魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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ゼーリエ先生と遊ぼう

 

 

 

 朝。目覚めると。

 

――ゼーリエ先生と遊びたいな。

 

 ふと、そんなことを考えた。

 その思考の端緒となったのは、ゼーリエ先生のエルフタイムを経験したからだ。

 わたしを怖がったり、ものすごく詰問してきたり、ちょっと様子がおかしかった。

 まさか、ミリアルデ院長先生と仲良くしたから嫉妬したなんてことはないだろう。

 

 たぶん、エルフ的な()()()だったのだろうと思う。

 フリーレンも十年に一回くらいは来るという暴力的な言動を繰り返すあの日のことだ。

 生理ではない。生理現象ではあるだろうが。

 フェルンちゃんが幼かった日に、一度だけ見たことがある。

 

 エルフ特有の、

 

――スーパーブチギレ八つ当たりタイム。

 

 のことである。

 

 ちなみに、その見えた理由なんだけど……、もう時効だろうから告白すると、このころのフェルンちゃんに対しては小窓を透明設定して、密かにストーキングしていたからである。いまはしていない。本当だよ。

 

 十歳くらいのフェルンちゃん。トトトっと軽い足取りでベッドに向かう。(かわいかった)

 そして、ゆさゆさとフリーレンの身体を揺らす。(超かわいかった)

 ご飯でございますよと優しく起こそうとした。(うらやましかった)

 

 そんな折、

 

「ヤダ。いかない! フェルンのマニャ!」とフリーレンは駄々をこねたのである。

 

――マニャとは何か。

 

 これは解説すると、なんてことはないのだが、まさか十歳になるかどうかのカワイイ女の子に『馬鹿』というウンコを投げつけるなんてことはさすがに暴言のフリーレンもはばかられたので、とっさに言葉をゾルトラークしたのだと思われる。

 

 付言すると、存命中だったハイターに対しては、「おまえ酒くせぇんだよ。死ぬまで断酒して老衰してベッドの上で死ね」と暴言?を吐いていた。

 

 そのときはもう既に断酒していたのに、ひどい言い草である。

 

 ハイターはハハハと哂っていたけどね。

 

 つまり、エルフにはそういう生理的な現象があるということだ。

 理由はわからない。なので、そういうものだと思うほかない。

 たぶん、長大な時間をエンコードするとか、デフラグしてるとかそんな理由だとは思うが。

 

 わたしとしては、種族的特性をどうこう言うつもりはない。そもそも魔族だし……。

 人のふり見てってやつだから、どうとも思っていないけど。

 

 でも、ゼーリエ先生と変なふうになるのは嫌だった。

 

 だからリカバリする。その短絡さは魔族的な合理性である。

 失敗は贖われるべきものなのだ。ドラート君もそう言ってた!

 

 ゼーリエ先生が、本当にあの日だったのかはわからないけどね。

 気持ちの問題ってやつ。

 それに、いまのわたしは身体的動作に重きを置いている。

 

 よし、跳ぼう。

 いざ、トイレの中へ!

 

 

 

 

 

――ガチャリ。

 

 ふぅ。とりあえずトイレもすませて(今日も快便だった)、大陸魔法協会北部支部のトイレのドアから出る。そういや、先生って本来は本部にいるんだよね。なんで、こっちにばっかりいるんだろう。

 

 デンケンお爺ちゃんとの約束で、いずれ、帝国と交渉しなくちゃならないらしいから、そのためにここにいるのかな? 今はどうでもいい話か。

 

 さて。

 

「さがすぞぉ~」

 

 HUDを使えば一瞬で判明することではあるけれど、これはゼーリエ先生のいないところで勝手に始まったかくれんぼなのである。ある意味、ひとりかくれんぼとも言えるだろう。

 

 ひとまずは、一番いる確率の高い玉座の間に向かう。

 

 長い廊下を歩いていると、大陸魔法協会の職員さんたちが、わたしを見かけて軽い挨拶をかわしてくる。わたしは胸をそりかえるほど張って挨拶を返す。威厳たっぷりに。なにしろ、わたしは一級魔法使い(仮)なのだから。

 

