないところではある。

 

 それは引いては、ここを試験会場に選んだゼンゼ先生の失敗ともいえる。

 ゼンゼ先生は優しいから、なんとか試験の形を保とうとしたのである。

 

『いいだろう』ゼンゼ先生は悩みぬいたうえで言った。『ゴーレムの自由な使用を許可する』

 

 ゼンゼ先生の一声に、みんなが一斉に瓶を叩き割る。

 少しでも戦力補充をしたほうが有利だから当然だ。

 

『道は開かれた。あとは君たちが進むだけだ。行け』

 

 より一層の奮戦を期待する――。

 

 反撃の狼煙があがった。

 

 

 




壁とは観測者のことである。
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