魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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えっちなマンガイズおーけー補遺

 

 

 

――人の欲望は速すぎる。

 

 だから、社会はぼかす必要がある。

 

 先生たちは覚えているかな。

 

 わたしがラント君に辿りつく前に、信じられないほど芸術的なマンガを披露したことを(その時は、ほとんどの先生たちにはゲロシャブ扱いだったが)。

 

 あのときは言葉でもってどうにかこうにか概念を伝え、結局のところラント君に創られる前は、なんとなくしか伝わらなかったけれど。

 

 そんなときでも、『えっちなマンガ』を創ることについて、乗り気というか、それを見たいという欲望が先行していた。

 

 わたしのログにもきちんと残っている。「えっちなマンガイズオーケー?」の文字。

 

 それが、人の欲望が速いことの証明。

 

 形になる前からそれを求めている。

 

 マンガという概念すら無い時に、それを見たいと思う人がいたんだ。

 これってすごいことだよね。言葉の前に欲望が生じることの証左になると思う。

 

 さて、それから数年しか経ってないこの時。

 

 ようやくその時が来た。

 わたしに直接的に『えっちなマンガイズオーケー?』と問いかける存在がついに現れたのである。

 

 もちろん、わたしの答えは決まっている。

 

 おーけー(ズドン)。

 

 でも、但しという言葉をつけ加えさせてもらおうかな。

 

 わたし自身も、社会にそのままお出ししているわけではないのだし。

 

 えっちなマンガには必要な要素が存在する。そう。

 

――モザイク。

 

 それは検閲ではなく、欲望の減速装置である。

 

 

 

 

 

 その日、わたしはいつものようにゼーリエ先生のもとに遊びにいっていた。

 

 そうしたら、その場にいたレルネン先生に連れられて、ようやくレルネン先生のお望みだった、エルフ耳の感触について披露する時がきたのである。

 

 レルネン先生の研究室。

 エーレちゃんという常識人もいない、ここはもはや魔境といっても過言ではない。

 そんなところに怪しい老人と、幼気なわたし。

 

 ちょっとだけ怖かったのは内緒だ。

 でも約束だからね。同志に対しては、きちんと約束を果たす。

 それが人の子のルールなのである。

 

 ここで、わたしは何もエルフ耳感触の抱き枕という軽くホラーな存在になる必要はないことを思い出した。魔族は裸族。すなわち服飾についてはある程度は自由に作成可能なのだ。

 

 だから、エルフ耳カチューシャ。これを創り出せばよかったのだ。簡単なことだった。

 四つ耳になるのはご愛敬。でも、質量からしてみれば、こっちのほうが近いはず。

 

 ささどうぞと、わたしはレルネン先生にお耳を差し出した。

 お代は、金貨三枚(150万AP)くらいでいいよ。安いものでしょ。

 

「おお。いよいよ。わが悲願がここに」

 

 目が血走っていた。

 手が興奮のあまり震えていた。

 これって痴漢なのでは? わたしはいぶかしんだ。

 ぷるぷるザンドになって、先生の皺だらけの手が触れるのを待つ。

 

「でも先生。本当にいいの?」

 

「なにがですかな?」

 

「本当に触れてしまっていいのかなって。触れたら、創作の中のゼーリエ先生は、ちょっとだけ現実に寄ってしまうよ? まあ、このエルフ耳も代替物だとは言えるけれども……」

 

 レルネン先生は、すっと耳から距離を離した。

 

「確かにそのとおりですな。あなたは欲望の純化を問うているわけだ。ここであなたを通じて、わたしの欲望が減ってしまうことを危惧されているわけですな」

 

「うん」

 

 まあ、ぶっちゃけ童貞のほうが、えっちな妄想がはかどるって話だけど。

 

「知らないままでいたほうが、妄想は加速するって話だよ」

 

「ふむん。確かにそうですな……」

 

 ここで、レルネン先生がそれでも触れたいというのなら、それは減速を選ぶ勇気。

 ならば触れぬというのなら、それは永遠の未完を選ぶ覚悟。

 

――どちらもエロス。

 

 わたしにとってはどちらでもいい話。

 

「アナリザンド様。やはりわたしはそれでも触りたいと思います。触らせていただけますか?」

 

「うん、いいよ。えっちだね。先生」

 

 そろりと手が伸び――エルフ耳カチューシャに触ろうとした寸前。

 

