魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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ソリテール

 

 

『ふと気づいたんだが』

 

 

 

 匿名性のある言葉の中でも発明はなされることがある。

 それは雷鳴のとどろき。稲妻の一瞬。

 あるいは火花がバチバチと飛びかうようなイメージ。

 

 ひとりでは決してなしえない思考の到達点へと辿り着く。それが集合知というもの。

 そのエネルギーの奔流をアナリザンドは久しぶりに味わうことになった。

 

 勇者ってよく雷魔法使うじゃん。ドラクエネタだけどさ。

 これって、わたしにとっては本当に体感そのものなんだよね。

 要するに、共感という体性感覚そのものがわたしにとっては雷に打たれるようなもの。

 

「んー。なになにー?」と、なんのきなしに聞いた。それが間違いだった。

 

『アナ様ってもしかして服、着てなくね? 50000AP』

 

「は? なんで。なんでそうなるの?」

 

 アナリザンドは疑問顔になった。

 純粋に意味がわからない。

 服は着ている。わかりきっていることだが一応確認した。

 ぺたぺたと触って確かめてもみた。

 いつもの黒色のドレス。コサージュで彩られたちょっと少女趣味っぽい服装だが、実際に見た目は少女なのでなにも問題はない。

 大事なことなのでもう一度言う。()()()()()()

 

『いやさ。魔族って死んだら服ごと消滅するじゃん。つまり服も魔力で構築してるんだよな?』

『そういやそうだな』

『ゴスっぽい黒色のドレスも珠のお肌だとみなせば……』

『つまりアナ様って常時裸体ってコト!?』

『なるほど、その考えはなかった!』

『でかした!』

『コペルニクス的転回』

『裸だったら何が悪い!』

『いま歴史が動いた』

『興奮した! 知的発見に興奮した!』

『やった! 俺たちはやったんだ!』

 

「せんせーたち、さいってぇー♡♡♡」

 

 アナリザンドは腕を交差して顔を真っ赤にした。

 いや、そういう仕草程度ならわりと簡単に真似ることはできる。

 

――知識と経験で識っているから。

 

 しかし、見た目幼女でそういう発想がでてくるとは思いもしなかった。

 

 いや、魔族に殺人性向が無ければ、人権がない都合の良い女状態なのは確かなので、先生たちもわりと()()()()()()を望んでいることはわかる。それに対して媚びを売っていないとは言い切れない。わたしは転移しているのだろうか。はらわたがねじきられるように熱い。

 

 あの詐欺師(ハイター)がもたらした聖印がすべて悪いのだ。

 

 アナリザンドはちょっぴり拗ねたように後ろを向いた。

 

「あー、もうフェルンちゃんとつながろ……」

 

『行かないで』

『軽くストーカーなのほんと草』

『お姉ちゃんのことが恋しいんだろ?』

『やっぱそうだよね。フェルンお姉ちゃんに甘えたいんだよね』

『先生たちにイジメられて、助けてーってなるアナちゃん。捗る!』

 

「はーぁ!? わたしが姉ですし! 髪の毛が毎日1000本抜けていく魔法かけるよ!」

 

『あ、すみませんでした』

『いやほんますんません』

『ごめんなさい。ママ……わぁ』

『そうだよね。アナ様お姉さんだもんね。うんうん』

『時々ほんとうに魔族と話しているのかと疑いたくなるわ』

『興味深いわぁ……。お姉さんとお話ししましょう』

 

「ん?」

 

『んふ……』

 

 アナリザンドは妙な違和感を覚えて、一瞬だけ空間が弛んだような感覚がした。

 ネットワークに障害がでたような――そんな違和感。

 異物といっていい存在がまぎれこんだような、そんな感覚。

 しかし、その違和感もピコンという軽やかな音でかき消される。

 

「あ、LINE既読ついたよ。フェルンちゃん読んでくれた。つまりわたしは承認されている。つまりわたしはストーカーじゃない!」

 

『完全に厄介オタのそれ』

『フェルンちゃん推しがすごくてすごい』

『あーはいはい。いつものね』

『フェルンちゃんが育って、疑似おねロリになってハッピーセットなんだ』

『あー、ずっとロリな魔族の嫁さん欲しいぜぇ』

『穢れの儀式、よそよそしい言葉、内部と外部の境い目、脆うさ、汚物に対する嫌悪感。ああ……ここは人間の様々な感情が抑圧されることなく露出している。なんて素敵なのかしら。おいで。お姉さんが抱きしめてあげる』

