魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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超巨大配送魔法『Anazon』の志操

 

 

 

 フリーレン!

 

 フリーレン……!

 

 フリーレン……300年地下行き……!

 

 莫大な借金を背負ってしまったフリーレンは、地下鉱山で働くことになったのである。

 魔導書も、持ち物も、服すらもはぎとられ、布きれ一枚の状態でふたりの屈強な男に運び出されていく。

 

 そうなった経緯について説明させてもらおう。

 

 事の発端は、ノルム商会という、この北側諸国でも最大手の流通組織とのトラブルだった。

 商会と名がついているものの、それは軍事や生活基盤を整える自治領といった意味合いが強く、昔の日本でいえば、堺とかの街に近い雰囲気なのかもしれない。

 

 話は、その街に入る前。

 最後の野宿の場面から始めるとしよう。

 きっとそのほうがみんなにもわかりやすいからね。

 今日もわたしはサービス♪ サービス♪

 

 

 

 

 

「はい。シュタルク君。今日のパンだよ。わたしのほっぺみたいに柔らかいんだから」

 

 ふわわっ。わたしはシュタルク君の差し出したお皿にパンを置いた。

 このパンは遥か南方にある聖都シュトラール産の、水と光をたくさん与えられて育った小麦から創り出されていて、卓越した魔法技術によって、ふわふわと綿雲のような柔らかさを持っている。

 

 女神様だってきっとにっこり笑う一品だ。

 もちろん、朝のセールのときにいそいそと買ってきて、空間転移して戻ってきたのである。

 お代はきちんといただいている。フェルンちゃんから銅貨数枚を。

 

「お、姉ちゃん。サンキュー。うわもちもちだな、これ」

 

「はい。フェルンちゃんも。どうぞ。焼き立てだからおいしいよ」

 

「ありがとうございます。アナリザンド様」

 

 フェルンちゃんも軽く会釈をして受け取る。

 もっとわがままに育っていいのよ。

 そして、もちろんフリーレンにも。

 どうぞお納めくだされ。これはわたしの身体です。

 

「はい。ってどうしたのフリーレン」

 

「べつにどうということはないよ。ただ、このパンはどこのかと思って」

 

「どこって聖都シュトラール産だけど」

 

「おまえはフェルンを甘やかしすぎだ」

 

「そんなつもりは……あるけれど?」

 

 妹を愛するのは姉の務めなわけですし。おすし。

 

「まあいいか。私もべつに硬いパンが食べたいわけじゃないからね」

 

 それきりフリーレンは口をつぐんだ。

 

「どうかされましたか。フリーレン様」とフェルンちゃん。

 

「たいしたことじゃないよフェルン。アイゼンと逢ったときのことを思い出してね」

 

「師匠か。元気しているかな」とシュタルク君。たまにはメールしてあげてね。

 

「アイゼン様とお逢いしたときですか。もうずいぶん昔のことのように思います。それでどんなことを思い出したのでしょうか」

 

「わたしはあの時、こいつの魔法を呪いだと言った。覚えてる? フェルン」

 

「はい。覚えております」

 

「今もその考えは変わってないけれど、今、可視化されてるから言うよ。いい機会だ」

 

 フリーレンはストレージからパンを取り出した。

 四角くて、まるでブロックのようなそれが、皿に上に落とされる。

 

――ゴトリ。

 

 と硬い音がする。まるで石かなにかが落ちたときのような音。

 

「それは、ファスの街を出発してから二週間後くらいに小さな集落で補給したパンだ」

 

「補給してから一週間以上前のパンですから……これくらい硬くても」

 

 おかしくはない。

 そう言い切る前に、フリーレンが口を挟んだ。

 

「そうじゃないよ、フェルン。私たちがオイサーストを出発したばかりの頃や、グラナトを出たばかりの頃はもう少し柔らかったはずだ。たとえ一週間経過していてもね」

 

「このあたりのパンは硬いということでしょうか。文化的に? あるいは地理的に?」

 

「フェルンはもう忘れていて、これが当たり前になっているのかもしれないけれど」柔らかパンを見やりながら「私たちが補給しているパンは、もともと長旅に耐えられるような水分の飛んだパンが主流だ。こいつが現れる前はね」

 

 フリーレンがわたしをじっと見つめた。

 冷たいわけではないけれど、ちょっとだけ厳しい視線。

 つられて、フェルンちゃんもこっちを見たので、わたし、手をふりふりしてフェルンちゃんにアピールした。無害アピール。

 

 そして、フリーレンは続ける。

 

「だけど、このあたりの流通はいま途絶えがちになっているんだ。魔族が流通網を寸断している。だから、このあたりの土地で暮らしている者たちも今は硬いパンしか食べられないはずだよ」

 