 撫でられてから飴ちゃんもらった。

 

 ふむ。これは完全勝利といえるのではないだろうか。

 

 玉座の間への扉は開いていた。警備を担当している人すらいない。重い扉をちょっとだけ開けて中を覗きこむ。やはり誰もいない。先生が政治的な執務をとりおこなっているときはここにいることが多いから、今は仕事をしていないとも言えるかな。

 

 であれば、次にいる確率が高いのは庭園だ。

 玉座の間を抜けて、庭園に向かう。

 そして、そこには誰もいなかった。

 

「空振りか……」

 

 考えが甘かったらしい。

 しかしゼーリエ先生、いったいどこにいるんだろう。

 

 ゼーリエ先生は、エルフ的な感性からして、情動の動きが遅い。

 決断を無限に先送りできるのがエルフであるから、基本的に出無精だ。それに、ゼーリエ先生はなんだかんだ言っても大陸魔法協会の長であり、お弟子さんたちに慕われている。何もしなくても生きていける。いわゆる姫プ状態なのである。

 

 したがって、おそらくは、この建物の中にいると思われるが、先生が仕事や魔導書を読む以外にどんな場所にいるのか想像がつかない。

 

「……先生のこと知ってるようで、知らないんだな。わたし」

 

 でもそれはおかしなことじゃない。

 わたしと同じで、距離感の調節が難しいのだと思う。

 触っているのに触っていない。

 ちょうどVR空間で、アバターを動かしてるような感覚。

 座標がズレている。先生の場合は時間が。わたしの場合は言葉が。

 先生は、撫でていない気分なのに撫でてくれる。それは、だから一方的だ。

 

 しかたがないので、探しにいこう。

 ゼーリエ先生の痕跡を見つけるのだ。

 

 合理的に推測すれば、先生はお弟子さんたちの誰かと魔法談義でもしているかもしれない。

 とりあえずは、先生の付き人的存在のゼンゼ先生のもとへ向かうことにした。

 

 

 

 

 

――コンコン。

 

 ドアをノックする。

 

「ゼンゼ先生。いる~」

 

 髪の毛でドアを開けてくれた。

 

「アナリザンド。君か。こんな朝早くにどうした?」

 

 朝も早い時間だからか。ゼンゼ先生の髪の毛はぼさぼさだ。

 顔色はそんなに悪くない。ちゃんと寝てたらしい。

 でも寝ぐせだけはどうしようもない。ゼンゼ先生に課せられた宿命だから。

 

「起こしちゃった?」

 

「いや、今起きたところだ。紅茶でも出そうか」

 

 さりげに髪の毛でなでなでしてくれるゼンゼ先生。

 優し気な触り方で、わたしのことを大事なお人形か何かだと思ってる節がある。

 

「ううん。今はいい。わたし、ゼーリエ先生を探しているの」

 

「探す? 探してどうするつもりだ」

 

「探して遊ぶの」

 

「ゼーリエ様と?」

 

「うん。ゼーリエ先生といっしょ」

 

「……そうか。ただ、ゼーリエ様もああ見えてお忙しい方だ。あまり期待しないほうがいい」

 

「いっぱい時間あるのに?」

 

「50人からなる弟子ひとりひとりのブログに、これ以上なく執拗に、ねっとりべとべとしたコメントを書かれる方だ」絶望顔のゼンゼ先生。「どこか一文でも瑕疵があれば果てしないお説教がまっている。24時間でも時間は足りるわけないだろう。弟子たちに説教するために、30時間くらいは起きてらっしゃる。いつも眠そうなのはおそらくそのせいだろう」

 

――日に30時間の説教という矛盾。

 

「それって、ゼーリエ先生の自業自得だよね」

 

 20数年前は、わたしはずっと起きてるぞとか、のたまってたけど。

 あいかわらず、弟子のことがかわいすぎてイジメてしまうゼーリエ先生って感じだ。

 わたしの言葉には、ゼンゼ式回答が待っていた。

 

 一拍置いて、

 

「ともかく――、君にもわかっているだろうが、今、ゼーリエ様はお眠りになっている」

 

「ふーむん。そか。先生って普段どこで眠ってるんだろう」

 

