魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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魔族救済基金

 

 

 

 とんでも不機嫌エルフがあらわれた。

 

 フリーレンのことではない。ゼーリエ先生のことである。

 一晩明けて、街は嘘のように晴れ渡っていた。

 魔族の襲来があったなんて、本当に嘘のようだ。

 

 ここは宿舎。その中にある事務所みたいなところ。

 すぐ近くには、ノルム騎士団が駐屯している基地みたいなところもあるけれど、その隣に建っているわりと大きな建物である。

 

 一晩経ち、幾分精神的にも回復したアンデア君がおこなったことは、小窓を開きゼーリエ先生に報告することだった。というか、毎日報告していたらしい。

 

 この人、弟子に毎日シコシコとブログを書かせるくらいだからね。

 それを免除する代わりにアンデア君には、毎日報告させていたというわけだ。

 

――街の守護者としての業務。

 

 見事なまでの弟子に対する過保護っぷりを発揮していたツンデレエルフは、毎日毎晩、何事もなくとも報告を受け、評価という名の弄りをくだし、そしてまた明くる日も同じことを繰り返す。

 

 見なくてもイメージできるよ。先生、きっと心配だったんだろうね。

 

 昨晩はそれがなかった。アンデア君の肉体的な傷はわたしが治したから問題はなかったはずだけれども、ミミにお腹をぶち抜かれたことによる失った血と幻肢痛は、アンデア君の常なる任務を滞らせたのである。

 

――待っていたのに来なかった。

 

 その結果がこれ。

 

 ゼーリエ先生、お怒りである。

 

 小窓のなか(けれど、わたしが隣にいるからちょっと大きめ)の先生は、いつもの豪奢な椅子に座り、足をくんで、指先は腕のあたりをメトロノームのようにトントンと刻んでいる。

 

 アンデア君、叱られた子みたいに顔を伏せてる。

 シンプルにかわいそう。お姉ちゃんが後から慰めてあげるね。

 

『それで――、おまえは』ゼーリエ先生の冷たい声。『そこにいる馬鹿弟子よりも遥かに弱い雑魚に腹を刺され、幼子みたいに腹痛を抱えて一晩うなっていたというわけか』

 

「油断してました」

 

『油断だと? ふざけているのか』

 

「ふざけてなど……」

 

『いや、ふざけている。貴様は私の弟子だということを忘れたか。一級魔法使い――人類の魔法使いとして最高峰の地位を私が授けたんだ。それを、魔力数が100にも満たない小物にしてやられただと……。おまえは私の顔に泥を塗った」

 

「面目次第もございません」

 

 アンデア君。直角に腰を曲げている。

 いつも明るくて陽キャな彼も、こんなときには社会人してるって感じ。

 

「ねえ、せんせぇ」わたしは甘えた声を出す。「アンデア君はふざけてなんかないよ」

 

『何が言いたい。言ってみろ』

 

「アンデア君は街を守るために毎日がんばってたよ。あの時ミミちゃん――魔族が変身魔法を使って入りこんだ時にも、行方不明の女の子がいるって報告を受けて急行したの。もしかしたら、森をひとりで抜けてきた捨て子かもしれないと思って」

 

『だからどうした?』

 

「アンデア君は優しいんだよ。この街にいる子どもたちの顔も名前も全員覚えてるくらい。だから、泣いてる女の子がいるって聞いたらほっとけなかったんだよ」

 

 小窓によるリスト化も記憶の補助に使っているけれど、アンデア君はひとりひとりと会話を交わし、ただのデータではなく、子どもたちの信頼も勝ち得ている。No.168はそれを逐次観測していた。

 

『優しいか……。おまえが言ってることは正しいだろうな。こいつは優しすぎる。だが優しい魔法使いほど早く死ぬ。この世界は、それほど優しくはないんだ」

 

 ゼーリエ先生の瞳が一瞬、寂しさに揺れた。

 表層はそれほど変わらないのに、その想いは痛いほど伝わる。

 

「先生、アンデア君のことが心配だったの?」

 

