魔族少女のエロタナティブ 作:アナリザンド
空は、昼と夜の間で彩度を落としはじめていた。
夕暮れが、街を染めあげていく。
その朱色は、石畳に広がるアンデアの鮮血を、より一層どす黒く強調していた。
「魔族、か……」
アンデアは、膝をつきはしたものの、倒れ伏してはいなかった。
意識には鈍い痛みが全身に広がりつつあり、虚脱感が襲う。命がこぼれていく。
「ああ、もったいないなぁ」と魔族の少女が言う。
もったいないというのは、当然、流れでていく血に含まれる魔力を食べられないことに対する感想だった。人の命に対するそれではない。魔族にとって、人間はどこまでいっても獲物であり餌でしかない。
刺しぬいた剣を、もう一度突き立てようと、魔族少女がふりあげる。
瞬間、街が――ネットが震えた。
――ブウウウウウウーーーーーーーーーーーンンンンンッッッ。
それは物理的な振動ではなく、アナリザンドがこの街に張り巡らせた
アンデアが最初に気づく。
ついで、桃色の少女も、その異様な魔力の密度に、一瞬貼りつけた微笑が強張った。
路地の入り口に、いつのまにやらアナリザンドが立っていた。
「あれ? 同族?」と、幾分困惑の混じった声をだす魔族。
――ピピピピピピピ。
アンデアもまた驚く。HUDの魔力数が、急激に上昇している。
あのとき――過去――だがそんなに過去ではない。レヴォルテに腹をぶちぬかれたときには、アナリザンドは直接的には現れなかった。いま、街の守護を事実上担っている魔族少女の表情は、ひどく虚無的で、桃色の魔族よりも恐ろしい。
――ただ視線。アナリザンドが、紅い瞳で睥睨する。
不可視の魔法。それはかつてフリーレンが使った奥の手。
アゼリューゼよりも直接的かつ物理的な服従の力。
――
操作系魔法の極致が、過程と結果を短絡する。
願いが現象をもたらした。
「うッ……ぐえあっ!」
その必然として、桃色の魔族少女は外壁に叩きつけられ、まるでできそこないの標本のように、そのまま磔にされた。壁に縫いとめられた魔族の少女は、四肢を不可視の力で捻じあげられながらも、まだヘラヘラと笑っている。いや、それは恐怖によるものなのかもしれない。
血が一滴、口からこぼれる。魔族の血は、魔力で構成されているはずだが、本体が滅ぶまでは赤く、人間と変わらぬ色をしている。
「ひどいなぁ。獲物を横取りするなんて」
どこか他人事のような声。魔族にとっては自分の命の危機さえ他人事。この魔族が命乞いをしないのは、まだそれほど命の危機に陥ったことがないからだろう。
アナリザンドは少女のほうを見向きもしなかった。
数秒遅れて、アンデアの元に転移し、手のひらから女神様の回復魔法を唱え始めた。通常は聖典を媒介とする回復魔法であるが、アナリザンドは聖典を内包しているため、手のひらに持つ必要はない。それは既に女神の魔法と接続されている。
通常の回復魔法は緑色に発光するが、アナリザンドの場合は黄金色に周りを塗りつぶす。
限定的な時戻しによって、傷は塞がり出血は止まる。アナリザンドの指先から溢れる魔力は、慈愛に満ちた治癒というよりは、壊れた機械を無理やり溶接して繋ぎ止めるような、強引で硬質な感触だった。言わば手術に近い感覚である。
アンデアは、自分の腹の肉が盛りあがる感触に、いっそ気味悪ささえ感じた。
しかし、回復した本人――アナリザンドの内心がどうであれ、肉体は刺される前の状態を取り戻す。その事実こそが、アナリザンドの行為の意味である。慈愛の心がなければ、女神様の御心に沿わなければ、回復魔法は使えないはずだ。それが、僧侶の資質。魔法使いとは異なる心性。
力はまだ入らないが、命の危機は脱した。
「遅れてごめんね。アンデア君」
「助かったぜ。アナちゃん」
アナリザンドは、アンデアの傷を塞いだ手をゆっくりと離した。
指先から残った魔力が、淡く光を散らして消える。アンデアは荒い息を整えながら、外壁に縫い付けられた桃色髪の少女を見上げた。少女はまだ笑っている。
いや、笑おうとしている。
唇の端が引きつり、歯が見えるほどに強張っているが、目は虚ろで、焦点が定まっていない。
不可視の力で四肢を捻じり上げられた姿勢は、まるで展示用の標本のように不自然で痛々しい。
それが人間の視線。アンデアの視線。
だが、魔族にとっても同じような感覚だろう。
アナリザンドの魔力は現在も抑えられているものの、HUDの数値はこの街の人口程度には達している。そして目の前の桃色の魔族は、はっきり言えば、変身魔法という特異な魔法を除けば、一級魔法使いの足元にも及ばない、ちっぽけな魔力しか持ってなかった。
アナリザンドは、少女の方へ一歩も近づかずに、静かに口を開いた。
「名前は?」
有無を言わせぬ声。
膨大な魔法をこめたその言葉は魔族にとっては逆らえない命令に等しい。
少女の瞳が、ゆっくりとアナリザンドに向く。
笑顔が、一瞬だけ崩れた。
「……ミミ」
「そう。ミミちゃん、ね……」
アナリザンドが、わずかに笑んだ。
そして誰かの真似をするように、酷薄に、残酷に、優しく。
「わたしはアナリザンドって言うの。お姉さんとお話ししましょう」
さーて、来襲の魔族さんは?
