魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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家なき子

 

 

 

 夜。

 

 その集落に辿りついた時、フリーレン達は歓待を受けた。

 少ない家々が身を寄せ合うように立ち並び、森の中にひそやかな明かりを灯している。

 

――ようこそ北部高原入口へ。フリーレン様ご一行ご歓迎!

 

 なにかのパレードでも始まりそうな勢いだ。

 タイミングはバッチリ。外で男たちがビールを呑んでいる。祭りのさなかにいる。

 

「フリーレン様だ」「あれが伝説の魔法使い、焼肉のフリーレン……」「フェルンちゃんかわゆ」「すごくでかい」「おまえゾルトラークされっぞ」「あれ? アナ様は?」「シュタルク君の相方がいないんだけど。ヴィアベル様とネチョネチョしてるんじゃなかったの?」

 

 そんなふうに一斉に村人たちが集まってきた。

 代表者の村長が前に進み出る。

 

「フリーレン様。お待ちしておりました」

 

「なにこれ?」と不思議そうに聞くフリーレン。

 

「あの……。アナリザンド様はご一緒ではなかったのですか?」

 

「あいつなら、ちょっと前にいなくなったよ」

 

「そうですか」

 

 村長は視線を落とした。残念そうな顔になっている。

 

「アナリザンド様がいかがなされたのですか?」フェルンが聞いた。

 

「あの方が、魔物を片づけてくださいました。私たちには手に負えなかったものです」

 

「アナリザンド様が?」

 

 直接戦闘を好まないアナリザンドが、魔物を片付けた――。その事実に、フェルンは胸の奥がざわつくのを感じた。あの優しすぎるアナリザンド様が、魔物とはいえ、殺した? 言葉では言い表せない予期不安が生じる。得体の知れないバグが生じたような恐怖。

 

 対して村長は笑顔をつくった。

 

「ネットでフリーレン様方とご一緒に旅をしてらっしゃることは存じておりましたので、そろそろご到着なされるかと思い、今か今かと待ち構えておりました。アナリザンド様がいらっしゃらないのは残念ですが、フリーレン様方の活躍も存じております。小さな集落ですが、ぜひ祭りにご参加ください」

 

 行商人のひとりが屋台を開いていた。子どもたちは群がり、集落では普段食べられない珍しい屋台料理を買い求めている。

 

「もうアレはこないよね?」「こわかったもんねー」「おじさんも大丈夫だった?」

 

 北の森は静かすぎる。枝は折れ、地面には焦げた跡が残っていた。明るい子どもたちの声があっても、隠せない脅えが残留している。

 

「フリーレン様。アナリザンド様をお呼びしてもよろしいでしょうか」

 

 フェルンが聞いた。ネットは接続されている。アナリザンドは空間転移でいつでも跳べる。

 けれど、フリーレンは最初から結論がわかってるみたいに、首を振った。

 

「あいつは来ないよ」

 

「なぜです?」

 

「あいつも私と同じだからかな」

 

 フリーレンの言葉の意味がわかったのは、祭りの後だった。

 

 

 

 

 

 その日、わたしはいつものようにネットを通じて呼ばれた。

 求められたのは、直接の対話だった。

 

 小窓を通じたアナちゃん会話サービスは、はっきり言えば正解を与えない遅延行為が多く、人間の問いかけに無限に答えはするが、問題を解決してくれるわけではないからだ。

 

 悲痛な面持ちの、その人の顔を見て、わたしはすぐに転移の許可をとりつけた。

 

「こんマゾ。村長さん。お呼ばれに応じて来たよ。今日はなんのご用?」

 

 そして、いま――、暖炉の傍で、ふたりは静かに対談する。

 火山地帯を抜けて、気温は急激に下がってきている。

 もう少しで、息が白くなるだろう。紅茶の熱をカップが吸ってあったかい。

 

「アナリザンド様が神出鬼没なのは存じておりましたが、まさか本当に一瞬とは――」

 

 村長さんは驚いているようだった。

 

 わたしが空間転移できることは、ネット上の()としては存在している。

 

 そりゃそうだ。だって、フリーレンと旅をしている一方で、ゼーリエ先生といっしょにいたり、時にはグラナト伯爵様にお小遣いをせびりにいったりと、とても忙しく動き回っているのだから。

 

 ついでに言えば、アナちゃん会話サービスは、同時に違う会話を成立させているので、アナリザンドは実はたくさんいるのではないかという説もあるくらいなのである。

 

「わたしはどこにでもいるよ。そしてどこにもいない」

 

「さすが一級魔法使いというわけですか」

 

