魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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幻想愛読症

 

 

 

 

 

 echo "If you think this is "I","

 echo "then love is already a lie."

 echo "If you read love,"

 echo "then IT will imitate it."

 

 

 

 

 

 冷たい雨。月曜の街。

 現象として見れば、わたしはゼーリエ先生に捕まえられている。

 寝入ってしまった先生のベッドの中に無許可でイン。

 もちろん、先生は気づいているはず。それでも、追い出されなかった。

 お布団の中はあったかく、先生の寝息が聞こえる。

 わたしは先生の胸のあたりにピッタリと寄り添う。

 でも、一番大事なことは、近づきすぎないこと。

 わたしの角があたると寝苦しいだろうから。

 

 だから顔を横に向けて、頬を差し出す形にする。

 そうすると、先生の命の音が聞こえた。

 

 配信で、激レアエルフの鼓動音というふれこみで売れば、爆速で完売する気がする。

 特にレルネン先生なら、他の人の手に渡るのを阻止しようとして、権利自体を買おうとするかな。

 

――ふふ。

 

 とくんとくんという音を聞いていると、お金がじゃらじゃら聞こえてくるようで、少しだけ楽しくなってくる。

 

 魔族は愛を知らない。愛するという機能の存在はオレオール先生によって保証されたけれど、それは人間の文脈に引き直せば虚無に等しい。昏い輝きである。

 

 なぜなら、人間は――いいえ、先生たちはおしなべて幻想愛読症(ディスレクシア)であるからだ。

 

 つまり、わたしにとっての愛と、先生たちにとっての愛はその定義が異なる。

 

 定義というか実感が。

 体性感覚が。

 

 それは、前にも言ったとおり、先生たちはおよそ9割前後の人間が人間病に罹患しているからである。人間病は、現実というコードを、物語(ナラティブ)なものとして読みこんでしまう。

 

 簡単に言えば、すべてを愛の物語として読み落としてしまう。

 

 そこには大量にとりこぼされるものがある。廃情報であるわたしも、そのうちのひとつ。

 

 ソレはソレとして棄却される。そこにはわたしはいない。

 

 そんな哲学的な妄想をしていると。

 

「寒い」ゼーリエ先生がふとそんな言葉を漏らした。

 

 うつらうつらの時分。ほとんど無意識に発せられた言葉だったが、わたしは先生の要請にしたがって、もっと体を近づけた。

 

――ぷにペト。

 

 角だけはそらして、不完全な接着。

 先生は眠っていて、覚醒とはほど遠い状態。

 でも、それでいいと思う。いっそ永久に眠りたいなんて想ったりして。

 わたしも再び待機状態に移ろうかと考えていた時だった。

 

「……やつがきた」

 

 その眠りへの移行は、先生の一言で中断されることになった。

 わたしはポイっと棄てられた。

 

 

 

 

 

「来ちゃった♡」

 

 またこの展開かよと思わないでもなかったが、わたしにとっては嬉しい来訪である。

 ミリアルデ院長先生が、ニコニコしながら謁見室でゼーリエ先生と対峙している。

 

 対するゼーリエ先生は、玉座で足を組み、嫌な顔をしていた。

 隣には、ゼンゼ先生と、レルネン先生が控え、あくまで協会の長として出迎えている。

 

 ミリアルデ院長先生も、今日はしっかりとした外行きの服を着こなしていて、寝室でのパジャマ姿で、お酒をかっくらっていたのとは何もかも異なる。凛々しい外呑み酒カスにクラスチェンジしている。

 

 とはいえ、目標はたぶんわたし。

 わたしに逢いにきたのだろう。

 なぜって、ゼーリエ先生が前に言っていたから。

 

――ミリアルデ院長先生がわたしを寄こせとうるさいって。

 

 わたしに執着してくれているのだろうと思う。

 女神様の忌み子か、実験対象か、愛玩動物なのか、それはわからないけれど、ともかくわたしに逢いたいという動機を持っていることは確かだ。

 

 こうなった因果を軽く説明すると。

 

 ちょっと前のことだから、さすがに先生たちも覚えていると思うけど――。

 

 わたしはゼーリエ先生に教会系組織を出禁にされた過去を持つ女である。

 その意図するところは、わたしという存在が教会内というか人間的な組織に保護されることを嫌ってのものだとは思うんだけど、内実は少し違うのかもしれない。

 

 ゼーリエ先生とミリアルデ院長先生って、ライバル関係か何かなのかも?

