魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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フェルン配信する

 

 

 

 湿原の空気は、かすかに湿り気を帯びている。

 どこまでも広がる緑の絨毯の上には、鏡のように空を映す大小の湖が点在していた。

 そこを、時折、名も知らぬ水鳥が、甲高い声を上げて水面を滑るように飛び去っていく。

 肌にまとわりつく風も、不快なものじゃなくて、天然のミストに包まれてるみたい。

 

 風光明媚――その言葉が、これほど似合う場所もそうはないだろう。

 

 わたしには人間的な感覚がないから、目隠しされた状態で見ているようなものだけど、人間的な言葉に翻案すると、この風景はおそらく美しい。六割以上の人間が同じ感想を抱くだろうと思う。

 

 めいびー。明媚だけにね。(魔族のほほえみ的ギャグ)

 

 ともかく落ち着く場所だ。

 ここをキャンプ地としてもいい。

 

 実際に、いまフェルンちゃんたちは野営をしつつ、食料を原始的な方法で現地調達しようとしていた。シュタルク君は魚釣り、フェルンちゃんはキノコ狩りに向かっている。

 

 そして、フリーレンは黙々と魔導書を読みふけっていた。

 仕事しろよ。役目でしょ!

 

 ちなみに、わたしもこう見えて、きちんと仕事をしているのだ。

 ただ飯を喰らっているわけではない。

 パンと紅茶を持ちこんで、毎日の食卓にささやかな彩りを添えている。

 

 その方法が、少々文化的で――つまり、配信で日銭を稼いでいるのである。

 かたっぱしから、ゼーリエ先生に徴収されるけど、まあ生きていく分には不自由しない。

 

 ニートエルフとは違うのだよニートエルフとは!

 あ、無職か。年齢考えれば、もうニートと言えないねぇ(ニチャア)。

 

「死ね」

 

「は?」

 

 言ってないのに何故に!

 

 

 

 

 

 ほどなくして、フェルンちゃんたちが帰ってきた。

 シュタルク君の釣果は、かんばしくなかったらしく、細身のお魚が一匹だけ。

 

 フェルンちゃんのほうはまずまずといったところ、たぶんマッシュルームの一種を浅いザルいっぱいに敷きつめている。

 

 でも曇り顔なのは、むしろフェルンちゃんのほうだった。

 パーティの家計簿をつけているのは、彼女なのだ。

 

「おかえり。どうしたのそんなに眉間に皺を寄せて」

 

「アナリザンド様――、路銀が尽きそうです」

 

 フェルンちゃんが小さな革袋を逆さまにして、掌のうえに硬貨を数枚落とす。

 銅貨と銀貨。フェルンちゃんにしては珍しいミス――というわけではない。

 

 この原因は、わたしにあった。

 本来なら街道沿いを進みながら、ここザオム湿原に向かえばよかったのである。

 冒険者であるフェルンちゃんたちは、日雇い労働のようなことをしてお金を稼ぐしかない。

 でも、森を抜けてショートカットしてきたために、その機会がなかったのである。

 

 ちなみに、なぜお金のことを心配しているかというと、もちろん、計算のできる頼れるママなフェルンちゃんは、予期不安を覚えたということもあるだろうけれど、本質はもっと異なるところにある。

 

 わたしの財布は、フェルンちゃんたちとは別なのだ。

 つまり、わたしは基本的には、フェルンちゃんたちに、お金をもらって、その代わりに、さっき言ったパンやら紅茶やらを適正なレートで交換していたのである。

 

 それは、べつに――わたしがそうしたかったからじゃない。

 清廉にして天使みたいなフェルンちゃんは、わたしにそうすべきだと唱えたのだ。

 

 ただ、与えられるばかりでは人は堕落してしまうと。

 聖典の一節まで持ち出して、説得するもんだから、わたしとしても断れない。

 

 結果として、今あるこの状況は、フェルンちゃんの倫理観を穢してしまっている。

 

「あ、あのね。フェルンちゃん。べつにいいんじゃないかな。他ならぬかわいい妹の頼みだもの。もちろん、パンだってワインだって無料であげるよ」

 

「いけません」

 

「じゃあ、これは貸しってことでどうかな? あとで返してもらえたらそれでいいよ」

 

「親しい間柄で、金銭の貸し借りは絶対にいけません」

 

 手厳しいな。というか、フェルンちゃん頑固。

 そうも言ってられない状況なんじゃないかな。

 

「人はパン()()に生きるにあらず――と女神様も言ってるよ」

 

 なので、パンは必要なのである。

 子どもでもわかる論理だ。

 どぅゆぅあんだすたぁん?