そんな軽口を叩いてはいるけれども、超絶ビビったのはわたしであります。
まさか、変身魔法を使って街に入りこむ魔族がいるとは思わなかった。
いくら魔族が人間の善意や共感する心を利用するとはいえ、この街の防衛力を過信していた。
つまり、わたしは自信満々だったのだ。傲慢なところは魔族だよね、わたし。
アンデア君はお腹の膜をまたしてもぶち破られちゃうし、まあ今回はわたしがいたからよかったけどさ。わたしがいなかったら、アンデア君は今頃、女神様とデート中だよ。
それにしてもである。
わたしは、このピンク髪の少女を見て思ったのだ。
――ちっさくてかわいい、と。
魔力容量、骨格、成長段階。
どれを取っても、これほど幼い魔族は見たことがなかった。
ギリ背丈負けてそうだけど、わたしより、ほんの少し高いだけ。
目線を合わせることができる程度の差しかない。
リーニエちゃんもロリと言えばロリだけど、言ってみれば中学生くらいから高校生くらいのロリさ加減。対してこの子は、小学生くらいに見える。ロリ中のロリって感じがする。
上はパーカー風のトップスに、ミニのスカート。黒ラメの入ったレッグハーネスが真っ白い太ももに巻きついていて、一言で言えば、ゴシックパンクみたいな現代風の服装をしている。
この子、めちゃくちゃお洒落さんだ。
正直『いいセンスだ』と言ってあげたい。めちゃくちゃ言ってあげたい。
メトーデの気持ちがわかっちゃった。
なんでこんなに興奮しているのかと言えば、わたしがこんなに小さな魔族に逢ったことがないというのもあるし、妹にしてもそんなに違和感ないかなーなんて思ったりしたからだ。
こんな非常時に何を言ってるんだと思われるかもしれない。
けれど、幼いってことは、それだけ
最初は恐怖からでもかまわない。話さえ成立すれば、遅延させられる。
遅延させられれば、救える可能性はある。それがわたしが興奮している理由です。
言葉にすれば嘘になるので、尋問は真面目にするよ。
「さて……。ミミちゃんだっけ」わたしはキリっとした顔を維持する。「今日は何しにここに来たのかな。お姉さんに教えてくれる? 教えてくれたら優しくするよ」
魔力は殺してしまわない程度に最低限だが、それでもミミと呼ばれた魔族よりは圧倒的に強い。魔族であるならば、基本的には魔力の強い者に従うという性質を持つ。従ったふりをしているだけともいえるけど、かろうじて組織体を形成できるのは、魔族は力の強弱に従う性質があるからだ。
この点だけは、魔族の人間らしいところであり、実をいうとパラノイアっぽい、偏執的な部分なんだよね。強さの差異にこだわってるってことだから。ただ、それは浸透圧みたいなもので、現象学的にそうなるだけって話で、本当の意味で力のある存在に忠誠を誓ったりしているわけではない。自分の生存にとって有利だからそうするのだ。
「あはは……。どうして魔力を隠してたの?
