魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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それぞれの顛末『ヴィアベルパーティ』編

 

 

 

 三次試験、ゼーリエによる面接。

 

 重厚な扉の向こう側は、一級魔法使いという大陸最高峰の椅子に座れるか、あるいは凡庸な魔法使いとして一生を終えるかの境界線だ。

 

 待合室のベンチに座るエーレは、先ほどから小刻みな震えが止まらない。膝の上で組んだ指先は白くなるほどに力がこもっていた。

 

 隣に座るシャルフも、同様だ。

 

 震えこそしていないものの、その顔色は青白く、これ以上なく緊張しているのが伝わってくる。

 普段から無口な男だが、ただひたすらに床を見つめていた。

 

「ねえ、遅くない? ヴィアベル。もう十五分は経ってるわよ」

 

 エーレが耐えきれずに口を開く。

 

「大魔法使いゼーリエが相手だ。それくらいはかかるだろう」

 

 シャルフは静かに答えるが、その声もわずかに硬い。

 

 自分たちは二次試験で、間違いなく一級の領域に触れた。だが、それはシャルフの命を賭した自己犠牲と、エーレの覚悟、ヴィアベルの執念――三人の魂が混ざり合って起きた一度きりの奇跡だ。

 

 個の力を問う面接で、あの絶対的なエルフが自分たちをどう評価するのか、想像するだけで吐き気がした。まさかゲームのように、ドキドキ魔法個人レッスンなわけはないだろうし。

 

 特にエーレは、優等生らしく、自分が二級魔法使いとしては整った知識と実力があることを正確に理解していたが、一級魔法使いになった自分というイメージが持てていなかった。

 

「ヴィアベル……大丈夫よね」

 

「あいつのことだ。問題ないだろう」

 

 シャルフは友として、あるいはリーダーとしてヴィアベルを慕っているように見える。

 

――自分にとってはどうだろうか。

 

 エーレにとっては、粗雑で乱暴で、ロリコン疑惑すらあるヴィアベルだったが、もちろん、英雄であり、実力があることに疑いはない。頼りがいのあるところも、信頼している。

 

 その時、重い扉が音もなく開いた。

 

 中から出てきたのは、いつものようにファー付きの服をちょい悪風に着こなし、鼻先に一次試験でつけられた傷跡を隠そうともしない男。

 

 北部魔法隊隊長、ヴィアベル。

 

 エーレの顔つきが明るくなる。帰ってきてくれた。それだけで嬉しい。

 乙女顔になるエーレ。

 

「どうした。おまえら。そんな暗い顔して」

 

 そしていつもの調子で言うのだ。

 

「ヴィアベル、試験は?」エーレが聞いた。

 

「ああ、楽勝だったぜ」

 

 まるで散歩ついでに役所に書類提出をしにいったかのような、気安い返事。

 それでこそヴィアベルという感じもする。

 

「やったな!」シャルフの声も一気に明るくなる。

 

「おめでとう。ヴィアベル」エーレも当然。

 

「つーか。拍子抜けするほど簡単な問答だったぜ」

 

「それにしては時間がかかったように思うが」

 

 シャルフは疑問を口にした。

 ヴィアベルが言う簡単の基準はわからないが、経過した時間は十七分ほど。

 本当にただの問答だったのだろうか。

 

 シャルフの問いに、ヴィアベルは軽く肩をすくめ、鼻の傷を指でなぞった。

 

「ああ。半分くらいはおまえらの話だ。あのエルフ、自分の受験者のことだろってのに、俺におまえらが使える魔法使いかなんて聞きやがってな。好きな魔法は何かなんてガキみたいな質問よりも、おまえらの出来を説明するほうがよっぽど骨が折れたぜ」

 

「ガキ――子ども!? ヴィアベル、あなたまさか。ゼーリエ様がいくら小さいからって」

 

 ドキドキ魔法個人レッスンしてたのだろうか。

 

「んなわけあるか!」

 

「そうよね。いくら外見が幼くても、さすがに神話の時代から生きているロリババァじゃダメよね。少しだけ安心したわ」

 

「おまえ、それをゼーリエの前で言ったら殺されっぞ」

 

