魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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それぞれの顛末『ラヴィカン』編

 

 

 

 フリーレンの合否について記述する前に。

 みんなの合否結果が気になるよね。

 

 わたしだって、フリーレンとの熾烈極まる戦いのさなか、気にならないわけじゃなかった。

 だって、みんないっしょに戦った仲間だもんね。

 というわけで、実際にフリーレンとの対話の途中で、みんなには声をかけて試験をどうなったか聴いてまわったというわけ。ちょっとうざがらみザンドと思われたかもしれないけれど、一次試験で不合格になった子たちとの打ち上げパーティは楽しかったと記憶している。

 

 たとえ、今回ダメだったとしても、みんな何かしらを手にして還ってきてほしい。

 そんなリアルアナちゃん会話サービスを強制供給したという流れなのでした。

 

 

 

 

『カンネ』

 

 

 

 面接の一番手、正確にはアナリザンドの次の二番手ともいえるが、ゼーリエと直接逢ったことのない新入りとしては一番手だ。だからカンネは緊張していた。アナリザンドの話を聞く限り、ゼーリエは途方もない魔力を持つ絶対者としての威厳があるらしい。

 

 自分の戦績を考えてみても、実力を見てみても、一級魔法使いに手が届くイメージが持てない。 二次試験ではほとんど何もできず、アナリザンドを庇って気絶しただけ。勇者一行のシャドーを前に、足がすくんだだけ。一次試験ではそもそもラヴィーネとフリーレンにおんぶに抱っこだった。

 

(どうしよう……このままじゃ、絶対に落ちる……)

 

 カンネの心臓が、早鐘のように鳴り響く。

 

 待合室の扉が開き、自分の名前が呼ばれた。

 重い足取りで向かった先は、陽光が降り注ぐ美しい庭園だった。

 

 色とりどりの花が咲き乱れ、左右にわかたれた水源がキラキラと光を弾いている。

 その水路の縁に、ゼーリエは腰掛けていた。玉座はない。けれど、彼女がそこにいるだけで、その庭園全体が、まるで彼女のためだけに創られた神殿のように見えた。

 

 そして、膨大というのもおこがましいほどの、凄まじい魔力。

 ゼーリエからたちのぼる魔力だけで気おされ、呼吸することすら難しい。

 本能的な恐怖がカンネの心を支配する。

 

 でも――。

 

(アナお姉ちゃんは言ってた。ゼーリエ先生は()()()が好きだって)

 

 カンネは、アナリザンドの言葉を思い出し、決意を固めた。

 ただ普通に面接を受けても、きっとゼーリエにとっては児戯に等しい。

 むずがる赤ん坊の鳴き声に等しいだろう。

 自分では万に一つも受かる可能性はない。

 

 だったら、やることは一つしかない!

 ゼーリエが、退屈そうにこちらに視線を向け、ゆっくりと口を開いた。

 

「では、始め――」

 

――今だッ!!

 

「うおりゃあああああああああああ!!」

 

 カンネは、獣のような雄叫びとともに、ありったけの魔力を解放した。

 狙うは、ゼーリエが口を開く、その一瞬の隙!

 

 水を操る魔法(リームシュトローア)を最初は使おうと思った。

 でも、ゼロゼロコンマの世界では、そんな悠長なことは言ってられない。

 

 自分にとっての今持てる最大の攻撃は――、最速の攻撃は。

 

――人を殺す魔法(ゾルトラーク)

 

 白い閃光が、カンネの杖先からほとばしる。思考よりも早く、詠唱すら省略した、カンネの全霊を込めた一撃。それは、庭園の美しい静寂を切り裂き、ゼーリエの心臓めがけて一直線に突き進んだ。

 勝算なんてない。ただ、自分の覚悟を、強さへの渇望を、この一撃に託す!

 

 しかし――。

 

 パシン。

 あまりにも軽い、乾いた音が響いた。

 

 ゼーリエは、水路の縁に腰掛けたまま、動いていなかった。ただ、こちらに向けていた顔の角度をわずかに変え、その白い指先で、カンネのゾルトラークを、まるで鬱陶しい小虫でも弾くかのように、こともなげに逸らしていたのだ。

 

 光の軌道がぐにゃりと歪み、カンネの背後にある石壁に着弾する。轟音と共に石壁が砕け散り、土煙が舞い上がった。

 

「……え?」

 

 カンネは、目の前の光景が信じられず、杖を構えたまま硬直する。

 渾身の一撃。自分の持てる全てだったはずだ。それが、指先一つで……。

 静まり返った庭園に、ゼーリエの心底つまらなそうな、しかしどこか憐れむような声が響いた。

 