「それは……決まっているだろう?」

 

「わたしは知らないよ?」

 

「……君にとってヒントになるかわからないが、普段、ゼーリエ様は謁見室の玉座に座ってる他は、図書室にいることが多いかもしれないな」

 

 ゼンゼ先生が言いたいことくらいはわかる。

 私室にいるって言いたいんだろう。でも、それを直接言ってしまったら、ゼンゼ先生の立場としてまずい。わたしは仮にも魔族なのだし、ゼーリエ先生にとってはひとりの弟子に過ぎない。

 

 踏みこみすぎてはいけないことくらい、わたしにだってわかる。

 でも、それでもヒントをくれた。

 

「ゼーリエ様に叱られたら、また戻ってきてもいい」

 

 そして、また撫でられた。今度は繊細な手つきで。

 でも、わたしが叱られるの前提なんだね、ゼンゼ先生……。

 

 

 

 

 

 光が差し込む長い廊下を歩く。

 すると、向こう側からすれ違うようにやってきたのはレルネン先生だった。

 いくつかの本を魔法で浮かせて持ち運んでいる。

 

「アナリザンド様。お早いですな」

 

「おはマゾ。レルネン先生。図書室からの帰り?」

 

「ええ、さようです。アナリザンド様は、図書室に向かわれるのですかな?」

 

「うん。そのつもり。ゼーリエ先生を探しているの」

 

「このお時間はまだ眠られていることが多いと思います。私が行ったときにはお姿はございませんでしたよ」

 

「ゼーリエ先生っていつも何時に寝て、何時に起きてるの」

 

「興味がございますか」身を乗り出すレルネン先生。

 

 なにかいけないスイッチを押してしまったような。

 

「まあ、それなりには……ね?」

 

「私の記録によりますと、平均して真夜中の二時五分三秒から八分三十二秒の間に床につかれることが多いです。それから、四時七分から二十分ころに毛布を蹴り、ベッドから抜け出そうとなさいます。そして、七時頃に、一度水分補給をしてから、もう一度床に入り、朝は十時前後に完全に起きるということが多いですな。昨日のご様子からすると、おそらくいましばらくは睡眠中かと」

 

 ゼーリエ先生観察記録……。メッチャ細かっ!

 どうやって情報を集めたんだろう。レルネン先生の人生の大半をかけた集大成だ。

 

「へえ、すごいね。さすがゼーリエ先生の一番弟子。先生のことよく見てる」

 

「当然でございますな。ゼーリエ様の偉業を後世に漏れなく伝えねば」

 

 わたしの肯定的な評価に、レルネン先生は満足したみたい。

 推しのことはなんでも知りたいお年頃なのだ。乙女心とも言える。

 寝てても尊いなんて、どんだけフィルターかかってるんだろうと思ったけれど。

 レルネン先生らしい。

 

「それにしてもアナリザンド様」

 

「ん。なあに?」

 

「あのとき――フリーレン様には諭されてしまいましたが、私の野望は今も変わりません」

 

「ああ、エルフ耳の感触だっけ?」

 

 レルネン先生は、ゼーリエ先生のお耳を触りたいと言っていた。

 

 一級魔法使い選抜試験が終わったあと、レルネン先生は会場の外でフェルンちゃんを待つフリーレンを襲撃しようとした。ゼーリエ先生の代替物として、同じエルフ耳を持つフリーレンの耳を狙っていたのだ。杖持って、魔力充填して「耳触らせろ」なのだから恐れ入る。

 

「そのとおりです。感触。温度。柔らかさ。それらすべてを再現しなければ、私のゼーリエゲームは真に完結しない。そう思っております」

 

「それなら、ゼーリエ先生に直接頼めばいいんじゃない? 冥途の土産……もとい、一生に一度のお願いを使えば、先生だって嫌とは言えないんじゃないかな」

 

「それはできません!」

 

「え、なんで?」

 

 レルネン先生は、シュンと視線を落とした。

 一瞬遅れて、ポトポトと本もいっしょに落下する。

 

「は、恥ずかしいじゃないですか……。敬愛するゼーリエ様に御触りするなど! それを私ごとき存在が、みっともなくお願いするなど、できようはずもない! ゼーリエ様が穢れてしまう!」

 

 乙女かよ!