 

「曲解ですね。聖典を都合のいいように解釈しないでください」

 

「う、うーむ。だったらフェルンちゃんはどうするつもりなの?」

 

「それは……」

 

「それは?」

 

「それは……配信で稼ぐしかないのでは、と考えております」

 

「は?」

 

 配信? わたしの配信に参加するつもりなの?

 

「先ほどは、貸し借りはいけないことと言っておきながら、ずいぶん手前勝手なことだと思われるかもしれません。ですが、今の私に差し出せるものといったら、もはや私自身くらいしか――」

 

 まるで家族のために身売りする娘さんみたいなセリフだった。

 

「だ、ダメだよ。フェルンちゃん。わたしがフェルンちゃんの姿をどうして先生の前に差し出さなかったのかわかるよね? 自分のことは大切にして! なんでもするから!」

 

「ですが、私も、もう大人です。守られなくても、自分の身は自分で守れます」

 

 フェルンちゃんは、手元の小さな革袋を握り締め、わずかに赤くなる。

 その表情は、普段の冷静さからほんの少し逸脱した、恥ずかしさ混じりの緊張感。

 

「私にそんな価値があるかはわかりません。先生方もガッカリされてしまうかもしれません。ですが命に代えても、今夜の夜食代は、私の身体で補填させていただきます」

 

 命に代えないで! 身体で補填しないで!

 フェルンちゃんが重い女の子になっちゃってる!

 

「必ずやアナリザンド様みたいに、ジャブジャブ課金される女を目指す所存です」

 

 フェルンちゃんの中のわたしって、いったいどんな悪女なの?

 

「あの、わたしそんなこと言ったっけ?」

 

「はい、言っておりました。先生方がジャブジャブ課金したくなるような射幸心を煽りまくる言葉を使うべきだと――、いつかの時におっしゃっておりましたよ」

 

 ああ、フェルンちゃんをまちがって育ててしまった。

 それは必然というより偶然。

 あるいは、構造的必然。

 

 フェルンちゃんは、肩をちょっとすくめ、息を整える。

 そして小さく、けれど大きな決意を込めて――。

 

「ですからアナリザンド様。私に、ご教授ください!」

 

「何をかな?」もはや虫みたいな反応しか返せないわたし。

 

「最初のご挨拶は、こんニンがよろしいでしょうか。それともこんマン~のほうがよろしかったでしょうか。あるいは、こんヒューとか……」

 

 暴走超特急妹を止める術はあんまり無い。

 哀しいことに、それもまた現実ってやつだ。

 

 もはやフェルンちゃんの構造に口を出す権利はなかった。

 

 数奇にして模型(すきにしてもおーけー)

 

 

 

 

 

 さて、配信までの時間にいろいろあったのは先に言っておこう。

 

 フェルンちゃんがフリーレンに許可をとったり、シュタルク君がなんだか俺も参加したほうがいいのかなってかわいい質問をしてきたり。

 

 けど、まあ――。

 

 いまは集中しようと思う。

 フェルンちゃんの一世一代のがんばり物語を見届けるために。

 

 今も、昔も、わたしにとってフェルンちゃんはかわいい妹。

 そして、わたしにとっては、何者にも代え難い人生の伴奏者でもあるのだから。

 

「はい。こんマゾ~。アナリザンドだよ! そしてそして、今夜はわたしにとってもスペシャルなゲストの方に来ていただけましたぁ!」

 

 わたしは小窓を、隣のちょうどいい具合の岩に座るフェルンちゃんに向けた。

 

 カメラを向けられて、フェルンちゃんの頬がさっと桜色に染まる。

 なにそれ、誘ってるの? お姉ちゃんは心配です。

 

