魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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Oh Man call

 

 

 

 どこから話せばいいのだろう。

 そうそう、わたしがフェルンちゃんに呼ばれた時の話をしようかな。

 

――そうそうのアナリザンド。

 

 いろいろなことに一段落がついて、わたしは温泉でピカピカザンドになっていた。

 お湯上りには、どんな存在だって最適化される。たとえゴミのような存在だろうとも、磨けばそれなりには光るだろう。

 

 フリーレンといっしょに温泉をあがったあと、わたしは幾分か心が軽くなるのを感じていた。そんな折、ネット通信を通じて、わたしとお話ししたいとフェルンちゃんから通信がきたのである。

 

 部屋の中にいるとはいえ、歩けば数分ほどの距離を呼ばれた。

 けれど、妹からの召喚状を破棄する姉はいない。

 わたしは即座に部屋の中にジャンプして、フェルンちゃんとお話を開始したのである。

 

――が、沈黙。

 

 フェルンちゃんは一向に口を開こうとしない。

 

「どうかなー。フェルンちゃん。わたしのお肌つるつるだよ。撥水加工されたみたいに水をはじく、超ウルトラつやつやザンドなんだから。触ってみる? フェルンちゃんなら触ってもいいよ」

 

 そうやって陽気にふるまって見せているのも、フェルンちゃんの様子がとてもおかしかったからだ。さっきから、ベッドに腰かけたまま、うつむいている。

 

 常ならば、『それは皮脂が飛んだだけなのでは』くらいのかわいい一言が来るはずなのに。

 

「どうしたの? フェルンちゃん、元気ないよ」

 

「アナリザンド様。私――男の方に初めてデートに誘われてしまいました」

 

「な、なんだと。どこのどいつだ。けしからん! フェルンちゃんは嫁にはやらんぞ!」

 

「シュタルク様です」

 

「あ、そう……へえ」

 

 どこのどいつではなく、わたしの弟、シュタルク君だったら普通に許せる。

 

――って、マジですか?

 

 お姉ちゃんにベッタリのシュタルク君が、誰かをデートに誘うだなんて、驚きとともに一抹の寂しさも感じる。けれど、フェルンちゃんとだったら、むしろ良いかもしれない。

 

 そう――弟と妹という概念の悪魔合体だ。

 

 愛すべき妹ちゃんと弟君がくっついて、生まれた子どもは、わたしにとっても究極的に愛すべき存在になるだろう。まだ見ぬ赤ん坊の顔を夢想し、甘やかしまくりたくなる。うずうずザンド。

 

「子どもは七人くらい欲しいかなぁ」なんて言ってみたり。

 

「シュタルク様は、おそらく私をからかわれたのだと思います」

 

「どうしてそう思ったの?」

 

「私が最初に、誰かが近くを通るのを待っていたからです。それがたまたまシュタルク様で、私は自分が望んでいるかいないかもわからずに、声をかけてしまいました」

 

「つまり、フェルンちゃんは自分が誘ったって意識があるんだね」

 

「そうですね。それなのに、私は自分の心すらわからないんです。シュタルク様には、めんどくせー女と思われたに違いありません」

 

「フェルンちゃんはそう思ってるんだね。でも、シュタルク君がどう思っているかはシュタルク君にしかわからないよ。あなたはあなたでしかなく、シュタルク君はシュタルク君なのだから」

 

「それは……わかっております。でも、失礼じゃないですか」

 

「シュタルク君に対して?」

 

「はい。シュタルク様は、きっと善意で誘ってくださったのだと思います。けれど、私は誘われたときにひどく動揺してしまって、そっけない態度をとってしまったんです。かわいげのない無愛想な女だと思われたことでしょう」

 

――か、かわいい。フェルンちゃんがとてつもなく思春期してる。

 

 でもここは我慢だ。緩んでしまう頬を抑えて、真面目ザンドになる。

 わたしは頼りになるお姉さんなのだ。

 

「フェルンちゃんは誰かに呼ばれるのを待っていたかもしれない。誘っちゃったのかもしれない。でも、事実としては、ただシュタルク君を呼んだだけだよね」

 

