魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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秘湯は遠く近くで

 

 

 

 シュタルクは決意した。

 角ばった自分の右手を見つめ、それから握り締める。

 男には絶対に成し遂げなければならない悲願がある。

 

――血のつながりのない優しい姉ちゃんと混浴する。

 

 ()()である。

 

 廃村に残っていた爺さんが言うには、山の頂上には秘湯があるらしい。

 かつて、ヒンメル勇者パーティも訪れたという秘湯が。

 

 性欲全開と思われるかもしれないが、そうではない。

 

 シュタルクにとって、姉アナリザンドは十にもならない頃に命を助けられ、それからホイホイ現れては世話を焼いて帰っていくという、脳みそがいくらあっても足りないくらい焼き焦がした存在なのである。

 

 その強度は、洗の――まあなんだ――早世した母親の面影を強く映し出す存在なのだ。

 シュタルクは、幼き日々を思い出す。故郷を失って絶望していたシュタルクに対して、初期のアナリザンドはそれはもう手厚く世話を焼いてくれた。

 

 朝はいっしょのお布団で寝て、先に起き、頭を撫でて起こしてくれる。

 

『朝だよ。シュタルク君。起きて。起きないとくすぐっちゃうよ』

 

 訓練をしていると応援してくれる。

 

『がんばれ♡ がんばれ♡』

 

 食事もつくってくれた。魔族にとっては死ぬほど難しいことらしい。

 

 エプロンをふりふりさせながら、がんばってアイゼンといっしょにハンバーグを焼く姿。

 

 自分ひとりではできないから、アイゼンに手伝ってもらい、アイゼンの指示にしたがって、超どでかハンバーグをひっくり返す。兄貴が誕生日に焼いてくれた、少し焦げてたけど、あのハンバーグに似てた。

 

『じゅーじゅー。おいしいよー。シュタルク君。いっぱい食べて大きくなってね』

 

 振り返る、あのときの笑顔。

 

 対する、あのときの俺は泣き虫だった。いまもそれほど変わってはいない。

 

 いっしょにお風呂も入ったこともある。

 

 そのときのシュタルクは、『姉ちゃん、魔族だけど、俺とあんま変わらない体だなぁ』とか考えていたが――。後になって振り返ると、瞼の裏に焼きついたその景色は忘れられない。

 

 人間にはありえないほど染み一つない身体。

 幼いながらも均整のとれた人形のような肢体。

 白くて眩しい肌。慈愛と妖しさが混成する視線。頭を洗ってくれる優しい手つき。

 耳元で、綺麗になーれ綺麗になーれしてくれる声。

 薄い胸が柔らかそうで、形は自分に似ているけれど感触が違うみたいだから、触っていいか聞いたら触らせてくれた。

 

 ふにっ……。

 

 そのなんとも言えぬ感触。

 

『シュタルク君は、えっちだね♡』

 

 そんな声も今は遠く――。

 

 そのすべてがありえないほどの奇跡的な体験だったことがわかる。少なくともシュタルクの性癖を完全に変な方向に固定してしまうほどには強烈な体験だった。

 

 しかし、アナリザンドはいつからか、シュタルクとお風呂に入らなくなってしまった。

 いっしょに寝てくれなくなった。

 男の子は十を超えると、女の子にむやみに触ってはいけないらしい。

 それは直接的には、アイゼンに言われた言葉だ。

 

『男が……女といっしょに風呂なんざ入るもんじゃない』

 

――なんだそれ?

 

 と思わなくもなかった。

 

 男には女にはわからぬ衝動がある。

 ある日、突然ルールが変わりましたと言われても納得できない。

 

 言葉にできない憤懣が鬱積していく。

 アナリザンドはあいかわらず優しい。

 けれど、アイゼンの前では自重しているのか曖昧に微笑むばかりだ。

 

 それで――毎日のように魔物を倒すよう、アイゼンに厳しくしつけられる。

 

 強くなるためには甘えなど切り捨てるべきだと、そう言われているみたいだった。

 

 師匠は、自分が強いからそんなことが言えるんだ。

 もう()()()()()()なんだから。

 魔王すら斃した勇者パーティのひとり。伝説の戦士。

 

――それの何が偉いんだよ。

 

 シュタルクは、思春期特有の()()()に対する反感が出てしまい、その矛先は優しい姉ではなく、厳しい父親的存在――師であるアイゼンに向けられた。

 

