魔族少女のエロタナティブ 作:アナリザンド
果たせるかな。時を司る女神様はどこにもいない。
けれど、魂は循環している。よって、物語もまた循環する。
だから、ひょっとすると、わたしの話をどこかで聞いたことがあるかもしれない。
けれど、立ち止まって聞くくらいの価値はあると思うよ。損はさせないつもり。
なにしろこの話の主人公は、わたしじゃない。
――ゼーリエ先生のお話なのだから。
「貴様、いったい何をした?」
いつものようにゼーリエ先生にお呼ばれしたわたしは、小首を傾げるしかなかった。
何をしたって、何もした覚えはない。
そもそもの話、わたしは人の歴史に干渉しないというのが常であるし……。
そりゃ呼吸くらいはしてるけど。もしかして呼吸すらするなってコト!?
最近では、むしろネットに繋がれ
「ミリアルデ……。あいつがおまえを寄こせとうるさい」
「へえ、院長先生が」
「何が、最高の酒の肴だ。反吐がでる」
「わお!」院長先生としては最高の賛辞かもしれない。
呑み友になれたのかな? だとしたら嬉しい。
「食卓に並べられて嬉しそうにするな!」
「はいはーい」
「はいは一回!」
実のところ、ミリアルデ院長先生との酒呑み比べにつき合った結果、わたしは見事なまでに泥酔してしまい、深夜スヤスヤ状態だったゼーリエ先生のベッドに酒カスダイブをかましたのである。寝ゲロはしてないよ。美少女魔族として当然。
しかしながら、わたしはゼーリエ先生にミリアルデのもとに跳ぶことを千年ほど禁止されたのだった。教会系組織出禁ザンドだったのである。
なんでやとは思ったものの、ゼーリエ先生の気持ちはわかってるつもりだ。ミリアルデの提示した三つの運命。保護。封印。殺害。そのいずれもゼーリエ先生は望んでいない。
わたしが、人の子になることを願っている。
本当は、わたしだって人の子になりたい。わたしという存在のまま人の子に。
それは一定程度は成功していると思うし、気持ちに嘘はないつもりだ。
だから、わたしはゼーリエ先生のお願いをきいている。
「……おまえは」ゼーリエ先生が、少しうろんげな表情をした。
言葉が停滞している。エルフ時間しちゃってる?
「うん?」と、わたしは軽く促す。
「おまえは、私を殺したいと思ったことはあるか?」
「ないよ!」即答する。「先生は野心が足りないとか言うかもしれないけど、わたしはわたしの選択として、そうしたくないの。わかるでしょ、先生!」
「そんなことは聞いていない」
バッドコミュニケーションだったみたい。
戦闘好きな先生は、ともすれば自分を殺してくれる存在を求めていると思ってたのに。
違ったようだ。今日の先生はどことなくアンニュイな模様。
「だが、おまえがなそうとしていることは、そういうことだ――。おまえは既にふたりの大魔法使いを屠っている。今度は私の番というわけか」
「意味わかんないんだけど?」
大魔法使いと言えば、フランメやフリーレン。そしてゼーリエ先生もだけど、わたしは誰も殺していないし、少なくとも存命のフリーレンとゼーリエ先生とは良好な関係を築けている。
もうひとり、大魔法使いと言えば、最近逢ったミリアルデもそうなのかな。
でも、たとえそうだとしてもミリアルデを殺したなんて事実はない。
嘘まみれの地の文でもこれだけはハッキリ言える。
だから、真実であるところのログを言葉という形で提出した。
「ミリアルデ院長先生も殺してないよ? いっしょにお酒呑んだだけだし」
ちょっと気弱な感じになってしまったのは、ものすごくゼーリエ先生が怖かったからだ。
でも、女神様、わたしは良い子です。
「無自覚というわけか」
「無自覚? 違うよ。わたしは意識的」
「では、不自覚というわけだ」
「そんな言葉あったっけ?」
けれど、ゼーリエ先生にとってはどうでもいい話だったらしい。
プイと横を向いてしまった。
も し か し て ?
先生、わたしがとられそうで嫉妬してるとか?
堕ちたな!
「ふっふー」
「虫唾が走る。なんだそのふにゃけた顔は」
「魔族のにっこり笑顔3なんだけど。先生にもらった魔法だよ」
「本当に虫唾が走る……。いいか。おまえにもわかりやすく言ってやろう。記憶に新しいほうからだ。――ひとり目はミリアルデ。おまえは、あいつの神話を終わらせ、ただの人生へと引きずり下ろした。まさか無自覚とは言わないだろうな」
うーん。なんとなくわかったかも。
先生は、エルフの神話が終わることを死と呼んでいる。
まるで、乙女みたいな表現手法だ。
「それは、院長先生がそう望んだからじゃない?」
「あいつの権能は過去にある。人々の無数の声を、ただせき止め聴くだけの存在だ。ありとあらゆる記憶を保全し、ただ集積するためだけに在り続けた」
「それは、ゼーリエ先生の解釈するミリアルデ先生であって、ミリアルデ先生そのものじゃないよ? 先生の解釈はちょっと違うんじゃないかなぁ」
人の子を権能という言葉で象徴するなんてまちがってる。
けれど、わたしがそう言うと、ゼーリエ先生は鼻で笑った。
「違わないな。違わないからこそ問題なんだ。あいつは女神の
ふむぅ。存在論的な話ってやつ?