『心配? 違うな……。こいつがあまりにも未熟だからだ。なさけないという想いが強い』

 

 アンデア君が、ますます顔を伏せている。握った拳がプルプルと震えている。

 

「先生、そんなひどいこと言わないでよ。結果として街は無事だったでしょ。アンデア君がいち早く異常を察知したから、街は平和を保たれたの」

 

『街の栄枯盛衰など時の運だ。滅びるときは滅びる。だが、こいつは自分の言葉を守れなかった。同僚(ゲナウ)の故郷を守るなどと威勢のよいことを言いながら、優先順位をまちがえた。自分の甘さを棄てきれなかった』

 

「次は……そうならないように気をつけます」

 

 アンデア君が絞り出すように言った。

 それで、ますますゼーリエ先生がヒートアップする。

 

『次、だと? そんな機会が何度もめぐってくると思うな』

 

 長命種であるエルフには無限の『次』がある。

 けれど、人間には次はない。短い時の中でしか生きられない。特に優しくて気立てがよくて、すぐに消えていく優しい魔法使いには。それを知っているからこそ、ゼーリエ先生は怒っている。

 

『アンデア、一度、私のもとに戻って修行をやりなおすか?』

 

「それは……」

 

 慈悲ではない。

 おまえこの街から降りろ宣言と同じ。

 アンデア君にとっては魔族に敗北した事実よりも重い。

 

「先生……それはあんまりだよ」

 

『私はアンデアに聞いている。貴様は口を出すな。アナリザンド』

 

 むうう。先生のツンデレ!

 

「俺は……。俺はそれでも街を守りたいです」

 

 アンデア君が視線をあげて、真正面からゼーリエ先生を見た。

 

『まさか命を張ってでもと言うのではないだろうな?』ゼーリエ先生は足を組みなおす。「はっきり言おう。おまえの命の価値などたかが知れている。実力もな。貴様が命の危機に陥ったのはこれで二度目だ。自分の実力はおまえが一番わかっているだろう』

 

 一度目はレヴォルテに殺されそうになった時のこと。

 アンデア君は子どもを庇って致命傷を負った。

 あのときは、ゲナウ先生が間に合ってなんとか命を救われた。

 

「俺は死にません……。未熟でも、生きて守り抜きます」

 

「どうやってだ?」ゼーリエ先生は嘲笑を浮かべている。

 

 その裏には、限りない心配が隠されているけれど、見た目は愉悦ってるエルフである。

 エルフ=愉悦部説がまた補強された。

 アンデア君は少し言葉に詰まりながらも、それでも一級魔法使いとして、人類最強のエルフに対峙する。

 

「俺は強い魔法使いじゃありません。ゲナウみたいに冷徹に戦えるわけでもないし、この子みたいに強くもない。俺はあまり戦いが好きじゃないんです……。だから、自分ひとりで戦うことも、とっくの昔に諦めてるんですよ」

 

『一級魔法使いが嘆かわしい。それが敗北の言い訳になるとでも?』

 

 そうは言うけれど、その言葉はゼーリエ先生にまっすぐ突き刺さっている。

 なぜなら、エルフはひとりで戦うほかないからだ。仲間はすぐにいなくなる。

 隣に立つ人はあっという間に風景になってしまう。

 フリーレンと同じだ。

 

「それが俺の()()()()です。俺が弱いから強い奴が動く。俺が前に出るから、強い奴が後ろを固める。それが俺の死なない理由です」

 

 数秒の沈黙。

 ゼーリエ先生は、トントンと腕を叩くリズムを止めた。

 部屋に落ちた静寂が、まるで重い布のように降りてくる。

 

『何を言うかと思えば……。自分の弱さを盾にして他人に守らせる。他人の強さを当てにして、自分の命を繋ぐ。そんな姑息な生存戦略を、よくもまあ、一級魔法使いの名の下に堂々と口にできるものだ。だが――』

 

 ほんの、わずかに角がとれた言葉。

 

『それでおまえが死なないというのなら、それも、ひとつの魔法と言えるのかもしれない』

 

 小窓を通じた魔力の圧が消え、アンデア君がふっと息をゆるめる。

 汗がぽたりと床に染みをつくった。

 

『それで――、その魔法は誰が完成させるんだ?』

 

 終わってなかった。

 追加質問に対して、アンデア君は……え? わたし?

