魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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神技のレヴォルテ編。
名無しちゃんたち大杉問題があって、どうしようもなかったんで名づけました。


ゲナウ/相棒

 

 

 

――コツ。コツ。

 

 大陸魔法協会北部支部、その静謐な回廊にゲナウの硬い靴音が響く。

 かつての彼は、ここを歩くとき、自身の死すらも事務的なタスクのひとつとして数えていた。

 今もその考えは続いている。

 

 幼い頃、魔族に故郷を焼かれた日。

 泣き叫ぶ隣人も、すがりつく親も、誰も女神の奇跡によって救われなかった。

 神に祈ったところで腹は膨れず、傷は塞がらず、魔族の刃は止まらない。

 ゲナウにとって、祈りとは無力な人間が吐き出す意味のないノイズに過ぎなかった。

 

 ただ暴力だけが暴力を止められた。

 在中するノルム騎士団によって、なんとか退けられたのである。

 祈りより暴力。

 願いより戦い。

 それが彼が彼である由縁。

 

――あの魔族に逢う前は。

 

 部屋の前で、アナリザンドが待っていた。

 

「どうした? 私の部屋の前で何をしている?」

 

「ゲナウ先生と久しぶりにお茶したいなって思って」

 

「ゼンゼとでもしてればいいだろう。そこからどけ。部屋に入れない」

 

 アナリザンドはガッチリブロックしている。

 両手いっぱい広げて、ゴールを守るキーパーのような恰好だ。

 ゲナウは小さく嘆息する。

 

「茶は出さんぞ」

 

 そうして、半ば強引な形で、アナリザンドは招き入れられたのである。

 

 

 

 部屋に入ると、ゲナウは棚から使い古された茶葉の缶を取り出した。

 

 口では「出さん」と言いながらも、手が勝手に動く。アナリザンドは当然のように特等席の椅子に座り、魔法の羽根をパタパタとさせて寛いでいる。

 

 ゲナウが教えた――いや、教えたというよりはただ見せた魔法なのだが、この魔族は、攻撃魔法としても飛翔魔法としても使っていない。

 

――ただのかわいさアピール。

 

 あるいは、ゲナウが鳥好きであることを知っての媚。

 あるいは、ただのキャラクターづけ。

 いずれにしろくだらない使い方だ。

 

「その魔法は、ゼーリエ様に叱られたんじゃないか?」

 

 紅茶を置きながら、ゲナウが言った。

 

「ふふん。その情報は古いよ。叱られたのはあくまで飛行制限がある場所で飛んだからなの。まあ、女神様を真似るなって理由もあったかもしれないけど、がんばってプレゼンしたら認めてくれたよ。レンタル利用料の5割は持っていかれることになったけどね……」

 

 魔族は、エルフ顔を模倣している。

 

「くだらんな。長話は趣味じゃない。用件を言え」

 

「先生が先に話を振ったんでしょ」

 

「いいからさっさと言え。私は忙しいんだ」

 

「これから故郷に向かうから?」

 

 この魔族はどこからともなく情報を仕入れてくる。ネットというインフラを司っているから当然と言えば当然であるが、機密情報すらこの有様だと、溜息も出てくるというものだ。

 

――故郷。

 

 そこに向かう理由は、実家に帰るからではない。

 任務だった。故郷が散発的に魔族に襲われている。

 大規模な襲撃はなされていないが、目撃情報が増えている。

 魔族の討伐と駆逐。いつものことだ。故郷だからといって特別ではない。

 

「誰から聞いた?」

 

「んー。ゼーリエ先生?」

 

「嘘じゃないだろうな。ゼーリエがそこまで気にかけるとも思えん」

 

「本当のことを言うとね。ゲナウ先生自身から聞いたんだよ」

 

「私は協会の機密をもらしてなんかいないぞ」

 

「数年前。わたしが、ゲナウ先生に翼をもらった時だよ」

 

「……そんなこともあったな。だが、私は故郷を守ってくれなんて一言も」

 