 いつもの調子でやいのやいの。

 アナリザンドは、その様子をまんまるな瞳でじーっと窺っている。

 普段から、あまりじっとしていられない性分なのか、ゆらゆらと体を揺らしているが、その揺れがいつもより大きい気がした。

 

 なにやら会話に参加したそうな雰囲気。

 

「どうしたのアナリザンド。何か話したいことでもあるの?」

 

 エーレが少し離れた位置から聞いた。いまさら言うまでもないが、エーレはアナリザンドを友人として見ている稀有な存在である。アナリザンドは、エーレを妹のように思っている節はあるが、それでも他の大部分の乙女たちとは異なる属性を帯びている。

 

 だから気づくことができたともいえる。

 

「んー。おめでとう。ヴィアベル君」

 

 まずは賛辞。目の前で小さく拍手をしている。

 容貌だけで見れば、ヴィアベルと親子ほど年が離れた少女が、無垢な笑顔をこぼしているように見える。背伸びをするようにして、思いっきり顔をあげて、至近距離から。

 

 あいかわらず恐ろしいほどの幼女の擬態。

 ほとんどの人間は――特にロリコンはコレにやられる。――と、エーレは思っている。

 

「なんだ。アナリザンド。俺が落ちるとでも思っていたのか?」

 

「いいえ。ヴィアベル君はまず間違いなく合格すると思ってたよ」

 

「だったら、こいつらにアドバイスでもしにきたのか?」

 

「まあ、そういう感じかな」

 

 アナリザンドは、主にエーレを見ていた。

 シャルフのことも気になっているようだが、お友達特典でもあるのかもしれない。

 

「先生はね、強い子が好きなの。でも、ヴィアベル君がどれだけ『こいつらは使える』って力説しても、先生は自分の目で見たものしか信じない。……だからシャルフ君」

 

 まずは、シャルフのほうから。

 

「ああ……」シャルフの視線はアナリザンドに向けられている。

 

 独学で魔法を学んできたシャルフにとって、アナリザンドは唯一の癒しだったらしい。

 向けた視線は、アイドルに向けるそれのようで。

 顔つきはキリっとしているが、なんとなく生暖かい。

 ロリコンでないことを願うばかりだ。

 

「シャルフ君はありのままを見せてくればいいよ。シャルフ君の魔法は、先生の知らない()()()があったから。自信を持って」

 

「そうだな。やれるだけのことをやるつもりだ。ありがとうアナ様」

 

 シャルフがまるで聖母の啓示を受けた騎士のような顔で頷き、係員の一級魔法使いのファルシュに呼ばれて扉の向こうへ消えていった。

 

「あなたって、無自覚よね」

 

 この魔族少女、魔性の幼女につき。

 ロリコン製造マシーンなのは疑いようのないところだ。

 

「わたしはいつだって意識的だよ。人間の構造化された無意識とは、ちょっぴり異なるからね」

 

「ふうん」

 

 乙女なエーレの目からみても、アナリザンドはあざとかわいい。

 今もふにふに動いて、猫のようだ。

 

「それよりも、エーレちゃん」

 

「なによ。私には何て言うつもり? どうせおじいちゃんの孫らしく、行儀よくしてこいとか言うんでしょ」

 

――レルネン。

 

 最初の一級魔法使い。

 エーレは、無意識にしろレルネンのことを誇りに思っている。

 あるいは、自分がレルネンの孫であることも。

 

「んー。逆かな。エーレちゃんはレルネン先生の影を捨てておいで」

 

 アナリザンドの言葉に、エーレは眉をひそめる。

 

「捨てろって……。おじいちゃんの教えは私の基礎よ。魔法学校に入る前には、多少の手ほどきを受けたの。もちろん、本当に基礎の基礎だけだったけれど」

 

「でも、エーレちゃんはエーレちゃんだからね。レルネン先生には創れなかった乙女のゲームを完成させたのは、他ならぬエーレちゃんでしょ。ゼーリエ先生は、きっとそのあたりのことを聞いてくると思うな」

 

「ゼーリエ様が乙女ゲームなんかに興味をもってるの?」

 