「呼んだ?」

 

「そう、コールした。それにシュタルク君が応えた。ただそれだけとも言えるよね」

 

「そうですね。事実としてはそれだけのことです」

 

「フェルンちゃんはさ……。デートに誘われてうれしくなかったの?」

 

「わからないんです」

 

「じゃあ、明日どうしたい?」

 

「わかりません。それどころか、シュタルク様にどんな顔をして逢えばいいのかすらわからなくて、私は怖くなって部屋に逃げ帰ってしまいました」

 

「じゃあ、どうするのが正解だと思う?」

 

「それは……。そうですね。いまさら断れる雰囲気じゃありませんし、やはり粛々とお受けするのが正解なのだと思います」

 

 それは人間的な正解であって、フェルンちゃんの正解じゃない。

 

「フェルンちゃん。女の子はね。どれだけ受け取ってもいいし、受け取らなくてもいいんだよ」

 

「不誠実じゃないですか」

 

「違うよ。人間には応答義務なんてものはないの。それでも人は呼ぶ。シュタルク君の視点で考えてみればわかると思うけど、フェルンちゃんをデートに誘ったのはシュタルク君だよね。コールしたのはシュタルク君。それに何を返すかはあなたの自由」

 

「最初は私だったんです」

 

「問いかけの端緒は問題にならないと思うよ。だって、コールっていうのは一回じゃ終わらないでしょ。次はフェルンちゃんの番じゃないかな。だから――、デートに行く行かないも自由。その時間をどう過ごすかも自由。無理やり相手の気持ちに寄り添う必要はないんだよ」

 

「失敗したくないんです」

 

「失敗って?」

 

「シュタルク様と、その……変な関係になりたくないんです」

 

「じゃあさ。フェルンちゃんにお呪いをかけてあげようか」

 

 そっと肩を寄せる。

 

「お呪いですか」

 

「うん。ゼーリエ先生にもらった魔法だよ」

 

「お願いします」

 

「――魔族をにっこり笑わせる魔法」

 

 そんな魔法はないけれど。

 わたしは、フェルンちゃんのほっぺをつまんで、ふにっとした。

 すると、フェルンちゃんはきょとんとしている。

 

「私、魔族ではないです」

 

「うん。そうだね。魔法をかけたのは、わたし。ねえ、フェルンちゃん笑って? そうしてくれると、わたしもうれしいな」

 

「こう、でしょうか……」

 

 フェルンちゃんは自分の指で無理やり笑顔をつくった。

 そんな顔を見て、わたしはにっこり笑った。

 

 ごめんね。また嘘ついちゃった。

 この魔法は、やっぱり在るんだよ。

 

 

 

 

 

 さて、そんなわけで考えすぎてハングアップ寸前だったフェルンちゃんを遅延させてみたわたしだけど、デート当日に、わたしはフリーレンに封印されていた。

 

――温泉に。

 

 またいっしょに浸かって、ふやけている。

 ちなみに、フェルンちゃんはやっぱりデートに行くことにしたようで、どっちの服がよいかなんて、フリーレンに聞いていた。フリーレンは女の子にとってワースト三位内に入ることは確実の「どれでも同じだよ」を言ってしまい、怒りの三つ編み刑に処せられていた。

 

 そんなわけで、今のフリーレンは三つ編みのフリーレンである。

 

「もうやることはやったでしょ。あとはフェルンたちの時間だ」

 

 とは、フリーレンの弁。

 

 まさにそのとおり。ぐうの音もでないとはこのことを言う。

 

 でも、姉のわたしがかわいい弟妹たちを見守らないなんて選択肢をとれるだろうか。

 いや、ない。たとえ過干渉だと言われようとも、絶対に。

 

「アナリザンド。おまえ何をするつもりだ。フェルンは許可なく見るなと言ったんだろう。約束を反故にしたら、おまえはただの魔族と変わらない」

 

「違いますぅ。そんなことはしません~」

 

 ほら――。このとおり。

 

 指を揺らして、わたしは小窓を展開する。

 