()()()()って言ったよ。先生は人に物を頼むのが苦手だって知ってる。だから、あのときの約束を守るために、今日、わたしは来たんだよ」

 

 祈りは死んだと思っていた。

 しかし、この魔族と話をするうちに、もしかすると羽の一枚くらいは残っているのだと思ってしまった。だから、言わずとも、言っていた。

 

 アナリザンドは、まんまるの瞳で、ゲナウを見ていた。

 ゲナウは立ち上がり、北側の窓に向かう。

 ゲナウは本来、こういうことを他人に頼む男ではない。

 ましてや魔族に伝えるなど、ありえなかった。

 だが、言葉は口をついて出ていた。

 それが何に似ている行為なのか、考えないようにしながら。

 

「――気にかけてくれると……助かる」

 

「うん。今度はしっかり聞こえた」

 

 そのまま窓から外を見やりながら、ゲナウは続ける。

 事務的に、揺らぎを悟られないように。

 

「私の故郷は、数年前――いや、30年ほど前にはただの村落に過ぎなかった。それがネットという見えない力によって、目覚ましい発展を遂げ、いまでは街と呼ばれるようになっている。あそこには何かあるのか? 魔族に襲われやすい理由が」

 

「地政学的に人が集まりやすいってだけかも。人が集まっていたら、魔族にとっては餌場なわけだから、そりゃ襲われやすくなるよね。それか、魔族の本拠地が近いのかも」

 

 信仰の強弱や祈りの有無ではない。

 ただの物理的な理由で襲われている。

 くだらないが、わかりやすい。

 腹立たしさを超えて、いっそ笑えるくらいだ。

 

「餌場、か。至極真っ当な理屈だな」

 

 魔族の本質が略奪者である以上、繁栄した街が狙われるのは、商人が金を追うのと同じくらい自然な市場原理。それならば、防衛もまた事務的なコストに過ぎないはずだった。

 

 その均衡が崩れたとき、街は滅ぶ。

 

「だが、ただの空腹ならわざわざ隠蔽魔法を使ってまでコソコソはしない。やつらは戦い方を変えてきている」

 

 ゲナウはアナリザンドのほうに視線を向けた。

 アナリザンドは猛烈な勢いで、添え物として出したクッキーを口に入れている。

 

「アナリザンド、おまえが知らせた()()()のことを覚えているか」

 

「もぐもぐ。ごくん。神技のレヴォルテだっけ? 忘れるわけないよ。ゲナウ先生が相棒さんとともに立ち向かった魔族の将軍のことでしょ?」

 

 そのときは、間一髪だった。

 

 街への到着が遅れたわけではなく、あらかた魔族を掃討しおえた後、相棒は街を守ることを選び、ゲナウは他の魔族が残っていないか街の外を探索することにしたのだ。

 

 その四本腕の魔族、レヴォルテはひとりになった相棒を襲った。各個撃破を狙われたのだ。魔族にしてはかなりのずるがしこさを持っていた。

 

 さらには、子どもを囮に使った。ターゲットを子どもに変えたのである。

 

 相棒が街の子どもを庇おうとしたところを、ゲナウがアナリザンドのアラートによって取って返し、すんでのところで命を拾うことができた。相棒は大けがを負ったが、なんとかレヴォルテを退けた。だが辛勝――いや、見逃されたに等しい。

 

 レヴォルテは、自分の戦略がはずれたことをいぶかしみ、その背後に得体の知れない魔法の力が働いていることを感じ取って、安全な撤退を選んだのである。ただの力押しの魔族ではない。戦術というものを理解している。

 

「……やつがいるのか?」

 

 ゲナウは、低く抑えた声で言った。

 

「確定じゃないけど、傾向が似てるんだよね」

 

「それでおまえはどうするつもりだ。また見ているだけか?」

 

「うーん。今回は監視アラートだけじゃ足りない気がするかな」

 

「街の防衛力は昔とは比べ物にならないくらい上がっている」

 