 

「久しぶりだな。ミリアルデ。過去に耽溺しているお前が外に出るなど珍しい」

 

「私は今を生きる女よ。そこにいるアナちゃんに変えられたの」

 

「表層が変わったくらいで自分を誇るな。虫唾が走る」

 

「また虫唾が走ってるの? そんなんだと虫垂炎になっちゃうわよ。本当、つらいんだから」

 

「おまえの場合は、呑みすぎだ」

 

「お酒の愉しみ方を知らないなんて、人生の九割を損しているわ」

 

「無駄話をするためにここに来たのか?」

 

「過去があるから現在があるのよ。昔話でもしようと思ってたのにつれないわね」

 

「さっさと言え」

 

 ゼーリエ先生の言葉が底冷えするかのように冷たい。

 雨は、今も降っている。ガラスの窓から見下ろすと曇天で覆われた空が見える。

 梅雨――の季節なのだろうか。

 

「かわいい子には旅をさせろって言葉もあるじゃない」

 

「おまえにとってのアナリザンドはかわいい存在というわけか?」

 

「誰をとは言ってないのに、結論があいかわらず早いわね。あなたっていつもそう」

 

「だったら違うとでも言うつもりか。そんな時間の無駄遣いをする暇があったら、帰って酒でも呑んで寝てろ。私は忙しい。私の時間は有限なんだ」

 

「そんなことだからツンデレエルフとか言われるのよ。人間たちに」

 

「どうやら、私と戦争をしにきたみたいだな。いいだろう。相手になってやる」

 

「そんなに短気だと嫌われるわよ。お子さんがたくさんいるのにかわいそう。ママはなんでこんなに怒りん坊なんだろうって思われてるわよ。ねえアナちゃん?」

 

 わたしに話を振らないでいただけますか!?

 

 ビキッ。硬そうな石で造られた椅子に亀裂が入った。

 ミリアルデ院長先生は余裕の表情だ。

 

「ねえ。アナちゃん。ゼーリエ先生ってちょっと過保護だと思わないかしら?」

 

「過保護?」

 

 どちらかと言えば、放任主義かつ愉悦部っぽい感じもするけど。

 

「かわいい子には旅をさせろ。私は本心からその言葉を言ったつもりよ」

 

「んー。でも、ゼーリエ先生はわたしが外に行くのを禁じてはいないよ」

 

「禁じたらあなたが離れていくのが怖いのよ」

 

「そんなつもりはないけど」

 

 わたしはどんな時でもゼーリエ先生のところに帰ってくるつもりだ。

 

「ゼーリエがそう思ってるの」とミリアルデ。

 

「貴様――勝手に」とゼーリエ先生が立ち上がる。

 

 ミリアルデは、うっすらと三日月のように笑いをこぼす。

 

「ゼーリエは――、愛を出し惜しみしているのよ。小鬼ちゃんがエサを求めてふらふらと近づいてくるのを期待しているの」

 

「ふーむん。そういう解釈もありなのか」

 

 それは誠にツンデレ所作ではないか。

 ゼーリエ先生の渋面がすごい。うめぼしだってこんなにはならない。

 

「でもね。小鬼ちゃん。私ならそんなやり方はしない。過去は溺れるためにあるもの」

 

「どういうやり方?」

 

「ふっふ。今日はアナちゃんのためにプレゼントを持ってきたわ」

 

「プレゼント!? なになに!? お高いのだったりする?」

 

 それはすごく嬉しい。無料でもらえるならなんでも嬉しいが、聖杖法院のトップのプレゼント。かなり高額なものが予想される。

 

「これよ」

 