――コンコン。

 

 と、ドアがノックされた。

 

「入れ」レルネン先生が短く言う。

 

「失礼します。レルネン様」

 

 そして開け放たれたドアの前にいたのは、二十代半ばくらいのキレイなお姉さんだった。

 記憶の中にあるフランメちゃん(30)くらいがこんな感じ。

 少し蓮っ葉な感じの印象を受けるが、言葉遣いからすると、真面目そうな仕事のできるOLさんみたいな感じもする。

 

 その人は何を勘違いしたのか、レルネン先生の椅子の前でぺたんこ座りしているわたしが、エルフ耳モチーフな魔族少女であることを視認し、一瞬で顔色を青に染めた。

 

 レルネン先生。

 老いてますます盛ん。

 一番弟子として権力持ち。

 対するわたしは、末席の仮弟子。

 権力どころか人権すらない魔族少女。

 密室でおこなわれる秘事。

 エルフ耳を装着させる。

 十歳くらいに見える幼気なわたし。

 ゼーリエ先生のお気に入りのペット枠。

 ぷるぷるザンド。

 合法的かつ合理的な蹂躙。

 かつ、ゼーリエ先生への欲望解消。

 

 そんな文脈が見える見える。

 

「し、失礼しました!」

 

「フリュー。何が失礼なのかね!」レルネン先生が焦った声をだした。

 

 わたしとしては一言。

 

「妄想力、豊かなお姉さんだなぁ」

 

 である。

 

 

 

 

 

 フリューちゃん。あえてそう呼ばせてもらおう。

 

 なんとなく誤解が加速しそうな雰囲気がフェルンちゃんに似ていることもあって、わたしは彼女のことをかわいらしく感じていたからである。

 

 これはフリューちゃんのことを妹であると規定したわけではない。世の中には自分よりも小さな女の子に"ちゃん"づけで呼ばれたいお姉さんも多いのだ。近いのはメトーデだけど、あそこまでは徹底していない感じ。でもおそらく正解だろう。

 

 彼女は、わたしのことを一級魔法使い(仮)として、そしてゼーリエ先生やレルネン先生に近しい存在として「アナリザンド様」と呼ぶのだから。

 

 どんなことが生じたかというと、あれからレルネン先生はフリューちゃんを呼び戻し、誤解を解いた。どんな誤解かというと、わたしを性的に消費しようとしているとかそんな誤解なのであるが、正直言えば、まさにそのとおりの場面だったといえるだろう。

 

 ふふん。ちょっとだけ誉れを感じる。

 わたしはちゃんと人間の欲望の対象になりうる存在なのだ。

 

 ただ、思想的なレイヤーで、それはエロスですよと言われても、実際にそういう行為でなければ、それはエロスであるとはみなされないのが人間社会のルールである。

 

 わたしに対する消費行動は中途半端な形で中断され、少し身体を持てあましぎみだ。

 

 そんな折、仲良くレルネン先生の部屋を追い出されたフリューちゃんが目に入った。

 

 なにかしらの仕事の業務報告が終わり、また再び仕事に戻ろうとしている。

 

 そんな彼女をわたしは呼び止めた。

 

「ねえ。フリューちゃん」

 

「はい。なんでしょうか。アナリザンド様」

 

「さっきさ。フリューちゃんは何を誤解したの?」

 

 レルネン先生の説明は事実の提示だった。

 崇高な研究目標を達成するために、アナリザンドの力を借りようとしただけ。

 ゼーリエ様のお姿を永遠に残すのが自分に課せられたミッション。

 ゆえに、この私には穢れた想いなど一片もないと理解せよ。

 

 こんな感じだった。

 盛大に文脈を読みまくっているのだが、それは人間の権力構造のなかで隠蔽されていたのである。

 なので、フリューちゃんは『ワカリマシタ』とロボットのように唱えるほかなかった。

 

 わたしが知りたいのは、フリューちゃんの文脈だ。

 

「わかりました」わたしに権力を感じちゃってる?「自室にお越しいただけますか?」

 

 ともあれ、第一関門はクリアといったところかな。

 

 

 

 

 

 フリューちゃんの部屋は、一級魔法使いの自室ほど広くはない。

 まさに六畳一間のワンルームって感じで、寝るためだけの場所って感じだ。

 それでも机に椅子。そして、いくらかの私物も置いている。

 