「それはデータ的に正しい評価だろうね。でも、相手も考えなしじゃないよ。魔族だって、対策をたてられたらさらにその対策を対策する生き物なの。わりと高等生物なんだから!」

 

 ムフンと胸をそらすアナリザンド。

 魔族を同族ととらえ、我がことのように誇らしげにするのは、ひどく魔族らしくなかった。

 まるでノイローゼの鳥のように忙しなく枝から枝へ飛び移っている。

 

「おまえは魔族も救いたいのか?」

 

「うん。そうだよ」

 

 もう、この魔族はほとんど否定語を使わない。

 

「冗談はよしてくれ」

 

「冗談じゃないよ。わたしは本気でそう思ってる」

 

「女神に説法するようなものだが、魔族は救われない存在だ」

 

「あはは、その冗談、おもしろ」アナリザンドは腹を抱えて笑う。

 

 ゲナウの顔がひくついた。羽をむしりとりたい衝動にかられる。

 

 だが。

 

「あのね……先生、ありがとう。心配してくれたんだよね」

 

 一瞬で切り替わる表情。

 ゲナウが見てきた魔族となんら変わるところはない。

 感情の起伏すらも、獲物を誘い出すための擬態の一種。

 そう切り捨てられれば、どれほど楽だっただろうか。

 

――この魔族は祈り続けている。

 

 ずっと前にかわした約束とも言えない無声の声を聴き、その約束は相棒の命を救うことで果たされた。ゲナウは現実主義者であるから、その事実だけは否定することができない。

 

 祈りは棄てたが、他者の祈りを穢すほどゲナウは酷薄ではない。

 たとえ、それが魔族のものであっても。

 

 アナリザンドはカップを置き、椅子からぴょんと飛び降りた。

 その背で、青く光る魔法の羽根がパタパタと軽やかに揺れる。

 

「今回は、わたしも現地に行くよ。見てるだけじゃ、市場の資産価値を守れない気がするからね。ネットの管理者として、不法侵入者は直接検品して、必要なら叩き出さないといけない」

 

「結局、殺すのか」

 

「共存できない不良在庫なら、処分するしかないよね。でも、交渉の余地があるなら、わたしは契約書を差し出すつもり」

 

「契約書?」

 

「人の子といっしょに生きるための契約書だよ」

 

 共存。魔族と。

 

 それは人類の歴史を否定するほどの狂気だ。

 

 だが、アナリザンドが築きあげたネットというシステムが、現にこの数年間、故郷の街を魔族という暴力から守り、発展させてきたこともまた、否定できない事実だった。

 

「女神に祈りをささげるよりも実効性がない願いだな」

 

「うん。そうかもね。でも、リーニエちゃんみたいな子がいるかもしれないし」

 

 リーニエ反証万能説がアナリザンドの祈りを裏打ちしている。

 だが、帰納法的な論理にしたがえば、アナリザンドの回答に反論することはできない。

 

「せいぜい、私が到着するまでに、魔族どもを救ってみせるんだな」

 

「うん。そうするね。――はい、先生にあげる」

 

 アナリザンドはゲナウに近づき、握った手のひらを開いた。

 ふわりふわりと、青い羽が一枚落ちる。

 

「じゃあ、行ってくるね。ばいばい」

 

 空間転移をして、アナリザンドはその場を去った。

 魔力で構築されているはずの羽は、なぜか今も手のひらの中にある。

 

――コツ。コツ。

 

 ゲナウは、また窓辺に向かう。

 空は晴れ渡り、季節は冬。空気が澄み切っていた。

 

「……ふっ」

 

 ゲナウは、ただ笑いがこぼれた。

 

 

 

 

 

 わたしの目の前にゲナウ先生の相棒が座っている。

 ここは、ゲナウ先生の故郷にある軍の駐屯地であり、仮宿にあたる。

 ゼーリエ先生にもらってきた命令書を見せたら、一発で中に通された。

 

 一級魔法使いの地位や権力は高く、いわば最高レベルの傭兵みたいな扱いを受ける。

 なぜなら、この世界には50名ほどしかいないというのもあるし、魔族に対抗するにはどうしても魔法の力を必要とする場面も出てくるからだ。

 

