魔族少女のエロタナティブ 作:アナリザンド
かつ、ダークな作風なのでご注意ください。
男は眠りから目覚めた。しかし、意識はなお判然としなかった。
輪郭が曖昧になって、世界と一体となっていくかのような心地よさ。
夢うつつの時分。暗闇の中を泳いでるような感覚。
しかし、平穏は突如切り裂かれた。
乱暴に揺さぶられ無理やり覚醒させられるような不快の感覚。
ひどく息苦しい。そうして――、闇の中に光条が差しこむ。
痙攣したまぶたが開く。
「起きた?」
目の前には女がいた。頭のあたりには異形の角がはえており、その顔には貼りつけられたような笑みを浮かべている。全身に鳥肌に似た感覚がたちのぼり、男はどうしてそうなったかはわからなかった。
男は縛られていなかった。ロッキングチェアというにはやや小ぶりの椅子に両の手を預けて、背もたれに身体が沈んでいる。力が入らない。全身を襲う気だるさに、視線だけを周りに這わす。
見渡してみると、ここは薄暗い洞窟のような場所だった。
辺りを照らしているのは、青昏い輝きを放つ魔導のランプで、それが低い天井を照らしている。 それなりの広がりがあるようだが、狭く息苦しい。どこにも出口がない。
「おあぇ………」
男は自分の声に驚いた。呂律が回らない。
――どころか、自身の発した言葉の意味がわからなかったからだ。
己の声はこんなだったかという驚きもある。
「時間ならたっぷりあるから、焦らなくていいわ」
女は美しかった。少なくとも男が見てきた中でも精巧な人形のように美しく、まるで非生物が生物を真似しているような顔立ちをしている。声色も優しく、母親が子どもをあやすような、あるいは姉が弟を諭すような、そんな響きがする。
――母。――姉?
よくわからない概念が頭の中に浮かぶ。わずかずつだが、言葉が形をなしていく。
そうだ、家族。家族の呼称。
「言葉はしゃべれる?」
女は、優しく聞いた。
けれど、目だけが笑っていない。
視線も慈しむような眼差しだったが、男の椅子に触れる腕が、かたかたと鳴った。
「こ……ここは……?」
ようやく男は声を出せた。そうすると、女は両の手をふわりと合わせて破顔する。
赤子が初めて言葉を話せた時のように、うれしそうに。
「ここがどこか知りたいのね。いいわ。お姉さんが教えてあげる。ここは大昔、戦争があった時代の地下壕よ。あまり一般的ではない言い方だけど、防魔壕という言い方もされるわね。今はもう使われていない、あなたたちに棄てられた場所よ」
「どうして……ここに、俺は……」
「外にいた死にかけのあなたを私が救ってあげたの」
「外? 外ってどこだ……」
「記憶が混濁してるようね。あなた、自分の名前はわかる?」
「名前……名前は……」
うすぼんやりとしていて思い出せない。
突然、空中に投げ捨てられたかのような不安が襲う。
「そう。わからないのね」女、微笑。「じゃあ、あなたはキャトルということにしましょうか」
「キャトル……キャトルか」
言葉をこねくりまわすような感覚。
そう、昔――昔ってなんだ? 泥遊びをしたときのような。
なんにもならない、くだらない遊びに夢中になった時のような。
「それでいいかしら?」
「いいとも悪いとも……」
「ふうん。じゃあ、身体の調子はどんな感じ? 大怪我をしていたから、少し心配だわ。きちんと治せているか、お姉さんに教えてくれる?」
「……手も足もついてる。でも力が入らない。全身がだるい」
「それは仕方ないかもしれないわね。立ち上がれる?」
「ああ……」
椅子を杖のように支えにして、両足に力をこめて立ち上がる。
フラフラと覚束なかったが、なんとかできた。
「立てたのね。構成要素がきちんと働いている。素晴らしいわ」
女は満足そうに微笑むと、よろめく男の周りを、まるで珍しい花でも愛でるように歩き回った。
一歩。二歩。歩く。歩ける。
「ねえ。キャトル。そこで停まって?」
「なんだ?」
「ひとつ、とっても大切なことを聞いてもいいかしら? 私の研究において、最も根本的で、かつ最も曖昧な部分なの」
「……なんだ。何を聞きたい……」
「あなたの種族は、何かしら? お姉さんに教えて」
「しゅ、ぞく……?」
「そうよ。種族……。私とあなたは違うでしょう。私には角がある。あなたには角がない。長い耳も、背丈の短い筋肉の固まりも、うろこのような肌も」
男は咄嗟に頭のほうに手をやった。
ボサボサの髪の上には、確かに女のような角の感触がなかった。
「俺の……種族は……」
男は口の中でその言葉を転がした。種族。自分を定義する言葉。
脳裏に、いくつものイメージが閃いては消える。
泥遊びをした手。誰かの温かい背中。焼けた肉の匂い。
けれど、それらを統合する言葉に、どうしても指が届かない。
「そうよ、種族。あなたは自分を何だと思っているの?」
「俺は……俺、は……。家族が、いて。……いや、家族って、なんだ?」