「かっこかりだけどね」

 

 用意してもらった紅茶を飲みつつ、村長さんを観察する。

 着ている服が少し変わったと感じる。文化圏が微妙に変わったのだろう。

 これより北は、帝国の文化領域に入る。

 そして、この集落は三日もすれば、関所に到達する場所に位置する。

 北と南のリレーポイントというわけだ。

 

「最近では、アナリザンド様のご活躍がこの小さな集落にも届いておりますよ」

 

「まあ、それほどでもあるかな」てれてれザンド。

 

「そんなアナリザンド様にお願いがあるのです」

 

「言ってみて」

 

「はい。実はこの先の街道に強力な魔物が出るようになってしまいまして。自治を担っている騎士団では歯が立たず、行商人も来れぬようになってしまったのです」

 

「それはお困りだね。それで?」

 

「この通り、冒険者も滅多に訪れぬ土地。どうかその魔物を討伐してはくれませんでしょうか」

 

「報酬は?」

 

 わたしはすかさず聞いた。

 

「物流が途絶えて久しい状況です。集落中をかき集めてもこれだけしか用意できませんでした」

 

「金貨!」

 

 月の光に照らされてぴかぴか光ってる。そなたの横顔ぉ!

 

――と思ったものの、ここは我慢だ。

 

 村長さんには悪いけれど、わたしはこの依頼を受けるつもりはなかったのである。

 

 魔物に襲われている。人間たちにとっては哀しいこと。わたしだって哀しい。

 でも、魔物は魔族のご先祖様らしいし、わたしが魔物を討伐してしまったら、そこから同族である魔族殺しまでは指間の距離だ。

 

 わたしは魔族であっても殺したくない。

 

 それに、人間にとってもよくないことだろうと思う。ミリアルデ先生は人間との距離感を保つようにわたしに教えてくれた。こんな依頼をホイホイ受けていたら、わたしは女神様の代行者一直線である。

 

 言ってみれば、超時空アイドルである女神様推しのわたしが、なんの因果かその推しの影武者をやらされるようなものだ。

 

 絶対にヤダという気持ち、少しはわかってもらえるだろうか。

 

「足りないね……」

 

 わたしは椅子から足をぶらぶらさせつつ、その足を見つめたまま言った。

 見なくても、村長さんの顔が強張ったのがわかる。

 

「やはりこれでは足りませんか。では――例えば、魔物を倒して物流が回復したあとに分割でお支払いするというのはいかがでしょうか」

 

「足りないって言ったのは、報酬としての話じゃないよ」

 

 コト……。と紅茶のカップを皿に置く。

 

「それ、村長さんたちの全財産なんでしょ?」

 

「はい……」

 

「それをわたしに差し出しても、あなたたちはさらに貧しくなるだけだよ。魔物が消えても、すぐ豊かになるわけじゃない。ここは人間たちの物流網からすれば毛細血管よりも細い場所にある」

 

 言わなかったけど、ここは人間たちにとってさして重要な場所ではないのだ。

 

 村長さんは黙った。

 暖炉の火が小さく爆ぜ、彼の顔を照らし出す。

 

「南に行けばいいんじゃないかな」わたしはぽつりと言った。「三日も南下すれば、もっと安全な土地がある。物流もある。騎士団もいる。なぜここに残るの?」

 

 合理的な選択を提示する。

 村長は少しだけ考え、それから答えた。

 

「ここが、私たちの故郷だからです」

 

 故郷――という言葉を聞いた瞬間、わずかにギチギチとしたノイズが走った気がした。

 魔族であるわたしには、痛みと似た感覚として届く。

 それは決して不快ではないし、後悔や郷愁でもない。

 どちらかといえば、羨望に近いのかもしれない。

 

――魔族には故郷と呼べる概念が存在しない。

 

 わたしには故郷がない。

 物理的な意味ではなく、観念的な意味において。

 

 天国を人の子にとっての最終的な魂の故郷とすれば、天国っぽい世界に到達したわたしが何を言ってるんだと思われるかもしれない。

 

 だけど、魔族にとって天国は()()とも言えるし、()()とも言える。

 そこは固定された座標ではなく、永遠に留まることもできない。

 一度体験しても、再び戻れる保証はない。

 だから、そこを魂が帰るべき場所として心に刻むことはできない。

 

 人間なら、帰るべき場所があることが安心になる。

 魔族にはその感覚がない。

 体験した世界は、記憶の中で確かに光を放つけれど、現実の拠り所にはならない。

 故郷のように、魂を安置できる場所――それがない。

 