 わたし、見られちゃってる!

 見ているはずのわたしが見られているだと!?

 

 後詰くらいならできるかもだけど、これって実質、街の守護者のトップ交代を言ってるよね。

 

「先生、アナちゃんならできると思います」

 

 アンデア君?

 その委員長はアナちゃんがやればいいみたいな言い方やめて。

 

『アナリザンド。おまえはどうなんだ? できるできないじゃない。わかるな?』

 

 やりたいかやりたくないか。

 先生はわたしを見ている。わたしのヤル気を見ている。

 この街に行きたいって言ったときから、ずっとゼーリエ先生はそうだった。

 

 魔族が自発的に何かをしたいという欲望を抱くのは稀だから。

 それすらも遠因はゲナウ先生の想いに起因するのだけれど、時間の経過はゲナウ先生の想いすら薄れさせ、結果として残ったのはわたしの意思だ。

 

「先生。やりたい」とわたし。「でも、どうすればいいのかよくわかんない」

 

「俺が前に出るよ。だから、アナちゃんには後方指揮を任せたい」とアンデア君。

 

 うーむ。指揮って具体的にどうすればいいんだろう。

 

 教えてゼーリエ先生。

 

『答えは聞いた。あとはおまえたちで話しあえ』

 

 そんなふうに丸投げされて、ゼーリエ先生のドキドキレッスンは終わりを告げたのだった。

 

 最後に一言。

 

『アンデア。次はないと思え。もし、また不覚をとることがあれば、今度こそ引きずってでも、私の元に連れ戻す。慈悲はない』

 

 アンデア君は、クッと喉元に力を溜めた。

 

 それがエルフ流の慈悲なのである。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……。寿命が50年は縮まった気分だぜ」

 

 アンデア君が事務所のソファに深く沈みこんでいる。

 50年も縮んじゃうと、アンデア君は、よぼよぼのお爺ちゃんだよ。

 でも、それだけ緊張していたんだろう。いまの緩みきった顔はその反動だ。

 

「で、アナちゃん。さっきの後方指揮の話だが、具体的にどう動くか考えてるのか?」

 

「んー。そうだなぁ……」

 

 思考をまとめるためにわたしは、空中に半透明のマップを広げた。そこには、昨晩ミミに付与した追跡タグが、街から数キロ離れた深い森の奥、廃城付近で明滅している。

 

「敵の親玉――レヴォルテの居場所はもう割れてるよ。でも、いま突撃するのはあまり得策じゃないかなぁ。アンデア君が騎士団の人といっしょに向かっても被害が大きくなるだけだし」

 

 わたしもアンデア君も、できれば戦いたくない派だ。

 ここにゲナウ先生がいたら、何をやってると叱責されそうだけど、わたしはそうしない。

 まだ説得をあきらめたわけじゃないし、ミミちゃん以外にも、他の魔族も可能性はある。

 魔族同士は、わりと気安く会話する傾向にあるので、そのうちネットは感染するだろう。

 

「違いないな。……じゃあ、まずは守りを固めるか? 指揮官さんよ」

 

「そうしようかな」

 

 マップを街に切り替えて、わたしは思考する。

 正直に言えば、この街の防衛力は現存兵力としては極まってると言っていい。

 隙がまったくないかと言われればそうではないが、できることは最大限やってるって感じだ。

 

「騎士団さんたちの仕事を奪うわけにもいかないし」とわたし。

 

 配信権をゼーリエ先生に奪われそうになったこともあるからわかる。

 仕事を他者から奪ってはいけないのである。

 

「でもよ。最近はちょっと疲れ気味でもあるんだぜ」

 

「そうなの?」

 

「ああ。散発的に魔族が襲ってきてるからな。けっこうピリピリしてんだ」

 

「なるほどね……」

 