「そう。わからないのね。残念だわ。今日はここまでにしておきましょうか」
男の意識はそこで途切れた。
目覚めると、目の前には女が立っていた。
男は椅子に座っていて、意識が混濁している。
だが、昏い暗闇の中に、その青白い肌は、想像を絶するほど美しく見えた。
それは昔、白亜の城を見たときのような、そんな感覚。
ただ美しいだけではなく、言葉にできない威容に恐れすら抱いた時のような。
「起きたかしら?」
「ここはどこだ?」
「反応が速いわね。ここは、棄てられた場所よ。ゴミ捨て場みたいなもの」
男は獣のように警戒心が生じるのを感じた。
目をぎょろりとむき出しにして、周りを見渡す。
出口がない。どこにも行き場所がない。薄暗い。
「ここから出せ!」
「身体はきちんと動く?」
「くそったれめ」
「なるほど。恐怖より怒りが先に立つのね。ねえ――あなたの種族は?」
「人間だ! そんなの見りゃわかるだろうが!」
「そう。あなたは人間なのね。どうしてそう思ったの?」
「どうしてって……。そりゃあ……」
男は答えられなかった。
あまりにも自明すぎて。いや――曖昧だがわかる。
「おまえとは違うからだ」
「私とどう違うの?」
「俺にはそんな角はねえ。角があったら被り物もしにくくなっちまう」
「なるほど。差延ってわけね。とはいえ、興味深くはあるわ。ねえ、あなたのお名前はなんていうの? お姉さんに教えてくれる?」
「……名前だと」
「そうよ。名前ぐらい、あなたにもあるでしょう?」
「そんなもん、ねえよ」
「ふうん。もしかして、ひとりぼっちで暮らしていたの?」
「……わからねえ」
「じゃあ、お姉さんが名づけてあげるわ。あなたはサンク。今日からサンクという名前はどうかしら?」
「サンクだと……。てめえに名づけられるのは気に喰わねえ」
「なぜかしら?」
記憶はおぼろげで言葉は意味をなさない。
だが、誰かに従うのは気に喰わない。それだけが男の中にある真実だった。
「うるせえ。俺に質問するな」
話は終わった。
「わかったわ」
それで今日は終わりだった。
「あなたはディスということにしようかしら」
混濁した意識から浮き上がると、目の前には女がいた。
自分は椅子に座っており、指先が痺れている感覚がする。
「ディス……。なんだそれは?」
「名前よ。悪くないでしょ。それとも答えられる? あなたの名前は?」
女は男の傍まで近づき、指間の距離で瞳を合わせた。
そのまなざしは空虚で、男は本能的な恐れを抱いた。
「キャトル……いや、サンクじゃねえのか」
ふと脳裏に飛来した名前を言ってみた。
すると女はくるくると回り、楽しそうに空を見上げた。
空はなく、そこには土の天井があるばかりだったが。
――空?
「おもしろいわね、あなた。じゃあ、少しだけ質問させてもらえるかしら」
「質問? なんだ」
「あなたは、何かを失ったと思う?」
「……は?」
「名前でも、場所でも、人でもいいわ」
「わからねえ。でも……胸の奥が、すかすかしてる」
「それは空腹?」
「違う。腹は減ってねえ。よく覚えてねえだけだ」
「逆に覚えていることはあるかしら?」
「覚えていること……?」
感覚的な手触りだけは、そこにある。
掴もうとすると、するりと抜け出してしまいそうな、そんな――言葉。
温かい陽日。木々の間をすりぬける暖かな風。
――南方の風だ。
「あなたって、南側諸国のなまりがあるわね。どこの出身か覚えてる?」
「ああ、そうだ……。俺は南側諸国で生まれた」
「生まれたのね」
「……ああ」
「育ったとは言わないの?」
「…………」
「どうしてかしら?」
「……わからねえ。でも、そこにいた気はする」
男は目を両手で覆った。なにも思い出せない。
何かが決定的に欠けている。それがなんなのかすらわからない。
けれど、それだけは確かだった。
「質問を変えるわ。ディス……。あなたには当然家族がいたのよね?」
「いた……」
「どんな家族構成だったの?」
「普通さ」
「普通がわからないから教えてほしいわ」
「頭の固い親父がいて……。そんな親父にいつも従ってる母親がいて、それで妹もいた気がする」
「顔は覚えてる?」
「覚えてねえな……。なんかグチャグチャの鉛筆書きされたみたいに、思い出そうとすると、わけがわからなくなっちまう」
「じゃあ、あなたは自分の顔を覚えている?」
「俺の顔?」
「特別サービスよ。ここまで答えてくれたことのお礼。人間がよくやってることじゃない」
女が壁に張りついている戸棚から取り出したのは、なんの変哲もない手鏡だった。
その手鏡を覗きこむ。髭面の30代……40代くらいか。
そんな男が初めて鏡を覗きこんだ猫のように、驚き固まっていた。
「どう? これで少しは思い出せたかしら?」
「いや……わからねえ。なあ――」男は不意に声を出す。
「なにかしら?」
「おまえは誰だ。俺をどうしたいんだ」