 短髪の髪に、気さくそうな雰囲気。

 ゲナウ先生と同じ年頃のはずだけど、目がとても澄んでいる。

 好青年って感じで、ゲナウ先生と比べると全然おじさん臭くなかった。

 まあ、ゲナウ先生の場合は鉄面皮だからしょうがないのかもしれない。

 この青年はよく笑う。対照的なふたりだ。

 

 名をアンデアという。

 

「おう。よく来てくれたな。アナちゃん」

 

「アンデア先生。こんマゾ」

 

「べつにいいんだぜ。呼び捨てでもよ。なあアナ様」

 

 ニカっと笑う姿は、どことなくシュタルク君に通じるものがある。

 ちょっとかわいい。

 

「じゃあ、アンデア君って呼ぶね」

 

「ああ、それでかまわない」

 

 差し出された紅茶を呑む。

 ううむ。味は、正直に言えば微妙。

 このあたりの物流は、まだ回復しきれていないようだ。

 

「味、微妙だろ? 悪いな、男所帯の淹れ方で。物流はアナちゃんのネットのおかげで良くなってるんだが、俺の腕が追いついてねえんだ」

 

 アンデアは頭をかきながら、自分でも苦そうに茶を啜った。

 

「ううん。おいしいよ」

 

 この人は、自分で淹れてくれた。それがおいしいと感じさせる。

 アンデア君の立場なら、紅茶の用意くらい誰にでも頼めたはずだ。

 軍という組織に所属しているわけではないが、一級魔法使いは、軍より上のポジションにいる。

 そして、軍というのは兵隊さんだけではなく、兵站を司る人も必ずいるはずだから。

 要するに、給仕の人に任せればよかったのだ。なのにしない。

 同じ一級魔法使いとしてというより、わたしに対する親しみだろう。

 すっと心に入ってくるのは、この人の優しさであり、お人よしなところだ。

 

「それで……。ゲナウのやつは最近どうだ?」

 

「ネットをつかって通信とかしてないの?」

 

「あいつは不器用だからなぁ」アンデア君は紅茶を飲みながら笑う。「ネットを使ったら、アナちゃんにバレるとか言って、任務のことしか話さねえよ」

 

「ゲナウ先生らしいね」

 

「ああ、あいつって昔からクソ真面目なんだよな。任務が終わったあとの打ち上げのときも、アルコールは判断を鈍らせるとか言いやがって、葬式に参列してるみたいな顔で言うんだぜ」

 

「言いそう」

 

 クスっと笑うわたし。

 

「それで、街の防衛に問題はない?」

 

 ちょっと真面目なお話へ転換。

 

「今のところは問題ない。魔族の襲来も散発的で、騎士団だけでも対処できている。この前なんかな……笑える話があるんだが聞くか?」

 

「うん。話して」

 

「おう。ある日な。森のほうからくたびれたおっさんふうの魔族がやってきたんだ」

 

「へえ。おっさん魔族っていたんだ。魔族って美形揃いだとばかり思ってたよ。わたしも美少女ですし! かわいいですし!」

 

 レンタルアナちゃんの貸出率は常に95%を超えてます。

 

「アナちゃんって本当、子どもっぽいよなぁ」

 

「ふふん。それで?」

 

「ああ、おっさん魔族がとぼとぼと門の方に近づいてくる。俺はすぐに呼ばれて、そいつに聞いたんだ。何をしにきたってな。そしたらそいつなんて言ったと思う?」

 

「なんて言ったの?」

 

「私には息子がいますって言ったんだよ。だから、人間の街に入らせてくださいってな」

 

「その魔族、潰滅的に嘘が下手だね」

 

「ああ。下手っていうか。なんていうかだな」

 

「それでどうしたの。そのおっさん魔族」

 

「もちろん、ぶっ飛ばして終わりだ」

 

「まあしかたないよね」

 