 十三いや、十四くらいの頃だろうか。

 ある日、シュタルクはアイゼンに言った。

 

『もう魔物なんかと戦いたくねーよ。こえーし……師匠みたいに強くもねーし……』

 

『それで、ぬるま湯に浸かって、お前はいったい何を守るつもりだ? 木こりでも目指すつもりか、シュタルク』

 

『木こりになるのが悪いって言うのかよ。木こり差別か。師匠』

 

『おまえが本当にそうなりたいと願ってるなら、俺は何も言わん。だが今の言葉はただの逃げだ』

 

『逃げるのが悪いってのか。師匠だって逃げたことがあるって言ってただろうが!』

 

『守るための逃げは逃げじゃない。おまえは自分から逃げている』

 

『なんでだよ師匠。姉ちゃんだって別にいいって言ってくれてるだろ。魔物なんか倒さなくていい。俺は俺であればいい。そう言ってくれてるんだぜ!』

 

『アナリザンドを言い訳にするな。戦士は誰かのために戦うものだ。今のおまえは、戦士じゃない。自分のことで頭がいっぱいの、ただのガキだ』

 

『だったら俺は、ガキのままでいい!』

 

 初めて見せた反抗心。裂帛の気合をこめて、伝説の戦士の横っ面を殴ろうとする。

 

 だが、壁は厚かった。

 

――ボコン!!!!!!!!

 

 音を置き去りにするほどの勢いで身体が扉を突き破り、家の外に叩きだされた。

 

 そしてシュタルクは逃げ出したのだ。

 

 単純に怖かったというのもあるし、戦士としての役割を押しつけられるのが嫌だったから。

 

 それに、魔族に村を滅ぼされたあと、シュタルクはアイゼンに、俺を強くしてくれと頼んでいた。その時の純粋で鋼鉄のような硬さの決意も、アナリザンドの優しさという毒によって、いつのまにやら柔らかくなってしまっていた。

 

――自分が、自分を裏切ったことがなによりも怖かったのだ。

 

 そして、いま自分は戦士としてここにいる。

 

 成長した今だからこそわかる。もう姉ちゃんといっしょにお風呂に入ったらいけない年齢だと、頭ではちゃんと理解している。

 

 だからこそ――。そう、だからこそ、男は夢見るものなのだ。

 失われたものを取り戻そうとする。そのベクトル。

 閃光のごとき存在こそが男というものなのである。

 

 やっぱり、えっちだね♡ シュタルク君。

 

 

 

 

 

 さて、山登りである。

 秘湯までの道のりは遠い。

 秘湯というだけあって、人間の足を拒むような険しい山道だった。

 木々が密集し、陽光はほとんど届かない。

 苔むした岩が転がり、足元は常に湿って滑りやすい。

 シュタルクは先頭を歩きながら、時折振り返ってフェルンを気遣う。

 伝説の魔法使いフリーレンや、魔族であるアナリザンドは、体力的に余裕がありそうだからだ。

 

 特に姉であるアナリザンドは空中をわずかに浮かんでいる節がある。

 あのふわふわした歩みは、ホバークラフトの要領で、地形の影響を受けていないのである。

 

 だから、シュタルクはフェルンに声をかけたのだ。

 

「フェルン、大丈夫か? ここ、足、滑りやすくなってる」

 

「別に……これくらい……大丈夫です」

 

 フェルンは無表情で答えるが、杖を突く手は少し力が入っていた。

 本来的な用途として杖を使っている。

 

「なあ、フリーレン。空、飛んじゃダメなのかよ?」

 

 戦士らしい物言いだった。

 フリーレンやフェルンは安々と三次元的な動きができる。

 山だって、わざわざ道なき道を歩く必要はない。

 

「空を飛ぶ魔法は燃費が悪いからね。いざというときに魔法が使えないと困るでしょ」

 

「姉ちゃんがいるし……」

 

 そう、アナリザンドは最強といってもいい存在だ。

 もちろん弱いところもある。守らなければならないという覚悟も。

 でも、それ以上に信頼もしていた。

 

「シュタルク君。この秘湯巡りはシュタルク君が言い出したことでしょ。お姉ちゃんは見守っているだけ。過剰に手を貸したりはしない。もう、シュタルク君は大人の戦士なんだからね」