 あ、これ仮面騎士ブラックのぬいぐるみだ。

 ちょっとかわいらしい趣味をしている。

 

 学校の机みたいな折り畳み式の小さなテーブルを隅から取り出してきて、わたしは三脚の小さな椅子に座った。紅茶のポットには水が入っていて、それを熱振動で温めている。

 

 魔法使いとしての腕は確かなものがある。

 

――どうやら二級魔法使いらしい。

 

 そして、一級魔法使いの部下として、いろいろと動いているとか。

 それくらいの表層的なプロフィールは、データとして抽出可能だ。

 

「どうぞ」

 

「ありがと」

 

 出された紅茶は一袋300APの、標準的なものだったけれど、とても嬉しい。

 なにしろ、無料でお出しされたものだから。この時点でわたしは差分だけ儲かっている。

 一杯あたりに換算すれば、20APかそこらだろうが、それでも儲けは儲けなのだ。

 

 ああ、お金の味がしておいしい! もっとおごってくれてもいいんだよ!

 

 のみのみ。

 

 さて本題に移ろうかな。

 

「ねえ。フリューちゃんさ。もしかしてだけど、わたしが嫌がってるって思った? レルネン先生に無理やり、なんかされそうになってるって感じたの?」

 

 つまり、自室に呼んだのはわたしを保護するためだったのかという問い。

 レルネン先生はゼーリエ先生に萌え散らかしている爺さんだけど、部下に対しては優しいと思う。

 

 ゼーリエ先生という要素を省けば、とても優秀で、人間としてのカテゴリでは最高峰。

 世紀の大魔法使いに比肩するほどの実力を持っている。

 

 人間的にも……。まあ、フリーレンをいきなり襲撃したり、わたしにいきなり黒ゾルトラーク撃ってきたりしなければ……。あれ、やっぱあの爺さんおかしくね?

 

 まあ、ともあれ、常識人に対する対応はまともなほうだと信じたい。

 

 フリューちゃんが机の椅子をこちらに持ってきて対面に座った。

 

 そしてわたしの問い『嫌がってると思ったか』について答える。

 

「嫌がってるとは思いませんでした」

 

 よかった。鬼畜ゼーリエ萌え魔法使いはいなかったんだね。

 

「ですが……。アナリザンド様が()()()()()()に見えました」

 

「ふうん。わたしのことが悲劇のヒロインみたいに見えちゃった?」

 

「違うのですか?」

 

「うーん。違わないかもしれないけど、それはフリューちゃんの中のわたしだよね」

 

「では、アナリザンド様はどう思ってらっしゃるのですか?」

 

「べつに利用されてもいいかなって」

 

 わたしの言葉に、フリューちゃんはすぐに言い返さなかった。

 けれど、体温や発汗状態から推測されるのは、ある種の拒絶反応である。

 その熱を――、フリューちゃんは紅茶を飲んで冷ます。

 

「私は、嫌です」

 

「何が嫌なのかな? わたしが先生たちに利用されていたとしても、フリューちゃんとは関係ないよね。さっき顔を合わせたばかりだしさ」

 

「違います。アナリザンド様がいいと言った瞬間に、それは周囲にとってもいいことになります」

 

 あ、これって現場の空気感ってやつかな。

 もしかして、わたしを権力者だと勘違いしているのかもしれない。

 

「わたし魔族だよ?」

 

「ですが、女の子ですよね。そして、ゼーリエ様の弟子でもある」

 

「そうだね」

 

 否定しちゃいけない場面だった。

 

「私は女で、部下で、二級魔法使いです」淡々と吐露する。「嫌だと言っても、通らない場面を何度も見てきました」

 

「それはそうかもしれないね」

 

 構造の解剖は得意だから、それくらいはわかるよ。

 

 フリューちゃんは、わたしが権力の共犯者になっていることを指摘しているのだ。

 

「今の仕事が嫌なの?」

 

「そういうわけではありません。タオ先輩……一級魔法使いに手足のように使われるのは、魔法使いとして誇りを感じていますから」

 

「でも、不満(よくぼう)が残ってる」

 

「そうです」

 

「それって溜めすぎるとよくないかもね。フェルンちゃんも不満を溜めこみすぎて時々爆発しちゃうの。ほっぺたを物凄く膨らませて、火山みたいになっちゃう」

 

 超ムッスゥフェルンちゃんの完成である。

 このときばかりはすべてを放り投げて謝り倒すしかなくなる。

 無敵の妹ちゃんが完成してしまうのだ。

 