「私は、ただ知りたいだけ」
「なにをだ」
「あなたが、いつ
「……意味がわからねえ」
「そうでしょうね。だって、あなたはまだ途中だもの」
女は手鏡を戸棚に戻した。
まるで、興味を失った玩具を片づけるみたいに。
「ねえ、ディス。さっき鏡を見て、どう感じた?」
「どうって……気味が悪かった」
「自分の顔なのに?」
「ああ」
「どうして?」
「知らねえ男を見てるみたいだったからだ」
「それはね、とても良い反応なの」
「なにがだ」
「自分を他人だと思えるのは、人間だけの病気よ」
言ってる意味がわからない。
ただ、女が言ってることはまちがってはいないと直感した。
そして、目の前の女の異質さに、男は声が震えてくるのを感じた。
「それで……俺をどうするつもりだ」
女は答えなかった。
ただ、楽しそうに首をかしげている。
「今日はここまでにしましょうか」
ぞくり――。悪寒がする。
そして、微笑。
「次に目を覚ましたとき、あなたは別の名前かもしれないわね。おやすみなさい、ディス」
「おはよう。ヴァン。気分はどう?」
女は軽やかに語りかけてくる。
男はうめくように声を出した。
「……もうやめてくれ」
「なにをかしら?」
「俺を……ここから出してくれ」
「震えちゃってるわ。寒いのかしら?」
女が伸ばした指先に、男は椅子から転げ落ちるようにして逃げた。
「どうして怖がってるの? お姉さんに教えて?」
「おまえは魔族だ」
「そうね」
「お前達は人間を喰べる種族だ。俺を食べないでくれ。頼む」
「命乞いをしているのね。いいわ。つきあってあげる」
女は、両手を広げるようにして一歩下がった。
「……さあ、始めて」
「何を始めればいいんだ?」
男は困惑した。
あまりにも文脈を飛ばした言葉に理解が追いつかなかったからだ。
女は、そんな男の無理解を理解して言葉を返した。
「命乞いよ。私に見せてくれるんでしょう。あなたがどんな命乞いをするのか興味があるわ」
「俺には……家族が……いて」
「嘘ね。あなたには家族はいない。自分で言ったことも覚えていないなんて、つまらないわね」
終わる。
「さあ、あなたの命乞いを聞かせてちょうだい。ヴァンドゥ」
「あんたが俺の立場だったら、こんなことはしないはずだ」
「共感ってこと? 残念ね。私にそんな言葉はないわ」
終わる。
「トラント。あなたの番よ」
「死にたくない。あんたも同じはずだろ」
「いいえ。あなたは私じゃないもの」
終わる。
「あんたは何がしたいんだ」
男は言った。女は曖昧に微笑む。
「
「じゃあ、どんな命乞いなら興味がある」
「……なるほど、それは少しだけ面白い問いね。独創性がある命乞いが好みだわ」
「あんたの名前を教えてくれ」
「これは本当に驚いたわ。賞賛の意味もこめて教えてあげる。ソリテールよ」
「ソリテール。頼む。俺をここから出してくれ」
「どうして?」
「空腹なんだ。腹が減って死にそうだ」
「なるほど。お腹がすいたのね。じゃあ少しだけ待ってて」
ソリテールは、部屋の隅っこにある竈のほうへとステップを踏んだ。
軽やかな足取りは、どことなく楽しそうで、異常な状況でなければ、そして相手が魔族でなければ、男も楽しめただろう。
だが、身の毛のよだつような感覚が、やはり男の全身を支配していた。
言葉が通じない。
やがて、肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。
どこからともなく、紅茶をポットにいれ、昼か夜かもわからないが食卓が完成する。
「人間の食事は、何度も真似てるからおいしいはずよ。さあ、食べて」
暗がりの中でも、軽い湯気が立ち上っている。
ステーキソースがたっぷりかけられた肉のカタマリ。
男は――手をつけない。
「どうしたの。食べなさい」
「俺に命令するな」
「命乞いのシーケンスは終わったのかしら? 死にたくないなら食べるのね」
男はやむなく肉を口に入れた。
本当に空腹だった身体は、ステーキを素直に受け入れた。
臓腑に生きる活力が湧いてくる。本当に? 本当だ。人間は食べなければ生きていけない。
「食べながら聞いてもらえると嬉しいのだけど」
ソリテールはテーブルの向かいに座り、ナイフとフォークで器用に肉を切り分けている。
「なんだ」
「あなたはいま、何を食べていると思う?」
「知らねえよ。知りたくもねえ」
ナイフとフォークが、ステーキと軽くキスをかわす。
そして、ナプキンで口をぬぐい、今度は男が質問した。
「なあ……」
「ん。お食事の間の会話ってことね。どうぞ」
「魔族と人間って、何が違うんだ」
「違いを探すのは、人間の癖ね」
「癖?」
「思考様式、あるいは器質的な回路と言い換えても良いかもしれない。人間はね、必ず間に何かを置くの。理由とか、意味とか、正しさとか。それがないと、自分がどこにいるのかわからないから、そうしているのだと推測できるわ」