 目の前に立っていたのは、フェルンちゃんの私服姿。

 薄紫色の花柄をまとった服を着ていて、とてもかわいらしい。

 顔つきはこわばっていて、やっぱりどこか不安そう。

 

 ごめん。みんなには言ってなかったけど、わたしはシュタルク君とは常につながってる。

 あれは、そう――。シュタルク君が10才くらいの頃だったかな。

 あのときのシュタルク君は、ちょうどわたしと同じくらいの背丈で、とてもかわいらしく、そしてわたしのこと、常にいっしょにいたいと思ってくれてた。子犬ちゃんだったのである。

 

 そうして、結ばれた契約は、『姉ちゃん。俺のことずっと見ててくれよ』だった。わたしはまったく躊躇することなく快諾し、契約は粛々と履行されている。

 

 つまり、約束は破っていない。むしろ守り続けている証左なのだ。

 

「呆れたやつだ。シュタルクは覚えているのか?」

 

「知らない。でも忘れちゃってたとしても、それはシュタルク君との約束だからね。わたしは約束をきちんと守る、誉れ高く義理堅い魔族なの」

 

「なら、シュタルクが忘れているようだったら私が思い出させてやるよ。魔族の呪いに知らずにかかっているなんて、シュタルクが憐れだからね」

 

「それでいいよ。きっかけは些細なことから始まるんだからね。シュタルク君がわたしとの関係を更新したいなら、それはそれでうれしいかな」

 

「おまえと逢いたくないと言ってもか?」

 

「いいよ。それまではきちんと見守る。それがお姉さんとしての役割だから」

 

「……ズレてるな、おまえ」

 

「そうかな。そうかも」

 

 でも、ズレてるのはエルフも同じ。

 どれでも同じじゃない。それは差延を理解しない魔族の言葉だ。

 

「ねえねえ。そんなことより、ふたりのデート鑑賞しようよ」

 

「私に覗き見趣味はないよ」

 

「そう。だったら、ひとりで見るね」

 

「やめろと言ってるのがわからないのか」

 

 そして、ほっぺたをふにーんされた。

 ついに、フリーレンにさえも……。

 

「ゼーリエ先生にも数えるほどしかされてないのに。このぉ!」

 

 反撃のふにーん。

 

 バシャバシャとふたりは戦闘を開始する。

 フリーレンは、こんなに騒がしくしてたら、きっとわたしが観測できないと思っているのだろう。

 

 でも違う。<わたし>は三人称を擬制し、わたしは一人称を擬制する。

 

 ゆえに、記述は()()()()ログとして参照される。

 

 

 

 

 

 シュタルクは、知らず手が震えるのを感じている。

 こんなにも恐怖を感じたことは、毒極竜と対峙して以来だ。

 右手で左手を押さえつけ、恐怖を鎮めた。

 

――モンスターの姿はまだ見えない。

 

 戦う準備は万端とは言えなかったが、少なくともできるだけのことはした。

 フリーレンとの昨日のデート予習は、フリーレンなりの観測結果を伝えるものだった。

 その大部分は、ハイターから与えられたフェルンの好みデータ集である。そのデータの実証性は育ての親であるハイターによって保証されているといってもいい。

 

 ここに、アナリザンドによる女の子対応マニュアルを加える。

 姉であるアナリザンドが、人間の心理状態に極めて繊細な感覚を持っていることは、シュタルクも気づいていた。なにか人間にはない特殊なセンサーがあるのだろう。どうしてそうなるのかはわからずとも、オブジェクト指向論として、そうなることはわかっている。特にフェルンに対しては、妹として限りなく甘いことはわかりきっている。おそらくフェルンを想定して、与えられた言葉なのだろう。十歳くらいの頃から、いつかそうなることを願ってそうしてきたのである。

 これもまた、女の子の取り扱い方として、一助となるだろう。

 

 ついでに言えば、アイゼンもわりと女子人気が高い。

 男らしい男と言えば、アイゼンの右に出るものはいないだろう。

 ネットにあげられているのは、アイゼン名言集なるもの。

 カッコよくて、渋くて、そしてそこはかとなくかわいくて、女ウケする要素があるらしい。

 