 というか、殺したという言葉を使わないのが、彼の優しさなのだろう。

 それでも、魔族に対する甘さはなさそうだ。

 彼もまた一級魔法使い。数多くの魔族を討伐してきただろうから。

 

「というわけでだ。まあ心配すんなよ。街はきちんと守ってる。ここはあいつの故郷だからな」

 

 ゲナウ先生の故郷――。

 任務に私情は挟まないのが鉄則だけど、アンデア君は感情も沿わせている。

 だから街の人も、きっと守られてると感じるだろう。

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、パトロールも兼ねて散歩にでも行くか?」

 

 紅茶を飲み終えたタイミングで、アンデア君が提案した。

 

「うん。現地調査だもんね」

 

 アンデア君といっしょに通りを歩く。

 

 街は、確かに発展しつつあった。今はちょうど村と街の境目くらいだ。

 村と街の違いは、壁の有無による。

 村には柵しかなく、あるいは柵すらないことも多い。

 壁があれば、外敵の侵入を防げる。

 魔法による結界も、物理的な線があるほうが機能しやすい。

 

 その結界の内側――街中では、子どもたちが数人通りを駆け抜けていた。

 子どもの視線では大人は障害物にすぎない。

 まるでレースをしているかのように、すいすいと大人たちを避けていく。

 

 そして、鬼は――私だった。

 正確には、分身な私。

 

「おまえら、転ぶなよぉ!」アンデア君が注意喚起した。

 

 分身なわたしは静かに後方から子どもたちの動きを観察する。

 転びそうになった子を軽く羽で押さえ、すれ違う大人の間に小さな魔力のバリアを作って導く。声はかけない。鬼が本気じゃないと遊びにならないからだ。

 

 それでも、子どもたちは不思議と安心して走り続けた。

 

 その分身体。

 No.168は理知的なお姉さんタイプのわたし。

 養育者としての属性をまとっている。

 軽く巻いた髪。ちっちゃな白い翼。そして非殺傷性ゾルトラークリング。

 性格は理知的。ちょっと硬質って感じかな。

 しかし、残念ながら背はちっちゃい。

 

「あ、一級魔法使いの兄ちゃんだ」「アナちゃんもいるー」「分身の術を使うなんて卑怯だぞ」「お兄さんこんにちわ」「デートしてるの?」

 

 おませな子もいたりなんかして、自然とわたし達の周りに集まってくる。

 

「そうだよ。お姉さんはね。このお兄さんとデートしているの」

 

 と、わたしは五歳くらいのおませさんに言った。

 

「大人だぁ」「いろはちゃんとは違うの?」「アナちゃんもいっしょに遊ぼうよ」

 

「ごめんね。お姉ちゃんお仕事中なんだ」

 

 子どもたちは残念そうな顔になる。でも、そこにはNo.168がいる。

 わたしが離れても、子どもたちはちゃんと見守られている。寂しくないはずだ。

 

「デート中だから?」とやっぱりおませさん。

 

 応えたのは、アンデア君。

 

「デートというのも、あながち間違いじゃないかもな」ニカっと笑い。「こんなかわいいお姉さんをエスコートしてるんだ。俺は果報者だよ」

 

 かわいいお姉さん! 最高の賛辞だ。

 

「えー、ふたりはつきあってるの?」「もうキスした?」「わたしもデートしたい」

 

「おまえらにはまだ早すぎるぜ」

 

 アンデア君は子供たちの無邪気な冷やかしに、豪快に笑って応えた。

 

 彼が街を歩けば、そこかしこから声がかかる。ゲナウ先生なら眉間に皺を寄せるところだけど、アンデア君は一つひとつの声に丁寧に、かつ冗談を交えて返していく。

 

 ハーメルンの笛吹のように、子どもたちがそれに付き従ってる。

 足踏みしたり、その場で跳ねたり、もう遊びたくて仕方ない様子だ。

 

「アナちゃん、せっかく子どもたちが誘ってくれてるんだ。少し遊んでやったらどうだ」

 

「アンデア君はどうするの?」

 