「推測なんだな」
「そうよ。でも私は、時間も場所も関係なく最初からそこにいる。何かを置く必要がないのよ。私たちは最初からそうなってるだけ」
男がおぼろげながらも理解できたのは、『私たち』という言葉は、この魔族にはないということだった。それをあえて使ってみせているところに、やはり恐ろしさを覚えてしまう。
「ねえ――、あなたは今、考える前に食べたでしょう?」
男の手が止まる。
「あとからこうやって理由を並べているの。俺は空腹だった。食べなければ死んでいた。あるいは、食べなければ私に殺されていた。どれも間違いではないわ。でもそれは全部事後性のある言葉なのよ。わかりやすく言えば
「……」
「人間はね、行為のあとに必ず理由を探すの。理由がないまま動いてしまったという事実に耐えられないから」
カチャリという音をたてて、ナイフとフォークを持つ手が止まった。
「魔族と人間の違いはね――その何か――
「おまえらには愛が無いっていいてえのか」
「近似真実としてはまずまずといったところね。そういう理解でもかまわないわ。人間だって時々いるでしょう。いわゆるサイコパスと呼ばれている者たち。人の心を理解できない冷酷な人間。そういう存在として魔族を捉えれば、あなたの命乞いも成功する可能性は高いわね」
「違うっていうのか?」
「違う。でも、その差延を理解しようとしたのは評価できるわ。私たちには中間項がない。それはリゾーム構造として、主体に内包されている。あなたたち人間は必ず中間項がバッファとなって終局を迂回している。つまり、人が人を殺すとき、人は人を殺しているのではなく、中間項を書き加えているのよ」
「何を言ってるかわからねえ……」
そんな言葉をどこかで聞いた気もするが。
確か、小さい……こいつと同じ魔族が。無垢な微笑をこぼしながら語っていた。
「信仰で殺す場合を考えてみましょう。XがYを殺すとき、Xは自分の信仰を証明するためにYを殺すの。そのとき、Xは信仰証明をするための手段として殺してるわけであって、最終目標はYの存在を抹消することではないはずよね?」
「殺したいから殺すやつもいるだろ」
「ええ。でもその場合でも中間項はあるわ。快楽殺人なら、殺すという行為が快楽に到達するための道になっている。対象を殺すこと自体が目的なのではなく、快楽という終点に近づくための概念操作にすぎないの」
「それじゃぁ、消えねえやつもいるだろ。うざってぇやつとか」
「いいえ。あなたの言う消えると、私の言う消えるは違う。人間的な意味で存在を消したいだけなら、関係を断つ、無視する、記憶から排除する――ブラウザを閉じる。それだけで十分な場合がほとんどよ」
ブラウザ……。その言葉もどこかで聞いた気がする。
男は記憶を手繰り寄せながら、言葉を紡いだ。
「でも、人間は事実として人を殺している」
「ええ。なぜなら人間は、理由や正当化や快楽といった中間項を通さずに、直接、終極に触れることに耐えられないから。だから人は、人を殺すとき、人を殺しているのではなく――意味を付け足しているの。それがどんな中間項なのかは私にはわからないけれど」
「じゃあ、おまえらはどうなんだ。魔族は人を殺すとき、何を考えてる?」
「何も考えないわ。ただ、そうなるだけ。私たちは中間項なしで、最終目標に直結している。あなたをここに連れてきたのも、研究という目標のため。でも人間みたいな理由は要らないの。最初からそこにあるのよ」
「それじゃあ、俺の命乞いは無駄か?」
「無駄ではないわ。あなたが中間項を理解しようとしている今、この会話自体が、人間らしい迂回になっている。それにつきあってる私にも疑似的な中間項を発生させて、時間稼ぎができている。よかったじゃない。最後の晩餐くらいの時間は稼げたんだから」
「クソが!」
「立ち上がってはダメよ。まだ、お肉が残ってるわ」
「うるせえ。俺はおまえになんか殺されねーぞ」
男は逃げようとした。
だが、捕食者のまなざし。そして笑み。
男はすくみあがる。
「食べなさい。それはあなたの死体よ」
「サンカント。それでいい?」
「もう赦してくれ……」
男は泣き始めた。
終わりなき地獄に魂が悲鳴をあげている。
「赦すも赦さないもないのよ。私は女神様じゃないんだから。それとも、今の言葉も女神様に対してのものだったりするの?」
「そうだ……。どうしてこんなことになってる?」
「こんなこととは?」
「わからねえ。でも、わかる。おまえが何かをして、俺を何度も何度も……」
「技術的な話を聞きたいのね。それなら人間ともある程度は対話可能だわ。あなた、シュピーゲルって知ってるかしら?」
「知らねえよ……」男は力なく応えた。
「大昔に人間が創った、魂を模倣し製造する装置よ。壊れた一欠けらをとある場所で見つけたの。まあ複数あるうちの一枚なのかもしれないし、どこのとかはどうでもいい情報よね?」