ミミはそんなことを言っている。『お姉さん』とわたしのことを呼んだのは、わたしがそう名乗ったからだ。この魔族も幼いなりに、いっちょまえに命乞いをしているのである。あんまりうまくはないけれど、実のところわたしの好感度は爆上がり。くっそぉ、妹力をたぎらせやがって。
ごめんね。アンデア君。お腹ぶち破られたのに。こんなお姉ちゃんを許して。
「わたしはこの街の守護者なの」
「人間を守ってるの? おっかしいなぁ。なんで?」
「それがわたしの使命だからね」
「わからないなぁ。どうして?」
「そう――じゃあ、わからせてあげようか」
脅しあげるのはあんまり好きじゃないけれど、街の安全神話が崩れそうになったのだ。容赦はしていられない。魔力による圧を高めていくと、どんどんミミの顔色が悪くなっていく。
ミミの呼吸は、もうほとんど音になっていなかった。
目の焦点が揺れ、四肢を縫い止める不可視の力に抗うこともできず、ただ虫のようにもがいている。命乞いすら出来ない状態。
わたしは、わざと小さく首を傾げた。
人間へのサイン。あるいは魔族への。
「どうしよっか、アンデア君。――消しちゃう?」
声音は軽く調律する。夕飯の献立でも相談するみたいに、わたしは言った。
――あえての言葉である。
人間の視点からすれば、ゴミはゴミ箱に。ダストトゥダストこそがわかりやすい答えだろう。
けれど、そうしたくないという気持ちも持っているのが人間だ。
路地の空気が軋み、石畳の隙間に溜まった血が、震えて波紋をつくる。
正直に言えばこれは甘えだった。
アンデア君は優しいから、わたしの引き伸ばしに賛同してくれるだろうと思っていたのだ。
果たしてそうなった。
「話を聞くのが先だ」
わたしは一瞬だけ彼を見る。
腹を貫かれたばかりのくせに、目だけはまだまっすぐだ。恨みや憎しみや復讐心ではなく、ただ街の守護者として、いや――、わたしの想いも嗅ぎ取っているのかもしれない。
「やっぱり優しいね」
「優しさじゃねえよ……。こいつは、レヴォルテに褒めてもらえるかもって言ってたんだぜ」
「褒めてもらえる……」
魔族が承認欲求を持つことはほとんどない。承認欲求とは、他者からの承認欲求であり、他者の存在が前提となる。しかし、通常の魔族は、同じ魔族ですら他者と認識できず、いわば自己愛しか持てない生き物なのである。
――つまり、レアキャラなのだ。
わたしはますますミミという名前の魔族に興味が湧いた。
この子には
「ねえ。ミミちゃん。あなたは、レヴォルテに命令されてここに来たの? この街で一番魔力の高い――アンデア君を暗殺するように命じられて」
「お姉……さん。苦しい……よ。これじゃ答えられない……」
わたしは締めあげていた力を緩めて、ミミを解放した。
ドサリと地面におろされ、ミミはペタンと座りこむ。
「答えて。逃げられるとは思わないでね」
磔状態は解除したが、魔力の圧は続ける。
ミミは苦悶の表情のまま、顔を伏せた。
「どうしたの? 怖いの? 素直に答えてくれたら命の保証くらいはしてあげる」
この子は、レヴォルテの戦略の駒にすぎない。
この子を処分したところで脅威は去らない。
わたしがこの街に到着した際にアンデア君から聞かされたエピソード。
あの、おっさん魔族の話――。あれもレヴォルテの策だったとしたら?
戦略的価値のない駒から使って、街の様子を探り、そして本命の――あるいはうまくいけば儲けものと思って、この子を潜入させたのかもしれない。
ミミは地面に伏したまま、肩で荒い息をついていた。
桃色の髪が泥とアンデア君の血で汚れ、その幼い容姿がより一層、守ってあげたいという人間の庇護欲を煽るように設計されている。だけど、わたしの中の<わたし>はその下に潜む、冷徹な魔族の生存本能を探り当てようと、精密に探査していた。
推測される答え――。
「い……いやだ!」
即座に否定される。
ありえない。魔族が命乞いを優先しないなんて。判断能力がないのか?