 誰が書いたかもわからない、デートマニュアルなんてものも読み漁った。一夜づけでどの程度の効果があるかはわからないが、ともかくやれることはやったつもりだ。

 

 これらの要素をごった煮にする。

 それが、いまのシュタルクにできる一番の戦略のはずだった。

 

――フルアーマー恋愛武装シュタルクの完成である。

 

 こうすれば女の子が求める理想の男子ができるのではないか、と淡い希望を抱いていた。

 

 そんなシュタルクの希望も、一瞬で打ち砕かれた。

 知ってるはずなのに、知らない女の子が現れたからだ。

 

 モンスターの姿は、そこにあった。

 けれどそれは、牙も鱗も持っていない。

 ただ、少しいつもより昏い顔で、こちらを見ている少女だった。

 

 魔法使いの黒いローブではなく、菫色をした花柄の服をまとった少女。

 胸元が小窓のようにかすかに開いており、真っ白な素肌とコントラストを形成している。

 

――フェルンである。

 

 いつもの歩きやすい靴ではなく、街中を行くような女の子の靴を履いている(どんな種類かはわからないが、ともかく機動性に欠けるやつだ)。

 

 持ってるバッグも旅用のデカいやつではなく、収容力に欠ける小さな――何に使うかもよくわからないもの。腕には誕生日プレゼントに贈った鏡蓮華の腕輪。

 

「お待たせしました。シュタルク様」

 

 フェルンはシュタルクの手前で止まった。

 

「ああ……。そのフェルン……」

 

「はい、なんでしょうか」

 

――まずはね。いつもと()()()()()を見つけてあげるの。女の子はね、気づいてくれることがいちばん嬉しいんだよ。

 

 姉の言葉を参照する。

 

「その……今日の服、似合ってるな。いつもと違って、その……すごく……女の子っぽい、っていうか。靴も……、バッグも……悪くないぜ?」

 

 シュタルクがその言葉を発した瞬間、フェルンはさらに昏くなった。

 何かに耐えるように、そっと腕輪に触れている。

 もしかして何か失敗したのか、と後から振り返ってみてもよくわからない。

 

「ありがとうございます」

 

 それは丁寧で、正確で、どこにも瑕疵のない返答だった。

 

「と、とにかく行こうぜ」

 

 シュタルクの動きがカクカクになる。24FPSくらいしかでていない。

 そうだ。速度。速度を合わせなきゃいけない。

 

――女の子の横を歩くときは、歩調を合わせて、ゆっくり歩くの。

 

 ガシーン。ガシーン。

 まるでオートマトンや不出来なゴーレムのごとく。

 

「シュタルク様。なんだか動きが硬いですよ」

 

「そんなことねえよ」

 

「……」

 

 フェルンは横にいるシュタルクから距離をとるように、さらに歩調を落とした。

 そして、シュタルクを観察している。

 そんなフェルンの様子を振り返り確認したシュタルクは、なにかとてつもない間違いが進行しつつあるのではないかと思った。

 

 でも、これしかなかった。用意してきたやつを全部出し切る。

 

「なんだよ?」

 

「それでどこに行くんですか?」

 

「市場があるみたいだから行ってみようぜ」

 

「そういえば、フリーレン様も通ってましたね」

 

「ああ、そうだな」

 

 シュタルクはそこで言葉を切った。

 

――デート中は他の女の子の話をしない。

 

 だが、相手から話題に出たときにはどうすればいいかは教えてもらってなかった。

 

「シュタルク様?」

 

「今日は、俺たちの話をしようぜ。……で、デート中なんだからよ」

 

「わかりました……」

 

 しゅんとした曇り顔になるフェルン。

 どうしてかはわからずとも、結果だけは敏感に感じ取るのがシュタルクだ。

 

「ご、ごめん……」

 

「市場、楽しみです」

 

 草場の影から、アナリザンドが歯噛みする。

 この場にいたらザインは机をドンと殴っていただろう。

 それは明らかに正解ではなかった。

 

 ここは少しわかりにくいところなので解説すると、フェルンは何もデート中に他の女の子の話をしたいわけではなかった。けれど、シュタルクとの共通の話題がなかったのだ。

 