「……くだらない。なんだそのふざけた魔法の使い方は」

 

 その一言が、カンネの心を絶望の底へと突き落とした。

 

「アナリザンドの入れ知恵か、あるいはフリーレンの悪影響か。どちらにせよ、実にくだらん。小娘、おまえは何もわかっていない」

 

 ゼーリエはゆっくりと立ち上がると、その金色の瞳で真っ直ぐにカンネを射抜いた。

 

「お前の強さなど、その程度か。恐怖を誤魔化すための虚勢、他人の言葉を鵜呑みにしただけの猿真似。そんなもので私の心を動かせるとでも思ったか? おまえの魔法には、覚悟も、哲学も、何もない。空っぽだ」

 

 ゼーリエの言葉の一つ一つが、鋭い刃となってカンネの胸に突き刺さる。

 

――図星だった。

 

 アナリザンドに言われたから。ただそれだけで、何も考えずに突っ込んだ。自分の弱さを、この一撃で覆い隠せると思っていた。

 

「二次試験では恐怖に足をすくませ、仲間を庇って倒れるのがやっと。一級魔法使いには到底及ばん。……不合格だ。帰れ」

 

 無慈悲な宣告。

 

 カンネの瞳から、涙がぽろぽろと零れ落ちた。悔しくて、情けなくて、顔を上げられない。やっぱり、ダメだったんだ。ラヴィーネやフリーレンみたいに、強くはなれなかった。

 

「……うぅ……ひっく……」

 

 俯いたまま、ただ嗚咽が漏れる。

 その時だった。

 

「――だが」

 

 ゼーリエの、静かな声が続いた。

 

「お前は、アナリザンドを庇ったな。あの状況で、お前は恐怖を乗り越え、自分よりも強い仲間を守ろうとした。アナリザンドがおまえよりも遥かに強いことは理解しているはず。なぜだ?」

 

 予期せぬ問いに、カンネは顔を上げた。

 涙でぐしゃぐしゃの顔で、懸命に言葉を紡ぐ。

 

「……だって……アナお姉ちゃんが……やられちゃうって、思って……。怖かったけど……体が、勝手に……!」

 

「くだらん感傷だ。だが、その感傷がおまえの限界を一時的に超えさせたのも事実。アナリザンドが言っていた、私には観測不能な魂の輝きとやらなのかもしれない」

 

 ゼーリエは、カンネの前に歩み寄ると、その小さな顎に指をかけ、無理やり顔を上げさせた。金色の瞳が、至近距離でカンネの濡れた瞳を覗き込む。

 

「おまえもアナリザンドの妹のつもりか?」

 

「そうだよ。フェルンだけじゃない。私だってお姉ちゃんの妹なんだ」

 

 カンネは、涙声ながらも、きっぱりと言い切った。

 その瞳には、一瞬、強い意志の光が宿る。

 

「だから、か――。あいつに似て、おまえも泣き虫なのは」

 

 ゼーリエは、ふっと指を離すと、どこか呆れたように、しかし面白がるような響きで言った。

 

「魔法使いは涙を見せてはいけない。感情というノイズが魔法を歪めてしまうからだ」

 

――魔法学の基礎の基礎。

 

「だが、あいつは、そしておまえも、涙を力に変えるらしい。既存の魔法理論とはかけ離れている。厄介なことこのうえない」

 

 ゼーリエは水路の縁に再び腰掛けると、まるでカンネの存在など忘れたかのように、庭園の花へと視線を移した。

 

「お前の実力は、贔屓目に見ても二級魔法使いに届くかどうか。本来なら、こんな場所に来ることすら百年早い。さっさと失せろ」

 

 冷たい言葉。だが、カンネはもう泣いていなかった。ただ、唇を固く結び、悔しさを堪えるようにゼーリエの背中を見つめる。

 

(やっぱり、ダメなんだ……)

 

 諦めが胸をよぎった、その時だった。

 

「――だが、まあいいだろう」

 

 ゼーリエは、振り返らないまま、吐き捨てるように言った。

 

「今回は試験内容に不備があった。騒がしい魔族が紛れ込み、試験官の管理も杜撰だった。その混乱の中、おまえがここまで残ったのは、ただの幸運だけではないだろう。……オマケだ。二級魔法使いの資格だけはくれてやる」

 

「……え?」

 

 カンネは、自分の耳を疑った。二級魔法使いに。私が?