「少し違う。ゼーリエ先生は、魔法そのものよりも、その魔法を抱いた人間の欲望を見てるんだよ。だからエーレちゃん、自分の中の欲張りな部分を隠しちゃだめだよ」

 

「欲張りな自分……」

 

 大切なあなたに大切にされたい私。

 

 乙女ごころ。

 

 エーレが苦笑めいた笑みをこぼした時、扉が開いた。

 中から出てきたのはシャルフではなく、彼を案内したファルシュ一級魔法使いだ。

 

「エーレさん、中へ」

 

「……え、シャルフは?」

 

「彼は別の出口から退出しました。……顔色は、悪くありませんでしたよ」

 

 すぐに試験を受けるであろうエーレを気遣ってそうしたのだろう。

 

 その言葉に少しだけ勇気をもらい、エーレは背筋を伸ばして一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 遡ること数分前。シャルフは庭園でゼーリエと対峙していた。

 ゼーリエは水路の縁に腰掛け、一瞥もくれずに言った。

 

「シャルフといったか。おまえの創り出した新たな魔法、あれをここで展開してみろ。加減の必要はない」

 

 シャルフは無言で鋼鉄の花弁を散らした。

 

 それはかつて、二次試験で死闘を演じたクヴァールやソリテールさえも惑わせた、彼独自の対魔法領域――魔導欺瞞紙だ。

 

 無数の微細な鉄片が魔力を乱反射させ、空間に漂う魔力の質を強制的に書き換えていく。シャルフの視界に表示されたHUDは、ノイズにまみれて「ERROR:計測不能」の文字を点滅させていた。

 

――これなら、いかな大魔法使いとて。

 

 まともに魔法を使えないはずだ。魔法には魔力の流れというものが存在する。単純な魔法であれば発動くらいはできるだろうが、複雑な術式は意味をなさなくなる。

 

 ほんの数瞬。

 自らの魔法に誇り。安堵。そして意識がまぎれる。

 

 ここで、シャルフはハッと顔をあげた。

 気づけば、ゼーリエの姿が目の前からかき消えていた。

 わずか数メートルほどの距離だとはいえ、音もなく。気配もなく。

 

「何を探している?」

 

 耳元で囁かれた、氷のように冷たい声。

 背中に、そっと、柔らかな手が置かれた。

 

「っ……!?」

 

 シャルフの全身を凄まじい怖気が駆け抜けた。

 

 魔力探知も、野性的な直感も、あるいは計測不能になっているとはいえ、接近警戒シグナル程度は発するはずのHUDでさえ何一つ、ゼーリエの接近を告げる予兆はなかった。鉄片の吹雪は今も吹き荒れている。情報のノイズは完璧なはずだ。

 

 だというのに、ゼーリエはまるでお気に入りの椅子から立ち上がるのと同じ手軽さで、シャルフの背後を取っていた。

 

 シャルフが振り返るよりも早く、ゼーリエは手を離し、再び水路の縁へと歩を戻す。

 

「貴様。油断したな。計測機器を騙した程度で、私の目を欺いたつもりか? 魔法とは突き詰めれば便利な道具に過ぎない。使い手が悪ければ、どんな魔法も意味をなさない」

 

 ゼーリエは一度もシャルフを見ることなく、ただ庭園の空を見上げて続けた。

 

「お前の魔導欺瞞紙。情報の網を張り巡らせる現代の魔法戦、特に集団戦においては、これ以上ないほどに厄介な一手となるだろう。軍属のヴィアベルが重用したがるのも理解できる」

 

 シャルフは荒い息を整え、震える杖を握り直す。

 

「だが、個人戦においてはその限りではない。熟練の魔法使いは、ノイズの中から本質を嗅ぎ分ける。そして何より――」

 

 ゼーリエの黄金の瞳が、ようやくシャルフを捉えた。

 

「シャルフ、おまえ自身の基礎能力が、一級魔法使いの水準に全く届いていない。魔力の探知能力、術式の構成速度、そして不測の事態に対する咄嗟の魔力操作……。どれをとってもせいぜいが二級クラスだ。おまえの魔法は、鋭い刃ではあるが、それを振るう腕があまりにも細すぎる」