「それが?」
「今の人間たちには理解しにくいかもしれないけれど、魂を模倣する前に人間が復活する――生き返るためにはどうしなきゃいけないくらいはわかるわよね?」
「身体を復活させる?」
「そういうことね。魂とやらがどこから来るかはわからないけれど、肉の本としての再生くらいは、私でもできたのよ。シュピーゲルの機能を使ってね。クローニング。古代ではそう呼ばれているわ」
「つまり、俺は誰かの死体を使って生み出されたってわけか」
「ええそうよ。あなたは罪を犯したことのない存在なの。そしてなんの中間項もない。まっさらなページが広がってる。それが今のあなたってわけ」
「俺は罪を犯した……」
「それはそういう記憶が残ってるということはあるかもしれないわね。でもあなたではないはずよ。同定できないけれど」
「本当に罪を犯したんだ。俺は山賊をやってた。物盗りだ。人を殺したこともある」
「そういう記憶はあると言ったわ。でも、あなたの論理に従ってあげる。あなたはきっとその中間項をあなたのものにしたいのね。お姉さんに見せてくれるかしら」
男は罪を告白しはじめる。
「最初は普通に物を盗るだけのつもりだったんだ。優しく脅かして――、森の誰もいないところにいて、俺は餓えていて――、そうしたら女が急に叫びやがった――。だから、俺は怖くなって……。いや、よくわかんねえ。権力ってやつに反抗してたのかもしれねえし、単にその声が不快に思っただけなのかもしれない」
「そうなのね? それで?」
「目が――、俺に殺される時の女の目が忘れられねぇんだ」
「どうして?」
「後悔……じゃない。物盗りだけだったら、まだ赦されるかもしれねぇ。今の今まで殺しはやってなかったんだ。誓って本当だ」
「嘘なんて言ってないわ。続けて?」
「朝日を拝めなくなっちまう」
「つまり、官憲に捕まって死刑になるのが怖かったということかしら?」
「違う。そうじゃねえ……超えちゃいけねえ一線を越えちまった感じがしたからだ」
「理解できないわね」
「あんたには理解できねえだろうさ……。俺は朝日をまた浴びたい。ここは昏すぎる」
ぐしゃりという音が頭蓋から響いた。
男の頭は剣に貫かれ――、そこで誰でもない男は息絶えた。
「中間項は発生しなかった。予定どおりだわ」
死体を食べ、魔力を補充する。
それをシュピーゲルに注入。
男の身体は、暗がりの奥にある実験室で、わずかずつ再生していく。
「でも時間がかかった。なぜかしら?」
そしてふと思い出す。
ソリテールにとっても特殊な魔族の個体。
中間項を異常なほど内包し、その実、人間たちの中間項をつまみ食いする食いしん坊魔族。
中間項を食べつくせば、人は魔族になる――。
構造主義としては、ソリテールの持論と寸分たがわず。
少なくとも、あの個体はそう振る舞っていた。
つい最近では、そのようなことをしている場面を窃視した。
人の手によって止められたようだが、いまは温泉につかりながら反省しているようだ。
「アナちゃんにならわかるのかしらね?」
――中間項とはいったいなんなのかしら?
「もう数えることも面倒くさくなってきたから、あなたはネームレスと呼ぶことにするわ」
「もう……殺してくれ……いや、消滅させてくれ……」
「だいぶん、自我が薄くなってきてるわね。いや、絶望しているという状態なのかしら」
「もう消えたいんだ」
「消えたら天国にいけるという概念?」
「そんなもんじゃねえ……。ただ、朝日が見たい。ここじゃないどこかに行きたい」
「あなたたちは最初からどこにも行ってはいないわよ。迂回路を――中間項をいったりきたりしているだけ。そんな無茶苦茶な軌道で、死という終わりを引き伸ばしているだけなのよ」
「……」
「沈黙による抵抗ね。いいわ。教えてあげる。あなたは罪を犯したということにしましょう。もし今ここから出ていったとして、あなたは官憲につかまり処刑される。それでもいいのかしら」
「こんな地獄にいるよりはちゃんと死ねるほうがマシだ!」
「死んだ先に行きつくのも地獄かもしれないわよ。いいえ、ここが既にそうなのかもしれないわ」
ソリテールは、そこで最初の時のようにやはり微笑を浮かべた。
「いいじゃないの。ここであなたは永遠に生き続けるの」
「独りでか。そんなのはお断りだ」
「あなたはもともと独りぼっちだったじゃない。罪が露見するのを恐れて森に隠れて暮らしていたんでしょ。アナちゃんがネットを創ってからは、もっとそうなってたんじゃないの?」
「アナ……?」
男はぶつぶつと呟き始める。
ソリテールがわずかに口元を抑える。
だが、すぐにその顔は微笑に書き換えられた。
「アナリ…ザンド……」
「ネットにつなごうとしているのね。でも無駄よ。あなたは誰でもない者。定義不能な存在なの。今のあなたは人間ではなく魔族に近い。名前を取り交わさなければ、あの子の魔法は発現しないのだから」