 衛兵長さんが、ミミを通してしまったのも心の疲れが原因なのかもしれない。

 心の疲れね。癒しザンドで癒されたらいいのに。

 

 瞬間。

 

――ピキューン。

 

 と光線みたいな思考が、わたしの空っぽの脳みそを貫いた。

 名探偵ザンド。真実はまるっとお見通しってやつ。

 

「あのさ。アンデア君。この街の防衛力、つまりノルム騎士団の人たちのパフォーマンスを最大化させるのってどうかな?」

 

「どうやってだ?」

 

 ふふふ。わたしは胸をそらしつつ説明する。

 

「名づけて仲良し大作戦! アンデア君、いまから騎士団の詰所に、あつあつの焼き立てパンを配りに行くよ!」

 

「……パンだって?」

 

 アンデア君がポカンとしている。

 わたしは人差し指を立てて、ビシッと解説する。

 

「そう。人間は空腹だと士気が下がるし、なにより美味しいものをくれたお姉さんの言うことは、生存本能的に聞き入れやすくなる。心理学的アプローチだよ」

 

 ちなみに、ここの物流はまだまだ回復の途上にある。

 つまり、フリーレンが持っていたような、かっちかちの硬いパンしかないのだ。

 そこに、ふんわり焼き立ての柔らかパンが到来すれば、これはもう大勝利まちがいなし。

 なお、パン屋さんのことは考えないものとする。いや、あとから小麦粉渡して、柔らかパンを創ってもらうのもいいかな。

 

「いや、ただパンを配りたいだけだろ。まあ、いいけどさ。騎士団の連中も男所帯だしな。わりと腹をすかせているやつらが多い。胃袋を掴むのは悪くない作戦かもな」

 

「でしょ? でも、ただ配るだけじゃないよ。わたし本気を出すから」

 

 わたしは事務所の広いスペースに移動し、魔力を練りあげた。

 パチパチと空気が爆ぜる。

 

「分身魔法――オーバークロック! きませい! 百人姉妹!」

 

――ポン、ポンポンポンポン!

 

 事務所の床を埋め尽くす勢いで、煙とともに分身体が次々とポップし始めた。

 

「こんマゾ」 「こんマゾ」「こんマゾ」 「こんマゾ」

  「こんマゾ」 「こんマゾ」 「こんマゾ」 「こんマゾ」

「こんマゾ」 「こんマゾ」 「こんマゾ」 「こんマゾ」

 「こんマゾ」 「こんマゾ」 「こんマゾ」

   「こんマゾ」 「こんマゾ」 「こんマゾ」

「こんマゾ」 「こんマゾ」 「こんマゾ」 「こんマゾ」

 

 10人、20人、50人……。

 最終的に、100人のわたしが部屋をぎゅうぎゅうに埋めつくした。

 

 友達100人できるよ。そう、アナちゃんならね!

 

「うおっ、おい、多い! 部屋が狭い!」

 

 アンデア君がソファの隅に追いやられる。最後はソファの上に身軽に乗って、それでもスペースが足りずに、わたしのほっぺに押しつぶされた。「なんか甘い匂いがするな……」100人のわたしは一斉にアンデア君に向かって剣ならぬパンを掲げる。

 

 細長く柔らかく食べやすいパン。

 

――コッペパン。

 

 コッペとは一説によると、ドイツ語で山や丘を意味するという。

 

「これなら、街中の全ポストにパンを配りながら、同時に街壁の警備状況を点検して、さらに騎士団員ひとりひとりの肩を揉んであげることも可能だよ」

 

「肩揉みまでセットかよ……」

 

 ただ、今回に関していえば、シリアルナンバーつきの分身とは異なり、ディテールが甘い。木札も下げていないし、着ている服もわたしと同じ、コサージュつきのドレスみたいな恰好。モーニングヴェールで顔を覆い、表情にかけるコストを節約している。ただし、ゾルトラークリングと黒い羽をつけてみた。一発でわたしとわかるためだ。

 