「私たちは例外を享受しているということですか」

 

「そのとおりだよフェルン。きちんと人間の営みを見極めたほうがいい。こいつの馬鹿みたいな魔族の呪いに惑わされてはいけない」

 

「ですが、アナリザンド様に悪意はありませんよ」

 

「こいつに悪意は理解できないからね。魔族は全部そうなんだ」

 

――ん。フリーレン正解。

 

 確かに、わたしはわたしとしては人の悪意を理解できない。

 10億の声を総体として束ねて、それらしい回答を返しているに過ぎない。

 

 フリーレンはわたしに対する警戒を忘れない。

 それはきっと、魂に刻まれたフリーレンの記憶に由来するものだろう。

 それでも、柔らかなパンを享受するのは、フリーレンの心が幾分柔らかくなった証だ。

 

「なら一層、このパンを噛みしめなければなりませんね」

 

 フェルンちゃんはそう言って、目の前のふわふわパンにかぶりついた。

 

 

 

 

 そうしてノルム商会領に入ったわたしたちだったけど、いつも身分を提示するのはフェルンちゃんの仕事だった。フリーレンも一級魔法使いの資格を持っているはずなのに、それは弟子の仕事だと譲らない。怠惰なエルフはここにいる。

 

 そして街の役場――ノルム商会本部の役員さんは、フリーレンの姿を認めた。

 

「ん。そちらは……?」

 

 そして、何かを確認するように奥へと入っていく。

 

「少々お待ちを」

 

「どうしたのでしょうか?」

 

 フェルンちゃんが疑問顔だったが、フリーレンは少し嫌な予感がしていたようだ。

 

 通された奥の間には、若き商会長の姿があった。

 短髪で、おそらく20代後半から30代前半の若き指導者。

 イケメン領主である。本当は領主といっていいかはわからない。

 国から独立した勢力である、だがノルム領において、彼は一国の領主に等しいポジションにいる。

 

 そして彼は言った。

 

「商会長のノルムです。フリーレン様。80年前の借金、耳を揃えて返していただきましょうか」

 

 フリーレンはエルフ顔になった。

 

「フリーレン様。借金なんてしていたんですか?」フェルンちゃんが非難するも。

 

「ちょっとね……」フリーレンは少し言葉を切る。「でも、返すのはいつでもいいって」

 

「書面上ではそうなってはいません」

 

 ノルム商会長が取り出したのは、古ぼけた一枚の借用書。

 80年前から引き継がれたフリーレンの借金の証だった。

 

「口約束はいけませんな。先々代はそこら辺りが甘かったようですが、私はそうはいきません」

 

 冷たく理知的で、事務的な声色だった。

 フリーレンは、人間社会の理に寄り添おうとする。

 例えば、エルフの長大な時間を利用すれば、逃げるなんて選択肢も当然あるはずだ。

 ノルム商会が滅び切るまで、千年もすれば可能かもしれない。

 そうでなくても、フリーレンという伝説の魔法使いの記憶が風化するまで、エルフタイムにおいては、そんなに時間はかからない。

 

 けれどそうしない。

 フリーレンは、借金を返済する選択をしたようだ。

 

 あの、ファスお爺ちゃんから皇帝酒の封印を解くときにもらった金貨。

 そして、いままでコツコツ溜めていたへそくり。

 すべてをローテーブルの上に並べる。

 

「シュトラール金貨が3枚。ライヒ金貨が20枚。銀貨に銅貨」

 

 ノルム商会長は、数えるでもなく事実を述べる。

 

「ちょっとした貴族並の資産ですな」

 

「でしょ。先々代のノルム卿にはお世話になったからね。釣りはいらないよ」

 

 フリーレンはどこか誇らしげ。

 

「ふむ」顎に手をあてて。「まったく足りませんな」

 

 足りない理由。

 その理はおそらくであるが、アインシュタインが人類最大の発明と呼んだ、

 

――複利

 

 というやつである。

 

 マイナス方向で言えば、いわゆる利息といわれるもの。

 

 フリーレンの借金はたぶん、最初はそんな大した額ではなかったはずだ。

 それが80年という人間にしては長い年月をかけて、倍々ゲームで膨らんだ。

 その結果が、これ。

 リボッた結果がこれだよ!

 

 もちろん、わたしはプギャーした。

 腹を抱えてフリーレンを指さす。

 見ろよ。このしょぼくれた顔をよぉ!