 

 姉の視線は変わらず優しい。

 

「俺はまだガキだよ。姉ちゃん」

 

「アイゼン先生が言ってたけど、大人と子どもを区別する基準は、誰かのために戦えるかどうかなんだって。シュタルク君はもう戦えてるじゃない」

 

「そうじゃねえんだよ。姉ちゃん」

 

 シュタルクは言葉を詰まらせて、視線を落とした。

 子どもの頃は早く大人になりたかった。強くなって、誰かを守りたくて。

 でも、子どものままでいられることの幸せを知ってしまった。

 

「そっか。今のシュタルク君は甘えたいモードなんだね」

 

「よくわかんねーけど。そうかもしれないな」

 

「ハイターも前に言ってたけど、大人は大人のフリをしているだけなんだって。そのフリがどんどんうまくなっていく。だから、シュタルク君も子どもの部分を残しててもいいんだよ。それが大人になるってことなんじゃないかな」

 

「姉ちゃんは甘すぎるよ」

 

「どっちなんだろうね」

 

 甘えたいのか。甘えたくないのか。

 アナリザンドは小首を傾げて、じっとシュタルクを見ている。

 

 フェルンが、ちょうど段差になっている岩を登っている頃合いだった。

 アナリザンドはフェルンに甘いところがあるが、フェルンの歩みに手を貸さない。

 物理的に引っ張り上げるというのが難しいというのもあるが。

 フリーレンの力でも足りなかった。いっしょに岩下に崩れ落ちる。

 

 しかたがないので、シュタルクが先行してフェルンを引っ張り上げた。

 

「ありがとうございます。シュタルク様」

 

「別に……男が女を助けるのは当たり前だろ」

 

「前時代的ですね。シュタルク様」プチムッスゥ状態になるフェルン。

 

「なんだよぉ……姉ちゃん、フェルンが怖いよぉ」

 

「フェルンちゃん。今のはシュタルク君なりの照れ隠しなんじゃないかな?」

 

 アナリザンドは、ふと思いついたかのように述べた。

 どう考えても悪手である。

 フェルンはアナリザンドの言葉には素直なところがある。

 

「そうなのですか?」と大真面目に聞いてくるのだ。

 

「その文脈で、はいそうですって言えるかよ……」

 

「すみませんでした。シュタルク様が幼稚なことをすっかり忘れておりました」

 

 また、頭をさげるフェルン。

 シュタルクがメソってしまうのも無理ないところだろう。

 

 

 

 

 

 旅は数日かかる見込みだ。

 何度か、魔物に襲われた。そのたびに戦士シュタルクが一刀のもと切り捨てていく。

 魔法使いの出番はなかった。それだけ今のシュタルクは強いのである。

 

――野営中。

 

「なあ、姉ちゃん。ちょっと疑問に思ったことがあるんだけどよ」

 

「ん。なにかな? お姉ちゃんのスリーサイズなら教えてあげないよ」

 

 完全にからかっている。

 この魔性の少女は、弟をかわいがるときに、密かに愉悦しているのである。

 ゼーリエや、もしかしたらフリーレンあたりからもたらされた概念かもしれない。

 

「ちげーよ!」

 

「不潔です。シュタルク様」とフェルン。

 

「聞いてねえじゃん。俺」

 

「ザインがいないとやっぱダメだね……」

 

 フリーレンは一向に話が進まない状況に、ちょっとだけ嘆息した。

 

「それで、なあに?」今度は真面目に聞く姿勢のようである。

 

 アナリザンドは、ハイハイの姿勢で近づいてくる。

 

「冷静に考えてみるとよ。姉ちゃんって、フェルンの親――ハイターの爺さんには直接逢ってないんだよな? なんで師匠には逢えてんだ?」

 

「あー、それねー」

 

 気のない返事。なんだか視線をそらしてるようないないような。

 

「アナリザンド様。なぜでしょうか。私も気になってました」

 

「うーん。フェルンちゃんも気になってたかー。当然だよね」

 

 ここまでくると、さすがに退路を断たれたのか。

 アナリザンドも渋々といった様子で語りだす。

 

「アイゼン先生さー。ドワーフじゃん。人間じゃないじゃん。なんとなく魔族っぽいところあるかなーって。それに……」

 

 アナリザンドは体育座りになって丸まった。

 

「ちっちゃくてかわいいって思ってたの」

 

「師匠がかわいい?」

 

「うん。アイゼン先生ってかわいいよね?」

 

 シュタルクは目を丸くした。

 自分にとってはそびえたつ壁みたいで。硬くて。強くて。最強で。

 追いつきたい背中を持つ伝説の戦士。

 

 それが、姉ちゃんにとっては、かわいい?