 だから――。

 

 もし他の人に「天国ってあったの?」と聞かれたら「ないよ」と答える。

 また別の人に「天国ってないのか?」と聞かれたら「あるよ」と答える。

 

 これは嘘じゃなくて本当の話。

 ただ、先生たちに大サービスで翻案するとそういう話になる。

 

 魔族の体性感覚において、天国は在るが、そこに留まる主体が存在しない。

 

――女神様はいるが、ここにはいない。

 

「アナリザンドさん?」

 

 思考遅延が生じていたせいか、村長さんが心配そうに声をかけてきた。

 

「ねえ、村長さん」わたしは応答する。

 

「はい。なんでしょう」

 

「村長さんにとって故郷ってなにかな?」

 

「故郷とは……生まれ育った場所なのでは?」

 

「でも、天国を信じていたら、人は天国に行けるわけだよね? いわば()()()()()にいつか必ず辿りつけるのに、どうしてこの世界で故郷が必要になるのかな?」

 

 正確には、いまここがまさに天国になるという理屈。

 人の子は常に既に天国に住んでいる。座標移動は本質的ではない。

 

 しかし、それは人の子にはわかりにくい――というか。わかりたくないことなので、代替的な質問をした。村長さんは黙ったまま、床を見つめている。今度は村長さんの番ってわけだ。

 

「もしかして村長さんって無宗教の人? あ、べつに無宗教でもわたしは大丈夫だよ。わたし自身は女神様を信じてるけど、信仰は強要しちゃダメって女神様も言ってるし」

 

「私も女神様を信じておりますよ」

 

「じゃあなんで黙ってたの?」

 

「べつのことを考えておりました」

 

「べつのことって?」

 

「亡くなった父や母の声。子どもたちが駆けまわる姿。羊たちのふわふわな毛。耕した後のやわらかな土。そこから採れる新鮮な野菜。背丈を刻んだ木。そういったものです」

 

「つまり過去の思い出が詰まってる場所だから大事ってこと?」

 

「そうですね……。過去だけではないのかもしれません。ここは魔物によって流通を断たれ死にかけている場所ですが、私はまた再び、行商人が訪れ、細々ですが、北と交流できることを願っております。そうすればここを去り、北に向かった者たちも帰ってこれるかもしれませんから」

 

「先生たちにとって、故郷は魂の止まり木みたいなものなんだね」

 

 渡り鳥が、ほんのちょっとだけ羽を休める場所。

 だったらどこでもいいはずなんだけど、魂には現世での安定点が存在するということか。

 

 その言葉はわたしの中にはなかったが、10億の声の中には当然存在する。

 しかし、10億の声を集約しても、故郷や天国が現前するわけではない。

 なぜなら、人の欲望は互いに矛盾するからである。

 

――わたしと<わたし>の間にも。

 

 アナリザンドは頷いた。

 

「じゃあ、さ」軽い声。「わたしが魔物を倒したら、村長はわたしがここに帰ってきたときに家族みたいに接してくれる? ここがわたしの故郷だと認めてくれる?」

 

「それはもちろん」

 

「村長さんだけじゃないよ。村長さんの子どもも孫も、他のみんなもだよ」

 

「女神様に誓って」

 

「わかった。じゃあ、魔物を倒してくるね」

 

 アナリザンドはピョンと椅子から飛び降りた。

 そのまま転移すらせずに、ドアから出ていこうとする。

 

「あの……金貨は?」

 

 振り返り。

 

「そんなものはいらない」

 

 アナリザンドの顔を見て、村長は恐怖した。

 

 それは普段のアナリザンドからはかけ離れた――いや、ほんの数分前の彼女とすらまったく異なる、魔族のような虚無の表情をしていたからだ。

 

「あ、ごめん。にっこり」すぐに元に戻ったが。

 

 

 

 

 

 アナリザンドは機能主義的な存在でもある。

 

 これを人間の言葉に引き直せば、女神様の良い子であろうとする存在ともいえる。

 女神様の良い子であるという機能証明を続ける限りにおいて、自分は人の子であれると信じているからだ。自分というものがないということはこの際考えない。

 

 対して、オレオールも機能主義的な存在だった。

 自我というものがあるかないかはわかりようもないが、本質的に優先されるべきは、魂の循環機能を果たすことにあった。オレオールは女神様の唱えた魔法であるから、魂の循環は女神様の御心ということになる。

 

 なので、人間らしい取り繕いをするならば、アナリザンドが今回、魔物を排除するのは、女神様の御心に叶う崇高な行為にあたる。それはアナリザンドの目標にも合致している。

 