 

「アナリザンド様。怒りますよ」

 

「はい。ごめんなさい」

 

 フェルンちゃんに叱られる前に、真面目ザンドに戻るわたし。

 べつにフリーレンを貶める気はないのだけれども、わたしと同じく借金地獄に落ちたことが少しだけ、うれしかったのである。

 

――そして話は冒頭に戻る。

 

 フリーレンはみぐるみはがされて、ただの一本のつるはしを持ち、いつもの魔法の編みこみがされた服ではなく、なんの効果もないギリシャ神話にでてくるような簡素な布切れを身にまとっている。

 

 フリーレン曰く――。

 

「こんなんなっちゃったからには……。もう……ネ。私の旅もここで終わりだね……」

 

 その後、リトルグレイみたいに屈強な男ふたりに抱えられて連れていかれたのでした。

 

 

 

 

 

――じゃあね。シュタルク。フェルン。元気でね。

 

 おーい。わたしのことは?

 

 目じりに涙をためて、ドナドナされていくフリーレンを横目に、当然のことながらフェルンちゃんとシュタルク君は焦った。フリーレンはパーティの要であり、そしてフェルンちゃんにとっては師であり家族でもある。

 

「どうすんだよこれ」

 

 シュタルク君が言えば。

 

「フリーレン様を買い戻すしかないですね」

 

 フェルンちゃんがこういうのも当然の理だった。

 

 フェルンちゃんたちは当然、ノルム商会長に直談判に向かった。

 

 ノルム商会長さんは、先ほどと同じように護衛をふたり侍らせ、机に肘を置いている。

 

「我々は慈善団体ではありません。流通は善意では回らないのです」

 

 そして、その言葉は人間の理にのっとっている。

 フェルンちゃんやシュタルク君も、そのルールに従っている以上、そのルールを破ることは原則としてできない。

 

 商会長さんはその証をフェルンちゃんに見せた。

 

「残念ですが、貴方がたにはどうしようもないことです。見なさい」

 

 そこにはありありと書かれている。

 フェルンちゃんが手にもつ借用書を、わたしは覗きこんだ。

 やっぱり予想通り。複利の法則。

 フリーレンのほんの小さな借金は利息として莫大なものとして膨らんでいた。

 まるで発酵したパンのように。

 

「借用書の利息どおりなら、シュトラール金貨500枚以上ですね」

 

 その額。およそ日本円換算で2億5千万円。

 エルフであれば、長い寿命を使って返しきれない額ではないが……。

 それでは、フェルンちゃんたちの旅もここで終わってしまう。

 フリーレンの旅の目的はオレオールに到達することだった。

 そのフリーレンについてきた形のフェルンちゃんたちは旅の目的を喪失してしまう。

 当たり前のことだが、看過できる事態ではないはずだ。

 けれど、感情を隠匿する術に長けたフェルンちゃんは、ここでも怒りを見せなかった。

 

「あなたがたに都合できるのですか?」

 

 そう言われたフェルンちゃんは、困ったような顔をした。

 

「これは無理ですね」

 

「マジでどうしよう。300年も待てねぇよ」

 

 そうして一度、宿屋に撤退することになったのである。

 

 

 

 

 

 地下坑道。

 空気が悪いここでは、フリーレンもマスクをしている。

 暑いし、埃っぽいし。それでも人間のルールに従った。

 

 フリーレンが岩のでっぱりに腰かけている。

 ちょうど、なにかの都合か削られずに残っている天然の椅子。

 そこに座っていた。

 

 そこにノルム商会長があらわれた。

 護衛も引きつれず、ただひとりで。

 

「なんの用っていうのは野暮かな」

 

 フリーレンはマスクをはずしながら言った。

 最初からわかっていたのだ。

 ノルムは最初からフリーレンを本当に300年もこの鉱山に封じこめておく気はない。

 

 軽く状況確認をしあった後。

 

「北部高原の物流、酷い有様でしょう」

 

 ノルムは言った。自嘲気味な笑み。

 まるで、物流そのものが自分の評価であると言いたげな物言い。

 

「そうだね。あんなに硬いパンの音は初めて聞いたって感じだったよ」

 

「召し上がってはおられないのですか?」

 

「あいつがいるからね。硬いパンは保存食として今もストレージの中にあるよ」

 

「あいつというのは、アナリザンド様のことですか」

 

「ノルム商会長。あなたもあいつのことを様づけするんだね」

 

「それは……そうですね。私も、この商会もずいぶん彼女には助けられてきましたから」

 

「この商会が――この土地が流通の危機に瀕しているのは、魔族がいるからだよ」

 

「アナリザンド様のせいではないでしょう?」

 

「そう思いたければそう思えばいいよ」

 

「確かに、北部高原の情勢は悪化しております。我々は魔族との戦いで、武装商隊と軍の二割ほどを失いました。流通網も潰滅的。我々が国であったらとっくの昔に滅んでいる」

 

「商人という連中は、国や勇者とは違う戦い方をするんだね」

 

「そのとおりです。フリーレン様」

 

「べつにそのことを否定しているわけじゃないよ」

 