「俺か。ひとりで見回るのは慣れてるしな。夕方になったら宿舎に帰ってこいよ」

 

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

 

 わたしはNo.168――理知的な自分と視線を交わす。

 光輪が、ほんのわずかに明滅する。

 

「本体――、見守り業務の対象には本体も含まれますか?」

 

 もちろん、声に出しているのはわたしだ。

 分身に人格などない。ただの魔法である。

 

「なんでや」

 

 これも、わたし。

 

 ちょっとした独り漫才みたいなものである。

 

 それで、子どもたちは笑ってくれた。168の両腕にはがっしりと猿みたいに子ども達がしがみついている。ずいぶん頼られてるなぁ。わたしの両腕にも子どもオプションがセットされる。

 

 一級魔法使い(仮)の分身を子守りに使うなんて、ゼーリエ先生が見たら卒倒しそうな贅沢だけど、これも市場の平和維持という立派な業務だ。

 

 ヨシ、この調子でもっと稼ぐぞぉ。

 

 

 

 

 

 子どもたちに両腕を捕獲されたまま、わたしはその場でくるりと回った。

 

「どんな遊びをする?」

 

「鬼ごっこするー?」「かけっこ!」「魔法は禁止だからね!」

 

「えー、魔法禁止はちょっとハンデが重いんじゃない?」

 

「168ちゃんがいる時点でズルだよ! 鬼役がふたりじゃん」

 

 確かに。

 

「よし、じゃあ168は見守り専用。わたしはこの身体だけで勝負するよ」

 

「アナちゃんになら勝てそう」「アナちゃんクソ雑魚魔族だもんね」「かけっこなら負けないよ」

 

 子どもたちにまでクソ雑魚扱いされてるとは……。

 

「言ったなぁ。わたしは超絶ウルトラ魔法使いなんだから、超余裕だよ」

 

 わたしは宣言する。

 一級魔法使い(仮)は伊達じゃないってところを見せてあげる。

 対してNo.168が一歩下がる。光輪が静かに安定光を保つ。

 

――子どもたちは一斉に散った。

 

「十数えるからねー!」

 

 目を閉じる。いや、閉じる必要はないけど雰囲気である。

 

 数え終わると同時に石畳を蹴った。

 放出系の魔力を使わずとも、魔族は魔力で身体強化をおこなえる。

 ただ、今回に関して言えば、単なる遊びだ。

 一級魔法使いの半分くらいの実力で十分だろう。

 本気を出すと捕獲率百パーセントになってしまう。

 それでも十分すぎる。

 わたしの速さは、大人たちよりもずっと早く、すぐにひとりに追いついた。

 

「つかまえた!」

 

「はやっ!」

 

 軽くタッチ。子どもたちはきゃあきゃあ逃げる。

 

 No.168はその外周を静かに移動している。

 衝突予測、段差判定、通行人の動線補正。

 非殺傷性ゾルトラークリングが、ほとんど見えないほど薄く展開されていた。

 クリアリング。場における危険性を徹底的に排除している。

 傍目からは何もしてないように見えるが、目に見えない計算を内的にはおこなっていた。

 

 そのときである。

 

「こねこ、だ!」

 

 通りの端、樽の陰から小さな影が飛び出した。

 黒猫だった。夜空を吸収したかのような綺麗な毛並み。

 そして、星のまたたきのような瞳をしている小さな子猫だった。

 

 子どもたちにとってのそれは宝石に等しい。

 

「待てー!」

 

 一番小さな男の子が、全力で駆け出す。

 

 石畳の継ぎ目。ほんのわずかな段差。足首の角度。

 転倒確率――高。

 No.168が羽をひと振りする。

 光輪がわずかに拡張。

 

 男の子の身体を、目に見えない力がふわりと支えた。

 

――操作魔法。

 

 つまずいたはずの足が、すっと前に出る。

 

「……あれ?」

 

 転ばない。ふわりとした感覚。

 何か大きな手に抱きかかえられたような感じ。

 そのまま勢い余って猫の前にしゃがみこむ。

 