――それはそれとして。

 

 フリューちゃんはフリューちゃんだけど、大人の女性だ。

 フェルンちゃんよりは落ち着きがある。現実への対処法も心得ているだろう。

 

 わたしは視線を机の引き出しに向けた。

 10億の声がささやいている。

 この部屋の空間配置、紙の擦れる音、インクの匂い。

 

――視える。

 

「ねえフリューちゃん。その不満、どうやって処理してるのかな?」

 

 フリューちゃんが肩をわずかに震わせる。

 わたしに対して恐怖を抱いている。

 

「処理……ですか?」

 

「うん。吐き出さないと、いつか壊れちゃうよ。魔族のわたしが言うのもなんだけど、人間の心は演算エラーに弱いんだから。わたしのように殺せない。そこに残り続けてしまうの」

 

 わたしは立ち上がり、彼女が見てほしくなさそうにしている机の引き出しを指差した。

 魔族特有の無慈悲なまでの直感。

 

「そこに隠してるでしょ。フリューちゃんが嫌だと言っても通らない場面を、勝手に言い直した世界を」

 

「それは……」

 

「見せてよ。フリューちゃんの不満(よくぼう)が、どんな(エロス)に化けてるのか。それが、さっきのレルネン先生への誤解の正体でしょ?」

 

 フリューちゃんは顔を真っ赤にした。でも、拒絶はしなかった。

 最初から――わたしを呼んだ時から、薄々こうなることは予感していたのだろう。

 彼女は震える手で引き出しを開け、数十枚に至る紙の束を取り出した。

 

 そこに描かれていたのは、一級魔法使いの男性(確かタオという人。プロフィールにあった)に、無慈悲に、けれどどこか甘美に手足として利用され、無慈悲に蹂躙される二級魔法使いの姿――。

 

 ああ、フリューちゃんはわたしではなく、自分の創作物の文脈を守ろうとしたのか。

 

――えっちなマンガイズオーケー。

 

 わたしの脳内で、女神様の判子がズドンと押された。

 

 

 

 

 

「ふーん。これ、構図がすごく計算されてるね」

 

 わたしはフリューちゃんの描き殴った紙を、高速でチラ見していく。

 10億人分の平均的感受性を持つ<わたし>の視点から見ても、かなり絵がうまい。

 そして、その影響は、元祖マンガ家であるラント君の影響が見て取れる。

 

 ちなみに、ラント君作の仮面騎士ブラックなんだけど、熱血的な作風であるものの、線のラインはかなり細くて繊細なんだよね。一部の人からは、作者は実は女性なのではないかと言われている。

 

 そんなわけで、フリューちゃんの未成のマンガだけど。

 

 結論から言えば、かなりエロいと感じた。しかし、それは男性的な即物的なものではなく、ある種の部分対象に向けられたものである。そこは、フリューちゃんらしい文脈かな。

 

「ねえ。タオ先生のこの冷たい視線。ここだけどさ。実物よりも解像度が高いよ。フリューちゃん、本当はこれ、嫌なんじゃなくて、もっとひどい目にあわされたいって思って描いてるでしょ」

 

「あ”あ”あ”あああああ……」

 

 顔面を真っ赤にして、それを隠そうとするフリューちゃん(推定25才)。

 ヤバい。これはかなりの破壊力だ。

 羞恥という名の演算オーバーヒートを起こしている。

 ある種の曇らせ顔より愉悦を惹起しそうだな。

 

 わたしはそっとフリューちゃんの肩に手を乗せる。

 

「これね。ネットにあげようよ。世界初のえっちなマンガとして永遠に語り継がれるよ」

 

 拘束あり。

 サドマゾ気味なのがほんの少しばかり特殊な気がするが――。

 

 誤差だよ誤差。

 これから他の欲望たちが合流したら、お釣りがくるので続行します。

 どうせ魔法使い(クリエイター)には変態しかいないのだから。

 

「そんなの嫌ぁぁぁあ」

 

 これも欲望の叫び声ってやつかもしれない。

 

 

 

 

 

――閑話休題。

 

 

 

 

 

「大丈夫だよ。フリューちゃん。名前も伏字にして、希望なら仮面騎士ブラックの作者さんみたいに匿名で投稿すればいいよ。そうしたら、フリューちゃんは守られる」

 