「アナリザンド……」
「やめなさいと言ってるの!」
それでも男は唱えた。
ネット接続を要求する未定義のパケット。
「
ふやっ。
ふやける~~~~~~。
指のしわしわがおもしろい。ささくれだってた心にお湯が染みこんで癒される。
「ねえ、フリーレン。お背中お流ししましょうか」
「やめろ。なにがしたい」
「いまのわたしは反省中なんです。人様にご奉仕することでリカバリしようかと」
「何をやった?」
「人様のことをちょっぴり魔族化しようとしちゃいまして」
「つまり、私に殺される覚悟ができたということか……いい覚悟だね。死に際の言葉くらいは覚えておいてやるよ」
「違います違います。語弊があるようでしたら、あとでゼーリエ先生にでも、ミリアルデ先生にでも、どっちでもいいんで聞いてください」
「どうやって聞けって?」
「ネットでも使って」
「一度死ぬか?」
そんな言葉に、わたしは、えへへと微笑む。
「フリーレンはさ、わたしを叱らないよね。たぶん、わたしが悪いことをしたら、何も考えずに、意味すら与えずに、殺してくれる。そんな存在だから言いたかったの。ありがとうフリーレン。生まれてきてくれて」
「もういいから黙ってろ。温泉では黙って溶けとけばいいんだ」
「水ならぬお湯に流すという処置ですか。ありがたやー」
「やっぱ死ね」
そんな感じで、わたしが身を温泉に溶かしていたとき、その未定義のパケット通信が異常なログとして、わたしの耳に届いた。
「んー。なんだろ……これ。名前がない。なのに呼ばれてる」
ザーザーという音。
言葉にならない叫び。
コールサインですらないかぼそい声。
――それは、声と呼ぶにはあまりに壊れていた。
意味にならない。
名前もない。
助けを求める形式すら持たない。
ただ、生きていた痕跡だけが、未定義のパケットとしてネットに滲み出ている。
強いて言えば、断末魔に似ている、ような――。
ログが、異常な揺れ方をしている。
ノード不在。
発信元不明。
認証不能。
それなのに、呼ばれている感覚だけが異常にする。
『あなたはだあれ?』
空中に向けて、わたしは言葉を飛ばした。
それは答えといえるものではない。ログの中にだけ存在する、なんらかの残滓。
それをわたしは翻案する。死者の声を聞く要領に似ている。
果たして、答えは――あったのかなかったのか。
それはわからないが、ともかくノイズが発生した。
『わからない』
『お名前は?』
『わからないんだ』
『そこはどこ?』
「わからない」
『いまどういう状況なの?』
『俺は殺されようとしている』
『誰に?』
『女だ……女の魔族』
未定義パケット――男のまなざしが、目の前の女を捉えている。
普通の魔族なら、ネットに接続したりはしない。
それなのに、確かに感じる。覗きこまれているという感覚。
ひとりだけいた。
ブロックしたはずなのに、わたしに接続している存在。
魔族としてみても、例外中の例外。
そして最も魔族らしい魔族。
『確か……。確か……そいつの名前は――――ソリテールだ』
瞬間、わたしは死臭のするお姉さんのブロックを解き、全力で接続する。
ソリテールは、まだわたしに繋がっている。
なら、ソリテールを通じて、わたしは跳躍できる。
――ガインっ!
そんな音が目の前にあった。
ソリテールが放った魔力の剣を、わたしの防御魔法がはじいた。
「やっぱり、私の邪魔をしにくるのね。アナちゃん」
「お姉さん。久しぶりだね。こんなところで何してるの?」
「何って、何もしてないわよ。意味すらない。無意味という言葉すら無意味の、ただの実験」
「実験?」
「あなたもやってることよ」
「わたしは、こんなことしてないよ」
「してるわ」そして、魔族的な微笑。「アナちゃん。あなた、人を魔族にしようとしたわね。人を無限に愛し、人を人ではない何かに変えようとした。違うかしら」
「違わないけど、あなたがやってることとは違う」
「そうよね。あなたが本当にしたかったのは、人を魔族に変えることじゃない。魔族を人に変える方法を連続試行してみたかったのよね。人間はアナちゃんのお試しのための、憐れな被検体ってわけ。どう? 何が違うの? 言い当ててあげましょうか――」
くるりくるりと剣が舞っている。
男の人は、地面に伏せるようにして震えていた。
「好きにすればいい」
「あなたは私と
「そうだよ。それはわたしのやり方じゃない」
「魔族を人にするための方法を私も考えてみたの」
ソリテールは、まるで世間話をするみたいに言った。
剣が空中で静止する。
「結論から言うと――無理ね」
「遅延させることはできるはずだよ」
「そうね。それも私と同じ考えだわ」
ソリテールは、三つの指を立てる。
あのとき、ミリアルデ先生が言ったことを、繰り返すように。
保護、封印、殺害。