「つかまえた!」

 

 子猫は驚いて背を丸めたが、逃げなかった。

 168は距離を保ったまま観察する。

 

 呼吸正常。外傷なし。

 魔力汚染反応なし。

 外部干渉――なし。

 リザルト、問題なし。

 

 わたしは男の子の後ろから追いつき、肩に手を置いた。

 

「急に飛び出したら危ないよ」

 

「転ばなかったよ!」

 

「それはね。運がよかったんだよ」

 

 嘘ではない。

 わたしの運が良かったのだ。

 

 子猫を囲む子どもたち。みんな微笑んでいた。

 

 No.168は静かに周囲を監視し続ける。

 光輪は安定。危険度低。

 

――平和。

 

 少なくとも、この瞬間この街はこれ以上なく平和だった。

 

 

 

 

 

 一方そのころ、アンデアは石畳をひとり歩いていた。

 

 子どもたちの笑い声が、背後で小さくなる。

 

 巡回は習慣だ。

 異常がなくても歩く。

 異常があったときに、すぐ気づけるように、もはや習慣となっている。

 ゲナウなら、習慣を越えて、もはや執念とも言えるようにしらみつぶしにするが、自分はそこまで厳密にはおこなわない。

 いつものように、普段どおりに、軽く見回る程度だ。

 そうすることで、人は安心する。

 危険があると思われないように、日常を壊さないように。

 それがアンデアのやり方だった。

 

 と、そのとき――。

 小窓からの通信が届いた。

 

「なんだ?」

 

 すぐに応じる。小窓の中には、街の門を守る衛兵隊長が立っている。

 

「その……すみません。アンデア様。お耳にいれたいことが」

 

「どうした? なにか問題でもあったのか?」

 

「はい。実は見知らぬ小さな女の子が森の方からやってきて、錯乱していたので保護したのですが……街中で親を探しているうちに見失ってしまって」

 

「迷子か?」

 

「そうだと思います。もしかしたら捨て子なのかもしれません」

 

 なにやら歯切れが悪い。

 それもそのはず。

 森の中にひとり子どもが残される。

 それだけでも異常事態である。

 門の中に入るときには、必ずどこの誰であるかを誰何する。

 親がもし子とはぐれたのなら、衛兵たちに探索するよう懇願するはずだ。

 しかし、直近にはそんな例はなかった。

 

「名前は?」

 

「泣いていて、会話ができる状況ではありませんでした」

 

「いま、その子はどこにいる?」

 

「はい。断片的な言葉を聞くかぎりでは、どうやら街中に親がいるということなので、衛兵のひとりをつけて、門を通しました」

 

「そうか……」

 

 街の規程では、必ず親の確認をとってから門の中に入れるのがルールだ。

 衛兵長は、そのルールを破ったことになる。

 だが、泣いてる子どもがいて、奇跡的に森から無事生還して街にたどり着いたのだ。

 衛兵長を責めるのも酷だと思った。

 

「俺のほうでも探してみる。おまえ、顔がいかついから、見つけたら優しく声をかけろよ」

 

「はっ!」

 

 衛兵長は、責任を少し減らすことができて、ほっとしているようだった。

 小窓の通信が切れて、アンデアはわずかに嘆息する。

 

 森から、ひとりで――。

 

 あの森は浅くない。

 街道を外れればすぐに魔物の縄張りだ。

 泣きながら歩いて辿り着ける場所ではない。

 

――偶然、か。

 

 考えても仕方がない。

 しかし、もし本当に捨て子だったとしたら、胸糞の悪い話だ。

 仮に見つけたとしても、どうして見つけたのかと、親が子を拒絶するかもしれない。

 そうやって孤児は生まれていく。

 

 アンデアは踵を返し、門から中央通りへと視線を走らせた。

 

 迷子の子どもは目立つ。泣いていれば、なおさらだ。

 だが、通りはいつも通りの賑わいだった。

 

 行商人の声。果物の匂い。子どもたちの笑い声。

 異常は、見えない。

 