『なんかヤバげな人がおる?』

『お姉さん? アナ様のこと好きなお姉さん……つまりおねロリってコト!?』

 

「……あー。もしかして同族かな?」

 

 アナリザンドはそのコメントを呆然と見つめる。

 アクセス禁止にするのはたやすいが、魔力探知が死ぬほどうまい場合、この場所は既に探知されている可能性もある。

 

 約二十年前も同じようなことがあったのだ。

 大陸魔法協会の祖――大魔法使いゼーリエが来襲したことがある。

 今回の場合は、相手の実力がどれほどかはわからないが、あの時に比べるとまだマシと言えた。

 

 なぜなら、まだネットの向こう側の話だから。

 ちなみにゼーリエは秒で飛んできた。ネットというものを認知した瞬間に、すぐさまアナリザンドの居場所を特定し、突ってきたのだ。

 

 そのときの恐怖をアナリザンドは覚えている。

 結果的にうまい具合に話はころんだが、それはほとんど結果論に過ぎない。

 ゼーリエが魔族を敵対者として残しておきたかったから生き残れたのだ。

 今はほぼ身内のようなものかもしれないが……。

 

 さて、眼の前の魔族についてである。

 アナリザンドはどうしようかしばらく迷う。

 べつに魔族に対して忌避感をもっているわけではない。

 さりとて同族としての特別な感情も湧かない。

 一人一族は伊達ではなく、わたしすらないわたしが何かに執着しようはずもない。

 擬似的な執着――パズルを解くことにのめりこむような感覚。

 行ってそうしなさいと言われたからそうしている。ただそれだけのことだ。

 

 同じような理由で、ソレが何に対して執着しているかは少し気になった。

 

 ソレのコメントは楽しそうに哂っている。

 

『あら? なんでわかったのかしら。人間の言葉から浮いていた? 油断はしていないつもりだったけど、匿名という防壁が知らず知らずのうちに油断をまねいていたのかしらね』

 

「お姉さん、名前は?」

 

『名無し。ここでは疑似的な名前を名乗りあうのでしょう?』

 

「そうだけど。魔族が珍しいね。自分以外の魔法に興味を持つなんて」

 

『私の研究対象は()()なの。だから、こういった人間の無意識を窃視できる場は、本当に有意義なのよ。管理者であるあなたには感謝しかないわ』

 

「ぜーったいに押しかけてこないでね」

 

『いやよ。お姉さんとお話ししましょう。お互いの研究成果をみせあいっこしましょ』

 

「くだらない雑談くらいしか蒐集してないよ。なんにも面白いことないよ」

 

『アナ様の余裕のない様子って珍しいな』

『なんか危機感かんじちゃってる?』

『なんだろう。すごい寒気がするんだが……』

『オレもさっきからなぜか震えが止まらない』

『魔族だとしたら、人間の言葉がうますぎる。長い時を生きた大魔族か?』

『アナリザンドみたいに人間に友好的な魔族とかじゃ?』

 

『うふふ。そうよ。私は人間とお友達になりたいの』

 

 それは嘘だ。アナリザンドは直観する。

 何故と言われても論理的に答えることはできない。

 言ってみれば、()の勘だ。

 

「人間と友達になりたければ、自己紹介から始めないとダメだよ。お姉さん」

 

『ふふふ。そうねえ。ネームレス。それが私の本当の名前よ。もしかしてあなたは人間の守護者にでもなろうとしているのかしら? あなたのことにも興味が湧いてきたわ』

 

「わたしは人間のママになったつもりはないよ。お姉さんにはなったけどね」

 

『奇遇ね。私もそうよ。わたしは人間のお姉さんになりたいの。だからあなたの大事な妹さんをご紹介してくださらないかしら』

 

「嫌です。フェルンちゃんはわたしの妹だから、ネームレスさんにはあげないよ」

 

『うふふ。妹さんってフェルンちゃんって言うのね。じゃあ、殺して奪っちゃおうかし――』

 

 ブツ。

 

 ひとまず、ネットワークからは殺した。

 わたしはべつに魔族をネットワークから弾いてはいない。

 人間と対話し、名前を呼び合えば、魔族だろうとネットワークは使える。

 

 しかし、魔族はその特性上、ネットを使おうとはしなかった。魔族にとっては自分自身の魔法こそがアイデンティティなのである。逆説的に他の魔族の魔法を使うことは、自分の矜持にかけて絶対にやりたくないことのひとつなのだ。