 フリーレンは立ち上がった。

 ノルム会長が持つ、フリーレンの杖を受け取る。

 

「我々は商会です。資金さえあればいくらでも立て直せる。この先には銀鉱があるのではと、調査段階で判明しました。女神様の導きだと思いましたよ。フリーレン様なら見つけ出せると」

 

「それはいいんだけどさ――」

 

 フリーレンはそこで振り返った。

 

「なんでしょうか?」

 

「あなたは虎の尾を踏んだかもしれない」

 

「虎の尾? アナリザンド様のことですか?」

 

「虎かどうかは知らないけどね。尻尾は長いよ。どこまで繋がっているか誰にもわからない」

 

 しかし、ノルムはどうしても信じられない。

 基本的に、アナリザンドは人間の味方である。

 30年配信を見続けてきて、その人となりは理解しているつもりだ。

 けれど、勇者パーティの魔法使いであるフリーレンの言葉もまた信用に足る。

 情報が足りない。

 

「私はどうすればよいのでしょうか」ノルムは聞いた。

 

「商会長――。あなたはフランメについては知ってる?」

 

 それには答えず、フリーレンが聞いた。

 

「もちろんです。人類魔法の祖。知らないものはいないでしょう。たとえ魔法を使えなくとも」

 

「フランメは言っていたよ」

 

――魔族と人類の魔法体系には天と地ほどの差があり――

 

――才に優れた魔族の扱う魔法は、熟練の魔法使いにさえ――

 

――まるでおとぎ話に出てくる”魔法”のようだと言わしめたという――

 

「あいつをただの優しい魔族だなんて思わないほうがいい」

 

「ですが、アナリザンド様も、あなたと同じく人間の法に従っております」

 

「あいつは私とは違うよ。あいつには法を守るなんて概念はない。ただ、フェルンやシュタルクみたいな人間の言葉に従って、行動様式を模倣しているだけ」

 

「それは同じことなのでは?」

 

「ぜんぜん違う。あいつにとっての優先順位は、法を守ることではなく、フェルンを守ることのほうが上だ。場合によってはノルム商会が潰滅させられるだけでは済まない」

 

「フリーレン様はどうなされるおつもりですか?」

 

「私は借りた借金は返す。ただそれだけだよ。人間たちのことは人間たちでどうにかしてよ」

 

「それでも我々には資金が必要なのです」

 

 フリーレンは杖を構えて、巨大な岩盤に向かった。

 

「商会長、はっきり言っておく。私は銀は掘れる。でも流通は掘れない」

 

 閃光/穿孔。

 

「商人なら商人らしく、(したた)かに生きなきゃね」

 

 それが『どうすれば』という、ノルムの問いかけに対するフリーレンなりのアドバイスだった。

 

 

 

 

 

 宿屋で、フェルンちゃんたちと作戦会議。

 

 というより、わたしにとっては、フリーレンの自業自得ともいえるし、置かれている状況はわたしとさして変わりないところであるから、ぶっちゃけ、どうでもいいというか。

 

 そんな感じだった。

 

 けれど、それでは立ち行かないのが人間という儚き寿命を持つ存在である。

 

 フリーレンの帰還を300年も待つことはフェルンちゃんにはできない。

 

「アナリザンド様」

 

 フェルンちゃんが決意をこめた表情をしている。

 

 なんとなく、嫌な予感。

 

「どうしたの。フェルンちゃん」

 

「フリーレン様が幽閉された鉱山を襲撃するというのはいかがでしょうか」

 

 血の気が……血の気が多すぎる!

 

 わたしは余剰代わりの紅茶を噴いた。

 

「冗談だよね?」顔がひきつらないように気をつけながらわたし。

 

「冗談ではありませんが?」

 

 この子、狂人につき――。

 

 明日のネットニュースで、一級魔法使いが人類初のテロリストになるとか最悪なんだけど。

 

「あのさ。このネット社会だよ。フリーレンを助けたあと、どうするつもりなの?」

 

「それは……」

 

「それは?」

 

「そのときになって考えればよいのでは?」

 

「さすがに考えがなさすぎるんじゃないかな。思考が速くて棄てるのも速いのはフェルンちゃんの個性だけどさぁ。人間は人間の社会でしか生きていけないんだよ。わかってる? 魔族のわたしが言うのもなんだけどさ」

 

「なあ。姉ちゃん」シュタルク君が斧を磨きながら言う。

 

「ん。シュタルク君は、常識人枠だよね」

 

「頭のいい姉ちゃんなら合理的な解決策を思いついてるんじゃねえか?」

 

 考えていないわけではない。

 

 例えば、利率の正当性や、勇者支援金という名目をネットの海に投げることはできるだろう。

 ただ、それが人間の文脈において必ずしも正しいかはわからない。

 わたしにはノルム商会長の考えを直接聞いたわけではないから。

 