 戸惑うカンネに、ゼーリエは苛立たしげに言葉を続ける。

 

「勘違いするなよ、小娘。これは情けだ。おまえのくだらない感傷と、その姉だか何だか知らんが、あの馬鹿弟子の顔を立ててやるだけだ。一級魔法使いの門を叩くには、おまえには何もかも足りていない。あまりにも未熟だ」

 

 ゼーリエは、そこで初めてゆっくりと振り返った。

 その瞳には、絶対者としての冷徹さと、そして――ほんのわずかに、未来の好敵手を育てるかのような、厳格な教師の眼差しが宿っていた。

 

()()()。三年後、再びここへ来い」

 

「……!」

 

「その時までに、おまえのそのくだらない感傷が、本物の強さになり得るのかどうか、この私に見せてみろ。もし、三年経っても今のままの児戯を続けるようであれば、その時は――」

 

 ゼーリエは、口元に酷薄な笑みを浮かべた。

 

「おまえの姉もろとも、塵にしてやる」

 

 それは、温情などではなかった。

 あまりにも過酷で、あまりにも厳しい。

 まるで魔族みたいな契約だ。

 けれども、カンネの心には、絶望ではなく、燃えるような闘志の炎が灯っていた。

 

――チャンスを、くれたんだ。

 

 見込みがないと、切り捨てられたわけじゃない。

 神話の時代を生きた大魔法使いが、私の未来に、ほんの少しだけ期待してくれたんだ。

 

「……はいッ!」

 

 カンネは、涙を完全に拭い去り、これ以上ないほど大きな声で返事をした。

 その瞳には、もう迷いも怯えもなかった。

 

「三年後! 必ず、もっと強くなって、ここに戻ってきます!」

 

「ほざけ。……もういい、帰れ」

 

 ゼーリエは興味を失ったように背を向け、庭園の静寂の中に一人佇む。

 カンネは、深々と一礼すると、今度は確かな足取りで、庭園を後にした。

 試験には落ちた。一級魔法使いにはなれなかった。

 でも、カンネは確かなものを手に入れた。

 三年後という明確な目標。そしてもっと強くなりたいという渇望。

 

「――というわけで、結果は不合格だったけど、二級にはなれたんだ! すごくない!?」

 

 カンネちゃんの声は、驚くほど晴れやかで、力強かった。

 わたしは、その話を聞いて、思わず笑みがこぼれた。

 ゼーリエ先生も、見事なまでのツンデレっぷりですな。

 突き放すようでいて、また試験に受けに来いだなんて、よっぽどカンネちゃんのことを気に入ったのかな、なんて思う。

 

【カンネ:不合格(ただし、二級魔法使いへの昇格と、三年後の再挑戦を命じられる)】

 

 

 

 

 

『ラヴィーネ』

 

 

 

 カンネが半べそをかきながらも、どこか晴れやかな顔で待合室に戻ってきた。「二級になれた!」と興奮気味に報告すると、そのまま扉のすぐ脇にちょこんと座り込んだ。

 

「カンネ。帰らないのか?」と、ラヴィーネは聞いた。

 

「うん。ラヴィーネが終わるまで待ってる。一人じゃ心細いもん」

 

 そう言って、へにゃりと笑う。

 さっきまでの緊張はどこへやら、すっかりいつもの調子だ。

 アナリザンドもカンネをねぎらってヨシヨシする。それでアナリザンドは、一瞬の隙をつかれてカンネにギュウギュウに抱きしめられて、サバ折りされていた。ぐええと少女が出しちゃいけない声をだしている。

 

 つぶされたカエルみたいな声だった。

 

 それだけの恐怖を感じたのだろう。

 いまは腕の中に安心安全のアナリザンドを抱きしめて、安堵を得ている。

 アナリザンドのほうはエンドを迎えそうだったが。

 

(……世話の焼けるやつ)

 

 だが、その存在が不思議と心の支えになっているのも事実だった。

 深呼吸を一つ。貴族の娘として、いや、ひとりの魔法使いとして、みっともない姿は見せられない。背筋を伸ばし、ラヴィーネは庭園へと足を踏み入れた。

 

 陽光が降り注ぐ美しい庭園。水路の縁に、伝説の大魔法使いゼーリエは腰掛けていた。その圧倒的な魔力の前で、平静を装うのに全神経を使った。

 

「ラヴィーネか」

 

 ゼーリエは、値踏みするように、私を頭のてっぺんから爪先まで一瞥した。

 おそらくは私の実力を測っているのだろう。

 

「ああ、そうだ」

 

 ここで貴族らしい小娘ならカーテシーでもしてみせるんだろうが、そんなもん、柄じゃねぇ。私は、ふてぶてしく言い返し、真っ直ぐにゼーリエを見据えた。

 

「おまえが金の力で私の魔法を買った小娘か。実に合理的で、貴族らしいやり方だ。だが、それで得た力はおまえの力といえるのか?」

 