 

 完膚なきまでの宣告。

 シャルフは唇を噛み、杖を地面に下ろした。

 反論の余地はなかった。

 ゼーリエが示した実力差は、理屈ではなく魔法使いとしての生存本能が理解していた。

 

「不合格だ。おまえのような、基礎もなっていない我流の魔法使いに一級の証を授けるほど、私は甘くない」

 

 やはり我流には限界があるのだろうか――。

 

 しかし、ゼーリエはそこで言葉を切ると、少しだけ退屈そうな表情を緩めた。

 名もなき花の花弁を撫でる。

 

「だが、その情報のノイズという発想……。貴様が我流だからこそ成し得たことだろう。それをここで腐らせるのは惜しい。私の新たな弟子となったヴィアベルのもとで研鑽しろ。三年のうちに、お前のその脆弱な腕を一級に耐えうる鋼に鍛え直せ。それができれば、その時に改めて一級を授けてやろう」

 

「なぜ、そこまで――」

 

「ヴィアベルがおまえを褒めていたからな。私が認めた者に認められたんだ。自分を誇れ」

 

 シャルフは驚きに目を見開いた後、杖を収め、これまでの人生で最も深い一礼をした。

 

「謹んで、お受けいたします。……ありがとうございました」

 

 彼は顔を上げなかった。

 

 不合格の悔しさよりも、初めて自分の歩んできた道が、最強の大魔法使いに次世代の可能性として認められた歓喜。そして、不器用に自分を庇ったヴィアベルへの感謝が、胸の中に熱く渦巻いていたからだ。

 

「おまえには今回三次の面接まで残った功績を称え、二級魔法使いの資格を授与しておく。今のおまえには妥当なところだろう」

 

 だが、シャルフは静かに、しかし迷いのない手つきで首を振った。

 

「……いえ。二級の資格は、辞退させていただきます」

 

「辞退だと? 私が授けると言っているのにか」

 

 ゼーリエから怒気とともに、魔力のプレッシャーを受ける。

 気圧される。今すぐにでも膝をつきたくなるほど。

 だが、それでもシャルフは引かなかった。

 

「三級のままでいることは、自分への戒め。己が真に鋼の腕を手に入れた時、改めてその証を授かりたい。それが自分なりの、魔法への向き合い方です」

 

 迷いのない、鋼のような言葉だった。

 ゼーリエはしばらくの間、シャルフを射抜くように凝視していたが、やがて、憑き物が落ちたようにフンと鼻を鳴らした。

 

「私の弟子になろうとするやつは、どうにも馬鹿が多い。勝手にしろ」

 

 ぶっきらぼうな、突き放すような物言い。

 だが、その声から先ほどまでの不快感は消えていた。

 シャルフは答えず、静かに黙礼した。

 

 案内された別の出口から待合室へと戻らず、そのまま試験会場を後にした。

 廊下の窓から見える空は、試験前よりもずっと広く、晴れ渡って見えた。

 

 

 

 

 

 シャルフが別の出口から去った後、静まり返った待合室にファルシュの声が響いた。

 

「エーレさん、中へお入りください」

 

「……はい」

 

 エーレは膝を叩いて立ち上がった。隣に座っていたヴィアベルに視線を向ける。

 

「なんだ、その捨てられた子犬みてーな顔は」

 

「不安なのよ。当たり前でしょ」

 

「あんまり気張るな。自分を安売りすんじゃねーぞ」

 

「わかってるわよ」

 

 そして、隣でドーナツをもきゅもきゅ食べているアナリザンドにも視線を落とす。

 なんだかんだ言って、エーレもアナリザンドを見ると、どことなく安心するのだ。

 

 ニパァ。と笑顔ザンド。

 

「あなたって本当、緊張感ないわね」

 

 アナリザンドはドーナツを力一杯飲み込むと、口の端に付いた砂糖をペロリと舐めた。

 いつになく真剣な――好奇心に満ちた瞳。

 夢見る乙女のような視線。

 

「エーレちゃん、がんばってね」

 

 そして、永遠の定番。

 