 アンデアは歩く速度を落とした。

 走らず、慌てず、いつもどおりの歩調を保つ。焦りは伝染する。

 

 まずは門から最短の導線を潰すように歩く。

 泣きながら歩くなら、人通りの多い場所を選ぶはずだ。

 中央広場を横切り、井戸の前を通り、露店の並びを抜ける。

 それでも見つからない。

 

 ふと喧騒の縁が、わずかに欠けている場所があった。

 

 通りから一本入った細い路地。

 昼間だというのに、建物の影で薄暗い。

 人の流れが、そこだけ避けているように見える。

 アンデアは足を止めた。

 

 耳を澄ます。

 最初は風の音かと思った。次にそれが呼吸だと気づく。

 その次に、小さな、しゃくり上げる音。

 アンデアは路地へ踏みこんだ。

 

 石壁の隙間、木箱の影。

 そこに、少女がしゃがみこんでいた。

 目を覆うようにして、静かに声を抑えて泣いている。

 

 アナリザンドと同程度、10歳くらいの少女だ。

 

 泥で汚れたワンピース。

 膝を抱え、顔を埋めている。

 肩が、小刻みに震えていた。

 

「おい……」

 

 アンデアは慎重に声を出す。壊れモノを取り扱うように慎重に。

 

「大丈夫か。怖かっただろ。ここは安全だ。いっしょに親御さん探そうか」

 

 丸まったままの姿勢で少女は喚く。

 

「助けて。嫌だ。死にたくない。殺さないで」

 

「ここには誰も君を傷つけるやつはいないよ。もしいたとしても、お兄さんがぶっとばしてやる。安心しな」

 

 そして近づく。しゃがみこんで、頭を撫でるために手を伸ばす。

 

――だけれども。

 

 違和感があった。

 小さな女の子と聞いてはいたが、その子どもは10歳程度には見える。

 

 5歳くらいならまだわかる。

 心細さのあまり、泣きわめき状況確認もできないなんてことも考えられなくはない。

 だが、10歳だ。

 この街の10歳といえば、ネットの恩恵を最も受けて育った世代だ。

 

 転びそうになった時。迷子になった時。お腹が空いた時。

 この街の子どもたちは、まず空中に小窓を叩き出す。即座に繋がろうとする。

 アナリザンドの分身や、管理システムに繋がるあの光の窓に――。

 

 泣き叫ぶより先に、アクセスを求めるのがこの街の当たり前の光景なのだ。

 この子は、一度も小窓を開こうとしていない。

 森からここまで、ただの一度も。

 

 それはこの子がこの街の外からやってきたからではない。

 ネットはこの世界に広く、網の目のように張り巡らされているのだから。

 

「……おまえ、ネットは?」

 

 その問いに、少女の震える肩がピタリと停まる。

 そして、初めてそっと顔をあげた。

 脅えた顔が一層、濃くなる。

 泥に汚れた頬。涙で潤んだ瞳。

 だが、その奥は――ひどく凪いでいた。

 

「――ネットって、なに?」

 

「っ!」

 

 次の瞬間、少女の腕の輪郭が、墨汁をぶちまけたように歪み、鋭く伸長した。

 いつのまにやら、少女の細い腕には、魔力で創られた剣が握られている。

 

――ズブ、という鈍い音が路地に響く。

 

「あ……が……っ」

 

 防御魔法を編むよりも速く、少女の剣は鋭利な杭となってアンデアの腹部を貫いていた。

 痛みよりも熱さが先んじる。

 かつてレヴォルテに裂かれた、あの古傷。

 そこが、再び熱い鮮血で塗りつぶされた。

 

「あは。やった! 街で一番魔力の高い人間を殺せた。レヴォルテ様、褒めてくれるかなぁ!」

 

 少女の姿は魔族に変わる。

 桃色の髪をした魔族の少女が無邪気に笑っている。

 街の子どもたちとよく似た笑い。

 

 平和な街に警戒アラートが響き渡った。

 

 

 

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