「どうして?」とわたしは聞く。「殺されないとでも思ってるの?」
「だって、レヴォルテ様に叱られちゃう」
わたしはいつのまにか魔族をひとくくりに捉えてしまっていたのかもしれない。
魔族は救われない。合理のカタマリで、人間の不合理を知らない存在。
この魔族は――。自分の命よりも他者からの評価を気にしている。
「どうする?」アンデア君が聞いた。
問われているのは処分ではない。
わたしの選択だ。わたしは密かにアンデア君にだけ見える小窓を飛ばした。
『提案:放逐』
『監視タグ付与可能』
『再侵入時、自動拘束』
アンデア君はわずかに視線を動かす。
さらに、伝達。
『リスク:低』
『情報価値:中』
『結論、放逐のほうが戦略的に有利』
この子には情報源としての戦略的な価値がある。
これだけレヴォルテを慕っているところを見ると、必ず報告しに向かうだろう。
そして、高確率で名を呼び合う。名を呼び合えば、ネットはつながる。
あるいはそうでなくても、ミミの居場所は追跡できる。
ミミが向かった先には、レヴォルテがいる可能性が高い。
そういった合理によって、わたしは人間側に利を提案したのである。
――つまり、逆トロイの木馬。
わたしは視線だけでアンデア君に問いかける。
殺すのは簡単。でも、これは糸口だ。
向こうにどれだけ戦力がいるのかわからない。
だったら、わたしはできるだけ危険と犠牲を減らす道を選ぶ。
アンデア君が、ほんのわずかに顎を引いた。
――了解の意。
わたしは魔力の圧を完全に消した。
不可視の拘束が消え、ミミの口が空気を求めるように大きく開く。
ミミはしばらく動かなかった。
やがてゆっくりと起き上がり、路地の出口を見る。
その途中で、一度だけ石畳に広がった血だまりを見た。
「今日は帰っていいよ」
「は?」
「報告するんでしょ?」
ミミの瞳が揺れた。不安――? 魔族にもあるが、少ない感情。
「この街は崩れない。わたしがいるから。それを伝えて」
夕暮れの淡い光が、路地を満たす。
夜に至る前の、一瞬のきらめき。
「意味がわからない」
「うん。わからなくていいよ」
まだ、ね。
次の瞬間、桃色の魔力が揺らぎ、ミミは空に浮かびあがった。
この街は空にも結界が張られているが、ミミが向かう方向の一部だけ魔法を殺した。
彼女はそれにも気づかず空に溶けるようにして去っていった。
すぐに結界を縫合。穴を塞ぐ。
「甘いな」
アンデア君がわたしをみおろしながら言う。
「アンデア君と同じくらいじゃないかなぁ」
「……だろうな」
わたしは、石畳に残る赤を見つめる。
叱られたくないと震える声を、わたしは切り捨てきれなかった。
アンデア君の流した血が、綺麗な街に染みをつくった。
石畳に染み付いた赤は、拭ったところで完全には消えない。
それはこの街の平穏に刻まれた、初めての明確な疵。
アンデア君はお腹を押さえながら歩いている。
肉体的な傷は完治しても、精神的な痛みはなかなかに消えるものではない。
幻痛が、まだ残っているのかもしれない。
わたしはアンデア君に駆け寄った。
「アンデア君。傷は大丈夫? 肩貸そうか?」
「肩貸せるほど、背丈ないだろ。アナちゃん」
顔をしかめながらも笑いをこぼすアンデア君。
「うう。身長が伸びる魔法があるよ」
ただこの魔法は不評だった。
顔とか骨格はそのままに身長だけが伸びるので、わたしの良さがスポイルされてしまう。
こんなのアナちゃんじゃないとか言われて。
「過保護だな。べつにいいって。もう痛みもねえしよ」
「でも、おなかおさえてる。もしかしてトイレ我慢してるとかじゃないよね」
「んなわけあるか。じゃあ、ちょっとだけ頼むぜ。お姉さん」
「うん」
わたしはアンデア君の腕を手に取って、寄り添うように路地裏を出た。
振り返れば、路地裏は昏かった。血の匂いがわずかにする。
「……」
子どもたちも遊びにくるかもしれない場所だ。
悪いことかもしれないけれど、わたしは隠蔽を選択する。
空中に指を滑らせ、路地裏の惨状を清掃するよう、分身たちに指示を飛ばす。
すぐに数人の掃除屋が現れ、無機質な手つきで証拠隠滅を始めた。
明日の朝には綺麗さっぱり、ピカピカの街に戻っているはず。
けれど、傷を負ったという事実はけっして消えない。
ふと、見上げた空。
ミミが消えていった夜の帳の向こう。
わたしのネットが、微かな振動を拾い続けていた。
――逆トロイの木馬。
ミミの背中には、本人さえ気づかないほど微細な、魔力の糸が結びつけられている。
彼女が移動するたび、わたしの頭の中のマップに人類の未探索領域が広がる。
と、それ以上の不気味な予感も。
「ねえ、アンデア君」
「ん?」
「レヴォルテは、どうしてあんなバグみたいな子を育てたんだろうね」
承認を求め、叱責を恐れる魔族。
それは効率を求める魔族の社会において、最も不要なノイズのはずだ。