 

 シュタルクは笑った。

 

 師の背中を超えることを夢見ている自分が、限りなく滑稽に思えたからだ。

 いつのまにか、シュタルクはアイゼンの背丈を追い越していた。

 そんな単純な事実に気づいた笑いだった。

 

 

 

 

 

「ここからは厄介な魔物が生息しているよ」

 

 フリーレンが声を出して警戒を促した。

 シュタルクは、斧をかまえて、襲撃に備える。

 

 と、そこで、大地を震わせるほどの魔物の鳴き声が聞こえてきた。

 

 森を抜け、小高い丘に至ると、すぐにそいつの姿が目に入った。

 塔の上に巨体をうずめるようにして、こちらを見下ろす影。

 

 三つ首の竜。

 

 あの、フェルン達と出逢って以来の、久しぶりの竜との対峙だ。

 けれど、フリーレンは否定した。

 

「あれは竜じゃない。どちらかというと、トカゲなんかに近いタイプの魔物だよ」

 

「トカゲか……ならなんとかなるか?」

 

 どこがトカゲなのかはよくわからないが、竜にはブレスがある。

 トカゲは地を這う生き物だ。そこが違いだろう。だったら、竜より遥かに戦いやすい。

 しかし、シュタルクの安易な予測は、すぐに叩き落とされた。

 

「でも、その三つ首は同時に切り落とさないとすぐに再生する」

 

「マジかよ!」

 

 前言撤回である。

 シュタルクにとっては、無限ループの戦いが待っている。

 同時に三つ首を叩き落とすなんて芸当はできそうにない。

 

「じゃあ、わたしたちはお空から観戦ってことでどうかな?」

 

 アナリザンドが非情な宣言をしてくる。

 

「姉ちゃんならどうとでもなるだろ」

 

「んー。シュタルク君ならどうとでもなるでしょ?」

 

「無茶言うなよ。姉ちゃん」

 

「シュタルク君。わたし忘れてないからね」

 

「何を?」

 

「お姉ちゃんに泣きついて三年間も竜を倒さなかったけど、結局ワンパンだったじゃん」

 

「まあ……あのときは結果的にそうだったけどよ」

 

「じゃあ、がんばってね」

 

「姉ちゃぁん。行かないでぇ!」

 

 アナリザンドは空へとのぼっていく。

 フリーレンもフェルンも同じように空から迎え撃つ構えのようだ。

 

 あのときと同じ構図。

 自分は囮になって、フリーレンが魔法を放つ。

 

 けど、そうはならなかった。

 結局、シュタルクが一撃で竜を斃してしまい、フリーレンは魔法を放つ必要すらなかったのだから。でも、いまは状況が異なる。

 

 相手は再生力だけで言えば、竜を上回っている。

 単純に膂力だけでどうにかなる相手じゃない。

 

 トカゲ野郎は、すぐに崩れた塔から降りてきて、こちらへ猛然と迫ってきた。

 

「シュタルク君。がんばれー。がんばぇー!」

 

 ものすごく気の抜ける声が空中から降りそそぐ。

 フェルンは困惑気味で、でも手を出さない。

 フリーレンすら、何かを見極めようとしているようだ。

 

 当然、シュタルクは逃げた。猛然とダッシュして、生命の本能にしたがって、涙目になりながら地面を蹴った。

 

 師匠ならこんな状況でもなんとかしちまうんじゃねーか。

 

 そんなことを思ったりもしたけれど。今の自分にはまだ遠い。

 

――遠い。

 

 本当にそうか?

 

 俺は師匠の背中を追って、ここまで来た。

 

 足元ばかり見ていて気づかなかったけど、それでもここまで歩いてきたんだ。

 

 三つ首のひとつがすぐそばの地面を抉った。それをかわし、シュタルクは初めてそいつの目を見た。トカゲだ。竜のような知性のひらめきはなく、動物に近い魔物。

 

「シュタルク君。早く魔物を倒して、いっしょに温泉入ろうね♡」

 

 それは天啓のようで。

 満腔に力が盈る。

 

「うおおおおおお!」

 

 単純なのは、俺のほうかもしれない。

 でもそれが、俺のすべてなんだ!