「あ……あの、その……はい。こんニン~~。一級魔法使いのフェルンと申します。本日はお日柄もよく――」真っ暗闇だ。「と、ともかく、先生様方にお逢いできて、大変うれしく思います」

 

 コメントは一瞬でざわついた。

 他者との配信は、リーニエちゃん。そして、人類初はゼーリエ先生。

 人間初はカンネちゃんと、まあいろいろとジェネリックな状況だけど。

 

 わたしが何年も前から語ってきた最愛の妹――フェルンちゃんの登場である。

 ざわつかないわけがなかった。

 

『うひょおおおおおおお! フェルンちゃんだ!』

『フェルン様の御姿。お美しい。聖母フェルン説あると思います』

『アナ様との姉妹感あるよな。もちろん、フェルンちゃんのほうが姉だけど』は?

『十二歳だった女の子がいつのまにやらこんなに大きく』

『美人さんだねぇ……ふぅ』

『アナ様の言う通り、とても大きいです……。何とは言いませんが』

『初々しい』

『なんだか若奥様味を感じる』

『フリーレンパーティのママ。僕らのママ』

 

 反応は上々だ。少し危うい言葉もあるみたいだけど、まあ許容範囲だろう。

 フェルンちゃんも……、うん、恥ずかしくてコメント読めてないね。

 ここは、姉であるわたしがフォローしなければ。

 

「先生たち。どう? わたしが宝物みたいにフェルンちゃんを見せなかった理由わかったでしょ。これが一級魔法使いの実力ってやつだよ。今夜は、フェルンちゃんの配信デビューをお祝いしてあげてね」

 

『カンネ嬢との決戦を思い出す』

『うむ……恐ろしい実力を兼ね備えた娘よ』

『でもかわいい(魔族並感)』

『一級魔法使いになって最初の活躍が配信とか草』

『うおおおおお、俺の一か月分の食費を喰らえ。ゾルトラーク!(50000AP)』

 

「おおっと、フェルンちゃんおめでとう。初スパ獲得だよ。主題に入る前にもらっちゃったわけだけど、さすが早漏のフェルンちゃんだね」わたしは、パチパチ拍手を贈る。

 

「アナリザンド様。ひどいです」ちょっとだけムッスゥ顔のフェルンちゃん。

 

『早漏のフェルンちゃん!』

『一級試験では、ゾルトラークの速射で、同じく一級魔法使いのエーレを打ち破ったとか』

『速さだけなら、おそらく他の一級魔法使いでもトップクラス』

『アナ様がはしゃいでて、大変ほっこりする』

『ほっこり姉妹動画』

 

「さあ、場も温まってきたみたいだし、今夜は冷えるからね。盛り上げていくよ!」

 

 わたしは腕を掲げて、先生たちを煽る。

 そして、フェルンちゃんには小窓を変形させて、もたせてある。

 

「今日のお題はぁ~~~。なんと、フェルンちゃんのお悩み相談室だよ。一級魔法使いになったばかりの新人先生がみんなのお悩みを解決しちゃう。もちろん、魔法の相談だけじゃなくていいからね。あ、それと、お悩みについてはできれば、スパチャしてくれると嬉しいなって」

 

『お悩みか……エッチなお悩みはありなんだろうか』

『おい馬鹿やめろ。止まれ!』

『俺の禿が治らんのやが、どうしたらいい?』

『回復魔法でもかけてもらえ。あ、無理か。女神様の御許に向かうといいよ』

 

 コメントが弾ける。

 みんな、フェルンちゃんの答えに期待しているみたい。

 

「アナリザンド様。いかがいたしましょうか……」

 

 一方、フェルンちゃんは逆に殺到した質問の多さに、回答を迷ってるみたいだ。

 たぶん、どうやったら一級魔法使いとしての格を落とさずに、無難に質問を終えられるかを考えているのだろう。もしかしたら、まだ若い時分には、先生たちの相談を受け止めるだけの器量がないって考えてるのかもしれない。

 