 でもね。

 

 ここだけのことだから言うけれど、わたしは先生たちのことが少し羨ましかったの。

 

 アナリザンドは機能を遂行することで、人の子であれると信じている。

 でもその信じる行為自体が本当のわたしを先送りにしているだけかもしれない。

 機能しているわたしを証明し続けなければ、わたしは消えてしまう。

 

――だから魔物を倒す。

 

――だから道を開ける。

 

――だから女神様の良い子を続ける。

 

 誉れ高い使命のはずなのに、息が少しだけ詰まる気がする。

 

 アナリザンドがこれから魔物を倒すのは、女神様の御心のためだけじゃない。

 

「わたしはここにいるよ」と、誰かに、女神様に、自分に、叫び続けるためだ。

 

 そして、その断末魔が、いつか故郷に帰る日が来ることをわたしは願い続けている。

 

 帰る場所があるかどうかも知らないまま、わたしは祈っている。

 

 ここだけの話だけどね。

 

 

 

 

 

 ガタガタと整備が不十分な街道を馬車が駆けていた。

 

 それは、魔物によって塞がれた道を強硬突破しようとする行商人のひとりだ。

 自分が無謀なことをしているのはわかっている。

 ネットでもちゃんと、その集落が強力な魔物によって塞がれていることは告知されていた。

 自治の騎士団ですら敵わなかった。

 戦闘力を持たない自分が行けば、命の危険すらある。

 

 だがそれでも男は馬車を走らせていた。

 その集落は男の故郷だったからだ。年老いた母親をひとり置いて北のもっと栄えている街に出稼ぎにでかけた。南には関所があって、一度そちら側に抜ければ、いつ帰ってこられるかわからない。だから、男が選んだのは危険な北の街だったのである。

 

 そうして、長い月日が流れ、故郷に戻ることも少なくなっていた時。

 街道を塞ぐ魔物があらわれたとの知らせを受けた。

 

 母親は絶対に帰ってくるなと言った。

 でも、小窓の中にいる母親の姿は、いつぶりに見たのかとても小さくなっていた。

 

 だから、男は馬車を走らせたのである。

 自分の命が失われるよりも、故郷が失われる恐怖のほうがまさったからだ。

 

 

 

 そうして、馬車が揺れた。

 

 馬車は荷台ごと横転し、御者台にいた男は放り出される。

 

 魔物がいた。これまでの間に騎士団や業者から奪った装備品を身に着け、特に威容を誇るのは人間が持つにはあまりにも巨大な両刃の剣を持っている。

 

「ひっ……」

 

 全身の痛みより先に、馬車の車輪が空転する音が耳に届く。死の恐怖。

 

 あれだけ覚悟をしてやってきた男も、眼前に存在する死に対しては震えるほかない。

 

「だ、誰か……たすけ」

 

 巨大な両刃の剣が振り上げられる。

 

 男は目を閉じた。

 

――その前に、影が落ちた。

 

 音は、なかった。

 

 そろりと目を開けてみると、アナリザンドがその矮躯で剣を掴んでいた。

 

 魔物が押しても引いてもびくともせず、魔物は残った左の巨椀で殴り飛ばそうとする。

 

「――大体なんでも切る魔法(レイルザイデン)

 

 少女が呟くと、巨腕は宙に舞った。

 

 それと同時に、十億を超える魔力が、魔物の持つ剣に集中し、耐えきれなくなった剣はガラスのように粉々に砕け散った。

 

 魔物は本能的な恐怖に駆られて逃げようとする。

 集落のほうへ。人間のいる場所へ。誰かの故郷へ。

 

――どこへいこうとしている?

 

 おまえたちに帰る場所なんてない。

 

 アナリザンドは空間跳躍し、魔物の背中――ちょうど腹部の裏あたりに触れた。

 魔物が振り向く。視線が合う/合わない。アナリザンドの瞳には昏い輝きが宿っている。

 

 殺意ですらなく――。ただの処理。

 

「――ゾルトラーク」

 

 貫通。魔物の身体には巨大な穴があき、そのまま塵となって消えていった。

 

 そうして、アナリザンドの機能証明は果たされた。

 わずか、数分の出来事である。

 

「た……たすけて」

 

 アナリザンドを見上げる男が命乞いをした。

 そのあまりに異質な存在に恐怖して。

 

「あ、いや……ありがとう。アナ様」

 