「これこそが魔族によるネットの()()()()だよ。100人のわたしは全部視覚と聴覚を共有してるから、街のどこでネズミが一匹動いてもすぐにわかる。これで防衛力は300%アップはまちがいなしだね」

 

「やるなぁ。アナちゃん。ちょっとつぶれそうだが俺……って熱ッ!」

 

 わたしは、100人のうちのひとりに、ほかほかのコッペパンを持たせてアンデア君に差し出した。シュトラール産の新作である。ブルジョワだろう。

 

「作戦の最終目標は、レヴォルテの排除。でも、その過程でミミちゃんや他の魔族もできれば説得したい。お姉さんとして、悪い教育からは引き離してあげたいの。アンデア君はそんなわたしを甘いって思う?」

 

 アンデア君は四、五人のわたしに囲まれながらパンを受け取り、苦笑しながら一口かじった。

 

「甘いな。パンも、おまえの考えも。でも、ゼーリエ様に()()()()()()()()()()()()()()()なんて啖呵切っちまった手前、俺もその甘さに乗っかるしかないか」

 

 字面だけで見れば、くっそ情けない魔法である。

 ただ、その意味は人間だけが可能な連帯の力だ。

 

「決まりだね! じゃあみんな、出発進行!」

 

 わたしの音頭にあわせて。

 

「「「「「「「殴りこみじゃぁ!」」」」」」

 

 100人のわたしの返声が、事務所の壁を震わせた。

 

 こうして、トリックスターの名にふさわしいリリカルな

 

――もちもちコッペ大作戦。

 

 が、幕を開けたのである。

 

 もちろん、アポはとったよ。

 

 

 

 

 

 さて、作戦決行の結果についてお知らせしよう。

 ゲナウ先生の故郷の街はかつてない困惑と、芳醇な小麦の香りに包まれていた。

 

 城壁の上、路地裏、そして騎士団の詰所。

 あらゆる場所に、黒い羽と光る輪っかをつけ、喪服のようなヴェールを被った『自称・お姉さん』たちがわらわらとポップし、有無を言わせぬ手つきで焼き立てのコッペパンを押しつけていく。

 

「騎士団長さん、お疲れさま! はい、柔らかコッペパンだよ。もらってくれると嬉しいな」

 

 この人は重要そうなので、わたし対応がマストだ。

 

 騎士団長さんは、超強そうだった。筋肉モリモリのマッチョマンで、太眉とジャガイモみたいな顔が凛々しい。もしかすると、シュタルク君よりも強いかもしれない人だ。

 

 ごつごつした手で、わたしからパンを受け取る。

 

「う、うおっ……。な、なんだこの柔らかさは!? 石より硬い軍用パンとは違う。まるで女神様の耳たぶのような……!」

 

 女神様の耳たぶ触ったことあるの?

 

「おそらく貴殿の耳のようなものだろう。触ってもよろしいか?」

 

「どうぞぉ♡」

 

 もしかしてこの世界ってお耳フェチな人が多いのだろうか。

 おお、アルデンテ。アルデンテ。

 

 こんな感じで、第一フェーズは滞りなく終了。

 

 胃袋を掴まれた騎士たちが次々と陥落し、街の士気が爆上がりする一方で、わたしはちゃっかりと配信の準備を進めていた。

 

 わたしはきちんと考えている。

 アンデア君の弱き者が強き者たちに助けてもらう魔法。

 つまり、大衆という名の最強の強者に手助けをしてもらう。

 

 そうじゃないと、大赤字だからね。パンだって無料じゃない。

 わたしが無限供出してもいいけど、それだと人間たちはただ与えられるだけの存在になってしまう。あくまで――、主体はアンデア君。そしてこの街の住民たちなのである。

 

 

 

 

 

 その日、配信は物々しい雰囲気で始まった。

 一級魔法使いの男、アンデアが頭を下げる。

 

「みんな、すまない」

 

 アンデアの声は低く、そして驚くほど震えていた。

 それは驚くべきことだった。

 この大陸の中で、わずか50数名ほどしかいない超エリート。

 一級魔法使いが守るべき民たちに頭を下げ、謝罪したのである。

 