 まあ、ネットは――、配信は、雑踏とノイズにまみれた世界。

 最初は、その騒がしさと目まぐるしさに混乱するのもしょうがない。

 いくらフェルンちゃんが、とてつもない才能と天才的な頭脳を持っていたとしても、まだ少女といってもよい年齢なのだから。

 

 わたしの笑みは深くなる。

 

「じゃあ、わたしが好きに選んでもいい?」

 

「はい。お願いします」

 

「では、じゃじゃん! ひとつめの質問はこれにしようかな」

 

――好きな人ができたのですが、告白できません。どうすればいいでしょうか。

 

「おっと、これはずいぶん甘酸っぱい質問がきたねぇ。フェルンちゃんはどう答える?」

 

「そうですね……。まず婚約前でしたら、不純な交友は控えるべきだと思います」

 

『決断が早い!』

『残念。質問者の冒険は終わってしまった!』

『ひえ。決断のゾルトラーク!』

 

「あのさ、フェルンちゃん。もう少し詳しく説明してくれないと伝わらないと思うよ」

 

「そうですね。えっと、まずは文通から始めて50回ほど往復を繰り返して相手のことをよりよく理解できたと思うまで待ちます。そののち、仲が良くなったと確信が持てましたら、何度か軽いお茶会にでもお誘いして、問題がなさそうなら結婚を前提としたお付き合いをしたい旨、打診いたします。ここで注意すべきは、けして相手の答えを強要しないことです。しかるのち、絶妙なタイミングで、女神様の前でこの人以外とは結婚しないと誓い、相手の答えを待ちます。首尾よくご承諾いただけましたら、ご両親ないしはご親族に内諾を重ね、許可をいただいてから告白するという流れはいかがでしょう」

 

「なにその、ご結婚ロードマップ」

 

 告白とかじゃなくて、もはや結婚までの道のりなんだけど。

 たぶん、先生が求めてたのは、ほんのちょっとの勇気。

 なのに、冒険に出たら、いきなりラスボス討伐までのチャートを渡されたみたいな感じだ。

 戸惑いのコメントが乱舞する。

 

『フェルンちゃん。重い女』

『おふ。ゾルトラークを心臓に受けたみたいだ。致命傷で助かったぜ』

『フェルンちゃんにお茶しなーいとか言ったら、容赦なく消し炭にされそう』

『乙女じゃん。かわいい乙女の夢じゃん』

『これにはアナ様も困惑』

 

「えっと、もうちょっと……手心というか、そうだね。ザイン先生の時みたいに、この質問者の先生は、ちょっとだけ背中を押してもらいたいんじゃないかって思うよ。どうかな」

 

「わかりました」本当に?

 

「想いは言葉にしなければ伝わりません。後悔してからでは遅いのです。あなた様の大切な人は明日いなくなってしまうかもしれません。あるいは、あなた様自身もいつかは消え去る運命です。ですから、たとえ結果がどうなろうとも、伝えること自体に意味があると私は思います」

 

「お、重っ!(小声で)」なんで人生論になってるんだ。

 

 手綱……手綱イズどこ?

 

 わたしは狼狽しながらも必死に舵取りをする。

 

「いやいや、でもよく考えればその通り! 勇気を出すのがなにより大事! さすがフェルンちゃん。ハイターの子らしい敬虔な言葉だとも言えるよね。参考になったかな、相談者さん!」

 

『アナ様効果で軽くなってないよ!』

『重いけど、なんかフェルンちゃんらしいつーか』

『亡くなったハイター様のことを考えちゃってたな』

『少し遠くを見つめる横顔が美しい』

『母ちゃん……久しぶりにメールじゃなくて逢いにいこうかな』

『時間は大切にな』

『俺、告ってくるわ。玉砕したわ』

『一行で帰ってくんなw』

『速すぎて草』

 

 

 

 

 

「こほん。えーっと……まあ、第一の相談は小手調べというか。フワッと感がちょっとだけあったよね。第二の相談は、もう少しフェルンちゃんが答えやすいやつにしようかな。じゃじゃん」

 

 取り出したるは、もっとフェルンちゃんの生活に密着した問い。

 

――魔法の師匠が厳しすぎて心が折れそうです。何かアドバイスください。フェルンちゃん先生!