「みんなにこんな恥ずかしいものを見せて、意味があるんでしょうか?」

 

「あるよ。少なくともフリューちゃんみたいな子が救われるかもしれない。それに、フリューちゃんの文脈を変奏して、違う欲望が生成されるかもしれない。例えば――、普通の女の子が一級魔法使いを屈服させて足蹴にしちゃう話とかね」

 

「それは理解できませんね……」

 

「まあ、文脈は人それぞれ。性癖も人それぞれだからね。でも、フリューちゃんが呼び水になれるんだよ。それって、文化の発信点になれるってこと。あなたの不満もきっと昇華される。人間はずっと大昔から、そうしてきたんだから」

 

「わかりました。やってみます。影騎士先生の作品には私もずいぶんと助けられましたから」

 

 フリューちゃんはようやく決断するに至った。

 まあ、わたしは遅かれ早かれだと思っていたけどね。

 

「うん。とてもいい答えだと思うよ」

 

 そして、ここでわたしの意見をひとつまみ。

 

「ネットで公開するにあたって、こうしたほうがいいんじゃないかなって意見があるけどいい?」

 

「なんでしょうか?」

 

「うん。局部を見せすぎないほうがいいかなって。モザイクって言ってね。光や、影やノイズをちりばめて見えないようにするの。人間だって裸で外を歩いたりしないでしょ。それといっしょ」

 

 フリューちゃんは、少し頭を傾げた。

 

「描かれたものですよ。実物じゃないのに、なぜそんなことが必要なのでしょうか」

 

「人間は欲望の原因を追い求めるけど、実際にそれに触れられたと思ったら欲望が死ぬの」

 

「理解が……追いつきません」

 

 理解できないではなく、追いつかないか。

 フリューちゃんらしい答えだ。

 

「理想があるから描けるという言い方もできるかな。理想が現実になると、こんなもんかって思って理想が死んじゃうの。これでわかる?」

 

「なんとなくはわかります。でも――だったら、血や内臓はどうして許されるんでしょうか」

 

 境界線の話ね。

 これについては、体性感覚の総和としか言いようがない。

 ただ人間的な感性からすれば、一応のベクトルは見えてくる。

 

「快楽原則がある人間たちにとってみれば、えっちイズ快で、暴力イズ不快だよね。殴られたらほとんどの人間は嫌だし、屈服させられたら屈辱に感じる」

 

「そうですね」

 

「つまり暴力の帰結としての血や内臓は、人間にとって不快だから棄却される。内部的にブレーキがかかるんだよ。だから、自制が必要ないという理屈になる」

 

「魔法使いは等級が上がれば、暴力の化身だと思いますが。暴力にも快楽があるのでは?」

 

 フリューちゃんの言葉は、心地がいい。

 打てば響く感じがする。

 

「うん。確かにそうだね。いまのは一本とられちゃった。でもわたしが言いたいのは共感という軸で考えた場合かな。暴力は共感的身体によってブレーキがかかるの。血を見たら、誰かの腕が折れてたら、あるいは木の枝が一本折れただけでも痛いって思うのが人間だよね。自分はそうなりたくない。だからかわいそうって方向に転移する」

 

 もう少しつけ加えてあげよう。

 

「快楽は違う。人間が気持ちいいって感じるのは、たとえば温泉に入っているのが白いお猿さんだとしても、あ、気持ちいいんだな。自分もそうなりたいなって思うでしょ」

 

 要するに暴力は同調しにくい。快楽は同調しやすい。

 言ってみれば、ただそれだけの話なのだ。

 

 その身体感覚の総和が、欲望の倫理として駆動する。

 

――モザイクはそこにある。

 

 

 

 

 

 後日。フリューちゃんの世界初のえっち本は、予想どおり売れに売れまくった。

 けれど、それでは満足できない人も当然いるわけで、視線や足の絡ませ方よりも、もっと動きをダイナミックに伝える作風が欲しいと考える人も多かったらしい。

 

 物語というか背景というか、キャラクターとかどうでもいいから、ともかく服は一ページで脱がせろという即物的な意見もあった。

 

 でも、それは肝心なところは決して見せない。

 そんなエロスを内包している。

 

――光が。

 

 この世界で一番の速さを持つ光が、欲望を遅らせている。

 

 女神様の裸体は、今も光の影に隠れている。

 

 

 

 




もしかして、今回、かなりエロタナティブしてない?
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