 配信の画面越しに、一級を目指す魔法使いの卵たちや農業や商業に営む者たち、様々な地位にいて、様々な仕事に従事する普通の人々が息を呑むのがわかる。

 

 背景には、いつもの明るい街並みではなく、昨晩の激闘の痕跡をわずかに残す昏い路地裏が映し出された。合成された背景に、アンデアの痛みを堪える顔が映し出される。

 

――遅延する時間。

 

 その静寂が、彼の言葉の重みを増幅させていた。

 

「俺は、一級魔法使いという名に溺れていたのかもしれない。昨晩、俺は魔族の侵入を許した。それも、俺自身の甘さと油断を突かれ、反撃の一矢も報いれぬまま腹を貫かれた」

 

 アンデアは自嘲気味に笑い、腹部のあたりをそっと撫でた。傷はアナリザンドによって完治しているが、その屈辱までは癒えていない。

 

「俺は弱かった。この街を、ゲナウの故郷を守ると大言壮語を吐きながら、自分一人では何も守れなかったんだ。――だが、俺は諦めたわけじゃない」

 

 彼は顔を上げ、カメラの向こう側をまっすぐに見据えた。

 

「俺ひとりの魔法では、レヴォルテには届かない。だから俺は、この子に――アナリザンドに、俺の命も、この街の未来も預けることに決めた。彼女のネットが、俺の弱さを補ってくれる。魔族の冷徹な演算と、人間の執念を掛け合わせる。それが、俺たちが導き出した唯一の生存戦略だ」

 

 アンデアは一息つくと、最も苦渋に満ちた、しかし希望に満ちた言葉を口にした。

 

「みんな頼む。この街の防衛を完成させるために、彼女の分身――100人のアナリザンドを維持するための金と支援物資が必要なんだ。俺はこの街を、二度と誰にも傷つけさせたくない」

 

 そこでテロップがデカデカと表示される。

 

『魔族救済基金』虹色にピカピカ光る。そして周りには天使の羽を持つミニアナリザンドの姿。

 

 その画面はスワップされ右端に表示されたまま。

 再び、アンデアが拳を握り締めるようにして、画面の前の皆へと開いた。

 救いを求めるように。

 

『どうか力を貸してくれ。これは俺の、一級魔法使いとしてのプライドを捨てた、ひとりの人間としての切実な願いだ。俺の弱さをみんなの力で強さに変えてくれないか!」

 

 コメント欄が、かつてないほどの勢いで流れ始めた。

 

『アンデア、お前……』

『一級がそこまで言うなら、信じるしかないだろ』

『ポチったぞ! 街を守れよ!』

『ひゅー。カッコいい。さすが一級魔法使い』

『あれ、アナ様はどこにいるの?」

 

 感動的なピアノのBGMがどこからともなく流れ、視聴者の涙を誘う。

 

――が。

 

 うははははッ。はははははははッ。笑いがとまらねーぜ!

 なんと人間のチョロいことか。

 

 カメラの死角で、わたし――アナリザンドは、口元を押さえて必死に笑いを堪えていた。

 目の前の小窓には、見たこともない桁の金貨マークが滝のように流れている。

 

 ああ、これ。これが信頼という名のキャッシュフロー。

 

 アンデア君の謝罪という名の最高の演出。

 それに続く、わたしの100人の献身という名の物理アセット。

 魔族と人間、相容れぬ者同士がわかりあうという最高のシチュ。

 マーケティング理論に基づけば、これ以上ない完璧な資金調達の成功だ。

 

 これでパンの調達費どころか、ゼーリエ先生への借金返済も、トッピングしまくった魔改造ドーナツだって食べ放題。アンデア君への出演料という名の豪華ディナー代だって余裕でお釣りがくる。

 

 基金の半分くらいは、わたしの運営管理費として、ほっぺた……じゃなくて、秘密のポシェットにプールしておこうっと。

 

 ポシェットの中には金貨がひとつ。もひとつ叩いたら二枚に増えないかな。

 

