魔族少女のエロタナティブ 作:アナリザンド
アナリザンドはウンコのように排出された。
ゼンゼの髪に包まれていたときは半ば気持ちよくなってウトウトしていたのだが、最後のあたりは雑な扱いだった。ゼーリエの強引さに疲れたのだろう。いわゆる感情労働というやつである。子宮のような髪の毛からペッと吐き出され、コロコロと転がり、謁見の間の中央あたりで停まる。
一級魔法使いたちは、そろって息をのんだ。
いちおうは、覚悟はあった。
ゼーリエがアナリザンドとつながっていることは、あらかじめ知らしめられていたからだ。
いつかは、その日が来ると。
魔族の少女を二次元ではなく三次元でお迎えする。
肉の身体で相対する。
そして、その日が今日であると理解した。
レルネンなんかは実のところひそかに歓喜している。こころのどこかでは、やはり魔族は撃ち滅ぼすべきものという固定観念が抜け切れておらず、だからこそ、敬愛すべきゼーリエの命令を飲みこむのに時間がかかったのだ。しかし見よ! このざまを!
アナリザンドはおめめグルグル状態で、なかば気絶していた。
どう見ても雑魚魔族です。本当にありがとうございました!
「ゼーリエ様は、アナリザンド様を完全に掌握なされているようですな」
それは、安心感だった。
ゼーリエが魔族を半ば強引にさらってきたのだ。
合意のもとではなく、無理やり。
契約のもとではなく、命令的に。
まさか、いちばん小さな魔族の弟子をかわいがるためにさらってきたわけではあるまい。
まさか、幼女魔族かわいさのあまりについ魔が差して誘拐しちゃったなんてことはあるまい。
そうなると理由はひとつ。
インターネットを乗っ取る準備が終わったに違いない。
「誅滅しますかな? ゼーリエ様」
ウキウキしながら杖を出現させ、黒ゾルトラークをいつでも発射できるように準備している。
「おまえなに言ってるんだ?」ゼーリエは冷静につっこんだ。
ひどいめにあった。
わたし、お家もなくなって、多額の借金を負って、最後には借金取りに身柄まで拘束されて、えっちなことされるとか、もうさ、どんだけ女神様に愛されてるんだろって感じ。女神厄満だよ。
アナリザンドの視界には、総勢20名程度の魔法使いたちがいた。
一級魔法使いの人数は少なく、今のところ40名を少し越えたところあたり。
つまり、ほとんど全員を召集し、残りはなんらかの理由で来れなかったのだろう。
「ゼーリエ先生。こんだけお弟子さんたち集めてどうする気なの?」
今から乱交パーティしろとか言われたら軽く死ねる自信がある。
いくら、10億7千万程度の魔力があっても、なんらかの『すり抜け』がありうるのが魔法というもの。物量では負けないものの技術では余裕で負ける。いますぐお家に帰りたい。
「選べ」
玉座のような椅子に偉そうに座り、ゼーリエは短く言った。
「なにを選ぶの?」
「いくらおまえが私に匹敵するほどの力を有しているといえども、太陽で茶を沸かすような非効率さだ。私にも慈悲くらいはある。弟子の中で誰か適当に戦いたいやつを選べと言っている」
ゼーリエは煽っていた。
弟子たちは、自分たちよりも強いと言われているようで、何人かはアナリザンドを殺せるかを検討している。しかし、アナリザンドの背後に演算マシーンが控えていることなどわかるはずもなく、ただの小さな魔力しか持たない魔族がいるだけである。
が、ゼーリエが匹敵すると言う以上、その言葉を信じるのがゼーリエ推しのあるべき姿だった。
老いたりといえどもレルネンもオイルテッカテカになりながら殺意をほとばしらせている。絶対選ばんどこ、とアナリザンドは思った。
「そもそもわたし、暴力は苦手なんだけど」
「そんなことは知っている。もし選ばなければ、弟子全員VSおまえだ」