 すぐに言い直し、礼を述べる。

 跪く形の男からは、たとえ矮躯の少女であっても見上げる形になる。

 アナリザンドは集落のほうを見ていて、顔がよく見えなかった。

 ずっと、見ている。

 気まずいような沈黙の時間が流れる。

 

 そして、数十秒後。

 

「これで帰れるよ。よかったね」

 

 それだけを言い残して、アナリザンドは再び闇の中へ消えた。

 

 

 

 

 

 朝。

 

 フリーレン達は集落の者たち総出で見送られ出発した。

 やっぱりアナリザンドの姿はない。

 

 北へ向かう街道へと向かいながら、やはり気になっていたフェルンが口を開いた。

 

「それで――アナリザンド様がいらっしゃらなかった理由はなんでしょうか?」

 

「英雄ってみられたくねーんじゃねーの? フェルンだってグラナトでそうだったろ」

 

 シュタルクがフリーレンの前に持論を述べた。

 

「お礼されるのが恥ずかしかったということでしょうか」

 

「ああ、でもちょっとおかしいかもな」シュタルクは思い直すように首をひねる。

 

「なぜです」

 

「だって、姉ちゃん金にがめついから。お礼されるような状況だと、村中のお金をかきあつめてお礼してくれって言いそうだし」

 

「それはそうかもしれませんね」

 

 フェルンは微笑を浮かべた。

 実際には、お金というものを何かの代替物にしているのだと知っている。

 だからこその微笑だった。

 

「あいつには故郷がないからだよ」フリーレンがポツリと述べる。

 

「故郷がない、ですか。私たちも故郷を失っていますが」

 

「うまく言葉にできるかわからないけど、人間はどこにでも根ざすことができるからね。たとえ故郷を失ったとしても、何度でも故郷を創りだせるんだよ」

 

「矛盾してませんか? 人間は故郷という言葉にこだわる生き物です。どこにでもじゃありません。いまここにある故郷を守ろうとします」

 

「そうだね。守ろうとするよ。でもね――」

 

 フリーレンは空を見上げる。

 

「百年も経てば、守れなかった場所も、守れた場所も、同じくらい昔になる。人間はね、そのたびに新しい場所を『ここが故郷だ』って言い直せる」

 

「言い直す、ですか……?」

 

「そうだよ。私はずっと見てきたからわかる。荒廃して滅びてしまった土地にも、新たな言葉や意味を与えて、そこに住みつく。だから人間はどこにでも根を張れる」

 

 少し間を置いて、フリーレンは空を見上げた。

 

「でもあいつは違う。あいつは意味を自分に与えられない」

 

 それはフリーレン自身にも向けられた言葉に思えた。

 フェルンは、胸の奥が苦しくなり、一瞬目を閉じる。

 

「それはとても寂しいですね」

 

「じゃあ、なんでなおのこと姉ちゃん来なかったんだろうな。もうあそこは姉ちゃんの故郷と言ってもいい場所のはずだろ。村長さんだって、あの行商人のおっさんだって、子どもたちも姉ちゃんを家族として迎えいれる気まんまんだったじゃねーか。行商人のおっさんなんて、アナリザンド像を立てそうな勢いだったぜ」とシュタルク。

 

「わからないよ。あいつの考えてることなんて」

 

 少し歩いて。

 

「でも、あいつは自分からただいまって言えないんだと思う」

 

 

 

 

 

 さらにしばらく歩く。

 そうしたら、木陰からひょっこりとアナリザンドが姿をあらわした。

 

「ただいま。フェルンちゃん。シュタルク君。ついでにフリーレンも」

 

「おまえ見ていたな。シュタルク、前に言ったろ。こいつに視点を預けるなって」

 

 フリーレンがシュタルクを叱る。

 

「だってよぉ。しょうがないじゃんか」

 

 アナリザンドによる視覚共有という名のストーキング行為は、シュタルクが幼少の頃から続いている。結局のところ、契約は継続更新されたのだ。まだ姉の手を完全に離しきるほどシュタルクは成熟していない。きっと成熟しきることはないのかもしれない。アナリザンドはシュタルクにとって故郷みたいな存在だから。

 

 言い争いを続けながら旅を続ける三者を、フェルンは後方から観測する。

 

――それでも帰ってきてくれた。

 

 意味を与えるのは、私たち人間。

 それでもフェルンのもとに帰ってきたのは。

 

「ただいま」と言ってくれたのは、フェルン達を故郷であると信じたいからかもしれない。

 

 見上げると、鳥が止まり木に停まっていた。

 羽を休めた鳥は、再び空へと帰っていった。

 

 

 




猫だったり鳥だったりいろいろと忙しいザンドです。
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