 

 シュタルクは斧を握りしめ、足元にまとわりつく草に気を配りながら、一歩前へ踏み出す。筋肉が張り、戦士としての感覚が全身を駆け巡る。

 

 トカゲが突進してくる。三つ首がそれぞれ左右に振られ、振動が大地を伝う。シュタルクは寸分の狂いもなく斧を構え、呼吸を合わせる。

 

 左の首、蹴り上げる。「いけーそこだー」

 

 右の首、斧で叩きつける。「やっちまえー!」

 

 真ん中の首は踏み台に。「俺を踏み台にした!?」

 

――ここだ。

 

 シュタルクは身をひねるようにして跳んだ。

 

 そのまま自らの身体を軸として回転し、三つ首が重なるポイントへと最大の一撃を加える!

 

「閃天撃!」

 

 三つ首を――、その重なった分厚い肉の層を、シュタルクの斧は削り取っていく。

 

 地面に辿りついたのは、わずか数瞬。

 再生の余地を与えず、三つの首が一瞬で崩れ落ちる。

 大地に衝撃が走り、砂塵と破片が舞いあがった。

 

 魔物をたおした。トカゲは塵になり消えていく。

 

「ヒンメルのときはアイゼンと私も加えてギリギリ勝利だったんだけどね」

 

 フリーレンは自分たちの時のことを思い出して、肩をすくめるようにした。

 シュタルクは、師を超えつつあるのかもしれない。

 

「あっけない幕切れですね……ちなみに、そのときハイター様は?」フェルンは聞いた。

 

「山登りでバテバテだったんで、使い物にならなかったよ。たぶんお酒が切れてたんじゃない? ハイターって、お酒が燃料だって自分で言ってたし」

 

「そうですか……聞きたくありませんでした」

 

「ああ……だからか」

 

 フリーレンはふと思った。

 

 自分がかっこ悪いところは、フェルンにあまり伝えたくなかったのだろう。

 

 だから――秘湯の秘密――秘密というほどのことでもないが、それをフェルンに伝えなかったのだろう。

 

 地面につっぷしたまま、シュタルクは動かない。

 

 疲れて動けないというのもあったが、全員に見捨てられたも同然だったので、ちょっぴり心が傷ついていたのである。

 

 そんなシュタルクのもとに、アナリザンドは駆け寄って頭を撫でていた。

 

 

 

 

 

 エトヴァス山の秘湯。

 その秘密はなんてことはなく、足湯だった。

 

 シュタルクが手をさしいれる。

 

「浅いな」子どもの背丈すらない。

 

 足湯くらいの湯量しかない。

 

「だから割に合わないって言ったんだよ」

 

「でもいいんじゃねーか」シュタルクは嬉しそうに言った。「これなら皆いっしょに入れる」

 

 男は結婚でもしない限り、女と風呂に入るべきじゃない。

 それが戦士のルールだからだ。

 

 それでも夢見てしまうのが人間というもの。

 幼き日の憧憬は再び、隣にちゃぽんと小さな足をひたしている。

 

 魔族の少女。優しき姉。

 

「姉ちゃんとも、か……」

 

「ところで、シュタルク様はどうしてここに来たいとおっしゃったのですか? まさかとは思いますが、アナリザンド様と混浴したいからだとかおっしゃいませんよね」

 

 隣に座るフェルンから容赦ない詰問が届いた。

 もちろん、それも理由のひとつではある。

 

「師匠から聞いてたんだよ。師匠と同じ景色を見てみたかったんだ」

 

「それなら、まあ納得ですね。とてもいい景色ですし……心に遺る気がします」

 

「確かに、いい景色だ」

 

 シュタルクは、山を見て、それからお湯に視線を移す。

 水面には、皆の顔が映っている。

 

 隣に座る幼き日の憧憬も。

 師が視たというくだらない旅路の風景も。

 

――俺は俺で。

 

 これまでも、これからも。

 なにひとつ壊すことなく。

 

 きっと、変わりなく守り続けていくのだろう。

 

 

 

 

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