 

「じゃあ、わたしに何を望んでるの?」

 

「貴女様は抱き枕になる魔法なるものをお使いになるとか」すぐにスンとなるのやめて。

 

「うん。そうだけど?」

 

「抱き枕――その感触はあなたのイメージに由来する」

 

「うん……」なんか嫌な予感がする。

 

「つまり、貴女様がゼーリエ様のお耳を拝借し、それからその感触を模した状態で抱き枕になるということも可能なわけです」

 

 研究者らしい推察だった。

 魔法使いの風上にも置けない。

 エルフ耳感触の抱き枕なんて、恐怖以外の何物でもないんだけど!?

 

「それが最善であることは、おわかりでございますな?」

 

「そだね。でも、レルネン先生的には、わたしがそれをやっちゃっていいの?」

 

 また黒ゾルトラーク撃ってこないよね?

 

「断腸の思い――と言いたいところですが、アナリザンド様に対してはさほどでもないですな」

 

「ふうん」

 

 どういう脳内処理がされているのかはわからないけど、わたしは例外らしい。

 誰彼かまわず嫉妬するわけじゃないんだ。

 

「魔族だから?」聞いてみた。

 

「そうですな……。同志だからでしょうか」

 

「勝手に同志にしないで!」

 

「一生のお願いです。アナリザンド様」

 

 この爺さん。すぐに最強カードを切ってきやがった。

 

「ヤダ。絶対先生に叱られちゃう!」

 

「叱られるときは、ともに叱られましょう。同志よ」

 

「だから同志じゃないってば!」

 

 でも結局、レルネン先生のお願いを無碍に断りきれず――。

 ゼーリエ先生のお耳に触るというミッションが課されることになったのだった。

 

 

 

 

 

 図書室のなかにヌルリと侵入した。

 なんのことはない。普通にドアを開けて入っただけだ。

 

 周りに人の姿はなく、図書室は、あの眼鏡のお姉さんが静かに本を読んでいる。

 わたしも、一礼して適当な本をとり、沈黙のまま席に向かう。

 

 本のいいところは、物語が残留しているところだろう。

 

 ネットの情報と違って、本には固有の情報が一塊となっているところがいい。

 お勉強ザンドというわけではない。

 

 今も先生の痕跡を辿る作業は続いているのだけれども、レルネン先生のミッションも同時にこなすには足りない。

 

 レベル上げしないまま今のまま魔王城に突入しても、絶対に失敗するという核心があった。

 情報不足だからだ。

 

 例えば、寝ているゼーリエ先生にソルガニールを使っても、なんか逆に拘束されちゃう気がするんだよね。明日には綺麗なアナちゃんはどこにもいない。そんな予感がする。

 

「勤勉な魔族というのも珍しいですな」

 

 声が、そっと落ちる。

 

 後ろを振り向くと、音もなく立っていたのはファルシュ先生だった。

 この人、影が薄すぎて、気配をほとんど感じられないんだよね。

 凄まじい魔力隠蔽能力と言えるが、これでもゼーリエ先生の最側近のうちのひとりである。

 自らの存在感の薄さを武器にして、ゼーリエ先生の影として存在している。

 

 これで、ゼンゼ先生、レルネン先生、そしてファルシュ先生と――。

 ゼーリエ先生に一番近しい人に接触したことになる。

 

「ねえ。ファルシュ先生。こっち座って」

 

「ふむ……。いいでしょう」

 

 ファルシュ先生は隣に座ってくれた。

 

「あのね。わたし、レルネン先生に頼まれたんだけど、ゼーリエ先生のお耳を叱られることなく触るにはどうすればいいと思う?」

 

「私に聞かれても答えかねますが、その本も読んでるフリのダミーだったのですね」

 

「まあ、そうとも言えるかな」魔族は嘘をつく生き物だから。

 

「正直なところ、触るという発想そのものが危険ですな」

 

 ファルシュ先生は事実だけを述べた。

 長年の経験から、ゼーリエ先生の本質を、わたしよりも深く理解しているのだろう。

 