 フェルンは関係性の中にある自己を規定している。

 だからこそ、その関係を断ち切られたようで、哀しかったのである。

 

 

 

 

 

 活気あふれる市場に入った瞬間、シュタルクの脳内CPUは熱暴走寸前だった。

 右からは焼きたての饅頭の香り、左からは色とりどりのアクセサリーの輝き。

 

――食べ物のデータはハイター。小物のデータはアナリザンド。

 

 正確にはハイターも小物についての好みは伝えていたが、そこはさすがにハイターよりもアナリザンドに軍配があがる。清貧を旨とする女神教徒のハイターよりも、なんだかんだいって娑婆にいりびたりまくってるアナリザンドのほうが、金銀財宝やら、光モノについて詳しいからだ。

 

 どこに向かうべきか。市場の中央で、いましばらくシュタルクが立ち止まった。

 

 迷う時間はない。

 

――女の子を待たせてはいけないよ。物理的な意味でも心理的な意味でもね。

 

 シュタルクは昨日の予行練習を反芻する。

 

 情報の洪水。そして、フェルンの仕様書はどこにもない。

 いや、あるにはあるのだが、仕様書が分厚すぎて、全然核心に辿りつかない感じ。

 

「とりあえずなんか食べる?」

 

 ひとまずは補給行為を優先した。戦士として兵站こそが最大優先項目だ。

 それに、ハイターの辞書によれば――いや、参照するまでもなく、フェルンは食べることが好きな女の子だった。それくらいはシュタルクも知っていた。

 

 だから、最初に選ぶべきはその問いかけだった。

 

「いえ、まだいいです」

 

「そっか……」

 

 最大のコール信号。突然の死。

 どうすりゃいいんだと思いつつも、こういった時は、さりげにエスコートするように付き従えばいい。アナリザンドの辞書にはそう書かれてある。

 

 それからしばらくは穏やかな時間。

 

 今度はフェルンのあとをシュタルクが追う形になった。

 狩りの時間に似て、追われるより追うほうがシュタルクには合ってる。

 こういうときは沈黙でもいいと、姉にも教わっている。

 

 フェルンが足を止めた。小物のアクセサリー屋に身をかがめ、ひとつのペンダントを手に取った。蒼い石が、真ん中についた。おそらく観光客向けのものだろうが、フェルンが好きそうな一品だ。

 

 手に取って眺めている。

 

「これ、カップル割引だそうです」

 

「デートってお得なんだな。欲しいのか?」

 

「欲しいと言えば、買ってくださるのですか?」

 

「ああいいぜ。デートでは男が奢るもんだからな」

 

「やっぱりいいです」

 

 フェルンはペンダントを戻し、それからスタスタと歩いていった。

 

「いったい何が正解なんだ……」

 

――シュタルク君。女の子には何をしてもダメな日があるんだよ。女の子の日って言ってね。そのときはどんなに優しい子でも、心の中では鬼になっちゃうの。

 

「運ゲーじゃねえかよ」

 

 それでも前に進むのが戦士である。

 すぐにフェルンの隣に追いつき、やや先行する形をとる。

 いつもの旅でのフォーメーションを崩さない。

 だが隣を歩くという命題を守る程度には、シュタルクは姉の言葉に忠実だった。

 

 去り際に、その蒼いペンダントは、他のカップルに買われてしまった。

 フェルンは横目に、チラリとその様子を見ていた。

 長い紫色の後髪が、先行するシュタルクの目に長い間とどまる。

 

「そろそろお腹すいたろ。あっちにおいしそうな屋台があったぜ」

 

 シュタルクは促すように言った。

 

 

 

 

 

 それは超ドデカ肉まんだった。

 人の顔ほどの大きさのある肉まんである。

 カロリー換算すれば、軽く3000キロカロリーは超えてそうな。

 

 最初、シュタルクはひとつをふたりで分けて食べるのはどうかと思った。

 けれど、足りないより足りたほうがいいと思い、ふたり分を購入した。

 

 肉まんの代金は銅貨15枚であり、AP換算でふたりで1500ほどだ。

 それなりの出費だが高すぎるほどではない。

 