 わたしの基本設計として――。

 呼ばれなければ応えないというものがある。

 わたしが主体的に行動するのは稀で、人の歴史には干渉しない。

 

 それが、女神様の良い子であろうとするわたしの倫理規程である。

 

「考えてないわけではないよ。でも、フリーレンなら自分でなんとかするんじゃない?」

 

 と、わたしは答えた。

 

 でも、フェルンちゃんがわたしの腕にすがりつく。

 

「アナリザンドお姉様」

 

 ぐっ。あいかわらず要所要所でクリティカルヒットを出す子だ。

 

「お願いします。なんとかしてください」

 

「なんとかって言っても……わかったよ」

 

 そして、フリーレンと同じく目じりに涙をためている。

 

 それで理由としては十分だった。

 

 いや、十分どころではない。

 

――妹を泣かせる存在はたとえ世界であっても破壊する。

 

 なんて……。そんな物騒なことを考えたわけじゃなかったけれど。

 

 

 

 

 

 ノルム商会にはわたし単独で向かった。

 いつ魔法が暴発してもおかしくないフェルンちゃんは置いてきた。

 あの子は、この戦いについてこれそうにないからな。

 

 商会長さんは、わたしが来たのを確認すると、すぐに護衛を下がらせた。

 どうやら、わたしが来ることを予想していたらしい。

 商人らしい計算高い人だと思う。

 

「それで、アナリザンド様。こちらにはなんのご用でしょうか」

 

 出された紅茶は、豊潤な香りをまとっていて、さすが商会長って感じの一品。

 だけど、オイサーストに比べたら、ほんのちょっとだけいまいちだ。

 これが、いまのノルム商会における流通限界なのだろう。

 

 わたしは紅茶を一飲みして、口を開く。

 

「単刀直入に言うね。フリーレンを解放して」

 

「それは異なことをいいますな。フリーレン様はご納得されて坑道に向かったのですよ」

 

「フリーレン自身はね。でも、それじゃ納得しない子もいるんだよ」

 

「……フェルンさんですか?」

 

 ネットを知っている者は、当然、アナリザンド周りの関係性も熟知している。

 商人ならなおさらだった。

 

「そうだよ。フェルンちゃんが嫌だって言ったの。だったらわたしは動かなくちゃならない」

 

「虎の尾は、フェルンさんのほうでしたか……」ノルム商会長は呟くように言った。

 

「どうかな?」

 

「それで私は何を得られるのでしょうか?」

 

 商人らしい物言い。

 

 わたしはひとまず、比較的穏便な策を提示する。

 

「信用っていうのはどうかな?」

 

「信用ですか?」

 

「うん。商人にとって信用はなにより大事なものだよね。たとえ、そこに貴重な鉱石があっても、それを交換しうる相手。そして交換してもいいっていう信用がなければ意味がない」

 

「道理ですね。ですが、フリーレン様の解放となんの関係があるのです」

 

「例えば、こんなことを考えてみたよ。80年前の勇者一行の活動資金。それは、人間が求めてきた平和を達成するための寄付行為みたいなものだよね。寄付したものを取り立てるのは、人間的文脈において美しくないんじゃないかな」

 

「ですが、書面上は金銭消費貸借契約と銘打たれております。寄付ではありません」

 

 形式主義による拒絶。

 

「じゃあさ。その利息って本当に正しいの? 最近では法律も改訂されて、過度な利息は慎むようになったんだけど」

 

「法律的には我々の取り立ては合法のはずです」

 

「じゃあ、債権自体の合法性は? 最近では消滅時効や除斥期間という概念もできたはずだよ。80年前の債権を取り立てるのはやっぱり不合理なんじゃないかな」

 

「存じておりますよ。念のため、そういった概念が生まれてからは裁判所に訴え、こまめに時効中断しております。しかるのちに結果は公示されている」

 

「じゃあ、例えば、わたしがネットでその是非を問うたら?」

 

「それもよろしいかと思います」

 

 商会長さんは揺らがない。

 

 むしろ余裕の笑みだ。

 

「……じゃあ、債務者の不在についてはどうかな? この借金の宛所は勇者パーティなんだよね。つまり、フリーレンではなくて、パーティ全体にかかってる。フリーレンだけが借金を負うのは違うんじゃないかな。少なくとも四分の一。あるいは、豪気な商人さんだったら、勇者ヒンメルが借金を天国に持っていったってふれこみで喧伝すれば、女神様に借金を負わせた商会として、未来において栄えるかもしれないよ?」

 

「現に今、我々には資金が必要なのです。未来の是非を問うてる場合ではないのです」

 

 この人間は壊れない。

 