難しい話だけど、なんとなく言いたいことはわかる。
ミリアルデは過去に拘泥していた。
女神様になろうとしてなれなかったという過去に縛られていた。
結果として、人々の期待に応えるのが嫌になったと言っていた。翻案だけどね。
「でも、ミリアルデ先生は、未来で酒カス仲間がマズイお酒を呑んで、そのエピソードを笑い飛ばすのを夢見て哂っていたんだよ。過去じゃなくて未来志向じゃないの?」
「それも過去の郷愁にすぎない。ただ自分の存在様式を変えずに救われたかっただけだ」
「人は勝手に助かるの。わたしは何もしていない」
「またそれか――」ゼーリエ先生は本当に怒ってるみたい。
「わたしはミリアルデの人生を否定したわけじゃないよ? 誰の人生も否定していない」
「だからこそ神話は破壊される。そのような逃げ口上を構えて、私の忍耐でも試しているのか」
「忍耐ってなにさ?」
わたしも少しは怒ってみせる。
先生の言ってること全然わからない!
「少しはマシな顔になったな。そのほうが私の好みだ」
ぞくり、とする。
先生の酷薄な表情は、見る者の本能的な恐怖を惹起する。
「忍耐とは、耐え忍ぶことだ」ゼーリエは吐き捨てるように言った。
「そりゃ文理解釈はそうだろうけど」
まるで、A=Aと言ってるみたいで、あんまり意味がないように思える。
言葉の行きつく先は、トートロジカルではあるけれども。
ゼーリエ先生が言いたいのは、おそらくそういうことじゃない。
先生はわたしに優しく教えてくれる。
「過去は耐え忍ぶことはない。もう終わってしまったことに耐える必要はないからだ」
「後悔はするでしょ」
「するだろうな」ゼーリエ先生はあっさり肯定する。「だが、後悔は忍耐ではない。後悔とは、過去を評価する行為だ。評価はいつでもいくらでもできる。過去を変えられないと知ったうえでな」
「じゃあ、先生はわたしがミリアルデ先生を変えたことが悪いことだって思ってるの?」
「悪いとは言ってない。だが、ようやくその言葉が出たな。おまえは今、『変えた』と言った。初めて自分の罪を自覚したんだ。わかるか?」
「……うん。まあ言いたいことはわかるけど、でもそれって要するに、ゼーリエ先生たちがそれぞれ特殊な在り様をしているのをわたしが否定していると思ってるってことでしょ? そんなつもりはないよ。わたしは、先生たちも好きなように生きればいいと思ってるから。それが人生ってものだよ」
「小娘ごときが――、おまえは何もわかっていない」
「先生たちにとって、女神様の権能を穢されるのが、そんなに痛いことなの?」
それは、嫌だった。
ゼーリエ先生も、ミリアルデ院長先生も、わたしは幸せになってほしい。
ただそれだけなのだ。
「だったら、ごめんなさい」すかさず謝罪ザンド。
「何を謝っている?」
「え、……と。先生たちの選択を穢したこと?」
「違う。そうじゃない。おまえは謝罪のベクトルを見誤っている」
「先生の話、ちょっと今日は難しすぎるよ。よくわかんない」
ゼーリエ先生は、短く息を吐いた。
怒気ではなく、疲労に近いそれだった。
「今日は難しい、か。そうだろうな。おまえは常に外にいる。理解できないのは当然だ」
「外ってなにさ」鬼は外っていうつもり?