「ひとつはマハトみたいに、観測を続けることを促すことはできるかもしれない。人を殺してしまえば、少なくとも観測はできなくなる。だから、時間稼ぎはできる。でも結局は魔族の本性を押し殺すことはできない。結論の先送りに過ぎないの」
人差し指が死んだ。
「ひとつはアウラみたいに、服従させることで、暴力性を封じることはできるかもしれない。けれど、いつまでも無限大の影響を与えることはできない。効果は限定的。いずれ破綻する」
中指が死んだ。
「ひとつはアナちゃんがやったみたいに、経済的合理性のある代替案を提案する。あなたはもっと魔力を得られるかもしれない。強くなれるかもしれない。本当に欲しているものが手に入るかもしれない。けれど、希望という言葉がない私たちに、それを唱えるのは土台無理な話なのよ」
薬指は折られる。
そうして、すべての可能性を否定し、ソリテールは安堵するように微笑んだ。
「なにか反論でもあるかしら」
「リーニエちゃんみたいな子がいたよ」
「そうね……。何事にもアノマリーは存在するのかもしれないわ。人間に英雄がいるように、個体の特異性が種族の特性を凌駕することはあるのかもしれない。それがあなたと私の違いね。あなたは時間稼ぎをして、奇跡が起きるのを待っているの。でも、奇跡はめったに起こらないから奇跡というのよ。私にその言葉はないけれど――、数学的に魔族を救えるとは言えないと思うわ。だって徒労に終わるのは目に見えているもの」
「人間の協力があれば、無限に時間を引き伸ばせる可能性はあると思う」
「あなたって本当に馬鹿みたいなことを言うのね。それを知ってるはずなのに、知らないふりをする。嘘がうまくなったわ。いや――下手になったのかしら」
「何が言いたいの?」
「人間は、魔族を理解したいと思う。でもそれは嘘。本当は、理解できないままでいたいのよ。だから中間項を発明した」
「中間項? それってなんのこと?」
「わからないの? 魔族なのに」
「わからないから教えて?」
「人間たちは、罪。理由。後悔。救済。罰。そういうものを貼り付けて、直接、終局に触れないようにしている。それを私は中間項と名づけたの」
――ああ、
ソリテールの言いたいことは理解した。
そして、この実験とやらの真意も。
「それが、人間だって言いたいの?」
「ええ。
ソリテールの視線が、男に突き刺さる。
「中間項を、全部、削いだもの。名前を失い、罪を純化され、理由を吐き出し尽くした。私はこの子の魂を解剖してあげたのよ。一片も無駄にすることなく綺麗に綺麗に食べてあげたの」
「悪趣味だよ」
「あなたほどじゃないわ。だって、あなたのネットはね、アナちゃん――」
にぃ、と口角が上がる。
「中間項を
胸が、ひやりとした。
「名前を交換し、物語を共有し、意味を感染させる。だから人は救われた気になる。でも――」
ソリテールは、男の頭上に指をかざす。
「意味が尽きた存在は、接続できない」
男が、かすれた声を出した。
「……だから……俺は……」
「ええ。あなたはもう、ノードになれない。誰でもない。どこにも繋がらない」
ソリテールは、そこで一歩引いた。
「安心しなさい。あなたをこれ以上壊す気はないわ」
「……殺さないの?」
それは少しばかりの希望だった。
「殺す必要がないもの」
しかし違った。
ソリテールの独り遊びは終わったのだ。
実験は完全に終了した。
魔族を人にする術はなく、魔族は永遠に人と共存しないという結論を以て。
「あなたはどこにも戻れない。仮に元の場所に帰っても、官憲に捕まって処刑される。あるいは、森で野垂れ死ぬ。行きつく先は死。人間は、それを
剣が、霧のように消えた。
「逃げられると思うの? 今のわたしはあなたより強いよ」わたしは聞いた。
「逃げる? 違うわね。あなたは私を見逃すほかないの。だってそうでしょう。あなたは魔族すら魔族のまま救いたいと思っている。私を殺すなり、あるいは人間たちの手に引き渡して殺されるなんてことを望まないのよね?」
「……救われない存在なら、殺すほかない場合もあるよ」
「救済は遅延する。それがあなたの思想でしょ。そうすれば、女神様が微笑みかけてくれるかもしれない。そう思っているのよね。あなたに私が救えるかしら?」
ソリテールは、ふわりと宙に浮かんだ。
坑道の奥からは地上に出る大穴が開いている。
わたしはソリテールにかける言葉をもたない。
「――だから、論理的に、私の勝ち」
グッと右手を曲げて、静かに勝利宣言をした。
「そのゴミ、よかったらアナちゃんにあげるわ。あなたは、彼を救えない。でも、殺さないことはできる。でも、できることはそれだけ」
そして、わたしを見る。
「ねえアナちゃん。あなたは、どこまで人間の味方でいられるのかしら?」
次の瞬間、彼女の存在は、観測不能領域へと退いた。
逃走。
完全な、勝利撤退。
――あまりにも苦い敗北。
ソリテールの気配が消えた地下壕は、急激に温度を失った。