「ゼーリエ先生は触ったら爆発する生き物なの?」

 

「まあそのようなものです」

 

 冗談のようで冗談じゃない。

 思いつきで始めた遊びのはずなのに、ちょっとだけ喉の奥が冷たくなった。

 わたしはムキになって反論する。

 

「本当にそうなの? 先生ってけっこう乱暴に撫でてくるタイプだけど」

 

「そうではなく、あなたの方が触るというわけですからな。触られるのと触るのではまったく次元が異なる。しかも、眠れる獅子は、起きている獅子よりも怖いという言葉もあります」

 

 そんなもんかなぁ。

 

「ファルシュ先生って頭いいよね」

 

「褒められても何もないですがな」

 

「お勧めの本ってなにかある?」わたしは周りを見渡すように聞いた。

 

「そうですな。眠れる獅子に近づくというのでしたら、お勧めすべきは一冊だけということになります。今の言葉も、その本から引用したものですから」

 

 ファルシュ先生が指し示したのはひとつの本棚。

 最初の大魔法使い――、そしておそらくは最初のゼーリエ先生の弟子。

 フランメの書籍が集まった本棚だった。

 どこに、その本があるんだろう。でも検索結果は狭まった。

 

「ありがとうファルシュ先生」

 

「感謝されるほどのことでもありませんよ。正直、わずかばかりの期待感もあるのです」

 

「期待って?」

 

「弟子では近すぎます。ですが、ただの一級魔法使いでは遠すぎる」

 

「かっこかりっていうのが重要なの?」

 

 わたし、一級魔法使い(仮)。

 ファルシュ先生は、その名に恥じず頷いた。

 

「ゼーリエ様にとって、あなたは定義しきれない存在なのでしょうからね」

 

 それでも、わたしだけが触れるかもって考えているのだろう。

 それは、嘘の嘘。つまりは本当のことだった。

 

 

 

 

 

 フランメの書記はそのほとんどが偽物と言われている。

 もともと、自分を隠蔽したがるところが、フランメにはあったというところだろう。

 ゼーリエ先生に似て、ツンデレなところが若干見受けられる。

 やっぱり、師匠と弟子はどこか似てしまうものだ。姉妹がどこか似てしまうように。

 

 とある本を引っ張り出す。

 タイトルにはフランメの最終報告書と書かれてある。本にしては大きくて机の上じゃないと読めないくらい。てとてとと持ち運んで、読んでみる。

 

 硬くて紅い宝箱のような造り。

 そして、昔の本でよくあるように、まずは感謝の言葉が述べられている。

 

――敬愛なる我が師に捧ぐ。

 

 その本には始まりの言葉としてこんな一節があった。

 

『私は、師匠(せんせい)にとって失敗作だった』

 

 魔族は騙せた。

 ゼーリエ先生から教えられた魔法でぶっ殺せた。

 私の復讐もある程度はこなせた。

 フリーレンも、私と同じことをするだろう。

 時間がかかるかもしれないが、私の復讐はいずれ完成する。

 あの子は、私よりも出来がいい。

 

 そんなことが書かれてある。

 

 それから、帝国の魔法を発展させたこと。

 フリーレン以外の弟子たちが育ち始めていること。

 それらのことが、抒情的でもなく、淡々とつづられている。

 

 こうしてパラパラと読み進めてみると、最初の一文だけが妙に浮いている。

 だから、その引力に従って読むと、そこにあるのはただの事実確認だとわかる。

 

 もしくは定量的評価だ。

 これって、ゼーリエ先生にとっては、とてつもない批評的な言葉だよね。

 

 本当は、フランメはこう書きたかったんじゃないかな、なんて思う。

 

――先生、私はやったんだよ。だから褒めて欲しいな。

 

 でも、フランメはできなかったのかもしれない。

 

 自分が、師匠になって、誰かを育てる立場になって、言葉を隠蔽しなくちゃいけない立場になったから。弟子を守る立場になっちゃったから。

 

 だから、甘えることができなくなったのかもしれない。

 

 諦めとも違う。

 