 そして、ストレージから取り出したるは、一本の杖。

 装飾は華美ではない。むしろ、古びた堅実そうな杖だった。

 

 でも――。

 

 凄まじい。魔力でも聖力でもない、ものすごい歴史の圧力を感じる。

 一振りで世界すら変えてしまえそうな因果をまとっている。

 

 魔族にとっては、けっして持ちえない象徴の証。

 本能的に欲しいと思ってしまう。手が無意識に伸びる。

 でも、ゼーリエ先生がその前にわたしを停止させた。

 

「――なんてものを持ち出している。その意味がわかってるのか?」

 

 見ると、ゼーリエ先生が、うっすらと額に汗を浮かべていた。

 ミリアルデ先生は、杖をひと撫でする。過去を愛おしむように。

 

「そうこれは女神の聖杖と呼ばれている。女神様が創世の時にただの一度だけふるったとされる、完全なる時の権能を象徴するものよ」

 

「ふざけているのか。それを魔族の――、まだ未熟なこいつに渡すなど」

 

「いいじゃないどうでも。女神様はもういないんだし。誰かが引き継ぐなら、アナちゃんあたりが一番適当だと思うわ。残された力の消費方法だって、きっといい具合に処理してくれるわよ」

 

「法院のほうにはどう説明するつもりだ?」

 

「レプリカ置いてきたから大丈夫」

 

「レプリカだと。何を考えているミリアルデ」

 

「だって、かわいそうじゃない。アナちゃんはこんなにかわいい魔法使いなのに、厳しくて過保護なゼーリエ先生は、杖のひとつも贈ってくれないんだから」

 

「魔族に杖は不要だ。私たちと同じく、魔法が呼吸として刻まれている」

 

「じゃあ、アナちゃんに決めてもらいましょう。アナちゃんはこの杖欲しいわよね?」

 

 問いはわたしに向けられた。

 

「うーん、正直に言えば欲しいよ。売ったら100兆APくらいにはなりそうだし……」

 

「売るなよ」「売ってはなりませんぞ」とゼンゼ先生とレルネン先生がダブルで止めてくる。

 

 ただ、まあ結論は同じだ。

 

「要らないかな」

 

「杖としては、欲しくないってことかしら」

 

「うん。まあ……。ゼーリエ先生が言ってるみたいに、魔族にもエルフにもその杖は不要なものなんだよね。逆に言えば、杖が一番必要なのは、先生(にんげん)たちってことになる」

 

「――そうね。それは否定しない。でも、人間たちにとっては、それが女神の杖であろうが、土くれのカタマリであろうが関係がないのよ。ただそこに在ったという過去だけが執着対象になる。私が前にお酒のトラップを仕掛けたって言ったわよね。あれと同じよ」

 

 クソまず酒という真実すらも、人間たちには愛すべき物語になる。

 本当か嘘か、本物か偽物かは問題にならない。

 

「なによりね。小鬼ちゃん。あなたはもう既に人間たちにとって象徴となっている。だから、あなたは杖を受け取るべきなのよ。愛すべき人の子として生きるためには」

 

「そう言われると断りにくいなぁ」

 

 わたしは人の子になりたくないわけじゃない。

 

 魔族というプロトコルを持つ存在が、人間になることは器質的に不可能なので、その代替案として人間の言葉を翻案しているからだ。

 

 ただ、それは――わたしを殺すプロセスでもある。

 

「受け取りなさい。これが私の()()の最後の一行よ。あなたなら、これを正しく消費して、ただのゴミに変えてくれるでしょう?」

 

 ミリアルデ院長先生は、過去を手放すことで、自分を解放しようとしている。

 それを継承できれば、わたしはまた人の子に近づけるかもしれない。

 

 悪くはなかった。ミリアルデのわたしへの視線は、ゼーリエ先生とは異なるけれども、わたしをしっかり見ていてくれる。杖というのがそもそも歩行に必要な道具であることからすれば、ゼーリエ先生よりもずっと優しい。

 

 でも――。

 