 棘のある問い。だが、想定内だ。

 

「結果を出すために一番手っ取り早い手段を選んだだけだ。フリーレンと同じパーティで戦ってみて分かったんだよ。あのレベルが基準なら、綺麗ごとだけじゃ到底追いつけねぇってな」

 

「まちがってはいない」ゼーリエは愉しそうに哂う。「魔法にはキレイもキタナイもない」

 

 どうやらゼーリエの思想に沿っていたらしい。

 ラヴィーネはわずかながらも手ごたえを感じる。

 

「だが、貴様の魔法はフリーレンの模倣、あるいは私の魔法図書館のカタログをなぞっているだけともいえる。おまえの魔法には独創性がない。おまえ自身の魔法はどこにある?」

 

 その言葉が、胸の奥に突き刺さる。

 独創性。私だけの魔法。そんなもん、考えたこともなかった。

 私はいつだって、誰かと自分を比べてきた。

 優秀すぎる兄たち。伝説の魔法使いフリーレン。

 そして、同級のカンネが自分よりも弱いところを見て、密かに安心していたのだ。

 

「……」

 

「答えられないのか。おまえは常に他者と自分を比較し、その物差しでしか自分の価値を測れない。フリーレンに勝ちたいか? 私のようになりたいか? くだらない。おまえはおまえ自身の頂点を目指さずして、何になるつもりだ? それすらもわからない者が魔法使いの最高峰たる一級魔法使いになれると思うか?」

 

――図星だった。

 

 喉まで出かかった反論の言葉が、音にならずに消える。私は、ただ唇を強く噛みしめることしかできなかった。

 

(……ああ、そうか。私は、ずっと……)

 

 ずっと、誰かの背中を追いかけて、その影に怯えていただけだったんだ。

 誰かと比較されるのが怖くて、自分が誰よりも誰かと比較してた。

 私は、ゆっくりと顔を上げた。もう、虚勢を張るのはやめだ。

 この人の前では、どんな嘘も通用しねぇ。

 

「あんたの言う通りだよ。今の私に()()()()()()なんてモンはねぇ。フリーレンのようにも、あんたのようにもなれねぇ」

 

 自らの敗北を、はっきりと口にした。不思議と、心は穏やかだった。

 

「だがな、この試験で一つだけわかったことがある」

 

 私は、カンネのことを思い出す。

 いつも泣いて、私の後ろをついてくるだけだった、あいつ。

 飛行魔法の練習の時も、ずっと飛び立てず恐怖で震えるだけだった、あいつ。

 

「私は、あいつ……カンネが隣にいねぇと、どうにも調子が狂うんだ」

 

 ぽつり、と――。

 真実をこぼす。

 

「私は、あいつ……カンネの弱さが、ずっと気に食わなかった。すぐに泣くし、すぐに諦める。そんな姿を見て、イラついて……そうじゃねぇ自分に、どこかで安心していた。あいつよりはマシだ。あいつよりは強いって」

 

 私は、自分の醜い心を、初めて言葉にした。

 

「でも、違ったんだ。あいつは、弱いくせに、最後は絶対に逃げなかった。アナリザンドを庇った時も、私を待ってる今も。あいつは、自分の弱さを隠さずに、それでも必死に立ってやがる」

 

 ゼーリエは、黙って私の言葉に耳を傾けている。

 

「あいつの隣にいると、誰かと比べて強がってる自分が、ひどく馬鹿らしくなる。……あいつの隣でなら、私も、もう少しだけ素直になれるのかもしれない」

 

 私は、顔を上げ、ゼーリエを真っ直ぐに見据えた。

 

「だから、もう誰かの背中を追うのはやめだ。私は、あいつの隣に立つ。そして、あいつと一緒に、一級魔法使いになってやる。それが、私が見つけた、私だけの魔法だ」

 

 言い切った。これが、今の私の全てだ。

 

 ゼーリエは、しばし黙りこんでいた。その金色の瞳が、私の覚悟の深さを測っているかのようだ。 やがて、彼女はふっと息を吐くと、口元に微かな笑みを浮かべた。

 

「ようやく足元を見る程度はできたようだな」

 

 その声には、先ほどまでの冷たさはなかった。

 

「いいだろう。その答えに免じて、二級魔法使いの資格をくれてやる」

 

「……!」

 

 一級ではない。だが、完全な不合格でもない。カンネと同じ、二級。

 悔しさよりも、なぜか安堵が胸に広がった。

 

「勘違いするな」ゼーリエは釘を刺すように言った。「おまえの実力は、まだ一級にはほど遠い。そして、おまえには、あの小娘以上に根深い問題がある」

 