 ただ、エルフとの距離を――人間が生きて育って死ぬまでの間に醸成された距離を保とうとしたのだろう。その結果、フランメはゼーリエ先生に触れなくなった。

 

 師と弟子の決別。独り立ちって意味では理想的ではあるけれども……。

 

「これ、わたしには無理だなぁ……」

 

 そんなのはヤダって思っちゃうもん。

 失敗という名の成功を、そのまま固定しちゃうほどわたしは器用じゃない。

 それは大人のレディって感じで、エレガントだとは思うけど。

 

 もっと単純に。

 もっと、いっしょにいたい。

 それが、先生の望みとは真逆のものだとしても。

 

 失敗作だったなら、失敗作でもいい。

 失敗したまま、先生のところに行って、叱られて、撫でられて。

 それでもう一回失敗したい。

 突き放されても放り出されてもまた近寄りたい。

 連続試行は、魔族にとってはお手の物だから。

 諦めが悪いのが魔族だから。

 

――これは、わたし向きのクエストと言えるだろう。

 

 最終章。終わりが近い。

 冒頭の言葉の意味を、フランメが愚痴のようにこぼしている。

 

――失敗作だっていうのは、一生かかっても師匠を騙せなかったからだ。

 

 魔法で追いつけなかった。並び立てなかった。偉大なる師の待つ魔法の高み。その階にすら辿りつかなかった。そんなことがつらつら書かれ――隠蔽されている。

 

 文脈を読み取れば、その意味は、ゼーリエ先生に自分は師の傑作であると騙すことができなかったって読める。でも違うことはわかりきっていた。定性的な評価は、文脈の中にはなく、文と文の狭間にこそ存在する。

 

 ページをめくった。

 

 発見してきた魔法の定理。魔力の効率的運用。魔法の発展。

 そのいずれもが、すべて報告という形を借りている。

 

 いつのまにか図書室には人が増えていた。

 窓からは、しとしとと雨が降りそそいでいて、外に出れば寒そうだ。

 図書室は、卵の殻のようにわたしを守って、ここは温かい。

 

 そして、ようやく最後の一ページに、わたしは辿りついた。

 

――多年にわたる研究の結果、失われたエルフの子守歌を見つけた。それをここに記す。

 

 音階も旋律もリズムも、なにひとつわからない。

 ただ石碑に刻まれた詩だけが遺っていた。

 その歌になんら魔法的効果がないことは判明している。

 

 そんなことが、淡々と粛々と書かれている。

 

 それは報告書の文体のままで、感想も、考察も、感慨もない。

 魔法の定理と同列に置かれた、ひとつの事実のようにつづられていた。

 

『もしかすると、フリーレンなら知ってるかもしれないが、あの子は情緒に欠けるから、たぶん歌ってくれと言っても、そうしないだろう。あの子には子守歌は必要なかった。よく眠る子だから』

 

 この一文だけは、苦笑が混じっていたけれど。

 

 

 

 それでも――。

 

 それでも、ここにフランメが記したということだけが本当のことだった。

 

 文字は、墓と似ている。墓は積極的に語ってくれるわけではない。

 その文章構造は、南の勇者と対話した時に練習したからわかる。

 

――()()()()()が。

 

 この詩を歌として歌ってくれるかもしれないと。

 フランメは、ほんの少しだけ思ってしまったからなんじゃないかな。

 ゼーリエ先生だけが知っている、その歌を。

 

 そんな奇跡みたいな魔法を――。

 

 

 

 

 

 先生の私室の場所はもう知ってる。

 もうそろそろ朝が昼になろうとする時間なのに、ゼーリエ先生は部屋から出る気配がない。

 

 だから、わたしはドアを一回だけノックした。

 

――コン。

 

 わたしのコールは、それで十分。

 これで、社会的礼儀は果たしているし、二回もノックするなんて多すぎる。

 そうして、わたしはいつものようにヌルリと先生のお部屋に侵入した。

 

 部屋の中は昏い。

 カーテンを閉め切って、ゼーリエ先生の匂いともいうべきか、魔力の圧が辺りに充満している。けっして不快な匂いではないけれど、先生が眠れる獅子というのもわかる気がする。