「時間だ」すぐに回答はあった。「おまえは、過去にも現在にも未来にも属していない。属さないという選択をしている。そんな立場から、好きに生きればいいなどと言われて、誰が納得する?」
「でも、みんな幸せになってるんじゃないかな?」
わたしだって馬鹿じゃない。
みんながわたしのことを大事に想ってくれていることは、わかってるつもりだ。
「本当にそう思うか? おまえは裂傷を暴きだしているだけだ。偶然壊れなかった。偶然生かされた。おまえは試行を繰り返して、ただ因果を手繰り寄せているだけにすぎない。意識的に無自覚に、このうえなく残酷な手法で、そうしている」
「そんなつもりはないよ。選びなおさせているだけ。選ばなくてもそれでいいの」
「まるで押し問答だな。では、話を変えよう」
話題が変わった。
ゼーリエ先生は、視線をこちらに戻す。
「貴様。ミーヌスのことは、知っているな」
「……知ってるよ」
胸の奥が、わずかに冷えた。
名前を出されるだけで、空気が変わる。
大逆の魔女ミーヌス。彼女と直接逢ったことはない。
でも、彼女は南側諸国で終わらない戦乱を巻き起こしたと言われている。
人類の異端、そして最も魔族に近いエルフ。
いまから、二十年くらい前の出来事。
ゼーリエ先生と初めて逢った頃の話だ。
「おまえは、あいつの末路がどうなるか知っていただろう?」
「うん」
必ずそうなると思っていたわけではない。
けれど、人間たちが魔女にどう振舞うかは、痛いほど識っていた。
思考するまでもない試行。シミュレートするまでもない自然な流れ。
「それでも、おまえは介入しなかった」
「したくなかったわけじゃないよ。あのときのわたしはまだよわよわザンドだったし!」
「そんなことは聞いていない」ぴしゃりと切られる。「どう言い繕おうと結果は同じだ。おまえは不干渉を選んだ。その結果として、ミーヌスは人間に討たれた」
「それは人間が選んだことでしょ」
「そうだ」ゼーリエ先生は、あっさりとうなずいた。
「?」
「ミーヌスは未来を独占しようとした。未来とは選択の集合だ。それを一人で引き受け、決め、固定しようとした。あいつは女神の未来を司っていたんだ。退廃した人間の未来を消去しようとし、反乱に逢った。あいつは選びすぎたんだ」
「だから滅びた?」
ゼーリエ先生は肯定も否定もしない。
「おまえはそれを止めなかった。魔法も言葉すら唱えず、ただ世界に委ねた」
「……」
「その結果、未来は解体され人間の手に戻った」
少しの間。
言われてしまう。事実が陳列される。
わたしの罪のかたちをこれ以上なく明確に。水子を堕胎するように。
「そして――
未来が誰のものでもなくなったとき、それは誰かの人生として生まれ直される。
フェルンちゃんという、あの歪つで愛らしい存在が生まれてしまった。
わたしの不干渉という選択が、フェルンちゃんという存在を生み出してしまった。
――あの、かわいらしい妹を。
他ならぬわたしが、誰かの未来を奪う愛し子を産んだ。
「ミーヌスが握っていた未来の位相は、個から世界へと分散された。おまえはそれを殺していないと言うだろうな?」
「言っちゃダメなの?」
「どうしようもないな」
ゼーリエ先生は、初めて皮肉でも怒りでもない、淡い笑みを浮かべた。
「それがおまえという存在だ。時間の外側にいて、誰かれかまわず善意を施す。
「……」
「ミリアルデも同じだ。おまえは神話を終わらせ人生へと引き戻した。ミーヌスは逆に、人生ごと終わらせて未来を解放した」
先生は続ける。
「おまえは、いつも同じことをしている。女神の位相を壊し、時間を人間に返している」
「それって、そんなに悪いことなの?」
震えないように、そう訊いた。
「さあな。悪いことかもしれない」ゼーリエ先生は肩をすくめる。
「わたし、悪い子にはなりたくないよ?」
「少なくとも、私にとっては痛かったと言える。長い時間をかけて獲得した在り様を、無邪気な善意で根こそぎ否定されるのだからな」
「だったら、やっぱりごめんなさいじゃん」
「違うな」今度は、声が柔らいだ。「おまえが謝るべきは、私ではない」
「じゃあ、誰に?」
ゼーリエ先生は、少しだけ目を伏せる。
「ここまで言ってもわからないのか。――おまえ自身だ。おまえは、すべてをわかったうえで選び、それでも何もしていないふりをしている。それは女神のやることだ。おまえのやることじゃない」
「女神様は、どこにもいないんじゃなかったっけ」
「そんなことは言っていない。だが、おまえは、女神の代わりを引き受けてしまっている。自分を消費して、他者の物語も消費して……、やがてはすべてを喰らいつくすつもりだろう」
違うと言いたかったけれど、わたしは停止した。
そこで、初めて。
「だから私はおまえが怖い」
ゼーリエ先生は、告白した。
つまり、ここまでの話をまとめると――。
絶賛怖がられザンドでしたってコト!?
ゼーリエ先生は、沈黙を落とし、場の空気は最悪だ。
空気の読める魔族なのに、この空気はすごくマズイ。
タスケテ、ミリアルデ先生! タスケテ、フリーレン!
この際だから、墓場から助けにきてもいいよ、アウラ様!