アナリザンドは、泥のように地面に伏した男を抱き起した。
その体温は低く、魂を繋ぎ止めるための意味が枯渇しかけている。
接触防壁を失った人間は、急速に存在の輪郭を失う。
魂が壊れつつある。
「ぎゅ」
アナリザンドはいつか誰かにしてもらったように、温泉で温められた熱を男に渡した。
「……あ、あ。俺は……」
「大丈夫。地上へ行こう。今は何も考えないで」
それからアナリザンドがしたことは、魔族的に言えば、とても優雅とはいえないことだった。アナリザンドの空間転移はせいぜい、自分の体重と同じ程度の物質しか共に転移させることはできない。なので、必然的に、男の身体をつかんで、猛烈な勢いでパタパタザンドになるしかなかったのである。
男は重かった。少なくともアナリザンドの体重の倍はあった。
それでもどうにかこうにか坑道を抜け出し、ぜいぜい息を吐きだしながら男を地下から連れ出すことに成功した。
男は力なく地面に座りこんでいる。ここから一歩も動けないと、身体がそう言っている。
「俺は、名前を奪われた。あいつに……綺麗に食べられちまった」
「お姉さんが言ったことは忘れて。あなたはここにいるよ」
「いいや……俺には、何もないんだ。どこから来て、何をしたのか。顔も、故郷も、親父の顔も……全部、あいつの胃袋の中だ。……俺は、いったい誰なんだ」
アナリザンドは静かに首を振った。
「わからないなら、みんなに聞いてみよう」
魔族少女は、虚空に指を走らせネットワークを展開した。
それはアナリザンドが創り、ソリテールが中間項の増幅装置と嘲笑ったモノ。
人と人を繋ぐ魔法。
――魔法インターネット。
「教えて、先生たち。――この人を、知っている人はいない?」
アナリザンドの配信が、眠りについた世界を駆け巡る。
男の、特徴のない、けれど苦悶に満ちた顔が映し出される。
先生たちは困惑しながらも、アナリザンドの要請にしたがった。
魔族の言葉に従う意味なんてほとんどなかったけれど、アナリザンドの配信はいつもほどなく楽しいものだったからだ。
『出身は?』
「わからない。南の方だった気がする」
『家族は?』
「わからない……べつに普通だった気がする」
『名前は?』
「本当に思い出せないんだ……」
絶望的な無の連続。男は、自分が本当にゴミであることを証明され続けているかのような感覚に陥った。だが、アナリザンドは諦めなかった。
「何かひとつだけ。あなたがソリテールにすら渡さなかった、あなただけのものは無いの?」
男は、かすれる声を絞り出した。
「……森の……三又の道が、繋がるところ。そこで、俺は、女を殺した。……殺しちまったんだ」
アナリザンドは、ネットワークの記録と、過去のログを同期させる。
そこには確かに、未解決の事件があった。
ソリテールに食い尽くされ、遺体すら残らなかったがゆえに、神隠しとされた事件。
アナリザンドはネットワークの力を通じて超広域の探知を開始する。
指定されたその場所からかすかに発信されていた残留魔力。
――食べ残された、たった一つの物。
それを、アナリザンドは跳んで、採って、一瞬で戻ってきた。
男の目の前に、ボロボロになった小さな木彫りのお守りが提示される。
魔族には見えない中間項の塊。
配信画面の向こうで、誰かが叫んだ。
怒り。憎悪。殺意が一気に膨れあがる。
『――モルゲン! お前は、モルゲンだ! 指名手配中の山賊……! 間違いない。そのお守りは、あの子にあげたものだ! 貴様、俺の妹を……! 殺したんだな。絶対に許さない! 死んで償え、モルゲン!!』
殺到する憎悪。呪詛。
男――モルゲンの身体が、びくんと跳ねた。
「ああ、そうだ。モルゲン。……俺は、モルゲンだ。俺が殺した。俺が、あの子を……」
彼は泣き崩れた。
ソリテールがどれほど名前を奪い、記憶を消去しても、消し去ることのできなかった罪。
世界からの憎悪を受け入れることで、彼は再び、この世界というネットワークの一部に戻ったのだ。
「……おお……おおおぉ……」
モルゲンは、むせび泣きながら、地面をかきむしった。
地獄のような地下壕でソリテールに弄ばれていた時よりも、今のほうがずっと苦しく、ずっと惨めだった。救われるはずがない。こんな存在が誰かに赦されるはずが……。
けれど。
地平線の向こうから、鋭い光の矢が差し込んだ。
朝日だ。
モルゲンがずっと求めていた、昏い地下壕の魔導灯ではない本物の光。
それは慈悲深く彼を包むのではなく、その罪深い泣き顔を、ありのままに、残酷なほど鮮明に照らし出した。
アナリザンドは、その光景を配信し続けた。
「光だ……朝の光……あったけぇ……なぁ」
朝日は誰の罪も裁かずに。
ただ、その顔を覗かせる――。
感想と言う名の中間項が欲しい。そう、わたしです。
このパートの書き方じゃ、ダメかなぁとは思ってるんだけど、衝動のままに書いちゃった……。