魔族少女のエロタナティブ 作:アナリザンド
P≠NP予想。
答えを見つけるのは難しいが検算するのは簡単な、パズルのような問題をNP問題。
現実的な時間内で簡単にすばやく計算可能な問題をP問題という。
この両者の集合が一致しないことを直感的に表現したものがP≠NPという予想である。つまり、P問題がNP問題の真部分集合であるか、Pという集合とNPという集合が完全に一致するか、そのいずれが正しいかという問いかけであり、真部分集合だろうとするのが、P≠NP予想というわけだ。視覚的にあらわせば、◎か〇かという話。それで、◎だよねという予想。
いまだ証明されていない問題である。
もし、あなたがそれを理解したいと思うなら、ぜひお手元の検索機能『ANAHOLE』を使って検索してみてほしい。言葉という精液を入力し、生殖とは関係のない悦楽に溺れてほしい。
アナレカス。ザーメン。
アナリザンドは人間という量子コンピュータを連結することによって、その演算能力を借り受け思考を肩代わりさせている。精神分析的に言えば、仮設したサントームΣにより、ボロメオの輪をつなぎとめ、人間らしい感情や心といったものをエミュレートしているともいえる。(うまく擬態できてるかな?)
この量子コンピュータは非決定性チューリングマシンとして世界線を分岐できる。
つまり、無数に分かたれた計算機が力技でNP問題を解決しうる。べつにフリーレンのような決定性チューリングマシンでも時間さえ許せばNP問題を解決することは可能だ。だって、パズルが宇宙のように大きくても、無限の時間を生きるなら、いつかはそれも解けるかもしれない。解けない問題をずっと計算し続ける可能性もあるけどね。それこそ、もはや『かくあれかし』と唱えるしかないわけだけど。
アーメンという言葉は、思考停止である。
知りたいという言葉は、無限後退である。
世界はつねにすでに仮想現実である。
この世界はマンガやアニメと同値である。
人間は生まれてほどなくして天国を生きている。
目下のところの興味は、生と死についてかな。
人間の生と死の関係は五円玉『◎』のようなものだと思う。
つまり、P≠NPの関係。
Pが中心に近い虚空であり生。NPの外延が死。
だったら、そのスペースは『≠』は何か。それこそが現実である。
生と死を規定するその円線は実をいうと完全にキレイな丸ではなく、たわんでいる。
これを差延といい、差異という概念にうねうねとした触手をくわえたものである。
したがって、PやNPを言葉によってキレイな二項対立で捉えるのは、本当の真実の姿としては間違っているといえるが、ここでは、考えやすいように二項対立として考えよう。
NP=死・タナトス・闇・過去・学問・終焉・女性・魔族
P=生・エロース・光・未来・芸術・創世・男性・人間
この点、女性というのは生み出すものだから、P側みたいに見えるかもしれない。
おそらくこれは言語で状態を固定化してしまっているからそう見えるだけで、実際には実相の移り変わり、位相転移、遷移運動として捉えるべきなんだろう。女性は未来を生む。未来に向かうという捉え方をすれば、ピッタリはまる感じ。
では、わたしはどちら側なんだろう。
もちろん、魔族なのだからNPよりではあるんだろうけれども、ここで『少女』という属性がポイントになる。少女はやはりNPからもPからも離れている。ゆらゆらとただよう演算であり検算であるとしか言いようがない。
その『わたし』さえも、
それがわたしなりの愛の定理だ。
もし過去に行ければなんてことを夢想したことはないだろうか。
フリーレンがもし過去に行ければ、行ってヒンメルに会い、愛をかわしあえば――。
エルフの生態には詳しくないが、あれだけの長命な種族だ。
過去の時点のフリーレンの意識からみれば未来フリーレンの意識がデリートされ、百年くらい受精卵は眠っていて、気づいたら妊娠していたという事態も起こりうるかもしれない。まるで処女懐胎のように。
しかし、わたしはその世界を棄却する。エヴァレット解釈としては、その可能性もなくはないとは思うものの、結局のところ、フリーレンは老賢者のポジションを全うするのではないかと思うのだ。要するに、聖母はフェルンであり、フェルンこそが救世主を生む。そのほうが物語の始まりにはふさわしい。老賢者は新たなヒンメルの生誕を祝い、そして静かに去っていく。かくしてフリーレンの物語は終極を迎える。
フリーレンから生まれるはずだった子。それがわたしだ。
ゆえに、わたしは女神様から名を授かることはない。
なーんて、すべて嘘だけどね。
少し現実的な話をしよう。