「もっと他にアドバイスはないの?」

 

「うーん。エーレちゃんはもっとワガママになったほうがいいかもね?」

 

「どういう意味よ」

 

「そのときになればわかるよ。行っておいで」

 

 あいかわらず意味深で、何も考えてないような答えだ。

 けれど、それでわずかだが緊張が解けた。

 

「行ってくるわ」

 

 

 

 エーレが庭園に踏み入れると、ゼーリエは道の真ん中で立って待っていた。

 

「遅い!」いきなりの叱責。

 

 その膨大な魔力による圧力で、咄嗟にエーレは頭を下げる。

 

「すみません」

 

「ふん。まあいい。私にとって時間なんていくらでもある。レルネンの孫――だったな。小娘、おまえにとって魔法とはなんだ。言ってみろ」

 

 突然の問い。

 既に面接は始まっている。

 

「魔法……」

 

 エーレは頭の中にすぐに優秀な生徒らしい回答が思い浮かんだ。

 魔法学校で一年生の時から、繰り返し教えられるテーゼ。

 

――魔法とは、人を笑顔にするべきもの。

 

 人の世の発展に寄与すべきもの、そういう概念としてインストールされる。

 当然、エーレは一瞬で、その回答を出力しそうになった。

 考えるまでもない、多年にわたる教育の成果だ。

 

 しかし、その言葉が喉まで出かかった瞬間、エーレの脳裏にアナリザンドの「もっとワガママに」という言葉が閃光のように過ぎた。

 

 魔法学校で教わった正解。

 おじいちゃんの期待に応えるための模範解答。

 そんな借り物の言葉で、この目の前の怪物を納得させられるはずがない。

 

 だけど、ヴィアベルの言うように、人を殺すための道具とも思いたくない。

 戦うためだけに魔法が在るなんて信じたくない。

 

「どうした。おまえはヴィアベルを師として一か月ほど研鑽を積んだのだろう。特別にヒントを教えてやる。ヴィアベルは魔法を殺しの道具と捉えていたぞ」

 

 エーレは驚きに目を見開いた。

 それはもはや正解を教えるに等しい。

 ゼーリエにとっての満点の回答は、それなのだろう。

 だけど、それでも。

 

「いいえ……。私にとっての魔法は、()()()()()()()()()()()()()()、です」

 

「どういう意味だ?」

 

 ゼーリエが、初めてその黄金の瞳に薄い好奇の色を宿した。

 エーレは震える足を床に踏みしめ、自分でも驚くほどはっきりと、心に浮いた『ワガママ』を言葉にする。

 

――コンセプチャル・スキル。

 

 エーレは既に、それを成し得ている。

 アナリザンドから学んでいる。

 乙女ゲームを作成する過程で、自らの概念を伝える術を既に獲得していた。

 

「おじいちゃん……レルネン師匠にとって、魔法は大陸魔法協会の、あるいは平和を守るための義務でした。ヴィアベルにとって魔法は、戦場で生き残るための冷徹な手段です。でも、私はそのどちらにもなりたくない」

 

 エーレは、自分の創った乙女ゲームを思い浮かべた。

 

「私は、レルネン師匠の期待に応えるための端役でも、戦場を動かすための部品でもありません。私は、私の人生という物語の主人公でありたい。私の創った乙女ゲームの魔法は、誰かを殺すことも守ることもできませんが、プレイする人の心を揺さぶり、その瞬間だけはその人を物語の主人公に変えることができます。……私は私の欲望のために、私のやりたい魔法を極めるために、この最高峰の資格が欲しいんです」

 

 ゼーリエは答えず、わずかに考える。

 そして言った。

 

「エーレ。おまえが創り出した英雄の盾。あれは次世代の防御魔法として有用なものだ。私へ自己アピールするなら、そちらを選んだほうが確実だっただろう。それはわかっているな?」

 

「わかっています」

 

 エーレは即座に、迷いなく答えた。

 

「英雄の盾を提示すれば、貴女は私を『戦える駒』として評価したでしょう。実際、あの魔法は強力です。でも、あれは極限状態の中で、ヴィアベルという他者に生かされることで初めて引き出された……言わば、他人の物語の中での私の役割に過ぎません」