無慈悲! こうなるのが予測できたからゼーリエのところには行かなかったのに。
「帰りたい……」
「もしおまえが勝てば、帰らせてやる」
「それってごく普通の状態に戻っただけですよね。人権という概念はおありにならないんですか? 逮捕監禁は重い罪なんですよ」
「あるわけない。おまえは魔族だろうが」
ごもっとも。
アナリザンドは広間のなかの人物をひとりひとり吟味する。
ゼンゼはわりと優しいかなとも思うのだが、しかし、ここに連れてきた共犯者である。
あまり選んでもいいことはなさそうだ。
若手を選んだほうがいいんだろうか。
けれど、ゲナウやファルシュは冷静なタイプ。
分析する人――つまり、わたしの天敵だ。
魔法による『すり抜け』事故が起こらないとも限らない。
わたしは迷いながら、ツイっとその人を指さすのだった。
「オレか……」
彼は『不動の外套』ブルグ。
一級魔法使いになってから、一度も手傷を負ったことがないという守りの魔法に特化した人物だ。魔法にはその人の人生観や性格が出るといわれている。
守りたいという意志がかなり強い人であれば、性質上、攻撃能力は低いだろうと考えたのだ。
「ブルグか……いいだろう。始めろ」ゼーリエが開始を告げる。
そして――。
そして、盛大に
ブルグはその場に立ち尽くしたままである。
アナリザンドも同じく。
これは、彼が着ている『外套』、つまり魔力のヴェールに最大の信頼をおいているからであり、正直なところ、ゼーリエはアナリザンドを気に入っているようでもあるから攻撃して傷つけたらどうなるのかわからないというところもあり、つまり彼は優しかったのである。
そしてアナリザンドのほうはというと、もちろん硬いだけの卵ちゃんだからである。
「おい……」ゼーリエがキレた。「いくら私に無限に等しい時間があるとはいえ、これがショーであることを忘れるな。私を楽しませてみせろ」
「これがわたしの戦闘スタイルなんだから、ゼーリエせんせーは口出さないで。他人の情事に口を出すと嫌われるよ。今からむつみあいが始まるんだから」
アナリザンドは、ちょっと勝ち気な微笑を浮かべた。
「……好きにしろ」ゼーリエは頬杖をつきながら暇そうに眺める。
アナリザンドの戦闘スタイルは対話だ。
基本的に肉体言語は苦手であり、暴力はもっと苦手。
そりゃ、操作魔法でグチャっとトマトみたいに潰すのは簡単だが、そんなグロ画像を先生たちにお届けするわけにはいかないと思っている。
「先生。直接言葉を交わすのは初めましてだね。わたしはアナリザンドっていうの。先生はなんていうお名前なの?」
「……」
「先生?」
「……」
「あの、もしかして恥ずかしがり屋さんなのかな?」
「……」
ヤバい。この人、陰な方だ。
対話自体のコストが高く、わたしと別の意味で相性が悪い人。
もしかしたら敵とは喋らないという硬派な人なのかもしれないけれど、精神防壁が高すぎる。
「先生の外套って黒くてカッコいいね。魔力で創ってるのかな? わたしのお洋服も同じなんだよ。でも、常時裸体のえちえち魔族じゃないからね! 下着はちゃんと買ってるからね! お風呂にもきちんと毎日入ってるし、わたしすごくいい匂いだよ。自負してる!」
「……」
「先生の外套も魔力で出来ているなら、もしかすると魔力を切っちゃうと裸になっちゃうとか?」
「外套だけだ……。服くらいは着ている」
「おぉ~~~。やっと会話できたよ。でも、先生の外套ってなんか雨合羽みたいに全体を覆ってるから、本当に中に服を着ているのか他人からはわからないよね」
「……」
「ちらっと中を見せちゃったりはしないのかな?」
「油断を誘っているのか?」