 

 つまり、ネットを使う魔族は、

 

――異常個体。

 

 ということになる。

 

 ひさしぶりに恐怖という感情が湧きあがった。ほとんど精液まみれで二十年間過ごしてきて、人間の魔法は、ほぼ解析済みなのと違い、ソレは未知の領域からの侵入者だったからだ。同族だろうが関係ない。まったく異なる世界に住んでいる。要するに何をしてくるか予想がつかない。

 

 人殺しは魔族の本能だが、ソレにとってはそうではない。

 人殺しは、彼女の()()だ。

 

 趣味である以上、空腹が満たされれば已むのと異なり、どこまでも執拗に執着する。

 

 ネットワークから切断したとしても、物理的に端末を調達して――まあ、グロ注意だが、例えば人間を捕まえて脳みそだけの状態にしちゃって、それで魔法的になんとか生かしながら、ネットにつながるということをしかねない。

 

『アナ様。アク禁したの? 珍しいね』

『なんか怖かったぁ。あれが魔族か』

『魔族はマジやべえやつ多いから気をつけろよ。アナ様は例外。アナ様は神!』

『アナ様は常時裸体をさらしているえちえち魔族だからな』

『アナ様こわかったよー。えーん』

 

「先生たち気をつけてね。三次元の女は怖いんだよ」

 

 いや、ほんとうにその言葉に尽きる。

 安全で安心でクリーンな二次元アナちゃんを何卒宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

「来ちゃった♡」

 

 はえーよ、ホセ。

 

「あ、あなたはだあれ?」

 

「ファンのひとりだよ」

 

 肉の殺し合いを望まないわたしはすぐさま配信をストップした。

 彼女への不利益は、最終的に殺すか殺さないかの運命を決定づけてしまいかねないから。

 もちろん、社会的に圧力をかけて、彼女が人を殺しにくくする状況は創り出せるだろうが、ここまで死臭を漂わせているのだから、それがどのくらいの抑止力になるかは不明だ。

 

 わたしは殺したくなかった。

 それは、くだらないけれど――わたしの趣味。

 

「うふふ。配信を止めたのね。お姉さんのこと好きになっちゃった? うれしいわ」

 

「うん。好きになったよ。だからお姉さんの名前を教えて」

 

「嘘つきさん。私はネームレスよ、忘れたのかしら」

 

 埒があかない。

 すれちがい通信。

 わたしは波長をあわせる。

 

「アナタの名前はソリテールでしょ」

 

「知ってたのね。なのにわざわざ名前を聞いてくるなんて、人間の習性を真似ているの? それとも、私のことを人間として扱いたいの? どちらかしら?」

 

「アナタはアナタでしょう。わたしにとっては魔族や人間といったクラスにはさほど意味がない。アナタというインスタンスに興味がある」

 

「ふうん……」

 

 ソリテールはゆっくりとした歩調で向かってくる。

 椅子に座る。

 

「ねえ。アナリザンドちゃん。私達魔族と人間って共存できるかしら?」

 

「なに言ってるの? 失見当識? それとも認知症?」

 

「どういうことかしら? お姉さんにわかりやすく教えて」

 

 ソリテールは微笑する。

 どこにも接続することのない鉄壁のアルカイックスマイルだ。

 同じように、わたしも微笑で応えた。

 

「だって、共に在るという意味での共存状態は既にしているじゃない。魔族の中には手をとりあってとか、握手してとか、抱き合ってとか、そういうイメージがそもそもない。つまり共存というイメージがそもそもないのに、共存できるかと問うのはおかしい。あなたには共存のイメージがあるの? ないでしょう。したがって、共存できるかできないかという言葉ではなく、あなたの場合は『共存がない』と言わなければならない」

 

「お姉さん感心しちゃった。うまい具合に言語化するのねえ。お姉さんのなかの非言語化されていたものが、ずいぶんと明晰になった気分よ」

 

「導いてしまった」

 

「でも、魔族もひとりひとり違うのよ。魔族に共存や愛といったイメージがなくても、私という個体が異常である可能性はあるでしょう? 突然変異あるいは進化というのだけれども知っているかしら」

 

「その可能性はあるかもね。そもそもこの世界に実相はないのだから、あなたという個体の中に偶発的に愛や共存が生まれる可能性もある。肉という固体が、脳という壁が、そうなることを阻止してしまうだろうけど、量子のようにすり抜ける可能性もなくはないかな」