 

 フェルンちゃんは、わたしが小窓で提出した問いを検分している。

 唇に人差し指をあてて、じっと見ている。

 どうだろう。この問いなら、あのフリーレンをずっと世話してきたフェルンちゃんだ。

 すぐさま共感へとつながり、和気あいあいとした普通の配信に戻れるはずだ。

 もう遅いかもしれないけれど(ぼそ)。

 

「この方は、いったい何をおっしゃってるのでしょうか?」

 

「え?」

『え?』

『は?』

 

「師匠が厳しいのは当たり前です。弟子が師匠に対しておこなうべきことは疑うことではありません。盲信することでもないですが、少なくとも喰らいついていこうという気概を必要とします」

 

 塩!

 フェルンちゃんって、対人感受性がきわめてフリーレン的だったのだ。

 もちろん、それなりに取り繕うことはできるが、内でも外でもない配信という距離感がいまだにつかめていない。結果として出力されたのは、()()()()()()という答え。

 

 それはまちがってはいない。いないが――。

 

 この子の精神構造は、あまりにも強固すぎる。

 

「アドバイス。アドバイスだよ、フェルンちゃん」

 

 お願い。帰ってきてフェルンちゃん!

 

「ああ……そうでしたね。ええと、折れるという言葉が出てしまう段階で、既に思考にノイズが混ざっているのだと思います。まずは感謝のゾルトラークを一日一万本ほど撃ってみるのはいかがでしょう。それを一か月くらいの間、寝る間も惜しんで続けるんです。撃ってるうちに、甘い考えも師匠に対する疑念も、すべて綺麗さっぱりお洗濯されると思います」

 

 フェルンちゃんが、脳筋ソリューションすぎる。

 

『ひえ……』

『ケテ……タスケテ』

『これが一級魔法使い……』

『やっぱり、努力の天才でもあるんやなって』

『実体験なの? フェルンちゃん?』

『なんかフェルンちゃんに比べたら師匠が激甘な気がしてきた! ありがとう!』

 

 

 

 

 

 ダメだ。ダメだ。

 あまりにも危険すぎる。猛獣を操作するよりも難しい。

 フェルンちゃんは暴れる魔獣だったのだ。

 なんか綺麗にご相談が解決しちゃってるのが逆に恐ろしい。

 下手したら、通常なら炎上一歩手前。

 フェルンちゃんは千年配信出禁になってもおかしくなかった。

 わたしはフェルンちゃんをかわいくて清楚な妹として、皆の前に紹介したかったのだ。

 でも、こんなにもわたしの妹はアンコントローラブル。

 

――どうしてこうなった?

 

 よし――、もうこうなったら、とっておきのやつを出すしかない。

 

 無数のコメント中で、目ざとく見つけたわたしは、その質問をピン止めして懐に忍ばせていた。

 フェルンちゃんにとっては、目をつむっていても呼吸のようにおこなえる。

 

――魔法についての質問だ。

 

「フェルンちゃんのあまりの規格外っぷりに、先生たちも言葉を失っているみたいだけど――、まあ、それは、あくまで日常生活に属するお悩みだったよね。フェルンちゃんがちょっと初配信で緊張してて強キャラムーブしてたけど、あれはわたしの演技指導の賜物なんだよ。みんな騙されちゃったね。ざぁこ」

 

「アナリザンド様。お口が悪いですよ」

 

「はい」しゅん。

 

『お、おう』

『アナ様、おいたわしや』

『あとで、こっそりお疲れ会配信やろーね……』

『フェルンちゃん……、いやフェルン様には逆らえない』

『冷静に考えたら、あの伝説のフリーレンとアナ様のママな時点で、もう、ね……』

 

 うん。フェルンママは最強なわけでして。

 気を取り直して、わたしはボードを掲げる。

 

「よし。じゃあ、最後の質問いくよ!」

 

――ゾルトラークがうまく的に当たりません。どうすればいいのでしょうか。

 