「違うよ。ほら、真夜中にひとりで女の子が歩いているときに、外套をかぶってる男の人が近づいてくるのをイメージしてみて。その外套は男の人の身体をすっぽり覆ってて、外套の中が裸なのかそうでないのかはわからない。だからもし、男の人が実は裸で、女の子に屹立したその人自身を見せつけてくるのが好きな変態だったら? 女の子が怖いと思ってもしかたないよね?」
「オレは変態か……」
「ううん。そうじゃないよ。でも、少しはわたしの言葉に耳を傾けてほしいなぁって。先生が外套の下で勃起させていないか、確かめさせてほしいなぁ」
「……」
「あ、もしかしてわたしのほうが先に見せないのがズルいって思ったのかな。そりゃそうだよね。じゃあ、見せてあげるね。配信の先生たちには見せてない神秘のヴェールに包まれたスカートの下。見せてあげる」
アナリザンドはドレススカートをたくし上げて、少しずつ重力にさからうようにあげていく。
あみあみになっているオーバーニーと、下着の間の絶対領域。
真っ白い肌を抜けるとそこには、誰にも見せたことがない未知がある。
「やめろ」ブルグは焦ったように声をあげた。「女の子がはしたない」
「魔族も女の子でいいの?」
「見た目は少なくともそうだろう」
「女の子はどうしてはしたないことをしちゃいけないの? 先生が勃起しちゃうから? 勃起の責任は女の子のほうにはないよ。勃起責任者は男の人のほうだよね?」
「……ゼーリエ様。この戦いは不毛です」
ブルグは非難の声をあげた。
「却下だ、ブルグ」ゼーリエは楽しそうに笑う。「くだらん問答を終わらせたければ、攻撃魔法でも撃てばいいだろう。なぜそうしない?」
ブルグは一級魔法使いである。いくら不動の外套にリソースを割り振っているからといって、それを展開しながら攻撃魔法を撃てないわけではない。そうしないのは単にそうしたくないからだ。
「先生、あらためてお名前を教えて」
アナリザンドはまだスカートに手をかけたままだ。
パタパタと見えるか見えないかのギリギリのところで煽っている。
完全にメスガキの所業だった。
ブルグは自分が脅されていると感じた。しかし、たかがパンツであるともいえる。下手すると内臓を見せることになりかねない戦闘よりかは幾分マシだろう。
そう考えたわけではないが、しかしブルグは屈した。
「一級魔法使い。『不動の外套』ブルグ」
「ブルグ先生って言うんだね。わたしはアナリザンド。アナちゃんって呼んでくれてもいいよ。それともブルグ先生って幼い頃からわたしの配信とか見てくれてた?」
「そんな暇はなかった」
「暇? ブルグ先生っていま20代後半か、30代前半くらいだよね。わたしの配信が始まった頃からすれば、まだ子どもの頃じゃない。どうして暇がなかったの」
「両親が死んだからだ」
「ご両親が亡くなったんだね。だからがんばってきたんだ。おひとりで?」
「妹がいる」
「そうなの?」アナリザンドは両の手をあわせた。うれしそうに。「妹さんがいるんだ。いま何歳くらい? わたしと見た目的には同じくらいかな」
「12歳だ。だが、おまえは見た目通りの年齢じゃないだろう。なあ、もう無駄な問答はやめて始めないか?」
「先生、計算があわないよ。わたしが配信を始めたのが27年前くらいだよね。で、妹さんがいま12歳だとすれば、そのときまではご両親は生きていたことになるよ。仮にだけど先生が27歳だとすれば、15歳までは配信を見れたはずだよね?」
「両親が厳しかったんだ。ネットに繋ぐのは許されてなかった」
「そうなんだ。ご両親は妹さんが生まれたときすごく喜んだでしょう?」
「そうだな。かなり遅い出産だったから、喜んでいたよ」
「ご両親はそのあとすぐに……?」
「ああ」
「ご両親には妹さんを守るように言われた?」
「そうだな」
ブルグは顔を隠すように伏せた。外套が表情を見えなくさせる。