「あのね。先生が選びたくないっていうなら、その選択もありじゃないかなって思うよ。わたしとしては、選択肢を提示しているだけで――」
「その選択こそが、魔族の呪いなわけだがな」
「えっと、そうかもだけど、そうだ……。うん。そう。先生はわたしに人の子になってほしいんだよね。わたし、先生がそう願うならそう努力するよ? それでどうかな?」
ジト―っと見つめられる。
なんだろう。場違いザンドですか?
「私は――現在は――耐え続ける。それが私の権能であり女神の呪いだ。おまえは私にどんな選択をしてほしいと願ってる? 言え」
先生は選び続ける存在だ。それが忍耐の正体なのだろう。
わたしは先生にどんな言葉を投げかけることができるだろう。
ううん。そうじゃない。わたしは、先生をただ信じていればいい。
だから言った。
「甘えさせてほしい」
ゼーリエ先生は、また何かに耐えるように気だるげな息を吐いた。
「……今日のところはこれで終わりにしてやる。年のせいか私も疲れた」
「抱き枕になっちゃう?」ぐっすり眠れると評判だ。
「それはもういい。少し現実的な話をしてやろう。馬鹿弟子にもわかるような簡単な話だ」
「うん。それがいいな。わたしも疲れちゃった」
「おまえという存在は、おまえが意識的にしろ無意識的にしろ、人間にとっては毒にも薬にもなりうる存在だ。それはわかるな?」
「わかるよ。だって先生が教えてくれたから」
「どうすればいいと思う? おまえの考えを言ってみろ。おまえはどうなりたい?」
「えっと、ネットの影響のことだよね」
「おまえがそのレベルを望むならな」
やっと、先生が降りてきてくれた感じがする。
わたしは、すごくほっとして、ちょっと泣きそうになってしまった。
「うん。そのレベルで話したいかな」
「好きにしろ」
わたしは、ゼーリエ先生の優しさに、ただ頷くことしかできなかった。
それから、わたしはゼーリエ先生に自分の考えを語った。
ゼーリエ先生の構想、問いかけは、とても技術的で現実的で、そこには一切の思想や哲学は存在しない。わたしにも答えられるほどの簡単な問いかけが、ほんのわずかな時間続く。
そして謁見の間をそっと抜け出した時、夜空には、数えきれないほどの星が瞬いていた。
綺麗だった。綺麗かもしれないと思った。
わたしの頭上にある星々も、そして、地上で息づく無数の光も。
その一つ一つが、誰かの物語なのだと、わたしは識っている。
それから、少しだけ未来の話をしてみようかな。
わたしにとっては昨日の話かもしれないけれど、あなたたちにとっては明日の話かもしれない。
先生とのお話の日を境に、世界はゆっくりと確実に変わり始めた。
大陸魔法協会では、ゼーリエ先生の勅命のもと、一つの大きなプロジェクトが立ち上がった。
それは、わたし――アナリザンドという単一障害点に依存しない、人類自身の手による新しいネットワークの創造。
その中心に立ったのは、意外な二人だった。
一人は、リヒターさん。彼は、一流の魔道具職人としての知識と技術を惜しみなく注ぎ込み、物理的な通信を可能にする、無数の小さな中継器を設計した。
そして、もうひとりは、エーデルちゃん。彼女は、その類まれなる精神魔法を応用し、人々の意識を、ごく限定的な範囲で、しかし安全に繋ぐための、全く新しい概念のソフトウェアを構築した。
もちろん基盤となるプログラムはレルネン先生の今までの経験が活きた。
ハードとソフトの両面で、さまざまな天才が出逢い繋がりあったことで、大陸魔法協会内部に、まだ小さく脆弱ではあるけれど、確かな意志を持つ新しいネットワークが産声を上げたのだ。
わたしがいなくても、人々が繋がろうとする、その最初の小さな一歩。
それを見るのが、わたしは、どうしようもなく嬉しかった。
――わたしのかわいい妹がこの世界に生まれたのだから。
そして、わたしはと言えば――。
わたしは、今も変わらず、旅を続けているよ。
二百兆の借金を背負い、甘いもの好きの妹ちゃんを横軸に育て、時には無愛想なエルフの機嫌を取り、そして、弟君のくだらないゲームに付き合いながら。時々みんなにお呼ばれして、ただ飯を食べながら帰ってきてる。
ゼーリエ先生も、ミリアルデ院長先生も、もうわたしを女神様の子ども扱いしたりはしない。
ただ時々、どうしようもなく面倒くさい親戚のおばさんみたいに、わたしの旅路にちょっかいを出してくるだけ。
わたしもそうしようと思う。
女神様の代わりではなく、ただ人の世話を焼く、お節介なお姉ちゃんとして関わりたい。
それでいいんじゃないかな、女神様。
だから、わたしは祈る。
あなたがあなたでありますように。
わたしがわたしでありますように。
だって、これはアナリザンドの物語なのだから。
ウンコに花を咲かせましょう的な話。
少し難しすぎたかなと反省ザンド。