わたしはゼーリエを地母神として捉えている。女神が天上神であり秩序をつかさどるとすればゼーリエは混沌であり、精神分析的に言えば、ファリックマザーであり、わたしを自然界に固着させるにはそれなりの処方箋ではあるものの、父なる女神からすれば偽神ということになるだろうか。先の図式で言えば、PでありNPでもある、そんな存在だ。
わたしという狂乱を抑えるには足りない。
わたしを去勢させるには至らない。
わたしは充たされてはいない。
ちょっと出生証明書を発行してもらったからって絆されてなんかいない。
要するにここまでの文章は「わたし、負けてねーし」を迂遠に表現したものなのでした。
メス堕ちするTS魔族少女なんていなかったんだ。
ちゃんちゃん。
「おい。おまえ……ふざけるなよ」
あ、ゼーリエ先生からお叱りの言葉が。
「どうしたのかなー。先生」
森の向こう側からゼーリエ先生、ご登場である。
いつものように不機嫌そうにビンビンに怒ってらっしゃる。
「おまえの魔法はあいかわらず暗号化が甘い。私に一か月も経たないうちに見つかるようでは、ひとり暮らしはさせられんな」
ゼーリエには場所を教えてなかった。それは一種の試験だったのだろう。
ゼンゼには家つくりを手伝ってもらっている。いまも髪の毛で木材を運び、ログハウスを器用に組み立ててもらっているところだ。わたしは見学する係。がんばって操作魔法で木材とかを移動させようとしたんだけど、借り受けている力で移動させようとしたら、明後日のほうにグッバイした。
不可視の、山のように巨大な腕で、つまようじを掴むみたいなイメージをしてくれたらいい。
どう考えても、おおざっぱな動きになってしまう。繊細な動きなんてできるはずもない。
ゼンゼには溜息をつかれて「そこに座って呼吸だけしてろ」という旨のありがたいお言葉を頂戴してしまった。なお、ひとりで家をたてた際には、人間らしく手と足をつかって地道にがんばったことは申し添えておきたい。いちおう膂力だけなら魔族の基本スペックとして人間よりはマシだったので、あとはてこの原理やら、モアイ像をすり歩きさせるような感じで、家をつくることは可能だったのである。
新築の建屋はソリテールが再び襲ってくる危険を減らすため、別の場所につくってもらっている。ゼーリエの意図は、たぶんいっしょに住めというような感じだったのだが、丁重におことわりさせていただいた。ゼーリエは弟子たちが殺しあうことすら是とするだろうからだ。弟子たちに愛着を抱いていることもまたそのとおりなのだが、根っこの部分で戦いと破壊が大好きだからね。わたしはお弟子さんたちにボコボコにされる趣味はない。
「ゼーリエ様」ゼンゼがこちらに気づいて近づいてきた。
ゼーリエが鷹揚に手をあげて応える。
「なかなか趣味がいいじゃないか。前の犬小屋みたいな家と比べれば雲泥の差だな」
ゼンゼが軽く会釈をして応える。優雅な所作で、育ちがよさげ。
見ているだけで気分がよくなる。
「それに比べて、おまえはなんだ。魔法学校にでも入学するか?」
「学校編はマンネリ化するからやめてー」
「だったらもっとセキュリティを強化しろ。できないのか?」
「あのね。もしかして先生って、P=NPを証明してたりしないよね?」
「なんだそれは?」
「えっと、つまりね……」
わたしは先の問題をかいつまんで説明する。
もしも、P=NPになるなら、検算は演算に、演算は検算に置き換えることが可能になるということだ。つまりは通常なら長大な計算が必要な問題を一瞬で解法可能ということ。それはもはや演算による世界の創世に等しいわけで、女神様の魔法に匹敵するということになる。不可逆性の原理を越えて、未来から過去への介入すら可能になる。
だとしたら、暗号なんてないに等しい。
ゼーリエに見つからない方法なんて存在しない。
「そんなズルをしなくても、私はおまえを見つける」
「だったら、もっと優しくして。最初から叱らないで」
アナリザンドは地団太を踏んだ。
「少しは努力を見せたらどうだと言っている」
「努力はしてます。暗号化も少しは進んでるし、ゼーリエ先生じゃなかったら、ほとんど解けないはずだよ。セキュリティはきちんとアップデートされています」
「この程度でか……」
「ゼーリエ様」ゼンゼがおずおずと口を開いた。「私の能力ではリレーポイントを辿れません」
「ゼンゼ、おまえは魔法セキュアについてのレポートを一週間後までに提出しろ」
「……やらかした」
モシャモシャの頭を抱えるゼンゼ。
すまない。わたしを庇ったせいで。
「沈黙は金ということを忘れたか。おまえらしくもない」
「ゼーリエ先生。ゼンゼ先生をイジメないで」
「なんだ。ずいぶん庇うじゃないか」
「だって、ゼンゼ先生のこと大好きだもん」
ゼンゼはあまり変わらない表情でパチパチと拍手してくれた。
対するゼーリエはなぜだかぶちぎれている。