 フェルンの反応を見つつ、恐る恐るの購入だったが、その程度であればフェルンも何も言わないらしい。正解だったか――と思いつつ、フェルンとともに外に出された食事するためのテーブルに向かう。

 

 その途中で、両手を塞がれたフェルンは石畳に足をとられ転びそうになった。

 

「あっ」

 

 と思った時には、既に身体は動いていた。

 戦士の俊敏さで、フェルンの二の腕を掴み、姿勢を正す。

 

「おっと……。大丈夫か」

 

 驚き、こちらを見つめる目。

 それから、視線はすぐに地面に向かった。

 

「すみません……」

 

 足元に向かった視線に、シュタルクは思った。

 

「確かに、その靴、歩きにくそうだな」

 

 フェルンは、シュタルクに見られた靴を隠すように下がる。

 しょんぼり――沈む顔。

 

 フェルンは足元だけ見て歩くことにしたようだ。

 フェルンは静かにドデカまんを完食した。

 

 

 

 

 

 それからのシュタルクとフェルンのデートは、同じような感じだ。

 ヒンメル像をいっしょに見て、デザートを食べて、手が止まってしまったフェルンに対して、さっき腹いっぱい食べたから、お腹すいてねーのかと問いかけるのが精一杯だった。

 

 どこまでもすれ違い続けるふたり。

 

 そして夕暮れ時、フリーレンに教えてもらったフェルンが好きそうな静かでキレイな場所にようやく辿りつく。

 

 ここなら寂しくないかもしれない。

 そんな一縷の望みをかけて。

 

 けれど、やはりフェルンの横顔は寂しそうで、朝よりもさらに曇っている。

 

 残された手立ては、アイゼンの言葉くらいしかない。

 デートに適用できるかはわからないが、シュタルクの根っこの部分に最も近い。

 

――なあ、師匠。勝てそうにない敵に出逢ったらどうすりゃいいんだ?

 

――当たって砕けろ。

 

――それじゃあ、俺、死んじまうじゃん。

 

――死ぬまで続ければ、どんな敵だって倒せるもんだ。騙されたと思ってやってみろ。

 

――やっぱ死ぬだろ。

 

――死んだら、そのときはそのときだ。諦めろ。

 

 わかったよ。師匠。

 

「なあ……フェルン」

 

「はい……なんでしょうか。シュタルク様」

 

「今日の俺、なんかまちがっちまったかな?」

 

「今日のシュタルク様は少し変でした」

 

「そうかも……しれねぇな」

 

「なんだか無理をしてるみたいでした」

 

 フェルンは夕陽を見つめたまま、シュタルクを見ていなかった。

 だんだんと夕陽が沈んでいく。今日という日が終わっていく。

 

 だから、シュタルクは言葉を探した。

 誰のものでもない自分の言葉を――。

 

「失敗するのが怖かったんだ」

 

「失敗?」

 

「せっかくフェルンがいいって言ってくれたんだ。楽しくなかったって言ってほしくなかった」

 

 ここで、フェルンの呼吸が一拍止まる。

 

 夕陽の色が、紫に近づく。

 

 それから、ほんの少し間を置いて、なにかを言おうとしてやめた。

 

 壊れモノを抱きしめるように、フェルンは腕輪をきゅっと抱きしめ次の言葉を待つ。

 

「フェルンに笑ってほしかったんだ。なんだか寂しそうだったから」

 

「今日、初めてシュタルク様と言葉を交わしたような気がします」

 

 フェルンはシュタルクのほうに向けた。

 

 それは、にっこり笑うというようなものではなかったけれど。

 

 確かなコール。応答。

 

 ほんの少し――。

 

 本当にほんの少しだけ、口元がやわらぐ。

 

 夕焼けに溶けるような微笑みを添えた。

 

 かくして、人は人を呼ぶ。

 同じ時を重ねるために。

 

 

 

 

 

 

――それから先のことはログに無かった。

 

 

 

 




いつも感想ありがとうんこ。
それだけは伝えたかったので、この場を借りて、コールします。
応答義務はないよ。これは本当の本当です。ありがとう。
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