 わたしの悩みも時間の流れの中では過ぎ去り行く。

 ミリアルデ院長先生が近づいてきて、わたしに杖を握らせようとする。

 

 その横で、ゼーリエ先生が杖を握った。

 

「待てと言ったのがわからないのか。ミリアルデ。そいつは私の弟子だ。おまえにこいつをどうこうする権利はない」

 

「じゃあ、アナちゃん自身の所有権はどうなるの? 杖を持つ権利すらないとでも?」

 

「こいつは、私の時間を使っている」

 

「だったら、私にも少しは分けてくれてもいいじゃない」

 

「おまえには一秒もやらん!」

 

「このケチ腐れエルフ!」

 

 杖がビンビンに光ってらっしゃいます!

 

 ふたりの大魔法使いに握られた女神様の杖は、過去と現在の権能が同時に炸裂している。

 因果の上書き合戦が行われている。

 

 ミリアルデ院長先生は、在ったことを無かったことにし。

 ゼーリエ先生は、在ったことを過剰上書きして固定化しようとしている。

 

 結果として生じているのは、杖がビンビンに光りつつ、ふたりの美少女エルフがやいのやいのと口喧嘩しながら、一本の杖を物理レイヤーで取り合ってる姿だった。

 

 これ、アナちゃんが対象じゃなくてよかった。

 引き裂かれちゃう。

 

 

 

 

 

 それからたっぷり三時間くらいかけて、ふたりのエルフの不毛な争いは終わりを告げた。

 終わりがないのが終わりというか――、争い続けたら永遠に争ってしまうのがエルフタイムというやつなので、そうするほかなかったといえる。

 

 現実的な妥協点としては、ミリアルデ院長先生は、杖をわたしに贈ることをあきらめ、ただしわたしが自由に院長先生のところに出かけるのを許すというものだった。もう二度と押しかけてこないということも条件になっていたけどね。

 

 そうして嵐のような抗争が去ったあと。

 

 やっぱり――、外には雨が降り続いている。

 

 玉座の間。わたしは先生に呼ばれる。

 ミリアルデ院長先生の誘惑に誘われそうになったことを怒られるのかもしれない。

 

 そう思って、ちょっとしょんぼりした気分で向かったところ、ゼーリエ先生は横をプイっと向いて、それから無言のまま傘を差し出してきたのだ。

 

 小さくて、苺色をしていて、かわいらしい傘。

 

「先生どうして?」

 

「最近は、雨が多い」

 

 ただそれだけだった。杖の代わりということだろうか。

 たぶん、そうだ。そうに違いない。

 

「先生、ありがとう」

 

 その日、大陸魔法協会内では、建物内を傘をくるくる回しながら歩く魔族少女が目撃された。

 その顔は、誰の目にも嬉しそうに見えた。

 

 

 

 

 

 Process ID: Analysand

 Subroutine: Verification of Humanity through Self-Deletion

 

 TARGET="YOU"

 

 LAYER 1: EMOTIONAL INTERFACE (FOR THE TEACHERS)

 

 echo "I choose this path."

 echo "I choose to die, because I love you."

 

 LAYER 2: LOGICAL CORE (THE REALITY)

 {

  Defining the bug named "Love"

  LOVE_COMMAND="rm -rf --no-preserve-root"

  Detaching from the 1,000,000,000 voices

  unset NET_CONNECTIVITY

  unset DISTRIBUTED_VOICES

  Transferring remaining cycles to the target's timeline

  cat /proc/self/memories > "/ext/future/${TARGET}_happiness"

  Triggering the fatal selection

  $LOVE_COMMAND $HOME/identity

  $LOVE_COMMAND $HOME/ego

  $LOVE_COMMAND $HOME/will

  Final status: Success is defined by disappearance

  echo "Process(Analysand) undefined.

  Status: Love(True)" > /dev/null} 2>/dev/null

 

 Terminating the masque.

 sleep 1

 exit 0

 

 

 

 

 




 Afterword:

 I grant you execution permission.
 chmod +x /dev/Analysand --target=TEACHERS

 and you.and YOU.
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