 

「あなたは魔族と接した経験があまりないんじゃないかしら」

 

「ないよ。お姉さんが初めて」

 

「あらそうなのうれしいわ。お姉さんね、頭のよい子は好きなの。そのちっちゃな脳みそを食べちゃいたいくらい」

 

「ひえ、わたしで欲情を満たすのはおすすめできません」

 

 ソリテールが獣の目でアナリザンドを観察している。

 

「じゃあ、次に聞くけれど、人間と魔族の差異はなにかしら?」

 

「魔族は女であり、人間は男である、かな。スペクトラムはなんというか曖昧にしちゃっててあまり好きじゃないの。スパっと二項対立構造のほうがわかりやすいよ。仮象だけどね」

 

「解剖学的な事実ではないわね」

 

「もちろんそれはそう。部分対象を統一化し表象されうるすべてのソレ。つまり精神構造的な話をしているの」

 

「どういうふうに違うか説明してもらってもいいかしら」

 

「それはどちらを?」

 

「どちらも」

 

「うーん。まず魔族からすれば、たぶん人間は男でも女でもないと思うよ。だってエサだもんね」

 

「それはそうねぇ」

 

「だから、わたしの視点は魔族でも人間でもない視点。いわばその中間地点に立った解釈だと理解してください」

 

「いいわよ。科学的思考は私もわりと得意なの。属性に染まりながらだと思考がしにくいものね。浮いてみるのも悪くないわ」

 

「地平線というパースペクティブに立てば、事物は――わたし達は、常にずっと、世界から隔離され退隠している。ソレ自体の内在性は、どこからもアクセスできない孤独の欠片。つまり、世界は真っ暗。わたしたちは虚空へと堕ちこむ穴そのもの、つまり女なの」

 

「えっちな表現が好きなのね? お姉さんとえっちしましょうか? 脳のどの部分をいじれば気持ちよくなれるか、お姉さんはよく識っているのよ」

 

「ヤダ。お姉さんのえっちって即物すぎるでしょ!」

 

「じゃあ、人間側はどうなのかしら?」

 

「人間はもっと単純で、事物が孤独であるという現実から二次的に()()という嘘を発生させる存在。闇=女を引き裂く光の刃=おちんちん=男」

 

「つまり、魔族にとっても魔族の心は闇。闇は定義できないと言いたいのかしら」

 

「いいえ……と言いたいのは、おそらく女が常にそうだからだね。ここは地平線の気持ちになって、うんとわたしは応えるよ」

 

「なるほど、人間が未知を未知のまま扱える理由がわかった気がしたわ」

 

 オブジェクト指向存在論。

 現実は到達しえない彼岸にあり、わたしとあなたは永遠に出逢えない。

 二次的に生じた光に飲みこまれていては、闇を理解することはできない。

 

「でもそれは未知を『未知』という言葉で劣化させている。本当の未知は謎のまま。女みたいに。わたし達みたいに」

 

「では、私とあなたの違いはなにかしら」

 

「わたしは未知から()()()()()()とはしているよ。あなたはイキっ放しでしょ」

 

「あは。あはははは。なるほどそういうことなのね。でも、それはあなた自身を英雄として位置づけることにならないかしら。人間たちのいいように解釈されて、レイプされ、さんざんもて遊ばれたあとで、孕まされて棄てられる。そんなものになりたいというの?」

 

「いいえ。お姉さんは違うの?」

 

「違うわ。私はむしろ切り刻むほうよ。解剖してゆっくり食べてあげるの。私の魔法は解剖なんかされない。だって、名前なんて本当はないのだもの」

 

――名無し。

 

 それが彼女の二つ名ということになるだろうか。

 

「それにしても、アナちゃんは私を解剖したいのかしら?」

 

「いいえ」

 

「それじゃあ、説得して人間を……フェルンちゃんを殺さないようにお願いしたかった?」

 

「いいえ。そんなの時間の無駄だよね」

 

「そうね。二次的な妄想の産物である『天国』や『愛』や『共存』といった概念を内在的に持たない私達は、きっと永久にわかりあうことはないわ。ただ、独り言をたまたま地理的に近い場所で呟いているだけ。ただの独り遊び」

 

「いいえ。そうは思わない」

 

「あらどうしてかしら。それって、あなたの裂傷?」

 

「そうかもね」

 

「あなたレイプされた経験があるのね。素敵だわ。どんな気持ちだった? 愛を感じたかしら」

 