 言うまでもないが、フェルンちゃんの魔法技術は一級相当。

 技術論は、すらすらと言える。ついでに言えば、フェルンちゃんはゾルトラーク特化型の魔法使い。この魔法に関しては並の一級魔法使いを遥かに超えて、隅々まで知り尽くしていると言っても過言ではない。

 

 どうだ。これなら、どこにも死角はないはずだ。

 

 が――ダメ。

 

「どうやって当てればいい、ですか? うーん」

 

 おかしい。

 フェルンちゃんが悩んでいる。

 こんな簡単な質問、一秒もかからないはずだ。

 わたしにだって答えられる。魔力の流れを整えてとか、一定の魔力の圧力を保ち――とか、距離がある場合には、空気中の魔素を測ってだとか、いくらでも答えられるはずだ。

 

 しかし、長考。

 な、なぜ……怖い。フェルンちゃんが怖い。

 

 やがて飛び出した回答は――。

 

「おそらくご質問されてる方は質問の真の意味を理解されていないのだと思います」

 

 続けて、淡々と述べる。

 本当に、なにごともないふうに淡々と――。

 

「ゾルトラークは、()()()のではありません。()()()のです」

 

 全然っ! 意味わかんないんだけど!

 事故現場かよ!

 

『天才にしかわからない世界がある』

『そっか。わかった。ありがとう』

『おい。あきらめるな!』

『必然として当たるって感じか?』

『でも、的を狙わないとさすがに当たらないだろ』

 

「言葉にすると難しいのですが、私はゾルトラークを対象に当てようとして撃ったことは一度としてありません。ただ、当たると確信したときに撃つ。ただそれだけのことなんです」

 

 コメント欄はハテナマークの嵐。

 当然だ。魔族よりも意味のわからない言葉。

 

「う、うーんとね。例えば、魔力の流れを整えるとか、いろいろあるんじゃない?」

 

「そうですね。言語化しようとすればできますが、その瞬間にその言葉は真実とズレが生じてしまうように思います。例えば……」

 

 フェルンちゃんは、遠く離れた湖の水面に浮かぶ、一枚の葉っぱを指さした。

 常人の目では、点にしか見えないほどの距離だ。

 

「まず、あの葉が風と水流によって未来において移動するであろう座標を、空間ごと予測します」

 

「うんうん、予測だね!」わたしは必死に合いの手を入れる。

 

「次に、大気中の魔素密度と湿度、温度、たくさんありますので省略いたしますが、38ほどあるパラメータを同時解析。ここで忘れてはいけないのが、魔法そのものにもパラメータに相関する性質があるということです。それらの諸要素から、ゾルトラークが着弾までに減衰するエネルギー量を逆算し、最適な出力に調整します」

 

「うん? ぎゃ、逆算? わかるわかる。逆算すごい!」ぱたぱたザンドになる。

 

「そして、自らの心拍と呼吸、魔力の質、波動のブレが術式に与えるコンマ以下の誤差を相殺するように調律し、魔力の放出タイミングを最適化します」

 

「そ、相殺……調律……」ピアノかな?

 

「それらを瞬時に計算し――、()()()()()()()()()()()()()()()感じて放ちます」

 

 思考すら置き去りに?

 その言葉通り、現象が起きた。

 

 わたしの困惑を置き去りにして、フェルンちゃんの杖先から一筋の光条が放たれたのだ。

 

 それは、夜の闇を切り裂くレーザーのように、一直線に湖へと向かい――。

 遠くで、ちゅん、と小さな音がした。

 

 水面に浮かんでいたはずの葉っぱの、ど真ん中に、小さな穴が空いていた。

 フェルンちゃんは、何事もなかったかのように杖を下ろすとこちらに向き直る。

 ほんのりと媚を売っている。

 月明りと焚火に照らされた微笑を先生たちに浮かべている!

 

 軽く恐怖映像なんだけど。

 

「はい。当たりました。こんな感じです」

 

『はい先生! よくわかりませんでした!』

 

 わたしにもわかんねーよ!

 

 後の世に、フェルンちゃんの大暴走した配信記録は、教えられない天才妹とポンコツ姉の喜劇として長くアーカイブに保存されることになったのである。

 

 

 




シリアスが続いたんで、しばらくは通常うんこー
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