 

 エーレは誇らしげに胸を張る。

 神話の時代から生きるエルフに、自分の存在を誇る。

 

「でも、乙女ゲームは違います。誰に頼まれたわけでもなく、誰を守るためでもなく、ただ私がそうしたいから、私がその世界に夢中になりたいから創りあげたものです。役に立つかどうかで魔法を選ぶのは、おじいちゃんやヴィアベルのやり方です。私は、そんな退屈な基準で自分の価値を測られたくない」

 

 ゼーリエは無言でエーレを見つめる。

 庭園を覆う魔力の風がエーレの髪を揺らすが、彼女の視線は微動だにせず、黄金の瞳を射抜いていた。

 

「私は欲張りなんです」

 

 お姫様みたいに。恋する乙女のように。

 

「私は、レルネンの孫としてでも、ヴィアベルの弟子としてでもなく、()()()()()()として、私の強欲を貴女に認めさせるためにここに来ました。役に立つ盾よりも、私の人生を彩る遊びの方が、私にとっては遥かに重要なんです」

 

 ゼーリエが不機嫌そうに、エーレを見つめる。

 そして興味を失ったかのように、視線を落とした。

 色とりどりの花を見ている。

 

「才ある者には、二種類のタイプがいる」ゼーリエは話題を変えた。

 

――力を願った者と願わなかった者。

 

「前者は私の望み通りの理想の魔法使いになり、後者は私の想像を超える魔法使いになる。おまえはレルネンに似て、理想の魔法使いを目指すとばかり思っていたのだがな……」

 

 どこか愉しそうに口にする。

 

「合格だ。レルネンには、孫はおまえよりもよっぽど救いようのない魔法使いだと伝えておけ。おまえのそのくだらない遊び……気が向いたら私のところへも持ってこい。退屈しのぎに、おまえの頭の中を覗いてやる」

 

「……っ!」

 

 あまりにもあっけない、しかし力強い肯定。

 

 エーレは膝の力が抜けそうになるのを必死に堪え、ゼーリエの小さな背中に向けて、深々と、今日一番の礼をした。

 

 定価で5980APになります、なんて思いながら。

 

 

 

 

 

 待合室。

 ヴィアベルとアナリザンドが待つ場所へ、エーレが震える足取りで戻ってきた。

 

「どうだった、お姫様。チビってねえだろうな」

 

 ヴィアベルが揶揄うように聞く。

 

「合格……したわ。信じられない、私があの大魔法使いに認められるなんて」

 

「へっ。妥当なところだな。おまえのあの時のガッツは、並の男じゃ真似できねえよ」

 

 ヴィアベルはニヤリと笑い、エーレの肩を軽く叩いた。そこへ、別の通路から合流したシャルフもやってくる。ヴィアベルは既にネットを通じて、ゼーリエの最初の指令を受け取っている。

 

 シャルフを鍛えること。

 三年後に向けて。一級魔法使いのレベルまで引き上げることだ。

 シャルフは、下を向いていた。目標は定まっている。

 だが、わずかばかりの後悔の念を抑えることができない。

 自身の至らなさを恥だと捉えているのだ。

 

「ヴィアベル。俺は……」

 

「帰るぞ。今夜は祝会だ。おまえも来るだろ」

 

 ヴィアベルは多くを語らず、シャルフを誘う。

 

「ああ。そうさせてもらう」

 

 ヴィアベルが背を向け、歩き出した。その後ろを、晴れて一級魔法使いとなったエーレと、自らの未熟を刻むために三級のまま研鑽を選んだシャルフが追う。

 

 アナリザンドは、その三人の背中を、まるで一仕事を終えたプロデューサーのように、満足げにもう一つのドーナツを口に運びながら見送るのだった。

 

 

 

【ヴィアベル:合格】

【エーレ:合格】

【シャルフ:不合格(ただし、ヴィアベルの元で研鑽を継続。再挑戦を内諾される)】

 

 

 

 




エーレがもしも戦いの駒であることを選んでいたら、不合格だったかも?
わりときわどいラインだとは思うけれど。
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