 あまったるい理想論では、決して。

 

 だから――壊す。<わたし>はコレを。

 

「ねえ。なにか勘違いしてない?」

 

 アナリザンドは声色を変えた。

 

「なにをでしょうか?」

 

「わたしはあなたを責め立てにきたわけじゃないの。取引にきたんだよ。あれもダメ。これもダメだと、全然取引にならないじゃない」

 

「それはあなたに取引材料がないだけなのでは?」

 

「いいえ。それが勘違いだと言ってる。わたしはわたしじゃない。()()()()()()なの」

 

 紅い瞳が、ノルムを見つめる。

 

 ノルムは、額から無意識に汗がこぼれた。

 

「なにが言いたいのかわかりませんね」

 

「じゃあ、まず――、貴方たちはネットを使って商売しているよね」

 

「物を運んでいるのは我々です」

 

 アナリザンドの言葉は客観的に見れば正しいものだった。

 

 ネットを使って、商品を提示し、それをユーザーがポチる。

 

 そうすると、ノルム商会の人間が、物を運んで、一時的に保存し、しかるべきユーザーのもとへ届けた。搬送自体は、アナリザンドではなくノルムがおこなっていたが、その仕組み自体はネットを使ってのものだったのである。

 

「一方的にね。つまり、あなたがたはわたしにフリーライドしてる」

 

「でも、それを許したのはあなたなのでは?」

 

「……じゃあ」アナリザンドは、足を組んだ。「わたしがやーめたって言えば、それに従うの?」

 

「手痛い出費にはなりますが、それもしかたないでしょう」

 

 ノルムは平然と言った。

 

 虚勢ではない。覚悟だ。

 

 商会長として、このエリアの物流を――ひいては人々の生活基盤を支える者としての。

 

 アナリザンドは少しだけ笑った。

 

「それ、本気で言ってるの?」

 

「ええ。流通は我々の仕事です。販路を失えば別の販路を探す。それだけです」

 

「違うよ」

 

「なにがです?」

 

「あなたは販路をただの路だと思ってる」

 

 紅茶のカップを、静かに置く。

 

「わたしは道じゃない。()()()()()()なの」

 

 空気が一段、冷えた。

 

 これが魔族の本質。人間の存在そのものを喰らいつくす存在。

 

「あなたがたは物を運んでいる。正しいよ。でも、何を、どれだけ、どこへ運ぶかを決めているのは誰なのかな? わかる? 理解できてる?」

 

 消費者と答えるのが正しいだろう。

 

 しかし、ここで答えをまちがえたら、アナリザンドに殺されると予感した。

 

 物理的に死ぬわけではない。商人として死ぬ。存在意義を失う。

 

「……市場でしょう」ノルムは初めて言葉を選んだ。

 

「そう。わたし」アナリザンドは胸に手をあてる。

 

「需要は人間が生み出すものです。あなたではない」

 

「うん。でも、その可視化は?」

 

「……」

 

「比較は? ランキングは? 価格の透明性は? 信頼のスコアは?」

 

 アナリザンドが白い貝殻のような歯をのぞかせる。

 

 資本主義の牙が、資本主義の豚に届く。

 

 いや豚というのは言い過ぎかもしれなかったが。

 

「あなたは物理流通の王様。でも、わたしは情報流通のお姫様なの。ちょっと恥ずかしい表現だけど、わかりやすくするためにあえて言ったよ。これでわかる?」

 

「よくわかりませんね。ご教授いただけますと幸いですが」

 

「それも、商人らしい逃げ口上だね。いいよ。じゃあわかりやすく――」

 

 アナリザンドは小窓をいくつも散布した。

 

 なんの意味もない情報の流れ。それが可視化される。

 

「これは、ネットに流れる情報の一部だよ。特定されてる情報は、いまはモザイクをかけているけれど、これは既存のシステムでは郵便と呼ばれているものと似ている。ここまではいい?」

 

「ええ……。理解できますとも」

 

 むしろわかりやすすぎるくらいわかる。

 

 これまで、さんざんネットの利益を享受してきたのだから。

 

「郵便はメールに後塵を拝したよね。いまもしぶとく生き残ってはいるけれど」

 

 小窓の一つが拡大される。

 

「これはね、三日前の取引ログ。北部高原のパンの検索回数だよ。商会長さんは硬いパンって好みかな。それとも柔らかいパンのほうが好き?」

 

「硬いパンは好きではありません」

 

「だよね。多数派の人間の好みの傾向はデータ上明らか。人々は求めているものが得られないと、探して、比較して、代替性のあるもので埋めようとして、最後には結局、諦めることが多い」

 

「それでも我々は諦めませんよ。人々に柔らかなパンを届けるのが私の願いですから」

 