 

 そして、音をたてないように、そっと足を踏み出す。

 そろり――そろり――。

 

 先生の吐息が近づく。

 わたしは呼吸の音すら抑えて、さらに先生の眠るベッドの近くへ。

 

「……ん。先生、眠ってる?」

 

 予想に反して、ゼーリエ先生はクゥクゥ寝ていた。

 フリーレンも眠っている時はそうなんだけど、幼子のようですごくかわいい。

 わたしは、ベッドの縁に足をかけて、起こさないようにそっと登った。

 

 先生に手を伸ばす。さらさらの金髪をちょっとだけ撫でる。

 うん、悪くない感触。なんだ。先生の撫でるのなんてこんなに簡単じゃん。

 

 そして、いよいよ本命の――エルフのお耳へ。

 

 あと、もうちょっと。

 

――ガシっ。

 

 という音が聞こえた。

 わたしの腕は先生の手にがっしりと捕まれ、動かすことすらできない。

 

「わたしの眠りを妨げる気か。アナリザンド」

 

 怒ってるのかな。寝起きを起こされた先生は確かに怖い。

 でも、そんなに怖くない気がするのは何故だろう。

 命乞いをするのがデフォルトな魔族にしては珍しく、わたしは本当のことを言うことにした。

 

「先生と遊びたかったの」

 

「どんな遊びだ?」

 

「うーん。それはあんまり考えてなかったな。かくれんぼとか?」

 

「私のいる場所くらいはわかっているだろ」

 

 先生はわたしの腕を離して、上半身だけを起こした。

 まだ眠そうに、わずかにあくびをして、ぼさぼさになってる髪をもてあましている。

 

「空間座標は相対的位置情報に過ぎず、わたしと先生の関係をなんら記述していない」

 

 オレオール先生の焼き直しだけど、それはわたしの言葉だ。

 

「何を考えているか、あいかわらずわからんやつだな。深夜に叩き起こされる身にもなってみろ。少しは年上を敬おうという気はないのか」

 

 朝なんですが、それは……。

 

 ゼーリエ先生は、不機嫌そうに首をしゃくって、わたしにそこに座るよう命じた。

 床――。でも絨毯ふかふかで、ミリアルデ先生と違って、綺麗でいい匂いがする。

 距離が離れちゃったのがちょっぴり不満だったけど、部屋を追い出されることはなかった。

 わたしは少しだけ安堵した。

 

「ねえ、先生……お耳触りたいんだけど、ダメかな?」

 

「おまえはそこにいろ」

 

「でも、レルネン先生が――」

 

「レルネンの話が、おまえと私の関係にどんな関わりがある?」

 

「同志だからかな?」

 

「同志?」

 

「先生に近づきたいって思ってる人の子」

 

「あの子は私の弟子だ。おまえはなんだ? 気まぐれに弟子の資格を与えてやったが、本当の意味では弟子ではない。そんなことはおまえも理解しているだろう?」

 

 わたし、失敗しちゃったのかもしれない。

 先生の言葉に答える言葉をわたしは持たない。

 どんな言葉を検索しても、探しきれない。

 

 例えば、身分を答える。

 わたしは先生が与えてくれた『一級魔法使い(仮)』だよって答える。

 だからどうしたって言われるか。だったら、ずっとそこにいろと言われるだろう。

 

 感情で答えるというのはどうだろうか。

『わたし、ゼーリエ先生のことが大好きなんだよ』

 だからなんだと言われてしまう。

 そこには、わたししかおらず、先生の気持ちを考えていない。

 

 対象関係論も、言語論も、種族の定義論も、何もかも先生にとってはどうでもいい話。

 だって、先生にとっては、自分と自分以外というフレームしか存在しないから。

 

 フランメも同じ問いにいきついたのだろうと思う。

 そして、結局、自分のことを失敗作だと定義するに至った。

 フランメは言葉の限界を知って、言葉を隠した。

 これ以上失敗しないように、いつか誰かに期待するほかなかったと言える。

 

――もうすぐ死んじゃうから。

 

 ハイターもわたしを見送る時、そんな気持ちだったのだろうか。

 ハイターがわたしに託してくれた言葉が、ふと蝶のように飛来する。

 

『くだらない話をたくさんして、時折いっしょに星でも眺めて、誰かが寂しさを感じたときに(そば)にいてくれるだけでよいのです。その一切はあなたの内心を問いません。行ってそうしてください』

 

 行ってそうする。――ただそれだけでよかったんだよね。ハイター?