普通だったら真っ先に消されるべき個体。
ミミが帰還したあとの生存確率は低い。それでも還した。
「さあな。だが、あの四本腕はただの力押しじゃない。案外、自分の手駒が自分に怯える姿を見て、愉しんでるのかもな。悪趣味な王様気取りだ」
――本当にそうだろうか。
むしろレヴォルテは、案外いい父親をやっているんじゃないかって。
そんな感傷的なことを思い浮かべてしまった。
もしもミミを生かすなら、レヴォルテとも共存の可能性がわずかにあるんじゃないかって。
やっぱり馬鹿げた考えだろうか。
「……帰ろうぜ。夜は、魔族の時間だ」
アンデア君に連れられて、わたしは仮宿に帰還する。
その頃。街から遠く離れた深い森の奥。
人間たちが棄てた廃城の上に、四つの腕を持つ影が、月光を背に立っていた。
それぞれの腕には大きな幅広の剣が握られていて、目は布のようなもので覆われている。
そして、最も目を引く異様は、大蛇のような下半身。
人の姿からかけ離れた魔族の将軍――レヴォルテ。
「戻ったか。ミミ」
低く、重厚な声。
帰還した桃色の影は、レヴォルテを見上げ、震える声で報告を始める。
「レヴォルテ様。ごめんなさい。仕留めきれませんでした。それに、強い魔族がいて、人間に味方しているようです。確か……アナリザンドって名乗ってました」
「ほう……」
レヴォルテはすぐに気づいた。
彼はミミの魂に付着した不可視の糸を、その卓越した魔力知覚で既に見抜いていた。
それがレヴォルテも浸食しようと伸びていく。
――ズシャ。
剣が振り下ろされる。
ミミは身体が寸断されるかと思い、その場で尻もちをついたが、そうはならなかった。
ネットの糸だけが断ち切られる。
「よくやった」
「え? でも……失敗したんですよ」
「失敗ではない。おまえは生還した。情報を持ち帰った。十分な成果だ」
恐怖に震えていた少女の瞳に、陶酔にも似た光が灯る。
レヴォルテは、震えるミミの頭に、四本の腕のうちの一本を無造作に置いた。魔族にとっては意味のない行為。その意味すらわからないがミミという個体はこうすれば喜ぶことを知っている。
「アナリザンド……。その名の魔族は知っている。数年前に七崩賢アウラを人間とともに討った。魔族でありながら人類の法に身を浸す。変異種だな」
「変異種ってなんですか? レヴォルテ様」
「変わり種ということだ」
「確かにあいつ変なやつでした。自分をお姉さんと呼べって……。レヴォルテ様。お姉さんってなんですか?」
「人の群れの最小単位、家族における地位に属する言葉だな。同じ親から生まれた者のうち、年かさが上の女を姉と呼ぶ」
「そうなんですね!」
ミミはレヴォルテの手のひらの下で、心底嬉しそうに声を弾ませた。
姉という概念を理解できたわけではない。ただ、レヴォルテが教えてくれるのが嬉しかったのだ。
自分にはそれだけの価値があると感じられて。
「じゃあ、そいつにとって私はなんて呼ばれるんですか?」
「妹――と呼ばれる」
「妹……妹……なんだか変な感じです」
「おまえもまた変わり種ではあるな」
「そうですか? なんでです?」
応えず、レヴォルテは、目隠しの下でわずかに思考を巡らせる。
「ミミ。次からはその姉に、家族の役割を全うさせてやるがいい。群れを守る姉ならば、妹の不始末は、その身を挺して購うのが人の理だ」
「……ああ、そういうことですね! お姉さんって呼びながら刺せばいいんだ」
月光に照らされた廃城に、幼い少女の無邪気な返事が響き渡る。
対する、レヴォルテは、ただ薄く笑った。
それはゲナウと似た笑い。
現実にただ現実的に対処する者の笑いだった。
一方、街の仮宿。
わたしは、眠りについたアンデア君の傍らで、自分の指先を見つめていた。
ネットの接続は、レヴォルテまで伸びたが、すぐに断ち切られた。
「やっぱり、簡単には繋がらせてくれないか」
しかし、場所はわかった。
まだ、ミミとも繋がっている。ネットを断ち切るには自身の意思が必要になる。
彼女にはそれだけの意思も能力もない。彼女は幼いのだ。
今回はシークレットモードということも理由のひとつであるけれど。
ただ、恐ろしいのは、レヴォルテはわたしに見られていることを理解しながら、わたしを殺す算段をつけているということだ。その具体的な作戦まではわからない。わたしの魔力は周辺領域まで轟き、レヴォルテも感知したはず。
レヴォルテがある程度理知的であれば、対話する姿勢くらいは見せると思ったのに、そうはならなかった。わたしが期待しすぎだったのかな。
小さく溜息をつき、窓の外の夜景を眺める。
整然と並ぶ街灯。寝静まった子どもたちの呼吸。わずかに動く夜警の足音。
夜は更ける。
朱色に染まった石畳の記憶だけが、暗がりに沈んでいく。
メトーデする? メトーデしちゃう?