「それが勘違いだって言ってるの。だって、フリーレンが資金を探り当てたって、それは流通に直接かかわってるわけではないよね? たとえば希少金属を掘り当てたところで、それがすぐに明日のパンに変わるわけではない。需要を満たすためには速さが必要なの」

 

「人は人の手で物を受け渡したいと思うものです。郵便が残っているのがその証拠です。契約書や皇帝陛下の勅令も、紙の文書として、使者が手渡す。そこに人は信用を置いている」

 

「それは人間が不合理を好んでいるからだよ」

 

「だったら需要があるということです」

 

「ふぅん。そっか。なるほどね」

 

 アナリザンドは小さな頭を揺らした。

 ここまで言っても理解されないのならしかたない。

 

「じゃあさ。もし明日から、すべての顧客が、あなたではなく、私に直接パンをねだるようになったら、どうする?」

 

「どういうことです?」

 

「ユーザーが本当に求めてるものがどっちなのか比べてみたらどうかなって提案だよ。あなたのいう遅さの意味。人の手のぬくもりと。わたしの便利さ。合理性。速さ。どっちをユーザーさんは本当に求めているのかなって」

 

 理解が追いつかず、ノルム商会長は怪訝な表情になった。

 

「わたしが、北部高原の全世帯の小窓にむけて、たった一行の通知を出すの。本日から、ノルム商会を通さず、私に直接注文してください。聖都シュトラールの焼きたてパンを、今すぐお届けしますって」

 

 アナリザンドは再び指を鳴らした。

 そこにはいつもより大きめの窓が、視界いっぱいに広がっている。

 

【Anazon――あなたが求めるものを、距離も時間も関係なく最速でお届けする――】

 

 さすがのノルムも、これには恐怖した。

 

「夢物語を述べているのですか?」

 

「本当にそう思うの? 魔法の世界では天地がひっくり返ることもあるんだよ、ネットに初めて触れたときに、あなたがたは既に一度経験しているはずなのに、もう忘れたんだ」

 

 しかし、真の恐怖はこれからだった。

 ノルム会長室に、次々とアナリザンドの分身が流れこんできたからだ。

 

 こんマゾ。こんマゾ。こんマゾの嵐。

 

「分身魔法だけじゃないよ。わたしは空間転移も使えるの。そして、わたしと同じ体重くらいなら抱えて跳べる。ミカンの入った一抱えの箱くらいかな。それくらいならシュトラールからここまで一秒もかからないよ」

 

 こんマゾしたひとりが、小さな木箱を持っていて、それをノルムに押しつけてきた。

 箱を開ける。そこには今まさに焼き立てだと思われる柔らかなパンがあった。

 

 手に取る。指先の感触でわかる。あったかい。そして、食べる。柔らかい。

 

――ゾッとした。

 

「そんなことをしたら、我々は死んでしまう」

 

「死ぬ? ただの市場競争じゃない?」

 

「違います。これでは競争にすらなってない。ただの蹂躙だ」

 

「不便だから淘汰される。結果として残るのが人にとって良いものじゃないの?」

 

「それはそうかもしれません……ですが」

 

「あなたは流通を守りたいと思っている。それが自分の存在意義とも。それは人間としては正しい在り方なんだと思うよ。でも、あなたは自分の生存と人々の満腹。どっちを優先するつもり?」

 

 ノルムはすぐに答えられなかった。

 引き裂かれるような痛みが、胸の奥に広がる。

 なぜならそれは、商人としての正義と人間としての正義の分断だからだ。

 

 ノルムはけっして愚かな男ではない。

 需要が便利さを求めるのはわかる。あのパンの柔らかさ。衝撃的な体験。

 求めるものが瞬時に届く夢のような世界。

 人間は、必ずアナリザンドを選ぶだろう。

 魔族に流通の主権が移る恐怖。例えばアナリザンドがやめたと言えば、市場が大混乱に陥る可能性を考えすらしない。それは人間が愚かだからというわけではなく、人間が必ず自らの欲望を叶えてきたからだ。ノルムは選ばれない。ノルムは死ぬ。

 

 ノルムは視線を上げた。

 

「人々を空腹から守るのが私の仕事です。あなたにそれを預けるわけにはいかない」

 

「それは自分のお仕事を奪わないでって言ってるの?」

 

「そうです……私は今あなたに命乞いをしています」

 

「わたしは魔族だよ?」

 

「ですが、あなたは女神様の良い子になりたいとおっしゃっておりました」

 

「嘘かもしれないよ。誰にも保証できない妄言なのに?」

 

「私が、あなたのその言葉を信じているのです」

 

「……うう」

 

 パチンパチンと、アナリザンドの分身がはじけ飛んでいく。

 やがて魔力の粒子になったそれらは、アナリザンド本体へと還っていった。

 