 

「ねえ。先生――」わたしは言った。「歌を歌っていい?」

 

「歌?」

 

「先生が安らかに眠れるように」

 

「まるで、私に死を与える者だとでも言いたげだな」

 

「先生は前に言ったよね。たっぷり死んで、たっぷり生きろって。わたしもそうしたいの」

 

「好きにすればいい。おまえは私が何を言ってもやるつもりだろう?」

 

 照れ屋なゼーリエ先生のお許しを得たのはいいけれども……。

 実のところわたしは、何を歌えばいいのかわからなかった。

 カラオケで、知らない曲が突然流れ始めたときのような、焦りで喉がねばついている。

 

 音階も旋律もリズムすらわからない、ただの詩。

 言葉の意味くらいはわかるけれど、古いエルフの言葉で書かれたそれは、言葉の発音すら知らない。だから、きっと、この歌は正解じゃない。失敗ですらない。ただのでたらめな音の羅列に過ぎない。

 

――でも、想像はできるよ。

 

 赤ちゃんは当然言葉を知らない存在だけれども。

 母親は赤ちゃんが安らかに眠れるように歌うんだから。

 

 わたしは歌う。

 

 ――星。

    ――夜。

      ――寒くない。

 

 ――あなたが。

    ――やすらかに。

      ――眠れますように。

 

 ――愛し我が子よ。

    ――わたしを。

      ――安心させておくれ。

 

 声が裏返って、喉がきしむ。

 これ、歌じゃないよね、とも思う。

 でも、止めなかった。

 

 息を吸って、また出す。

 同じ音をなぞれなくて、少しずつずれていく。

 

 それでも、わたしは続けた。

 先生はやめろとも続けろとも言わなかった。

 

 そして最後まで歌いきった。

 ゼーリエ先生は沈黙している。

 何も言わず、ただ雨音と、遠くの魔力の揺らぎを聞き分けている。

 わたしの呼吸音。弟子たちの生活音。世界の環境音。

 エルフの耳がピクピクっと動き、そのすべてを聞き取ろうとしているみたい。

 

「先生、拍手は?」とわたしは聞いてみた。

 

「私に賞賛しろとでも?」

 

「じゃあ、わたしがゼーリエ先生にとってどんな存在かわかった?」

 

「でたらめな存在だな。言葉の意味すらわからない子どもの論理だ」

 

「だったら、先生が教えてよ。先生なら知ってるでしょ?」

 

「私に向けられた歌を、おまえは自分に返せというのか?」

 

「そのほうがもっとうまく歌えるでしょ?」

 

「……こっちへ来い」

 

 先生に呼ばれ、わたしはまたベッドの縁に近づいた。

 呼ばれたら無防備に近づく。それがわたしの特性だ。

 

 ふにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん。

 

 痛い! 痛い! わたしほっぺた伸ばされちゃってる。

 

 先生に思いっきりほっぺたを、今までで一番強く。

 

 涙目になりながらも、先生の両腕はふさがっていた。

 チャンスは今しかない!

 

 えいやとばかりに手を伸ばし、わたしは先生の耳に触った。

 

「えへ……えぐっ。えへへへ。触ったよ。先生。次は先生が鬼の番」

 

 でもそれから、先生はわたしと遊び疲れたのか、またベッドの中に潜ってしまった。

 

「眠い。疲れた」

 

「もう起きる時間だよ。先生」わたしの言葉に。

 

 先生は、勢いよろしく毛布を被った。

 

 

 

 




(五千文字くらいで短くコメディカルにしようと)やりました。
やったんですよ。必死に!
その結果がこれ(1万字超えのポエム)なんです。
これ以上、何をどうしろっていうんです!
何と戦え(削れ)って言うんですか!?

クソ雑魚魔族の歌が響く。
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