「ほう……ずいぶんと人間の声真似がうまくなったものだな」
「ゼンゼ先生は平和主義なんだって。人間らしくていいじゃない」
「私とて平和を好ましいと思っている部分もある」
「ふうん。じゃあ煽り放題だ。先生のセンスゼロゼロゼロ♡ 娼館みたいなホームページで生き恥さらしてる~~♡ 人類史上のまっくろくろすけ黒歴史~~♡」
ゼーリエがプルプルと震えていた。
ゼンゼは、空気のようにスゥっと下がり、気配を消した。
さすが一級魔法使い。
「そういえば、今月の支払いがまだだったな。100万AP、利子だけでも耳を揃えて返してもらおうか」
「債務者が死んじゃったら払えません~~。先生知らないの~~~?」
「ひとつ言い忘れていたが」ゼーリエは魔力の輪を展開する。「平和とは
アナリザンドはぐるぐる巻きに拘束されていた。
「お、思いません。戦争反対!」
「じゃあ、平和的に身体で支払ってもらおうか」
「にゃ、にゃにするの?」
「そんなに期待をこめた目で見るな。どうせ――、魔力で大丈夫とか思っているんだろう」
「ふふん。そうだよ。わたしは無敵。つよい! 先生のちっぽけな魔力じゃ貫通できないでしょ」
「そうだな――」
ゼーリエの指が、アナリザンドの頬をつまむ。
魔力のスキンごしではなく、そのまま肉を摘ままれていた。
「あ、にゃ? にゃんで?」
「貴様は一度、私に触られている。忘れたのか?」
「え、そうだけど、え、それってもしかしてバックドアを仕掛けたってコト!?」
トロジャンホースプログラム。
わたしの創った防御プログラムのフリをして、同じ仲間だよーって顔して、裏から門をあける裏切者。そんなものを仕掛けられていたなんて。あ、ゼーリエが笑っている。怖い。
「やだ。痛い。先生やめて。あ。あああっ。ふにいいいぃぃぃぃ!」
伸ばされまくりました。
ヒリヒリしてる頬をさすっていると、ゼンゼがこちらにスゥっとやってきた。
あいかわらず空気になるのがうまい人だ。
「ゼンゼ先生。どうして助けてくれなかったの?」とわたしは抗議した。
「なんの話だ。実に平和的な話が展開されていただけじゃないか」
「先生の平和主義者!」
「そうだが?」
そうだった。
一方、ゼーリエは手に残った感覚を確かめるように、何度かシパシパと閉じたり開いたりしている。それで、ニチャァと笑っているのだから、恐怖としか言いようがない。わたしの感触を反芻しないで!
「真面目な話。おまえは魔力量が多くても、それをまったく扱いきれていない。そのためいくらでも対策できてしまう。このままではネットも乗っ取られる可能性があるんじゃないか」
「ソリテールの話をしているんだったら大丈夫だよ。もうネットからは放逐しているからね。新しい接続端末を調達しても、すぐに遮断すればいい」
「偶然、肉体を使った探索行為で見つかったらどうするつもりだ?」
「わたしだって少しは戦えるし!」
「私やゼンゼがいなかったら、負けていただろうが」
「見て先生。わたしだって操作魔法は使えるの」
グッと手を突き出し、不可視の腕でそこらの木を握る。
そのまま、魔族らしい無慈悲さで、スポーンと引き抜いた。
あとでテーブルと椅子つくろ。
「生体には通りにくい操作魔法も、おまえの膨大な魔力なら問題ない。そう言いたげだな?」
「そうだよ。わたし無敵。つよい! さいきょう!」
「初見殺しくらいにはなるだろうがな。ゼンゼ相手にそれができるか?」
「ん……」
「できないだろう。魔法の世界はイメージできないものは実現できない。ゼンゼに限らずだが、貴様は人間に対して優しすぎる。人形みたいにバラバラにしてしまうのを恐れて躊躇してしまう。実にくだらない」
「わたし無敵の人だし」
「なるほど、誇るべき自分も守るべき自分もないから敵もいない。だから無敵か。戯言だな」
「前は憎悪くらいあったのにね」
「ん? そうなのか」
「うん。いつのまにか無くなっちゃった。どこかで落っことしちゃったのかも」
「……」
ゼーリエは無言のままアナリザンドに近寄り、ひょいとかつぎあげた。
「な、何するの。先生。ついに幼女誘拐犯になっちゃうつもり? ゼンゼ先生助けて。これは平和的じゃない。どこをどう見ても平和じゃないよ!」
「平和だ」と、明後日の方向を望むゼンゼ。
「どう考えても違うよね!」
「ゼンゼ。アナリザンドを髪の毛で覆え。さすがに大衆に見つかると厄介だからな。愛弟子たちに訓練相手のプレゼントだ」
「や、ヤダー。ゼンゼ先生も共犯にしようとしてる。ゼンゼ先生。良心にしたがって。権力に屈しないで。戦わない平和主義は戦争の奴隷だよ!」
「すまない……、私の平和主義は妥協の産物だったようだ」
「せんせー!!!」
かくして、わたしは誘拐されたのでした。
身代金を100兆APくらい請求されないか心配だ。