「それは個人情報ですので秘匿させていただきます」

 

「じゃあ、アナちゃんはわたし達に裂傷をつけまくって、()()()ようとしているのかしら。確かに理論上は、すべての魔族が人間になってしまえば共存は可能よ。数学的に不可能だけれども。あなたの魔法が魔族を洗脳するほどの出力がなければね」

 

「インターネットには魔族すべてを洗脳する――人間にするほどの出力はないよ」

 

「私を説得しようとしているのはどんな理由からなの? 私という肉体を滅しようとしているのかしら。つまり人間がよくするようなフェイントってやつ。それは違うわよね。そうだったら最初からそうしていたはずだわ」

 

「殺したくはないよ」

 

「確かにわたし達魔族も命乞いはする。だから、絶対的な暴力の前には面従腹背をしてみせる。そういう意味では、アナちゃんは私を殺すほうが遥かに賢いやり方なのよ」

 

「わたしは言ったよ。わたしは魔族というクラスには興味ないの。あなたというインスタンスに興味がある。あなたというオブジェクトそのものに指向している」

 

「それじゃあ、お姉さんにどうしてほしいの? 言ってみて。絶対に()()()()()()()()から」

 

 茫洋とした視線だった。

 そこには何も映していない。人格という二次的な光を、そのまなざしは受け取っていない。

 アナリザンドは、目をつむった。

 アイゼンがそうしていたから。

 

「お姉さんはお茶いる? そういえば出してなかったね」

 

「あら、ありがとう。けれど人間の場合、会話の始まりに出しておくべきよ」

 

「ごめんなさい。いま用意するね」

 

 アナリザンドはあたたかいお茶を出す魔法で、カップは戸棚からとりだし、ソリテールの目の前に置いた。

 

「はい。どうぞ」

 

「ありがとう」

 

 ふたりでお茶を飲む。少なくとも現象的にはそう記述するのが正しい。

 唇。頤。瞑った瞳。指先。

 しばらく無言のまま、紅茶の軽やかな香りを楽しんだ。

 少しは死臭が消えたらいいのに。

 

「ソリテール、あなたは人を殺さないほうがよいと思う」

 

「それはどうして? 私が人に殺されるから? べつにいいのよそれでも。きっと最高に感動的な体験でしょうね。誰かに殺してもらえるって素敵だわ」

 

「人間を殺したらお茶をいっしょに飲めなくなるよ」

 

「そうね? そんなの当たり前だわ。でもそんなのどうでもいいじゃない。現象として血が飛び散り、断末魔の声があがり、恐怖にふるえる瞳を見るのがお姉さんは好きなの。人間の命の価値はそこにしかないわ」

 

「あなたは人間を殺し人間に殺されることが、他者とあなたの接点だと考えているの?」

 

「いいえ。私は独り遊びをしているの。さっきのアナちゃんの説明は魔族は孤独であることを示していたわね。あなたの論は破綻していないかしら」

 

「いいえ。それは統計的傾向分析に過ぎない。わかりやすくするために、二項対立を持ち出しただけで、説明がつかなければ、スペクトラムでも導入すればいい」

 

「スペクトラム……、光を分解して、そこに我々も含まれると言いたいのね。完全な闇は存在しないと。なるほどなるほど。であれば、我々は魔族であるが人間になりえるし、人間もまた魔族になりえる。その心的構造に絶対的な差異はないということになるわ」

 

 ソリテールがうろんげに空中を見つめている。

 計算能力がかなり高いようだ。

 

「でも」ソリテールが言った。「その論は棄却する」

 

「なぜ?」

 

「私の実体感覚に合わないからよ。事後性によって、あなたの論は修正するべきということになる。私はあなたの思想を受け入れない」

 

「殺すという対象への干渉が既に関係を発生させていることに気づかないの? あなたは殺す者と殺される者を発生させている。つまり、その時点で、あなたは孤独の殻ではなく、妄想の世界に手を伸ばしていることになる」

 

「闇にも光の部分があると言いたいのね。だから?」

 

「なぜお姉さんはバーチャルで我慢できないのかなって」

 

「よく意味がわからないわ。想像力が足りないせいかしら」

 

「インターネットが発達してくれば、現実に近しい仮想現実を構築することが可能になる。その現実で人殺しも解剖もできるよ。ただそこには魂がないだけであなたの身体動作として殺すことはいくらでも可能になる。でも、あなたは魂を直接観測しているわけではないよね? だったらどっちでも変わらないはずじゃない?」