「もしかして、わたしを妹さんと重ねちゃった? だから攻撃できなかったとか?」
「……そうだな。だが、もともとオレはガツガツした野望みたいなのはそれほど持ってないんだ。両親から言われて魔法の勉強を始めて、いつのまにか一級になっていただけで。敵を打ち負かしてやろうだとか、誰よりも魔法がうまくなろうだとか、そんなことには興味がなかった」
「守勢の人も組織には大事だよ」
アナリザンドは身を乗り出すようにして言った。
身体を揺らしながら、少し楽しそうにしている。
「ゼーリエ様には一目で見抜かれて呆れられたがな」
ゼーリエはそのまま何も言わず目を細めている。
アナリザンドの戦闘行動を冷静に観察しているのだろうか。
「ゼーリエ先生は野望が大事とか、ムラムラの性欲を持てとか、そんなことを言うけど、本当はゼンゼ先生みたいに平和主義な人も取り入れてるし、ブルグ先生の思想も受け入れているよ」
「……そうだといいな」
両親が亡くなったあと、ブルグを拾ってくれたのは大陸魔法協会だった。
そして、彼は大陸魔法協会に――ゼーリエに深い恩義を感じていた。
幼い妹を守り育てていく不安を、少しだけ担ってもらえる気がしたからだ。
「妹さんが羨ましいなぁ……」
ふと気づくと、アナリザンドとの距離が縮まっていた。
――不思議な感覚。
子どもの頃、ブルグはネットでの配信をまったく見ないわけではなかった。
ほとんど毎日のようにくだらない話をしているアナリザンド。ほんの少しの隙間の時間に、両親にバレないようにこっそりと見ることくらいは彼にもあったからだ。両親の言いつけを守り、勉強に打ちこんできたブルグにとって、アナリザンドは自由を象徴する憧れの存在だったのである。
それから両親が死に、妹を託され、現実に忙殺されて、配信を見る暇はなくなっていたが、アナリザンドは幼いころとかわらない容姿で、ブルグに優しく笑いかけている。
ブルグにはもうアナリザンドを攻撃できるイメージが露ほども湧かなかった。
アナリザンドは手を伸ばせば、すぐに届く距離まで近づいている。
あの二次元の幼き日の憧憬が、手を伸ばせば届く距離に。
ブルグはうろたえた。
そして、
アナリザンドは前進をやめない。
目と鼻の先に。
見下ろせば――、妹とちょうど同じような位置関係に。
フローラルな香りがした。
なにかあまったるく、そして理性をかき乱すような。
整った輪郭、瑞々しい唇。舌足らずな口調。蠱惑的な紅い瞳。
あのときのままだ。
瞳孔が開く。息が荒く。そして、手が。
「ねえ――」アナリザンドがねっとりと声をかけた。「先生は妹に欲情する変態じゃないよね?」
「あたりまえだ」
「だったら証明してみせてよ。ブルグ先生は不動なんでしょう? まさか妹にチンピクなんてしないよね? ブルグ
彼は己の矜持と社会的生命を賭けて証明しなければならなかった。
「妹に勃起する兄などいない!」
そして外套は開かれる。彼の魔法は敗北する。確かに不動ではあったが外套を脱いでしまっては、もはやそれは普通の優しい気立てのよいお兄さんだ。
「ん」
ぺち、と。アナリザンドはパンチした。
両の手を外套を開く行為につかっているブルグはまったく無防備だったからだ。
もちろん、アナリザンドのへなちょこパンチでは、鍛え抜かれた一級魔法使いの魔力そのものの防御を撃ちぬくには至らない。実質的なダメージはゼロ。
だが――。
「まいった」
妹に勝てる兄などいない。
余談であるが、これからほんのわずか後、二級魔法使いの試験会場で、メスガキじみた少女があらわれたとき、ブルグはこのときの経験にしたがって、不動の外套をあえて開いてみせることになる。妹キャラに欲情などしていないと証明するために。
その少女は「キモっ」と言って、普通に殴った。