「問題……だと?」

 

「そうだ」ゼーリエの金色の瞳が、再び私を射抜いた。「おまえは、金で魔法を買った。合理的で、効率的。実に結構なことだ。だが、おまえはその()()()()()()に魂を売り渡している。魔法の探求とは、本来、無駄で、遠回りで、気の遠くなるような時間の積み重ねだ。その苦痛と向き合うことから、お前は逃げている」

 

「逃げてなんかいねぇ! それにあんただって、一級魔法使いに合格したやつらには魔法を譲渡しているじゃねえか」

 

「それは褒美だからだ。一級魔法使いになるというのは、多くの者にとっては人生の大半をかけた長い道のりだ。それだけの気概と研鑽が必要になる。近道なんてものはない」

 

「だったら魔法図書館の存在自体はどうなんだよ!」

 

 私は、食い下がるように叫んだ。矛盾している。あんたの言ってることは、絶対におかしい。

 

 しかし、ゼーリエは私の激情を、表情一つ変えずに受け止めた。

 そして、心底つまらなそうに、しかしどこか憐れむような瞳で私を見返した。

 

「……小娘。おまえは魔法というものをなにひとつ理解していない」

 

 ゼーリエは、ふぅ、と一つ息をつくと、諭すように言った。

 

「魔法図書館は、()()だ。私が踏破してきた無数の道筋を、後進に示すためのな。だが、地図が与えられたからといって、誰もが同じ頂に立てるわけではない。地図を読み解く知識、険しい道を進むための体力、そして何より、道を外れることを恐れない野心。それらを持たぬ者にとって、地図はただの紙切れだ」

 

 ゼーリエの言葉は、静かだが、有無を言わせぬ重みを持っていた。

 ラヴィーネは自身が赤子になったように感じる。

 文字通り、そうなのだろう。ゼーリエの前では。

 

「おまえは、地図を手に入れただけで、旅を終えた気になっている。最も楽な道を、最も速く進むことだけを考え、道端に咲く名もなき花や、その道のりが持つ本当の意味を見ようともしない。それは探求ではない。ただの作業だ」

 

「……っ」

 

「一級魔法使いに与えられる特権は、自らの足で頂に立った者への、次なる頂への招待状だ。だが、お前はまだ麓にすら立っていない。金で買った地図を握りしめ、麓から頂を見上げているだけだ。そんな者に、新たな地図を渡す意味があると思うか?」

 

 ぐうの音も出なかった。私の合理性は、ただの怠惰の言い訳でしかなかったのだ。ゼーリエの前では、全てがお見通しだった。

 

「おまえがカンネと共に立つと言うのなら、その覚悟を私に見せてみろ」

 

「……っ」

 

「三年後、再びここへ来い。その時までに、おまえのその合理主義が、本物の強さになっているのかどうか。それとも、ただの怠惰の言い訳だったのか。見極めてやる」

 

 ゼーリエは、口元に酷薄な笑みを浮かべた。

 

「その証として、今から三年、私の魔法図書館の利用を禁ずる。おまえの家の金も、私の魔法も頼らず、自らの力だけで這い上がってこい。もしそれができなければ、おまえは一生二級のままだ」

 

 それは、あまりにも厳しい試練だった。だが、もう心は折れなかった。

 

「上等だ」

 

 私は、顔を上げ、ゼーリエを真っ直ぐに見据えた。もう、瞳に迷いはなかった。

 

 重い足取りで待合室の扉を開けると、カンネが勢いよく立ち上がって駆け寄ってきた。

 アナリザンドはまだ床で伸びている。どれだけ甘え倒したのだろうか。

 

「ラヴィーネ! どうだった!?」

 

「二級だ。お前と一緒だな」

 

「ほんと!? やったー! お揃いだね、ラヴィーネ()()()!」

 

 カンネは、満面の笑みで私の腕に抱きついてきた。

 その体温が、なぜか心地よかった。でも、ちゃんづけは御法度だ。

 

 魂のツインテキャメルクラッチ。

 

「痛い痛い。ラヴィーネやめて! とれちゃう。とれちゃうから!」

 

 カンネの慈悲を乞う声をBGMに、ラヴィーネは考える。

 カンネと同じスタートライン。悪くない。いや、ここからが本当の勝負だ。

 三年後。絶対にこいつと一緒に、あの人の度肝を抜いてやる。

 

【ラヴィーネ:不合格(ただし、二級魔法使いへの昇格と、三年間の魔法図書館利用禁止&再挑戦を命じられる)】




間に合わなかった抱き枕になる魔法
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