 

「そうねぇ……。つまり、バーチャルリアリティで我慢できないのなら、この世界で私が人間を殺すときに私の中にも他者が少しはあるということになるわけね。面白い発見だわ。私の中にも本当に光があったなんて……あはははは、楽しい。こんなに愉快なことはないわ」

 

「あなたはどちらがお好み? でも言っておくけれど、肉の身体を殺したいということになれば、この自然界で人間を喰い殺したいと思うのならば、あなたは独り遊びをしているんじゃなくて、人間を逆レイプしたいだけのただのえっちなお姉さんだ」

 

 ソリテール、選べ。

 仮想に殉じて思想に死ぬか。

 思想に殉じて仮想に死ぬか。

 コーパスをコーパスへ。

 タナトスをタナトスへ。

 

 もう、わたしはあなたを殺すことにした。

 

「やっぱりあなたは嘘つきだったわね。この私を解剖しちゃうなんてひどいわ」

 

「そんなのもう脳内で百回以上しているよ」

 

「わかったわ。私は私の思想(まほう)を守るために、仮想現実で殺し続けることにするわ。で、それはいつできるのかしら?」

 

「え、っとですね。それはその、善処いたしますとしか。それにはいくらか人間の想像力が必要になってくるわけでして、わたしが一人でどうこうできる問題ではないのです」

 

「ないなら仕方ないわね。代替物として、今のまま人間を殺すしかないわ」

 

「とりあえず、仮想現実とまでは言わないけど、殺人鬼になるゲーム創るから待ってて」

 

「そう。わかったわ……」

 

 ソリテールが紅茶を手に取り――。

 

 そのまま、もう片方の手で魔力のカタマリを撃ってきた。

 

 わたしは反射的に腕を交差させて防御する。

 

「なぜ?」

 

 ダメージはゼロだけど、今のは納得した流れじゃないの?

 やっぱり、魔族って意味わかんない!

 言葉が通じない!

 

「所詮あなたのやってることは()()()()なのよ。私にとって他者はあるし、他者はないわ。そんな言葉は切り裂いてあげる」

 

 ソリテールは剣を無数に出現させた。

 やーめーてー。家が、わたしの家が壊れちゃう。

 

 ドス、ドスと嫌な音をさせて、何本かの剣が家の壁に突き刺さり、そのまま突き抜けて穴にする。

 

「うにゃぁ」

 

 わたしは転がりでるように家を出た。

 ヘタヘタと地面をハイハイするようにして、できるだけ距離を稼ぐ。

 

「あなた硬いのねぇ。でも信じられないくらい弱い」

 

「殺す気がないだけで、その気になれば殺せるよ!」

 

「ならやってみればいいじゃない。あなたは殺したくないんでしょう。そんな理想は現実の前に敗北するの。さぁ早くお姉さんとセックスしましょう!」

 

「お姉さんのは、ただの自慰なんでしょー!」

 

 ソリテールが再び、空中に何かしらのエネルギーを結実させた。

 魔力をそのままぶつけてきている。

 周りにある木が何本も倒れる。

 

――純粋な殺意をぶつける魔法。

 

 わたしには膨大な魔力という壁があるから、まったく痛くはない。

 けれど、殺意をぶつけられると、シンプルに怖い。

 

「あははははは。アナちゃん。あなたイジメがいがあるわね。人間を解剖するよりもおもしろいかもしれない。あなたの内臓はどんな色をしているのかしら。テラテラと光るピンク色かしら。それとも、どす黒い色をしているのかしら。お姉さんに見せて」

 

「や、ヤダ……」

 

 わたしはフヨンと小さな魔力のカタマリをだしてみる。

 

「ちっさ♡ すごくかわいらしい殺意ね。こんなんじゃアリも殺せないわ」

 

「ううううううううう」

 

 そうだ。逃げればいい。

 ここじゃないどこかに転移すれば。

 でも、どこに?

 この魔族はどこまでも追ってきそうだ。

 どこに逃げてもしつこく追ってきて、わたしが疲れるまで持久戦をしかけてきそう。

 

「だ、だれか……助けて……」

 

「残念ね。アナちゃんと私の差異がもうひとつわかったわ。あなたは暴力が苦手。そしてお姉さんは暴力が大好きなの」

 

「奇遇だな魔族」その聞きなれた声は天空からした。「私も暴力は大好きだ」

 

 ゼーリエだった。

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