「じゃあさ。半分こにするのはどうかな?」

 

 アナリザンドはくねくねしている。声もあまったるい。

 まるで、どこかにいる不在の女神様に媚を売ってるようだ。

 今までの自分の発言に、罪悪感を覚えているのだろうか。

 

「半分ことは、具体的にどういうことでしょうか」

 

「例えば、こういうのはどう?」

 

 また小窓が出現。52インチの大きめの窓。

 

【Anazon プレミアム――欲望が充たされるまでの時間はお金で買える――】

 

「つまり高額にするということですか」

 

「うん。遅さに責任を伴わせるのが人間の魔法なら、わたしは速さをお金に変える魔法を唱えようかなって思ったの。もちろん、ネットでの販路はいままでどおり使っていいよ」

 

「しかし、それでは半分こになりません」

 

 ノルムはめまぐるしく計算していた。

 この魔族の魔法は、人間にはまるでおとぎ話――いや、神のようにすら思えてくる。

 ただ、抑制している。壊さないように優しく抱きしめている。

 

 いや、アナリザンドも薄々気づいているのかもしれない。

 市場の独占は、市場を閑散とさせるのだと。

 

 この魔族は人間との共存を選んでいる。

 

「うん。だから、あなたがわたしを使うの。アナゾンプレミアムを使う場合は、ノルム商会を通す。そこで、わたしは薬とか、貴重品とか、すごく大事な部品とか、そういうのを運ぶよ。その代わり商品の破損とか、紛失、あるいはおいしそうなパンを運んでて、ついわたしが食べちゃったりしたら、その責任はノルム商会長さんがとってね。どうかな?」

 

 これは慈悲だ。

 残酷な神に等しい力を持つものの、人間に対する慈悲。

 

 ノルムはグッと拳を握り締めた。

 商人は、商魂たくましくなければならない。

 生まれたときから、商会長になることを定められていたノルムは、無手の人として資本主義という怪物と対峙する。

 

 これが最後の商談だ!

 

「では――、あなたがやめたときの補償条項を入れていただけますか?」

 

(したた)かだね。さすが商人さん」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

 

 あれからのことを話そうと思うんだけど、特になにかが変わったわけではないよ。

 

 ネットを使う一般人からしてみれば、一回につき金貨十枚という高額設定をされたアナゾンプレミアムは、あまり使い勝手のいいものとは言えなかったからだ。

 

 むしろ伝えるべきことは、フリーレンのことかな。

 

 わたしが、商会長さんとワチャワチャやってる間に、フリーレンは銀鉱を見つけて、あっという間に借金を返済してきたのである。

 

 わたしの苦労は徒労に終わった。

 けれど、完全に無駄足だったわけでもない。

 変わったことと言えば、あの硬いパンが少しだけ柔らかくなったことだろう。

 

 せめて、ノルム商会領では、柔らかなパンをということで、アナプレの初使用者は、ノルム商会長さんご本人の個人資産によって賄われたのである。

 

 獲れたての小麦粉をパン屋さんに配って――、でもあまり領都じゅうのパン屋さんに大量には配れないから、混ぜて、中途半端な硬さになってしまった。

 

 いずれは、フリーレンの掘りだした銀によって、流通網はわずかずつだが回復していく見込み。

 わたしはそれを可視化して、ノルム商会長さんに伝える。

 

 わたしの苦労はちょっとだけ報われて、ノルム商会長さんは、わたしという決済システム、超高速物流によって、商売の信用力を担保される。

 

 商人らしい相互承認が、この仕組みの肝である。

 

――そんなわけで、旅はなにごともなく平和に続いている。

 

「このパン。フリーレン様が出されたものよりは柔らかくなってますね」

 

 野宿のときに、フェルンちゃんは四角いパンを両手に持ちながらそんなことを言った。

 ダブル硬パン。ここでも二刀流が光る。ひとつはノルム商会によるもの。もうひとつもおそらくそうなのだが、流通が復活のきざしを見せる前のものだ。フェルンちゃんは食べ比べをしていた。

 

 違いがわかる女の子。フェルンちゃんである。

 

「フェルンちゃんはやっぱり柔らかいパンのほうが好き?」

 

 ストレージから焼き立てパンを取り出して、フェルンちゃんの前に差し出す。

 そうすると、フェルンちゃんは少しだけ迷いながらも口を開いた。

 

「どちらも欲しいです」

 

「この欲しがりさんめ」

 

 人間の欲望には果てがない。

 わたしは人間の欲望に負けたのだ。

 

 わたしは、あなたの口にパンを運ぶ。

 あなたはリスみたいにパンを口いっぱいほおばって、その顔がおかしくてわたしは笑った。

 

 

 

 

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