 アンデア君が最後にもう一度深く頭を下げ、配信はつつがなく終了した。

 暗転した画面を確認した瞬間、わたしはアンデア君に飛びついた。

 

「アンデア君、ブラボーブラボー! 最高だったよ。今の一級魔法使いの涙、完璧だね! 投げ銭の勢いが過去最高記録で止まらないの! これがアンデア君の魔法なんだね!」

 

「ああ、そうかよ……」黄昏てるアンデア君。「……俺、もう二度とゲナウの顔見れねえわ。アナちゃんに魂売っちまった感じがする……」

 

 遠い目をしているアンデア君の頬には、まだ乾ききっていない涙の跡があった。

 それが演技だったのか、本心だったのか。魔族であるわたしには、演算の必要すらない。

 

「大丈夫だよアンデア君。その涙は、ピカピカ光るみんなの想いに変わったんだから!」

 

 わたしはホクホク顔で、見えない金貨をふくらんだほっぺの中に詰めこむイメージを浮かべながら、100人の分身たちに街に行き渡るだけの、さらなるパンの調達を命じるのだった。

 

 

 

 

 

 しかしながら、物事にはオチというものがあるものでして。

 いま、ゲナウ先生の故郷の街に猛烈な勢いで向かっている、一組のパーティ。

 つまり、ゼーリエ先生からの依頼によって、フェルンちゃんのもとに便りが届いたのである。

 

 そんなフェルンちゃんは事情をよく理解していた。

 

「アナリザンド様」

 

「ん。なぁに?」

 

 わたしではないわたし。実をいうと分身のわたしが応える。

 

「魔族救済基金についてですが、お伺いしたいことがあります」

 

「どんなこと?」

 

「基金の収支報告書を拝見しましたが、内訳が全く合いません。街の修繕費とパンの材料費、それからノルム騎士団への支援金を差し引いても、全体の半分近い金額が闇の中に消えています」

 

「あはは。気のせいだよフェルンちゃん。端数切り捨てとか、魔族流の複雑な計算の誤差かな?」

 

「いいえ。私は一級魔法使いです。魔力の揺らぎも、帳簿の誤魔化しも見逃しません」

 

 フェルンちゃんの目が、かつてないほど据わっている。

 

「これは横領なのでは?」

 

 一筋の汗。いや、汗水たらしているのだから当然だ。

 

「人聞き悪いなぁ。わたし、この街のために100人も分身だしてるんだよ? この大陸に労働基準法とかあったら、大富豪になれるくらい働いてるんだから」

 

「その分身の方々のお顔が、以前よりふっくらしている気がします」

 

「えっ」

 

「そして、いま私とお話ししてらっしゃるアナリザンド様、そのお顔も」

 

 その後ろでは、シュタルク君が「フェルン、もうそのくらいにしといてやれよ。姉ちゃん涙目だろ」と止めてくれてるけれど、一度スイッチの入ったフェルンちゃんは止まらない。

 

「か、勘違いじゃないかなぁ」プルプルザンド。

 

 だって、わたし魔族だし。

 太らないし。ちょっとお金を食べすぎちゃった感はあるかもだけど。

 

「アナリザンド様」

 

「はい……」

 

「ふにーんしますよ」

 

 フェルンちゃんの指が、わたしのふっくら膨らんだほっぺたに伸びてくる。

 それは攻撃魔法よりも恐ろしい、物理的な()()の予感。

 マルサだ。マルサのフェルンちゃんだ!

 

「あ、待って、フェルンちゃん! 痛い! 痛いよ! つままないで。あ、あぁっ、金貨が……金貨が溢れちゃう! ふにーーーーん!」

 

 こうして、アンデア君の血と汗と涙によって集まったみんなの想いは、フェルンちゃんの冷徹な監査によって、ほっぺたから次々と吐き出されていくことになったのである。

 

 一級魔法使いの涙。魔族の強欲。そして少女の正義。

 

 街の平和を守るための戦いは、レヴォルテと戦う前にまず家計簿の戦いから始まるようだった。

 

 

 

 

 

 

 




エロスとタナトスが激しくせめぎあってます。
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